2017年1月23日月曜日

2017.01.23 葉加瀬太郎 『葉加瀬太郎の情熱クラシック講座』

書名 葉加瀬太郎の情熱クラシック講座
著者 葉加瀬太郎
発行所 ローソンHMWエンタテイメント
発行年月日 2016.12.10
価格(税別) 1,500円

● クラシック音楽の入門書として,ぼくが知る限り,第一に推されるべきものが出た。バロック以降の音楽史をサッと辿るのにも使えるし,キーマンとなる作曲家のプロフィールやエピソードも面白く語られるから,いわゆる楽屋裏の話も仕入れることができる。

● 著者は演奏のみならず,自身で作曲もする人だから,実作者ならではの視点もふんだんに盛り込まれている。
 著者が一番好きだというブラームスについての,その視点からの叙述は本書でしか読めないものだろう。

● また,著者がどういう生い立ちを経て現在の著者になっているのかという自叙伝的な記述もある。本書は自叙伝ではないので,そこは読み手に想像力を要求することになるけれども,著者の生い立ちを想像することは,本書のみで充分にできる。

● 以下に,著作権法違反にならない程度に転載しておく。
 あくまで彼(ヴィヴァルディ)の音楽は観光用の大量生産で,惰性で書いていたようなもの。新しいことを考えている暇がないから,ある意味,どの曲もほとんど一緒。モチーフさえ違えば,ひとつのコード進行を使ってすべての曲を作ることができる,そして楽器を変えれば別の曲になる。 でも,ヴィヴァルディ自身はヴァイオリンを知り尽くしていた人ですから,そのワンパターンが弾き手にとっては超気持ちいい!(p10)
 名曲が生まれれば,当然名手も生まれ,酒場の音楽から純芸術音楽へと,ヴァイオリンという楽器の地位が変わる。その立役者が,ヴィヴァルディなんです。(p11)
 バッハはすべての音楽の源泉だと僕は思っています。ビートルズだって,バッハがいなかったら生まれなかったかもしれない。(中略)しかし,当時のバッハはとにかく地味だった。(中略)地味な活動ゆえに,当時はヨハン・ゼバスティアン・バッハの名前を知る人はほとんどいなかっんですよ。(p17)
 バッハはプロテスタントの教会にずっといたので,今でもイタリアを始めとするカトリックの国ではバッハの作品はあまり演奏されないんです。(中略)日本は,そういう意味では宗教的な背景なく,音楽的な価値だけで評価する。ニュートラルに全部の作曲家を受け入れることができる素晴らしい国だと,僕は思います。(p21)
 バッハが作曲した『マタイ受難曲』や『教会カンタータ』などは,正確にいうと一部は,作曲ではなく編曲です。もともとはグレゴリオ聖歌の賛美歌の旋律があって,そこに装飾音やハーモニーをバッハがくっつけています。(中略)ルネサンス時代の頃から,作曲家たちは案外やっていたことです。(p23)
 彼(ハイドン)は「交響曲(シンフォニー)の父」とも呼ばれています。「父」といわれるゆえんは,ソナタ形式という勝ちパターンを確立した,ということでしょう。交響曲にしても,ソナタにしても,ハイドンが確立したからベートーヴェンが破壊できた。(p28)
 音楽はやはり,狂おしくなければいけない,と僕は心底思います。ハイドンの音楽には,狂おしさがまったくない。ペラッペラな感じがする。ツルンツルンな感じがする。何も引っかかってこない。(中略)楽器を持って,あるいは五線紙に向かって何かを書いたら,もう少し心揺さぶられる音楽が生まれるのではないかと思うんです。(p29)
 音楽というのは「はみ出るもの」で,そういう精神性が作品にも出るわけだけれど,ハイドンにはそれがまったくない。(p30)
 僕は,人生のほとんど毎日をヴァイオリンという,あの曲線だけでできている美しい楽器と接しているせいか,どうも直線とうものが嫌で,苦手です。直角とか,定規とか。線が入っているノートもダメ。真っ白で自由になんでも書いていい紙でないとダメで,かたい四角いものが大嫌い。 直線のようなかたくて四角い音楽,これもハイドンが嫌いな理由のひとつ。ぴっぴって縦に割れる直線なものに心は揺さぶられない。(p31)
 彼(モーツァルト)の残した楽譜を見ると,もうただただ,神と交信しているんだとしか思えない。頭に浮かぶメロディに手が追いついていないと思われる。どんどん浮かぶものを,次はなんだ次はなんだと,考える間もなく書き殴っているのがわかります。真の大天才ですね。(p32)
 ベートーヴェンと比較すると,彼は音楽のいちばん小さなパーツのモチーフ,例えば,「ド」「ミ」だけのパーツだけで,40分くらいの交響曲を書きます。しかし,モーツァルトの場合,例えば『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は,次々と浮かぶメロディをそのままメドレーにしているんです。なんてもったいない! 僕だったら,そのメロディひとつで1曲を作ります。モーツァルトの1曲分で,10曲は作れるはずです!(p32)
 モーツァルトが作った曲には圧倒的に短調の曲が少ないということをご存知でしょうか。ほとんどが長調の明るい曲ばかりですが,それは彼がエンターテインメントの人だったからです。(中略) 日本では“疾走する悲しみ”なんていわれて,深い悲しみが云々などとあたかもドラマティックに深読みされて語られていますが,実は,モーツァルトにとって短調の曲は,楽譜を売るときのセット販売用でした。3曲セットなのに,明るい曲ばかりだとつまらないでしょう? メリハリをつけるため,短調の曲を入れていたんです。(p36)
 ベートーヴェンの暗くて重くて難しい音楽は,当時としてはほとんど前衛でしたが,新興貴族たちのステータスアップのためには,とってもピッタリだった。彼らは,こんな難しい音楽を「わかる」「理解できる」というところを見せたかった。時代が求めていたものと,ベートーヴェンというアーティストの音楽がピッタリ合致したわけです。(p41)
 ハイドンの100曲分がベートーヴェンの1曲といってもいいくらい。(中略)ベートーヴェンの9曲は驚くほどそれぞれが全部根本的に違います。まったく似ているところがありません。(p43)
 『運命』が象徴的ですが,ベートーヴェンという人は小さなパーツの積み重ねで曲を書く人です。(中略)「ソソソミー,ファファレー」というパーツのバリエーションだけで大曲を成していく。まるでレンガをずーっと積み上げて巨大な建築物を作るかのように。当時,レゴがあったらベートーヴェンは絶対にハマったでしょうね。(p43)
 観客を熱狂させるパフォーマンスの元祖は,なんといってもピアニストならリスト,ヴァイオリニストだったらパガニーニですね。ヴァイオリンのテクニカルなことは,パガニーニがやり尽くしてしまったといっても過言ではありません。(p47)
 パガニーニが書く曲のメロディはイタリア民謡そのもの。(中略)パガニーニは,ヴィヴァルディから脈々と続いていたイタリアン・カンツォーネの世界をちゃんと受け継いでいる作曲家でもあるといえます。 ヴァイオリンの音楽は,歌詞のない歌です。僕もヴァイオリンを弾くことは歌うことだと思って演奏しています。それこそがヴァイオリンの世界そのものですから。(p49)
 今でこそ演奏家たちは楽譜通りに演奏しますが,20世紀の初めぐらいまで,オペラというのは,出演する歌手が歌えるようにいくらでも変えて良かったんです。(中略)ストーリーの流れは関係ない。むしろオペラ歌手のショーが大事。(p54)
 19世紀の初頭というのはオペラやバレエの全盛期で,イタリアやフランスの音楽が主流になっていて,ドイツの伝統的な難しい音楽は廃れそうになっていました。ドイツ文化の復興というようなことがいわれるようになり,そこで『マタイ受難曲』の演奏会を行うことになったんです。(メンデルスゾーンは)お金持ちだったので,そうした忘れ去られていた名曲の楽譜も手に入れることができたんですね。(p62)
 当時の新興貴族は,けしてインテリだったわけではないので,自分の娘を良家に嫁がせるためのアピールとして,ピアノを習わせるのが流行りました。ピアノを弾けるというのはお嬢様の証だったんですね。『乙女の祈り』と『エリーゼのために』を弾けるのが,まず目標。(中略)そう思うとこの2曲はすごいですね。まさに永遠のピアノ・スタンダードです。(p68)
 ショパンは超浪費家。(中略)稼いだ分,金遣いも荒かったんです。(中略)リストも超イケメンで派手なイメージですが,見てくれを気にしたのは実はショパンのほうだったんです。(p69)
 (リストは)74歳までパワフルに生きましたが,晩年は俗世間とはかけ離れた,ある意味気難しい,暗く哲学的な曲を書くようになります。若い頃の人気ぶりと比べて,このあたりの極端な振れ方も興味深いものがあります。(p70)
 ショパンは,最終的には一人で死んでいきました。と言いながらも,臨終直前の絵をみると,彼の周りには女性が5人ほどいて,水を飲ませたり,手握ったりしているんですよ。ハーレム死ではないですか? これは。(p74)
 僕にとって超スペシャルで,最愛の作曲家はヨハネス・ブラームスです。(中略)ブラームスはきちんと曲を書いているからだと思います。駄作がないというのは,圧倒的に信用できる要因です。(p82)
 彼(ブラームス)の譜面はものすごい情報量で,いろんなことを教えてくれます。スルメみたいに,見れば見るほど,演奏すればするほど,新たな発見や気づきがある。(中略)あまり言及されないことですが,ブラームスはリズム感がいい。とにかくシンコペーションが素晴らしい。(p84)
 彼(ブラームス)ほど,過去の作曲家に対して賛辞を贈った人はいません。(中略)古い楽譜のコレクターでもありました。とにもかくにも自分の先代たちが大好きで大好きでしょうがなく,研究に研究を重ねていました。これは自分の音楽に自信があるからこその姿勢です。自信がない人ほど,「俺は自分のもので勝負する」って言いますからね。(p87)
 キャリア的にはどんどん登りつめてお金持ちにもなったのに,家は持たずにアパートに住み,稼いだ莫大な金は全部寄付してしまった。身なりもみすぼらしかったし,食べものも毎日同じ肉団子。(中略)ブラームスは,恋愛や結婚,夢といった人生のキラキラしあ部分はすべてスコアの中に詰め込んでいたのだと思います。自分は表に出ないまま,楽譜は美しく完璧に仕上げる。(p90)
 生涯孤独だったからこそ,僕はブラームスを信頼できる。作曲家で友達が多いなんて,まずダメ。そんなヤツの音楽は信用できない。だって,音楽は一人でいるときにしか作れないんだから,友達が多くて,夜な夜なパーティに行っていたら曲は書けません。(p90)
 フェリックスというシューマンの息子がいるんですが,僕は断言します。フェリックスは絶対にブラームスの子であると。(中略)まあ奔放な女性だったので,ひょっとしたらブラームスの子ですらないなんていう可能性もあるかもしれない。(p93)
 特にロマン派の音楽は色恋あってこそ。ロマン派音楽の本質は恋愛だとすると,いちばん深く結びついている楽器はやはりヴァイオリンとピアノです。この二つはロマン派の楽器といってしまってもいい。ヴァイオリンもピアノも恋愛を奏でているときこそ,いちばんきれいな魅力的な音がする。(p97)
 ブラームスがCマイナー(ハ短調)で書くときは,絶対にベートーヴェンのことを考えているんです。意識しすぎているのが辛いくらいに伝わってくる。Cマイナーというのは,ある意味ベートーヴェンの“城”ですから,あえてそこにぶつけていくというのは根性がないとできないことです。(p99)
 僕にとって音楽は,普段の喜びがあり,その上に何かがあるというものであってほしい。コンサートでもCDでも,音楽によって幸せな気持ちになる,それが最高だと思うんです。(P124)
 ヴェルディやワーグナーのように,政治と切り離せないところに作品があるというのが,僕があまりオペラを好きになれないいちばんの理由です。(中略)たとえ作曲家にその意図がなかったとしても,オペラは国策として利用されやすいんです。(P124)
 オペラってどんな作品でも,「ここはあんまり聴いてもらわなくてもいいや」という捨て曲が必ずあるんですよ。『カルメン』にはそれがない。捨て曲が1曲もない!(p125)
 ヨーロッパ社会とうのは,昔は横割りでした。基本は身分階級で分かれていて,フランス人、ドイツ人という分け方はなかった。(p128)
 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲について,ハンスリックという人が「音楽から悪臭がするということが初めてこの曲でわかった」みたいなことを書いている。でも,その悪臭,発酵臭こそが,チャイコフスキーの音楽の個性であり,武器だったんです。上流階級のものだったクラシック音楽に,大衆音楽を持ち込んだ。スノッブな上流の人たちにとっては,それこそ新鮮だったんです!(p130)
 交響曲は第四番も第五番も,まとまった構成で書かれているのに,彼(チャイコフスキー)のヴァイオリン協奏曲,ピアノ協奏曲は,どう考えてもわざとぶっ壊していると考えざるを得ない。構成がおかしいし,そのせいで気分が繋がらない。演奏していて右往左往するんです。(p131)
 僕は15歳のときに初めて『春祭』を生で聴きました。もうなんというか,ロックですよ,あれは。人生観が変わるくらいの衝撃でした。(p139)
 新しい表現が世に出たときの世間の反応というのは大方冷たいものですが,『春の祭典』も初演は最悪だったらしいです。なにしろ,それまで聴いたこともない音楽,観たこともないバレエだったからで,そりゃあ観客もわけがわからない。(中略)やがてパリだけではなくロンドンやニューヨークでも評価されるようになりましたが,必ず時代はとがった表現の後を追うんですよ。(p139)
 ベートーヴェンが作った苦悩から歓喜へと向かう物語の美学は継承しましたが,マーラーはその中で時間のコントロールをしたんです。その結果,物語は2時間にも肥大化して,交響曲という形は行きつくところまでいってしまいました。(p145)
 この時点では「ドレミファソラシド」という調性はギリギリのところで保たれていた。何か新しいことをやるとしたら,変わった楽器を増やすというアイディア勝負だったんですね。(p147)
 ニーチェの大傑作『ツァラトゥストラ』のテキストを,オーケストラ音楽にする。このような物語を描写する彼(リヒャルト・シュトラウス)のオーケストラ曲は,まさに映画音楽のパイオニアです。ハリウッドの大元はここにあるといってもいい。(中略)『スターウォーズ』や『スーパーマン』,『インディージョーンズ』など,名だたる大作の音楽をかたっぱしから手がけているジョン・ウィリアムズの音楽は,リヒャルト・シュトラウスのほとんどパクリです。(p147)
 マーラーが1000人のオーケストラでドカーンと「これが芸術だ!」とやっている頃,フランスではドビュッシーが「なにそれ,ダッセー」と言っていました。「なにを汗かいて大仰なことやってんだよ」と。(p150)
 彼(ドビュッシー)は単なるコンポーザーではなく,イノベーターでもあったんです。それまでとはまったく違う音楽のあり方を作って,音楽における美学のようなものを発明した。(中略)わかりやすく言うと,楽しい和音と悲しい和音を組み合わせて一緒に鳴らして,えも言われぬ雰囲気といいうものを作ったんですね。(中略)悲しい気持ちと楽しい気持ちが同居している,アンニュイな響き。そう“アンニュイ”なんていう雰囲気以外のなにものでもないものを音で作り出した。それまで「形式の音楽」「ダンスのための音楽」はありましたが,「雰囲気の音楽」なるものがここで初めて登場します。(p150)
 ドビュッシーは文学ではなくビジュアルの世界を音楽で作り始めた。演奏から絵や景色が浮かぶ。さらに抽象的な言い方をすれば,ドビュッシーの音楽は“光と影”を作り出したんです。(p152)
 ドビュッシーとラヴェルはよくセットで語られますが,まったく違います。ドビュッシーは雰囲気の音楽,ラヴェルは古典的な形式の音楽です。ただし,ラヴェルはテンションコードをたくさん使っている。外枠はバッハだけれど,中身はテンションコード満載といった曲が多いのが特徴です。(p154)
 ショスタコーヴィチはここから二枚舌を使い始めます。表と裏で言っていることが全然違って,ポジにしてみると国家賛美の曲だけれど,同じ曲でもネガにしてみるとものすごいスターリンをバカにしている曲というふうにできている。(中略)音楽を本当にわかる人が聴くと,これは後ろのほうに人をバカにしたようなメロディが入っていると気づく。そんな二重構造をとるようになります。(p164)
 現代音楽のジャンルで,今でも活躍している作曲家,スティーヴ・ライヒはミニマル・ミュージックという,同じパーツを繰り返す,現代のクラブミュージックやポップスの源流にもなっている音楽を生み出した人です。(p167)
 ビートルズは最初,アイドルバンドとして出てきたわけですが,最終的には音楽的にあんな高みまで登ってしまった。バロックもあれば,シタール奏者のラビ・シャンカールをフィーチャーしたインド音楽のアレンジも,ミニマル的なものも,弦楽四重奏もある。それまでの音楽をすべて内包して要素を取り入れたのは,間違いなくビートルズです。つまり,クラシックの行きついた先はビートルズだったと,僕は思っているんです。(p170)
 僕がいちばんヴァイオリンを練習していた時期は,中学時代です。ほかのことは何もしなかったといってもいいくらい。体育の授業は全部休んでいましたし,部活なんてもちろんやりませんでした。突き指をしたらコンクールに出られませんから。(中略)先生からも友達からも“特別枠”扱いでした。 そんな音楽漬けの毎日の中で,僕と遊んでくれるのは作曲家で指揮者のレナード・バーンスタイン,そしてヴァイオリニストのアイザック・スターンとイツァーク・パール万でした。(p184)

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