2016年12月17日土曜日

2016.12.17 犬丸一郎 『軽井沢伝説』

書名 軽井沢伝説
著者 犬丸一郎
発行所 講談社
発行年月日 2011.07.01
価格(税別) 1,600円

● 昔のセレブが集うハイソな軽井沢の様子を,著者自身の体験,友人・知人の証言,当時の地元のミニコミ誌からまとめたもの。
 セレブやハイソはいつだってごく少数しかいないはずだ。そういうところにぼくのような者が迷いこんでも居場所はないだろう。この場合の「ぼく」は多数派の代表でありますよ。つまり,皆様方も「ぼく」の同類でありますよ。

● 今の軽井沢は大衆化してしまっているのだろうけれど,どこかにかつての軽井沢と同じ機能を果たしている場所や空間があるのかもしれない。たぶん違うだろうけど,慶應や学習院の同窓会とか。
 ただ,今でも理屈は同じであって,そういうところに貴方やぼくが紛れ込んでも,いいことは何もないとしたものですよ。

● 本書にも別荘暮らしの大変さが登場する。いくらお金があっても持ってはいけないものが3つある,と言われる。ひとつは愛人,ふたつめは秘書,そして最後が別荘だ。
 愛人と秘書についてはここでの検討事項ではないが,別荘を持つのはなぜいけないか。理由は明確だ。持ってしまえば別荘に縛られるからだ。

● 軽井沢に別荘を持てば,毎年,夏は軽井沢で過ごさなければならない。ひと夏住まないでいれば,別荘とその敷地はかなり荒れる。近隣に迷惑をかける(近隣のことなど知らないという奴は,豚に喰われよ)。
 それでいいのか。今年も来年も再来年もその先も,夏は軽井沢で過ごすのか。ハワイに行きたくなったりはしないのか。北海道はどうだ。夏の沖縄もいいぞ。

● 行きたいところに行ける。自分の欲望に忠実でいることができる。そのためには別荘など持たないに限る。
 滞在はホテルがいい。もし軽井沢で過ごしたくなったら,万平ホテルに泊まればいいではないか。ハワイならコンドミニアムを借りるのがいい。所有は自由を縛るのだ。

● 本書で描かれている時代のハイソでは,今の大衆は満足しないだろう。それはキチンと取ったダシでは満足できず,化学調味料をどっさり使ったゆえのエッジの立った旨さを求めるようなものではあるんだろうけど,とにかく,かつてのハイソでは今の大衆は満足すまい。
 つまり,本書は懐古趣味で終わることになる。IKKOだの,たかの友梨だの,ビル・ゲイツだのが,豪邸を建てるようになっているのだから,軽井沢はもはやどうにもなるまい。

● 以下にいくつか転載。
 軽井沢が避暑地として今日に至るまで,花柳の巷を設けず,あくまで純潔の風習を保つに腐心していることは,他に対する第一の誇りである。(p31)
 かつての軽井沢の土地取引は,不動産業者が土地を取得し,リゾート地として分譲するような形はほとんどなかった。知り合い同士の「あの土地を譲っていただけませんか」「では,お譲りしましょう」という話し合いによって譲渡されるのが常であった。こうした売り手と買い手の親密な関係が,軽井沢ソサエティの強い絆を保ってきたともいえるのである。(p43)
 僕の感じでは昭和四七(一九七二)年にプリンスホテル系の「軽井沢72ゴルフ」がオープンしたあたりから,軽井沢の客層がはっきり変わってきたように思う。「72ゴルフ」は会員権がいらなくて,コースもたくさんあったから,随分,いろんな人が来るわけです。そうした人たちが帰りに食事するための店が自然に増えて,街並みも急激に変わっていった。(p82)
 マナーの悪い人間は,相手が誰だろうと絶対に容赦しなかった。総理大臣になる前の田中角栄さんも,白洲さんに怒鳴られたことがある。(p108)
 世間的に,軽井沢ゴルフ倶楽部は名門クラブ,といわれているせいか,なにか,ものすごい豪華なイメージがあるみたいだけれども,別にそんなことは全然ないよね。(p110)
 軽井沢ゴルフ倶楽部は,理事長の独断で次の理事長を決めて,各代の理事長が少しずつ自分なりに倶楽部を改善するという方針ですよね。理事長選挙とか,そういう面倒なことはしない。(p113)
 白洲さんも最晩年はもっぱら,ゴルフ場の雑草取りに精を出していた(p115)
 別荘に住まうのも結構,大変なんです。私の場合,実家(小林節太郎家)が鹿島ノ森に別荘を持っていましたが,母は毎年それはそれは苦労していました。(p182)
 軽井沢の場合,ファミリーで,というのはないんですよ。子供の世界と大人の世界はきちんと分かれている。だから,どこかの方とお会いする場合にも,夫婦単位であってね。(p189)
 いまでは塀の上に防犯カメラが備え付けられたり,中には二四時間,ガードマンが警備しているような物件まで見受けられ,ここは世田谷か?と見まごうような光景があちこちに出現している。 もうひとつ不思議なことがある。豪華な“別邸”にやってくる彼ら新住民は,まったくと言っていいほど,自分の敷地内から姿を現さないのだ。(中略) 私には,彼らが財産を持った引きこもりにしか見えない。(p198)
● 最後の“新住民”の代表としては,人材派遣会社大手「グッドウィル」の折口雅博さんが思い浮かぶ。軽井沢に個人の別荘なのか会社の保養所(あるいは支社)なのかわからない建物を建てた。それが絶頂期。
 本人としては力一杯生きて満足だと仰ると思うけれど,もう少し目立たない工夫が必要だったのではないか。儲けてもいいからつまらない目立ち方をしないという工夫。

0 件のコメント:

コメントを投稿