2016年3月31日木曜日

2016.03.26 高野秀行・角幡唯介 『地図のない場所で眠りたい』

書名 地図のない場所で眠りたい
著者 高野秀行
   角幡唯介
発行所 講談社
発行年月日 2014.04.24
価格(税別) 1,500円

● 早稲田大学探検部OBによる対談。学生時代の思い出話から,これまでの探検履歴を語りあう。さらに,書く作業や文章について,情報のとり方など,創作についても。

● 各章の末尾で「探検を知る一冊」を紹介している。次の5冊。
 ディヴィッド・グラン『ロスト・シティZ』(日本放送出版協会)
 高井 研『微生物ハンター,深海を行く』(イースト・プレス)
 ジョン・ガイガー『奇跡の生還へ導く人』(新潮社)
 ショーン・エリス ペニー・ジューノ『狼の群れと暮らした男』(築地書館)
 ダニエル・L・エヴェレット『ピダハン』(みすず書房)
 お二人の作品はまだどれも読んだことがない。ということは,それらを読む楽しみができたということだ。あわせて,上の5冊も読めるといい。読みたくさせる紹介をしている。

● 以下に,転載。
 探検部って,そんなサバイバルみたいなことばかりしているように思われてるよな。いちいち火起こしなんてしてたら活動ができないって。(高野 p39)
 俺が入ったころは,タクラマカン横断みないに念入りな準備をしてやっている活動はあまり多くなくて,わりと気軽に行ってしまうものが多かった。そういうのを見てると,こんなすごいことをこんな気軽にやっちゃえるものなのかと最初は思ったね。(高野 p45)
 交渉して自分のやりたいことを伝えていく。それをしつこくやっていく。そうすると道は開けるということ。(中略) 日本人より外国人のほうが話せばわかるということもわかった。日本人はルールが先にあるから,話して解決することがなかなかない。(高野 p49)
 僕がやりたいことというのは,やり方が決まっていないことなんです。登山は好きですけど,登山ってルールとかモラルがすでにあって,ある程度やり方がきまっているんですよね。そういうものがまったくないところに行って,その場所にいったい何が必要なのかとか,一から自分でやり方を考える。そういうことが楽しいわけですよ。(角幡 p86)
 自分の中のモチベーションが高くないと俺は文章を書けないということと,すごくおもしろいことはそのへんには転がっていないんだということもやっとわかった。俺がパッと思いついて,パッと行けて見られるようなものなんて,所詮たいしたことないんだよね。(高野 p112)
 「日ごろノンフィクション作品では書けない雑談を自由に書けるのがストレス発散になる」みたいなこと。それだよ,ブログというのは。(高野 P124)
 難民がいるところでもそうだけど,ニュースで報道されることというのは,いちばん派手なところを切り取って,それを水増しして伝えてるのでしかないということがよくわかった。それは現実と全然違うんだよ。日常とか文化みたいなこともあるわけだし,(中略)おもしろいことも,笑えることもたくさんあるし。(高野 p158)
 角幡の本は現地の人の話がすごく少ないよね。現地の人に話を聞いていくと泥沼になっていくんだよ。(中略)ものすごく多種多彩な話が出てきて,もう自分がなにをしているのかもよくわからなくなってくるんだよね。(高野 p170)
 探検って,自分たちが属している社会なりコミュニティの知識や常識の外側に行くことだと思うんです。(角幡 p176)
 書くことを意識している時点で,それに引きずられる部分ってどうしても出てきますよね。今やっている旅をどうやって書こうかとかいうことを考えた瞬間に,その旅は純粋ではなくなると思うんです。(中略)だから(中略)ゴールを設定するのはよくないなと思ったんです。(角幡 p188)
 予定調和に終わるより,自分の構想がぶち壊されるぐらいのことが起きたほうが,書くときだってノルじゃないですか。そういうのが欲しい。でも,自分の行きたいのは人がいないとか人が行ったことがないところなので,準備はかなりしなくちゃいけないし,そういう準備作業もおもしろかったりするんですよね。行為自体の完成度と作品のおもしろさを一致させるのはなかなか難しいなと思って。(角幡 p189)
 その「行くしかない」っていう感じが,本を書くうえでもいちばんいいんだよね。「行っても行かなくてもいいけど,行きたいから行った」というよりは,「行くしかない」と思って行ったほうがはるかにおもしろくなるんだよ。(高野 p193)
 集英社文庫の担当が堀内倫子さんという人で,その人にすごく言われたんだよね。「高野さんの芝居は小さすぎる」って。小劇場とかそういうところではすごく受けるけれど,武道館か東京ドームでやると「動きが小さすぎて遠くの人が見えない」と言うわけだよ。(中略) その堀内さんによく言われたのが,「高野さん,これ,いったいなんの話なの?」ということ。それが「ひと言で言えないとダメだ」と言うんだよね。(高野 p194)
 文章ってのはだいたい若いころのほうがおもしろい。ちょっとぎごちないほうが駆動力がありますよね。うまくなってこなれてくると,きれいな文章なんだけどパワーがなくなってしまう。(角幡 p197)
 吉田一郎という人の『国マニア』っていう,変な国がたくさん載っている本があるんだよ。俺,それをけっこうネタ本にしていて,その本を読んでインドとバングラディシュの飛び地に行ってみたりとかもしてるんだ。(高野 p209)
 情報がたくさんあると急に嫌になってやめたりすることも多い。「ああ,情報すでにあるんだ」と思って。だから,そもそも情報があるところには行かないほうがいいんだよ。(高野 p215)
 高野 でも,書くことによって自分の頭の中が整理されていくというのはあるじゃない。 角幡 というか,書かないと整理されない。 高野 されないよな。書かないと,どんどん忘れていくし,深まらないしね。(p255)
 モガディシュの人間はソマリランドがすごく平和だってことを知らないんだよね。俺が「誰も銃なんか持って歩いてないよ」と言うとビックリする。それもジャーナリストとかがだよ。結局,平和な部分というのはニュースにならないからわからないという,根本的な欠陥だよね。(高野 p263)
 角幡 歴史を動かすような大きな変化って,一昼夜で起こるわけではなくて,事態は少しずつ進んでいきますよね。でも,そういうことってニュースになりにくいから,あとから振り返って初めて,あのとき,一線を越えていたんだなというのがわかるんですよ。これはもうマスコミの宿痾みたいなもんで・・・・・・。 高野 でもね,ニュースといっても物語の一種だと思うんだよ。やっぱりストーリーを作らなきゃいけないわけでしょう。とのときに悲惨な話というのは,ストーリーを作るのがすごく簡単。(中略)悲惨な中にも日常をキープしていくのが人間の力だと思うんだけど,そういう話を書けるかというと,すごく難しいわけでね。(p265)
 素材を変形させたらダメだとも思っているんです。会った人とか取材した人とか,言葉の内容とか,自分の体験とか,書く素材になるものを変形させてしまうと,なし崩しになっていくから。(中略)だから取材対象の心の内側を推測して書くようなことってどうなんですかね。(角幡 p266)
 行って半分,書いて半分だよね。後半の半分をどうするかというのは,現地でやることに匹敵する大問題なのに。(高野 p273)
 書き方とか表現で開拓したいという気持ちはものすごく強いから,なにを言われていちばん嬉しいかというと,やっぱり「文章がおもしろい」と言われることなんですよ。「すごいことやってるね」と言われても別に嬉しくない。(角幡 p275)
 現地では病気,事故,犯罪,戦闘,対人トラブル,自然災害,一文無しになるなどトラブルの可能性が無限大だ。先のことを深く考えていたら出かけられない。また,過去の痛い目にあったことは速やかに忘れないと,次の活動にとりかかれない。間違っても懲りたりしてはいけないのだ。(高野 p289)

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