2017年1月23日月曜日

2017.01.15 宇野功芳・中野雄・福島章恭 『新版 クラシックCDの名盤 演奏家篇』

書名 新版 クラシックCDの名盤 演奏家篇
著者 宇野功芳・中野雄・福島章恭
発行所 文春新書
発行年月日 2009.11.20
価格(税別) 1,200円

● どうせ聴くなら評価の定まった“名盤”で聴きたい。そう思う人たちがたくさんいるのだろう。本書以外にも“お勧め名盤”の紹介本は数多く出版されている。
 一定の売行きが見込める手堅い分野であるのだろう。

● ぼく一個はあまりそうしたものに右往左往しない方がいいと思っている。たまたま手に取って,たまたま自分の元にやってきた,その1枚を大事に聴けばいい。
 そうこうしているうちに,特定の曲については,何枚かのCDが溜まってくることになる。その中には,自ずと本書や類書で紹介されている“名盤”が含まれているだろう。

● 本書の価値は,名盤が紹介されているところにあるのではない。それは全体の2割くらいかな。
 本書は音楽評論の掌編の塊だ。ひとつひとつに読み応えがある。しかも,同じテーマについて著者たち3人がそれぞれの蘊蓄を書いているわけだから,いやでも比較対象することができる。それが本書の価値の7割だ。

● では,残りの1割は何か。それは,音楽について語るときの語彙や語法を学べることだ。この分野には他にはない独特の言い回しがある。なるほど,ここではこういうふうに描けばいいのかという発見があるはずだ。
 ただし,その発見をそのまま自分で使っていいかどうか。それはまた別の話ではある。

● 以下に著作権法に違反しない程度に転載。宇野さんと福島さんの文章を転載する場合は,その旨記載。その記載がないものは中野さんの文章。
 饒舌の指揮者はオーケストラから嫌われる。「指揮は身体と手でしてくれ。できれば眼光と呼吸で」と,一流楽団の奏者は口を揃える。「中身の無い奴ほど,口で指揮したがる」とまで言う一流のオケマンもいた。(p28)
 リハの始まりにはアムステルダム・コンセルトヘボウのステージに降りる長い階段を守衛の手を借り,手摺りにすかまってゆっくりと赤ん坊のつたい歩きみたいに降りてきた八十八歳の老人(モントゥー)が,二時間近い練習をほとんど立ち放しでこなしたあと,休憩時間に入るや,今度は同じ階段を手摺りにも触らず小走りに駈け上がり,出入口の扉の奥に消える“奇蹟”の如き姿に唖然たる思いを味わったこともあった。(p33)
 「演奏は〈時〉を変える行為です。演奏された音楽によって聴き手の〈時間の質〉が変わる。その記憶が聴いた人の人生を変える。それが演奏家の存在する意味」と,ピアニストの内田光子が私に語ったことがある。(中略)ただ一度限りの演奏という行為をその意義を,「束の間に過ぎ去るものの永遠性」という美しい言葉で表現された吉田秀和氏の文章が突然思い出されもした。(p46)
 フルトヴェングラーの演奏哲学の神髄は,「楽譜の背後にある作曲者のメッセージを,〈音楽〉によって聴き手に伝える」という一語に尽きた。「楽譜に忠実」という,音符を客観視するトスカニーニ的思想や演奏法を,彼は生涯嫌い抜いた。(p48)
 エロスこそ,あらゆる芸術行為の根幹を成すものではないのかね。性欲の強い人ほど,ものすごい作品を生み出す。ピカソを見たまえ。彼のおかげで何人の女が幸せになり,また不幸のどん底に突き落とされたか。ピカソの芸術は女性たちの犠牲の上に成り立ったといっても良い。(宇野 p49)
 人間の不幸が芸術というものを生み出したのであり,悲劇性こそが芸術の母なのだ。楽天性からは絶対にすばらしい作品は生まれないと思う。(宇野 p49)
 先生(クナッパーツブッシュ)はまさに巨人ヘラクレス-この世の人とは思えない大指揮者でした。演奏しているあいだ,私は立っているのがやっとの思いであったことを,はっきり憶えています。(諏訪根自子の述懐 p56)
 ミュンシュの練習嫌いは有名だった。だがヨーロッパ一流オーケストラの旧知のオケマンの多くは,「あまり熱心にリハーサルをやると手の内を読まれて,本番で気が抜ける。オケに緊張感を持たせるためには,『何をやられるかわからない』という不安感を,適度に抱かせておいた方がいい」という。カラヤンは徹底したリハーサルで楽員一人ひとりに曲全体を把握させ,本番では具体的な指示を最小限度にして,状況に応じ,オーケストラに自発的な演奏をさせたが,両者それぞれが巨匠の名人芸-指揮者と楽団の強い信頼関係が前提になるから成り立つ話である。並みの指揮者ではとても真似できまい。(p65)
 オーケストラというものは,音程や音色がそろいすぎると室内楽的には透明にはなるが,良い意味での雑味不足となり,ハーモニーがやせ,ひびきも豊かさを欠いてしまう。(宇野 p72)
 ことによると,マタチッチの凄さをいちばん理解していたのは日本人かもしれない。人種偏見が強いヨーロッパでは,ユーゴスラヴィア人ということで一段下に思われていたし,事実ミュンヘンではオペラを指揮している最中「マタチッチ,帰れ!」という野次がとんだという。彼自身の世渡り下手のせいも多分にあったのだろうが,本場の評価ほど当てにならないものはないという好例がここにある。(宇野 p80)
 クリュイタンスはまた,協奏曲の名伴奏者であった。カラヤンのように,ソリストを麻薬でチルドレン化しない。共演相手の全能力を,自分の音楽をキチンと語りながら引き出す。(p93)
 練習風景を見聞できたティーレマンは伝説の名コンビ=マエストロ・カラヤン&ベルリン・フィルの仕上がり具合に驚嘆し,「オーケストラとは,かくも見事な音と響きを奏でるものか」と胸中で呟いたらしい。ところが次の瞬間,ティーレマンはカラヤン指揮台上の一言を耳にして愕然とする。「完璧に弾けるようになりましたね。では次に,曲に魂を入れましょう」 「私にとっての終着点が,たの人達にとっては新しい出発点だったんです。人生観が一変するほどの衝撃的な体験でした」とティーレマン。(p98)
 スター性という資質は生来のものであって,われら凡人はただ自らの不運を嘆き,偶像を仰ぎ見る以外仕方がないのであるが,カラヤンはかかる資質の錬磨に常人の百倍の努力を惜しまず,また並外れた忍耐力の持ち主でもあった。(p99)
 絶対に忘れてはならないのは,世評とは異なり,彼が「レコード人間ではなかった」という関係者の証言である。カラヤンはしばしばリハーサル代わりに録音現場を利用し,そこでオーケストラを徹底的に仕上げてから実演のステージに臨んだ。(p100)
 (ザンデルリングを聴いて)驚くのは,オーケストラの違い,録音したレコード会社の違いを超えて,スピーカーから「これがドイツの音だ。しかも,プロイセンと呼ばれた北東部ドイツの音だ」という,同じ音色と響きが聞こえてくることである。ベートーヴェンもブラームスも,「こういう声色でドイツ語を話していたんだよ」と教えられているみたい。(p118)
 人心収攬術としてではなく,天性の人恋しさからと明るさから出た仕草であったために,バーンスタインは楽員の多くからも慕われたが,その分だけ演奏に陰影が乏しくなった。芸術とは難しいものである。愛好家はときに,「無いものねだり」をするから。(p128)
 (バーンスタインの)カラヤンとの大きな差は,メンゲルベルク,ワルターの衣鉢を継いで,普及に全力を傾注し,マーラーの音楽をオーケストラのメイン・レパートリーとして世の中に定着させた偉業。カラヤンはクラシック音楽の大衆化には多大の成果を挙げたが,作曲界への貢献は限りなくゼロに近かった。(p129)
 「我が身と引き換えにしなければ,マーラーの音楽は三小節だって演奏できません」と語れたバーンスタインは,最高に幸せな人であった。演奏家が「わが心の歌」を探し当てたとき,彼は初めて自らの名を歴史に刻むことを許されるからである。(p129)
 アーノンクールは七〇年代の半ば,古楽器を使って鮮烈な,というより極めて刺戟的な音楽造りを披露し,楽界の話題を攫ったが,いまにして思えば彼は古い楽器を武器に新しい音楽=現代の演奏の開拓を試みていたのである。(p155)
 オーケストラの音と響きは,そこをフランチャイズとしているコンサートホールの産物である(p157)
 往年の巨匠エーリヒ・クライバーは,息子のカルロスが「指揮者になりたい」と言い出したとき徹底的に反対した。しかしカルロスは父親の忠告に叛旗を翻し,初志を貫徹する。私達愛好家にとってはまことに幸せなことであった彼の人生選択が,カルロス本人にとってはどうであったのか-真相は「闇」というに近い。(p160)
 「逆風を順風に変えて」などという月並みな言葉ではとても表現し切れない,彼(小澤征爾)の強靱無類な反撥力の源泉を私は知りたい。この国の若者教育にとって,これほど輝かしい規範は,各界を通じ他に求め得ないのではないか。(p176)
 小澤が必ず早朝五時に起床,九時まで独り机に向かって譜読みを続けるという習慣は,二十代から齢七十歳を超える現在まで続いている。カラヤン,朝比奈も死の床に就くまで学びの姿勢を崩さず,好き嫌いは別として,楽員は束になってかかっても学識と見識の点でマエストロに太刀打ちできなかった。(p177)
 カラヤン,朝比奈とも,その辞書には「男の花道」とか「引け際の美学」などという,経営評論家などが唱える小賢しい言葉は無かった。小澤にもそんな気持ちは,毛頭無いと思う。(p177)
 デュトワは美人演奏家殺しである。アルゲリッチ,チョン・キョンファをものにし,噂では諏訪内晶子にも子を産ませ,それが彼女のDVの原因になったとか。いやはや羨ましい話だ。(宇野 p180)
 真の文化とは,そのようなきわどい二律背反の上に成り立つものであって,ただひたすらドイツ的であるだけなら,それは独りよがりの田舎芝居に過ぎない(p192)
 振り返ってみると,一九八八年イタリア人のリッカルド・シャイーが,歴代オランダ人の指揮者が就任していたコンセルトヘボウ管の音楽監督に指名され,一年後,同じくイタリア人のクラウディオ・アバドが,ベルリン・フィルの音楽監督という楽界頂点の座を射止めたのは,その(グローバル化の)象徴的出来事であった。そしてウィーン・フィルと並ぶこの西欧の二大オーケストラは,この二人のシェフの在任中,ウィーン古典派の名盤を,遂に一枚も録音できなかったのである。(p210)
 かつて彼のもとで首席オーボエ奏者を務めていた渡辺克也は,「憎らしい奴,という気持ちも持つが,結局,まあ頑張ってやるか! ということになってしまう男なんですよ」とティーレマンの人物像を描写し,苦笑していた。(p219)
 ソナタ「三二番」など,ナイの打鍵があまりに力強いものだから楽器が崩壊せんばかり。ナイの有り余る表現意欲と情熱が楽器の能力を超えてしまっているわけだが,私はこれでこそベートーヴェンだと共感した。楽聖の荒ぶる魂が当時の楽器に納まっていたとは到底思えないからである。(福島 p237)
 超大物プロデューサーとして全欧のクラシック界に君臨したウォルター・レッグに,「最も印象に残る仕事は?」という質問を試みたことがある。(中略)言下に「リパッティ!」と答え,カラヤンの名も,マリア・カラスの名も,最愛の妻シュヴァルツコップの名も遂に口にすることがなかった。(p276)
 (内田光子は)作曲家に対して,実に謙虚な人である。「演奏家は泡みたいなもの」と,自らを称して憚るところがない。(p306)
 ケンプ=ルプー=シフ(もちろんブレンデルも忘れてはいけない)といった定評あるシューベルト弾きの系譜とは,確実に一線を劃する新しい世界を内田光子は創造した。シューベルトの遺した楽譜から,いままで誰も気付かなかった作曲者のメッセージを発見したという言い方の方が正しいかもしれない。そして,そのメッセージを欠くるところなく聴き手の耳と心に届け得るだけのテクニック=表現の技術を彼女は身に着けている。(p307)
 ヴァイオリンではハイフェックが,ピアノではミケランジェリが,指揮界ではトスカニーニとセルが,「完璧とはこういうことだ」という標本を作り上げてしまった。おまけに人たちの音楽,音の一つひとつに意味があり,個性強烈で説得力抜群だったからさあ大変! 後に続く奏者や指揮者達は,「何か変わったことをしなければ」自己の存在意味をアピールできなくなった。(p320)
 腕達者な若者が若さの魅力を武器にステージを闊歩するのは二十代の後半までで,魅力が加齢で剥げてしまえば,代りに精神内容で客席に何かを訴えようにも,今度は三十代という若さが未熟の代名詞になりかねない。ソリストとして輝かしい未来を期待されていた“逸材”の多くがいつの間にか姿を消す理由の多くは,この“年齢の壁現象”による。(p320)
 一九八五年のショパン・コンクール-かのブーニンが審査員の投票でダントツ一位を獲得したが,レコード会社や音楽マネジメントの企画・制作者の評価はほぼ一致して第五位入賞の「ルイサダ!」。「ブーニン・ブーム」が吹き荒れたのは極東の日本だけである。そして二十年後の現在,あちらでは「ブーニン・WHO?」という結果に相成った。プロの眼の厳しさ・・・・・・。(p324)
 クラウスがどんなにすばらしくても,彼女の才能の水準までモーツァルトは下がる。しかし,才能が同じくらいだと,モーツァルトの音楽は人間世界を突き抜けてしまう。(宇野 p330)
 アルゲリッチもポリーニも,ピアノ演奏の歴史を変えたピアニストである。(中略)そんな衝撃的な想い出がブレハッチのウィーン古典派三人を並べたCDを聴いたとき蘇った。強靱でありながら,少しも耳ざわりではない打鍵。指先が鍵盤の芯を,常に理想的な強度でとらえているのであろう。それも技巧や美音を誇示するためでなく,譜面に刻印されたハイドン,ベートーヴェン,モーツァルトの音楽的なメッセージを正確に,しかも演奏者自身の言葉で語り尽くすために。(p339)
 彼(クライスラー)は「本当の演奏家の才能は生来のもので,練習によって得られるものではありません」とも語り,「舞台に立つまえに,熱いお湯に数秒間指先をつけておきさえすれば充分です」と,名演の秘訣を明かす。われら凡人は,「ああ,そうですか,天才とはそういうものですか」と,ただただ感嘆するだけである。(p342)
 カザルスという音楽家が,“チェロ”という,音楽の低音域を受け持つ大型楽器・近代奏法の開拓者であることは余り知られていない。(中略)右腕全体を柔らかく,大きく使う現代運弓法の創始者の一人はカザルスである。(p346)
 バッハは「チェンバロでなくては」などと言われるようなヤワな音楽は書いていない。(p347)
 すでに技術の衰えたシゲティがステレオ録音したベートーヴェンやブラームスのコンチェルトを耳にして,再び彼に傾倒する自分を発見した。普通,あれだけ音がかすれたり,ゆれたりすれば,音楽の体を成さない筈なのに,シゲティは若い頃よりもさらに深い感動をあたえてくれたのである。(中略)西洋クラシック音楽の行き着く最後の境地といえるのではないだろうか。(宇野 p358)
 録音から窺う限り,ハイフェッツの演奏スタイルは生涯変わらなかった。(中略)解釈と内容も変わっていない。進歩していないのではない。二十歳未満にして,彼の芸術は完成されていたのである。(中略)こういう演奏を聴くと,他のヴァイオリニストが同じ曲を録音する勇気に感心してしまう。(p361)
 コンクール至上主義の世の中で,技術の完璧さ,即ち合理的でミスを犯す危険性の少ない運指法を追求すれば,選択の余地が減り,演奏が画一化するのは理の当然である。巨匠クレッパースは,ディレイ門下の俊秀(?)ギル・シャハムのブラームスに接して,「奴は誰に向かって,何のためにヴァイオリンを弾いているんだ」と激怒していた。ステージから聴き手への語りかけの大切さなど,彼は考えたこともなかったのではないか。(中略)困った時代になった。(p367)
 楽器とか声の美しさの秘密について,その全てを解き明かすことは不可能である。(中略)しかし最後の決め手は,演奏者や歌い手の感性である。自らの〈音〉をどう造りたいのか,演奏する彼や彼女が「何を以て理想の美と見倣すか」によって,われわれの許に届く音の質は決まる(p370)
 フランチェスカッティの音は,ヴァイオリンが理想のソプラノを模した楽器であることを,一聴理解させてくれる凄みを持つ。(p371)
 ホールの響きにどれほどの欠陥があろうと,フルニエのチェロは美しかった。〈音〉自体がこれだけの気高さを持ち,気品に満ちた雰囲気を創ることがあり得るという事実を,私はそのとき教えられた。(p374)
 小林秀雄は同じ対談でエリカ・モリーニも褒めているが,モリーニやイダ・ヘンデルとデ・ヴィートでは比較の対象にもならない。音楽史に遺る女流では,この人とジネット・ヌヴーが双璧だと思う。(p383)
 ロストロポーヴィチの音楽にはそんな大名人を人間性の上で凌駕する“何か”があって,印象はより深く,濃厚で,かつ沁みじみとしたものがあった。(中略)それをロシア的体臭という一語で片付けてしまっていいものかどうか,ロストロポーヴィチという一個人の人格に帰して然るべきものでるか-自信がない。(p394)
 典型がカザルスとチェロ,セゴビアとギターの関係である。(中略)この二人-単なる名人・上手ではなく,人間としても隔絶して偉大であった。そしてその演奏が作曲家達の霊感を刺戟し,愛奏する楽器の表現力拡大に貢献したという,音楽史上画期的な事実は特筆大書されていいと思う。ヴィオラという楽器で同様の偉業を成し遂げたのはイギリス人,(中略)ライオネル・ターティスである。(p400)
 彼女(ジャクリーヌ・デュ・プレ)が死の床で聴き続けたというシューマンの「協奏曲」は比類なき“神の声”である。出来ることなら,彼女の弾いた協奏曲を揃えたアルバムを揃えることをお奨めしたいが,単発ならシューマンとドヴォルザークの二枚。(p406)
 ユダヤ民族は二〇〇〇年の永きにわたり,故郷なき民,少数民族として苛烈な迫害を甘受して来たが,その心理が逆作用として働き,他の少数派に対して寛容という心の扉を閉ざす行為がしばしば見受けられる。(中略)チョン・キョンファがデビュー当時,スターンを盟主とするそんなユダヤ・シンジケートの妨害を受け,障害を撥ね除けるためにどれだけの苦労を已むなくされたか(p414)
 二一世紀初頭という時点で,(中略)“超一流の音楽家”として無条件で世界に通用している日本生まれの国際的音楽家は四人,小澤征爾(指揮),内田光子(ピアノ),今井信子(ヴィオラ),そして五嶋みどり(ヴァイオリン)だと私は思う。(p419)
 協奏曲伴奏ピカイチのカラヤンをバックにして,(ムターは)実に初々しい音楽を奏でている。特に「第三番」の緩徐楽章など絶品。(中略)モーツァルトを聴くなら二十歳前と六十歳過ぎ-というのが我が持論である。(p426)
 あの天才チョン・キョンファでさえ,出産のあとはガタ落ちした。諏訪内にも同じ現象が起きたのだ。しかも,もともと個性的な表現で聴かせるタイプではないだけに,チョン以上にダメージは大きい筈で当分,諏訪内の舞台には接したくない。(宇野 p432)
 フジ子と天満,共通点の最大なるものはその美しい音=無限の感情を湛えた,この二人だけが持っているかけがえのない音色と“心の歌声”である。そして彼女らは,その情感をステージから客席に惜しみなく伝達できる強靱な演奏技巧の持ち主でもある。勘違いしてはいけない。指が速く,間違いなく鍵盤や指板の上を動くだけがテクニックではないのである。世に出る前,フジ子にも天満にも,凡百の奏者に倍する,内容の充実した研鑽の歳月があったと思う。(p437)
 西欧クラシック音楽の精髄であり,極北に位置づけられる弦楽四重奏曲は,何にも増して上質で,鑑賞眼の高い聴き手を要求する。(中略)愛好家や理解者が乏しい時代や国ぐにに,名曲や良き演奏団体が生まれる可能性はまずない。(p438)

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