2016年11月23日水曜日

2016.11.23 東 浩紀 『弱いつながり』

書名 弱いつながり
著者 東 浩紀
発行所 幻冬舎
発行年月日 2014.07.25
価格(税別) 1,300円

● 本書は何を述べたいのか。冒頭に記されている。
 ひとが所属するコミュニティのなかの人間関係をより深め,固定し,そこから逃げ出せなくするメディアがネットです。(p5)
 とはいえ,ぼくたちはもうネットから離れられない。だとすれば,その統制から逸脱する方法はただひとつ。グーグルが予測できない言葉で検索することです。(p5)
 ぼくたちは環境に規定されています。「かけがえのない個人」などというものは存在しません。ぼくたちが考えること,思いつくこと,欲望することは,たいてい環境から予測可能なことでしかない。あなたは,あなたの環境から予想されるパラメータの集合でしかない。(p9)
 だからこそ,自分を変えるためには,環境を変えるしかない。人間は環境に抵抗することはできない。環境を改変することもできない。だとすれば環境を変える=移動するしかない。(p7)
● その移動とはつまり「旅」。時々は外国に逃げてリフレッシュしなさいよ。著者が言いたいのは,これだけなのではないか。
 情報技術革命によって情報へのアクセスは格段に上昇しました。しかし,検索エンジンにどういう言葉を打ち込めばいいのか,それを思いつくためには部屋に閉じこもってネットばかり見ているのではなく,身体を移動しないといけない。(p91)
● その他,いくつか転載。
 世の中の多くのひとは,リアルの人間関係は強くて,ネットはむしろ浅く広く弱い絆を作るのに向いていると考えている。でもこれは本当はまったく逆です。(p14)
 アライバルビザはバックパッカーに厳しかったんですね。こぎれいな格好をして,「いいホテルに泊まる」と言えば楽に取得できる。しかしそんな情報はネットには載っていない。バックパッカーしか,インドについて書いていないからです。(p26)
 ぼくが休暇で海外に行くことが多いのは,日本語に囲まれている生活から脱出しないと精神的に休まらないからです。頭がリセットされない。日本国内にいる限り,九州に行っても北海道に行っても,一歩コンビニに入れば並んでいる商品はみな同じ。書店に入っても,並んでいる本はみな同じ。その環境が息苦しい。(p31)
 ソーシャルネットワークは,基本的に無料だからお金のない若者がいっぱい集まってくる。有名人はそんな「お金のない若者」の人気を取らなければならない。結果,ある種の情報は隠すようになっている。(p33)
 ネットには情報が溢れているということになっているけど,ぜんぜんそんなことはないんです。むしろ重要な情報は見えない。なぜなら,ネットでは自分が見たいと思っているものしか見ることができないからです。そしてまた,みな自分が書きたいものしかネットに書かないからです。(p34)
 これはネットの特性ではない。ネット以前からそうだったわけだから。書店や図書館に並んでいる本からどれをピックアップするかを考えてみれば明らかだ。人間の特性というべきで,ネットに罪はないなぁ。
 たとえばパリに行く。「せっかくだから」とルーブル美術館に行く。近場の美術館にすら行かないひとでもそういうことをする。それでいい。美術愛好家でないと美術館に行ってはいけない,というほうがよほど窮屈です。(p52)
 検索とは一種の旅です。検索結果一覧を見るぼくたちの視線は,観光客の視線に似ていないでしょうか。(p54)
 彼(アナドリー・ハイダマカ)は,展示にはむしろ主観的な感情が入っているべきだと答えるのです。ハイダマカ氏は広島の平和記念資料館も訪れたらしいのですが,感情抜きの客観的な展示だけでは,出来事の記憶は伝わらないと言います。(p78)
 文書や写真や証言が残っていても,それはいくらでも,現在の価値観に都合のいいように再解釈できてしまう。人間にはそういう力がある。けれども解釈の力はモノには及ばない。歴史を残すには,そういうモノをのこすのがいちばんなのです。(p99)
 世界はいま急速に均質化しています。(中略)この変化を批判するひともいます。(中略)しかし,そもそも人間は,民族や歴史の差異にかかわらず,みな同じ身体をしている。となると,求めるものにそこまでバリエーションがあるわけでもない。その前提のうえで,商業施設や交通機関といったインフラのデザインが効率的なかたちに収斂していくのは,別に暴力でもなんでもなく,一種の必然のように思います。(p126)
 本当に新しいコンテンツ,本当にすばらしいコンテンツは,決してそのような消耗戦からは出てきません。「いまここ」の売り上げを最大にしようとすると,ひとはすぐ体力勝負に巻き込まれます。(p137)
 日本人は,会社や町内会など,自分が属している狭いコミュニティの人間関係を大切にしすぎていると思います。人間関係は少しおろそかにするぐらいがちょうどいい。(p145)
 人生そのものには失敗なんてないのです。だって,その成否を測る基準はどこにもないのですから。(p150)
 看板の最初の数文字が読めるだけでも意外と役立ちますし,文字がただの模様には見えなくなってくると,街の見えかたがぜんぜん違ってきます。(p152)
 旅先での写真をフェイスブックやツイッターにどしどし上げているひとがいます。きもちはわかりますが,あれでは旅の意味がない。(中略)フェイスブックやツイッターの視線を気にしているのでは,日常と変わりません。(p153)
 小学校や中学校の同級生がいつまでもフェイスブックやLINEのリストにあり続ける,というのがいまの現実でしょう。となると,あるていど意図的に関係を切る必要が出てきます。ぼくたちはいま,ネットのおかげで,断ち切ったはずのものにいつまでも付きまとわれるようになっている。(中略)旅はその絆を切断するチャンスです。(p155)

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