2016年10月3日月曜日

2016.10.03 養老孟司・隈 研吾 『日本人はどう死ぬべきか?』

書名 日本人はどう死ぬべきか?
著者 養老孟司
   隈 研吾
発行所 日経BP社
発行年月日 2014.12.15
価格(税別) 1,300円

● 日経BP社の養老さんと隈さんの対談集は『日本人はどう住まうべきか?』に続いて,本書が2冊目。
 この二人の対談が面白くないはずがない。読み始めれば,グイグイ読んでいくことができる。

● タイトルは「どう死ぬべきか?」となっているけれども,こういうふうに死ぬべきだという提言はない。
 「はじめに」で養老さんが次のように語っている。
 僕は,自分が死ぬことに関してあれこれ考えるのは「意味がない」と決めてしまっています。もし,それが問題ならば「生き残ったやつが考えればいいだろう,俺の知ったことじゃないよ」というのが,基本にして不動のスタンスです。(養老 p8)
● ふたりの話は四方八方に飛ぶ。だから面白いのだが。論より証拠で,以下に多すぎる転載。
 若い人たちが今,移るところは,ただの田舎じゃないんです。(中略)年寄りのいない田舎なんです。若い人にとって,年寄りって邪魔なんですよ。だって既得権を持っているでしょう。(中略)年寄りって,いるだけで邪魔という面があるんです。今,そういうことをはっきり言わなくなっちゃったけど,とりわけ若い人にとっては,うっとうしいに決まっていますよ。(養老 p21)
 一神教の世界では,神様と自分が向かい合わせにあるということで,社会秩序を押さえていますが,日本の場合は,世間で押さえているんですよ。(中略)それが,状況で押さえているということです。だから,状況が変わると,社会秩序のバランスが崩れるんです。(養老 p63)
 養老 建築家は,そもそも共同体の外に存在しているところがありますよね。 隈 共同体の外にいる,さみしい孤独の人という印象があるからこそ,共同体からモニュメントを発注されるんです。共同体に属しているイメージが強すぎる人には,仕事を頼みたくないですよね。(p71)
 隈 男と女で生命力が違うとか。 養老 それはもう分かりきっていることで,女性の方が強いに決まっているんですよ。哺乳類は女性の方が平均寿命が長い。哺乳類の染色体は女性がXXで男性がXY。メスの染色体が基本で,そこから作られるのがオスなんです。そうやって無理して作られているからね,オスは弱いんです。(p78)
 自然の世界ってそこが面白い。理屈で考えられることは,たいてい起こっていて,考えられないことまで起こっているんです。(養老 p79)
 日本の世間って結構うっとうしくて,そこに丸々付き合ったらたまったものじゃないですよね。でも,丸々付き合ってしまって,にっちもさっちもいかなくなるんでしょう。(養老 p81)
 やっぱり仕事にあんまり本気でなかったんだろうね。そう言うとけしからんと怒られるんだけど,実はそのくらいの態度が大事なんじゃないかと思っています。(中略)人って,あんまり働くと周りに迷惑が掛かるよ。仕事というものに対しては,適度な距離がなきゃいけない。一番いい仕事をする人って,本来は仕事に関心がない人なんです。(中略)しょせん仕事なんて,誰かが代われるものなんです。そういうことに真剣になりすぎるって,逆にいえば使い物にならないということですからね。(養老 p84)
 人間の気持ちって,材料でものすごく変わります。それを知ってから,すごくこだわるようになりました。(隈 p98)
 隈 その「武士は食わねど高楊枝」が本当に太平洋戦争ぐらいまで受け継がれちゃったんですね。 養老 まさしくその通りなんですよ。一番ひどかったのは日本陸軍でしょうね。戦死者の七割が餓死と言いますから。(中略)日本は厳密な意味で戦争をしてないんですよ。他人の土地とか熱帯とかに行って,勝手に餓死している。すごく無駄なことをやっているんです。 隈 日本企業っぽいな。(p111)
 ちょっと疑っているのは,危険ドラッグを使うやつって,たばこを吸っていないんじゃないかということなんです。(養老 p113)
 ヒトラーとムッソリーニは,たばこを吸わなかったんですよ。反対に,ルーズベルトもチャーチルも,ご存知のようにぷかぷか吸っていたよね。人を捕まえて,「俺の言う通りにしろ」というのがたばこを吸わない人。(養老 p113)
 「乱世」という言葉自体は,平和な時代の人が見て,言っているだけのことだから,乱世に暮らしている人はそれが乱世だとは思っていない。(養老 p114)
 日本人は「ともあろうものが」という言葉をよく使うんですよ。(中略)これは世間のある種の期待というか,暗黙の前提でね。世間がそうやって押し付けてくる標準に人は無意識に従っている。それに対して個人が「そうじゃない」って訂正しようとすると,世間を訂正することになるから,すごく負担なんです。(養老 p117)
 デザインの中に哲学が宿るみたいに思っているところが日本人にはあります。僕の実感からすると,それは世界の中で案外と少数派です。日本人は「建築ドリーマー」が多い。(隈 p121)
 日本語って視覚中心の言語ですからね。だから教育もやけに書き方中心で整っているでしょう。対してヨーロッパの民族は,二千年前のプラトンのころから,金を取って弁論術を教えてきたわけですからね。(養老 p122)
 武道館を作れと言ったのは誰だっけ? あ,板垣退助だ。外国人に日本のものを見せるんだ,と。それで,そこで相撲を取ったから相撲が国技になったんですよ。その前までは,相撲は別に日本の国技だったわけじゃない。(養老 p150)
 それには,やはり建築のスケールが影響するんです。人間という生物は自分の体に比べてすごく巨大なものが存在すると,そこにある威圧感や永続性のイメージに圧倒されて,背後にどんでもないものを感じてしまう。人間に限らず生物ってそういう弱さ,流されやすさを持っていると思います。(隈 p150)
 日本人に馴染みのある「歌舞伎座」という型ができあがっていき,多少ずれていても頭の中で補正して見るようになった。だからその型の範囲でぼくが多少いじったとしても,みんな気がつかない。型という日本文化が持つ力を感じます。(隈 p159)
 建築って人間にいろんなことを錯覚させるんですよ。例えば破風屋風の下には特別なものがあるという錯覚。その錯覚は不思議なことに,時間がたつと錯覚じゃなくて本質になったりもするんです。(養老 p161)
 丹下健三さんとか黒川記章さんとか,巨匠と言われていた建築家は「都市計画」の概念を日本に持ってきた人たちです。でも,彼らの語る都市計画というものは壮大な大風呂敷なわけですよ。(隈 p183)
 女性は「何のために」という質問をよくしたがるんだよ。それを問うから,世間がつまらなくなる。面白いから行くのであって,だから当然,自己責任だよね。(養老 p210)
 人は生きる舞台があって,その舞台の継続性がちゃんと保証されていれば,それほど死を怖れることはなくなるんじゃないでしょうか。世界史の中で見ても,都市というものは,そのような舞台であったし,個人の死を超える生き方を探るために,王様や皇帝は街を作ってきたのです。(隈 p231)

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