2017年7月1日土曜日

2017.07.01 pha 『ニートの歩き方』

書名 ニートの歩き方
著者 pha
発行所 技術評論社
発行年月日 2012.09.01
価格(税別) 1,580円

● 副題は「お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法」となっているが,インターネットの話は少ししか出てこない。
 主な話題は,なぜ会社を辞めてニートを選んだのかということ。多数の人たちのように,毎日電車に乗り,職場で同僚たちと世間話をすることに,極度の疲労と嫌悪を感じるということになれば,自分を守るために辞めるしかない。やむにやまれぬ大和魂ということだ。

● 辞めたあと,当面は貯金を取り崩すとしても,どうやって食いつなぐか。けど,どうにかなるものなんだね。
 生活は食うことだけでできているわけではない。それ以外のところでインターネットが著者を大いに助けてくれる。ネットがなかったら,ニートになる決心ができたかどうかわからないと言う。

● 現在の自分の暮らしぶりへの目線,自分の暮らしをめぐる社会との折り合いのつけ方,その社会をどう捉えるかという社会観。
 それらも存分に語られる。本書は学術書ではもちろんないんだけれども,現代社会論のテキストとして読んでもかまわない。

● 著者には賢者の趣がある。損得計算をすれば明らかに損なのだけれども,自分を守るためにニートになった。その損得を超える部分についてのアレやコレを読んでいると,賢という言葉が浮かんでくるわけだ。
 断行の人でもある。断行というと重すぎるか。足腰が軽い人なんだと思える。与えられた人間関係での付き合いには耐え難いストレスを感じるけれども,一ヶ所にじっと佇んでいる人ではないようだ。大事なところだろう。

● 本を出すくらいだから,読書家でもある。自分を納得させるための読書もあったろう。
 本書では以下のものが引用または紹介されている。
 坂口恭平『TOKYO 0円ハウス 0円生活』
 中島らも『バンド・オブ・ザ・ナイト』
 保坂和志『プレーンソング』
 『よつばと!』(電撃コミックス)
 よしながふみ『きのう何食べた?』
 うえやまとち『クッキングパパ』
 真鍋昌平『闇金ウシジマ君』
 西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』
 工藤 啓『「ニート」支援マニュアル』
 中島義道『働くことがイヤな人のための本』
 橋本 治『青空人生相談所』
 山田風太郎『人間臨終図巻』
 高村友也『Bライフ 10万円で家を建てて生活する』
 松本 哉『貧乏人の逆襲 増補版』
 津田大介『情報の呼吸法』
 見田宗介『社会学入門 人間と社会の未来』
 池上 彰『そうだったのか! 日本現代史』
 稲葉振一郎『増補 経済学という教養』
 長谷川英祐『働かないアリに意義がある』
 真木悠介『自我の起源』
 エリック・レイモンド『伽藍とバザール』

● 以下に多すぎるかもしれない転載。
 学校に行くのも会社に行くのもだるいし,人と会ったり話したりするのは面倒臭いし,毎日満員電車になんか乗りたくない。人生ってそんなどうしようもないクソゲーなんだろうか。(p3)
 人生は有限だから全てを選ぶことはできない。自分に本当に大切なこと以外は諦めるのが大事だ。いろんなことを諦めると人生はわりと楽になる。(p6)
 じゃあなぜ,日本に生きる若者がこんなに生きづらさや閉塞感を感じているんだろう。それは多分,日本の経済がまだ成長している頃に作られたルールや価値観が生き残っていて,それがみんなを縛っているせいなんじゃないかと思う。(p8)
 ちゃんと働かなきゃいけない,真っ当に生きなきゃいけない,他人に迷惑をかけてはいけない,といった強迫観念がみんなを縛り付けているせいで,日本の自殺者は年間三万人もいるんじゃないだろうか。(p10)
 世間体なんでいう誰の評価か分からないものを気にするのはやめて,(中略)ゆるく生きていけばいい。お金とか地位とか名誉とかやりがいとかそんな大層なものがなくても,そりあえずの食べる物と,寝る場所と,暇を潰す手段と,あと友達さえいれば,人生なんてそれで十分だ。(p11)
 あんまり先のことを考えすぎても仕方ない。(中略)人間いつ何が起こって死ぬか分からないし,いつかは絶対に死ぬ。人生なんて死ぬまでの間をなんとかやり過ごせればそれでいい。(p11)
 「仕事をせずにいるとすぐに自分から働きたくなる」という俗説は嘘だと思う。それは多分,本当は働きたくないのに嫌々働いている人が自分を納得させるための言い訳なんだろう。(p24)
 僕がニートでありながらいろんな人とつながったり,なんとか楽しく生活を送れているのは9割くらいインターネットのおかげだ。(中略)この現代で会社やお金にできるだけ頼らず生きていくにはインターネットは必修科目だ。(p31)
 京大に入ったまでは傍目にはエリートコースに見えるかもしれないけれど,机の上の勉強ができるだけでレールの上を進んで来られるのは大学入学までだ。(中略)社交性もないし労働意欲もないし技術もない僕には,大学を出たあとに行くあてはなかった。(p35)
 計画どおりにその職場はかなり暇だった。一日二時間か三時間もあれば仕事は終わるし,あとはパソコンに向かって仕事をするふりをしながらインターネットでもしていればいい。いわゆる社内ニートというやつだ。嘘みたいに恵まれた職場だったと思うんだけど,それでも僕には苦痛だった。(p37)
 それ(ツイッター)はブログ時代にはないコミュニケーションだった。ブログを書くとなるとある程度の長文を書かないといけないけど,ツイッターではブログよりももっと日常の生活に近い何気ない会話ができたし,知らない面白そうな人に声をかけて仲良くなるのも気軽にできた。(p43)
 ツイッターが登場したときに思ったのは「これはオンラインとオフラインの区別がなくなる」ということだった。それくらいツイッターは他人の生の日常をそのまま伝えてくれる。(p63)
 都会で無料で時間を潰せる場所の代表格は公園と図書館とブックオフだと思う。(p70)
 もっと適当に,お金なんてなくても全ての人間は安楽に幸せに生きられるべきなんじゃないのか。それが文明ってもんなないのだろうか。(中略)だから,労働以外のよく分からない理由でもっとお金が適当に動けばいい。(p86)
 インターネットは現実ではなかなか口に出しにくいような人間の濃い部分が出ていることが多いから面白いのだ。(p102)
 選択肢が多いほどそこから漏れてしまう人間は減る。選択肢が多いということは絶対的な善だし,この世の不幸の大部分は選べる選択肢が少ないせいだと僕は思っている。学校でのいじめなんかは選択肢が少ないから起こる不幸の典型的なものだ。(p104)
 僕は特定の個人の能力や熱意によって実現されるものよりも,凡庸な人間でもやる気のない人間でも,その中に入ればそこそこ面白く楽しくなれるような仕組みに興味がある。(中略)中心となる人物の存在に依存するのではなく,中心人物が急に死んでも組み上げられたシステムは変わらず回り続けるようなのがいい。(p120)
 人間のすることなんて所詮やってもやらなくてもいいようなことばっかりだ。ほとんどのことは自分がやらなくても他の誰かがやるし、ほとんどのしたことは数ヵ月か数年も経てば消えてしまう。(p142)
 「努力教」を,向いていない人間にまで強いようとするのが日本の悪いところだと思う。 そもそも,頑張ったり我慢したりしないと良い仕事ができないという考えが間違っていると思う。(中略)世の中にある本当に良いものっていうのは,努力とか頑張りとかそういうゴリゴリした感じでつくられたのではなく,もっと軽やかに自然な形で作られたものじゃないだろうか。(p144)
 僕なんかひたすらウィキペディアを読んでいるだけで何時間も過ぎていることがよくある。(p158)
 何かちょっと物を作ったりすることを楽しみにできる人は貧乏に強い。創作は消費ほどお金がかからないし,作ったものがお金に変わることもときどきあったりする。(p159)
 故・中島らもは「『教養』とは学歴のことではなく,『一人で時間を潰せる技術』のことである」と言っていた。(p160)
 時間や体力の余裕があれば安く済むところを,仕事をしていると余裕がないので余分にお金を出して解決してしまうことも多かった。(中略)それは,会社に自分の時間を売ってお金を得たけれど,その得たお金でまた時間を買い戻しているだけのような気がした。(p161)
 ニートにはできるだけ本を読むことを勧めたい。本を読むのって大事だ。一つは,それはいろんなことを考える力を付ける基礎になるから。本の中にはいろんな人間のいろんな思考が渦巻いていて,しかもインターネットよりも密度が濃い。(中略)あと,暇潰しとしても本は最適だ。(p202)
 自己責任論を言う人たちは,そもそもある程度恵まれた環境で育って,たまたま予想外のアクシデントにも合わずにこれまでの人生を送ってこられたせいで,そうじゃない人生のことが想像できていないんじゃないだろうか。(p210)
 頑張るとか能力があるとかそんなこと以前に,頑張れなくても能力がなくても人間は生きていていいと思うんだよね。人間ってそれくらい幅の広いものだし,そうでないとたくさんの人間がいる意味がない。(p217)
 個人の行動の結果をその人が全て負わなければいけないのなら,社会や国家などの共同体がある意味はないだろうと思う。(p220)
 人間なんてみんないろんな要素をランダムに並べた順列組み合わせにすぎなくて,自分の意志で変えられることなんてあんまりないし,自分でなければならないことなんてないような気がしてくる。(p222)
 人間は自分が若かった頃の常識を当たり前と考えて,そのまま生きていくものだというだけだ。(中略)若い人間は抱えている過去が少ないから自由に動けるというだけにすぎない。ただ大事なのは,上の世代が抱えている固定観念に若い人間が縛られる必要は全くないということだ。(p225)
 お金持ちの人ほど「一生懸命働くこととお金を得られるかどうかの関係はそんなにない」「ニートでもいいんじゃないの」って思っていて,そんなにお金がないから嫌々仕事をやっている人ほど「働かざる者食うべからず」「ニート死ね」って批判していたりする。(p232)
 労働なんてもっと適当でいいし,日本人は店に過剰なサービスを求めすぎだ。それは自分の首を絞めるだけなのに。(p235)
 世の中が実用的なものばっかりだと息が詰まるし,無駄に見えるようなものがたくさんあるからこそ,社会に余裕ができたり,世界の多様性が保たれたり,混沌の中から今までにないような新しいものが生まれたりするのだ。ふらふらしてわけ分かんないことをしている人間がたくさんいれば,世界はもっと豊かになるはずだ。(p241)
 ニートが全くいない世界は,人間に労働を強制する圧力がキツくて社会から逃げ場がなくて,自殺者が今よりもっと多いディストピアだと思う。(p246)
 ニートもサラリーマンも,警察官も犯罪者も,起業家も自殺者も,右翼も左翼も,同性愛者も異性愛者も,農家も漁師も,ホームレスもサッカー選手も,みんな現在の社会のある一面を引き受けている。それは全体として一つのものであって,そのうち一部分だけを切り捨てることなんてできない。社会の一部を切り捨てようとすることは,一つの個体が自分を手足を切り落とそうとするのと同じだと思う。(p256)

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