2016年9月28日水曜日

2016.09.28 中谷彰宏 『一流のナンバー2』

書名 一流のナンバー2
著者 中谷彰宏
発行所 毎日新聞出版
発行年月日 2016.07.10
価格(税別) 1,300円

● リーダーの心得を説いたもの。リーダーシップ概論とでもいうか。
 わかっているけどなかなかできないものもあれば,そういう考え方もあるのかと思ったところもある。

● 以下に多すぎる転載。
 「いざという時は責任をとりたくない。かといって,ヒラではイヤ」という間違った解釈で,参謀とかサブリーダーになりたがるのです。こういう人は,チームの中では最もお荷物になります。(p3)
 経営者が考えていることは,あまりにも時代を先取りしすぎていて,現場には通じにくい。現場に即,通じるようなレベルの話では,経営者のビジョンとしては先読みが足りません。(中略)ナンバー2は,トップと現場が乖離しないようにつないでいくのが仕事です。(p24)
 トップは,それでなくても血が上りやすいのです。それがトップのエネルギーです。現場は現場で,外の顧客にダイレクトに向かっています。(中略)社内で起こることに冷静でしることが,ナンバー2の役割です。(p40)
 二流は,仲よしが好きです。「和を以て貴しとなす」という訓示が額に入っている会社が多いのです。(中略)全滅するような事態を乗り越えたあとに芽生えるのが,本当の仲間意識です。仲がいいと,試練に向かわなくなります。(p43)
 コミュニケーション能力がなければ,ナンバー2として機能しません。相手が何がわからないか,わからないからです。(p47)
 優秀でない部下にもできるようにさせるのが組織です。これからの時代,どんな人間が入ってきても育成できる形にしないと,企業は成り立ちません。(p47)
 「声がいい」「姿勢がいい」「肌のツヤがいい」の3つは,ナンバー2に求められる大切な要素です。(p53)
 育成で大切なのは,教える人間が教えられるの憧れの存在であることです。役職が上というのは,まったく関係ありません。(p56)
 二流は,とにかく整然が好きで,混沌を恐れます。一流は,混沌を恐れません。イノベーションやエネルギーは,混沌の中から生まれるので,しっちゃかめっちゃかになることを恐れる必要はないのです。(p62)
 あまりにもノルマ至上主義になっていくと,過大報告が起こり始めます。(p69)
 人が一番学べるのは,人を教えることです。(中略)「今,なんでこいつを育てなければいけないのか」ではなく,「この人間を育てることによって自分自身がより成長できる」と考えればいいのです。(p74)
 本当の意味でモチベーションを上げるというのは,安心がベースにあります。どんな失敗を犯しても切り捨てられることがない時に,部下は安心してチャレンジすることができるのです。(p81)
 よく「自己肯定感」と言いますが,「自己貢献感」が生まれるときにチームワークを感じられるのです。(p84)
 まずはトップダウンでアイデアを出すことによって,ボトムアップからアイデアが出てくるキッカケが生まれます。二流は逆です。下から上がってきてから,自分の意見を言うのです。(中略)こんなアンフェアなことをされると,どうせ何か言ってもムダだからと,誰もアイデアを出さなくなります。(p88)
 今までの利権を失うことには,必ず抵抗があるのです。(中略)それを乗り越えていくための大人の器がいるのです。何かを変える時,「革命」という形でしようとすると,抵抗されます。人間は革命を好みません。(p91)
 二流は,自分が知っていることが世の中の常識で,自分が知らないことは非常識という立場に立っています。一流は,自分が知っているかどうかにかかわらず,熱意を持ってやりたい人間のことを優先します。「どうしてもこれをしたいと考える人間がいる」ということを根拠にできるのです。(p101)
 会議の時間が長くなると,それだけ行動する時間が減っていきます。(中略)立って会議をすると,ムダのない要点だけの会議ができます(p103)
 売れるまでにかかった時間と,売れなくなるまでの時間は,同じです。時間をかけて売ったものは,売れなくなるまでの時間が長続きします。(p110)
 会議で「劇場の収益を上げるために,座席数を増やそう」という話になりました。(中略)Aさんが「それ以上増やしたら,ステージが取れない」と言うと,Bさんが「そんなことはどうでもいい。ステージなんかいるか」と言いました。こういう議論に平気で流れていくのが組織の不思議です。(p122)
 自己肯定感は,能力ではなく,役割があることで上がります。役割があると,人間は自分の居場所を見つけて,「自分はここにいる価値があるんだな」と考えます。「価値がある」と思った人間は,チャレンジするようになります。(p129)
 「人数が増えると手抜きが始まる」という心理学的データが出ています。たとえば,1人ですれば100%できることがあります。それを2人で分担すると,できることが95%に減るのです。1人当たりではなく,2人の合計が95%です。3人で分担すると,85%になります。これが,俗に言う「お役所仕事」です。お役所は,ひとつの打合わせに大勢が来ます。(p132)
 人を増やすとみんなが油断し始めるのと同じで,多重チェックにすると,ミスが増えるのです。(p134)
 部下が覚えるまで待って,何回でも初めてかのように教えることが,ナンバー2の仕事です。(中略)二流のナンバー2が悩んでいるのは,本来,部下の役割である「直すこと」まで自分が引き受けてしまうからです。直すのは部下の仕事です。それは部下に任せておけばいいのです。(p144)
 ナンバー2が,部下に好かれようとして,いい人ぶることで,事故が起こるのです。(p147)
 一流のナンバー2は,部下を守ります。二流のナンバー2は,お客様を守ります。(p155)
 二流の好きな言葉は「ポジティブシンキング」です。ポジティブシンキングで「この戦争は勝てる」と言い続けたことが,太平洋戦争の悲劇です。(p161)
 二流は,目標だけ与えて,「手段は自分で考えろ」と言うのです。手段を自分で考えられるのは優秀な人です。全員が優秀なら,ナンバー2はいりません。(p167)
 セオリーとは,正論です。正論は,誰が言っても間違いのないことで,反論の余地がないからコミュニケーションが成り立たないのです。一流はストーリーを語ります。(中略)結婚式でのつまらない挨拶もセオリーです。「夫婦生活をしていくのに大切なことは・・・・・・」と言うより,自分たちのことを語ってくれたほうが感動的なスピーチになります。(p175)
 一流は,話が短いです。とにかく言葉が短いのです。用件は,立ち話でもすみます。そのかわり,頻度が多いのです。(中略)「短く,少なく」ではNGです。短くできるのは,頻度が多いからです。(p190)
 組織の中には必ず矛盾があります。(中略)強い会社のチームは,矛盾を内包できます。(p199)
 砂浜の上ではスイカの位置は動きません。これは小学校までです。社会に出ると,スイカの位置が変わります。海の波の上にスイカがある時もあります。(中略)ひとつの割り切った気持ちいい言い方だけを求めるのではありません。言うことが常に一定ではなくてコロコロ変わるのが,一流の特徴です。(p200)

2016.09.28 坂下 仁 『1冊の「ふせんノート」で人生は,はかどる』

書名 1冊の「ふせんノート」で人生は,はかどる
著者 坂下 仁
発行所 フォレスト出版
発行年月日 2016.05.20
価格(税別) 1,300円

● タイトルの「ふせんノート」とはどういうものか。
 メモを書く場合は必ず「ふせん」に一本化すること。それが鉄則です。ふせんにメモを書いて,後はノートや日記やデスクダイアリーに貼り付ける。この仕組みさえ維持していただければ,後は自由自在です。(p113)
 メモは付箋に書く。したがって,付箋とペンだけを持ち歩けばいい。メモした付箋はA4ノートを台紙にして貼っていく。

● その「ふせんノート」のメリットは何か?
 見開きページに記載された関連したメモを結ぶことで,補足したり,参照したりしながら有機的に内容を深化させたり膨らませたりすることが可能になります。A3判の広い紙面に多くの情報メモが並んでいるからこそ,可能になる技です。(中略)あたかも過去の自分と今の自分との間でブレインストーミングをするような感覚です。ブレストする相手は,今朝の自分や昨日の自分です。同じレベルの相手と行うブレストほど効率のよいブレストはありません。(p178)
 小さな手帳では,何ページもパラパラをめくらなければならないのですが,A4ノートではめくる作業が少ないので,数分の一のアクションで見つけられる。論より証拠,実際に体験してみてください。パラパラとめくらずともひと目で探せるというのは,もの凄いアドバンテージです。(p186)
● 「ふせんノート」のメリットはもちろん,ほかにもある。携帯性と迅速性を満たすから,即メモができる。
 付箋に書いてノートに貼るだけという単純なシステムで,かつすべてのメモを付箋に集中するから,ワンポケット原則を満たすし,お約束事に煩わされることもない。
 手帳の世界には,「お約束事」としてのルールが,あまりにも多すぎる。(中略)そんなルールは,あなたの発想を妨げる「思考のブレーキ」にしかなりません。(p44)
 自己啓発の大半は苦行です。人間は苦しいことを逃れて快楽や幸せを感じる方に向かいたいので,「苦行」がもれなくついてくる手帳術はハードルが高くて長続きしないのです。(p46)
 「即メモ」できるようにするために,「携帯性」と同じくらい大切なことがあります。それは「迅速性」,つまりゼロアクションでメモできるということ。(中略)つまり,探すまでもなく常に手許にあって,ページを開かずに即メモできなければ,「使えない」のです。(p152)
 この分類こそが単純なことを複雑化して分かりにくくする諸悪の根源です。なぜなら,メモする内容には色々な要素や側面があって,分類作業そのものが厄介だから。(p163)
 「ワンポケット」は,手帳やノートに限らず,書類やデータなどの情報にとって,「探しもの」を楽にするための必要最低限の考え方です。これが崩れると「探しもの」に費やす時間が激増します。さらに(中略)ハイラム・W・スミス(フランクリン・コヴィー社の元副会長)がこんなことを言っています。「中断から回復するのに必要な時間は,その中断の時間よりも長い」 (中略)従って,複数の手帳やノートを使い分ける「器用なメモ術」は,かなり優秀は人でないと使いこなせない,ということが分かります。(p167)
● 他にも,いくつか転載。
 バカと天才は紙一重といいますが,世の中のすべてが紙1枚の差で決まっていたのです。 例えば,貧乏とお金持ちの違いは元をたどると紙一重ですし,幸福と不幸もきっかけは紙一重,生きるか死ぬかも紙一重の差,つまり天国と地獄とは紙一重の違いでしかありません。(p12)
 文字を持たない民族とメモが苦手な個人は滅んでいく? (中略)たかが文字の有無になぜ,文明の盛衰や民族の存亡が懸かるほどの威力があるのか? それは,人間の脳力つまり「脳の力」に限界があるからです。(p24)
 パソコンやスマホが得意なことは実は3つしかありません。「計算」「検索」「通信」です。つまり,それ以外の機能については,あまり期待できない,ということ。(p67)
 脳裏に浮かんだことの中には宝の山が隠されているので,そのまま書いてどんどん見える化しましょう。(p114)
● 久しぶりに,マネしてみようかと思えるノート術,メモ術を教えたもらった感じ。
 ただ,この方法は以前にもどなたかが提唱していたね。ポストイットが普及して注目を集めた時期に,いろんな人がポストイット礼賛の記事を書いたり本を出したりした。付箋に書いてノートに貼るというやり方を本にした人もいたよね。

2016.09.27 番外:twin 2016.10月号-和食の午餐 和のこころ,いただく秋。

発行所 ツインズ
発行年月日 2016.09.25
価格(税別) 286円

● 栃木県の和食の店のご紹介。
   やすの(宇都宮市)
   味感(小山市)
   伊織(足利市)
   かもし家(宇都宮市)
   花ゆず(宇都宮市)
   西むら(鹿沼市 旧粟野町)
   栞(日光市)

● きちんとした和食は見た目も美しい。色彩,大きさ,飾り。作り手に遊べる余地があるということでもある。食の職人が芸術家であっても許されるという。
 まぁ,これは和食に限った話ではないのだろうけど,ぼくが日本人のせいか,和食の設えに感応する度合が最も高い。
 食べるためには崩さなければならない。これを崩してしまっていいのかという,わずかなためらい。

● その分,お値段も少々張ることになる。しかし,ここに紹介されているところはリーズナブルといっていいようだ。
 っていうか,そこはそれ,お客が出せる金額も考えて営業しないとね。

● あと,「粋をいただく おひとり鮨」。
   蘭亭(宇都宮市)
   久(宇都宮市)
   ひまわり(那須塩原市)

● 鮨屋にひとりで行って,酒を飲んで最後に2,3個つまんでくるっていうのは,何というのか永遠の憧れだな。憧れのまま終わると思う。
 ひとつにはお金の問題もあるけれど,そういうシーンで過不足なく演じられるだけの演技力がまるでないからね。
 回る寿司店で飲んだことはあるんだけど,あれはまったく別物だ。

● もうひとつ特集があって「私の本屋さん,再発見」。
   興文堂書店(鹿沼市)
   進駸堂中久喜本店(小山市)
   喜久屋書店(宇都宮市)
   うさぎや栃木城内店(栃木市)

● 興文堂書店にはもう30年以上も前に,一度行ったことがある。邱永漢さんの著書を何冊か買ったのだった。それだけで終わった。この書店の特長を感じ取れるだけの熟度は,当時のぼくにはなかったようだ。
 進駸堂にはけっこうお世話になった。ただし,小山駅ビルに出していた店で。今は撤退してしまっている。この雑誌の紹介によると,高級文具も昔から取り扱っているらしい。
 喜久屋書店には現在進行形でお世話になっている。ここになければ,他のどこに行ってもない。東京に行くかアマゾンで注文するか。
 うさぎやは県内各地にある。自治医大駅前の店は医学書や看護の本の品揃えが豊富。宇都宮駅東の店はビジネス書が充実している。こういう書店がチェーン展開すると,昔からある小規模店が店終いをするのもむべなるかなと思う。

2016年9月23日金曜日

2016.09.22 茂木健一郎 『頭は「本の読み方」で磨かれる』

書名 頭は「本の読み方」で磨かれる
著者 茂木健一郎
発行所 三笠書房
発行年月日 2015.07.05
価格(税別) 1,300円

● 本書を読んでまず思ったことは,自分はほとんど読んでいないということだ。数はそれなりに読んできたはずだと思うんだけど,もっとほかの読むべきものを読んでいなかったなという後悔のようなものを感じた。

● 茂木さんといえば,TwitterやFacebookなどのSNSもその初期に使い始めた人で,現在も精力的に発信を継続している。インターネットは全面肯定と書いていたのを読んだ記憶もある。
 その茂木さんが,ネットの弱点を指摘しているのを指摘しているのを本書で読むと,なるほどなぁと一層思うことになる。

● 以下に転載。
 インターネットの到来で紙の本は淘汰されるかもしれないと言われましたが,結局,本の価値は変わりませんでした。ものすごい量の情報が毎日流れてくる時代だからこそ,流されないための「アンカー(錨)」としての本が必要とされているのでしょう。(p1)
 映画や映像,音楽などもいいのですが,本がいちばん「情報の濃縮度」が高いことは確か。脳に一刻一刻膨大な情報が入ってくるのを,最後に「要するに、こういうことだよね」という形にまとめ上げるのが「言語」です。つまり言語は,脳の情報表現の中でもっともギュッと圧縮されたものなのです。(p3)
 一冊の本の中には,一人の人間と何回も食事をともにして,仲よくなって初めてわかるような深い思考が披露されています。(中略) すごくないですか? 本を読むということは,太宰治やドストエフスキーと何度も夕食をともにするようなものなのです!(p22)
 たとえて言うならば,本という一つの形になった文章を読むのは,ボクシングジムに行って,気合を入れてスパーリングをするようなもの。 それに比べて,メールや,フェイスブックやツイッターの文章を読むのは,普通にフラフラと街の中を散歩しているような状態でしかありません。(p33)
 ネットの注意点は「負荷が少ないこと」にあります。(p188)
 本当は好きなことにのめり込んでしまうことが,充実した学びを得られる一番の近道なのです。「情熱」は「優等生」であることよりも,ずっと重要だとぼくは考えています。(p63)
 自分が楽しめることばかりにのめり込んでいると罪悪感を抱く人もいるようですが,むしろ堂々とつづければいいのであって,それこそが自分を輝かせるコツなのです。(p64)
 今までは,サービスの規模が広がれば広がるほど,それを生み出す企業で働く人が増えていきました。しかし,今は非常に少ない人数で大きなシステムをつくり,それを世界中の人が享受するという構造です。(p73)
 インターネットでゼロから,自分で検索窓にキーワードを入れて勉強するとなると途方に暮れてしまいますが,世界最高峰の知識を持った人が書いた一冊の本であれば,ある意味気軽に,まとまった知識を手に入れることができるのです。 かしこい人の一万時間の経験が,たった一時間の読書に凝縮されているのです。(p76)
 グラッドウェルが挙げる例を見ていくと,彼は一貫して,生まれ持っての能力に関係なく,どんな人でも,天才的な業績を達成しうるのだという信念を持っているように思われます。(p87)
 あるとき,自分は「わざと無力感を覚えるために,TEDに行くのだな」と思いました。世界でいちばん強い“ラスボス”の姿を見て呆然とする。「これが,世界の第一線なのか。自分はまだまだだな」 そう思って,自分の小ささを思い知る。本でも同じなのです。(p104)
 普通の書き手は,小さなところにこだわってしつこいほどに理屈を書いてしまうものですが,漱石は頭がよすぎてサラッと書き流してしまうようなところがあります。 あまり作家の思いをていねいに解説したりしないので,そこにいかに多くの思考が凝縮されているか,読者が気づかないことが多いのです。(p123)
 これは恐ろしい事実なのですが,文章を見ると,その人の頭の良さがわかります。(中略) 本当に頭がいい人しかたどり着けない-たくさん考え,苦しみ,悩み抜いた人しか書けない-文章というものがある。(p128)
 ある映画がヒットするかどうかは,公開前にその映画について,何人の人がネット上の情報を編集したかで予測ができる。つまり,人びとが会話したくなるようなものがヒットする。(中略) まだ誰もその映画を見ていないから,その映画がいいか悪いかわからないのに,「あの映画,どうなんだろうね?」と,なぜか話題になってヒットにつながっていくのです。(p132)
 人間の共感能力の高さと,グループ内での人気の高さは歓迎があって,人の気持ちがわかる人ほど人から好かれて,友だちの数が多くなるという研究結果が出ています。(p144)
 以前,養老さんの電子書籍リーダーを見せてもらう機会がありましたが,英語の本が千冊くらいズラ~ッと入っていました。 何と英語のミステリー小説一冊程度であれば,飛行機の国際線に乗っているあいだに読み終えてしまうのだと言います。(日本からヨーロッパまでなら十時間ほどということですね)。これは英語の原書が読める日本人の中でも,驚くべきスピードだと思います。(p155)
 意外に思うのが,佐藤(優)さんの著書の中に,たとえば綿矢りささんの小説や流行のテレビドラマが頻繁に登場することでした。第一線の外交問題のリサーチに忙しく,日本の流行小説やテレビ番組をチェックする時間などなさそうだと思っていたら,そういうものこそ時代の流れをつかむのに重要なのだとおっしゃる。 頭のいい人は分厚くて難解な本ばかり読んでいる,というのは完全に間違ったイメージなのだと思いました。(p155)
 手軽さではネットの情報に負けるけれど,信頼性という意味では,はっきりと紙の本に軍配が上がります。手軽に情報を集める技術としても,まず紙の本で調べるようにしてみましょう。(p181)
 電子書籍は目的がはっきりしている場合は使いやすく,紙の本は広く見渡したいときに便利。どうも役割の違いがあるようです。(p184)
 ぼく自身,「今すぐ返事をしなくちゃ!」と体が動いてしまうような,説得力にあふれた仕事の依頼メールをいただくことがあります。ツイッターでも,たった百四十文字足らずの文書にハッとさせられ,まったく知らない人でも即時フォローすることがある。 たった一つのことをどう言うかで,相手の心を大きく動かすことができる。文章の持つ力をないがしろにする人は,実はとても損をしているのです。(p191)
● 最後に,これは自分のことを言われているのではないかと思ったことを。
 華やかな成功だけを盲目的に信じていると,人の弱さに対して残酷な対応しかできません。自分や他人の暗黒面から目を背けてしまうのです。(p223)

2016年9月19日月曜日

2016.09.16 奥野宣之 『図書館超活用術』

書名 図書館超活用術
著者 奥野宣之
発行所 朝日新聞出版
発行年月日 2016.03.30
価格(税別) 1,300円

● 副題は,“最高の「知的空間」で,本物の思考力を身につける”。
 図書館を無料の貸本屋としか思っていない人に,本を借りるだけでは図書館を使いこなしているとは言えない,と説こうとする。

● ではこの本を読んだ人は,本を借りるだけでなく,アクティブに図書館を使えるようになるか。1,000人中の999人はならないだろう。それはそういうものだと思う。
 そんなに目からウロコが落ちる本でもない。自分では意識しないままに,この本で説かれているような使い方をしている人はけっこう多いのかもしれないとも思った。

● しかし,以下にいくつか転載。
 ネットとは「多様で豊かな情報に出会うこと」が難しいメディアになってしまっているのです。もはやネットは,テレビのように「誰もがほぼ同じ情報に出会うメディア」になったと言っても過言ではありません。(p6)
 これはどうなんだろうか。ぼくは,テレビだって「誰もがほぼ同じ情報に出会うメディア」ではないと思うがなぁ。
 公共図書館には「利用者の求めるサービスをする」という方針があるだけで,「利用者を育てる」という発想がありません。そのため,利用者は永久に「本を借りるだけ」にとどまってしまうのです。(中略)利用者はもっとアグレッシブになる必要があるのです。(p14)
 図書館で仕事をしていてよく思うのは「図書館とは,力がもらえる場所だ」ということです。(中略)図書館をうまく利用できれば,世界中の本が読めるし,インターネットの有料データベースも見ることができる。統計学だろうが帝王学だろうが占星術だろうが,自分で学べるからです。(p15)
 図書館のインターネットの最大の「売り」は,「有料データベース」が使えることです。(中略)図書館では収蔵されている本と同じ「図書館資料」扱いなので,いくら見ても料金はかかりません。(p37)
 世の中には英語教室も社会人大学院もあります。しかし,一人ひとりまるで違うニーズに応じた自己学習ができて,それを本当に「死ぬまで続ける」ことができるのは,図書館だけです。(p40)
 意思で「ネットに接続しないようにする」のは不可能に近い。というわけで,私はWi-Fiのない図書館を「ネットを遮断して,本当にやるべきことに集中するための空間」として使うことにしています。(p49)
 あまり知られていませんが,近年,大学図書館では学外者への開放が進んでいるのです。国立大学の図書館は,情報公開法の施行と独立行政法人化によって2004年ごろから一般開放されるようになりました。(p53)
 公共図書館は「貸出」にはカードが要りますが,閲覧室に出入りして本を読むのは誰でもOK。というわけで,私は出張するとき,事前に図書館の場所を調べておき,いつでも立ち寄れるようにしています。だいたいの地方都市では,図書館は市役所などと一緒に街の中心部に立地していて,アクセスもいいからです。(p62)
 人間は何でもすぐ「わかりきったこと」と思ってしまうクセがありますが,ほとんどの場合は,わかりきっていません。だから,とくに必要性を感じない本でも,めくってみることが大切なのです。(p79)
 自分でも気がつかない「潜在的な課題」に気づき,成果を上げていくためにも,図書館が使えます。コツは「用がなくてもふらりと行ってみること」です。(p99)
 図書館の棚は,毎日のように変わるものではありませんが,「自分が何を考えているか」「(潜在的に)どんな課題を持っているか」によって,大きく顔を変えるものです。代わり映えしない棚であっても,足を運べば必ずなんらかの発見があります。(p102)
 文献を使ってアウトプットするときは「できるだけたくさん読んで,できるだけ使わない」というのがベストなのです。(中略)5冊より100冊の方が,情報ソースの「意外な組み合わせ」が起こりやすくなるのもポイントです。(p113)
 レファレンスサービスは,メールや電話でも受け付けています。時間を節約したい人は,電話で相談して,資料を用意しておいてもらってから図書館に行くといいでしょう。図書館は,資料費だけでなく「資料探しの時間」も節約してくれるのです。(p122)
 私は,教養とはつまり「話がおもしろい」ということではないかと思っています。(中略)では,そんなふうにおもしろい話ができるようになる(=教養を身につける)にはどうすればいいのか。もっとも簡単なことは,本を読む時間を増やして頭の中の知識を「フロー型」から「ストック型」メインにしていくことです。(中略)ネットは,ストック型よりもフロー型の知識を伝えるのが得意なメディアです。(p128)
 ネット検索だけの知識は,柱やタイル,レンガなどの建材を空き地にガラガラと積んで「これが僕の家です」と言っているようなもの。知識というのはちゃんと構築されていないと使えないのです。(p138)
 図書館の本を上手く使いこなすコツは「読まないこと」です。(中略)私の場合,最初から最後まで読む本は,数十冊に1冊くらいしかありません。「図書館の本は熟読せずに閲覧するものだ」と考えているからです。(p141)
 日本では,戦前の図書館は入館料を取っていました。いま無料化されているのは,簡単に言えば戦争に負けてアメリカに占領されたからです。(中略)同じ公共施設である博物館や公民館,体育館などはいまでもたいてい有料です。いかに図書館が特別な公共施設かわかるでしょう。(p163) 
 いまの図書館では,(中略)個別の利用者の貸出履歴データは本の返却時に消えるようになっています。(中略)このような「超監視社会」において,個人の嗜好や思想信条に関する情報を誰かに利用されないのは,図書館くらいでしょう。(p171)

2016年9月12日月曜日

2016.09.12 成毛 眞 『大人はもっと遊びなさい』

書名 大人はもっと遊びなさい
著者 成毛 眞
発行所 PHPビジネス新書
発行年月日 2016.07.29
価格(税別) 850円

● 遊びを説く本はこれまでにもたくさんあった(と思う)。が,なぜ遊びなのかをここまで体系的に,現代的視点から説いた書物はなかったのではないか。
 ぼくが知らないだけでいくつかあるのかも知れないけど。

● 本人が書いているわけではなく,ライターが介在していると思うんだけど,内容は言うところの成毛節で,きわめて小気味がいい。
 世上の常識など歯牙にもかけない。そこが小気味よさの源泉だ。

● 本書の内容については,別の著書でも触れていたことがある。『大人げない大人になれ!』(ダイヤモンド社)あたりでね。
 本書の内容に反論するのは,かなり難しいと思う。まずは著者の言い分を聞こう。
 大人らしく振る舞うことを求め続けられてきた大人は,いざ遊びの場面でも大人らしくなりがちだ。つい,節度を持って,遊んでしまう。そうでなければ,羽目を外して遊びで身を持ち崩す。しかし,遊びで身を持ち崩す子どもはいない。 その意味でも,遊びはただただ,子どものように遊べばいいのである。(p5)
 仕事ばかりしていると,退職後に控えている,もしかすると退職前よりも長いかもしれない人生を,もてあましてしまうことになる。 だから今から,退職後も続けられる遊び・趣味を見つけておいたほうがいい。(p24)
 これからの時代は,“遊んでいる人”の時代だ。時代に取り残されたくなければ,資格を取ったり勉強会に参加したりMBAに通ったりするのではなく,遊ぶことだ。(p24)
 年に二回サーフィンをする,月に一度,楽器に触れる。そういった人は,サーフィンを二十年続けていますとか,休日には地元のオーケストラでビオラを弾いていますといった話を聞くと,「負けた」と思ってしまうのだ。 だからこそ,“ちゃんとした”趣味を持ちたいと焦ってしまう。人に誇れる“立派な”趣味がないことを,恥じてしまう。(中略) 遊びに優劣はない。ねばならないもない。好きに楽しめばいいのである。(p30)
 遊びは誰かと競うべきものではない。ただ,知っておいたほうがいいことがある。それは,上には上がいるということだ。(p33)
 もうある程度,社内での自分の立ち位置がわかっていて,出世も昇進もあまり見込めないのなら,仕事はクビにならない程度に手を抜いたほうがいい。(中略) 高度成長期ならいざ知らず,仕事に全身全霊を捧げたところで,多くの人にとってはリターンはそれほど大きくない。(p34)
 本業は本業の時間に集中して力を発揮する人に,絶対に敵わないのである。仕事に近い遊びが仕事に役立つことがあったとしたら,そのときには,普段の仕事の仕方を疑ってかかるべきだ。(p39)
 (その頃の)唯一の楽しみは読書だった。読書のためだけに会社への行き帰りにタクシーを使って一人になる時間を確保し,そこでむさぼるように本を読んでいた。おそらく,そうやって時間を捻出していたあの頃のほうが,HONZで書評を書いている今よりも,多くの本を読んでいた。理由はわかっている。そのときは読書が本当に,心から,楽しかったからだ、(p41)
 HONZが半ば仕事化したことで,以前のように無心に楽しむことができなくなってきた。書評に“使える”文章に遭遇すると付箋を貼るのに忙しくなり,文字を追い意味を咀嚼する喜びが半減してしまうのだ。やはり好きな遊びは仕事にするべきではない。(p41)
 先日,五日間かけて東北を車で旅行した。(中略)初めての土地でさまざまなものを見て刺激を受けていたにもかかわらず,フェイスブックの更新を怠った。つまり,アウトプットをせずにいた。 さて,旅を終えて家に帰り,仕事をしようと思ったところ,まるで頭が働かない。(中略)アウトプット,つまり,考えてまとめて記すという行為をしていなかったため,頭が弛緩してしまったのだ。(中略) たった五日間でもそうなのだから,もしもこれまで,アウトプットをしない人生を過ごしてきていたら,今頃どうなっていただろうか,と恐ろしくなった。 作品をアウトプットする遊びが性に合わないのなら,せめて情報はアウトプットしたほうがいいだろう。(中略)メモ程度でもいいので記録をしたほうがいいと思う。(p44)
 ある調査によれば,モバイル課金ゲームにおいて,売上の四八パーセントは,わずか〇.一九パーセントのユーザーから生み出されているというのだ。(p46)
 一つの遊びを究めるくらいなら,さまざまなことを広く浅く楽しんだほうがいい。(中略)ある遊びと別の遊びの掛け合わせが,思わぬ面白さを生む可能性があるからだ。自分だけのオリジナリティ豊かな楽しみに出合える可能性もある。 だからこそ,手を出す遊びはできるだけバラバラなほうがいい。(p54)
 最近,大人の間でランニングが大ブームだ。ジム通いにハマる人も多い。その理由の一つは,体育の授業がつまらなかった反動だと思う。(中略) 体育の授業では,上達の仕方を教えてもらえない。(中略)人によってはそれを音楽や美術,技術などの授業で感じたことがあるだろう。(p61)
 止めることは恥ずべきことではない。仕事や人生ではないのだから,止めたくなったら止めればいい。本音を言えば,仕事だって辞めたくなったら辞めればいいと思う。(p64)
 そこに,「これを達成したからには次はこれをしなくてはならない」という義務感のようなものが少しでも混じっていたなら,それは休止のタイミングだ。(中略) 義務感が生じたとたん,成長のスピードはがくんと落ちるし,マラソンのタイムなどは,ベストを更新できなくなってしまうこともあるからだ。(p67)
 趣味は上達・成長・蓄積を楽しむものであるから,あまり急速に上手くなる必要はない。それに,上手くならねばならないと思ってしまうと,とたんにつまらない苦行と化すので,そういった考えも捨てたほうがいい。趣味は究めてはならないのである。(p68)
 ハマったところから自分を抜け出させるには,ハマりきってそして飽きるしかない(p69)
 初めから本の代わりにネットで情報収集するのは,あまりおすすめできない。なぜなら,ネットには情報が膨大にあり過ぎるからだ。まずはどこから読んだらいいのかがわかりにくいのである。(p86)
 仕事にたとえれば,研修はさくっと終わらせて仕事に入るようなものだ。研修が趣味でない限り,そうしたほうが早く楽しく仕事ができる。(p90)
 (どんな道具を買えばいいか)私のおすすめは,ハイアマチュア向けだ。プロ向けでも初心者向けでもなく,ハイアマチュア向け。そう結論づけるまでには,さまざまな失敗があった。(p97)
 読書は遊び。勉強のつもりで読書をしたことはない。もちろん本で勉強することもあるが,それはあくまでも勉強・学習であり,読書ではない。(p100)
 世の中をあっと言わせるアイデアは,突飛なきっかけで生まれることが多い。ただし,ゼロからは生まれない。すべてのものは,何かと何かの組み合わせによって誕生するからだ。そこで生まれるアイデアの希少性,革新性は,何と何を掛け合わせるかによって決まる。 このときの組み合わせが当たり前だと,当たり前のものしか生まれない。(p119)
 遊びにお金をどう使うかは大きな問題だ。しかし,使える金額に制限があったほうが,その遊びは深く楽しめると私は思う。(p125)
 小学生に頃,遠足に持って行っていいおやつは三〇〇円までというルールがあったという人は多いだろう。(中略)このとき,ラムネに五〇円,キャンディに一〇〇円と細かく積み上げるタイプと,どんと大物に三〇〇円全額を使うタイプがいる。私は後者である。なぜなら,お金は極端に使うべきだと思っているからだ。それに,三〇〇円一点買いは,それだけで周りの話題になる。じつにおいしい選択である。(p125)
 何かをとことん楽しむなら,ほかの何かについてはとことん捨てる。お金の使い方についても“平均的”から離れることが,人生を遊ぶコツである。(p126)
 最近はテレビを馬鹿にして見ない人が多いようだが,もったいないことだと思う。なぜならテレビは情報だけでなく,遊びの宝庫だからだ。他人の遊びをのぞき見るのにうってつけのツールが,テレビである。(p136)
 生きている人間は誰しも,ゲームをプレイするように選択し,戦い,勝ったり負けたりしているのである。ゲームはある意味で,人生を遊びながら学べる場だ。(p144)

2016.09.11 番外:twin 2016.9月号-食べて,遊んで。さくら市往還

発行所 ツインズ
発行年月日 2016.08.25
価格(税別) 286円

● 「twin」の今月号はさくら市のご紹介。栃木県で最も住みやすい市に選ばれたとか。
 栃木県内のどこにでも自由に住んでいい,必要なお金はあげるから,と言われたら,ぼくならJR宇都宮駅前のマンションに住みたいけれど,さくら市もたしかに悪くはない。電車に乗れば15分で宇都宮に着ける。

● 以上,さくら市と言っているのは氏家のことね。宇都宮のたとえば野沢とか氷室に住むよりは,氏家に住んだ方が,宇都宮の便益を享受しやすいように思う。
 行政区域にとらわれても仕方がない(平成の大合併のあとは尚更だ)。公共交通機関の動線や道路網をよく考えて決めたいものだ。
 特に,車がないと手も足も出ないというところに住むのは絶対にイヤだ。老齢の域に足を踏み入れると,そこが大事になってくるのだよ。

● 宇都宮行きを禁じられても,じつはさくら市内でたいていのことは何とかなる。イオン系の大スーパーをはじめ,大きなスーパーには事欠かない。コジマやヤマダもあるし,docomoショップもauショップもある。
 栃木県ではこれ以上に文化的なゾーンはないと思われる,「TSUTAYA+うさぎや書店+タリーズ(orドトール)」の複合施設も,さくら市にちゃんとある。

● 特筆すべきは飲食関係だ。レストラン,甘味処,居酒屋,ラーメン屋,製麺所など,食に関わるお店は多い。味の水準も高いとぼくは思う。
 今月号で取りあげられているのもこのあたりで,「Niwa」を筆頭にいくつか紹介されている。さくら市はぼくの地元ではないけれど,小さい頃から馴染みはあった。たいていのことは知っているつもりでいたけど,当然ながら知らない店や事業所もたくさんあったんでした。
 逆に,この雑誌に載っていないぼくのお気に入りの店もいくつかあるわけだけどね。

● 喜連川に足をのばせば,贅沢な温泉施設がある。源泉かけ流しはあたりまえだ。ぼくの一推しは市営第2浴場「露天風呂」。何も足さない,何も引かない。ピュアな源泉を味わいたければ,ここに行くといい。
 ただし,死ぬほど熱い。5分間も浸かっているのはかなりホネだ。湯量豊富なうえに大きな岩風呂なので,水道水で温度を下げようとしてもムダだ。
 その前に,そんなことをしようものなら,地元の爺さまに睨まれてしまうだろう。熱いのがダメなやつは「元湯」(市営第1浴場)に行け,と一喝されること必定だ。

● 細かいことをいうと,市内に2つある市営図書館のうち,喜連川図書館はかなり贅沢な造りになっている。
 足利氏の流れを汲む落ち着きを漂わせる集落であって,喜連川には喜連川の持ち味がある。

● この雑誌の表紙になっているのは,瀧澤家住宅かと思われる。古くからの名家で,最近まで居住者がいたと聞いている。
 昔はこの櫓に登れば遮るものとて何もなく,一帯が手に取るようにのぞめたことだろう。

2016.09.11 下野新聞社編集局 『世界遺産 聖地日光』

書名 世界遺産 聖地日光
著者 下野新聞社編集局
発行所 下野新聞社
発行年月日 2016.04.27
価格(税別) 1,500円

● 日光について多くの知見を与えてもらった。曖昧にしか知らなかったこと,まったく知らなかったこと,そういうのばかりだった。
 もっとも,日光といえば東照宮で,東照宮とは徳川家康を神として祀っているところだから,家康を巡る諸々のことがらが芋づる式に出てくる。知るべきことに際限がなくなる。
 日光の専門家になるつもりならいざ知らず,そうでないならほどほどにしておくことも大人の知恵といえるのではないか。人生は有限だからね。

● 本書にはいろんな人物が登場するけれども,最も気になる人を一人挙げろと言われれば,慈眼大師天海ということになる。
 家康の信任厚かった天台宗の僧侶。が,僧侶というよりは政治顧問的な役割を期待されてもいたようだし,その分野で辣腕を振るったようでもある。
 何者なんだ,おまえ,と言いたくなるような得体の知れなさがある。つまり,そこが魅力であるわけだけど。

● その天海さん,当時ではあり得ないような長寿を全うしたようで,108歳まで生きたと紹介されている。本当かね。
 だとすれば,長寿の秘訣を語っていないかと気になる。本書はその期待にも応えてくれている。
 輪王寺には,天海の遺訓が伝わっている。 長寿の秘訣を問われ,「気は長く 勤めはかたく 色薄く 食細うして 心広かれ」と答えたという。(中略) 天海はこんな言葉も残した。「こと足れば 足るにまかせて 事足らず 足らで事足る 身こそ安けれ」。欲望を抑えてこそ,天海のように長生きができるのだろう。(p126)
 残念ながら,おそらく後世の創作ではないか。何だか平板でつまらないからさ。

● 東照宮では20世紀になってからでも,一再ならず出火さわぎがあったようだ。
 1961年3月,この本地堂であってはならないことが起きた。春雪の舞う夜に出火して23時間半も燃え続け,薬師如来や十二神将,鳴竜を消失してしまった。(中略)暖房器具の不始末が原因とされた。(p148)
 神職や僧職であっても,ぼくらと同じ程度には油断があるんだろうね。ひょっとしたら,ぼくら以上にひったるんでいるのかもしれないよ。

2016年9月8日木曜日

2016.09.04 奈良節夫 『カムサハムニダ 韓国自転車縦断記』

書名 カムサハムニダ 韓国自転車縦断記
著者 奈良節夫
発行所 ぶっく東京
発行年月日 1988.04.25
価格(税別) 1,200円

● だいぶ昔の本。当時,宇都宮駅ビル(まだ“ラミア”という名前だったか)4階で営業していた岩下書店で購入してすぐに読んだ。
 約30年後に再読したという次第。

● 本書の内容はタイトルのとおり。1985年の5月1日から8日までの8日間,順天からソウルまで自転車で韓国を縦断した。当時,著者50歳。
 その様子を1冊にまとめたわけだ。

● ソウルに著者の取引会社があって,そこの社員の手厚いサポートを受けている。正直,大名旅行の印象がある。お金もだいぶ使っている。物見遊山もしているし,美味しいものも食べている。
 釜山では「淡水苑」という喫茶店が登場する。著者はひとりでこの店に入り,“ウェイトレス”と店外デートまでしている。

● じつは,この「淡水苑」という店にはぼくも入ってしまったことがある。しまったと思った。露骨にいえば,ここは置屋だ。気に入った“ウェイトレス”がいればホテルに連れて帰るというシステムになっているらしかった。
 コーヒー1杯ですぐに退出したけれど,かなりボラれたものだった。っていうか,喫茶店だと思うから法外な料金なのであって,そういうものならこの値段は仕方がないのだろう。
 ということを,著者が気づかなかったはずはないと思うのだけれども,本書のとおりだとすれば,著者はいたって品行方正である。

● ともあれ。今なら,この程度のことは夏休みを使ってやってのける高校生もいるかもしれない。もちろん,サポートなしの単独行で。
 要するに,著者の自転車旅行に“冒険”の要素はまったくない。が,本書中にはその“冒険”という言葉が何度か登場する。著者自身が自分のやっていることを“冒険”と言っているわけだ。
 石田ゆうすけ『行かずに死ねるか!』をはじめ,自転車による世界一周の紀行文をいくつも読めるようになっている現在の目線で見れば,著者のやったことは児戯に類すると言ってしまってもいいかもしれない。

● しかし。当時,ぼくも本書をワクワクしながら読んだのだった。1988年はソウルオリンピックが開催された年で,日本国内は韓国ブームに沸き返っていたと記憶している。
 それまでは韓国といえば,戒厳令と妓生だった。日本の中年男性が徒党を組んで,買春に繰りだすところというイメージしかなかった。
 それが,この韓国ブームで,まともな情報がマスコミレベルで流れるようになっていた。韓国に関する書籍の出版点数も相当なものにのぼったはずだ。

● 要するに,韓国情報が増えだす端境期だった。それ以前は韓国がどういうところなのかわからなかった。
 その時期に自転車で韓国を旅するのは,やはり冒険だったのか。
 同じ行為が冒険になるのか,たんなる趣味的旅行になるのか。それを分けるのは“情報”なのだろう。

● いくつか転載しておく。
 韓国では用のない限りあまり車には乗らないほうが,確かに無難である。(p17)
 今,コミュニケーションの手段としての言葉や文字の社会から隔離され,聾唖の世界にとじこもった私は,手真似や態度で意思を伝えるしかない。ビール一本頼むにしても,冷えてなければ冷たいものに換えてもらうことだってできるが,ここでは我慢するしかないのだ。(p54)

2016.09.04 長谷川慶太郎 『「世界大波乱」でも日本の優位は続く』

書名 「世界大波乱」でも日本の優位は続く
著者 長谷川慶太郎
発行所 PHP
発行年月日 2016.09.15
価格(税別) 1,500円

● どの国でも,大方の予想を裏切る現象が次々に発生している。どうやら目に見えない潮流が生まれただけでなく,その影響が急速に強まってきたようである。(p1)

 世界のどの国も,必死の努力を払って危機対策に取り組んでいるが,最大の原因である「デフレ」の流れを阻止できない。
 その理由は,はっきりしている。どの国にも共通していることだが,現在の政治体制は「インフレ」時代につくられ,その維持に全力を挙げているからである。(p3)

 デフレの状況では,「買い手」が強くて「売り手」が弱い。「買い手」というのは,庶民であり,一般有権者である。一方「売り手」は官僚であり,企業経営者である。つまりエリート層だ。(p32)

● EU離脱後は,イギリス国内からEU諸国に製品を輸出する場合には関税がかかることになる。しかし,そのコスト負担を考えても,日本企業はイギリスにとどまったほうがいい。理由は三つある。
 一つは,英語である。(中略)語学の問題など大したことがないように思えるかもしれないが,実はこの問題が一番大きい。コミュニケーション能力はビジネスを左右する。(中略)
 二つめの理由は,文化的背景だ。(中略)日本人にとっては,フランスやドイツの文化を理解するよりも,イギリスの文化のほうが理解しやすい。(中略)
 三つめの理由は,イギリスの地形・風土だ。イギリスは山が少なく平野が多い。(中略)地震のない国であり,ハリケーンも少ない。(p22)

● ナチの負の遺産として,ドイツ政府は「移民の抑制」という政策をとりにくい。「ドイツは民族差別をする国ではありません。ドイツは開かれています」という姿勢を見せなければならない。(p35)

 伊勢志摩サミットで,安倍首相は「リーマン・ショック前夜の状況と似ている」と言って,リスクに警戒するように呼びかけた。それに対して,メルケル首相らが「そこまでのリスクとは言えないのではないか」と反論したとされる。
 当たり前だ。メルケル首相が「そのとおりです。実は,ドイチェ・バンクが危ない」などとは口が裂けても言えないし,また,政治家はそういうことを言ってはいけないのである。(p61)

 これまで,フランス一国でドイツに勝ったことはない。だから,フランスはドイツに対する潜在的な恐怖心のようなものを持っている。(p65)

 ロシア軍の軍人が民間の職を得られないのは,軍人の育成の仕方にも原因がある。ロシアの軍人は教えられたことだけを金科玉条のように守るので,融通が利かず,民間で働くのはかなり難しい。(p127)

 ロシア軍は,ソ連時代と同じように戦力の半分が核戦力だ。「核なき世界」が実現したら,核戦力がすべて必要なくなる。そこで働いている人間もすべて不要になる。(中略)「核なき世界」が実現した際に,一番ダメージを被るのがロシアである。アメリカはそれをわかっているから,「核なき世界」を進めようとしている。(p128)

● 上海電力は,江沢民系の会社だから,江沢民の了解なしに投資を決めることはできないはずだ。つまり,江沢民が了解したうえで,日本に資産逃避させているわけである。
 トップリーダーや国営企業経営者が信用していない国に日本企業がいつまでも期待をかけていても,仕方がない。(p84)

 中国の経営者たちが自国通貨を信用せず,売りに売っている。彼らが買っているのは,世界で一番価値のある国債,つまり日本の国債だ。(中略)極端に言えば,中国の経営者たちは,中国経済は破綻すると見ているのだ。だから,人民元を売って,目減りを覚悟で安全な日本円に換えている。その額は巨額だ。一ロット=一〇〇億円規模の「爆買い」まで出てきている。(p88)

 中国共産党の子弟たちがアメリカに留学し,中国には誰も帰ってこない。彼らはアメリカ国籍を取ってアメリカ人になりたいと思っている。自分の国に戻って,自分の国を良くしようという気持ちがない。(p112)

 中国は他の東南アジア各国に対しても,資金援助をすると申し出て鉄道建設の契約をとりつけた。しかし,中国には長期資金の余裕はなく,計画は実行に移されていない。
 ラオスだけでなく,タイもマレーシアもシンガポールも,「中国不信」に変わってしまった。文字どおり,「金の切れ目が縁の切れ目」ということだ。(p90)

 中国は国際裁判の判決にも従わないし,国際法も遵守しない。また経済協定に調印しても,まったく実行しようとしない。中国と約束を結ぶことは,ほとんど無意味になっている。
 その結果が世界に知られて,アメリカも東南アジア諸国も,中国をまったく信用しなくなった。(p93)

 中国リスクの最大のものは,中国の内部の対立だ。(中略)東シナ海,南シナ海への進出も,中央政府がやらせているというよりも,東海艦隊,南海艦隊が功を競って勝手にやっているだけだ。習近平には,それを止める力がない。(p96)

 北朝鮮から石炭を積んだ船が山東省や遼寧省の港に入ろうとしたが,中国は入港させていない。北朝鮮の生命線は鉱物資源の輸出であるから,中国の制裁によって北朝鮮は致命的な状況に陥っている。(p100)

● 一九七五年の第一回のフランス・ランブイエ・サミットから二〇一五年のドイツ・エルマウ・サミットまで,ずっとシェルパ(各国首脳の代理人や補佐役)による議論が主体で,首脳同士はほとんど議論していなかった。
 ところが,伊勢志摩サミットは違った。安倍首相がサミットそのものを思い切って改革したのである。(中略)先進国の首脳たちが積極的に議論をすることで,各国はより深い絆で結ばれるようになった(p115)

 なぜ,オバマ大統領が広島を訪問することになったのか。オバマ大統領の個人的な意向だといわれているが,それは違う。(中略)
 広島訪問が実現したのは,日本の地位が飛躍的に上がったからである。安保体制の正義で,日米関係はかつてなく緊密になっている。産業面でも,アメリカは日本頼みである。(p123)

 日本の部品は,大企業の製品から中小企業の製品に至るまで,世界中の生産ネットワークの中に組み込まれている。日本の力なくしては何も製造できない。
 日本で地震が起こるたびに,自国の製造業が工場を停止しているわけだから,世界の首脳たちもこの事実に気がついている。(P124)

 日本には技術力も長期資金も両方ある。世界を見渡しても,両方持っている国は日本だけだ。(p134)

● これからの世界平和の体制づくりには,三つのポイントがある。
 一つ目は,インフレ時代からデフレ時代への転換を制度面で行うこと。そこには税制も含まれる。
 二つ目は,デフレ時代に長期にわたって経済を発展させるにはどういう手段があるかを考えること。これにはインフラ整備しかないと言える。
 三つ目は,アメリカが世界の警察官の役割を降りたときに,G7が強調していかに世界の安定をつくりだしていくかという点だ。(p129)

 重要なことは,「熱い戦争」に至らないようにすることだ。それには,マーケットの力を使うしかない。路線転換をしなければ自国が滅びてしまうことがわかれば,彼らは宗旨替えをせざるを得なくなる。(p140)

 世界の趨勢を見ればわかるように,イデオロギーは影響力を失っている。もはやリベラルの時代ではなくなった。リベラルに固執していたら,国民の支持は得られない。日本だけでなく,アメリカでも同じ傾向が出ている。(p172)

● 治安を維持するには軍隊の組織ではなく,警察を使わなければならない。(中略)軍隊と警察の違いは,“地域密着度”だ。警察は地域に密着して仕事をするから,住民との協力関係を築ける。
 一方,軍隊は常に移動するという特徴を持っており,地域に根ざしてはいない。(p37)

● 米軍の建設大隊は,仙台空港をわずか二週間で完全に復旧させた。(中略)一方,松島の飛行場は自衛隊が精力的に復旧に取り組んだが,なかなか修復できず,結局,二カ月かかった。もちろん,これは他の国と比べれば非常に早いのであるが,アメリカには及ばない。(p160)

 残念なことに,日本海軍には土木技術的な知識があまりにも乏しかった。戦闘で戦うのが軍人だという考え方が強く,土木技術は軽視されていた。(中略)
 アメリカ陸軍の場合,ウェストポイントの陸軍士官学校の卒業生で,成績の良い人間はみな工兵科に入る。優秀な人間から順番に工兵になるという発想を,日本ではなかなかできない。(p162)

 日本海軍の場合は,兵学校の卒業生だけが幹部になって運営されていたから,いわば卒業生の仲良しクラブになってしまった。閉鎖的になるし,また勉強もしなくなる。(p166)

 第二次世界大戦で日本が負けた理由は,東アジアで中国と長期戦をやって,中国が屈服するまでにアメリカが参戦して太平洋戦争になったことだ。それをコントロールするだけの政治力がなかった。
 コントロールする政治力がなかった最大の理由は,明治憲法である。明治憲法では,内閣総理大臣は閣僚に対する任命権を持たなかった。(中略)
 第一次世界大戦の教訓だが,そういうタイプの憲法を持っている国はみんな敗れた。ドイツ,オーストリア=ハンガリー,ロシア,トルコ,みなそうである。
 そのときの教訓を日本は学ばなかった。(p175)

● 民進党の問題点は,政権の座にいた三年間で何を失敗したかについて,まったく言及していない点だ。(o173)

 民主党政権では,最後の野田政権はその前の二人に比べればまともなほうだった。というより,前の二人がひどすぎた。これは多くの国民の共通認識である。(p173)

● 災害時に一番重要なことは,「需給バランス」である。物資や人員が必要とされているところに,必要とされている量だけ供給されなければいけない。これが何よりも肝心だ。
 欲しいもの,足りないものと,支援物資の需給バランスを調整するんはコンピュータを使うしかない。(アメリカの)FEMAは,そのシステムを持っていた。(p181)

 筆者の働きかけがきっかけで,自衛隊員に災害出動手当がつき,それが制限されることなく支払われることになった。しかし現在では,筆者はこれは失敗だったと考えている。それは,自衛隊員に対して,働いたら働いた分だけの報酬を金で支払うのと同じだからだ。(中略)
 自衛隊を国防軍として処遇するとう観点が抜け落ちていた。自衛隊員には,金ではなく名誉で報いるべきだった。(p189)

2016.09.03 番外:BICYCLE NAVI 2009年5月号 自転車生活の大定番!

編者 河西啓介
発行所 二玄社
発行年月日 2009.04.26
価格(税別) 1,143円

● 自転車のヘビーユーザーが4人,紹介されている。その中のひとりが,リサ・ステッグマイヤー。1971年生まれだから,このとき彼女,38歳。
 トライアスロンをやっているアイアン・ウーマンなのだった。もちろん,独身を通しているんだろう,そうじゃなきゃやれないだろ,と思ったんだけど,そうじゃなくて結婚していた。

● 彼女を初めて見たのは(もちろん,テレビで),NHK教育テレビの英語講座だった。チャンネルを回していたら,彼女が講座のアシスタントを務めていて。うぁお,めっちゃ可愛いやん,日本のモデル顔負けやん,とか思ったんでした。彼女はまだ20代だったろう。
 ドイツ系アメリカ人の父親と日本人の母親。アメリカ生まれのアメリカ育ちだから,英語は母語だ。
 ので,その英語講座はずっと見たような気がする。英語を勉強するために見たわけじゃないから,テキストは一度も買わなかったけど。

● その次は,パソコン雑誌。彼女がインタビューを受けていた。最初はMacを買ったんだけど使いこなせなくて,というようなことが載っていたと記憶している。
 で,当時の彼女が使っていたのがNECのPC-9821La(98NOTE Aile初代機)だった。Windows95が登場したあとに出たパソコンだから,1996年頃のことだと思う。
 なぜそんなことを憶えているのかといえば,ぼくも同じパソコンを買っていたからだ(30万円したね,あの頃はね)。やった,彼女とおそろいだ,と嬉しくなったものだ。

● で,今回が3回目。いつの間にかトライアスロンにはまっていたのか。
 彼女,このあと40歳で出産し,さらに2人目を生み,トライアスロンは継続中のようだ。天は与える人には二物といわず,三つでも四つでも五つでも,惜しみなく与えるものだね。
 図抜けたレベルで才色兼備。トライアスロンを続ける健康と体力を持ち,結婚して子どもも育てた。女性から見れば,すべてを得ている人ではないか。

● オレも自転車,頑張らなきゃ,とか思ったわけなんでした。

2016.09.03 番外:twin 2015.4月号-中国気分で美食ランチ

発行所 ツインズ
発行年月日 2015.03.25
価格(税別) 286円

● 栃木県内の中華レストランのご紹介。twinはこういう雑誌だし,こういう紙面作りをすると,一定数は必ず売れると見込めるのだろう。

● 中華レストラン以外にいくつものレストランがこの雑誌で紹介されているんだけれど,どうも地域的に偏りができる。
 宇都宮,小山といった都市部のほかは,那須町と益子町の登場頻度が高くなる。絵にしやすい店がこれらのエリアに集中しているからなんだろうけど。
 ぼくは食に対して貪欲な方ではない。中華料理に対しても然りだ。であるからして,この雑誌に紹介されている店で,ぼくが行ったことがあるところは,絶無だった。

● これはぼくだけじゃないと思うんだけど,中華料理の代表はラーメンだ。日本のラーメンは中華料理には入っていないことは知っている。でも,ラーメンも出す店で食べる中華料理がぼくにとっての中華料理のほぼすべてだ。
 レバニラ炒め,野菜炒め,餃子,春巻き,八宝菜,回鍋肉・・・・・・。和風中華でしょうね。

● で,そういうものをどこで食べているかといえば,氏家の「登竜」だったり,高根沢の「天香一」だったりする。
 特に「天香一」のようなチェーン店がこの雑誌に登場することは考えにくい。こういう店も載せてくれよと言いたいわけではもちろんないが。