2017年5月31日水曜日

2017.05.31 伊集院 静 『無頼のススメ』

書名 無頼のススメ
著者 伊集院 静
発行所 新潮新書
発行年月日 2015.02.01
価格(税別) 700円

● 若い人に向けた人生案内。といって,年寄りが読んで悪いわけではない。
 巻頭に本書の肝が記されている。
 無頼とは読んで字のごとく,「頼るものなし」という覚悟のことです。何かの主義やイズムにせよ,他人の意見にせよ,自分の頭と身体を使って考えるのではなく,いつも何かに寄りかかって生きようとする人には,狭量さと不自由がついて回ります。(p3)
 自分はどうしようもない人間で,ひどい怠け者なんだ,と自分自身の弱さをとことん知っておくことが無頼の大前提です。(p6)
● 何を語るかではなく,誰が語っているか,どう語っているかが説得力を決める。本書は著者自身がペンをとって書いたのではなくて,たぶん口述筆記。ではあっても,著者の語りは損なわれていない。
 あらゆる分野の権威に屈しないという著者の面目は,本書でも存分に発揮されている。権威に屈しないというのは,真贋を判別する目が確かだということでもある。

● 以下に転載。
 正義について語るのは,「ありもしない話」をすることと同じだろうと思います。(p20)
 情報をかき集めるだけでは能がないし,もともとその種の「情報」というのは,流したい側と読みたい側が一致したところで得られる,全体としてみれば小さな枝葉にすぎないのです。(p26)
 ネットの中には気配がない,風が吹いていない,匂いもしない。幽霊だって気配ぐらいはあるというのに幽霊でさえない。無機質なデータと色があるばかりです。(p33)
 生涯ほとんど本を読まなくても,まっとうな仕事をして,素晴らしい人生を送るという人はいくらでもいる。(p35)
 「世の中で金をたくさん儲けたやつの八割は悪党だと思っておけ」 それが私の理論で,昔も今も世の中では悪党のところに金は行く。(p40)
 戦場で生きるか死ぬかの瀬戸際に立ったら,たかが黄色人種一人が死のうが生きようが,この世界にとっては何でもないんだな,と身にしみてわかるにちがいありません。それこそが「世界」を知るということで,どれだけネットで情報を集めても,決して世界のありようなど分からないのだと私は思います。(p44)
 辛酸と苦節続きでどうしようもなく苦しくて,とてもそうは(苦労は買ってでもしろ,とは)思えないときこそ,本当の「個」をつくるために必要な時期で実は恵まれているのだ。そう考えてもらいたいのです。(p49)
 いじめの根そのものを誰もが持っている以上,世の中に出てもなくなりはしない。だから,要は怒れるかどうか。怒れれば,乗り切れるはずです。(p55)
 人前での土下座,まして号泣するなんて話にもならない。言い換えれば,「目立つことはするな」ということです。自分は輪の中心にはいたくない,という発想ができるようになったら「個」として生きていける。(p65)
 平和主義がよくて軍国主義はダメだとか,そういう議論がしたいのではなく,自分の家族や仲間が蔑まれたり,殺されたりするなら,まず「怒る」ということが大前提だと言いたいのです。戦争は,泣き寝入りしていればいずれ嵐は過ぎ去る,という考え方では解決できるものではない。(p81)
 他人に自慢話をしたがる人は驕り者と考えた方がいいし,自慢話のほとんどは自分に都合のいいそらごとです。いくらか事実が含まれていたとしても,自慢したところで何の役にも立たない。単にその人が,他人の評価を気にしすぎているという証拠にすぎないのです。(p88)
 「セックスとは,果てるたびに小さな死と出会うこと」 ジョルジュ=バタイユのこの言葉は,それだけで人類史に残るものではないかな。(p94)
 人間というのは何をするか分からない生き物なんだ,ということを忘れてはならない。「えっ? なんでこんなことするの?」という場面に置かれたり,「こんなのアリ?」という状況に置かれたときに,「いや,人間なんだから,これぐらいやるだろうよ」と思えるかどうか。それは,世の中を生きていく上でとても重要なことです。(p106)
 私に言わせれば,そもそも人間というのは,自分の中にどうしようもない連中が何人も集まってできているようなもの。(中略)個人だといっても実は個ではない。いいものも悪いものもたくさん抱えながら,何とかかんとか生きていく。(p119)
 最近は大学入試を面接で決めるという話も聞きますが,(中略)たかだか十分程度の面接をする教師の器でしか生徒をはかれない。タカが知れている器で比較するための,別の条件をつくりだすだけではないのか。(p121)
 私は作詞の仕事でジャニーズ事務所に縁があって,あるとき事務所の車に乗せてもらったところ,運転手さんがいいました。「最近,立て続けに三回も追突されたもので,近いうちに川崎大師に厄落としに行こうと思ってるんですよ」 (すると)隣にいたメリー喜多川さんが身を乗りだしてこう言ったのです。「あなた,それは見当違いよ。今,向こうから運がパッと来てる。そう考えなさい」 なるほど,こういう考え方をするから巨万の富を得たんだろうな,と分かる気がしました。確かにメリーさんは,運がないというのか,何かを「持っていない」人を近寄らせないようなところがある。(p136)
 メリー喜多川さんは八割の悪党の中には入らないようだね。
 世間では,小説は才能が生み出すものと考える人は多いようです。けれど,わが身になぞらえて言うなら,ほとんどは気力と体力で,かつて吉行淳之介さんに言われたように,そこに宿る何ものかにすがって最後の一行まで書き上げることを繰り返してきたにすぎません。(p146)
 世間からエリートと呼ばれているような人には,自分はもともと「持っている」という大きな錯覚があって,東大なんか出ていると,社会に出ても自分は他人より優れているんだ,と頭から信じて疑わないところがあります。裏を返せば,どこまで行っても他人の評価が基準になっていて,自分の基準で「個」として考えることができない。(p151)
 「差し伸べている手の上にしかブドウは落ちてこない」ということです。(中略)無心で何かを見つけようとしている目,手を差し伸べて何かをつかもうとする姿勢が常になければ運は向いてこないのです。(p155)
 運や流れを引き寄せるのに必要な心構えを挙げてみよう。 うつむかない。 後退しない。前のほうへ行く。 それからウロウロする。(中略) そしてなるべく人のいるところへ行く。(p155)
 才能があり,素晴らしい作品をいくつもこしらえているのに,時代に合わず埋もれていった人はいくらでもいる。彼らには運がなかったのだ。そして歴史に名を残した芸術家は,みな時代とめぐりあっているのです。映画の世界でも,チャップリンがヒトラーと同時代を生きていなかったら,あれほどの名優として活躍していただろうか。(p161)
 いくら時代にマッチしたとしても,その作品に「核」となる何かがなければたちまち忘れ去られ,後世に残ることはありません。(中略)先が見えた「上手」より,先の見えない「下手」のほうがスケールが大きい(p162)
 スイスやオランダのように陸続きで国境があって,長いこと戦争や覇権主義にさらされてきた国のチームというのはどこもしぶとく,なかなか負けない。(中略)それに比べると残念ながら,日本の選手たちは弱々しく見えてしまった。(中略)私が感じたのは,顔つきが象徴する「球際」につきる,ということです。ここで取れるか取れないか。どちらがやるかやられるか。そういう場面で相手チームの選手とは顔つきが違う。すると一歩競り負ける。違いを突き詰めていくと,根源的な闘争心の有無かな,と思います。(p166)
 そうした偉大な科学的真実というのも,実はたったひと握りの天才のためにあるのではないか,ということです。(中略)何百年かに一度現れる人間とは思えないような天才がいて,世の中をパッと変えてしまう。(中略)中には何十年もかかって勉強と研究と発見を重ねる人もいるけれど,彼らには宇宙の成り立ちのような大きな発見は最終的にはできない。大発見の前段階までの基礎工事をする人たちです。(p171)
 技術とは,人間が信じるほどのものではなくて,実は曖昧で無責任なものではないか。(p174)
 年がら年中,飛行機に乗っていてつくづく感じたのは,「人間というのはカニみたいなもんだな」ということでした。陸地にへばりついてあっちに行ったりこっちに行ったり,時々,縄張りを争って戦争する。(中略)空の上からみた個人なんて,画面の中の砂粒みたいなもので,財産がいくらあるとか,名家の血筋だとか,非の打ちどころのないキャリアだとか言ってみても,人類全体として考えたら,どうでもいい,取るに足らないような差でしかありません。(p175)
 胃がんは,わりあい神経質で嘆き体質の人がなりやすいという。手術して切りとっても,「再発するんじゃないですか?」と医者に聞き続けるような患者ほど再発するという。わかる気がします。(p184)
 牧師さんや坊さんと話をするのも好きだし,ああ話をできてよかったなと思うことだってある。でもそれは案外少ないようです。何だか詐欺師みたいだと思うことも多い。前に,千日回峰行を成し遂げて大阿闍梨になられた方に会ったことがありますが,悟りを得た上人様というより,どこか常人にはないエネルギーを感じたものです。(中略)どこかアブナイ(p189)

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