2017年5月31日水曜日

2017.05.31 伊集院 静 『無頼のススメ』

書名 無頼のススメ
著者 伊集院 静
発行所 新潮新書
発行年月日 2015.02.01
価格(税別) 700円

● 若い人に向けた人生案内。といって,年寄りが読んで悪いわけではない。
 巻頭に本書の肝が記されている。
 無頼とは読んで字のごとく,「頼るものなし」という覚悟のことです。何かの主義やイズムにせよ,他人の意見にせよ,自分の頭と身体を使って考えるのではなく,いつも何かに寄りかかって生きようとする人には,狭量さと不自由がついて回ります。(p3)
 自分はどうしようもない人間で,ひどい怠け者なんだ,と自分自身の弱さをとことん知っておくことが無頼の大前提です。(p6)
● 何を語るかではなく,誰が語っているか,どう語っているかが説得力を決める。本書は著者自身がペンをとって書いたのではなくて,たぶん口述筆記。ではあっても,著者の語りは損なわれていない。
 あらゆる分野の権威に屈しないという著者の面目は,本書でも存分に発揮されている。権威に屈しないというのは,真贋を判別する目が確かだということでもある。

● 以下に転載。
 正義について語るのは,「ありもしない話」をすることと同じだろうと思います。(p20)
 情報をかき集めるだけでは能がないし,もともとその種の「情報」というのは,流したい側と読みたい側が一致したところで得られる,全体としてみれば小さな枝葉にすぎないのです。(p26)
 ネットの中には気配がない,風が吹いていない,匂いもしない。幽霊だって気配ぐらいはあるというのに幽霊でさえない。無機質なデータと色があるばかりです。(p33)
 生涯ほとんど本を読まなくても,まっとうな仕事をして,素晴らしい人生を送るという人はいくらでもいる。(p35)
 「世の中で金をたくさん儲けたやつの八割は悪党だと思っておけ」 それが私の理論で,昔も今も世の中では悪党のところに金は行く。(p40)
 戦場で生きるか死ぬかの瀬戸際に立ったら,たかが黄色人種一人が死のうが生きようが,この世界にとっては何でもないんだな,と身にしみてわかるにちがいありません。それこそが「世界」を知るということで,どれだけネットで情報を集めても,決して世界のありようなど分からないのだと私は思います。(p44)
 辛酸と苦節続きでどうしようもなく苦しくて,とてもそうは(苦労は買ってでもしろ,とは)思えないときこそ,本当の「個」をつくるために必要な時期で実は恵まれているのだ。そう考えてもらいたいのです。(p49)
 いじめの根そのものを誰もが持っている以上,世の中に出てもなくなりはしない。だから,要は怒れるかどうか。怒れれば,乗り切れるはずです。(p55)
 人前での土下座,まして号泣するなんて話にもならない。言い換えれば,「目立つことはするな」ということです。自分は輪の中心にはいたくない,という発想ができるようになったら「個」として生きていける。(p65)
 平和主義がよくて軍国主義はダメだとか,そういう議論がしたいのではなく,自分の家族や仲間が蔑まれたり,殺されたりするなら,まず「怒る」ということが大前提だと言いたいのです。戦争は,泣き寝入りしていればいずれ嵐は過ぎ去る,という考え方では解決できるものではない。(p81)
 他人に自慢話をしたがる人は驕り者と考えた方がいいし,自慢話のほとんどは自分に都合のいいそらごとです。いくらか事実が含まれていたとしても,自慢したところで何の役にも立たない。単にその人が,他人の評価を気にしすぎているという証拠にすぎないのです。(p88)
 「セックスとは,果てるたびに小さな死と出会うこと」 ジョルジュ=バタイユのこの言葉は,それだけで人類史に残るものではないかな。(p94)
 人間というのは何をするか分からない生き物なんだ,ということを忘れてはならない。「えっ? なんでこんなことするの?」という場面に置かれたり,「こんなのアリ?」という状況に置かれたときに,「いや,人間なんだから,これぐらいやるだろうよ」と思えるかどうか。それは,世の中を生きていく上でとても重要なことです。(p106)
 私に言わせれば,そもそも人間というのは,自分の中にどうしようもない連中が何人も集まってできているようなもの。(中略)個人だといっても実は個ではない。いいものも悪いものもたくさん抱えながら,何とかかんとか生きていく。(p119)
 最近は大学入試を面接で決めるという話も聞きますが,(中略)たかだか十分程度の面接をする教師の器でしか生徒をはかれない。タカが知れている器で比較するための,別の条件をつくりだすだけではないのか。(p121)
 私は作詞の仕事でジャニーズ事務所に縁があって,あるとき事務所の車に乗せてもらったところ,運転手さんがいいました。「最近,立て続けに三回も追突されたもので,近いうちに川崎大師に厄落としに行こうと思ってるんですよ」 (すると)隣にいたメリー喜多川さんが身を乗りだしてこう言ったのです。「あなた,それは見当違いよ。今,向こうから運がパッと来てる。そう考えなさい」 なるほど,こういう考え方をするから巨万の富を得たんだろうな,と分かる気がしました。確かにメリーさんは,運がないというのか,何かを「持っていない」人を近寄らせないようなところがある。(p136)
 メリー喜多川さんは八割の悪党の中には入らないようだね。
 世間では,小説は才能が生み出すものと考える人は多いようです。けれど,わが身になぞらえて言うなら,ほとんどは気力と体力で,かつて吉行淳之介さんに言われたように,そこに宿る何ものかにすがって最後の一行まで書き上げることを繰り返してきたにすぎません。(p146)
 世間からエリートと呼ばれているような人には,自分はもともと「持っている」という大きな錯覚があって,東大なんか出ていると,社会に出ても自分は他人より優れているんだ,と頭から信じて疑わないところがあります。裏を返せば,どこまで行っても他人の評価が基準になっていて,自分の基準で「個」として考えることができない。(p151)
 「差し伸べている手の上にしかブドウは落ちてこない」ということです。(中略)無心で何かを見つけようとしている目,手を差し伸べて何かをつかもうとする姿勢が常になければ運は向いてこないのです。(p155)
 運や流れを引き寄せるのに必要な心構えを挙げてみよう。 うつむかない。 後退しない。前のほうへ行く。 それからウロウロする。(中略) そしてなるべく人のいるところへ行く。(p155)
 才能があり,素晴らしい作品をいくつもこしらえているのに,時代に合わず埋もれていった人はいくらでもいる。彼らには運がなかったのだ。そして歴史に名を残した芸術家は,みな時代とめぐりあっているのです。映画の世界でも,チャップリンがヒトラーと同時代を生きていなかったら,あれほどの名優として活躍していただろうか。(p161)
 いくら時代にマッチしたとしても,その作品に「核」となる何かがなければたちまち忘れ去られ,後世に残ることはありません。(中略)先が見えた「上手」より,先の見えない「下手」のほうがスケールが大きい(p162)
 スイスやオランダのように陸続きで国境があって,長いこと戦争や覇権主義にさらされてきた国のチームというのはどこもしぶとく,なかなか負けない。(中略)それに比べると残念ながら,日本の選手たちは弱々しく見えてしまった。(中略)私が感じたのは,顔つきが象徴する「球際」につきる,ということです。ここで取れるか取れないか。どちらがやるかやられるか。そういう場面で相手チームの選手とは顔つきが違う。すると一歩競り負ける。違いを突き詰めていくと,根源的な闘争心の有無かな,と思います。(p166)
 そうした偉大な科学的真実というのも,実はたったひと握りの天才のためにあるのではないか,ということです。(中略)何百年かに一度現れる人間とは思えないような天才がいて,世の中をパッと変えてしまう。(中略)中には何十年もかかって勉強と研究と発見を重ねる人もいるけれど,彼らには宇宙の成り立ちのような大きな発見は最終的にはできない。大発見の前段階までの基礎工事をする人たちです。(p171)
 技術とは,人間が信じるほどのものではなくて,実は曖昧で無責任なものではないか。(p174)
 年がら年中,飛行機に乗っていてつくづく感じたのは,「人間というのはカニみたいなもんだな」ということでした。陸地にへばりついてあっちに行ったりこっちに行ったり,時々,縄張りを争って戦争する。(中略)空の上からみた個人なんて,画面の中の砂粒みたいなもので,財産がいくらあるとか,名家の血筋だとか,非の打ちどころのないキャリアだとか言ってみても,人類全体として考えたら,どうでもいい,取るに足らないような差でしかありません。(p175)
 胃がんは,わりあい神経質で嘆き体質の人がなりやすいという。手術して切りとっても,「再発するんじゃないですか?」と医者に聞き続けるような患者ほど再発するという。わかる気がします。(p184)
 牧師さんや坊さんと話をするのも好きだし,ああ話をできてよかったなと思うことだってある。でもそれは案外少ないようです。何だか詐欺師みたいだと思うことも多い。前に,千日回峰行を成し遂げて大阿闍梨になられた方に会ったことがありますが,悟りを得た上人様というより,どこか常人にはないエネルギーを感じたものです。(中略)どこかアブナイ(p189)

2017年5月29日月曜日

2017.06.29 吉田友和 『思い立ったが絶景』

書名 思い立ったが絶景
著者 吉田友和
発行所 朝日新書
発行年月日 2016.03.30
価格(税別) 880円

● 絶景本を集めて人気スポットの集計表を作り,自身の体験からこれは絶景だと思ったものにランキングを付けて紹介し,最後は実際の絶景を見に行く。
 行ったのは中国の九寨溝。で,やはり実際に行って書いた部分が一番面白い。

● 平明な文章だからササッと読める。書く方はササッとは書いていないんだろうけどね。

● 以下にいくつか転載。
 バーベキューの火起こしをするのに,アメリカ人は着火剤のようなセコイものは使わない。ドバドバとオイルをかけて点火すると,漫画のようにボワッと大きな火が生まれた。アメリカ人のあの大胆さは,超絶スケールの自然に囲まれる中で育まれたものなのだろうと,僕は身をもって知らしめられたのだった。(p55)
 辺境の地になればなるほど,交通手段のオンリーワン現象が起きやすくなる。(中略)需要が供給を上回っており,なかなか思うように座席が取れない。結果,料金も高くなってしまう。(p130)
 僕にとって機内での時間は,漫画喫茶にいるような感覚に近い。本を読んだり,映画を観たり,ゲームをしたり。思う存分,自分の趣味の世界に浸れる。(p153)
 今回は行き先が行き先であるだけにある程度はネットで情報を集めてある。ガイドブックは情報ツールというよりは,旅気分を盛り上げる読み物としての役割が大きい。(p153)
 僕は意を決して人波の中に突入した。周囲の動きに倣い,近くに空きスペースができたら果敢に詰めていく。郷に入っては郷に従え,である。横入りなんて当たり前という価値観の人たちなのだ。のほほんと構えていたら,永遠に自分の番はやってこないだろう。(p161)
 冒険者と呼ばれるような人たちは,電気が通っておらず,水道もないような場所へ,ときには単独で足を踏み入れる。そういう話を聞くたびに,すごいなあと感心させられる。けれど,感心させられるだけだ。自分も真似してみたいとはまったく思わない。(p179)
 絶景とはパノラマである(中略)仮に同じレベルの美しさだとしても,こぢんまりとまとまった景色よりも,ガツンとした迫力のある景色の方が見る者の心に強く訴えかける。(p186)
 すさまじいまでの絶景を前にすると,一人で独占したい欲よりも,一緒に見る仲間を欲する気持ちが勝る(p188)
 アジアの旅はなんとかなる。多少の紆余曲折があったとしても,どういうわけか最終的には結果オーライとなるパターンが多いのだ。(p192)
 絶景とは,テーマパークの一種と言えるのかもしれない。(中略)世界に広く知られ,観光地化されているようなところでは,これはもはや避けられない運命なのだろう。(p206)
 被写体は美麗な九寨溝の湖-ではなく,それをバックに笑顔でポーズを決める自分自身だ。(中略)彼らのお目当ては,あくまでも自分入りの記念写真なのである。この点,我々とは意識がいささか異なるような気がしてならない。(中略)同じ絶景を前にしたときに,中国人にとっては主役は自分自身であるのに対し,日本人にとってはその絶景が主役なのだ。(p218)
 そもそも,(中国人は)他人に対する関心がなさそうな人たちだし。(p222)

2017年5月28日日曜日

2017.05.28 堀江貴文 『儲け方入門』

書名 儲け方入門
著者 堀江貴文
発行所 PHP
発行年月日 2005.03.25
価格(税別) 1,200円

● だいぶ前に出た本。このとき堀江さんは33歳か。もちろん,ライブドアの社長を務めていた頃。当時,彼は時の人で,毀誉褒貶相半ばしていたか(マスコミ報道に限れば,毀>誉,褒<貶,だったろう)。
 その後,裁判で有罪になり,投獄生活を味わうことになるのだが,それで自らの主張を変えることはなく,出所後は以前にも増して世の中に受け入れられている。

● 最近ではますます執筆活動(?)が盛んだけど,堀江さんの考えは基本的にブレていないとすれば,本書のような昔の本を読んでおけばいいのではないかと思ったり。

● 以下に転載。
 本というのは情報ソースとして効率が悪い。同じ紙メディアでも新聞や雑誌と比べると,圧縮率が低すぎるのだ。自分で文章を書くとよくわかるが,多くの枚数を要求されると,どうしても升目を埋めるために余計なことまで書いてしまう。(p1)
 稼げるビジネスマンはいつだって,時間の密度を極限まで高めようとしている。そうしないと世の中を流通している,膨大な情報を処理しきれないからだ。一方,時間の密度が薄い人は,明らかに情報量で差がつくから,これからどんどん置き去りにされるだろう。(p2)
 大学なんて時間の無駄ですよ。(中略)のんびり四年も大学なんか行っていたらものすごく損しますよ。僕も中退ですけど,もっと早く辞めておくべきだったと,いまもそれだけは後悔しています。(p12)
 学校では「読み・書き・そろばん」程度の基礎的なことだけおしえてくれればいいのに,なにか余計なことをやりすぎているような気がします。(p14)
 小学生のうちから論理的思考を養うべきだなんて意見には,ひとこと「アホ」って言えばいいんですよ。(中略)論理的思考ができる人なんて,実社会でもほとんどいませんよ。でもみんなそれなりに生きているじゃないですか。(p15)
 「いや,そうじゃなくて,雑巾がけは心を磨くんだ」なんてことを言う人もいますよね。はっきり言ってくだらないですよ。(中略)だいたい下積みの苦労が人間を鍛えるなんて,あんなの嘘に決まっています。(p16)
 僕も支払を踏み倒されたことがあります。そのときは頭にきましたよ,だけどいまはもう,怒りの感情ないですもん。人間は忘れる能力があるから素晴らしいんですよ。(p18)
 飛行機や船を選ぶとき,どれが危険かなんて情報はまず出てきません。ところが車なら,自分が運転を気をつければある程度事故は防げる。つまりリスクコントロールできるんです。僕は大きくても人の運転する乗り物より,自分の車のほうが安心できると思いますけどね。(p19)
 いまくらいですよ,乗り越える壁すら存在しないなんていう楽な時代は。行動を起こすのにたいした勇気もいらないし,チャンスはごろごろ転がっている。(p20)
 カネを稼ぐなんて自転車と同じで,やってみればたいしたことはないんです。壁を壊せばそこはフロンティアだらけなんだけどな。(p21)
 僕は昔から,半年以上先のことは考えたことありません。「ものごとは常ならず」って言葉,あるでしょ。明日なにが起こるかすら人間にはわからないのに,それより先のことを考えたってしょうがないじゃないですか。(p22)
 僕にとって大事なのは,日々楽しく生きることです。予定を立ててそのとおりになっても,きっと楽しくないと思いますよ。あしたのジョーみたいに,「明日のために」今日を犠牲にする生き方なんて,僕には考えられないですね。(p22)
 自分で起業すれば,普通は儲かるはずなんです。それなのにうまくいかないというのは,まず間違いなく基本的な原則を無視して商売を始めているからに違いありません。それでは原則とはなにか。元手がかからず利益率がたかい,これだけです。(p24)
 わざわざ外国に行ってMBAなんか取るより,マッサージ師の免許を取ったほうが,簡単に儲けられると思いますよ。(p25)
 嫌われていたと思いますよ,友だちからも,先生からも。でも世間の常識というひとつの価値観に染められるくらいなら,嫌われてもいいやって,小学生のことからほとんど開き直っていました。「正しいのは僕のほうだ」って。実際僕のほうでしたけどね。(p28)
 よく「すごい大発明だと思っても,世の中で三人は同じことを思いついている」という言い方をしますが,実際は三人どころじゃなくて,何百人,何千人も同じことを考えているんです。あなたのアイデアなんてそんなものだと思ってまず間違いないでしょう。(p32)
 アイデアだけでは付加価値にはなりません。それではこの時代に付加価値を生み出すものはなにかといえば,それは情報と時間のアビトラージ(サヤ取り)です。ほかの人よりも情報量が多く情報処理の速度が速いほとお金が儲かる,それがいまという時代なのです。(p33)
 アイデアだって,その源泉は情報じゃないですか。つまり情報をたくさん持っていれば,アイデアなんてそれこそ山のように浮かぶわけで,なにも思いつかないというのは,手持ちの情報量が少ないからなんです。(p33)
 情報をストックして整理や分類することはまったく意味がないので,そんなことは即刻やめたほうがいいでしょう。(中略)そんなのんびりしたことをしているようでは,とてもじゃないですが現在世の中を流れる情報量についていけません。いまや情報は取り込んだらその場で即処理するものなのです。(p34)
 どういう言い方をしても,結局辞めるまでの期間が変わるだけで,辞めたい人は辞めるんです。しかも辞める時期が一,二年伸びたところでその間のパフォーマンスは確実に下がる。ということは無理に引き止めてもしかたがない。(p36)
 だいたい会社ってネズミ講でしょ。下部組織は必死で働いて,いい思いができるのはピラミッドの頂点に近い人たちだけ。しかもそこまで行けるのはほんのひとにぎりしかいないし。(p38)
 結局「庭付き一戸建て」とか「一国一城の主」のようなマーケティングの言葉に,みんな騙されてきたんですよ。もっともそういう言葉をつくって,こういうシステムをプロデュースした人はすごいと思いますけどね。(p39)
 採用に関して本音を言えば,向こうから「入れてください」と来る人間には,あまり期待はしていません。優秀な人が来たらラッキーかなって感じです。(p41)
 面倒くさいことはやめたほうがいいですよ。よけいなことばかりやっているから,時間がなくなるんです。サラリーマンってなぜかみなさん忙しいって言いますよね。たいして稼いでもいないくせに。(p44)
 最大の無駄は年寄りの説教ですね。僕は旧世代の人と話をして役に立ったことはひとつもありません。あの人たちは長く生きているだけで,たいして情報持っていないんですよ。(p45)
 人脈というのは力ずくでつくるものではなくて,やっぱり流れのなかで自然にできあがっていくものなのではないでしょうか。それにそういうものでなければ,本当に自分の役には立たないような気がします。(p48)
 いい人脈というのは,人の流れのことなんです。いい人の周りにはやっぱりいい人が,自然と集まってくる。(中略)逆にあまり好ましくない人のルートに入ってしまうと,その種の人たちがワッと寄ってきますから,それは気をつけたほうがいいですよ。(p49)
 よく給料の三分の一は貯金しろなんてことを言う人がいますけど,たいして給料をもらっていないのに,そんなセコセコしたことをやってもしょうがないですよ。僕自身がそうでしたから。とにかくあるだけ使う。(中略)本当に食べたいものがあったら,お金を借りででも食べるくらいでなきゃ,人生を楽しめないじゃないですか。(p52)
 入ってきたお金は,投資でも消費でもいいから,とにかく自分のところで止めず循環させてやる。お金というのは使った分だけ,ちゃんと戻ってくるようにできているんです。(p54)
 現在日本でいちばんお金を持っているシニア世代は,若いころにお金を使う訓練をしてこなかったから,思い切った消費もできなければ,投資感覚もありません。そういう人たちにお金を握らしておいても,はっきり言ってあまり意味がないのです。(p56)
 「ここは年寄りにもいい顔をしておこう」などとよけいなことを考え始めると,ものごとは複雑になるだけで少しもいいことはありません。(p59)
 これ以上ボトムアップしようと,能力の低い人にさらに一生懸命投資をしても,効率が悪いだけです。じゃぁどうすればいいかといえば,義務教育では必要最低限のことだけ教えて,あとは有能な人に集中的に投資する,そういうことが可能なように教育制度を変えていくことです。(p74)
 だってできる奴とそうじゃない人って,平気で千倍くらい生産性で差がつくんですよ。(p75)
 できる人間に資本を集中的に投資すると言うと,すぐそれを社会や経済の二極化に結び付けて,ヒステリックに反論する人が必ずいます。いいじゃないですか,二極化で。それは止めようと思っても止められない。歴史の必然だと僕は思っています。むしろ妙な悪平等意識が社会の隅々にまで浸透して,子どもたちまでみんなと同じでなければいけないという圧力にさらされている。そのほうがよっぽど問題ですよ。(p78)
 吉本興業がつくっている吉本総合芸能学院(NSC)という学校があって,「見る人だけじゃなく演じるほうからもお金を取る」という画期的なビジネスモデルになっています。(p89)
 (お金の)使い方を間違えている人って,けっこういると思いますよ。お金が足りないと言いながら,無駄遣いを平気でしていたりね。(p94)
 僕のようにお金を稼いで,それを事業に再投資してというようなことに興味のない人が,何十億,何百億と資産を持っても,意味なんかないんですよ。ブランド物のバッグを買うとか,たまに家族で食事をするとか,そういうもので満足感を得られるのなら,それが可能なだけのお金があればいいわけでしょ。(p95)
 企業の経営だったら,無駄は極力省いていかなければなりませんが,普段暮らしていてなにが無駄かなんて,そう簡単にはわかりませんよ。(中略)目くじら立てて世の中から無駄を排除しようなどど考えないほうがいいと僕は思います。(p101)
 食事というのはからだの健康だけではなく,その人の心のあり方にも深く結びついているんです。食生活が貧しいと,心にまで栄養が行き渡らないから,そういう人は話の中身まで痩せている感じがするし,逆に食生活が充実している人と一緒にいると,こっちまでとても豊かな気分になれる。そういう経験ってありませんか。みなさん,もっと「食」にお金をかけてください。みんなエンゲル係数が低すぎるからしあわせになれないんですよ。(p103)
 わけのわからないものでも,なにかひとつ決めゼリフがあれば,そこで収拾がつくもんなんですよ。(水道橋博士 p118)
 中谷彰宏さんはいいですよ。いや,ビジネスモデルとしてですけど。つまり固定ファンをつくるというやり方。出せば必ず買う人がいる。そういう層をつくっておくことは大事です。そうすれば,あとは新しく起こったことを解説するだけで本が出せるわけで,新しいことは,どんどん起こるんですからね。(p136)
 タレントの資質としては反省はしないほうがテレビはいいんですよ。(水道橋博士 p142)
 渡邉恒雄元オーナーみたいな人は,いじりようがないんです。もう悪者にするしかないわけ。(水道橋博士 p146)
 さとう珠緒と一緒にベッドに入ってくれなんて言われても,普通みんな嫌がるんですよ。一般人ってテレが強いからね。でも堀江社長は珠緒ちゃんとベッドで「なかなかいい気持ちです」なんてやってくれる。あれを見て俺,マジで感心しましたもん。(水道橋博士 p147)
 お笑いというのは差別というか,差異があって初めて成立するってところがありますから(水道橋博士 p152)

2017年5月27日土曜日

2017.05.27 外山滋比古 『新聞大学』

書名 新聞大学
著者 外山滋比古
発行所 扶桑社
発行年月日 2016.11.01
価格(税別) 1,000円

● 自己学習や頭の体操をするための素材として,新聞は恰好のもの。その具体的な活用法を説く。
 しかし,それだけではなく,新聞批判や教育論にも及ぶ。

● かつては新聞を取ってないと奇異の目で見られたものだ。おたく,そこまで貧乏してるの,みたいな。新聞は取るのがあたりまえでしたね。
 今は,新聞を取らない家庭が増えているのではないだろうか。ニュースはネットで知ることができるせいでもあるだろうけど,そもそもニュースって知らなくても別に困らないんだよね。

● 新聞を取らなくなって,一番助かるのは,古紙が大幅に減ったことだ。古紙回収は月に1回だから,ひと月分の新聞を家の中に置いておかないといけない。実際にはそこに折り込みチラシが加わる。ひと月分だとけっこうな量になる。
 それをビニール紐で結わえて,ゴミステーションに持って行く手間がなくなった。これは大きいですよ。

● 新聞に載ってるのはニュースだけではない。書評や人生相談や読者投稿や識者の随筆や,その時々のトピックの特集記事もある。
 が,それらを含めて,知らないからといって,何か困るかといえば,さぁて,さほどには困らないのではないか。

● というような者が本書のような本を読むのもおかしなものだけど,外山さんが新聞について何を語っているのか,そこを知りたいと思った。

● 以下にいくつか転載。
 “自ら助くる”というのはヘルプ・ゼンセルブズ(help themselves)の訳であるが,“助ける”という日本語にしてしまうと,この言葉の趣旨が大きく失われる。“ヘルプ・ゼンセルブズ”は“自らを助ける”という意味ではなく,自分のことは自分でする,人の世話にならない,という意味である。(p2)
 われわれの社会では,いまだに知的散文は確立していない。そのことをはっきり認める知識人も少ないから,言論がおしなべて,情緒的に流れやすい。ウェットな文章が喜ばれ,ドライな文章には人気がない。(p60)
 もっともいけないのが,単行本である。薄くても二百ページを割ることは少ない。小さなテーマで,十万字の論文,原稿を書ける人は,そんなに,いるわけがない。どうしてもおもしろくない長文を読まされることになる。(p65)
 ことばは声が基本である。文字はそれを写した記号であって,声を失っている。文字だけを読んでいると,どこかおかしくなるおそれがあるが,いまの人たちは,そのことを考えない。そして文章のほうが話より高級であると決めこんでいるようであるが,近代の誤解のひとつである。(p68)
 署名のあるなしなど,ノンキな人は問題にしないようだが,大違いである。匿名のほうがいい書評ができる。身分を明かした原稿には,いろいろのシガラミがまつわりやすい。(p78)
 日本人は金銭への関心が高い。小金を貯めるのを生き甲斐にする人が多い。その割には,経済ということに関心が低いのである。(p84)
 日本人の経済的関心はゴシップの色彩が濃い。本当のところを突き留めるのではなくて人事に関心を持つ。企業の社長交代がいいニュースになる。(p87)
 外国から日本人は働きすぎると批判され,企業などが週休二日制を始めた。あれほど楽しみであった休みが,それを境に輝きを失いはじめる。(p98)
 その森(銑三)さんが,かつて,こっそり私に教えてくれたことがある。読んでおもしろいと思う新聞記事があったら,切り抜く。切り抜けないものなら,書写する。それを分類して袋に入れておく。だんだん,袋がふくれていく。ある程度,ふくらんだら,袋から取り出して整理する。うまく整理がついたら,それをもとにして,本を書く。そうすると,しっかり本が書ける,と森さんは教えてくれた。(p109)
 古き良き時代の話だろうね。今でも新聞の切り抜きだけで本を書く(書ける)人はいるんだろうか。
 人間にとって,おもしろいのは,動くものである。ニュースは一回きりだから,動きを感じさせない。株価は,毎日,動いているから,ニュースとしても,犯罪などと違って,知的興味を与えることができる。(p117)
 昔から,月曜日はいやな日である。学校へ行きたくない。しかし,火・水・木・金と学校へ行っていると,それなりの調子,リズムができ,それほど,いやでなくなるようである。調子の出たところで,週末,二日もぶっつづけて休めば調子の狂わないほうがおかしい。(p143)
 どうやら,教育はノロマを育てるらしい。俊敏でないのが多いのである。高等教育が普及して,ノロマ人間が増えたのではないかと思われる。(p151)
 モノマネするには,余計なことを考えたりしてはいけない。本に書いてあることを鵜呑みにして知識を増やせば進歩しているように錯覚した。幼い学習者がそう考えたのではなく,指導的な人たちが,知識は力なりという考えに支配された。(p159)
 文化における西高東低の傾向は,いまなお完全に消えてはいないようである。政治と文化の相性はあまりよくないのだろうか。少なくとも,歴史がないと,文化と相性は生じないことを暗示している。(p169)
 普通の大学は,専門によって小さく分かれている。(中略)日本史の学生でも西洋史の教養をもつことは例外的である。大学という文字が泣くようなのが一般大学である。 新聞大学は違う。政治も経済も,文化も社会もみな目が届く。八宗兼学である。(p175)
 学校教育の泣きどころは,知識が古いことである。教室で教える知識は常識的なものである。昔からのことをこと新しく伝える。(p176)
 講演会の記事には,たいてい“聴衆はせっせとメモを取っていた”などという文句があった。メモを取りながら講演を聴くのは熱心な聴き手であるという誤った観念にとらわれているわけで,すこし恥ずかしいことである。(p182)
 本は,読者の求めるものを与えなかった。古くさい知識をわけもなくありがたがって,博学多識を学問と取り違えている本があまりにも多い。若い燃えるような志をもった読者は,やがて,本から距離を置くようになった。書物文化は,それほど大したものではないと感じた読者はただの怠けものではなかった。(p183)
 小中高の教育がまがりなりにもうまく行っているのは,しっかりした,時間割に基づいて行われているからである。(中略)どういうわけか,大人は,宵っぱりの朝寝坊が好きである。ことに,早起きが苦手,朝食をそこそこにして出勤する。(中略)近代の泣きどころである。(p186)
 同世代人口の九十パーセント超が大学生になった。一般はそれを社会の進歩として歓迎した。学校教育は過ぎると人間を劣化させることがある,ということに気づく人は少なくて,高学歴化を喜んだ。(p201)
 日本だけのことではないが,近代文化の泣きどころは,知るを知って,考えることを知らないことである。いくらたくさん本を読んでも,博学多識にはなっても,みずから考える力はまるでない,ということが主知主義の泣きどころである。(p212)
 学校教育が努力の割りに成果が乏しいのは疑問を起こさせないからである。ことに日本の教育は丸呑み,丸暗記で,問題に答えることしか考えない。(p212)
 いまの人は,昔もそうだったが,読むということを誤解している。つまらぬことは読める。よく知っていることを書いた文章ならわかる。しかし,少し難しい内容の文章はわからない。おもしろくない,と言って放り出す。本当に,ものが読めていないのである。(p216)

2017.05.27 森 博嗣 『夢の叶え方を知っていますか?』

書名 夢の叶え方を知っていますか?
著者 森 博嗣
発行所 朝日新書
発行年月日 2017.01.30
価格(税別) 760円

● 夢の叶え方というよりは,目標管理の方法論といった方が,本書の内容を表す標題になるかもしれない。
 強く念じよ,すべは叶う,という内容ではもちろんない。夢が実現したシーンをありありと細部にわたるまで,できれば色つきでイメージできれば,それが潜在意識に到達するから,あとは潜在意識に任せておけばいい,と説くものではない。

● 本書で著者が口を酸っぱくして説くのは,自分の夢を見ろ,ということ。他人に見せるための夢ではなく。
 人に認められたいとか,周囲の評価を得たいという,そのための夢になりがちだということ。そんなものは無価値ではないか,と。

● 以下に,多すぎるかもしれない転載。
 特に助手の頃は,研究が面白いため没頭してしまう。趣味が不要なのだ。ここは,危ないといえば危ない。ついついのめり込んで,躰を壊す人間が周囲の同僚にも多かった。(p7)
 僕は大勢の人たちと一緒に遊びたいのではない。一人で遊びたいのだ。クラブに入るという選択はありえない。(p9)
 大事なことは二つある。(中略)一つは,自分の夢を知っていること。自分が何をしたいのか,明確なビジョンを持っていることである。(中略)そして,二つめには,それをなるべく早く実行することである。この実行が伴わないと,夢を思い描くことがライフワークになってしまう。(p16)
 「特になりたいものはない」「べつに決めていない」「そのときになってみなければわからない」という答は,どこか投げやりで,そんな台詞を吐く冷めた若者は,きっと社会から歓迎されない。年寄り受けしないからである。(p33)
 僕は「有名」になりたくない。有名が嫌いだ。人に注目されることを生理的に嫌っている。したがって,有名なものに価値を見出さない。必然的に,大勢が認めるものに,僕は見向きもしない。価値の判断に,不特定多数の意見をほとんど取り入れない。(p34)
 僕が言いたいのは,その「職業」に執着していない,という意味である。研究者の活動は面白い。作家も創作する時間はわりと楽しい。それは,職業でなくてもできるし,続けることが可能なのだ。ようするに,それで人に認められなくても良い,と僕は考えているのである。(p35)
 老人というのは,若者に「回り道」をさせたがる傾向にある。安易に目的を実現するのではなく,充分に修行して,時を待て,という教えだ。(p36)
 自分の夢の中に他者が介入している場合が多いことが理解できるだろう。(中略)他者に認められて初めて実現する夢を思い描く人が実に多い。(中略)つまり,自分の夢なのに実は他者との関係が入り込み,むしろそちらが主になっているのだ。(p41)
 おそらくは,子供の頃から,大人たちに「凄いね」「楽しいね」という満足を「もらって」成長してきたのだろう。満足を自分から発することができない。自分で満足するなんて,「自己満足」という醜いものなのだ,と信じているのである。(p44)
 「大自然の中で子供を自由に育てたい」という夢は,子供にとってはいい迷惑かもしれない。ペットではないのだ。小さいうちはまだ良いとしても,少し成長すれば,都会に憧れるだろう。あなたの夢が若者を縛ることになる。その想像をしているだろうか?(p50)
 「家族の理解」という言葉を使っているだけで既に道を誤っているようにも観測できる。何故,あなたの夢に家族の理解が必要なのか,と問いたくなる。(p51)
 もし,身近な大人が楽しさを作ることができる人だったら,子供はそれを見て,自分にもそれができる,いつかできるようになりたい,と考えるだろう。ところが,大人はただ働いて,その金で子供に楽しさを買い与えているだけなのだ。そのことが子供にもよくわかる。このような環境で育てば,自分も金を稼ぎ,その金で楽しさを買おうとする。(p54)
 どんな楽しいことでも,熱中したあとには厭きてしまうものだ,と思っている人は多いと思う。しかし,厭きる原因は,本当の楽しさではなかったから,ということに気づいているだろうか? 厭きてしまうということ自体が,まだ楽しさの本質を知らない証拠なのである。(中略)それを本当に楽しんでいる人は,けっして厭きることがない。楽しめば楽しむほど,もっと楽しいことが現れる。毎日が発見の連続で,つぎからつぎへと新しい楽しさが生まれてくるのだ(p55)
 他者(外部)から与えられる快楽というのは,慢性化していく。「厭きる」というのは,つまり慢性化のことなのである。(p57)
 最近は,「感動をもらう」「元気をもらった」などと言う人が増えた。明かな危険信号といえる。(p59)
 楽しさの本質は,個人の中から生まれる発想にある。自分が思いつき,自分で育て上げた結果初めて得られるものだ。(p59)
 大事なことは,「元気」「やる気」のような気持ちではない。この本を読んで,森博嗣の言葉に反応して出たやる気なんて大したものではない。その元気ややる気が今日一日で何を成したのか,ということが重要なのだ。元気もやる気もなくても何を成せるか,を考えた方がずっと良い。(p68)
 僕の印象として,想像力がなく,自分の楽しみを持っていない人ほど,夢として「旅行」を選びがちかな,と観察されるのだが,気のせいだろうか。(p84)
 その「諦め」の回答をした人も,まだ四十代か五十代が多い。僕は六十代でも,そんな境地に達するのにまだ早いのではないかと感じる。(中略)まだまだ一花も二花も咲かせられるのではないだろうか。(p97)
 多くの人が見ている夢は,ある一時のシーンを想定しているものが非常に多い,ということ。たとえば,「結婚」などが好例だ。これを夢見ている人は,結婚式や新婚生活が見えているだけか,せいぜい結婚後数年間の想像しかしていない。(p97)
 たとえば,「楽しいことをしたい」という「夢」があったとしよう。茫洋としていると感じられるだろう。まさに夢のようだ。しかし,まずはこのような「本質」をしっかりと掴むこと,意識することは馬鹿にならない。むしろ具体的なものを思い描くよりも大切なのではないか,と僕は感じている。(p102)
 拘るのは素晴らしいことだと思っている人が多いだろう。けれど,この言葉はそもそもその意味ではない。つまらないことに執着してしまい,大きな目標を見逃す,という意味に使う表現なのだ。(p103)
 何故か,「目標は高い方が良い」などと教える指導者も多い。僕はそうは思わない。目標なんて,「実現できてなんぼのもん」なのである。たとえ,高い目標を掲げたとしても,そこへ向かう道筋の一段一段は低く設定しておこう。(p105)
 人間は,古来自分の躰よりもずっと大きなものを作った。時間をかけて,想像を絶するような規模のものを構築し,後世に伝えてきた。(中略)また,工芸や美術の分野でも,技を極め,数々の手法を試し,またそれらを受け継いで,より高いものを目指してきた。そういったものを見て,これは特別な人たちだ,と思うか,それとも,自分もやってみたい,と思うか,そこに「夢の強さ」の差が生じるのではないだろうか。(p119)
 人間はつまり,夢を見るように作られている。進化論に従えば,夢を見て,それを実現するkとに楽しみを見出した種族が生き残ったのだ。(p126)
 いつか出口がある,と思って進めば,トンネルだって面白いものだ。子供はトンネルが好きだ。出口があることを知っているから,楽しめる。(p132)
 「自由」とは,自分が思ったとおりに行動することである。これは,「自在」とも表現される。ごろごろと寝転がってばかりで,怠けている状態は,「自由」ではない。(p137)
 スピードが半分ならば,倍の時間をかければ良いだけのことだ。この程度のことをハンディだと思ってはいけない。(p146)
 毎日駒を進めるために,僕が採用している一つの手法は,キリが悪いところで終わる,というものである。(中略)これは,翌日の自分のために,手掛かりを残しておくというのか,アイデアを譲るというのか,そんなサービスだといえる。(p150)
 日頃から,こつこつとコンスタントに進めることが,夢への道の歩き方だ。休み休みでも良い。メリハリをつけず,調子が良いときも,調子が悪いときも,同じように進めるのが,結局は合理的である。自分をできるかぎり忙しくしない,ということ。(p155)
 小説を書きたいと考えているような人は,もう小説をたくさん読んでいるはずだから,小説がどんなものかは知っている。それさえ知っていれば,ほかに知識は必要ない。とにかく書き始める。(中略)作品を仕上げてみて初めてわかることもある。とにかく,一作を最後まで書いてみること,これが小説を書くことに最も重要な経験となる。(p157)
 ちょっと書いたところで,自分の作品を読み直す人が多いようだが,これもおすすめしない。直したければ,全部書き上げてからの方が良い。それから,その書き始めたものをネットなどで公開しないこと。他者に見せるのは,まったく感心しない。必ず完成したものを発表すること。作品というのは,完成して初めて一作になるのである。(p159)
 僕は,とにかく悲観的に予定を立てることにしている。最低限これくらいはできるだろう,という数字を(パソコン上の)カレンダーに書き込む。(中略)自分に対してけっして楽観しない,というのは基本的な姿勢だ。(160)
 一つのことが続けられない。もっと面白いものがあれば,そちらを優先してしまう。いわゆる「浮気性」というやつである。これを克服するために,僕が採用した手法は,複数のことを同時に進める,というものである。(中略)別の作業をしている間,まえの作業のことは頭から消えている。考えたりしない。しかし,ぐるりと巡って,また小説の執筆に戻ると,すぐに頭が切り替わって,いきなり書き始めることができる。リフレッシュしているというか,この方が高効率なのである。(p162)
 道具も大事である。できるかぎり良い道具を使うことに心掛ける。安物を買わない。その方が長持ちするし,なによりも,それを使う自分の士気が高まる。(p163)
 夢を実現したい,という気持ちが基本にあって,そこへ近づいていく自分を意識している。そして,そのために,自分にノルマを課し,騙し騙しで進めているのである。それができるのは,「好きだから」ではなく,「やればやっただけの見返りが必ずある」ということを知っているからだ。(p165)
 一番知っているのは自分なのであり,その自分に褒めてもらいたい,と思う。評価はあくまでも自己評価が基本だ。(p166)
 多くの人たちは,(中略)不特定多数から褒められたい,できるだけ沢山の人に見てもらいたい,といった欲求を何故か持っていて,(中略)ちょっとした思いつき程度でもネットにアップし,みんなから「いいね!」がもらいたくなる。(中略)「小粒な自分」になっているのだ。この小粒さはあらゆるものに波及し,夢も人生も,きっと小粒になるだろう。(p167)
 その意味では,夢を追う過程において,周囲からの「支配」をいかに断ち切るのか,ということが重要になってくる。(中略)支配とは,一見面白そうなもの,周囲との関係をつなぎ止めるもの,そして少しずつ搾取をされるものだ。(p168)
 「大きな成功への最大の障害は,小さな成功である」という言葉がある。これは,僕が考えたものだ。(p174)
 ちょっとした失敗を気にして,消極的になってしまう人は多い。(中略)このような人は,「恙なく」勤めることを望み,「健康でありさえすれば良い」という謙虚さを語るかもしれない。(中略)それが本音だとしたら,「生きていれば良い」と同義であって,非常に本能的というか動物的な生き方になる。人間性を放棄しているように,僕には感じられる。(p174)
 スポーツ選手も芸能人も,「ファンに喜んでもらえることが一番」と口にする。(中略)それを真に受けてはいけない。ここを見誤っている人は,なれても二流止まりだろう。一流のスターは「人を喜ばす」程度の動機でなれるものではないのである。 では,何が目的なのか。それは,自分の価値を高めることである。(p181)
 こういった「摩擦」あるいは「抵抗」は,どこにでもある。自分の周囲から嫌なものをすべて排除すると,これまでそうでもなかったものが嫌なものになる。(中略)それを実現するには,自分の評価眼,価値観をコントロールするしかない。ようは見方の問題なのである。(p206)
 先生について教わる必要はない。むしろ,自分一人で楽しんだ方が良い。(p212)
 自分が作ったものを商品化したい,と考えている人が多い。(中略)このような夢を実現するために必要な要素が,やはりオリジナリティなのだ。案外,多くの人がそこに気づいていない。つまり,「上手であること」「完成度の高さ」といったものを求めがちなのだ。(中略) いくら技術的にプロ級でも,既にあるものに似ていると商品化の妨げになる。(中略)新しいものに挑戦すると,多少見栄えが悪くなったり,辻褄があわなくなったりする。それを見た人は,驚くかもしれないし,なんとなく敬遠するだろう。しかし,それが正しい。敬遠されるくらいの力がなければ,オリジナリティではない(p217)
 とにかく,普通の人がしているようなことに,ほとんど金を使わない。(中略)やりたいことがある,自分の楽しさを持っている,つまり目指す「夢」があるから,このようなことができる。(中略)だから,「夢」を持っていることは,非常に経済的だといえる。(p226)

2017.05.27 宇都宮一成・宇都宮トモ子 『88ヶ国ふたり乗り自転車旅』

書名 88ヶ国ふたり乗り自転車旅
著者 宇都宮一成・宇都宮トモ子
発行所 幻冬舎文庫
発行年月日 2011.07.10(単行本 2010.05)
価格(税別) 724円

● タンデム自転車で世界一周の新婚旅行。その様子を綴ったもの。
 こんなことをしたら,旅行中に大喧嘩をして,最悪,離婚に至る可能性はないのかと,ぼくなんかはいらぬ心配をしてしまうのだけど,そういうことにはならずに,無事に帰国できたようだ。

● 以下にいくつか転載。
 ケチらず旅行保険に入っておいておかった。「お金がないから旅行保険に入らないんじゃなくて,お金がない人ほど加入しとくべきなんだ」という話を聞いたけど,まさにその通りの体験。(p38)
 さらに,バッグからチョコバー二本取り出して僕たちに渡そうとする。食料はこの先大切やろうと思って遠慮すると,「二本あるのは,お二人に食べてもらおうと思って買ったんです」。 どうして,こんな状況でそんな心遣いができるのだろう。(中略)厳しいことにチャレンジできる人ほど,人に親切にできるのかもしれない。(p75)
 あんな電気もない牢屋のような部屋で生活している人々がいる事実はショックだった。でも,「同情するなら金をくれ」ってことか。いい経験ではあったけれど,もう二度とゴメンだ。こちらに元気と余裕がないと「心のふれあい」なんてできない。(p117)
 へこたれてしまいそうな数々の出来事を,スズキ君は温厚な人柄で乗り越えていく。恨みごとを言わない彼のタフさが旅を続ける秘訣のようだ。(p125)
 私たちに向けてビデオカメラを回している人もいて,インディヘナが「パゴ(金払え)!」と言いたくなる気持ちがわかった。(p130)
 旅は,頑張りすぎてはいけない。身体が疲れると,やがて心も疲れる。すると旅に疲れてしまう。そして,旅を続けるか終えるかのターニングポイントがやって来る。(p183)
 物欲・食欲は刺激されやすく,おかげで旅行といえばお土産を買ったりおいしいものを食べたりするのが目的という人が多い。そんな「お金・物・美食」の世界から一歩離れてみると,ほんの少しの荷物でも人間らしい生活はできるし,楽しみ方もたくさん存在することに気づく。(p192)
 観光客がフィンランドには目もくれず,ノルウェーに集中するのもうなずける。フィンランドも森と湖が美しい国なのだが,こう,ハッと打たれるものがなかった。(p339)
 旅で訪れた国の数,走った距離,初制覇,といった記録的なものはいつか誰かが覆す。旅は競わなくていい。それよりも「こんなにも自分は旅を楽しんだ」「こんなものを得た」と嬉しそうにしている旅人ほど,僕は羨ましく思える。(p345)
 暑さは「若さ」「ガッツ」「根性」で乗り切れるかもしれないが,寒さは「装備」「技術」,そして「経験」がないとやはり難しい。(p375)

2017年5月25日木曜日

2017.05.25 長谷川慶太郎 『トランプ幻想に翻弄される日本』

書名 トランプ幻想に翻弄される日本
著者 長谷川慶太郎
発行所 李白社
発行年月日 2017.05.31
価格(税別) 1,000円

● これまでの著書ではトランプ大統領に期待感を表明していた長谷川さんの様子が,本書ではだいぶ変わっている。
 オバマケア代替法案の提出ができなかったこと,その過程で大統領の手腕に疑問を抱いたことが理由であるらしい。
 また,欧州では右翼が台頭し,EUは解体するのではないかと予想ていたところ,フランスではその事態を免れる結果になった。右翼が政権を握れば,自国の利益を保護するため,保護貿易に走ることになる。各国が保護貿易に走れば,戦争を惹起しやすくなると警告する内容になっている。

● 以下にいくつか転載。
 もはや保護貿易主義の政治によって国内の国際競争力のない産業を守るべきではないし、守れるはずもないのです。(p23)
 安倍政権がTPP11を進めるのは,いずれアメリカをTPPに引き戻すという狙いがあるからですが,TPPに経済的な合理性があるからこそ安倍政権のトランプ政権への発言力も強く,まら,そのためにトランプ政権もいずれTPPに復帰せざるをえなくなるでしょう。(p24)
 円相場を中長期的に見るなら,おそらく円安になるでしょう。なぜなら,やはり軍事的に不安定な北朝鮮問題があるからで,それが重石になって円安傾向になっていくということです。(p26)
 アメリカは今のところ,まず中国に北朝鮮を抑えるように要求しています。この中国が北朝鮮に対して影響力を行使できないなら,アメリカが直接乗り出すでしょう。となると今度は中国の出る幕もなくなります。(p26)
 値段が上がった商品は消費者が買わなくなるため売れ行きがドーンと落ちます。典型的な例が,衣料品チェーンユニクロによる2014年夏の5%,2015年夏の10%という2年連続の値上げです。その結果,ユニクロでは全体の客数が急激に落ち込んで深刻な客離れが起き,当然ながら利益も落ち込みました。(p33)
 このままだと百貨店は青息吐息どころか,消滅していくでしょう。ネット通販で買えるような商品を店頭で高く売っていたのでは誰も寄り付かなくなります。(p34)
 自由貿易体制であるTPP撤退に象徴されるようにトランプ大統領の主張は,第2次世界大戦後70年以上にわたって集積された世界の経済政策を否定するものだといえまう。トランプ大統領が否定を貫こうとすれば世界の経済政策と戦って勝利しなければなりませんが,アメリカの1つの政権だけでそんなことができるはずがありません。(中略)トランプ大統領は追い詰められています。(p38)
 社会保障制度はいったん仕組みができ上がると変えるのが非常に難しいということです。既存の制度にはどれも既得権益層がしがみついています。(中略)社会保障制度の場合,しがみついている既得権益層も最も多いため,変更への抵抗もいちばん激しくなります。(p50)
 授業の中身がお粗末だったり時代に合わなくなっていたりする大学は本来なら淘汰されなければなりません。たとえ古い歴史を持つ大学であっても教育レベルが下がっているなら,整理・統合を進めていくべきです。現状のままで大学授業料を無償化すると年間3兆5000億円の費用がかかります。(中略)政治が現在の大学教育のあり方を見直さないで,安易に大学授業料を無償化をしてしまうのは税金の無駄遣い以外の何物でもありません。(p81)
 TPPが消滅すれば世界は保護貿易へと向かうことになります。保護貿易だと各国の国内経済は一時的短期的には活気づくとしても,貿易量の急減によってすぐに縮小に転じてしまうのです。その結果,各国の国内経済が大幅に落ち込んで,国家間の紛争を招きやすくなります。(p87)
 そもそもIRを成功させること自体が非常に難しいのです。バブル期に全国にできたリゾート施設がほぼすべて失敗したことからも明らかでしょう。(p108)
 有能な経営者は,第1に取引相手の選択に長けており,第2に決断が早い。(p123)
 アメリカは自由主義市場経済ですから,原油生産についても政府が口を挟むことはありません。(中略)一方,OPECでは原油生産をしているのは各加盟国の政府なので,だからこそOPECという形でカルテルを組むこともできるのです。しかしアメリカの自由主義市場経済の力強さにOPECがカルテルで対抗できるはずがありません。(p149)
● 株式投資に関する具体的な質問にも答えている。著者の推奨銘柄は,みずほ銀行,三菱自動車など。IT関連には懐疑的。重厚長大がよろしい。
 この部分からもいくつか転載。 
 今は北朝鮮情勢が緊迫しています。だから株式市場でも一時的には多くの株が下がることがあるでしょう。そのときに割安になった銘柄をキャッシュで購入すればいいのです。(p28)
 本来,大混乱を引き起こすような金融政策は絶対に取ってはいけないのです。その点をモディ首相はわかっていないようですから,モディ首相であるうちはインドへの投資は避けたほうがいい。(p127)
 ただ話題になっているとか,面白そうだというような株に投資するのはやめたほうがいいと思います。だいたいは,いわゆる「ちゃぶついた投資」に陥ってしまいがちだからです。(p156)
 結論から先にいうと,誰にもわかるような中小型の有望な銘柄はありません。(中略)伸びる企業は技術開発に成功するところなのですが,多額の投資をして技術開発に失敗した場合,それなりに規模の大きな企業でないと持ち堪えられません。(p161)

2017年5月24日水曜日

2017.05.24 夢枕 獏 『幻想神空海』

書名 幻想神空海
著者 夢枕 獏
発行所 マガジンハウス
発行年月日 2014.05.29
価格(税別) 1,500円

● 面白かった。一気通貫で読了。
 夢枕獏さんの着眼のユニークさ,発想の奇抜さを堪能できる。空海はそのための素材にすぎない。

● とはいえ,その素材が凡百の人物であれば,着眼も発想もインスパイアされないだろう。空海ならば,相手にとって不足はないというところか。

● 以下に少し多すぎる転載。
 司馬さんが書いてきたものの絵解きをすると,キーワードは戦なんだよね。司馬さんはね,戦争で大陸に行っている。太平洋戦争の時,一発でも弾丸が入ってきたら,跳弾で中にいる人間がズタズタになっちゃうような戦車に乗っていたんだよね。日本人って,なんでこんなバカな戦争したんだろう,という大きな疑問を,司馬さんは,戦争体験で背負っちゃったんだろうね。(p12)
 宗教として現役感のあるお寺というのは少ないんだよね。みんながお寺にもとめているのは,庭であったり,紅葉だったり,そういう侘び寂びや歴史的な由来だったりする。(中略)でも,高野山は凄いことに信仰がまだ生きているんだね。(p19)
 空海はね,古代の神と仲良くするのが上手だった。もともとは高野の地に住んでいた丹生都比売とか,狩場明神とかね。で,その古代の神は何かというと,ぼくは「縄文の神」なんじゃないかと思ってる。(p20)
 最澄は,頭の良さというところは,空海と同じくらいの知識人だったと思うんだけど,ただ,空海と何が違っていたかというと,真面目さだと思うんだよね。すごく真面目な人だったと思う。人間の持っている弱さを許せない,もしくは許す時に何かのロジックが必要な人だったと思うね。(中略)でも,空海が許す時は「人間とはそういうものだ」という,短い一言で許したと思えるね。(p38)
 ぼくは日本が世界に誇れる三大偉人に,空海,宮沢賢治,アントニオ猪木と,言ってた時期があったんだけど,外国人と渡り合った日本人というのは,わりといるんだよね。平安前後だと,空海と阿部仲麻呂。阿部仲麻呂は唐で出世しちゃって。明治くらいになるとまた出てきて,講道館柔道の前田光世,博物学者の南方熊楠,作家の森鴎外。ポイントは,外国で外国の言葉でケンカをして,相手をやっつけることができた,というところ。(p48)
 空海はやっぱり言葉のマジックを信じていた人だったから,言葉とか文字をめちゃくちゃ大事にしてるよね。(p54)
 ぼくの感覚では,漢字は一文字ずつが物語であり,神話なんですよ。一文字の中に,エジプトの象形文字と比べても,遜色のない,深いドラマ性がある。それを空海は知っていた。空海は呪力としての漢字を知っていたと思う。だから彼は言霊の魔術師なのだ。『三教指帰』の時にはもうその片鱗はあって,自分のものにしていたと思うね。(p89)
 空海は若い頃『虚空蔵求聞持法』を唱えて,記憶力を高めたと言われているけれど,この虚空蔵というのは,アガスティアの葉のことであり,アカシックレコードのことだと思う。空海がやっていた『虚空蔵求聞持法』というのは,まさにサイババであったり,そういったすてきで面白くて,いかがわしい人たちのやっていたことに,つながっているわけで。(中略)まかり間違えれば,空海なんかは,そういう人たちの一人だったかもしれない。違うのは,空海は私腹を肥やそうとしていない,ってところだね(p74)
 李白の持っている白髪三千丈の要素と,俺ならば何でもできるさ,という要素が,もうこの『三教指帰』の中にある気がするんだよ。(p79)
 当時の南都六宗にも,まったく納得してなかった。でも,否定もしなかった。これも空海のすごいところ。否定したのは,むしろ最澄。(中略)でも,空海は逆に東大寺を抱え込んでしまう。最澄が捨てたものを,空海は拾った。(p83)
 ぼくが伝奇を書きたいと思ったきっかけも,宇宙論の話なのだと思うんだ。根本的なものを要素としてはらんでいないと,なかなか書ききれない。書くモチベーションが途切れてしまうんだよ(p90)
 今,ぼくらが知っている,いろいろな神様や妖怪のものは,縄文時代にあると思ってるんだ。あるいは縄文的な発想で,妖怪って生まれていると思うんだよね。八百万の神,すべてのものに神が宿る,という。まさしくこれは縄文の信仰だと思う。(p91)
 闇が怖いな,と思って人間が見ていると,闇は怖いものに変質して,ある特徴を持っていく。だから,ある石を人間が先年拝んでいるとして,それを神として拝んでいれば,石は神になる(p93)
 例えば曼荼羅もそう。大日如来という根本原理があれば,あらゆるもの,つまり縄文の神々だって,絵として描かれていてもまったく問題ないわけ。神仏混淆というのは,空海以降の考え方だと思う。(p96)
 空海は破壊を伴わずに革命を起こした,珍しい人。血を流してないでしょ? 空海は多分。あれだけの革命をしたのに。(中略)だから『理趣教』的なところから言うと,やっぱりみんな肯定しなきゃいけないんだよ。人間の心の問題だけじゃなくて,村同士,民族同士の関係でも,お前も正しい,けれど俺も正しい,なぜならば,もとを正せば同じ大日如来だから,というロジックが空海にはあった。(p97)
 阿弥陀如来だろうが,禅だろうが,それって格闘技の流派と同じなんですよ。(宮崎信也 p106)
 真理はおのおのすべてにあるという金剛界的理解と,根本の真理は一つだ,という胎蔵部的な理解。一つの生命からすべては広がっていって,収束していくという話と,おのおのに真理というのは拡散して存在している,とう両方に真理の形があるという。(宮崎 p110)
 空海以前はなんて言うんだろう,一人の人間が修行して仏に近づこう,っていうような発想ってあんまりなかったよね。(p114)
 奈良時代の仏教って,学問として中国のそういうものがあるからって翻訳してやってますけど,南部六宗の法相宗にしてもそうですし,華厳宗にしみてもそれは言葉の上であって,それを自分の中で体現しようとはしていない。奈良の大仏なんてめちゃめちゃ大きいけれど,あれ単に天照大神ですよね,たぶん。(宮崎 p117)
 あんなにたくさん一人の人間が書いたものが残ったっていうのは,空海が最初じゃない? 今だって,こんな分厚い空海全集がまるごと残っていて。あと思い浮かばないよね。空海以前はないよね。その後もあんまりないよね。あんなに膨大な量を書いた人。(p118)
 音楽も,レコードが生まれる前は一次産業だったんですよ。音楽は自然と人を直接に結ぶものだった。(宮崎 p121)
 「方便をもって究竟と為す」って言葉あるじゃないですか。何かをしていくための方法論を「方便」って言いますけど,それが絶えず現実的な意味を持って,ダイナミックに動いてないと,それは意味がないんじゃないか,と。闘っていないチャンピオンはチャンピオンじゃないってことです。(宮崎 p128)
 空海は,綜藝種智院という日本で最初の私立大学を作るわけですけれども,『三教指帰』などで仏教の優位性を主張したのは,俺の若気の至りだ,間違っていた,って言ってるんですよ。(宮崎 p141)
 空海は中国に行くまでは,自分のことしか考えていないんですよ。(宮崎 p142)
 (宮沢賢治は)知識が中途半端だったらしいんですよ。頭でっかちで,農民学校で,専門学校で勉強したことをすぐ農村で応用しようとしたら,どういう土地であるとか,そういうことを宮沢賢治は理解せずに,上から頭でっかちでやったもんで,農民から馬鹿にされるわけですよ。(宮崎 p155)
 農民は自然と一緒に大きなサイクルの中で生きようとしているのに,宮沢賢治はもっとちゃんと土地改良に励めとか,石灰をまかなくちゃいけないとか,窒素肥料がないとか言って,糾弾するわけですよ。(宮崎 p156)
 宮沢賢治のすごいのは,そこにある阿褥達池っていうマナサロワール湖のことをね,詩に書いてるんだよ。実際に行くとね,ホントに「すごい! なんでわかるの?」っていうくらい似てる感じなんだよね。すごいよ賢治は。そういうところは。(p158)
 空海はね,どこに生まれても,空海になっていたと思うんだよね。(中略)宮沢賢治もね,どこに生まれても宮沢賢治になった人なんだよ。二人とも,どこに生まれても,その場所から銀河系を見ていたんだから。地球上のどこに生まれても,銀河系や宇宙との距離は同じなんだよ。(p160)
 空海は一つの真理だけじゃ,絶対に人は幸せにならないと思っていたのは確かなんですよ。だから金剛界で示される真理は,根本的なものではあるけれども,世の中がこうなってしまったからには,この世界を否定して新しいものを作ってもだめで,今生きている人たちに恩を返すような方法として考えなくちゃいけない,と。この世界が間違っているなんて,思わなかったみたいなんですね。(宮崎 p166)
 基本的には「犀の角の如く独り歩め」っていうくらい,集団で教団を作るのって良くないと,お釈迦様は思ってたみたいで。集団で活動して,例えば三人でひとつの村に托鉢に行くと,村はみんな迷惑しちゃう。(宮崎 p175)
 戒律っていうものがもともとできたのは,仏教教団というものが世間から悪く見られたら困る,という常識を気にしてるんですよ。(宮崎 p180)
 いやぁ,学ばないよ人は。歴史に学んでないし。理不尽なことだらけだよね,歴史見てると。(中略)人間って反省しないんだよね。もう理不尽なことだらけでできてるんだよ,社会って。だから,もう自分さえよければいいや,ってところへ行っちゃうよね,突き詰めると。みんなのためにやっても無駄だっていう証明じゃない。いろんなことがあっても結局みんな死んでいくしさ。(p207)
 官僚というから僕らは誤解してしまうのであって,あれは貴族ですよ。(宮崎 p210)
 例えば「私というものは存在しない」っていうところまで,脳科学ってきてるじゃない。(中略)運動準備電位っていうのがあって,それは,それを持とうと思う前に,それを持つための電位がもう,脳の中に発生してるんだって。だから,私がいて何かの行為をしているのではなくて,行為を脳で発動した時に,その途中で私というものができてくる。だから,私というのは,脳が便宜上作った架空のまやかしの存在じゃないか,というのが,脳科学の最先端の話なんだよ。(p217)
 臓器移植やiPS細胞やクローンもそうだけど,やっぱり今は哲学や宗教が圧倒的に遅れている。十八世紀くらいからそうでしょうけどね。文系が理系に追いついていない。(宮崎 p230)
 大衆はね,ある意味最強でしょう。結局,どんな天才も,最後には大衆に消費されてく運命を持ってるからねぇ。(p233)
 空海は,良きもの悪しきもの,そのどれも全て人の心の生態系として,受けとめる。それを肯と空海が高らかに歌っている。そこに,迷いがないように思える。(p238)

2017年5月23日火曜日

2017.05.23 高橋 歩 『夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。』

書名 夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ。
著者 高橋 歩
発行所 NORTH VILLAGE
発行年月日 2010.08.01
価格(税別) 1,400円

● 著者の名言集。これまたカンフル剤として使用できる。

● 名言集からいくつかの文章を選びだすというのもどうかと思うが,以下にいくつか転載しておく。
 夢を叶えるための必要なことは,「ここぞ」という勝負時に,死にものぐるいで結果がでるまでやるっていう覚悟だと思う。(p28)
 新しいフィールドで挑戦しようとすると,いつだって大人たちは「実績は?」って聞いてくるんだ。でも考えてみなよ。初めてやるヤツにそんなものあるわけないだろ。「これからやることが実績になるんです」としか言えないじゃん。(p34)
 夢に対しても,女に対しても,浮気心を持っちゃうのは,本当に決めることができてないから。(p40)
 夢を追ってるんだから,夢物語に決まってるじゃん。(p46)
 才能を語れるのは,世界二位が世界一位に勝てないとか,そのレベルの話だよな。そういう次元じゃないところで才能のせいにしてるのは,ただ自分が出来ないことを誰かのせいにしたいだけ。マジ,親に失礼だよな。(p50)
 飛び抜けた才能があるヤツってのはごく一部で,オレも含めてほとんどは普通の人間さ。だとすれば,自分に出来る範疇でやりたいことを考えたんじゃ,普通のことしか出来るわけがない。自分が出来そうなことの中に「アツい!」と想えることなんてあるわけないだろ。(p54)
 嫌なことが10回続こうが,オレの感覚では「この章は嫌なことが続いているけど,そんなこともあって物語が面白くなっていくんだから,まぁいいべ」ってね。それだけのことだよ。(p61)
 楽しいからマジになれるし,マジになるからこそ金になるんだってこと。(p89)
 その時は,店も,いわゆる世の中の流行に則ってやろうとしちゃってたんだよね。それを取っ払って,本当に自分たちの好きなように店をやると決めて,突っ走り始めてから,仕事としても上手くいくようになった。(p90)
 人間,自信が無くなると,流行を取り入れようとしたり,媚びたりしちゃうんだよな。でも,オレみたいに器用じゃない人間にとって,マーケティングとかって,一番やっちゃいけないことだと想ってる。(p94)
 経験や過去のデータも,とらわれ過ぎれば新しいモノを生み出す足かせになる。(p97)
 バランスをとろうと考えている時点でバランスがとれてないんじゃない?(p100)
 熱湯くらいにアツくならないと,夢なんて叶うわけがない。(p102)
 何かを始めるとき,たいそうな大義名分は一切いらねぇべ。そんなこと考えているうちにテンション下がってくしね。理由なんて,ヒーローになりてぇとか,恰好良いとか,マジぶちかましたいからとかで十分だろ。(p110)
 失敗したら,落ち込めばいい。で,一瞬で反省して,引きずらない。自分の中だけに溜めずに,仲間と「ここはミスったな,間違ったよね」っていうポップな反省会。仲間と酒を飲むすばらしさは,そこじゃん。(p116)
 言い出しっぺが「オレは一人でもやるぜ!」って言い切らないと,いくら仲間が集まったところで,壁にぶつかる度に解散の危機になるさ。(中略)仲間がいるからできるんじゃなくて,一人でもやる覚悟があるから仲間が集まる。結果,一人じゃ出来ないことがやれるようになるんだよね。(p144)
 初めて世界一周から帰った頃は,よく自慢げに旅の話をしたけど,でも今考えれば,子供を一人大学に行かせる金があれば,世界一周なんて余裕でできる。オレもわかってなかったな。学生時代のメチャクチャさってのは,何の自慢にもならない。(p172)

2017年5月22日月曜日

2017.05.22 清水克衛監修 『本屋さんがくれた奇跡』

書名 本屋さんがくれた奇跡
監修者 清水克衛
発行所 イースト・プレス
発行年月日 2010.11.15
価格(税別) 1,300円

● プロローグを含めて9話。9人がそれぞれ,1冊の本によって救われたという寓話が9つ載っている。

● その9冊は以下のとおり。
 山本一力『だいこん』光文社文庫
 池間哲郎『懸命に生きる子どもたち』JAN日本アジアネットワーク
 池田繁美『素心のすすめ』モラロジー研究所
 喜多川泰『「福」に憑かれた男』総合法令出版
 丸山浩路『本気で生きよう! なにかが変わる』大和書房
 植松 努『NASAより宇宙に近い町工場』ディスカヴァー21
 丘 修三『福の神になった少年』佼成出版社
 椋 鳩十『感動は心の扉をひらく』あすなろ書房
 植西 聰『宇宙銀行』サンマーク出版

● 現実に本書に書いてあるようなことが起こりうるか。それはまず,あり得ない。だから寓話ということになる。

2017年5月21日日曜日

2017.05.21 茂木健一郎 『幸せとは,気づくことである』

書名 幸せとは,気づくことである
著者 茂木健一郎
発行所 プレジデント社
発行年月日 2015.09.16
価格(税別) 1,300円

● お得な生き方を説く人生論。矢継ぎ早にこの種の本を出しているねぇ。これについて著者自身がどこかで語っているのを読んだ記憶があるんだけど,その趣旨は忘れてしまった。
 しかし,多くの読者に受け入れられているようだ。読むと元気が出る。もちろん,一時的なカンフル効果以上にはなかなかならないんだけど,本とはそういうものだろう。

● 著名な脳科学者が書いていることだからという安心感もあるでしょうね。現在の脳科学の知見が,将来においては,全面的に書き換えられる可能性もあるんだろうけど。

● 以下にいくつか転載。
 自分の個性は、他人という鏡に映って,初めて知ることができる。(p4)
 世界は複雑であり,自分自身もまた奥深い。しばしば,脳の一〇%も使われていないという説を聞く。実際には,脳の潜在能力全体から見れば,一%どころか,もっと少ししか,私たちは使っていない。(p5)
 脳は,何が起こるかわからない「サプライズ」こそを,栄養として成長する。(p6)
 ストレスを感じないで働くための秘訣は何か。何よりも大きいのは,自分でコントロールできることと,できないことの区別をすることである。そのうえで,前者については全力を尽くす。後者については,うまくいかなくても諦める。(p15)
 幸せとは「気づく」ことであると,さまざまな研究結果が示している。自分の人生の中の,ごくあたりまえの恵みに目覚めることが,汲めども尽きぬ幸せの泉となるのだ。(p19)
 幸せの青い鳥は,最初から家にいたのかもしれない。しかし,家に閉じこもったままでは,その意味に気づくことはできなかっただろう。(中略)他者との出会いがあって初めて,身近にある幸せの泉に気づくことができるのだ。(p21)
 人間の脳は,もともと,楽観的にできている。楽観的なくらいがちょうどよく,そのような状態で初めて脳が十全に機能するのである。(p26)
 自信を持つのに,根拠などいらない。できると最初からわかっているのならば,あえてチャレンジする意味もない。(p28)
 感情や気分を生み出す脳の古い部位は,理性を司る脳の新しい部位よりも,むしろ先をいく。まずは感情が生まれて,それを理性が整理し,追随するのだ。(中略)分析が先に立ってはいけない。まずは,感情のインフラがなくてはならない。だからこそ,脳は楽観的であるのがいい。(p28)
 最近,学生たちとしゃべっていると,「ポエム化現象」に気づく。「夢」だとか,「一生懸命」といった,キラキラした言葉で,自分の人生を語ろうとする傾向が強い。(p36)
 談笑さんによると,子どもは,大人たちにとってのタブーについての話こそ,大声で笑うのだという。(p37)
 本当は,そんなに働かなくても,自由はもともと手にしているのかもしれない。必死になって成功して,やっと余裕ができる。それは,ある見方をすれが,一周して「振り出し」に戻ったということなのかもしれない。(p39)
 集中して時を忘れる「フロー」の状態では,頑張っていることが実はうれしいこと,楽なことである。頑張るとうことは,決して無理をするということではない。(p41)
 学歴がないと幸せになれないとか,結婚しないと幸せになれないとか,あるいは正規雇用に就けば幸せになれるとか,そのような特定のポイントに,自分が幸福になれるかどうかの分岐点があると信じてしまう。これが,「フォーカス・イリュージョン」である。(中略)特定のポイントが満たされなければ幸せになれないと信じ込んでしまうと,幸せに至る多用な道筋が見えなくなる。(p44)
 「仕事」と「遊び」は別だと考える人が多い。特に,日本人はマジメ。「仕事」に「遊び」を持ち込むなんて,とんでもないという意見が目立つ。しかし,脳科学的に言えば,最も創造的で,効率のいい仕事ができるのは,まるで遊んでいるかのように仕事に取り組むときである。(p65)
 日本でいえば,高度経済成長時代の「モーレツ社員」こそが,一番遊んでいたのかもしれない。(p67)
 創造することは,思い出すことに似ている。何かを想起する際には,側頭連合野の記憶が,そのまま前頭葉に引き出される。一方,創造するということはすなわち,記憶が編集され,結びつきを変えて活用されるということである。(p73)
 側頭連合野に記憶が蓄積されるということは,創造するための素材になってくれると同時に,固定観念にとらわれてしまうリスクともなる。(p74)
 文脈を超えて,より広く伝える。そんな「プレゼン」の奥義は,「愛のあるサプライズ」にあると,私は考えている。(中略)ここに,「愛」とは何か。何よりも,相手のことを考えることである。(p89)
 ある人が「嫌い」だということは,つまり,それだけ関心があるということである。非難したくて仕方がない。つい,さまざまな人を相手に,その人の悪口を言ってしまう。気づいてみれば,かなりの心的エネルギーを,嫌いなはずの人に対して費やしている。(中略)それは,ほとんど,「好き」に近い。(p94)
 現代におけるイノベーションは,旧来のシステムに対して破壊的作用をどこかで持つから,抵抗を受けるのは当然である。新しい技術や,サービスを提案する者は,必ずある程度の誹謗中傷を受ける。世間から褒められるだけの優等生には,破壊的イノベーションはなかなかできない。(p101)
 私たち人間には,失敗すると,他人が実際よりも厳しい目で見るのではないかと勘違いする傾向がある。このような認知バイアスがあるため,人間は,何かに挑戦しようとする際に不必要な不安を抱いてしまうらしい。(p103)
 世の中には,邪魔なもの,ムダなものだと思われているが,実際には役に立つもの,大切なものがある。「雑談」はその一つの例であろう。(中略)雑談は,真面目に考えてみると,大変奥深い。何しろ,事前に準備することができない。どんな内容が話題になるか,予想することができない。(p106)
 猿たちは,自由な時間のかなりの部分をお互いの毛繕いに費やしているという。猿に比べれば,さらに複雑に発達した社会構造を持つ人間。多くの時間を人間にとっての毛繕い=会話に費やすことは,当然の行動と言える。友人関係を保つことは,時に面倒臭い。だからこそ,脳を使う意味がある。(p121)
 自分の利益を一時的にせよ忘れて,相手の利益を想像してみることが,結局は自分の利益になるのだ。(p128)
 アメリカでは,異なる立場,考えの人にいかに自分の意見を伝えるか,説得するかという技術を徹底的に鍛えられる。(中略)その結果,何が起こるか。説得のかたちを工夫しているうちに,研究の内容という「実質」が鍛えられるのだという。(中略)従来,日本人は,コミュニケーションが苦手でも,「実質」さえしっかりしていれば大丈夫だと考えてきたところがあるのではないか。しかし,本当にそうか。(p142)
 私は,たまたま堀江(貴文)さんを親しく知る機会があって,真っ先に思うのは,堀江さんは努力家だということである。人の一〇倍,いやひょっとしたら一〇〇倍の努力をしている。(中略)実像は努力家なのに,なぜ,世間ではそのイメージが伝わっていないのか? 先日,堀江さんとお話していて,本人が意図的にそうしているのだということを知った。(中略)堀江さんは,例の,少し斜に構えたような言い方で答えた。「だって,頭のいい人がものすごく努力しないと成功しない,と思われたら,やってみよう,という人が少なくなってしまうじゃないですか」(p152)
 しかし,ここからが肝心なのだが,成功するためには,頭がいいことも,ものすごく努力することも必要ない。(中略)とにかくやってしまうことが大切である。(中略)世間を見ると,学校の成績がよかったとか,知識があるとかそういう人間に限って,実際に試す前に見切った気になってしまって,行動しないことが多い。それでは,成功は覚束ないだろう。(p154)
 日本人が英会話を上達させる方法。それは,ずばり,「なんとなくこう」というフィーリングを鍛えること。「正しい」「正しくない」の文法知識よりも,「気持ちがいい」「語感がいい」というフィーリングこそを身につけよう。(p163)
 この世は完全な予測などできないということは,科学的に「証明」されている。生命現象,社会現象,気象現象をはじめ,さまざまな分野で「1+1=2」にならない,「非線形性」がある。現在の傾向を敷衍して,未来はこうなるだろう,と予測したくなるのは人間の常だが,たいていの場合そうはならないのである。(p171)
 人間の脳は,未来を予測するよりも,予測できないことが起こったときに対応するほうが得意である。(p172)
 数字は,自分自身の「ありのままの姿」を映し出す鏡でもある。私は去年の八月から,一〇㎏の減量に成功したが,すべては毎朝体重計に乗ることから始まった。「太っている」という事実に,数字を通して向き合うことから,何かが始まる。(p177)
 脳の「アンチエイジング」において最も大切なのは,「新分野」に挑戦することである。自分ができるかどうかわからないことに取り組んで成功すると,脳の報酬系のドーパミンが前頭葉を中心とする回路に放出される。(p179)
 私の周辺でも,「あいつは欠かせないな」という人物が何人かいる。そのような人物は,ある特定の問題の専門家であるというよりは,「場」をつくることができる人物だというケースが多い。(中略)逆に言えば,今の時代,専門家は代替可能である。(p188)
 グローバル化の時代には,ローカルな文化の価値が上がるのは,むしろ当然のことかもしれない。世界中どこに行っても同じでは,交流する意味もあまりないからである。(p208)

2017年5月20日土曜日

2017.05.20 川島蓉子 『TSUTAYAの謎 増田宗昭に川島蓉子が訊く』

書名 TSUTAYAの謎 増田宗昭に川島蓉子が訊く
著者 川島蓉子
発行所 日経BP社
発行年月日 2015.05.07
価格(税別) 1,500円

● 「TSUTAYA」を知らない人はいない(と思う)。代官山の蔦屋書店は観光名所にもなっている(かもしれない)。最近だと,銀座のGINZA SIXにも出店した。
 GINZA SIXの蔦屋には行ってみた。人混みをかき分けて。この場所で普通に本屋商売をやったのでは,利益など出るはずがない。テナント料で潰れてしまうだろう。
 蔦屋がやっているのは,取り扱う本の絞り込み。スターバックスとの提携。といっても,その辺にあるスタバと同じではない。ワインも飲めるスタバだ。客単価をあげる工夫。客単価に見合ったサービス。

● というわずかな予備知識があったせいか,本書は面白く読めた。面白いのはいいんだけど,ひとつだけ問題があった。
 気になったところには付箋を貼ることにしている(以下に転載する箇所)。ところがその付箋が同じページに2つも3つもということになってしまった。しかも,ほとんどのページに。
 
● 内容は増田流企画論。企画とはどういうことか。企画するにあたっては何が大事なのか。企画マンはどういうところに気をつければいいのか。情報の取り扱いをいかにすべきか。そういったことが縦横無尽に語られる。
 肝心なことは言わずにぼかしておくというセコいことはしていないように思える。

● 増田さんがいわゆる置屋で育って,小さい頃から,体を売って身過ぎ世過ぎをする女性たちを見て育ったことも明かされる。
 巻末に乗っている写真を見ると,優男に見える。が,負けず嫌いで強靱な精神の持ち主であることは,本書を読めばわかる。それでもってこの外見をまとっているところも,彼の魅力のひとつなのだろう。
 強靱であると同時に,両性具有的なところ(もちろん,精神面でね)も持ち合わせている人のようにも思われる。であるならば,鬼に金棒ということになる。

● 以下に,多すぎる転載。これでも当初からはけっこう絞っている。
 (“ハード”による生活提案って,どういうことですか?)事の発端は,iPhoneにあります。生活提案が本来的な意味でなされた時,それは国境,人種,世代,性別を超えて広がっていくと,僕はかねがね思ってきた。そしてiPhoneはまさにそう。スティーブ・ジョブズは,ヒット商品を生み出したのではなく,生活提案を行ったんだよね。(p16)
 戦後から今まで,人々は便利さを求め,さまざまな物事の効率を上げることに必死になってきたよね。それがここへきて,必ずしも人に幸せをもたらさなかったことに,ようやく気づき始めた。(中略)人の幸せとは,恐らく効率と真逆の方向を指していると思う。(p18)
 これは数十年も前から言われてきたことだ。誰もが気持ちの奥底では気づいていたんじゃないかと思う。けれども,そのまま来てしまった。それって,効率化を図るツールが面白いからかもね。
 新幹線とか飛行機とかパソコンとかインターネットとか。iPhoneだって効率化のためのツールとして使っている人が多いんじゃない?
 もはや物量で勝負する時代ではなくなっている。これだけモノがあふれている時代に,モノだけ並べられても,人は何の幸せも感じないわけ。(p20)
 物量で勝負するなら,(中略)ネットで済むわけ。人がリアル店舗に行くのは,そこに行ってライブでワクワクしたいからでしょう?(p22)
 簡単に言うと,僕らが考える“生活に必要なモノ”しか置かないということです。(中略)提案したいライフスタイルに必要な商品を選んで,ライフスタイルが伝わるように置いて売る。(p24)
 SNSがこれだけ人気になっている事実ひとつとっても,人々がコミュニケーションを楽しみたいってこと,わかるよね? つまり,コミュニケーションにあふれた生活を,人々が望んでいることは明かです。(中略)「コミュニケーションを楽しむ」は,僕らがやる提案のうちのたったひとつ。そういう風に,お客さんにとって気持ちいい生活提案を,100通りくらい揃えなければならないと,僕は考えているのです。(p25)
 こういうことって,業界内だけ,たとえば家電業界の中だけに目を向けていたら,絶対にできない。業界外,いわばアウトサイダーとしての視点が必要なんです。(中略)業界内にどっぷり浸かっていると,そこでの常識から抜け出そうなんて思わなくなるから。(p29)
 業界の慣習や常識を変えようとすると,とてつもないエネルギーが必要になるんだよ。でも新しい企画を世に出すって,そういうこと。(p30)
 モノを選ぶだけじゃダメなんです。選んで並べて見せる。お客さんに「こんな暮らしにしたいな」ということを実感してもらうことが大事なんです。そのためには,編集してお薦めできる専門性が必要とされるわけ。(p40)
 そう,本当に走るんです。渋谷のCCCのオフィスから二子玉川の「蔦屋家電」まで,自分の足でランニングする。そして,目的地に着くまで,頭の中でいろいろ瞑想したりイメージするわけ。(中略)その時は,必ず女の子と一緒に走るんだよ。女の子ってトレーナーなんだけどね。で,僕が気になったこと,気がついたことを言って,メモにしてもらっているわけ。(中略)一度きりじゃなく,時間帯を変えて何度か走るようにしている。朝と夜では風景も変わるわけだから,得るものも違ってくる。(中略)言葉だけじゃなくて写真も撮るんだ。(p41)
 オフィスっていう室内空間そのものには,何の情報もないわけだから,現場を身体で感じることが大切なの。あえて走るのは,単に物件や周辺のことをリサーチするだけでなく,走りながら考えること,思いつくアイデアすべてが,僕の企画につながっていくから。(p42)
 あの場所って「気」がいい。パワースポットというか,何かすごくインスパイアされるんだよね。(中略)新しい企画って,未知の領域に挑むことでしょ。努力してアイデア出そうとしても,大概ダメなんです。いい企画とうものは,自然にぽーんと出てくるもの。しかも,身体的に,あるいは心身的に,アイデアが出てくる環境っていうものがある。場とか,空気とか,匂いとか,あるいは情報とかも影響するかも。(p48)
 「代官山 蔦屋書店」は2階建ての建物だから,空が広いのです。何もない参道と広い空がある。これって,「時間がある」ってことなんだ。(p53)
 結局,場所や空間が,ブランドというものを作っているんです。(中略)もし「アップル」が,「アップルストア」を持たずに,パソコンを作って卸しているだけだったら,今みたいなブランドンはなれなかったと思わない? (中略)お客さんと直に接する「アップルストア」の存在は,「アップル」のブレンディングにとって,ものすごく重要だった。つまり,ネット時代にリアル店舗が持つ意味,それは,まさにブランディングなんです。(p54)
 リアル店舗で本を売ることだって,まだまだ可能性があるんです。(中略)それは,「本をわざわざ買いに行きたくなる場」であり続けることです。(p56)
 最終的には,リアル店舗の世界においても,ネットサービスを運営する企業のお店が,生き残っていくのだと僕は考えている。つまり,ネット通販とリアル店舗の双方を持っている企業は,将来的にはネットの売上げが主力になっていくわけ。(p59)
 世の中に既にあるとかないとかは,お客さんにとってみたら,あまり関係ないことじゃない? それより僕は,「本を選ぶ空間や時間を大切にする」という体験を,お客さんに味わって欲しかった。(p65)
 怖さにまさる楽しさ,いや,怖さを乗り越え,楽しさにまで持っていかないと人は成長しない。僕はそう考えているんだ。(p72)
 お客さんが「編集権を持つ」時代に入ったわけ。(中略)いわば自分で情報を検索して,自分の好みで編集したコンテンツを作っている。それで,何らかの自分らしさを表現したいと,お客さんが考えるようになった。(中略) (ところが)モノが多過ぎて,どこから何を選べばいいかわからない。それと,自分が思い描くような編集って,自分の発想だけでは,かたちにしづらいでしょ。(中略)だからお店の側から,生活提案を積極的にやっていかないといけない。ひとりひとりのお客さんにとって,「価値のあるものを探し出し,選んで提案してくれること=提案力」こそが求められる。(p78)
 提案してもらわないと編集できないってのも情けないけれども,じつにどうもそのとおりだと思う。しかし,中にはできる人もいるだろうね。
 生活者の中のそうしたエリートが,CCCのような企画屋と並んで,民衆を引っぱっていくんだろう。ごく少数が多数を引っぱるという図式は,いつの世でも変わらないように思う。
 「効率を求めたら,効率は実現できない」と,僕は思っている。(中略)つまり,効率は何の武器にもならない。(中略)効率重視は,そもそも売上げが上がることを前提に組んだものだから。その前提がなくなったら,意味をなさないということです。(p81)
 人口動態を見て明らかなように,人数が見込める団塊世代を相手にするのは,商売として理にかなっている。しかも,意外と開拓できていないということは,裏を返せば可能性大ということです。(中略)団塊世代は,お金も時間もあるし,かつての60代や70代と違って,圧倒的に健康で元気に暮らしている。若い頃に,映画,音楽,芝居,アート,本や雑誌といったカルチャーに触れてきたこともあって,(中略)エンタテインメントに対する欲求が上の世代より高い。そこに大きな可能性を感じてね。(p94)
 自分が感動した思いを誰かに伝えたいというのは,もともと人間が持っている根源的な欲求だと思う。(p96)
 企画とは顧客価値を高めることにある。(中略)「TSUTAYA」を始めた時,深夜まで営業することにしたんだ。今ほどコンビニが発達していなかった時代だから,業界からは奇異に見えたみたい。(中略)本や映像や音楽のソフトを,夜遅い時間に,選んだり買ったりするのは,お客さんにとって楽しいに違いないっておもったから。言い換えれば,顧客にとっての価値が大きくなると考えた。(p104)
 生活提案とうものは効率化できるのか? 答えは,できない。これ,パターン化して合理化・効率化できることじゃないんだ。(p106)
 ヒューマンスケールにこだわりたかったということもあります。ひとりの人間として,お客さんの目線に立ってみることです。それはそうでしょう。お店は誰のためにあるかって言ったら,お客さんなのだから。そこから眺めてみれば,その場ならでは,そのお店ならではの心地よさって,絶対に必要。それこそが価値になる。(p108)
 本とは提案の塊みたいな存在でしょ。それが集積された図書館って,これからの社会にとって,最も重視されるべき公共施設だと考えていた。(p112)
 今やらなきゃ,今変えなきゃって想いがあって,そこに刺さる企画は,とにかくどんどん進めたいんだよね。自分の中の必然,やらなきゃって想いで動いた企画は,後から考えると,必ず核心をついているものだから。(p117)
 これからのチェーン店は,全国どこでも均質なお店を展開することではなく,地域の独自性を土台に,地域の人に愛される個店を作っていく。そんな風になっていくんじゃないのかな。(p118)
 CCCが売上げ世界一,利益世界一,みたいな目標を掲げるような集団になり,自分に関係のない目標を立てられて,かんばろうぜと言われても,何かしらけちゃうでしょ。それより,新しい企画がスタートして,どんな企画にしようかってことを,皆で考えている時が最高に楽しい。そういう会社にしたいと,ずっと思ってきたのです。(p127)
 企画の本質って,世の中にないアイデアや発想を生み出して,かたちにしていくこと。それで,人々に幸せや豊かさを感じてもらうことなんだ。そうやって,顧客の創造と,市場の創造を行っていくのが企画なの。その意味で「アップル」は,企画会社だと,僕は思っている。(p130)
 「どういうモノを作るか」「どのような売り方をするのか」「どういうビジネスを作るのか」ということ。「どういう」「どのように」にあたる部分が,企画ということです。(p130)
 企画とは,クライアントの理解の領域を超えたアイデアや発想を作ることです。(中略)人の理解を超えるとは,延長線や積み上げだけじゃ,絶対にダメ。いわば「勘」を働かせてクリエイションすること。それをやり続けないと,企画の成長も人の成長もないと,僕は思っているから。(p133)
 つかまえるのじゃなくて,育てればいい。赤ちゃんのように。お客さんも社員も。(中略)もっと言うと,創造する。(p138)
 人が成長しようと思ったら,自分の理解の領域の外側,自分の能力より高いところを,何とか,かたちにしないとダメなのです。(中略)僕はよく言うのだけど,歩けるようになってから歩いた赤ちゃんはいない。自転車に乗れるようになってから自転車に乗った人はいない。(p140)
 (私は時々,データは過去のことを語っているだけで,未来については,何も語っていないのではないかと思っちゃうんです)その考え方,単純過ぎます。僕は昔から,企画で最も重要なことは,それが情報に起因しているかどうかだと考えてきた。(中略)だから,CCCを立ち上げた時から,情報が自動的に入ってくる仕組みとか,ネットワークを作らなければならないと考えてきたし,それを実行してきたわけです。(p143)
 データというものは過去のものだけれど,徹底した事実の集積なわけ。(中略)それを,冷静に眺めて分析することから,未来に向けた切り口を見つける,感じることはできる。(p145)
 僕,普段から心がけていることがあるんです。いろいろな人の気分を聞いて回るってこと。(中略)自分の感覚はわかっているから,その感覚が,この人と共通しているか,あの人と違っているのか,そういうことを知りたいと思って。(p146)
 データは大切。でもそこから「言葉=理由や説明」を読み取ろうとしてはいけない。徹底した事実として分析すれば,総体から浮かび上がってくる波形のようなパターンがあって,そこから言葉になる前の「!」を読み取ることができる。しかも,データが多ければ多いほど,どの波形は真実に近づいてくる。(p148)
 楽しさって感覚的なことじゃない? だから,ビッグデータを,感性を使って企画に落とし込んでいくことが最も大事。しかも,その企画は人を楽しくさせなくてはいけない。(p159)
 たとえば「美しい風景」があったとする。もとにあるのは,美しい風景という「事実」なわけ。それを,「どんな風に美しいのですか」と聞いて,「優美な春っぽさを感じた」みたいに言ってしまうのが「情報」。(中略)でも,事実はいったん,「情報化」されてしまうと「事実」に戻れない。(中略)「優美な春っぽさを感じた」という「情報」は,必ずしも「美しい風景」という「事実」と符号していない。何らかの視点によって切り取られ,あるいは編集された上で,言葉や数字になっているわけです。でも人は,「情報化」されてしまうと,その根っこに「事実」があったということを,忘れてしまいがちなんだ。(p160)
 本当の答えを探さずに,皆どうやったらお客さんが来るかと販促に一所懸命になるわけ。でも,それが間違い。答えがあってこそ,販促に意味が出てくるものでしょ。答えがなくて,どんなに販促してもお客さんは来ない。(p163)
 (なぜ企画会社を作ろうと考えたのか)「立場に価値がある」と思ったからです。だって,ゼロからスタートする弱小企業が,資金力や組織力を持っている大企業と同じフィールドで競争したら,勝ち目ないでしょ。でもフィールドを変えたら,つまり立場を変えたら,新しい価値が生まれるかもしれない。(p168)
 企画マンが成功しようと思ったら,絶対に忘れちゃならないこと,話しましょうか。「増田さんが言っているのだから,いいんじゃない」ということ。つまり信用です。人さまから信じてもらえる人であるかどうか,そういう意味での「カリスマ」になれるかどうかは,とても大事なことです。(p170)
 「函館 蔦屋書店」も,今は赤字だけれど,そのうち黒字になり,市場を制圧することになる。あの規模で市場を制圧してしまうと,後発の人は函館市場に参入できない。もし適正規模で函館に「TSUTAYA」を作っていたら,恐らく競合が逆に2000坪のお店を作り,小さな「TSUTAYA」は撤退を余儀なくされてしまう。(p179)
 最初の興行をするための場,それを確保するためのお金がいる。だから最初は赤字。でも,「場代」を払わずに場を仕切ろうとしても無理。赤字を覚悟してでも,最終的に場を仕切ることを目指さなきゃダメ。(p180)
 うちの父親は,事業に失敗したりしている。そういうのを見てきているから,世の中,甘くないことも知っている。(中略)起業は勝負事という意識,そして勝たなければならないという意識が,人一倍強い。なぜって,勝負に負けちゃうと,家族や社員を路頭に迷わせちゃうから。(p191)
 性というものは,本来的には利他でしょ。(中略)置屋の世界の女たちは皆,それがよーくわかっていた。だから,何事においても,お客さんとうものは,エゴだけじゃ来てくれない,喜んでもらわないといけないと,僕は思っているんだ。(p197)
 夢とかロマンとかって人間の気分を高揚させてくれるじゃない? そこを抜きにして,お店を作ってもダメなんです。(p198)
 自分が,本来持っている愛とか欲,夢とか,そういうものを刺激してくれるのが文化だと,僕は思うのです。音楽だって,映画だって,本だって,アートだって,エロスに触れるところがあるから人を感動させるわけ。そのすべてが文化なの。(中略)だから,文化とはエロス的なもの。当然,マーケティングにおいても,エロスの視点を持つことって大事なんだ。(p198)
 僕が他の人と違うのは,ワープする力を持っているということ。つまり,その人の目になれる。(中略)相手の目線に乗り移れるということが,ワープという意味。だから相手の気持ちや,言おうとしていることとか,全部わかっちゃうわけ。(p199)
 僕は,誰よりも遊んだという自信がちょっとあったわけ。服だけじゃなく,ライフスタイルという意味でも,周りの誰よりも経験したっていう意識があった。ところが,鈴屋に就職してサラリーマンになり,それが大間違いだと気づいたわけ。 鈴屋の社長の遊びっぷり,そのゴージャスさに驚いた。(中略)そういうのを見て,ライフスタイルって,究めたらもっともっと上があるんだって思ったわけ。それで,「僕は全然,イケていない」と思い,「もっともっと知らなくちゃ」と思ったの。だから徹底的にやった。(中略)クレジットカードの限度額もあっという間に超えちゃっていた。それくらいお金使った。(p206)
 実は自由でいることって厳しいし,難しいという話。管理されている方が圧倒的に楽なんだよ。だから人は,無意識のうちに自由であることをやめて,管理されるようになってしまう。だけど,そういう社員に,本当の企画は立てられない。(p215)
 それ以来,デザインとかクリエイティブの現場の仕事は,基本的にチェックしないことにした。創造性というか,クリエイティビティーってさ,凡人にはわからない世界じゃない? 普通の人は,実際にかたちになって初めてわかる。(p218)
 日本の社長のほとんどは,会社一筋,仕事一筋になってしまいがちなんです。(中略)つまり「会社=自分」になっちゃう。(中略)そういう社長は何でも現場に口出しして,自分で決めちゃう。でも,それじゃダメ。社長の仕事は経営なのです。そうでない役割は,思い切って任せればいい。(p219)
 僕だって,サラリーマン時代,軽井沢のベルコモンズを蒔かされた時,自己嫌悪の連続だった。だって仕事ができないから。(中略)行き詰まらなきゃだめだよね,人って。(p221)
 僕がCCCを興した時の事務所には,墨文字でふたつの言葉が額装されていたのです。「約束」と「感謝」。(中略)約束を守ることって難しいよ。(中略)じゃ,約束を守るために,何が必要だと思う? (中略)感謝です。約束した相手に,感謝の気持ちを持つことです。有難いという感謝の気持ちを抱いていれば,その人との約束は絶対に破れないじゃない?(p225)
 会社の規模が大きくなってくると,社長がちやほやされるようになって,どうしてもいい気になりがちなもの。(中略)それに慣れてしまうと,ちょっとした不愉快なことに文句を言うようになる。だから,周囲がいらないことにまで気を使う,気を回すようになってしまう。(p236)
 (驕りを抑えるにはどうしたらいいか)「お客さんを見ること」だよ。(中略)だから「商売人」の本質を究めることこそが大事。その本質を考えれば,驕っているヒマなんてない。(p237)
 僕があえてオフィスの真ん中に,階段を作った理由のひとつは「人の目線」ということなの。いちいちセキュリティドアを開けて,エレベーターに乗って,なんてしてたらダメ。あの階段では,上から下までランドスケープ,つまり景色を見渡せるでしょ。大切なのはね,やっぱり「人の目線」なのです。(p241)
 川島 日本企業って,どうしても「気持ちいい」,もっと言えば「かっこいい」を低く見ている気がするのです。しょせん,外見や上辺じゃないのと。 増田 男は見た目じゃなくて,中身だと。 川島 そう,それと同じです。でも,そんなマッチョな発想が,日本の製品やサービスから,「かっこいい」とか,「きれい」とか,「気持ちいい」をなくしちゃったと思うんです。(p243)
 直列型の組織の中では,「見つめ合い」が起こる。部下は上司を見る。上司は部下を見る。それだけだから,「見つめ合い」。でも並列型の組織の中では,「同じ方向を見つめる」ことが必要なのです。(p260)
 自由であるためには使命感が必要だから。やりたくないことをしない,というのは自由でも何でもない。やらなければならないことをやるの。それが自由だから。(p265)

2017年5月16日火曜日

2017.05.16 渡辺英伸 『生活シーンでこんなに使える! Facebook 41の提案』

書名 生活シーンでこんなに使える! Facebook 41の提案
著者 渡辺英伸
発行所 日本経済新聞出版社
発行年月日 2011.10.25
価格(税別) 1,300円

● この分野で6年前に出た本となると,ふた昔ほど前ってことになるだろうか。

● Facebookは基本,閉じた世界で友だちとやりとりをするツール。Googleの検索にも引っかからない仕様だから,いわゆる世界に向けて情報発信という用途にはあまり向かない。
 ぼく一個は,Facebookには少々飽きがきたというか,半ば足を洗っている。飽きるほど使ったわけじゃないけど。ちょこっと触った程度なんだけど。

● 本書ではFacebookはこんなことにも使えるよと具体的な提案をしているわけだけど,今となっては多くの人が知っていることでしょうね。
 そうですか,そんなこともできるんですか,で,何か? という印象になるかもね。

2017年5月14日日曜日

2017.05.14 伊庭正康 『仕事が速い人の手帳・メモのキホン』

書名 仕事が速い人の手帳・メモのキホン
著者 伊庭正康
発行所 すばる舎
発行年月日 2016.11.29
価格(税別) 1,400円

● ぼくはもうビジネス書を読んでも仕方がない年齢になった。が,手帳だのメモだのノートだのというタイトルの本があると,つい手に取ってしまう。

● 本書もタイトルに惹かれて読んだんだけど,手帳術やメモ術を説くのが主眼ではなくて,仕事の心得を説いている本だ。
 日中の効率を最大限にあげて残業はするな,という。スキマ時間も1秒たりともムダにするな,と恐ろしいことを言う。

● 本書に書かれていることが間違っているかといえば,まったくそんなことはない。説得力もある。しかし,このとおりにできる人はそんなにいないだろう。
 基本,人間は怠惰に流れるものだ。何かというと,勤勉が日本人の代名詞のように言われるけれど,その日本人にしても怠惰が好きな人たちが大半だ。大衆とはそうしたものだろう。

● 大衆の一人でいることを潔しとしない人は,本書が説くところをひとつでもふたつでも実践してみるといいと思う。

● 以下にいくつか転載。
 多くの人の手帳は(中略)次の週あたりまでは埋まっているけれど,その先は空白だらけ,ということも少なくないのです。やってくる業務を「速くこなすこと」こそが,仕事を速くする方法だと考えているので,直近の予定しか埋まっていないのです。 やってくる業務をいくら速くこなしたところで,残業はなくなりませんし,ましてや生産性を上げることは無理です。(p4)
 私が変わったきっかけは,上司のひと言でした。「スケジューリングの基本は逆算だ。考え方を変えないと,いくら工夫しても仕事は速くならないぞ」と。(p5)
 記憶に頼るということは,脳のなかで何度も「繰り返し思い出す」作業をせざるを得ないわけです。こうなると,休日も頭がスッキリしないのは当然です。 だから,常に頭をスッキリさせたいなら,ちょっとした予定であっても,「記憶」に頼るのではなく,「記憶」に頼るべきなのです。(p24)
 この議論(デジタルかアナログか)にはすでに答えが出ています。共有する必要がないならアナログを,共有する必要があるならデジタルが正解だと。(p31)
 1日の予定が3件以上あるなら,毎週の予定を俯瞰できるウィークリータイプの手帳を使ってほしいのです。(中略)私はキチキチの手帳を使っていると,せっかくのチャンスを逃すことになる,と考えます。「もうこれ以上はムリ」と無意識に思い込んでしまうため,新しいことに挑戦しようと思わなくなるからです。(p35)
 もし,あなたがズルズルと仕事をしてしまうタイプなら,あえて申します。何をやるかを考える前に,何よりも「退社時間」を先に決めてみてください。短時間で成果を出す人は,常に「終わり」から逆算しています。(p49)
 やってみてわかったことがあります。一度退社時間を決めると,思った以上にその時間内に終えられる,ということです。(p52)
 それでも,その時間には帰りにくい,ということがあるかもしれません。あえてこう考えてみてはいかがでしょう。「帰りにくいから残るというのは,プロの発想ではない」と。(p53)
 労働時間を延ばすことはナンセンス。残業なんてしても30%の生産性アップはできません。夜は「財」を生みません。オンタイムの時間効率を徹底的に高めていくようにしましょう。(p93)
 締め切りを前倒しにし,負荷をかけることで,何よりもあなた自身も気づいていなかった自分のポテンシャルを引き出すことができるでしょう。(p93)
 仕事は必ず相手ありきで進むものです。(中略)最初に見せるのは70点の完成度でもかまいません。そこから相手とすり合わせて,100点に近づけていけばいいのです。一番良くないのが,相手にこちらの進捗が見えないままに,自分ひとりで黙々と100点を目指してしまうことです。(p104)
 体感速度を速くするいい方法があります。スケジュールの所要時間の単位を30分で考えるようにしてみてください。(中略)実は,多くの人は無意識に1時間を単位に予定を決めています。(p118)
 よく質問をいただきます。「あらあじめ,スキマ時間でやるべきことをリストアップすべきか?」と。答はノー。(中略)わざわざリストアップしなくても,その空いたスキマの数分で何が出来るかを考える癖を持っておけば十分。(p126)
 私が二次会に出るかどうかを決めるポイントは,「その場に私が必要なのかどうか」です。(p152)
 この一歩を踏み出すいわゆる“踏み出し力の強い人”が,生活のステージをアップさせ,「希望」を確実に実現させているのです。(p160)
 仕事ができる人に多いのが,切手を手帳に挟むことです。メールの時代なのに,なぜだと思いますか? メールを送ることがかえって失礼になることがあるからです。これをわかっている人は案外少ない。(p163)
 ビジネスの基本は,相手を思う気持ちです。あまりに自分の効率を追求しすぎて,相手の事情を忘れてはなりません。(p164)
 我々は手帳を使うことで田中角栄氏並の記憶を身につけることができます、「来月の中頃にメールしますね」と言えば,その場で翌月の中旬の予定に組み込む。「息子さんの誕生日が7月25日」と相手から聞けば,手帳にそのことを書きとめ,次に会った際に「明日は息子さんのお誕生日ですよね」などとひと声かける。相手以上にささいなことを覚えている。これが大人の信用を勝ち取る第一歩なのです。(p172)
 私もPCやタブレットにメモしながら打ち合わせをしていたこともあったのですが,ひとつのことに気づきました。切れ味のいい質問ができないのです。その理由はシンプル。意識が分散されてしまうからです。(中略)何割かは文字を打ち込むことに意識を奪われます。(p175)
 「アレ,いいじゃん」と思ったことは日常的に手帳に書き込む習慣をつけましょう。そして,アイデアがほしいときは「掛け合わせると何ができるか」という視点で,良さそうなものを検討する。(p185)
 「しんどいな」と思ったら,こうしてみてください。自分の感情を思いつくままに,手帳のフリーページに「今の気持ち」として書きまくる,と。(中略)愚痴を言う相手がいればいいのですが,実際はその瞬間にそんな相手が目の前にいない場合がほとんどです。だからと言って,無防備にSNSやブログで書くなんて愚の骨頂。必ず後悔することになります。(p191)
 よく,「紙に願いを書けば叶う」と聞きますが,本当なのでしょうか。(中略)私はスピリチュアルやおまじない,迷信などを敬遠するタイプなのですが,こればかりは,私の経験からしてもそうだと感じています。(p195)

2017年5月13日土曜日

2017.05.13 細川貂々 『私とツレとこだわりMac』

書名 私とツレとこだわりMac
著者 細川貂々
発行所 中経出版
発行年月日 2010.11.19
価格(税別) 1,000円

● 再読。「私」も「ツレ」もこだわっているのはMacだけではない。「私」の方は目薬の空き瓶とか,宝塚とか。
 小さい空き瓶のコレクションはすごいらしい。女性とコレクションというのは,一般的には相性が悪いように思うんだけど,中には例外に属する女性もいるということね。
 で,そういう女性って,クリエイティブ系とか女優やタレントに多いような気がするんだが。

● 「ツレ」の方がMacへのこだわりも強そうだ。それとクラシック音楽。当然というか,オーディオにも。それから食べものに対するこだわりも。
 本書は漫画仕立てなのだが,「ツレ」のクラシック音楽への造詣の深さは相当なものとお見受けする。一般的なクラシック音楽ファンというレベルではない。

● 著者には『ツレがうつになりまして』という有名な作品がある。これだけのこだわりがあって,しかもクラシック音楽が好きということになると,ウツとの親和性が高いかもしれないと勝手な想像をした。
 ウツになる前の「ツレ」はスーパーサラリーマンだったらしい。バリバリと仕事をして,弱音を吐かず,装いにも手を抜かず,という。ひとりの人間が持っている注意能力の限界を超えてしまったのかもしれない。

● こだわる対象はあまりたくさん持たない方がいいのだろうね。仕事にこだわるんだったら,服装はどうでもいいとか,食べものは選ばないとかの方がいいんじゃないか。
 基本的には仕事にあまりこだわらない方がいいんだけどねぇ。といっても,そこが性格だからな。

2017年5月12日金曜日

2017.05.12 高野 登 『リッツ・カールトン 「型」から入る仕事術』

書名 リッツ・カールトン 「型」から入る仕事術
著者 高野 登
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2014.03.10
価格(税別) 760円

● 本書でいう「型」とは形に心をこめたものということらしい。イマイチよくわからないといえばわからない。
 タイトルは「仕事術」となっているけれども,内容はリーダー論。

● 著者は「リッツ・カールトン」の高野であって,「リッツ・カールトン」と一体になっている感がある。今は「リッツ・カールトン」を離れているわけだが。
 その「リッツ・カールトン」の話は終わりの方に出てくる。

● 以下にいくつか転載。
 リーダーが育っていない組織では,従業員があまり成長しない方がコントロールしやすいと考えます。つまりミッションなどを考えずに,言われたこと,指示されたことを,マニュアルに沿ってこなす従業員の方が使いやすいということですね。(p5)
 最近見かけなくなったものに,「床屋」「スナック」があります。(中略)「床屋」と「スナック」,ここに共通しているものは「談義」です。(p25)
 地域社会を活性化するために一番大事なことは,その地域によそ者,若者,ばか者がいることです。(p28)
 (呼びだしボタンが設置されると)ボタンが押される前にお客様のご要望に気づこうとしていたものが,だんだん「呼ばれたら行けばいい」,最後は「呼ばれるまで行かない」となってしまうのです。本来ならば,基礎体力をそろえるためのマニュアルが,結果としてサービスの質の低下につながってしまうという現象が起こります。(p43)
 呼びだしボタンを最初に導入したのはチェーンの居酒屋だったか。ファミレスの方が早かったのか。
 居酒屋は半個室が増えているから,スタッフはお客を見ることができない。お客さんも,呼びだしボタンを押さなければ店員は来ない,とハッキリわかっていた方がくつろげるだろう。ファミレスもこれに準ずる。
 「ボタンが押される前にお客様のご要望に気づこうと」するのがサービスになるのは,高級ホテルとかレストランとか,わりと一部に限られるのではないか。
 で,そういうところで呼びだしボタンを設置してあるのを,ぼくは見たことがない。
 あいさつは仏教の言葉の「一挨一拶」が語源となっています。(中略)あいさつの意味から考えたら,自分から先にあいさつをするということです。あいさつは位の高い人が低い人の様子を伺うということからきているものです。(p69)
 人は笑顔の人のまわりに集まってきます。笑顔は場を明るくし,そしてまわりを笑顔にしていきます。豊かな人間関係をつくることができるのです。これこそ人として生まれた醍醐味ではないでしょうか。(p75)
 たとえそれが言いがかりのようなクレームだったとしてもまずは聞く,それが最初のステップです。そして最終的にどうするかという着地点をイメージするのです。たとえば賠償が必要なのか,謝罪なのか,菓子折りなのか,それとも自分たちの言い分をきちんと伝えるのか,毅然とした態度をとるのか,それは相手の声に耳を傾けるなかで見えてくるものです。でも最初のステップである聞くことを軽視してしまうと,問題がさらに大きくなってしまうものです。(p88)
 勢いがあるから姿勢がいいのではなく,姿勢を正すことによって心の構えも正していく。それによって勢い,人間のパワーのようなものがみなぎってくるのだと思うのです。(p91)
 ワクワク感とうのは探しに行くものというより,来たものにワクワクするというのが正しいように思います。今あるものに感謝して,今ある状態に感謝して素直に受け入れてみる。(p122)
 今日という日は残りの人生の第一日目です。毎日を人生の一日目として,スタートできているかどうか。(P124)
 リッツ・カールトンでは,社員同士でもお互いが「顧客」と考えています。社員と業者さんは内部顧客なのです。(p134)
 謙虚さと素直さと兼ね備えている人は,入社当初は多少スキルや技術が劣っていたとしても,長期的に見たら間違いなく伸びます。反対に,スキルや知識が優れていても,謙虚さと素直さに欠ける人は,どこかで頭打ちになります。(p137)
 舞台役者と同じではないでしょうか。「一流の舞台役者は日常を引きずらない」。舞台に上がったときには私生活を忘れて役に入りきる。(p138)
 サービスにおいては,サービスを受ける側よりも提供する側のエネルギーが大きいことが必要です。サービスする側が元気がないのに,受け手がワクワクすることはありえないからです。(p140)
 仕事を途中で投げだしてしまう人や,落ち込みやすい人は,心の筋力を鍛えることを意識していないのかもしれません。(p142)
 想いというのはリーダーが300度の熱でそれを伝えても,組織の中間にそれが伝わるときには200度になってしまいます。(中略)自然の法則と同じで,お湯の温度は器と移すたびに少しずつ下がります。それと同じことが組織でも起きてしまうのです。(中略)リーダーがもつべき温度が高くなければならない理由はそこにあります。(p157)
 内定をもらえたらとりあえず社会に出る。でも「本気になることが運命を拓く」ということも教わっていない。自立や自律といった知恵も身につけていない人もたくさんいるようです。(p163)

2017年5月7日日曜日

2017.05.07 樫尾幸雄 『電卓四兄弟 カシオ「創造」の60年』

書名 電卓四兄弟 カシオ「創造」の60年
著者 樫尾幸雄
発行所 中央公論新社
発行年月日 2017.03.25
価格(税別) 1,300円

● 今では百円ショップにもある電卓。その電卓を切り開いてきたカシオの,これは創業者のひとりによる社史のようなものだ。

● 電卓って,その黎明期においては,自動車1台分の価格だったことも知った。自動車も個人で買える人はごく少なかった時代のことだから,電卓に入れ込んで新製品が出るたびに買いまくったという人は,おそらくいないだろうけども,もしいたとすると,今の電卓を価格を見て,車にしときゃよかったと地団駄を踏むことになるだろうね。

● 歴史は繰り返す。同じことがパソコンで起こった。かつてのMacなんか一式揃えると車が買えると言われたからね。Macじゃなくても百万円のノートパソコンってあったよね。軽自動車が買えた(今は軽も高くなってるけど)。その百万円のノートパソコン,今は使いものにならないスペック。
 こちらは比較的最近のことだけに,パソコンにつぎ込んだ人はかなりいるだろうねぇ。

● 以下にいくつか転載。
 当時の大学の授業は,戦時中の本が一切使えないため教科書や参考書はなく,先生が講義でしゃべる内容をメモするしかありません。逆に言えば,学校に行かなくても,ノートがあれば何とかなります。(p32)
 (当時の輸入物の計算機は)価格は三〇万~四〇万円と,自動車と同じぐらい高価でした。(p37)
 ある日,営業担当の和雄が,販売会社である内田洋行との生産計画の打ち合わせで,リレー式計算機の在庫が積み上がっていることを知らされます。(中略)原因は,シャープが発売した電卓でした。(p78)
 それでも,当時のカシオは,リレー式計算機にこだわり,最新型を出そうとしました。(中略)トランジスターを使った電子式の時代はまだ先だと考え,「まだまだリレーでいける」と思っていました。(p80)
 「技術は生鮮食品のようなもの」というのが私の持論です。放っておくと,すぐに腐って使い物にならなくなってしまいます。「鮮度」が大事で,メーカーは常に世界の技術革新の流れを読まなければいけません。少しでも遅れると大変なことになります。ところが,兄弟でゴルフに熱中するあまりおろそかになり,電卓で出遅れました。これ以降,平日に四人でゴルフに行ったことは一度もありません。(p87)
 カシオの電卓発売は,シャープより一年遅れましたが,もう一年遅れていたら,今,カシオの存在はなかったかもしれません。(p96)
 (大ヒット商品になったカシオ・ミニの発売にあたって)志村君の説明では,「開発部門は,常に機能を上げていくのが使命です。機能を下げた製品を作ることは,認められないでしょう」とのことでした。(中略)「いかがでしょう」と問われた私はすぐ,「やろう」と答え,志村君の提案を全面的に受け入れることにしました。内緒で進めれば,誰からも反対されません。商品さえ完成してしまえば発売まで一気に押し切れると考えました。(p109)
 時計業界への参入の難しさをあらかじめ知っていたら,二の足を踏んだかもしれません。あまり下調べをすることもなく,一気に進めたことが良かったのだと思います。(p134)
 デバイス事業と自分たちの製品を両立させることは難しいと思います。デバイスの場合,顧客から注文が来た時に自社向けを優先したりすると,顧客の信用を失ってしまうので,自社製品のことを度外視してやらなければいけない場合もあります。 個人的な見方ですが,液晶で一時は世界を席巻したシャープが,その後,苦境に陥ったのは,デバイスとしての液晶と製品としての液晶テレビの両方に力を入れたからではないでしょうか。(p155)
 コストの勝負になると,国内での生産では韓国や台湾などの海外企業にかないません。FA化による組み立てのコストダウンではとうてい追いつきません。(p157)
 今のものづくりで重要なのは,コスト勝負となる半導体や液晶といった単体の部品ではなく,複数の施術を組み合わせた技術なのではないでしょうか。例えば、ファナックという産業用ロボットメーカーは,数値制御(NC)による機械の加工方法であるNC技術と,ロボットなどを制御するサーボ技術を組みあわせた複合的な技術で強みを発揮しています。(p158)

2017年5月4日木曜日

2017.05.04 伊集院 静 『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』

書名 旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺
著者 伊集院 静
発行所 集英社
発行年月日 2017.03.29
価格(税別) 1,400円

● 伊集院さんの小説は一冊も読んだことがない。まず「いねむり先生」から読んでみたいと思っているんだけど,まだ果たしていない。
 が,エッセイ集はだいぶ読んでいる。本書もそのひとつ。

● 酒,ギャンブル・・・・・・,いずれも常人には想像できない深みに達して,しかもそれでいて,常軌から外れに外れて破綻に至る,ということにはならずにいる。
 競輪に狂っていた老人(今は故人)を知っている。奥さんはそれが原因で精神に異常を来し,元に戻らない病気になってしまった。こういう人はけっこういそうだ。
 弱い人間はギャンブルなどに手を出してはいけない。ましてやそこに淫してはならない。と,思っている。自分は弱い人間に属することもわかっているので,ギャンブルに手を出そうと思ったことはない。
 つまらない男はつまらないなりの生き方をしなきゃしょうがない。

● 伊集院さんのような人は,要するに稀な存在だ。ロールモデルにしてはいけないと思う。
 生命力の核が強靱な人なのだと思う。なぜ強靱なのかといえば,そういうふうに生まれたからだと言うしかない。努力でどうにかできる部分ではないように思う。

● 以下に少し多いかもしれない転載。
 私たちにはこの世に生まれてきて,やってみなくてはいけないことがいくつかあると,私は思っています。 それをせずに死ぬということは,生きることへの冒涜(いささかオーバーですが)ではないかとさえ,思います。(中略) 私にとって,この世に生まれてきて,これをしなくてはならないと思えるものは,断然,旅なのです。(p24)
 その土地に足を踏み入れたなら,目で見たもの,見えたもの,歩きながら身体に伝わってきたもの,酒でも食事でも口に流しこんだもの,耳から入ってきた音色,犬のように鼻を鳴らして嗅いだ匂い,肌で感じたもの・・・・・・それらすべてを実感だけで捉えるのが,私のやり方です。その体験の積み重ねだけが,旅人の身体のなかに,何かを泌みこませるのだと私は信じています。(p29)
 晩年に書かれた作品の一節だから,事の真偽はわからない。作家の大半は己の時間を美化し,平気で嘘をでっちあげる輩だから。(p32)
 なぜ軟弱なのか。それは連るむからである。一人で歩かないからである。“弧”となりえないからである。連るむとはなにか? 時間があれば携帯電話を見ることである。マスコミが,こうだと言えば,そうなのかと信じることである。全体が流れだすほうに身をまかせることである。(中略) 弧を知るにはどうすればいいか。さまようことである。旅をすることである。(p34)
 想定する生には限界がある。所詮,人が頭で考えるものには限界がある。想定を超えるものは,予期せぬことに出逢うことからしか生まれない。(p43)
 国境が動いているのは今もかわらない。なぜなら人類は常に流動する生きものであるからだ。世界史は民の流動を記録したものでもある。国家はそこにあり続けるのではなく,そこに停泊しているに過ぎない。(p44)
 スコットランドにどうしてあれほどの数の酒造工場が点在しているのかを,ご存知か。それは,かつてウィスキーにとんでもない重税が課せられた時代に,酒好きの男たちが山のなかや海辺の小屋で酒の密造をしたからだ。(中略)元を辿ればひと癖もふた癖もあった連中があの味をこしらえたのだ。だから美味なのである。(p45)
 英雄は大衆のあやうい精神状態のなかから創造され,大衆と国家を津波のように動かしてしまう。(p57)
 どこで,どうやって,誰に,なぜ・・・・・・などという発想を捨てることだ。たださまよっていさえすれば,街はむこうから君を抱きにやってくる。何も考えずとも遭遇は隣の席に平然とあらわれる。(p66)
 旅人にとって大切なことのひとつに五感を磨いておくことがある。足を踏み入れた土地を,目で,耳で,鼻で,舌で,肌で,知覚することだ。鍛えられた五感は護身用のナイフより,脱出の際に見張り番に渡す袖の下の金より,旅人を生きながらえさせる。鋭い知覚は武器と言ってもいい。旅先で,旅人が思わぬ事故で死んでしまう原因は,ほとんどがこの五感の欠落による。(p74)
 百年前も,五百年前も,千年前も,そこだけずっと繁栄している場所がある。おそらく百年後も,五百年後も,千年後も栄え続けるだろう。 栄える場所と滅びる場所を決定するものは何か? それは場所の,力である。安堵と快楽を感じさせる力だ。土地にそんな力があるのか。間違いなくある。(p81)
 神を信じる土地に入ったら,神を否定しても仕方がない。(p82)
 厄介から逃げるのもひとつの術だが,生半可な逃亡は十中八九,背中から撃たれる。(中略)逃げるなら,大逃げを打つことだ。大逃げの難しいところは形振りかまわず逃走しなくてはならないことだ。(p88)
 旅に出て,その街を知りたければ酒場か娼家に行くことである。懐具合が気になれば酒場がよかろう。それもなるたけ場末の酒場がいい。(p116)
 娼婦を太陽の下に引っ張りだすな,と先達は言った。この言葉,やはり名言なのかもしれない。(p121)
 世界の名だたる都には見事な川が流れていると言ったが,それらの川には共通した風情がある。風情の正体は哀切である。哀切は都についてまわるものだ。 都に住む大半の人々は,都で生まれ育った人ではない。(中略)大半の人は疎外感をどこかに持っている。(p123)
 どんな人であれ生まれて死するまで順風な生を送れる者はいない。(中略)そんなことはこれまでなかったと言う人がいたとしてもいずれ厄介事,災いは訪れる。己一人ではどうしようもないことをかかえこむのが,生というものなのである。それゆえ,人は己以外の何かに依るのである。(p146)
 その神とて人が創造したものである。神が人のかたちをしていることがその証しだ。人間自体に欠落があるのだから,人が創造した神に欠落したものがあって当然である。そうであっても依るべきものがあれば人は安堵を持てる。(p147)
 多くの画家の作品のなかに置かれているとゴッホのあきらかな違いがわかる。かなり離れた場所からでも一目でゴッホとわかる。近代絵画の群れのなかでも彼の絵画は他のどの画家とも違うことが子供にでも理解できる。察知できるのだ。群れのなかでまぎれることがない。(p154)
 人が寄るべきものを探しあてられなければ他人,宗教,権力,名声,金・・・・・・に依って生きながらえようとするのだが,そえらのものに価値を見出せなければ(実際,価値などないのだが)探し続けるしか生きる術はない。 ゴッホはそれを実践した。実践の過程に創作活動はあった。(p156)
 いとおしい者へ惜しみない愛情を注ぐ。己のことよりも,いとおしき者へすべてを与える。そうせざるを得ない性癖。これこそが魔物なのである。惜しみない愛情は美徳という考えがある。私はそれを信じない。偽善とまでは言わないが,他人にやさしすぎることは,大人の男がなすことではない。(中略)他人に何かができると信じることに過ちがあるのだ。(p158)
 美術を学校で学んで何が生まれるというのだ。美術というものは欲望の具象化である。(p163)
 人は何を創造したかではない。何を残したかでもない。何とともに生きたかではなかろうか。(p171)
 文学の誕生するところは人の本能の善の領域からも発するが,その大半は善以外の領域を見る目から生まれる。それは人が善をなすより,それ以外の行為に走るからである。(p179)
 本当に魂というものは存在するのだろうか。私にはわからない。できることならそのようなものが存在しないほうがいいと願う。こうして文章を綴り,旅に出て彷徨した自分の時間が跡かたもなく失せることを望む。そう思っている大人の男は多いはずだ。 私の周囲でも,何人かの友がそんなふうに見事に立ち去った。彼等は生き残った者に名残りさえ与えない。それが大人の男の処し方のような気がする。(p188)
 よほど幸福な日々を送ってきた人でない限り,過去を追憶して充足感を抱く人はいないのではなかろうか。私にとって過ぎ去った時間は苦いものや忌まわしいものがほとんどだ。これから先も過去を懐かしんで気持ちが安らぐようなことはあるまい。(p192)
 若いということは肉体的にも精神的にもたぎるものがうちにあることで,その内包したものは常に自己中心に発散される。しかもその発散は大半が出すべきところを誤っており,他人に何らかの迷惑をかけている。(p192)
 賭博の基本を教わった。賭け事のベースにあるのは記憶力である。そのデータだけが,その人のギャンブルの腕を決める。打っている間の大半は,シノグことでしかない。記憶と流れが一致したとき,打って出る。いったん打って出たあとは,定石も加減もない。常軌をどれだけ逸脱できるかで,賭け事の高が決する。しかしそんなときは,半年に一度もない。(p219)

2017年5月2日火曜日

2017.05.02 日本マーフィー普及会編 『見る マーフィーの法則』

書名 見る マーフィーの法則
編者 日本マーフィー普及会
発行所 アスキー
発行年月日 1994.05.10
価格(税別) 1,359円

● 寝ている間に成功できるのマーフィーではなくて,トーストを床に落とすと必ずバターが付いている面が下になる,のマーフィー。
 これが流行った時期がありましたね。本書はその頃に出たものでしょう。

● 写真が面白い。それに絶妙なマーフィー・キャンプションが付いている。「説教は必要からするのではなく,したいからするものだ」とか「すべてが自分に向かってくる場合は,反対車線を運転している」とか。

● 15分で読める。内容からして古くなりようがないものだから,今でも気分が塞いでいるときに,パッと読んで,気持ちを切り替える道具にするといいと思った。
 ま,なかなか切り替わらないものだろうけどね。

2017.05.02 佐藤愛子 『それでもこの世は悪くなかった』

書名 それでもこの世は悪くなかった
著者 佐藤愛子
発行所 文春新書
発行年月日 2017.01.20
価格(税別) 780円

● 故・吉行淳之介さんは,文壇一のモテ男だった。亡くなったあとも,何人かの女性が私が一番愛されていたという内容の本を出していて,その中のいくつかはぼくも読んだ。
 中村メイコさんも10代で出会った吉行さんについて,『メイコめい伝』の中で熱く語っていた。故・山口洋子さんも,吉行さんとの対談で自分の思いを隠さずに語っていたことがあった。
 それらを読んだのは若かりしときだけれども,世の中にこんな果報者がいるのかと思った。

● けれども,佐藤愛子さんは,その吉行さんにわりと辛口だ。
 (川上)宗薫が好きで,尊敬もしていた作家は,吉行(淳之介)さんでした。吉行さんは,誰が見てもハンサムだし,気働きの人でしたね。でも,カッコいいなんていうのは,私には向かないの。アホなところが全くないのがね。(p148)
 (色川武大さんは)みんなに好かれる人でした。自然体のところが魅力でした。吉行さんもみんなに好かれる人でしたが,どこか気働きが先に立っているように感じられて,私のような野人には少しうっとうしかったです。(p153)
 ということだ。辛口とまではいかないのかもしれないけれども,吉行さんをよく言わない女性を初めて知った。

● もちろん,そういうことがこの小さな本の主内容ではない。この本で著者が語っていることをひと言で言えば,どう生きようと一局の人生,ということだろうか。
 でもって,全体を覆っている色調は豪快さ。

● 以下に多すぎるかもしれない転載。
 そんないちいちね,何かことがあるたびに感想を持つわけじゃないんですよ,人間は。何かする時だって,思わずする,ということがあるんです。 今の人は分析が好きなのか,なぜ,なぜ,と聞くんですね。なぜということを聞いたって,別にどうということはないんです。(p5)
 私は人生相談の回答者には向かない人間です。人は好きなように生きればいい,人生相談なんかするな,としか思っていないんです。第一相談したところで,結局人間は自分の好きなように生きているんですよ。(p5)
 人生の苦難に遭った時,誰かのためにそうさせられたと思う人は多いけれども,自分の人生を選んだのは自分だと思った方がいいんじゃないかと思います。何があろうと,自分の性質のお陰でこうなったと思えば誰も恨むことはないし,心平らかに反省の日々を送ることができます。(p6)
 私は人間に対する興味が人一倍強いんだと思います。小説というのは,人間の面白さを描けばいいのではないか,と考えたんですね。 ところが,売れる小説というものはたいてい人間の面白さではなくて,ストーリーの面白さを追求しているんです。最初にストーリーを付くって,そこに人間をはめ込んでいくという書き方ですね。でも私は,自分が面白いと思う人間がどう生きていくかに興味がある。(p29)
 ある時,(吉田一穂)先生がこう仰った。「女に小説は書けないよ。女はいつも自分を正しいと思っている。そしてその正しさはいつも感情から出ている。だからダメなんだ」(p36)
 苦しいことが来た時にそこから逃げようと思うと,もっと苦しくなる。逃げないで受け入れた方が楽ですよ(p42)
 やっぱり貧しくて,それで一所懸命に暮らしている人を見ると,お互いに助け合っていきましょう,とそんな気持ちになります。ところが,そんな気持ちになっているところを,相手の方はピシャリと裏切ってくる,なんてこともあります。だけど,それもまた人間の一部なのでね。そういう体験の積み重ねで,私は小説家になれたのだと思います。(p60)
 人生というのは,わからないですね。マイナスがあった時に,そのマイナスがあったからこそ後のプラスが生まれたんだ,ということが,長く生きているとわかることがあるんですよ。だから,いまマイナスが来ているからって,ちっとも悲観することはないの。(p60)
 ところが実際に貧乏になってみますとね,どうっていうことはないんですよ。朝になったらお日様は上がるし,夕方になったらお月様は出る,そのことに変わりはないわけで,まあ,こんなものか,というね。(p61)
 貧乏になると,何かこう陰気な顔をしなければいけないものなんですね。(中略)それが元気でいるもんだから,「あいつは金を隠しているに違いない」となる。 世間というのは本当にいい加減なものだなあ,(中略)人間の真実なんかわかるわけがない,ただのアホなんだ,とつくづく思いました。(p62)
 何でも失敗しっぱなし,ということはないですよ。その後の生き方によって,いくらでもそれをひっくり返すことができるんです。でも,そのためには楽天的でいることですね。(p73)
 今の人が言う繁栄は,経済の繁栄ですからね。金がなくても「しょがないもなあ」で済ませていられるその精神力というか,鈍感さというか,それもまた才能だと私は思います。(p80)
 外がうるさいから覗いたら裸の男がいる。「まあ,イヤねえ」というのは女であって,男はそういう時に何も言わずに笑って済ませるものなんですよ。それが男と女の本質的な違いであるはずなんです。だから,女が警察を呼んだのならまだ許せる。男たるものがねえ。(p92)
 満州,朝鮮からの引き揚げでは,母と子は生きているけどお父さんは途中で死んじゃった,ということが本当に多かった。(中略)女は強靱で,男はもともと弱いんですね。(p103)
 女は子どもを抱えて生き抜かなくちゃならない。生き抜く,それは現実そのものであって,男意識なんて役に立たない。(p103)
 女はリアリストですから,生活するための知恵と力がいくらでも浮かぶんですよ。(p104)
 お産に亭主が付いてきてフウフウハアハア一緒に言うなんてのはね,お産に対する冒涜だと私は思います。お産というものは一人で耐えて一人で産みだすことによって,女に力がつくものなんです。(p122)
 男の子は泣いていると言うんです。それでもお母さんががんばって,「切れ,切れ」と言うものだから,恐る恐るやってみるけれども,へその緒って硬くてなかなか切れないものなんですってね。それを泣きながら一所懸命に切ろうとする。 私はね,彼はおそらく一生インポになると思いますよ。トラウマになってね。どれだけ傷ついたかですよ。 そういうことも思わないで,命の誕生の・・・・・・何だかもう忘れましたけれど,そういうものを教えたいという母親の意図は物凄く強いものだった。そのお母さんは,観念の奴隷みたいになっていますね。そういうつまらないことを考えるなら,何も考えない方がマシなんですよ。(P124)
 長いこと生きるとわかってくるんです。人生というものはね,幸福だのなんだのと言ったって,どうっていうことはないんですよ。(中略)だから,苦労をするまいと思って頑張る必要はないんですよ。その方がいろいろなことがわかるんだから,苦労したってどうということはない。反対に,幸福になったからと言って,別にどうということはない。(p128)
 今は本当のことを言ってはいけない時代なのね。いつも傷つけた,傷ついたということばかり考えてものを言わなければならないとしたら,人間は萎縮してしまうんじゃないですか。政治家に信念がないなんて批判する人がいるけれど,八方に気を遣っていると信念なんか持ってこない。とにかく小うるさい,小さな世の中になりましたね。(p140)
 私は死後の世界はある,と思っている人間です。(中略)アイヌの人たちの怨念の場へ,私は家を建てたんです。そうしたら,いろいろな超常現象が起こりました。(p173)
 何も苦しいことがなければ,幸福は生まれないのですよ。幸福を知るには苦労があってこそなんだというのは,苦労から逃げた人にはわからない真理だと思います。(p183)