2016年7月16日土曜日

2016.07.15 野町和嘉 『地平線の彼方から 人と大地のドキュメント』

書名 地平線の彼方から 人と大地のドキュメント
著者 野町和嘉
発行所 クレヴィス
発行年月日 2015.06.26
価格(税別) 1,500円

● 写真がメイン。ではあるんだけれども,文章も示唆に富むところが多い。
 おそらく,著者の本業はカメラマンだけれども,文化人類学あるいは民族学の教員として,大学の教壇に立つことくらいはできるのじゃないか。

● 本書の舞台は,サハラ砂漠(南スーダン,モロッコ,リビア),エチオピア,サウジアラビア,イラン,チベット,インド,ペルー,ボリビア。
 テーマとしては宗教の比重が大きい。

● 最も印象的な写真を1枚あげるとすると,29ページに掲載されている「雌牛の性器に息を吹きこむ少年」の写真だ。
 痩せた全裸の少年が,雌牛の後ろに回りこんで,彼女の性器に顔をつけて息を吹きこんでいる。そうすることによって,ミルクが出やすくなるらしい。

● 以下にいくつか転載。
 はじめてサハラを知って以来,繰り返し訪れるたびに感じてきた「サハラに帰ってゆく」というあの感覚である。その後,アラビアやイラン,中国西域などの砂漠へ何度となく旅をした。だが何度行っても「砂漠に帰ってゆく」という気持ちになったことは一度もなかった。地平線のなかに没入してゆくという感覚を持てるのはサハラだけの体験なのである。(p6)
 私が魅せられ,繰り返し呼び戻されたものは何だったのだろうか。言うなればそれは,人間が背負って歩き続けるはずの,生きる哀しみを見つめることであったような気がする。エチオピアの哀しみは,カラリと澄み渡ったアフリカ高原の空に似て,貧しさからくる陰湿さというものを感じさせなかった。(p36)
 あるエチオピア人から,以前は恐ろしくて教会に近づくことができなかった,という話を聞かされたことがあった。教会に足を運ぶことで,信者がおのれの弱さをさらし心の癒しを求める西洋の教会と違い,エチオピアの教会が醸す雰囲気は,峻厳な神の分身であるタボットが安置されていることで,もっぱら神を讃える,古代ユダヤ教の聖域に近い雰囲気を醸している。(p50)
 イランの人たちを接してしばしば感銘を受けるのは,自分たちは歴史を形成してきた確固とした文明の発信者であるという自負であった。(p78)
 平均的な日本人にとって信仰とは,日常から離脱してひととき心を開く空間であるのに対し,チベット人にとっては信仰こそが,生涯をかけて,いや世代から世代へと濃密に受け継いでゆく仕事そのものなのである。(p92)
 デジタル・テクノロジーの進化により,世界は今や,アイロン掛けされた一枚のシーツで覆ったように急速度で画一化されつつある。その寸前で息づいていた豊穣な民族文化や多様な宗教を,私は確かに見てきた。(p157)

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