2016年1月31日日曜日

2016.01.21 田坂広志 『なぜマネジメントが壁に突き当たるのか』

書名 なぜマネジメントが壁に突き当たるのか
著者 田坂広志
発行所 東洋経済新報社
発行年月日 2002.04.25
価格(税別) 1,600円

● 本書を読むと,自分がいかにダメな仕事人だったかがわかる。三度生まれ変わっても,やはりダメだろうと思う。
 ビジネスマンとして真っ当な人生を生きるのと,仕事はほどほど(あるいは,ほどほど以下)にしてヌーボーとしたうだつの上がらない生き方をするのと,どちらがいい。
 いいも悪いも,ぼくはヌーボーとしか生きられなかったので,そういうことを考えても仕方がないのだけど。
 ヌーボーとして生きるのがいいとまでは行かなくても,ヌーボーと生きてもいいのだという結論を得て安心したいと思っているんだろうな。

● 「言葉」や「論理」で表現できないもの,割り切れないもの。割り切ってしまうと,そこからこぼれ落ちてしまう,何か大切なもの。
 本書ではそれを「暗黙知」と呼んで,いくつもの側面から光をあてる。

● その成果を以下に転載。
 要素還元主義にもとづく「分析」という手法は,(中略)二〇世紀の後半において,一つの根本的な問題に直面したのです。(中略) その理由は,「ものごとが複雑化すると,新しい性質を獲得する」という「複雑系」の特性にあります。この特性のため,複雑な対象を単純な要素に還元した瞬間に,獲得された「新しい性質」が失われてしまうのです。(p38)
 言葉も論理も,その本質は「世界を分節化するロゴス」なのです。そして,言葉や論理によって断片化されて見失われた部分や,単純化されて排除された部分にこそ,「大切な何か」があるのです。(p42)
 多くのマネジャーが,このことを誤解しているようです。直観力や洞察力とは,論理とは対極にある間隔や感性の世界を深めていくことによって獲得されるものであると誤解しているのです。 不思議なことに,真実は,その逆にあります。 一つの極に徹すると,その対極に突き抜ける。 それは,我々が生きる世界の「理」に他ならないのです。(p53)
 そもそも「創造性を身につける」といった発想そのものが,ある種の「倒錯」であり,真の創造的な芸術からは対極にある発想と言えるでしょう。(p59)
 なぜ,これほど直観力や洞察力を身につけたいと願うマネジャーが溢れているにもかかわらず,それを身につけるマネジャーが少ないのか。(中略) その原因は,「直観力や洞察力を身につけるための特別な方法がある」「その方法を知ることによって手軽に直観力や洞察力を身につけたい」と考えるマネジャーの「精神の安易さ」にこそあるのです。(中略) なぜならば,安易な方法を選んで得られるものは,その精神の安易さを鏡のごとく映し出してしまうからです。(p61)
 深い直観力が求められる重要な意思決定の場面において,最も大切なことは「何を選ぶか」ではありません。最も大切なことは「いかなる心境で選ぶか」なのです。(p69)
 なぜ,我々マネジャーは,「矛盾」と対峙し続けなければならないのか? 「矛盾」とは「生きたシステム」の本質に他ならないからです。(中略)複雑系のような「生きたシステム」は,相対立する「矛盾」の狭間の絶妙のバランスの中にこそ出現するのです。従って,その「生きたシステム」の「矛盾」を解消してしまうと,そのシステムは文字通り「生命力」を失ってしまうのです。(p108)
 会議は,最終的には,それぞれの組織のマネジャーが「責任」を持って意思決定をしていくための場に他なりません。それにもかかわらず,ある種のマネジャーは,こうした原則を忘れ,会議の雰囲気に流され,無意識に多数決の意思決定を行ってしまうのです。(p118)
 分析力や推理力については,「一人の個人」が単独で発揮する能力よりも,「複数の人間」が集団で発揮する能力のほうが一般に高いと言えます。 しかし,直観力や洞察力については,優れた「一人の個人」が発揮する能力のほうが,「複数の人間」が集団で発揮する能力よりも高いことが多いのです。(中略) そして,このことが,現代の企業においては,多数の意見が必ずしも成功を保証しない理由に他ならないのです。(p123)
 決断力を持ったマネジャーとは,いかなるマネジャーでしょうか?(中略) 勘が鋭く,腹がすわり,言葉に力のあるマネジャーです。(p126)
 これからの「複雑系の時代」が,「未来がどうなるか?」との客観的予測よりも,「未来をどうするか?」との主観的意志にこそ,大きな価値が置かれる時代になっていくということです。(p128)
 「未来に何が起ころうとも自分の責任である」という覚悟。こうした「結果責任」という覚悟を持つことのできる力,すなわちコミットメントする力こそが,決断力の要件となっていくのです。(p130)
 言葉に力を与えるものとは何でしょうか? それを適切に表現する言葉はないのですが,敢えて言葉を選びましょう。それは「信念」です。 その企画が必ず成功するという確信,その企画を絶対に成功させるという決意,そうした意味での「信念」をどれほど持っているか。そのことが,実は,隠しようもなく言葉に表れてしまうのです。(p132)
 「普遍的な成功方法は存在しない」ということです。(中略)なぜならば,「成功」とは常に「個性的」なものだからです。(p156)
 深い暗黙知とは,現場での悪戦苦闘と,それを通じた成功体験の中からのみ,体得されるものです。マネジャーは,その真実から目を背けるべきではありません。(p174)
 「経験の豊富さ」を持っていながら,「知恵の貧困さ」を感じさせるビジネスマンが,なぜ生まれてくるのでしょうか? その理由は,明らかです。彼は,「経験」はしても,「体験」をしてこなかったからです。(中略) 別な言葉で言えば,「経験を突きつめる姿勢が弱い」,さらに言えば「経験に徹する姿勢に欠ける」ことを意味しているのです。(p182)
 もし,「経験を突きつめよう」「経験に徹しよう」と考えているにもかかわらず,それができないビジネスマンがいるとするならば,その原因はひとつです。それは「基礎体力」がないからです。(中略)では,ビジネスマンの基礎体力とはなんでしょうか? 「集中力」です。(p189)
 「集中力」を鍛えるための方法は,一つしかありません。それは,「集中力」が求められる場面を数多く体験することです。(中略)いかなる小さな会議においても精神を集中して臨むという訓練を自己に課することです。しかし,このことは極めて難しいことです。(p192)
 操作主義のマネジメントは,その人間集団の持つ,精神的に未熟な部分や,権力追随的な部分や,打算的な部分を引き出してしまうのです。 なぜならば,マネジャーの「こころの世界」と,組織のメンバーが創り出す「こころの生態系とは,あたかも「一対の鏡」となっていくからです。(p223)
 「部下の共感を得よう」という発想によって,部下との間に共感が生まれることはないのです。では,マネジャーと部下との間に共感が生まれるときというのは,いかなるときでしょうか?マネジャーが,部下に共感したときです。(p227)
 若き日に,私は,ある著名な画家に聞いたことがあります。「なぜ,パリでは,あれほど多くの優れた若い画家が育つのですか?」 (中略)その画家から返ってきた答えは,私の予想外のものでした。「パリには,本物の絵がたくさんあるからだよ」 それが,答えでした。(p252)
 新入社員だからこそ,最も「高み」にあるものを見せなければならないのです。(p255)
 マネジャーは,「部下が育たない」と嘆く前に,「自分が成長しているか」をこそ問わなければなりません。そして,もし,我々マネジャーが成長し続けているならば、そこには必ず、メンバーを成長させる「空気」が生まれてきます。そして,その「空気」こそが「成長の場」が生まれるための,最も大切な条件なのです。(p259)
 我々が為すべきことは,無理に「エゴ」を消し去ろうとするのではなく,ただ静かに「エゴ」を見つめることなのです。(中略) 不思議なことに,無意識の中にある劣等感や恐怖感は,それを意識の世界に浮かび上がらせ,静かに光を当てるだけで,その力を弱めていくのです。(p273)

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