2017年6月9日金曜日

2017.06.09 pha 『しないことリスト』

書名 しないことリスト
著者 pha
発行所 大和書房
発行年月日 2016.01.01
価格(税別) 1,200円

● やりたいことだけやって,寝たいだけ寝て,食べたいときに食べて,やりたくないことはやらないですます,という生活をやっていこうと,会社を辞めた。
 その会社というのは某国立大学法人だそうだから,仕事がきつくて,残業につぐ残業,家に帰ったら寝るだけ,というはずがない。仕事だけでいえば,楽勝の職場だったはず。
 電通にいた故高橋まつりさんと同じ状況だったわけではない。っていうか,対照的な職場だったと思う。

● それでも毎日決まった時間に出勤するのがイヤ,混んでいる電車に乗るのがイヤ,職場の人と顔を合わせるのがイヤ,話をするのがイヤ。
 とにかく,わがままなのだ。そこまで言うか,というくらいの。しかし,著者に言わせれば,そういうことが苦にならない,あるいは苦にはなっても忍耐の範囲内,という人はそのまま仕事を続ければいいが,自分はそれができない少数派だったのだ,と。

● 結婚とか家庭を持つとか,そういうことにも向かないと悟っていたようだ。そういうことは諦める。自分ひとりを何とかすればいい。
 たとえ自分ひとりの問題ですむとしても,若い身空で会社を辞めて無職になることに対しては,経済的なことを含めて,不安がなかったはずはない。
 しかし,断行したのだ。というくらいだから,本書から感じたのは痛快さだ。こういう生き方もあって,実際にやっている人がいるのだという新鮮な発見も。

● 著者は京都大学を出ているのだ。世間的な見方をすれば,もったいないってことになるだろう。
 が,著者に言わせればそうではないのだ。そんなことはどうでもいいのだ。

● 以下に多すぎるかもしれない転載。
 でね,こうして転載してみると,著者はやはり頭のいい人なんだなと思うんですよね。ここまでの文章が書けるんだもんね。ニートの代表にするわけにはいかない人ですよね。ニートという多様性の真ん中にいる人ではない。
 今の世の中には無数の,「しなきゃいけないこと」があふれている。テレビを見ても,ネットを見ても,本屋に入っても,そこらじゅう,「これをしないとヤバい」というメッセージだらけだ。なぜ,こんなにも「しなきゃいけないこと」に追われるのだろうか。 その理由の一つは「情報が多すぎるから」だ。(中略)そして,もう一つの理由は,「そのほうが儲かるから」だ。(p1)
 「モノをたくさん持っているのが豊かだ」という考えは,もうだいぶ古くなってきているんじゃないかと思う。モノというのは,持っていると管理コストがかかるものだ。(中略)持っているものは少ないほうが,身軽に生きられる。(p16)
 世の中は広いから,大抵のものはどこかで余っていて捨てられようとしているものだ。だからうまく捨てたい人を見つけられれば,結構タダでもらえる。自転車や家電など,捨てるのにお金がかかるものは特にもらいやすい。(p18)
 昔,インドで物乞いをやっていたという知人がこんなことを言っていた。「乞食のコツは,『何かください』という曖昧な要求じゃなくて『5ルピーください』とか『食べ物をください』みたいに要求をはっきりさせることだ」(p19)
 「注意資源」という概念がある。これは人間が何かに注意を払うエネルギーのことなんだけど,大事なのは「人間の注意資源は有限」ということだ。たくさんのモノを持つほど,一つ一つの扱いはおろそかになってしまう。(中略)知人や友人の数や記憶や体験の数でも同じことが言える。たくさん持てば持つほど,一つ一つに対する思い入れや感動は少なくなっていく。(p21)
 他の人からどう見られるかとう問題についても,自分が気にするほど他人はこっちを見ていない,と思うようになってからは気にならなくなった。(p23)
 お金を稼ぐために働いて,そのことでストレスを溜めて,そのストレスを解消するためにお金を使ってしまう,ということがないだろうか。(中略)それだったら,あまり働かずに毎日時間に余裕のある生活をしたほうが,お金がなくても健康で幸せになるんじゃないだろうか。(p26)
 知識というのはモノよりも共有しやすいもので,ネットは低コストで知識をシェアするのにすごく向いている空間だ。(p37)
 何かを知っているだけということにあまり意味はない。その知っていることをいかに自分の血肉にして,生きた情報として活用できるかが大事だ。そして,単なる情報を血肉にするには,他人の目を意識して文章をアウトプットしてみるのが有効な手段だ。(p49)
 紙の本のほうが記憶に定着しやすいのは,それが「本を持つ」とか「ページをめくる」とか「ページの手触り」といったような,非言語的な刺激を伴うからでもあるだろう。(p50)
 文章を書くときは最終的にはパソコンで書くのだけど,最初のアイデア出しや大まかなイメージをまとめる段階では紙とペンを使う。最初はとりあえず断片的に思いついたことをひたすら大きな紙に書き出すところから始めていく。(p53)
 「がんばるのは無条件でいいことだ」という精神論をまず捨てよう。がんばることもいいけど,それよりも一番いいのは「がんばらないでなんとかする」ということだ。(p67)
 他人から期待されないほうが自分の好きなように行動がしやすい。(p78)
 人に下に見られることを恐れる必要はない。僕は他人に下に見られることは,まあ当たり前のことなんじゃないかと思っている。例えば,Aさんから見ると世界の中心はAさんなんだから,僕の存在なんて取るに足らないものだ。誰にとってもその人自身が世界の中心だし,自分自身の価値観が絶対的な基準であるのは当然のことだ。(p81)
 睡眠というのはすごくよくできた娯楽だと思う。(p85)
 最も大事な点は,人は結構何かを頼まれたがっている,という点だ。大体みんな,よっぽど余裕がないとき以外は,誰かに声をかけてもらいたかったり,頼りにされたがっていたりするものだ。人は本質的に孤独だからなんだろう。(p87)
 決断が早い人よりも決断が遅い人のほうが,優しさがある気がする。優柔不断でためらいがちな性格というのは,「自分は間違っているかもしれない」という謙虚さにも繋がっているからだ。そうした柔らかさがあったほうが,人間関係がスムーズにいくことは多い。(p93)
 仕事で成功を収めている人というのは,大体の場合,自分の適性を見つけて自分に向いていることをひたすらやり続けた人だ。「イヤなことでも歯を食いしばってやれ」という人もそうで,それは彼が「イヤなことでもがんばる」というのに向いていたというだけだ。(p94)
 どんな場所でも長期的に生き残るのは,「自分のイヤじゃないことを自分に無理のないペースでやっている人」だ。(p96)
 「人間は環境に左右される」という視点を持つと,何かに失敗した人,もしくは何かに成功した人が,すべてその人自身の責任でそうなっている,というのを単純に信じられなくなってくる。個人の努力ではどうしようもないことが人生には多い。(p109)
 人の発言はすべてポジショントークに過ぎないんじゃないか,ということをよく考える。(p112)
 世の中にはいろんな人がいて,それぞれのポジションにいないと見えないものがたくさんある。だから,いろんなポジションのいろんな考え方の人が存在してそれぞれが意見を交換できるように,人間はこんなにたくさんいるのだ,と考えよう。(p113)
 ジョン・ロールズという哲学者は,「『努力できる』という能力も恵まれた環境の産物だ」と言う。(p117)
 世の中には,毎日ハードに働きながら平日の夜や週末も精力的に趣味の活動をこなすような人もいるけれど,そういう「体力オバケ」みたいな人は例外だと思う。人それぞれ持っているエネルギーの量は違うので,自分に合ったやり方を探すしかない。(p120)
 僕が実家にいた頃や会社員をしていた頃,すごく孤独で閉塞感を持っていた理由は,まわりに自分と同じようなダメ人間を見つけられなかったからだ。(中略)結局,僕がダメ人間の知り合いを作れるようになったのは,インターネットと都会のおかげだった。(P124)
 人間が持っている人間関係の処理能力には限界があるから,SNSで何千人とつながったとしても,一人一人とちゃんと有益な付き合いができるわけがないのだ。(p127)
 予定というのは守らないほうが楽しい。(p130)
 そうした「あいつらとは違う」という意識の「俺たち」の中だって,一枚岩ではなくて,その中を細かく見てみると「隣の県の奴らはなんか違う」とか「隣の町の奴らはなんか違う」とかバラバラだらけの集団だ。(p136)
 弱音や愚痴は,人に直接聞いてもらうのもいいけど,相手にも負担をかける。その点,ネットなら気軽にグチれる。(p147)
 リアルの会話とネットのコミュニケーションとの一番の違いは,「複数のやりとりを同時進行できるかどうか」という点だ。会話だと,一つのやりとりに100%集中しないといけない。(p160)
 閉じた人間関係はおかしくなりやすい。閉じた空間というのはコミュニケーションのチャンネルが一通りしかなくて,そこで一番力のある人が主導権を握ることになる。そして,閉じた空間で外部の人の目がないと,「暴力を振るう」とか「誰かの悪口をみんなで言い続ける」とか,外の人から見ると明らかにおかしい行為がその中で普通に行われるようになったりする。(p161)
 何かをするときは,「それが何の役に立つか」を考えるよりも,そのこと自体を楽しむのが健全だ。(中略)そもそも人の人生は,何か大きな意義のために生きるというものではなく,その「生そのもの」を充実させるためにあるのだ。(p165)
 世界には一生が何百回あっても経験し尽くせないくらいの面白いものがある。(p175)
 他人というのは,自分の都合で好き勝手なことを言うものだ。人の話を真に受けて自分が失敗したとしても,その人が責任を取ってくれるわけじゃない。(p178)
 否定の言葉ばかりをぶつけられるとへこむかもしれないけど,大抵の場合,反論しても大して得るものはない。(p179)
 議論が得意は人は優れているというよりも,単に議論というスポーツに勝つことが好きなだけだ(p181)
 新幹線や飛行機で速く移動するよりも,移動時間が長いほうが僕にとっては贅沢な旅だ。(p185)
 「自分はもっと早く死んでいてもおかしくなかった。今の人生は余生とうかオマケみたいなものだ」と思えば,どんな厄介な出来事が起こっても「人生はいろいろあるなあ」と思って楽しむ余裕が出てくる。そんな感じで生きていくのがいいんじゃないだろうか。(p191)
 生きるにあたって何か思想や信念を持つのはいいのだけど,あまりにもその思想や信念を完璧に実行しようとすると大体破綻する。どんな素晴らしい思想でも,原理主義は行き詰まりやすい。(p193)

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