2016年12月11日日曜日

2016.12.11 下川裕治・阿部稔哉 『週末ちょっとディープな台湾旅』

書名 週末ちょっとディープな台湾旅
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2016.08.310
価格(税別) 700円

● 今日,八重洲ブックセンター本店を覗いた。ピンポイントで買いたい本があったので,それを買うため。
 そしたら,この下川さんの新刊が目に入ってきた。8月に出ていたのだな。今まで気がつかなかったとは。本屋には何度も行っているのに。

● 紀行文学という言葉が現在も生きているのかどうか知らない。紀行文をたくさん読んでいるわけではないけれど,文学の香りがするというか,文章で読ませるのは,現在では下川さんを第一人者としていいのではあるまいか。
 けっこう,“社会派”が入っているのではあるが。で,その“社会派”が下川さんの真骨頂ではあるのだが。

● 読み終えた本は処分するようになった。残さない。
 が,何人か手元に残す著者がいて,下川さんはそのひとりだ。

● 今回は,最後の章で,沖縄がアジアより東京に近くなってしまったことを淋しそうに記しているのが印象的。もっとも,アジアじたい,猛烈な勢いで変化を続けていて,どんどん東京化しているようだ。古き良きアジアを旅するのなら,今しかないのかもしれない。
 けれどもね,こういうのっていつの時代でも言われていたことかもしれないのでね。アジアほどではないにしても,東京も変わっている。この変化に棹さしてはいけないのだと多う。棹さす術などないわけだけど。

● 以下にいくつか転載。
 世界の料理は,保存技術のなかで育まれてきた面がある。現代のように冷蔵や冷凍といった手法がなかった時代,食品を腐らせない技術は,人が生き延びていくための重要な要素だった。(p36)
 アジアの飲食店は酒で儲けるという発想が薄いから,多くがしっかりした料理を出す。(p57)
 台湾を歩くと,そのあまりにあっさりとした酒への思いに足を掬われてしまうことがある。酒というものへも思い入れが少ないのだ。(p59)
 「彼ら,外省人だね」 李さんは日本語でいった。周りの人は日本語がわからないから堂々と話すことができる。「あだれけ酒を飲んだら,明日の午前中は仕事にならないよ。(中略)まあ彼らは,午前中,休んでも大丈夫な仕事に就いてるってことだよ。本省人はそうはいかない。朝からしっかり働かないと,金が稼げないからね。(中略)」 李さんの言葉に険があった。(p74)
 海外に出向くと,買うものもないというのにコンビニに入る日本人は多い。言葉がわからなくても,安心できるスペースがコンビニである。日本で慣れ親しんだ世界でひと息つく・・・・・・そんな感覚だろうか。(p81)
 蒋介石への憎しみを抱いても不思議はないのだが,行き場のなくなった蒋介石像を前に悩んでしまったのだろう。彼らのなかには,像を破壊する感性はなかった。それが台湾人なのかもしれない。いや,アジア人というべきだろうか。記憶を引き出しにしまうことがうまい人々である。(p112)
 一般の人々がアップする情報が,ネット系ガイドを真似ていることが鼻につく。(中略)文章などへたでもいいから,本音で語ってほしいのだ。店選びにも主張がない。(p124)
 北回帰線の南にあるこの街(台南)には,ともすれば硬直化しがちな東アジアとは別の文脈が流れている気もする。(p160)
 台南の街に流れる空気はどこか違う。その奥にあるものは,香港やマカオ,シンガポールといった植民地になった都市に共通した処世術なのかもしれない。これらの街にはさまざまな人が住みついていく。流入する人々と渡りあっていく術をこの街はもっている気がする。(p165)
 台湾の人って,カラオケ大好きだからね。彼らって,カラオケと酒がつながっていない。素面でがんがん歌うからね。(p224)
 台北より静かな台南の街からやってきたのだが,こうして那覇の街に立つと,その静けさに足を掬われそうになってしまうのだった。(p243)
 アジアの都市は,ここ二十年でずいぶん変わった。(中略)生活が豊かになり,中間層が急増したが,彼らは金の動きに敏感になり,権利を守ろうとする保守化の道を歩きはじめている。金はないというのに,将来のことも考えない底が抜けるようなエネルギーは,影を潜めつつある。日本とアジアの温度差は年を追ってなくなってきている。(p252)
 十年という年月は,沖縄を変えていた。空気のなかから,アジアらしさが消えてしまったように映る。(p254)

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