2017年6月24日土曜日

2017.06.24 帯津良一 『ピンピン,コロリ。』

書名 ピンピン,コロリ。
著者 帯津良一
発行所 青志社
発行年月日 2010.02.24
価格(税別) 1,300円

● 副題は「気持ちよく生き 愉しい死に方を するために」。ぼくも「死に方」が気になるお年頃。

● いわゆるアンチエイジングに対する警鐘(ほとんど非難)など,説得力のある内容。死ぬにもタイミングがあって,そのタイミングを逃すな,という言い方にも共感を覚えた。長く生きればいいというものではない,と。

● 以下に,いくつか転載。
 覚悟のできた人たちの言葉は,いつも祈りに満ちていて,周囲の万物を動かす力があります。(p5)
 私の追い求めているホリスティック医学では,人は誰でも生きているかぎり,日々「いのち」のエネルギーを高め続けていると考えます。(中略)なんのために「いのち」のエネルギーを高め続けるかというと,(中略)死後の世界へうまく飛び込んでいくためです。(p18)
 途中までどんなに感動的な映画でも,ラストがよくないとすべて台無しになってしまいます。人生も同じだと思うのです。長寿にしがみついて,死に方を間違えると人生がすべて台無しになってしまいます。(p22)
 なぜ亡くなるときに患者さんの顔が“いい顔”になるのかとても不思議でした。やがて何度も経験するうちに,これはふるさとへ帰る顔だと,ふと思いました。患者さんたちのおだやかな表情を見て,文部省唱歌の『故郷』という歌の三番の歌詞が頭に浮かんだのです。 志を果たして いつの日にか帰らん 山は青き故郷 水は清き故郷 今,患者さんはこの世での務めを果たしてほっとして,これからふるさとへ帰っていくに違いない。だから,誰もがおだやかでやすらぎに満ちた顔で旅立っていくのだろう,と思ったのです。(p26)
 本当の美しさは,意外と年相応の自然さの中にあると思うのです。(p34)
 自分たちの“老い”を恥じ,アンチエイジングと称して必死で若さにしがみつこうとしたり,若者文化にすり寄ったりしている姿は,決して美しいものではありません。とうてい尊敬の対象にはならないでしょう。(p41)
 自然の流れに逆らうとろくなことはありません。あるがままに身をまかせて,その中で少し配慮するくらいがちょうどいいのです。(p44)
 「いのち」のエネルギーは,日常生活の中でも高めることができます。決して難しいことではなく,こころときめく生活を心がければいいのです。(中略) ときめく対象はなんでもいいのです。私の場合でいいますと,大好きなカツ丼を食べると,そのたびに大いにときめきます。(中略)ときめかない食品を渋々食べるよりは,たとえからだには好ましくなくても,大いにときめきながらカツ丼を食べたほうがはるかにいいと,私は思うのです。(p63)
 長野県の伊那谷に居を構えている翻訳家で詩人の加島祥造さんは,御年八六歳。伊那谷の老子と呼ばれている人ですが,数年前に「加島さんはどんなときにときめきますか」と尋ねたとき,「そりゃ,女だよ」と,さらりとおっしゃっていました。その迷いのない即答は「あっぱれ」という感じでした。(p66)
 がん治療の現場で経験を重ねるうちに,人間はもともと明るく前向きにできていないことに気づきました。病気の最中に,明るさや前向きさを無理に求めると,患者さんにとって大きなストレスになります。(p67)
 生きることの本質は哀しみであり,表面的な明るさ,前向きさはもろく崩れやすいものなのです。反対に,哀しみの大地は盤石です。これ以上崩れ落ちることはないからです。(p68)
 好きなものをおなかいっぱい食べるのはよくないが,好きなものを少し食べていると養生になる,というわけです。これは真理だと思います。(p110)
 無関心がもっともよくありません。若い人でよく,食べること自体がめんどうくさくて,とりあえず“あるもの”を食べるという人がいます。こうした食生活を続けていると,必ずあとでツケが回ってきます。(p113)
 人間はもともと,自分のからだに必要なものはわかっていて,食べすぎないかぎりは結構うまく食べているものなのです。(p122)
 医者がスピリチュアルになれないいちばんの理由は,エリート意識です。(中略)それがすべての元凶だと私は思っています。(p170)
 ホリスティック医学のいちばんの肝は治療法ではなく,その治療法がどういう「場」で行われるか,その「場」づくりが大切なのですね。(p178)
 西洋医学しかやらない病院では,患者さんが代替療法を行うのを嫌がる医者が結構います。これはとてももったいないことです。患者さんの「やってみたい」「試してみたい」という気持ちは,がんを治すうえで欠かせないものだからです。(p224)
 医学はサイエンスでいいとしても,医療は生身の人間が営む「場」の働きです。医療者が科学ばかり重視して「こころ」の問題をないがしろにしていると,いい医療にはなりません。(p227)
 毎朝五時前に病院に入って,夕方六時まで目のまわるような忙しい日々ですが,それでも,診察や回診で患者さんとお話ししていると,私が患者さんに癒されている部分も多いのです。(p239)

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