2016年10月11日火曜日

2016.10.10 内田 樹 『内田樹の生存戦略』

書名 内田樹の生存戦略
著者 内田 樹
発行所 自由国民社
発行年月日 2016.06.10
価格(税別) 1,500円

● 世の中には頭のいい人がいるものだと驚かされることがある。リアルの世界でもたまにあるけれど,本を通じてそれを知らされることの方がずっと多い。
 内田樹さんもそのひとり。

● この人の特徴は,何ものかに対する反骨を底に抱え持っていること。その何ものかとは,自民党であったり,経済界であったり,世間の良識であったり,マスコミの体質であったりするようなのだが,それそのものというより,それらに顕現しているところの大元になっているものに対してのように思われる。
 しかし,その大元は何かと言われても,ぼくにはわからない。

● ただし,政治状況や国際情勢についての内田さんの分析は,面白いのだけれども,同時につまらない。
 なぜつまらないのかというと,豹変しないからだ。主張が一貫している。ぶれないのはけっこうなことじゃないかと言われるか。
 ぶれないのは現実から出発していないからだ。現実は始終,大きくぶれているものではないか。

● 自分の中の価値観から演繹して結論を出しているようなのだ。価値観というより,思考の型のようなものか。それゆえぶれないのだが,ここは“君子は豹変す”であるべきではないか。
 故井上ひさし氏を思いだした。大変な読書家で博覧強記,あれだけの業績を残した作家なのに,政治的提言はかなりお粗末だったような。非自民,親社会(党)的な。この落差はどこから来るのかと思ったものだったが。

● とはいえ。本書はとても面白かった。以下に多すぎる転載。
 あらゆる欠点はその人の個性の根幹の部分とつながっています。そこからしか際立った長所も出てこない。欠点と長所は完全に裏腹です。欠点だけ補正して、長所だけ伸ばすということはできません。そこが「クッションの結び目」なんですから。だから,そこをピンポイントで,「いいね」とほめる。そこから能力が開花してくる。(p9)
 読んでいる人の生きる力を賦活するような。そういう力のあるものを本来は「批評的」と呼ぶべきだと僕は思いますが,どこからかとにかく毒舌辛口嫌味のことと混同されてきた。(中略)そこから何か生産的な,知的な対話が立ち上がるということがまったくなくなってしまった。(p12)
 世の中には「受ける才能」ってあるでしょう。山下洋輔タイプの。誰がどんな話をしても,その中の最高におかしいところをピンポイントして大笑いしてくれる才能。(中略)そういう人がみごとに地をはらってしまった。受信感度のいい知性がなくなって,「オレが,オレが」の発信型知性ばかりになった。(p14)
 正義がたいせつなのは,社会的なフェアネスが担保されている方が,そうじゃない社会よりも,みんな陽気になれて,わいわい騒げるからですよ。正義の執行のせいで,みんなが気鬱になって,新しいことを始める気概も失せて・・・・・・ということになるなら,正義なんかない方がましです。(p16)
 「どうすればいいんですか?」という問いはイノベーターが口にする言葉ではありません。「どうすればいいんですか?」という問いは「標準的なふるまいはどうなんですか?」ということです。(中略)「みんなができること」を私もできるようになりたいというような仕方で自分の能力開発を構想している人は(中略),たぶんたいした仕事はできないと思います。(p19)
 基本的に他人が大事にしているものについてはそれなりの敬意を示すとうのは「礼儀」の基本です。(p29)
 国家だって一種の「ヴィークル」なんだと僕は思っています。ヴィークルである以上,どういうふうに手当てしたら,そのパフォーマンスが最大化するかを考える。(中略)車に敬礼しないヤツ,車を讃える歌を歌わないヤツを処罰すれば車の性能が上がると思っている人間がいたら,そいつはかなり知性に問題があると僕は思いますよ。(p36)
 ものを学ぶときは,学び始める前にあまり予備知識を持たない方がよい。これは僕の経験的確信です。というのは,「その有用性や価値をわかっていること」を習得しようとすると,人間は費用対効果のよい方法を探すからです。(中略)どんなことでもそうですけれど,「最小の努力」が何か豊かなものをもたらすということはありません。絶対。(p41)
 これまでのご相談では「効率ばかり考えるのはよろしくない」という回答を続けておりますけれど,それは「効率ばかり考えていると効率が悪い」からです。(中略)僕が言いたいのは,世の「合理主義者」や「効率主義者」はとてもじゃないけど,そのような呼称にふさわしい人たちじゃないということです(あと「現実主義者」もね)。(p49)
 勘違いしている人が多いけれど,「優勝劣敗・弱肉強食」というのは「豊かな」社会に特有の現象なんです。ゲームに負けても死にはしない,金をなくすだけだと思っているから人は競争に夢中になれる。「ゲームに負けた人間は死ぬ」というようなシビアなルールなら,そんなに気楽に「勝ち組負け組」とか言ってられません。(p78)
 自分の決意によってものごとが動かせる範囲を「世の中」,その外側は「世の外」だと考えましょう。そして,「世の中」をだんだん広げていく手立てを考える。(中略)「自分ひとりではどうにもできないこと」を「どうしたらいいんだ」と悩んでも,まるで時間の無駄ですよ。(p97)
 処罰で脅すというのは,はっきりした到達目標とタイムリミットがある場合に限られます。(p108)
 スポーツ指導者が暴力の行使を正当化するときの理由づけはだいたい同じです。それは「これほどの資質に恵まれていながら,努力を怠ることが許せない。もともと才能がないなら,叱りはしない」というものです。この主張の前提にあるのは,身体能力は人によって生得的な差があるが,努力する能力には個人差がないという信憑です。(中略)でも,実際にはその前提が間違っている。自分の限界を突破したいという「努力するモチベーション」が起動する仕方は,人によってまったく違うからです。(p109)
 少年野球で連投して、そのとき肩を壊してそのあと野球ができなくなった人とか,柔道の部活で膝を傷めて,それから足を引きずっている人とか,ときどき見かけます。彼らは一生丁寧に使い延ばして使わなければならない身体資源を「先食い」してしまったわけです。(p111)
 人の善良さを引き出すか,邪悪さを引き出すかは,多分にこちらの態度で決まるんです。(p116)
 邪悪な人間だってのべつ邪悪なわけじゃないんです。邪悪になれる相手を選んでいる。(中略)邪悪な人間が狙うのは,閉じている人間です。(中略)パブリックなネットワークに参加していない人,親身になってくれる友人がいない人。そういう人の弱さにつけ込むんです。(p117)
 借りた相手だってわかっているわけだから。「こいつ,金がないくせに,かっこだけつけるヤツだから」って。向こうに見切られているわけですよ。そんなのにお金貸しちゃったわけですから。返るわけないじゃないですか。(P124)
 結婚の基本目標は「生き延びるチャンスを高めること」です。だから,配偶者を探すときの基準は,「夢中になるほど好きになる」とかではないんです。(p128)
 どんな相手と結婚しても「そこそこ」幸福になれる能力というのは人間の成熟度を考量するたいせつな指標です。(p129)
 賭場では玄人が勝つに決まっているんです。バブルのときに素人が丸裸に剥かれたのをみんな忘れちゃったんですか? 最初のうちは「電話1本で月給分稼いじゃったよ」と高笑いしていた人が,バブルが終わったときは稼いだ分も元金もきれいになくして呆然としていたじゃないですか。(p139)
 これに対しては異議あり。株式市場のことを言っていると思われるんだけど,株の玄人って何だ? そんな人がいるのか。証券会社が抱えているトレーダーのことか。あいつらはすべて玄人なのか。
 バブルが終焉したときに,声をあげたのは(したがって,マスコミが取りあげたのは)損した連中ばかりだった。が,高笑いのまま終えた人もたくさんいたと思うぞ。そういう人は黙っていただけだ。だから表には出てこなかっただけのこと。
 今以上に活動的になれというようなアドバイスは鬱患者に対してありえません。とにかく休ませてあげること。(p147)
 恒常的に嘘をついていると創造性が損なわれる。創造性って,自分の中にふっと湧き上がる微細なシグナルにかたちを与えることですけれど,不倫をしている人って,(中略)特に楽しいことなんかありませんという演技をしていないといけない。だから,自分の中の感情の動きに対して抑制的になる。(p151)
 結婚に必要なのは,勇気じゃなくて,心の弱りです。(p158)
 会社を大きくする人って,基本的に非人情なんですよ。人間同士の細かな軋轢とか,すれ違いとかが気にならないんです。(p169)
 未然に災厄を防いで「歌われざる英雄」になるよりは,災厄が起こるまで待って,衆人環視の下で問題をてきぱきと処理して,拍手喝采される方が得じゃないかと,ほとんどの人が考えている。成果主義とか,評価とかいうのはそういうことですよ。(中略)そのせいで,社会の安全のためのコストがどんどん高騰していて,みんな損をしているのに,それには気づかない。トラブルを未然に防ぐ方が社会的コストは圧倒的に安い。(p213)
 だいたい独立志向の強い人は,身の振り方について他人に訊いたりしません。組織にいると,息が詰まって死にそうだ,という人たちがせっぱつまって独立するわけであって,このままいようか,独立しようか「迷う」ことができるというのは,そもそも独立向きじゃないんです。(p215)
 近代戦では,損耗率30%で「組織的戦闘不能」とみなされます。(中略)損耗率100%まで戦い続けるどころか死んで幽霊になっても戦い続けるというようなことを言って日本は戦争をしたので,歴史上類を見ない負け方をした。(p223)
 世の中には,呼吸をするように嘘をつく人がいます。でも,不思議なもので病的な嘘つきは大きな被害が出るような嘘はつかないものです。(p232)
 僕は移民の拡大には反対です。移民対策で成功した国は一つもないからです。あえて成功と言えば,アメリカだけです。(中略)でも,あの国の場合は,移民が先住民を殺して「移民が主人」の国にしたことで成功したわけですから,アメリカの先例に倣うつもりなら,移民を入れて代わりに日本人が列島から出ていくしかない。それなら成功するかもしれない。(p252)
 移民の社会的統合とは,彼らを「日本人みたいに」改造することではありません。日本社会の方を改造して,彼らが「ここは自分のホームグラウンドだ」と実感できるようにすることです。その覚悟が日本人にあるのか。僕はないと思います。(p253)
 文化交流は「相互の敬意」がベースですが,経済的な移民受け入れは移民たちをただの「金」としか見ていない。そのような敬意のない関係の上に始まる関係は必ず不幸な帰結をもたらします。(p256)
 貴族というのは,乱暴な定義をしてしまえば,中央から指示がなくても,自己判断で戦争ができるようなメンタリティのことです。(中略)何が国益であるかを教えてもらわなくてもわかる。そこまで深く「公」を内面化できている。(p273)
 究極の医療は不老不死です。(中略)生きながらえるためになら超富裕層はいくらでも金を出す。だから,世界中の優秀な医療人が再生医療に集まってくるのは当たり前のことなんです。(中略)長生きできるのは一握りの人たちだけでいい。あとはさくさく死んでもらわないと食料も水もエネルギーも年金システムも保険制度も実はもたない。だから市場に委ねておけば,これからは超富裕層に医療資源が集中すると僕は思っています。(p282)
 ヨーロッパの場合,税率の高い国はだいたい高福祉高負担の仕組みになっていますが,それが可能なのは国のサイズが小さいからなんですよ。(中略)自分たちの払った税金がどこでどう使われているか自分の目で点検できる。(p287)
 中国人にとって過去100年をさかのぼっても国民統合の成功体験は抗日戦しかありません。だから,国民を統合する求心力の強い「物語」が必要になると,彼らはそのつど日本軍国主義に対する中国人民の勝利の物語を呼び出すことになる。(p305)
 人間というのは「あとどれくらいで死ぬか」という消失点を基準にして次の行動を選択するわけですから。昔の45歳は「死ぬまで5年」のつもりで生きていたけど,今の45歳は「死ぬまで35年」のつもりで生きている。これからまだまだいくらでも迷ったり,バカやったりしても,人生のやり直しがきくと思っているわけですから,老成の仕方が違う。(p312)
 グローバル経済というのはそういう仕組みなんです。犠牲を負担するのは国民国家だけれど,利益を得るのはクロスボーダーで無国籍の富裕層。(p330)
 敗戦国は敗戦の経験の総括にみんな失敗します。同じように,一度でも植民地であったことのある国は植民地支配の歴史の総括に失敗する。正確に記述しようと思ったら,植民地支配に協力した同胞をひとり残らず洗い出して,断罪しなければならない。でも,そんなことはできるはずがない。「その話はなかったこと」にするしかない。(p339)
 市場にすべてを委ねていれば,所得の不均衡が生じるのは当たり前です。市場ではポジティブ・フィードバックがかかりますから,勝つものが勝ち続け,負けるものは負け続ける。(p342)
 なぜかある種の「ダメな政府事業」(たとえば,高速増殖炉もんじゅ)については市場原理を適用して淘汰に委ねないで,温情を以て存命させている。政府が温存しているその種の「勝てないセクター」に税金がブラックホールのように吸い込まれている。そのせいで,貧困層への分配の原資が失われている。(p344)
 人間というのは弱くて,脆くて,壊れやすくて,傷つきやすい生き物だから公的な機関はそれを守ることが最優先の仕事なのだという覚悟がぜんぜん感じられない。むしろ社会を強者を標準にして設計しようとしている。(中略)そういうふうに「強者に手厚く,弱者に冷たい」社会をつくれば,みんな競って努力して,自分の能力を高めて,社会全体が活性化すると彼らはたぶん本気で信じているんでしょう。(p348)

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