2017年5月27日土曜日

2017.05.27 森 博嗣 『夢の叶え方を知っていますか?』

書名 夢の叶え方を知っていますか?
著者 森 博嗣
発行所 朝日新書
発行年月日 2017.01.30
価格(税別) 760円

● 夢の叶え方というよりは,目標管理の方法論といった方が,本書の内容を表す標題になるかもしれない。
 強く念じよ,すべは叶う,という内容ではもちろんない。夢が実現したシーンをありありと細部にわたるまで,できれば色つきでイメージできれば,それが潜在意識に到達するから,あとは潜在意識に任せておけばいい,と説くものではない。

● 本書で著者が口を酸っぱくして説くのは,自分の夢を見ろ,ということ。他人に見せるための夢ではなく。
 人に認められたいとか,周囲の評価を得たいという,そのための夢になりがちだということ。そんなものは無価値ではないか,と。

● 以下に,多すぎるかもしれない転載。
 特に助手の頃は,研究が面白いため没頭してしまう。趣味が不要なのだ。ここは,危ないといえば危ない。ついついのめり込んで,躰を壊す人間が周囲の同僚にも多かった。(p7)
 僕は大勢の人たちと一緒に遊びたいのではない。一人で遊びたいのだ。クラブに入るという選択はありえない。(p9)
 大事なことは二つある。(中略)一つは,自分の夢を知っていること。自分が何をしたいのか,明確なビジョンを持っていることである。(中略)そして,二つめには,それをなるべく早く実行することである。この実行が伴わないと,夢を思い描くことがライフワークになってしまう。(p16)
 「特になりたいものはない」「べつに決めていない」「そのときになってみなければわからない」という答は,どこか投げやりで,そんな台詞を吐く冷めた若者は,きっと社会から歓迎されない。年寄り受けしないからである。(p33)
 僕は「有名」になりたくない。有名が嫌いだ。人に注目されることを生理的に嫌っている。したがって,有名なものに価値を見出さない。必然的に,大勢が認めるものに,僕は見向きもしない。価値の判断に,不特定多数の意見をほとんど取り入れない。(p34)
 僕が言いたいのは,その「職業」に執着していない,という意味である。研究者の活動は面白い。作家も創作する時間はわりと楽しい。それは,職業でなくてもできるし,続けることが可能なのだ。ようするに,それで人に認められなくても良い,と僕は考えているのである。(p35)
 老人というのは,若者に「回り道」をさせたがる傾向にある。安易に目的を実現するのではなく,充分に修行して,時を待て,という教えだ。(p36)
 自分の夢の中に他者が介入している場合が多いことが理解できるだろう。(中略)他者に認められて初めて実現する夢を思い描く人が実に多い。(中略)つまり,自分の夢なのに実は他者との関係が入り込み,むしろそちらが主になっているのだ。(p41)
 おそらくは,子供の頃から,大人たちに「凄いね」「楽しいね」という満足を「もらって」成長してきたのだろう。満足を自分から発することができない。自分で満足するなんて,「自己満足」という醜いものなのだ,と信じているのである。(p44)
 「大自然の中で子供を自由に育てたい」という夢は,子供にとってはいい迷惑かもしれない。ペットではないのだ。小さいうちはまだ良いとしても,少し成長すれば,都会に憧れるだろう。あなたの夢が若者を縛ることになる。その想像をしているだろうか?(p50)
 「家族の理解」という言葉を使っているだけで既に道を誤っているようにも観測できる。何故,あなたの夢に家族の理解が必要なのか,と問いたくなる。(p51)
 もし,身近な大人が楽しさを作ることができる人だったら,子供はそれを見て,自分にもそれができる,いつかできるようになりたい,と考えるだろう。ところが,大人はただ働いて,その金で子供に楽しさを買い与えているだけなのだ。そのことが子供にもよくわかる。このような環境で育てば,自分も金を稼ぎ,その金で楽しさを買おうとする。(p54)
 どんな楽しいことでも,熱中したあとには厭きてしまうものだ,と思っている人は多いと思う。しかし,厭きる原因は,本当の楽しさではなかったから,ということに気づいているだろうか? 厭きてしまうということ自体が,まだ楽しさの本質を知らない証拠なのである。(中略)それを本当に楽しんでいる人は,けっして厭きることがない。楽しめば楽しむほど,もっと楽しいことが現れる。毎日が発見の連続で,つぎからつぎへと新しい楽しさが生まれてくるのだ(p55)
 他者(外部)から与えられる快楽というのは,慢性化していく。「厭きる」というのは,つまり慢性化のことなのである。(p57)
 最近は,「感動をもらう」「元気をもらった」などと言う人が増えた。明かな危険信号といえる。(p59)
 楽しさの本質は,個人の中から生まれる発想にある。自分が思いつき,自分で育て上げた結果初めて得られるものだ。(p59)
 大事なことは,「元気」「やる気」のような気持ちではない。この本を読んで,森博嗣の言葉に反応して出たやる気なんて大したものではない。その元気ややる気が今日一日で何を成したのか,ということが重要なのだ。元気もやる気もなくても何を成せるか,を考えた方がずっと良い。(p68)
 僕の印象として,想像力がなく,自分の楽しみを持っていない人ほど,夢として「旅行」を選びがちかな,と観察されるのだが,気のせいだろうか。(p84)
 その「諦め」の回答をした人も,まだ四十代か五十代が多い。僕は六十代でも,そんな境地に達するのにまだ早いのではないかと感じる。(中略)まだまだ一花も二花も咲かせられるのではないだろうか。(p97)
 多くの人が見ている夢は,ある一時のシーンを想定しているものが非常に多い,ということ。たとえば,「結婚」などが好例だ。これを夢見ている人は,結婚式や新婚生活が見えているだけか,せいぜい結婚後数年間の想像しかしていない。(p97)
 たとえば,「楽しいことをしたい」という「夢」があったとしよう。茫洋としていると感じられるだろう。まさに夢のようだ。しかし,まずはこのような「本質」をしっかりと掴むこと,意識することは馬鹿にならない。むしろ具体的なものを思い描くよりも大切なのではないか,と僕は感じている。(p102)
 拘るのは素晴らしいことだと思っている人が多いだろう。けれど,この言葉はそもそもその意味ではない。つまらないことに執着してしまい,大きな目標を見逃す,という意味に使う表現なのだ。(p103)
 何故か,「目標は高い方が良い」などと教える指導者も多い。僕はそうは思わない。目標なんて,「実現できてなんぼのもん」なのである。たとえ,高い目標を掲げたとしても,そこへ向かう道筋の一段一段は低く設定しておこう。(p105)
 人間は,古来自分の躰よりもずっと大きなものを作った。時間をかけて,想像を絶するような規模のものを構築し,後世に伝えてきた。(中略)また,工芸や美術の分野でも,技を極め,数々の手法を試し,またそれらを受け継いで,より高いものを目指してきた。そういったものを見て,これは特別な人たちだ,と思うか,それとも,自分もやってみたい,と思うか,そこに「夢の強さ」の差が生じるのではないだろうか。(p119)
 人間はつまり,夢を見るように作られている。進化論に従えば,夢を見て,それを実現するkとに楽しみを見出した種族が生き残ったのだ。(p126)
 いつか出口がある,と思って進めば,トンネルだって面白いものだ。子供はトンネルが好きだ。出口があることを知っているから,楽しめる。(p132)
 「自由」とは,自分が思ったとおりに行動することである。これは,「自在」とも表現される。ごろごろと寝転がってばかりで,怠けている状態は,「自由」ではない。(p137)
 スピードが半分ならば,倍の時間をかければ良いだけのことだ。この程度のことをハンディだと思ってはいけない。(p146)
 毎日駒を進めるために,僕が採用している一つの手法は,キリが悪いところで終わる,というものである。(中略)これは,翌日の自分のために,手掛かりを残しておくというのか,アイデアを譲るというのか,そんなサービスだといえる。(p150)
 日頃から,こつこつとコンスタントに進めることが,夢への道の歩き方だ。休み休みでも良い。メリハリをつけず,調子が良いときも,調子が悪いときも,同じように進めるのが,結局は合理的である。自分をできるかぎり忙しくしない,ということ。(p155)
 小説を書きたいと考えているような人は,もう小説をたくさん読んでいるはずだから,小説がどんなものかは知っている。それさえ知っていれば,ほかに知識は必要ない。とにかく書き始める。(中略)作品を仕上げてみて初めてわかることもある。とにかく,一作を最後まで書いてみること,これが小説を書くことに最も重要な経験となる。(p157)
 ちょっと書いたところで,自分の作品を読み直す人が多いようだが,これもおすすめしない。直したければ,全部書き上げてからの方が良い。それから,その書き始めたものをネットなどで公開しないこと。他者に見せるのは,まったく感心しない。必ず完成したものを発表すること。作品というのは,完成して初めて一作になるのである。(p159)
 僕は,とにかく悲観的に予定を立てることにしている。最低限これくらいはできるだろう,という数字を(パソコン上の)カレンダーに書き込む。(中略)自分に対してけっして楽観しない,というのは基本的な姿勢だ。(160)
 一つのことが続けられない。もっと面白いものがあれば,そちらを優先してしまう。いわゆる「浮気性」というやつである。これを克服するために,僕が採用した手法は,複数のことを同時に進める,というものである。(中略)別の作業をしている間,まえの作業のことは頭から消えている。考えたりしない。しかし,ぐるりと巡って,また小説の執筆に戻ると,すぐに頭が切り替わって,いきなり書き始めることができる。リフレッシュしているというか,この方が高効率なのである。(p162)
 道具も大事である。できるかぎり良い道具を使うことに心掛ける。安物を買わない。その方が長持ちするし,なによりも,それを使う自分の士気が高まる。(p163)
 夢を実現したい,という気持ちが基本にあって,そこへ近づいていく自分を意識している。そして,そのために,自分にノルマを課し,騙し騙しで進めているのである。それができるのは,「好きだから」ではなく,「やればやっただけの見返りが必ずある」ということを知っているからだ。(p165)
 一番知っているのは自分なのであり,その自分に褒めてもらいたい,と思う。評価はあくまでも自己評価が基本だ。(p166)
 多くの人たちは,(中略)不特定多数から褒められたい,できるだけ沢山の人に見てもらいたい,といった欲求を何故か持っていて,(中略)ちょっとした思いつき程度でもネットにアップし,みんなから「いいね!」がもらいたくなる。(中略)「小粒な自分」になっているのだ。この小粒さはあらゆるものに波及し,夢も人生も,きっと小粒になるだろう。(p167)
 その意味では,夢を追う過程において,周囲からの「支配」をいかに断ち切るのか,ということが重要になってくる。(中略)支配とは,一見面白そうなもの,周囲との関係をつなぎ止めるもの,そして少しずつ搾取をされるものだ。(p168)
 「大きな成功への最大の障害は,小さな成功である」という言葉がある。これは,僕が考えたものだ。(p174)
 ちょっとした失敗を気にして,消極的になってしまう人は多い。(中略)このような人は,「恙なく」勤めることを望み,「健康でありさえすれば良い」という謙虚さを語るかもしれない。(中略)それが本音だとしたら,「生きていれば良い」と同義であって,非常に本能的というか動物的な生き方になる。人間性を放棄しているように,僕には感じられる。(p174)
 スポーツ選手も芸能人も,「ファンに喜んでもらえることが一番」と口にする。(中略)それを真に受けてはいけない。ここを見誤っている人は,なれても二流止まりだろう。一流のスターは「人を喜ばす」程度の動機でなれるものではないのである。 では,何が目的なのか。それは,自分の価値を高めることである。(p181)
 こういった「摩擦」あるいは「抵抗」は,どこにでもある。自分の周囲から嫌なものをすべて排除すると,これまでそうでもなかったものが嫌なものになる。(中略)それを実現するには,自分の評価眼,価値観をコントロールするしかない。ようは見方の問題なのである。(p206)
 先生について教わる必要はない。むしろ,自分一人で楽しんだ方が良い。(p212)
 自分が作ったものを商品化したい,と考えている人が多い。(中略)このような夢を実現するために必要な要素が,やはりオリジナリティなのだ。案外,多くの人がそこに気づいていない。つまり,「上手であること」「完成度の高さ」といったものを求めがちなのだ。(中略) いくら技術的にプロ級でも,既にあるものに似ていると商品化の妨げになる。(中略)新しいものに挑戦すると,多少見栄えが悪くなったり,辻褄があわなくなったりする。それを見た人は,驚くかもしれないし,なんとなく敬遠するだろう。しかし,それが正しい。敬遠されるくらいの力がなければ,オリジナリティではない(p217)
 とにかく,普通の人がしているようなことに,ほとんど金を使わない。(中略)やりたいことがある,自分の楽しさを持っている,つまり目指す「夢」があるから,このようなことができる。(中略)だから,「夢」を持っていることは,非常に経済的だといえる。(p226)

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