2017年2月24日金曜日

2017.02.24 近藤史恵 『スティグマータ』

書名 スティグマータ
著者 近藤史恵
発行所 新潮社
発行年月日 2016.06.20
価格(税別) 1,500円

● 『サクリファイス』『エデン』『サヴァイヴ』『キアズマ』に続く自転車シリーズの5冊目。主人公はすっかりお馴染みなった感のある白石誓(しらいし ちかう)。
 ツール・ド・フランスで優勝を狙えるチームに所属している。もちろん,自身が総合優勝を狙うエースの位置にいるのではない。アシスト要員だ。
 ただし,下り坂にめっぽう強い。『サクリファイス』からそういう設定。今回もすんでのところでツール・ド・フランスのステージ優勝をもぎ取りそうになる。

● 主人公の特徴はナイーブであること。神経質でウジウジと考えるタイプ。そうじゃないと小説の主人公には向かないのだろうけど。
 協調性に満ちている。したがって,監督はじめチームからの信頼は厚い。彼なら裏切らない,持てる力をすべて出して貢献してくれる,と。

● 以下にいくつか転載。
 笑顔は、敵意がないということを示すシグナルだ。違う国の,違う文化を持った人間が集まっているのだから,シグナルだけは発し続けなければならない。(p24)
 あれほど強かった選手が,ある年からばったり勝てなくなるなんてことはしょっちゅう目にしている。チャンスは今しかない。そう思わなければたった一度だって勝てない。(p26)
 いちばん強く,回復が早いものが勝つ。そう,この世界一過酷だと言われるレースは,強いだけでは勝てない。蓄積する疲労を回復させ,立ち直ったものしか勝てないのだ。だからこそ,ドーピングが強い効果を上げた。(p50)
 タクシー代はチームに請求することができるのに,ひとりのときはこうやって公共交通機関ばかりを使ってしまう。 たぶん,ひとりの人間としてだれかと対峙することには,少しだけ勇気がいる。人混みに混じっていれば,その他大勢でいられる。(p78)
 百七十五キロも自転車で走りながら休息するなんて,普通の人々にとっては想像もできない感覚だろう。グラン・ツールに出る選手は,体調不良も怪我も,走りながら治す。(p121)
 ニコラは,本当にやりたければ人の言うことなどきかないだろうし,そういう選手でなければツールで優勝することなどできないだろう。(p142)
 過去に信じて裏切られることが何度あったとしても,人は信じたいものを信じるのだ。(p200)
 ミッコがかすかに舌打ちをした。「生意気な若造だ」 (中略)「どうした」 にやついているのに気づかれたのだろう。尋ねられたから正直に答えた。 「きっと,ミッコが新人だったときの先輩選手もそう言ってたんじゃないかなと思ってね」 自分が子羊のような新人選手だったからこそ,その生意気さが重要な資質なのだとわかる。(p237)

2017年2月16日木曜日

2017.02.16 佐々木典士 『ぼくたちに,もうモノは必要ない。』

書名 ぼくたちに,もうモノは必要ない。
著者 佐々木典士
発行所 ワニブックス
発行年月日 2015.06.30
価格(税別) 1,000円

● 面白かった。いちいち腑に落ちる。
 著者はおそらくケチな人なんじゃないかと思う。関心が向くことに対しては,お金を突っこんで行くが(著者の場合は書籍とカメラ),それ以外のものに対しては非常に淡々とした人なのじゃないか。
 その下地があったから,関心の範疇にある多くのモノも捨てることができたのじゃないかなぁ。

● 元気が出る本でもある。著者が言うように,モノを少なくすれば家事や買い物に費やす時間が減り,家事そのものも楽になり,したがって汚れたままに放置することもしなくなり,自分を好きになることができ,時間をムダにしなくなり,行動力がつき・・・・・・という具合になるのかどうか,それはわからない。
 が,モノを捨てるというのは,難しい数学の問題を解くとか,顔も見たくないヤツと会わなければならないとか,そういうことに比べれば自分ひとりでできるし,作業自体は単純なものだ。

● それをやれば,その先には幸せが待っているかもしれないのだ。だったら,単純にやったらいいと思う。
 つまり,モノを減らすというのは,それ自体がいいことだと思っているので。たとえ著者の言うようにはならなかったとしても,少なくとも損はしないわけだから。

● しかし,モノを捨てることはできたとしても,その先,モノを買うという楽しみまで捨てられるかどうか。
 このあたりがじつは成否を分けそうだ。モノが極限まで少ないことの快感を味わってしまえば,よほどのことがない限り,新たに買う気にはならないものだよ,ってことですか。

● 以下にいくつか転載。
 出版業界は斜陽産業だから,存続のためにはとにかくまず売れる本が必要だ。売れる本を作らないと,価値のある本を出したくても,そもそも本を出すということ自体ができなくなってしまう。(p25)
 ぼくたちの社会で長期政権についているのは,自民党ではない。その後ろにある「お金党」と「モノ党」と「経済党」の連立政権だ。(p26)
 自分の価値は自分が持っているモノの合計ではない。モノは自分をほんのわずかの間しか幸せにしてくれない。必要以上のモノはエネルギーも時間も,すべてを自分から奪っていく。(p34)
 お酒は幸福ではなく,不幸の一時停止。そんな言葉を聞いたことがある。(p37)
 神経ネットワークは刺激の量ではなく,刺激が変わるという「差」に注目する仕組みだ。(中略)かつてはどうしても手に入れたいと願い,手に入れたモノ。そのモノに満足し続けられないのは,この「差」がないと神経が判断してしまうからだ。(p68)
 優勝の祝賀会の後,帰宅した彼は自分の部屋で,長年の夢が叶った幸せがすでに消え去っていることに気づいた。その喜びは3時間しか続かなかったという。(p72)
 残念な事実がある。1万円の指輪と,5万円の指輪,30万円の指輪を手に入れたとき,それぞれの段階で感じる喜びは大体同じだということだ。(中略)どこまでお金持ちになろうが,モノを持とうが,そこで感じられる喜びは,たった今あなたが感じられる喜びとほぼ同じで,大して変わらない。(p72)
 未来を予測できる動物は人間だけだが,予測できる未来の射程距離は実はとても短い。お腹が空いた状態で,スーパーに行き,必要以上に買いこんでしまったことはないだろうか?(中略)人は何度となく経験してわかっていることでも,「現在」を元に「未来」を予測してしまうのだ。(p75)
 これはほんとに思いあたるところ大。「予測できる未来の射程距離はとても短い」と言われると,まったくそうだなぁと思わないわけにはいかない。
 東日本大震災の犠牲者が約2万人。1千年に一度と言われる大きな災害の犠牲者以上の人が,毎年自分で命を絶ってしまっているのは,どういうわけだろう?(p85)
 「自分には価値がある」と思わずには,人は生きていけない。(中略)「自分には価値がある」と確かめるためには,誰かに認められることが必要だ。社会的な動物である人は,他の人から認められることでしか,自分の価値を確認できない。(中略)他人という鏡を通してでなければ,自分の姿すら人は見えない。(p86)
 だから,おまえに価値なんかないんだと言ったり,そうした態度を見せてはいけないのだ。絶対にいけない。
 しかし,ぼくは一番身近にいて,最も保護しなければならなかった自分の子どもに対して,そういう態度を取ってしまったことが何度かあったことを認めないわけにはいかない。
 ぼくの生涯で最大の痛恨事がこれだ。自分以外の人間から自己重要感を奪ってはいけない。絶対に,だ。どんな理由があっても,だ。
 誰かの価値を下げることで安心し,自分の価値を少しでも確かめようとするのが「批判」の本質だ。(p88)
 読んだ本を血肉にして使いこなしていなかったのに,本を増やし続けていた。ぼくは自分の価値を,置いてある本の量で示そうとしていた。(p95)
 これも,百パーセント自分にもあてはまる。書庫まで作って本を二重に並べて悦に入っていたというか。読んだ本はその中の3分の1にも満たなかった。まとめて処分したことが何度かある。
 が,まだカオスの状態だ。東日本大震災ですべて崩れ落ちてそのままになっているんで。
 これから捨てようとするモノは確かに気になる。それは目に見えるからだ。捨てることで得られるものは目に見えない。だから意識しづらい。だが捨てることによって得られる見えないものは,失いモノよりよほど大きい。(p102)
 「収納という巣」があれば,モノを減らしたつもりでも,いつの間にかモノはそこに住み始め増えていく。だからまずは,「巣」である収納を叩くのだ。(p117)
 これはねぇ,じつに相方に言って聞かせてやりたいよなぁ。収納スペースを作ろうとするんだよねぇ。真逆だよなぁ。
 物置小屋が必要だなんても言いだしてる。うちは農家じゃないんだし,ぼくは日曜大工もしないんだから,農機具や工具を入れておくスペースは要らないはずだよ。物置を作ってどうしようというのだ。
 満員電車がとても息苦しいように,あらゆるテクニックを用いて押し込まれたモノたちは見ていてとても息苦しい。何より最初と同じように収納するのは思った以上に手間がかかる。(p118)
 特に東日本大震災以降,モノがあるというのが嫌で嫌で仕方がない。とにかくモノはない方がいい。
 相方もそれまであった木製の(けっこう高価)な食器棚やタンスは全部処分した。だけど,軽いプラスチック製の何というのか知らないけれど,タンスのようなものを大量に買って部屋という部屋に並べてくれた。要らないよぉ,これ。
 学生時代に必要だった教科書,子どもの頃に自分を成長させてくれた本,ずっと前に自分を輝かせてくれた服。一時期ハマった趣味の用品,恋人がくれた思い出のプレゼント。 過去に執着していると,新しいことは入ってこなくなる。過去に必要だったモノとすっぱり縁をきらないと,一番大事な「今」はいつまでも無視されてしまう。(p120)
 誰でも一定の努力をすれば集められるようなコレクションは集めている本人にも,負担になるだけ。(中略)家は「博物館」ではない。貴重なモノは本当の博物館に見にいこう。(p138)
 ぼくの家の家賃は6万7千円で20㎡だから,1㎡あたり月に大体3千円払っている計算だ。さきほど買った2千円のモノがもし1㎡のものだったとしたら? あっという間に相殺されてしまった。安から買う,はこんなに危険だ。(p149)
 家にいてもテレビを見ていても,家から1歩外へ出ても,メディアや広告,本当にありとあらゆるものを通じて,脅迫的なメッセージがぼくたちに送られてくる。(中略)ミニマリズムを意識していると,あらゆるメディアや広告に惑わされる時間が減る。「自分は必要なモノをすべて持っている」という自覚ができるからだ。すべて持っていると思えればほとんどのメッセージは,スルーできる。(p174)
 ミニマリストはそもそもモノをあまり買わないので,買い物の時間が減る。(p176)
 いや,案外減らないんじゃないか。ぼくはそうだ。買わなくても店に行くんだよ。行ってかなりの時間を過ごす。
 ぼくが行くのは,書店,文具店,家電量販店,百円ショップが多いんだけど,ほぼ買わないんだよね。買わないんだけど,しばしば出かけていって,あれこれ物色する。店側には一番嫌な客だと思うんだけど,これがやめられない。これだけ行ってるんだから,たまには何か買えよ,じゃないと店に悪いだろ,と自分に突っ込みを入れている。
 モノに限らず,選択肢を絞るのは決断を早くし,ムダな時間を削るために欠かせない。(p178)
 家事にかかる時間は,本当に圧倒的に減る。(中略)部屋にモノを置かず,ミニマルにしていると,掃除にかかる時間は激減する。服を少なくすると洗濯の手間も減るし,今日何を着るか,迷う時間も減る。(p178)
 モノが少ないと,毎日やらなければならないことが少ない。目の前の雑用を次々片付けるので,溜まらない。すると何事においてもキビキビ動けるようになる。(p180)
 心理学者のティム・キャサーは「時間の豊かさ」が幸せに直結し,「物質の豊かさ」はそうではないと主張した。(中略)時間はお金持ちも貧しい人にも平等で1日24時間だ。だから時間をゆったり使うことは「究極の贅沢」でもある。(p181)
 部屋に溜まっているのは,ホコリや汚れではない。ホコリや汚れを放置した「過去の自分」が溜まっているのだ。「やるべきときにやらなかった自分」が堆積しているのだ。ホコリや汚れは嫌なものだが,何より嫌なのはそれを放置した「過去の自分」と向き合うことになるからだ。これは辛い。(p192)
 一瞬で不幸になれる方法がある。それは自分を誰かと比べてみることだ。(中略)人と比べるのが問題なのは,どこまでいっても自分より優れている人がいるということだ。どれだけお金持ちだろうが,イケメンだろうが美女だろうが上には上がいる。(p206)
 「経験」はどちらが優れているか比べづらく「モノ」はすぐに比べられる。比べられる「モノ」の方が「自分の価値」も確かめられやすい。 だけど実際には,幸せの「持続時間」が長いのは経験の方だ。だから誰かと比べるためにモノを買うより,行動力を上げて経験を積み重ねた方が,はるかに豊かに感じられるようになる。(p209)
 何かをやって失敗した後悔「やった後悔」よりも,行動できず「やらなかった後悔」の方が強く印象に残る。(中略)とすれば答えはひとつ。成功しようが失敗しようが,とにかく「やったもん勝ち」だ。(p221)
 ミニマムライフコスト,自分が生きていくために最低限必要な額を知れば,ものごとはもっとシンプルになる。(中略)ミニマリストに失う「モノ」はマジでない。だから楽観的に行動できるのだ。(p222)
 今はとにかく行動してみる。もはや効率なんてもうどうでもいい。(中略)早く目的地に行きたいと思えば,見切り発車が一番だったのだ。(p224)
 どんなモノでも大切に扱ってもらいたがっている。あなたがちゃんと相手にしてくれ,メッセージを受け入れてくれるのを,列をなして順番を待っているのだ。モノを増やせば増やすほど,それ列はどんどん長くなる。(p227)
 「めんどくさい」とは,ぼくはやるべきTODOリストが多すぎる状態,またはやるべき大事なことがあるのに雑事に阻まれてそれに辿りつけない状態だとぼくは考えている。(p227)
 大事なものに集中するためには,大事でないものを減らすしかない。(p229)
 ジョブズは,最小限に絞った最高の人材だけですべてを決めたがった。(中略)承認するハンコの数が増えれば増えるほど,アイデアはつまらなくなり,実現されるスピードも遅くなっていくとジョブズは考えていたのだ。(p230)
 モノを最小限にまで減らすには,本当に「必要」なモノだけを残すことが肝になる。単に「欲しい」だけのモノは持たない。モノを最小限にすると,自分の「欲望」の認識力が高まる。どこまでが「必要」なモノで,どこからが「欲しい」モノなのかはっきり判別できるようになる。これはモノだけでなく「食欲」も同様で,必要な食事の量がはっきり意識できるから,必要以上に食べないのだ。(p246)
 日本に住み続けるなら,地震対策としてモノを減らしておくことこそが,何よりの防災になるのではないだろうか。(p249)
 小さな家は犯罪を防ぐと言われている。(中略)モノを捨てれば,そんなメリットのある小さな家に住める。ありがたいことに,小さな家の方が今は安い。(p255)
 自分をただの「人」だと思うことで他の人への目線も変わった。「お金」「モノ」「才能」,それをたくさん持っている人に対して持っていた妬み,わずかしか持っていない人に対する微かな蔑み。かつてはあってそういう目線がなくなってきた。たくさん持っている人,輝くような才能のある人と会っても,自分を卑下することもなく「普通」に接することができるようになった。(p258)
 人には人に共感し,人に親切にすることで幸せを感じるアプリがそもそもインストールされている。(中略)こういう事実からすると,「善」「偽善」という区別は何の意味もなさなくなる。(p265)
 「いつか」必要になるかもしれないモノは必要になったそのときに手にすればいい。一度手放してみて,どうしても不都合があったり,必要なモノだったことがわかれば,改めてそのときに手に入れればいい。(p268)
 人に備わっている「慣れ」→「飽きる」というどうしようもない仕組みに対抗できるのは,唯一感謝だけだ。感謝だけが,今持っているモノをいつもと同じ「当たり前」でつまらないものと見なすことを防いでくれる。(p276)
 モノを減らすことによって,ついに悟りの境地に至るのだ。感謝こそ幸せなのだという境地に。
 ぼくはグルメの追求をもう卒業してしまった。(中略)食事に対する感謝の気持ちさえ忘れなければ,どんな食事が出てきても,食事に集中しつつ,ありがたくいただくことができる。(p278)
 心理学の実験では感謝する回数を多くする人ほど,幸福であることが知られているが,もはや当たり前だった。感謝自体が幸せだったのだから。(p280)

2017年2月13日月曜日

2017.02.13 Ciel 『月に一度の世界スパ&ホテル巡り』

書名 月に一度の世界スパ&ホテル巡り
著者 Ciel
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2015.07.17
価格(税別) 1,300円

● この著者はそも何者? 世界中の超のつく一流ホテルに宿泊し,スパに通う。年に一度の贅沢というわけではなく,タイトルは月に一度となっているけれども,著者のブログに載っているプロフィールによると,「年間国際線50回以上搭乗(2015年度は73回),いままで280回以上の渡航を重ね,趣味である世界のスパとホテルを女性一人で巡る。訪れた国は,51カ国。現在,台北在住」とある。
 女性一人でっていうんだから,独身なんだろうけど,そんなにオバサンっぽくはない感じなんだけどね。

● 摩訶不思議。これだけ出歩いているんだから,勤め人ではないだろう。株式配当とか,家賃収入とか,親からの仕送り,親の遺産・・・・・・。要は,働かなくてもかなりの収入があるんだろう。
 広い世の中には,そんな羨ましい人がいるのかね。

● じつは Cielとは個人ではなくて,ホテル好き,スパ好きのグループの名前かもしれないね。そう考えるとわかりやすくなる。いかなホテル好き,スパ好きでも,一人でこれだけやったら飽きるんじゃないかと思うしね。
 いや,ところがどうもそうでもないらしいのだ。個人のようなんだよなぁ。

● いくつか転載しておく。
 長い人生の中で,命と比べ,ほめられたことによる損失はゼロに等しいものですから,終わった出来事はお気になさらずに。(p68)
 ニューヨーカーの特徴といえば,歩くのがとにかく速い!(p94)
 香港の魅力は,何といっても格安と高級が混在しているところです。(中略)驚くほど安いお店と,驚くほど高いお店と,両極端。(p148)

2017年2月12日日曜日

2017.02.12 中川右介 『グレン・グールド 孤高のコンサート・ピアニスト』

書名 グレン・グールド 孤高のコンサート・ピアニスト
著者 中川右介
発行所 朝日新書
発行年月日 2012.10.30
価格(税別) 820円

● はるかな昔,勢いがあった頃のフジテレビの月9ドラマ「ロングバケーション」で,木村拓哉君演じる若きピアニスト,瀬名君が,グレン・グールドのようなピアニストになりたいと言うシーンがあったとか。ぼくは気づかなかったというか,憶えていないんだけど。

● 本書はそのグレン・グールドの評伝といっていいもの。同時代に生きたエルヴィス・プレスリーやジェームズ・ディーンと対比しつつ,描いていく。
 ただし,途中までだ。生きたフィールドが違うんだから,徹底的な対比はできないだろうし,したところで意味がない。

● グールド伝説になっている,演奏するときのスタンダードとされている型からの逸脱が具体的に描写されるので,なるほど彼はこうして演奏していたのかとわかる。
 映像が残っているらしいんだけど,ぼくは見たことがない。

● レパートリーが少なかったこと。それについては,当然,確信犯というか,グールドの好みや考えがあったこと。
 バーンスタインとの親和と行き違い。カラヤンと相性が良かったこと。そうしたエピソードをつないでいくことによって,グールドの主義主張,哲学が浮かびあがってくるという構成(それだけではないけれど)。

● 以下にいくつか転載。
 グールドは三十一歳でコンサートから引退したものの,中年になってからの映像も数多く遺っているので,けっして若い頃のイメージだけが知られているわけではない。しかし,「グールド=青年」のイメージが強い。彼がいまだに人気があるのは,この青年のイメージをどうにか保持できたからではないだろうか。少なくとも彼には「老いて醜い姿」などありえない。(p4)
 エルヴィスは他の多くのポピュラー・ミュージックのミュージシャン同様に,楽譜は読めない。彼は耳で憶え,その記憶をもとに,自分の感覚で演奏し歌った。そこにオリジナリティが生じるのだ。(p22)
 ポップス系のミュージシャンは青少年期に,「僕はミュージシャンになるんだ」と自分で決めてからでも,才能と運があれば,プロの音楽家になれるが,クラシックの,中でもピアノと弦楽器の演奏家になるには幼少期から習っていないと難しい。楽譜と音の関係の把握,その音と指の動きの関連など,理屈で理解するのではなく,身体能力として身に付けるには,幼少期からの訓練が必要なのだ。(p23)
 「神童」ビジネスは,モーツァルトに始まる。以後,何人もの神童が現れ、そのうちの何人かは大音楽家へと成長したが,多くは,「五歳で神童,十歳で天才,二十歳過ぎればただの人」という運命を辿った。神童としてもてはやされ,演奏活動を強いられ,あったはずの才能が摩耗してしまうのだ。 しかし,グールドの両親はこの天才少年で神童ビジネスを展開しようとはしなかった。(中略)才能は温存された。(p24)
 ハイスクールでは音楽の教師から,「あなたは歌えない」と怒られた。それに対しエルヴィスは,「いいえ,ちゃんと歌えます。先生は僕のような歌い方を,よいとしていないだけなんです」と反論した。クラシック音楽の教育システムの中で生きている音楽教師には,エルヴィスの歌は認められなかったのだ。(p27)
 グールドの発言や書いたものには,「嘘ではないが本当でもない」事柄がある。これはグールドに限ったことではなく,自伝や回想録というものは疑ってかからなければならない。故意に虚偽を書くこともあれば,記憶違いや勘違いもあるし,憶えているが,あえて書かないこともあるからだ。(p30)
 有名になってからのグールドは,ホロヴィッツの悪口ばかりを言う。それは逆に,自分がホロヴィッツの影響を受けたことを隠すためではないか。(p31)
 グールド世代のほとんどが,コンクールがきっかけで音楽シーンにデビューしている。コンクールに出ずに有名になった点でグールドは特異だ。グールドも,出ようと思えばいくらでも出られたはずだが,彼は競争が嫌いなので,コンクールに出る気はまったくなかった。(p80)
 グレン・グールドは「コンサートからのドロップアウト」と,「レコードに専念」の面が強調されるが,「テレビとラジオに最も深く関わった音楽家」でもある。(p84)
 ロックンロールはラジオやテレビで視聴者の共感さえ得られれば大ヒットするが,クラシックは権威が必要だった。日本でグレン・グールドがすぐには人気が出なかったのは,権威ある批評家からの絶賛がなかなか得られなかったからだ。(p100)
 ソ連は市民生活において口コミが発達していた。政府や共産党の発表が嘘ばかりであることを国民は知っていたので,その対抗手段として,口コミネットワークを発達させていたのだ。(中略)グールドについての情報も,「新しい音楽」に飢えていた人々の間に,数十分のうちに伝わったのだ。知人から,とんでもないピアニストが演奏していると聞いた人々は音楽院大ホールへ駆けつけた。前半は空席が目立ったが,後半は嘘のように満席となった。(p116)
 よく似ている音楽家など,いるはずがないのだ。巨匠クラスになると,天才であるがゆえに個性的な人々ばかりなので,似ているほうがおかしい。(p139)
 グールドはホールに残り,演奏会後半のシベリウスの交響曲第五番を録音ブースで聴いていた。そこからはガラス一枚を隔てて,ちょうどカラヤンの顔が見えた。 「彼の陶酔的な表情の変化と,その結果として出てくる音との関係を導き出すことができました」とグールドは後に振り返る。そして,カラヤンの指揮について,「目を閉じて指揮し,タクトの動きにきわめて説得力のある舞踊のような輪郭を与える傾向がありますよね。率直に言って,この効果こそが僕の生涯で本当に忘れられない音楽的かつ劇的体験のひとつになっているのです」とも語る。 グールドも別にカラヤンにお世辞を言わなければならない立場にはないので,本当に感動したのであろう。(p141)
 経済的に成功した音楽家は,常にこう批判されるのだ。(中略)当時の音楽院生の間で尊敬されていたのはトスカニーニだったと,グールドは書く。彼には「トスカニーニの指揮ぶりは確信よりもむしろ恐怖心から生まれたもので,締まりがなかった」ように思えたのだが,「機運はトスカニーニにあった」と。(p148)
 グールド自身がチャイコフスキーを演奏するわけがない。ソロのリサイタルでもショパンやリストは弾く気がない。そうなると,グールドとしてはバッハやベートーヴェンをいつも演奏しなければならない。同じ都市で何度も演奏するわけではないので,聴衆はその時々に初めて聴くからいいが,グールドは飽きてくる。(p160)
 ジャズにリズムの興奮を感じるかとの質問には,「バッハ以上にスウィングする音楽はない」と断言する。つまり,グールドは「スウィング」という言葉を正しく理解している。(p164)
 ソ連共産党の目論見は,たったひとりの青年の音楽の力によって大きく狂っていく。強引にソ連代表の誰かを優勝させることも可能だったのかもしれない。しかし,それでは世論が納得しない。ソ連の国民も,クライバーンの優勝を望んでいるようなのだ。(p171)
 ピアニストは普通,よほど光熱でも出ない限り,気管支炎ではキャンセルはしない。だが,グールドは喉を痛めたくらいで弾けなくなってしまう。(p175)
 グールドは保険の外交員にはならなかったが,株の取引ではかなり有能だった。(中略)ピーター・F・オストウォルドは,グールドが演奏会から引退できた背景には,出演料収入に依存していなかったからだと指摘している。(p186)
 彼(グールド)はその前の世代であるホロヴィッツが若い頃にやっていたような,オーケストラと対決し,叩きのめすような演奏は好まない。ピアノがオーケストラに溶け込むようなかたちの共演を求めるのだ。グールドとカラヤンの相性がよかったのも,そこにある。(p192)
 カラヤンの映画は,コンサートをそのまま撮影するのではなかった。先にオーケストラを指揮して音楽を録音し,カット割りを決めた上で,それに合わせて指揮する自分とオーケストラを撮影し,編集していくという方法で制作された。(中略)カラヤンはコンサートを録画するのではなく,スコアを視覚的に表現しようとしたのだが,なかなか理解されなかった。しかし,グールドはこれを理解し,評価した。彼のレコード作りと考え方が同じだからだ。 グールドはカラヤンのEMIでのレコードについて,「コンサートホールの音響を真似る無意味さを悟ったレコーディング哲学」があると評している。カラヤンとグールドに共通するのは,コンサートとレコードは別だという割り切りだ。レコードはコンサートの再現ではないのだ。レコードならではの演奏をするというのが,カラヤンとグールドの共通認識だった。(p247)
 帝王と呼ばれ自分が望んだことであれば何でも実現させる「私の辞書に不可能はない」タイプのイメージのカラヤンと,孤高の人で自分のやりたいこと以外はやろうとしないイメージのグールドが,ともに共演を望んだのに実現しなかったという事実は,音楽ビジネスの複雑さを示してもいる。二人は金などどうでもよかったかもしれないが,二人の周囲には,二人の音楽によって生活している人があまりにも多かった。(p250)
 コンサートについて「前列左手ではご婦人がブレスレットをじゃらつかせ,右手では誰かがスコアを追いつつ(ただしページが間違っている),プログラムで拍子を取っている(ただし狂っている)。後ろの席では,誰かが駐車場が確保できなかったらしく,そのことを隣の客にぶつぶつとこぼしている」と,その不愉快さを語っているのは,グールドではなくカラヤンである。カラヤンもまた,コンサートが演奏者にとっていかに不愉快なものか,よく知っていた。(p257)
 グールドが「二度とコンサートはやりませんよ」と断言すると,「君は本当に,聴衆が発する,あのきわめて特殊な気といったものを,ほんの一瞬でも感じたことがなかったのかい」と質問した。 グールドはきっぱりと言った。「本当になかったのです。実際,聴衆がいるせいでいつも演奏がよくなかったんです」(p258)
 グールドはそれぞれの曲や作曲家についての既成概念を打ち破り,「これまでにない演奏」をしなければ録音する意味がないと考え,批判されるのを覚悟して確信犯的に独創的なレコードを作ってきた。(p261)

2017年2月11日土曜日

2017.02.11 中川右介 『国家と音楽家』

書名 国家と音楽家
著者 中川右介
発行所 七つ森書館
発行年月日 2013.10.26
価格(税別) 2,800円

● かつて国家(あるいは政府)のくびきに絡めとられて,苦悩した音楽家がいた。今の日本ではあり得ないことだ。音楽家に限らないが,ノホホンとしていられる。
 本書はその苦悩した音楽家を取りあげて,時代背景との相関を外部的な視点から俯瞰する。

● 第Ⅰ章 独裁者に愛された音楽
 ナチスドイツとそれに翻弄された音楽家を取りあげる。その代表は,フルトヴェングラーとカラヤンということになるが,この二人については著者の視線は穏やかだ。が,クナッパーツブッシュに対しては容赦ない言辞を浴びせる。
 ヒトラーはワーグナーに心酔していた。そのワーグナーの聖地,バイロイト音楽祭はワーグナーの子孫が主催する。この時期にその当主にあったのは,ヴィニフレート・ワーグナーだった。
 史上最も藝術に理解があり,藝術を保護し支援した政治家は,おそらく,アドルフ・ヒトラーである。彼の政権ほど,クラシック音楽とオペラを優遇した政権はない。(p15)
 ドイツに留まり,ドイツ音楽の伝統を守り,ドイツで暮らすドイツ人のために音楽を奏で続けた人々もいた。ナチが合法的に成立した政権である以上,彼らの選択は決して責められるものではなかったはずだ。(p21)
 代役とはいえ,栄えある総統誕生日に指揮できた。ヒトラーの愛人エーファ・ブラウンが,その外見に惹かれ,彼を起用するように言ったからだった。
 こうしてクナッパーツブッシュは,四三年と最後の誕生日祝賀会となる四四年も,ベルリン・フィルハーモニーを指揮した。
 これだけ,ヒトラー政権に擦り寄りながらも,彼は戦後,「自分は反ナチだった」と言い張るのである。(p33)
 ナチの恩恵を受けた多くの者が,戦後はヒトラーを否定したり,自分がいかにヒトラーと関係が薄かったかを強調したりした。
 しかし,ヴィニフレート・ワーグナーは戦後も「ヒトラーとは友情で結ばれていました。もし今,彼が扉を開けて入って来たら,心から嬉しい」と公言した。彼女だけが筋を通したのである。(p52)
● 第Ⅱ章 ファシズムと闘った指揮者
 ここでの主役はトスカニーニ。
 とくにオペラやオーケストラ音楽のように,何十人,ときには何百人もの共同作業で作っていく藝術の場合,統率者が必要だ。指揮者,演出家は独裁者であることを求められる。(p57)
 トスカニーニはすでに世界的名声を得ている大指揮者だ。それに比べると,フルトヴェングラーはこの時点ではまだ新進気鋭,中堅といったクラスである。にもかかわらず,フルトヴェングラーがバイロイト音楽祭に求めたのは,音楽総監督というポストだった。トスカニーニが無償で引き受けたのと比べると,その権力欲には驚くばかりである。ヴィニフレートはこの条件を呑んだ。(p75)
● 第Ⅲ章 沈黙したチェロ奏者
 スペイン出身のチェロ奏者カザルスを取りあげている。フランコ政権下でカザルスはどう動いたか。ここで描かれているカザルスは誠実で清廉だ。

● 第Ⅳ章 占領下の音楽家たち
 アメリカでも喝采を浴びたが,コルトーがこの国で音楽的に刺激を受けることはなかった。音楽の伝統のない国であるアメリカはビジネスとして行く場でしかないのだ。コルトーが何よりも憧れていたのが,ドイツの音楽と文学だった。彼にとって,ドイツ人は「悪」とは思えなかった。これを甘いと批判するのは簡単だが,この時点ではナチの残虐非道な蛮行の全貌はまだ明らかになってはいないのだ。(p158)
 彼はフランスを出ることもできたが,占領当局から,戻らないのならドイツの指揮者にパリ音楽院管弦楽団のコンサートを指揮させると脅されたのだ。この時,名前が挙がったのがヘルベルト・フォン・カラヤンだった。ドイツ人の手に渡すくらいなら,自分が振ろう-ミュンシュはそう決断し,占領下のパリへ戻った。(p160)
 シャルル・ミュンシュは占領下にあってパリに留まりつつ,抵抗を続けるという困難な立場に身を置いた。ミュンシュはレジスタンスに協力し,その収入のほとんどを寄付するようになる。(p163)
 ベルリンは連日連夜,連合国軍による空爆を受け,瓦礫の山だったが,フィルハーモニー楽堂は被害がなく,どうにか演奏会を開くことができた。音楽を求める人々で,ホールは満員となり,入りきれない数百人も,立ち見で無料で聴くことになった。
 コルトーがステージに出てきただけで,大喝采となった。この日演奏されたのはショパンの曲ばかりだった。(中略)
 その夜のベルリンの聴衆にとっては戦時下での最高の贈り物だったであろう。この危険な状況下にベルリンへ客演したことで,コルトーは多額の出演料を得た。しかし,彼はそれと引き換えに「対独協力者」という汚名をきせられることになる。(p164)
● 第Ⅴ章 大粛清をくぐり抜けた作曲家
 当然,ショスタコーヴィチがこの章の主役となる。スターリンのような人物がどうして生存を許されてしまったのか。時代の綾の重なり具合によっては,こういうことにもなるのだと,思考停止をするしかないようだ。
 ドイツで生まれ,ヨーロッパ各地に広がり,ロシアで終演を迎えたものに,交響曲とマルクス主義とがある。(p179)
 このようにショスタコーヴィチについては謎が多い。それだけソ連という国は闇の世界なのだ。検閲と密告の社会だったので,親しい友人あるいは家族にすら本心を打ち明けられない。手紙はもちろん,日記ですら信用できない。もちろん,当局の公文書も粉飾と虚偽が入り混じる。(p184)
 ショスタコーヴィチは脅えながら暮らしていた。夜中,ふと足音が近づいてくるのを耳にすると,その恐怖は頂点に達したと,彼は後に語っている。もしその足音が彼の住む部屋の前で止まったら,それは逮捕を意味し,その逮捕は,よくて収容所,悪ければ死刑を意味していた。そういう時代だった。(p195)
 ショスタコーヴィチがトゥハチェフスキー事件に連座せずにすんだのは,彼を取り調べた係官がその次の日には逮捕されていたからだ。粛清のトップであるエジョフの末路を思えば,ソ連社会全体のなかで同じようなことが数限りなくあったと推測できる。(p200)
● 第Ⅵ章 亡命ピアニストの系譜
 ポーランドの亡命ピアニストを3人取りあげる。 ショパン,パデレフスキ,ルービンシュタイン。
 ドイツやフランスからは,ユダヤ系を中心に大量の亡命者がアメリカにやって来た。そのなかには音楽家や演劇・映画関係者も多く,戦中から戦後のアメリカの娯楽産業は彼ら亡命者が支えたと言って過言ではない。藝術の伝統のない国アメリカは,ヒトラーとスターリンのおかげで音楽や演劇・映画の伝統をタダで輸入できたのだ。(p228)
● 第Ⅶ章 プラハの春
 その結果,各国で,その民族固有の音楽の確立を目指した藝術運動が勃興した。実は,この「民族固有の音楽」という考えそのものも,ドイツで生まれたものだった。
 十九世紀半ばからロマン主義運動が盛んとなり,ドイツ音楽こそが最高の音楽であるとドイツ人たちは思い込み,そう主張するわけだが,その過程で,ワーグナーに代表されるようにあまりにもドイツ色を出しすぎたため,普遍的なものとして発展していたクラシック音楽が,そいつのローカル色の強いものになってしまった。(p240)
 反ハプスブルクで一致したチェコとスロヴァキアの人々は共闘して独立を求めたので,その流れでひとつの国となったが,この時,ひとつの国にならず,別々の国家となっていれば,その後の世界史はだいぶ変わっていたはずだ。(p248)
● 第Ⅷ章 アメリカ大統領が最も恐れた男
 バーンスタインがこの章の主役。「アメリカ大統領が最も恐れた男」というのは少々以上に言い過ぎではあるけれども,大統領を恐れなかった男ではあったようだ。
 もともとケネディ家の思想信条は共和党に近い。だが,ボストンを支配していたイギリス系の人々が共和党を支持していたので,アイルランド系の人々はそれへの反発で,敵の敵は味方ということで民主党を支持していたのだ。(p288)
 バーンスタインは誰とでも親しくなる人で,頼まれると自分の名を使うことを気軽に許した。そのため左翼系の団体や人々の嘆願書の多くにバーンスタインの名があった。といって,彼が熱心な活動家だったわけではない。単に気前が良かっただけだ。(p290)
 バーンスタインとニューヨーク・フィルハーモニックのツァーと同時期に,副大統領のニクソンも南米各国を歴訪していたのだが,彼は激しい野次と怒号で出迎えられ,実に不愉快な思いをしていたのだ。しかし,バーンスタインは歓迎された。(中略)南米に人々はアメリカという国家の外交政策には不満があったが,アメリカが嫌いなわけではないことを示したのだ。(p297)
 広島での記者会見でバーンスタインは,日本の反核運動が分裂していることを批判し,関係者をあわてさせた。相手が大統領であろうが反核団体であろうが,バーンスタインは遠慮しない。(p323)
 バーンスタインがここまで強い態度に出られるのは,政界的名声と巨万の富があるからだった。そしてその名声と富とは,彼が政府に頼らずに自分の力で手に入れたものだった。だから彼は権力から自由だった。しかし同じように世界的名声と富を持ちながらも,メダルを集めることに夢中になり,時の政権に媚びへつらう藝術家もいるのだから,やはり,バーンスタインは特別な人だったと言えるだろう。(p324)
● エピローグ 禁じられた音楽
 同楽団(パレスチナ交響楽団,現在のイスラエル・フィル)の最初のコンサートは一九三六年十二月で,指揮したのはユダヤ人ではないトスカニーニ,曲はブラームスやシューベルトというドイツ音楽だった。二年後の三八年に,この楽団はトスカニーニの指揮でワーグナーの《ローエングリン》の前奏曲も演奏している。
 ワーグナーがタブーとなったのは戦後,イスラエルという国家が建国されてからなのだ。イスラエル国家は,かつてユダヤ人を弾圧したナチ政権のように,音楽を弾圧している。(p340)
● あとがき
 藝術と権力の関係については映画『第三の男』の冒頭の有名なセリフがある。
 「ボルジア家三十年の圧政はルネサンスを生んだが,スイス五百年の平和と同胞愛は何を生んだか。鳩時計だけだ」
 これを真似すれば,スターリン政権の圧政がショスタコーヴィチを生み,戦後日本六十年の平和は美空ひばりを生んだのだ。(p346)

2017年2月8日水曜日

2017.02.07 宇野功芳 『ベートーヴェン 不滅の音楽を聴く』

書名 ベートーヴェン 不滅の音楽を聴く
著者 宇野功芳
発行所 ブックマン社
発行年月日 2013.07.01
価格(税別) 1,900円

● ベートーヴェンの楽曲を録音したCDについて語っている。もちろん,それを通してベートーヴェンについて語るところもあるんだけど,基本はCDの名盤案内だ。

● 著者はカラヤンは嫌いなようだ。著者に限らず,評論家先生はカラヤンはダメだと言うことで,評論家としての立ち位置を確保するという性癖があるようだ。
 なので,本書においては,カラヤン&ベルリン・フィルのCDはまったく推奨されていない。

● 本書で推奨されるのは古いCDが多い。しかし,例外を3人ばかり登場させている。
 まず,ピアノ三重奏曲第7番「大公」において,鳥羽泰子を激賞。ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」においては,佐藤久成を。佐藤に合わせる鳥羽も再び。ピアノソナタにおけるHJリム。
 鳥羽と佐藤のCDは手当てした。さっそく聴いてみることにしよう。

● 以下にいくつか転載。
 最近はピアノ,ヴァイオリン独奏などの技術向上が著しく,オーケストラもマーラーなど一昔前には考えられなかったくらい演奏水準が上がった。そういうCDを聴き慣れた現在,カルミナ(四重奏団)へのおどろきが今回の試聴ではややうすれたのも事実だ。(p176)
 レコード界不況のせいで,最近はオペラの録音がめっきり減ってしまったが,弦楽四重奏の世界も淋しい。いつまでもスメタナ(四重奏団)が推薦盤に名を連ねるのでは,書く方も気が引ける。(p181)
 ベートーヴェンの後期の四重奏曲,それは深い思索とファンタジーが曲のすみずみにまで浸透し,融通無碍な形式の自由さを獲得した幽玄ともいえる精神の声である。彼のモットーである〈苦悩を克服して歓喜へ〉の思想はもはや表面に現れず,孤独の影が深い。(p187)
 バックハウス盤を久しぶりに聴き始めたとたん,なんという美しい音,なんという美しい音楽だろうと思った。80歳をすぎた老音楽評論家には耳タコのこの作品が,若き日の熱情とともに蘇り,感動させてくれたのである。音楽における演奏とは実にすばらしい行為なのだ,と改めて思い知った。(p250)

2017年2月4日土曜日

2017.02.04 番外:Pen 2017.02.15号-エルメスの秘密。

編者:安藤貴之
発行所 CCCメディアハウス
発行年月日 2017.02.15
価格(税別) 602円

● エルメスの歴史,製品を紹介する。記事のメインはユーザーのエルメス礼讃。まず,そこからいくつか転載しておく。
 個々の製品が,まるでこの世にひとつずつしか存在しない-そんな価値を感じさせます。(ロベルト・ロレンツィ p30)
 自分でこのバッグ(1947年製のケリー)を手にして,なぜこのバッグがこんなに愛されるのかがよくわかりました。まず,服を選ばない。もてばもつほど味が出てくる。そして,軽くシンプルでムダがない一方で,人を魅了する美しさをもっています。デザイナーの立場から言うと,飽きがこない鞄をつくるのは非常に難しいことなんです。(マウロ・ポロッティ・カレッラ p31)
 我々の世界で名品と言われるのは周りに影響をおよぼすような空気をもっているもの。エルメスのアイテムは空気をもっている。(中西輝之 p38)
 アート作品は最初のインスピレーションが大切。迷ったら買わない。ものや人の出会いも同じだと思います。パリのエルメスでこのコートに出会った時はひと目惚れでした。(井村俊三 p41)
 文章に関していうと,どういう言葉を使うのかという以外に,どういう言葉を使わないのかも大切です。そういう意味で,エルメスは“なにを使わないのか”というのが明確な気がします。(平野啓一郎 p49)
● 「現代に生きる人々の日常を美しくするためのお手伝いをすること」がエルメスのミッションであるらしい。日常を美しくするのはその本人しかできない。エルメスといえども,できるのはその「お手伝い」に限られる。
 エルメスをまとうよりも,まずは姿勢をよくすること。そしてその姿勢を保つ努力をすること。よけいな脂肪を除去する努力をすること。感情を安定させるように努め,穏やかでいること。
 そういうことが第一に必要で,第二は洗濯や掃除などの家事をきちんとやること。衣服や持ち物はその次に考えればいいことでしょ。

● そういうことをまるでしていないのに,エルメスやシャネルにうつつを抜かしている人がいるんだと思う。で,エルメスもシャネルもそういう人たちがいてくれるおかげで,存続できているのだと思う。
 と,エルメスなどに縁のない輩は勝手な想像をするのだ。

● 6代目当主のアクセル・デュマが語っているところを,最後に転載。
 お客様はサプライズを求めている。しっかりマーケティングして,誰もが欲しいものをつくってもサプライズは生まれない。(中略)新しい香水を出す時にも,エルメスでは消費者テストを一切しないのです。(p60)

2017.02.04 番外:twin 2017.2月号-LOVEを届けるパン おしゃれ定食

発行所 ツインズ
発行年月日 2017.01.25
価格(税別) 286円

● こういう雑誌は同じ特集を何度も繰り返して誌面を作っていく。そうそう話材が転がっているわけでもない。そうせざるを得ない。
 しかも,店は栄枯盛衰極まりない。取材対象は常に新たに生まれている。

● この店はいつまで保つのかなと思うのもある。M町のしかも奥まったところに店を出して,千円のランチを出す。
 たぶんだけれども,そこに住んでいる人は行かないだろう。昼間いるのは年寄りばかりのはずだ。お客はヨソから来る人だ。
 そこには人を呼べるものはない。あるのは豊かな自然だけ。栃木県に限っていえば,豊かな自然なんぞというのはどこにでもある。わざわざそれを求めて来る人はいないと断言しておこう。

● となれば,その店自身が人を呼べるのでなければならない。蕎麦屋でもステーキ屋でも,旨ければ遠くからでもお客は来てくれる。
 たとえば,烏山の「ステーキハウス クローバー」がそうだし,今市の「長畑庵」もそうだ。

● しかし,それだけの覚悟があるのかどうか。この雑誌に載っている写真と記事からは,それが伝わってこないんだよな。

2017年2月1日水曜日

2017.02.01 中川右介 『聴かなくても語れるクラシック』

書名 聴かなくても語れるクラシック
著者 中川右介
発行所 日経プレミアシリーズ
発行年月日 2012.08.08
価格(税別) 850円

● 著者はクラシック音楽の入門書(新書)をいくつか書いている。本書はその中の1冊。入門するならこの曲を聴きなさい,この指揮者のこのCDがいいですよ,という内容ではない。それも巻末にまとめて紹介されてはいるけれど。
 そうではなくて,クラシック音楽という範疇について語っている。歴史やいくつかの転換点になった出来事や作曲家にも触れている。

● 「音楽は聴かなければ分からない」というのはそのとおりだろうけども,語るだけなら聴かなくたってじつはかなりのところまで語れてしまうのじゃないか。
 もちろん,オーケストラに入って楽器を演奏している人とか,コンサートに足繁く通い詰めている人とか,おまえはCDのレンタル業でも始めるつもりかと言いたくなるほど,CDを揃えて聴きこんでいる人とか,そういう人たちに読んだだけの知識をひけらかすのは自爆行為だとしても,ぼくもクラシックが好きでねぇ程度の人ならば,読んだだけの知識で充分に渡り合えると思う。
 そういう半可通を黙らせるだけなら,聴くまでもない。読むだけで充分だ。

● そのために格好な本は,最近出た『葉加瀬太郎の情熱クラシック講座』(ローソンHMWエンタテイメント)だと思うけれど,本書をその1冊に加えることに異存はない。
 読みやすいから時間をかけずに読了できるのも,精神衛生にいい。

● 以下にいくつか転載。
 音楽は聴かなければ分からない部分があります。それで聴いてみる。ところが,つまらない。自分には無理だ。クラシックなんてどうでもいいや-このように,せっかく入門しようと思ったのに,「聴いた」がために挫折し,あきらめてしまう人が多いようです。(p5)
 戦前に比べれば,クラシック・ファンの所得水準は平準化されていると思いますが,それでも比較的裕福な人々の趣味であることは事実です。 平準化したのは,大衆教養主義のおかげです。(中略)しかし,次の文化相対主義によりクラシックの価値が下がったため,本当に好きな人しか聴かなくなりました。(p22)
 すべては,楽譜の発明に始まったと言って過言ではないのです。これにより,音楽はその場で消えてしまうものではなく,記録されるもの,複製されるものになり,そこにビジネスが生まれたことで,さらに発展していったのです。 やがて二〇世紀になると,録音と放送,通信という技術が音楽をさらに普及させます。これらの発明も欧米でした。(p48)
 クラシック,つまり西洋音楽も最初は「歌」でした。教会音楽は聖歌ですから,基本的に合唱であり,オルガンは伴奏に過ぎません。オペラも歌が主でオーケストラは伴奏でした。ですから,ベートーヴェンの時代まではコンサートでも歌がメインであり,その合間に交響曲やピアノ・ソナタが演奏されており,オーケストラだけのコンサートが開催されるようになるのは,一九世紀になってからです、(中略)言葉を必要としなくなり,楽器演奏だけの音楽が主流になることで,クラシック音楽は世界市場を獲得したのかもしれません。(p50)
 クラシック音楽はある意味で富の集中する業界なので,お金のある国・地域に才能が集まり,お金のある都市でいい演奏会が開催されます。(p53)
 「音楽が嫌い」という人は,まず,いません。でも,「クラシックは苦手」という人は多い。なぜでしょう。「何を描いているのか分からない」からです。クラシック音楽とポップスとの最大の違いは何かというと,「言葉」の有無だと思います。(p58)
 モーツァルトの交響曲はすべて何も描いていません。さまざまな楽器が鳴り響いているだけです。物語は何もありません。言葉として理解することは不可能なのです。だから,クラシックを聴き慣れていない人がモーツァルトの交響曲を聴いて,「何を言いたいのかよく分からない」と思ったとしたら,それは正しいのです。(p60)
 高いチケットの公演でも,有名人は着飾っていますが(それが彼らの仕事でもあります),普通のお客さんは,そのまま街を歩いても目立たない服装がほとんどです。(p67)
 ロックのコンサートは大音量を楽しみに行くものですが,クラシックは「沈黙」の一歩手前の静かで弱い音を楽しむ音楽でもあるのです。弱い音だけど,ホール中に響く-この矛盾したことをやれるかどうかが演奏家として一流かどうかの違いと言ってもいいわけです。だから,聴くほうも静かにしていなければならない。(p69)
 学校の音楽鑑賞教室は,その目的とは逆に,「クラシック嫌い」を大量生産したわけですが,その最大の理由が,聴いた後に「感想文」を書かされること。教員は「聴いた音楽について感じたままに書けばいい」と言って書かせるわけですが,「音楽について感じたことを書く」なんて,プロの音楽評論家だって難しい。そんなことが中学生や高校生にできるわけがないのです。(p72)
 読書感想文は読書嫌いを作る。とうの昔から言われていることなんだけど,今でも教育現場では,小学生をせっせと読書嫌いにさせている。
 一八世紀までは「過去の名曲」という概念がありません。音楽とは,その場で消費されるものでした。有名な音楽家,人気のある音楽家はいましたが,死んでしまえば忘れられ,その人の作品を他の人が演奏して伝えていくなどということは,ほとんどなかったのです。 一九世紀半ばになって,過去の名曲を「クラシック」と呼ぶようになり,作曲者以外の人によって演奏される-ポップスでいう「カバー」の時代に突入します。 それを可能にしたのは,楽譜の出版でした。(p75)
 楽譜を買う人の購入動機は,自分で演奏するためですが,クラシックのファンのなかには,楽譜を「読むモノ」として購入する人もいます。音楽の作品論や演奏論を核にあたっては,楽譜を読むことは必要不可欠なので,資料として揃えている学者や評論家もいますが,なかには,趣味として楽譜を読む人もいるわけです。(p76)
 楽譜というものは正確なようでいて,かなり曖昧なものなので,それを読み取って演奏する人によって,かなり違ってくる。音の高さは,一応,科学的に決められています。しかし,長さとか強弱はかなり曖昧なのです。そこに演奏者の「解釈」の余地が生じます。(p77)
 レコード(CD)と卵は物価の優等生と言ってよく,何十年もの間,ほとんど値段が変わりません。一九六〇年代のレコードもいまのCDと同じで一枚二千円前後でした。大卒の初任給が一万円前後の時代の二千円ですから,かなり高かったのです。簡単に買えるものではなかった。そのため,音楽評論家には,どのレコードがよいか見解を示すことが求められたのです。(中略)こういう事情で「名盤」というものが決められました。(p82)
 映画音楽はフルオーケストラで演奏される豪華絢爛なものになっていきました。作曲家たちは,オペラの手法を使い,音楽を書いていったのです。そのオペラの手法とは何か。それはワーグナーが考案した「ライトモティーフ」という手法です。ワーグナーは登場人物ごとの音楽を作り,さらに「怒り」とか「恐怖」とか「歓び」とか「愛」などの状況や感情ごとの音楽を作り,されを組み合わせることを考案したのです。(p89)
 まず,コンサート会場が大きくなっていきました。(中略)大きくなればなるほど客の収容人数は増えるので,興行収入が増えます。 ところが,演奏会場が広くなると,端の席,うしろの席まで音を届けるためには,音量を大きくしなければなりません。こうして楽器の改良がなされます。音量が大きくなった楽器の代表がピアノです。(p169)
 芸術家なんだから,納得できる演奏になるまで徹夜も辞さないのだろう,なんて思っていたら大間違いです。彼らはサラリーマンでもあるのです。とくにアメリカのオーケストラはユニオンによて守られており,一分でもリハーサルが長引くと残業代が発生します。だから,事務局は時間厳守を指揮者に求めます。(p180)
 天才がいて独創的な音楽を創り出した。それを模倣する凡人がいてその音楽は拡散した。拡散することでやがて普遍化していく。そこにまた次の天才が現れて独創的な音楽を創り出す-これを繰り返しているわけです。二〇世紀に入ると,「作曲」では天才は現れにくくなりましたが,「演奏」において多くの天才が生まれました。(p187)
 多くのパトロンやスポンサーが芸術家や芸術団体へ寄付や援助をする際には,必ず「金は出すが,口は出さない,自由にやりたまえ」と言うものですが,必ず,口を出してきて最後には金をださなくなるものです。(p194)
 日本のクラシック音楽の関係者は,「クラシックなんてもともと採算がとれるものではないのだから,公的な援助がなければ成り立たない」と開き直ります。何にお金がかかるのかというと,大半は人件費です。そして,その音楽家たちはみな好きでやっているはずです。それなのに,国の援助がなければやっていけないというのもおかしな話です。嫌ならやめればいいのですから。(p195)
 これについてはぼくも意見を持っている。公的補助を望むなら,もっと数を減らさなければいけない。合併・統合が必要だ。それすらしないで,現状をそのまま維持できるように税金を投入してくれというのでは,まったく賛同できない。
 だいたい,納税者の95%はクラシック音楽を聴かない人たちだろう。どうして一部の人たちの趣味のために自分たちの税金が投入されなければならないのか説明しろ,と言いたくなるだろう。
 コンサートなどの興行は,行ってみれば分かりますが,客層の高齢化は深刻です。若い人が少ない。CDのクラシック売り場も中高年の男性客が圧倒的です。(p197)
 客層の高齢化はぼくも実感している。CDのクラシック売り場はほとんど覗いたことがない。栃木だと,宇都宮の最も大きなCDショップに行っても,品揃えは貧弱で,そこにお客がいた試しがない。CDはアマゾンで買うしかない。が,中高年の男性客が圧倒的に多いとなると,事態は最悪だなぁ。中高年の女性客ならまだしもだが。
 一回はコンサートに行かせることはできる。クラシックのCDを一枚は買わせることはできる。しかし,その人をクラシックのファンにさせるのは難しい。(p201)
 カラヤンのように,クラシック・ファン以外にもその名前が知られていたスーパースター,大巨匠がいなくなり,どうも今後は生まれそうもないという事情があります、これはクラシックに限らず,ポップスでも同じだし,音楽に限らず文化・芸術全般,さらには社会全体にも言えることかもしれません。(p206)
 クラシックの名曲は無数にありますが,「クラシック・ファン」と名乗るためには,千枚は聴かなければ鳴りません。(p222)
 最後にこれを言っちゃいけないと思うんだがな。