2016年9月12日月曜日

2016.09.12 成毛 眞 『大人はもっと遊びなさい』

書名 大人はもっと遊びなさい
著者 成毛 眞
発行所 PHPビジネス新書
発行年月日 2016.07.29
価格(税別) 850円

● 遊びを説く本はこれまでにもたくさんあった(と思う)。が,なぜ遊びなのかをここまで体系的に,現代的視点から説いた書物はなかったのではないか。
 ぼくが知らないだけでいくつかあるのかも知れないけど。

● 本人が書いているわけではなく,ライターが介在していると思うんだけど,内容は言うところの成毛節で,きわめて小気味がいい。
 世上の常識など歯牙にもかけない。そこが小気味よさの源泉だ。

● 本書の内容については,別の著書でも触れていたことがある。『大人げない大人になれ!』(ダイヤモンド社)あたりでね。
 本書の内容に反論するのは,かなり難しいと思う。まずは著者の言い分を聞こう。
 大人らしく振る舞うことを求め続けられてきた大人は,いざ遊びの場面でも大人らしくなりがちだ。つい,節度を持って,遊んでしまう。そうでなければ,羽目を外して遊びで身を持ち崩す。しかし,遊びで身を持ち崩す子どもはいない。 その意味でも,遊びはただただ,子どものように遊べばいいのである。(p5)
 仕事ばかりしていると,退職後に控えている,もしかすると退職前よりも長いかもしれない人生を,もてあましてしまうことになる。 だから今から,退職後も続けられる遊び・趣味を見つけておいたほうがいい。(p24)
 これからの時代は,“遊んでいる人”の時代だ。時代に取り残されたくなければ,資格を取ったり勉強会に参加したりMBAに通ったりするのではなく,遊ぶことだ。(p24)
 年に二回サーフィンをする,月に一度,楽器に触れる。そういった人は,サーフィンを二十年続けていますとか,休日には地元のオーケストラでビオラを弾いていますといった話を聞くと,「負けた」と思ってしまうのだ。 だからこそ,“ちゃんとした”趣味を持ちたいと焦ってしまう。人に誇れる“立派な”趣味がないことを,恥じてしまう。(中略) 遊びに優劣はない。ねばならないもない。好きに楽しめばいいのである。(p30)
 遊びは誰かと競うべきものではない。ただ,知っておいたほうがいいことがある。それは,上には上がいるということだ。(p33)
 もうある程度,社内での自分の立ち位置がわかっていて,出世も昇進もあまり見込めないのなら,仕事はクビにならない程度に手を抜いたほうがいい。(中略) 高度成長期ならいざ知らず,仕事に全身全霊を捧げたところで,多くの人にとってはリターンはそれほど大きくない。(p34)
 本業は本業の時間に集中して力を発揮する人に,絶対に敵わないのである。仕事に近い遊びが仕事に役立つことがあったとしたら,そのときには,普段の仕事の仕方を疑ってかかるべきだ。(p39)
 (その頃の)唯一の楽しみは読書だった。読書のためだけに会社への行き帰りにタクシーを使って一人になる時間を確保し,そこでむさぼるように本を読んでいた。おそらく,そうやって時間を捻出していたあの頃のほうが,HONZで書評を書いている今よりも,多くの本を読んでいた。理由はわかっている。そのときは読書が本当に,心から,楽しかったからだ、(p41)
 HONZが半ば仕事化したことで,以前のように無心に楽しむことができなくなってきた。書評に“使える”文章に遭遇すると付箋を貼るのに忙しくなり,文字を追い意味を咀嚼する喜びが半減してしまうのだ。やはり好きな遊びは仕事にするべきではない。(p41)
 先日,五日間かけて東北を車で旅行した。(中略)初めての土地でさまざまなものを見て刺激を受けていたにもかかわらず,フェイスブックの更新を怠った。つまり,アウトプットをせずにいた。 さて,旅を終えて家に帰り,仕事をしようと思ったところ,まるで頭が働かない。(中略)アウトプット,つまり,考えてまとめて記すという行為をしていなかったため,頭が弛緩してしまったのだ。(中略) たった五日間でもそうなのだから,もしもこれまで,アウトプットをしない人生を過ごしてきていたら,今頃どうなっていただろうか,と恐ろしくなった。 作品をアウトプットする遊びが性に合わないのなら,せめて情報はアウトプットしたほうがいいだろう。(中略)メモ程度でもいいので記録をしたほうがいいと思う。(p44)
 ある調査によれば,モバイル課金ゲームにおいて,売上の四八パーセントは,わずか〇.一九パーセントのユーザーから生み出されているというのだ。(p46)
 一つの遊びを究めるくらいなら,さまざまなことを広く浅く楽しんだほうがいい。(中略)ある遊びと別の遊びの掛け合わせが,思わぬ面白さを生む可能性があるからだ。自分だけのオリジナリティ豊かな楽しみに出合える可能性もある。 だからこそ,手を出す遊びはできるだけバラバラなほうがいい。(p54)
 最近,大人の間でランニングが大ブームだ。ジム通いにハマる人も多い。その理由の一つは,体育の授業がつまらなかった反動だと思う。(中略) 体育の授業では,上達の仕方を教えてもらえない。(中略)人によってはそれを音楽や美術,技術などの授業で感じたことがあるだろう。(p61)
 止めることは恥ずべきことではない。仕事や人生ではないのだから,止めたくなったら止めればいい。本音を言えば,仕事だって辞めたくなったら辞めればいいと思う。(p64)
 そこに,「これを達成したからには次はこれをしなくてはならない」という義務感のようなものが少しでも混じっていたなら,それは休止のタイミングだ。(中略) 義務感が生じたとたん,成長のスピードはがくんと落ちるし,マラソンのタイムなどは,ベストを更新できなくなってしまうこともあるからだ。(p67)
 趣味は上達・成長・蓄積を楽しむものであるから,あまり急速に上手くなる必要はない。それに,上手くならねばならないと思ってしまうと,とたんにつまらない苦行と化すので,そういった考えも捨てたほうがいい。趣味は究めてはならないのである。(p68)
 ハマったところから自分を抜け出させるには,ハマりきってそして飽きるしかない(p69)
 初めから本の代わりにネットで情報収集するのは,あまりおすすめできない。なぜなら,ネットには情報が膨大にあり過ぎるからだ。まずはどこから読んだらいいのかがわかりにくいのである。(p86)
 仕事にたとえれば,研修はさくっと終わらせて仕事に入るようなものだ。研修が趣味でない限り,そうしたほうが早く楽しく仕事ができる。(p90)
 (どんな道具を買えばいいか)私のおすすめは,ハイアマチュア向けだ。プロ向けでも初心者向けでもなく,ハイアマチュア向け。そう結論づけるまでには,さまざまな失敗があった。(p97)
 読書は遊び。勉強のつもりで読書をしたことはない。もちろん本で勉強することもあるが,それはあくまでも勉強・学習であり,読書ではない。(p100)
 世の中をあっと言わせるアイデアは,突飛なきっかけで生まれることが多い。ただし,ゼロからは生まれない。すべてのものは,何かと何かの組み合わせによって誕生するからだ。そこで生まれるアイデアの希少性,革新性は,何と何を掛け合わせるかによって決まる。 このときの組み合わせが当たり前だと,当たり前のものしか生まれない。(p119)
 遊びにお金をどう使うかは大きな問題だ。しかし,使える金額に制限があったほうが,その遊びは深く楽しめると私は思う。(p125)
 小学生に頃,遠足に持って行っていいおやつは三〇〇円までというルールがあったという人は多いだろう。(中略)このとき,ラムネに五〇円,キャンディに一〇〇円と細かく積み上げるタイプと,どんと大物に三〇〇円全額を使うタイプがいる。私は後者である。なぜなら,お金は極端に使うべきだと思っているからだ。それに,三〇〇円一点買いは,それだけで周りの話題になる。じつにおいしい選択である。(p125)
 何かをとことん楽しむなら,ほかの何かについてはとことん捨てる。お金の使い方についても“平均的”から離れることが,人生を遊ぶコツである。(p126)
 最近はテレビを馬鹿にして見ない人が多いようだが,もったいないことだと思う。なぜならテレビは情報だけでなく,遊びの宝庫だからだ。他人の遊びをのぞき見るのにうってつけのツールが,テレビである。(p136)
 生きている人間は誰しも,ゲームをプレイするように選択し,戦い,勝ったり負けたりしているのである。ゲームはある意味で,人生を遊びながら学べる場だ。(p144)

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