2015年8月31日月曜日

2015.08.30 カベルナリア吉田 『旅する駅前,それも東京で!?』

書名 旅する駅前,それも東京で!?
著者 カベルナリア吉田
発行所 彩流社
発行年月日 2010.12.08
価格(税別) 1,800円

● こういう形もあったか。やって見せられるとなるほどと思う。
 著者の作品を読むのはこれが4冊目。で,今回が一番面白かったような。

● この「旅」を始めた動機について,次のように語ってる。
 僕は今まで,沖縄や島めぐりの旅を重ねて紀行文を書いてきた。その文中で何度か無意識に「東京にはない旅情を感じた」「東京ではありえない素朴な風景」といった表現をしていた。 「そう言えるほど,東京のことをしっているの?」 ある人にそう言われ,ハッとした。(p1)
 で,終えたあとの感想は次のとおり。
 「旅になりえるのか?」と思いつつ始まった駅前散策は,予想以上の底力を発揮して,「東京でも旅はできる」ことを僕にまざまざと教えてくれたのである。 とはいうものの,普段の沖縄旅や島めぐりに比べると,東京旅は出会いの敷居が若干高かったのも事実だ。(中略)今回は各駅前旅とも1日の出来事としてまとめているが,実は旅が流れ出さず,2日,3日と散策を重ねた場所もあった。(p364)
● いくつか転載。
 車は都会の空気を乗せて,猛スピードで通過するだけだから,街道沿いに「その土地ならでは」の風情は生まれにくい。(p53)
 「便利になること」「近代化」は,いつも同時につまらんものである。(p64)
 そのとおりなんだけど,それだけなら人は近代化を拒否するはずだ。「便利になること」の威力は何にも勝る。
 行き過ぎだと修正がかかる動きがでるが,それが主導権を握ったことは,歴史上皆無なのではないか。問題は,むしろ「便利になること」が理解できずに,現状維持を選んでしまうことが多いことだ。これなら,日本に限ってみても,歴史上にけっこうな数,散見されるのではあるまいか。
 ベトナム帰りの若い兵士が殺伐とした雰囲気を振りまき,そのスリルを味わいに若者が集まったことも,皮肉なことにこの街を活性化させた。基地自体が緊迫感を失った今,そんな猥雑な雰囲気が薄のも当然なのだろう。(p73)
 最近は僕も安さにつられ,近所の量販店で服を買うことが多い。土日ともなれば大混雑で,レジには長蛇の列。店主と話す時間など当然ない。だからこんな風に,服を買ったついでに話し込むこと自体が新鮮だ。しかも都内で。(p76)
 続ける秘訣はアレだね。人の話を聞きすぎちゃいけない。自分が『これがいい』と思ったら自信を持って進めることだね(p142)
 ここが行楽地であったことを,お母さんはすでに忘れていた。でも客が来れば自然と柔らかくもてなすのは,多くの「旅人」を迎えた街で育ったからだろうか。(p179)
 JR上野駅。宇都宮線経由・高崎線の籠原行き普通列車は,小旅行の雰囲気にあふれていた。グリーン車も連結する15両の大編成,車内は4人掛けのボックスシート。そして,栃木,群馬まで行く長距離路線が,日常の風景に旅情を呼ぶのだろうか。(p251)
 そうか。栃木,群馬まで行くのは長距離路線なのか。この列車にはぼくも数えきれないほど乗っているわけだけど,上野から乗るのは夕方から夜になるので,昼間のこの列車はあまり知らない。
 言われてみれば,小旅行の雰囲気にあふれているのかもなぁ。
 ここ(小菅)はひょっとして日本で一番,有名人を見られる場所かもしれない。芸能人と政治家は,塀の向こうに近い職業だとつくづく感じてしまう。(p294)
 余計なことは語らず,それでいて穏やかに話す街の人たち。思いがけない事情で自分の意思とは裏腹に,この街に来る人もいるだろう。そんな人たちにきっと,この街は優しい。(p302)

2015.08.29 ほぼ日刊イトイ新聞編 『ほぼ日手帳公式ガイドブック2016 This is my LIFE.』

書名 ほぼ日手帳公式ガイドブック2016 This is my LIFE.
編者 ほぼ日刊イトイ新聞
発行所 マガジンハウス
発行年月日 2015.08.24
価格(税別) 1,500円

● 毎年買っている。メインはユーザーの使い方の実例紹介。ただし,これもあらかた出尽くした感がある。えっ,こんな使い方があったの,っていう驚きを味わうことは少なくなっている。
 が,それぞれが楽しそうに使っているというか,満足しているというか。ここから伝わってくるのは“ほのぼの感”だね。

● 紹介されているユーザーの大半は女性。絵を描くというのが多いようだ。女の子って小さい頃からノートに人形とかマンガのヒロインの顔を描いてるもんね。これは性差と考えていいんでしょうかね。
 その点,男たちはたぶん,文字を書いているはずだ。ちょっと図形やイラストを添えることはあるんだと思うけど,メインは文字あるいは文章。だから,なかなか絵になりにくい。

● フロンティアを切り開いていくのは女性たちってことですか。当の女性たちにそんな気負いはぜんぜんないんだろうけど。

2015.08.29 吉田友和・岡田和恵 『週末香港&マカオ!』

書名 週末香港&マカオ!
著者 吉田友和・岡田和恵
発行所 平凡社
発行年月日 2011.10.24
価格(税別) 1,200円

● 香港には何度か行っているので,多少は土地勘もある。電車で深センに入ったこともある。出入国審査でだいぶ待たされた。
 ので,本書に登場するあれやこれにも行ったことがあるのが多い。

● が,ガイドブックとしては辞書のように引いて使うには不便。実態は香港を話材にした読みものだ。吉田さんと岡田さんの短いエッセイが集まっている。で,読みものとしてはとても面白い。
 香港やマカオについて新しい知識を仕入れるというよりは,文章を味わうもの。

2015.08.28 松浦弥太郎 『軽くなる生き方』

書名 軽くなる生き方
著者 松浦弥太郎
発行所 サンマーク出版
発行年月日 2008.10.20
価格(税別) 1,300円

● 松浦さんは高校を中退して,単身,アメリカに渡った。彼の著作の多くは人生論,生き方論だけれども,アメリカでの見聞を綴ったと思われる,たとえば『場所はいつも旅先だった』などの輝きに最も惹かれる。彼の真骨頂はここにあるのではないか,と。
 本人は若書きだったと思っているのかもしれないけれども,青春のきらめきとでもいうものが固定されている。

● 青春のきらめきといっては黴がはえたような言葉になるけれど,多くの人が記憶の中できらめきと思っているものは,どこにでも転がっているようなありふれた出来事の断片に過ぎない。
 が,『場所はいつも旅先だった』で描写されているものは,たしかにきらめきを内蔵しているように思われる。
 本書の後半では,そのアメリカ時代のことが語られる。

● 以下に多すぎる転載。
 気持ちよく高いところまで歩いていきたいなら,身軽なほうがいい。そこに行かなければ見られない景色をとっぷり堪能したいなら,大荷物など邪魔なだけではないか。 もっといえば,死ぬときは手ぶらがいい。(p4)
 いるか・いならいか,微妙なものは,断固として潔く手放す。本当にたいせつなものだけを,厳選して持つ。そしてかわいがる。(p4)
 たとえ大切なモノであっても,必ずしももっている必要はない。頭の中や胸の中にしまっておけば,いつだって取り出せる(p18)
 本当の意味で「持ち味を生かすには,とてつもない努力がいる。 野菜なら,その野菜の持ち味はわかりやすい。(中略)古書となると,もう少しレベルが上がる。(中略)そして,人を生かすとなると,これはかなり難しい。(p21)
 全部わかったつもりで,すべて自分のセンスと判断で決めてきたつもりでいたが,それは実に子どもっぽい,大いなる勘違いだった。(p23)
 「ねえ,いつも高速の料金所で,いちいちあいさつしているの?」 一度,助手席にいた友だちに驚かれたことがある。(中略) 自分を守ってくれる「人生のお守り」だというのが,僕の考えだ。なぜなら基本的にあいさつとは,元気よくポジティブにするものだ。(中略)いいあいさつをするには,気持ちも体も健康でいなければならない。健康は一生懸命に生きていくために絶対に必要なことだから,あいさつは自分のコンディションを測るバロメーターになってくれるというわけだ。 あいさつはまた,人づきあいの武器にもなる。あいさつ一つで,知らない相手に対して,いい人になることもできる。笑顔できちんとあいさつできる人間になれば,対人関係は「怖いものなし」だ。(p39)
 百瀬(博教)さんの言葉は人を酔わせたが,百瀬さんの笑顔には,人をうっとりさせる力があった。うっとりさせる笑顔をもっていれば,単なる仕事仲間とも,朝,新聞を買うだけのスタンドの人とも,人間対人間の関係を築くことができる。(p43)
 おそらく失敗するアイデアでも,自分が考えたものはすべて自分で試してみて,自分自身でとことん失敗を味わいたい。(中略)この姿勢は,たとえ思いつきであっても,「アイデアに愛情をもつ」ということ。(p59)
 「ノー」と言われると,僕はうれしい。ピシャリと拒絶されると「今,ここから始まる」と思う。本当のコミュニケーションをとるには,最初に「ノー」があったほうがいい。(p67)
 「一対一」以外のコミュニケーションなんて,存在しないと思っている。おたがいがもつ価値観,根底にある思いを共有するには,一対一でなければ不可能だ。だから僕は,会議はほとんどしない。(p75)
 僕が編集長になった当初,『暮しの手帖』の編集部は,アルバイトを含めて一八人だったが,今は八人だ。(中略)人数は半分以下になったわけだが,雑誌の力自体が減ったわけではない。(p83)
 どうしても逆上がりができない人に,「いくら好きでも,いくら努力しても,できないことはできない」と言うと,なんと残酷な人だと誹られるかもしれない。 だが,できないとわかっていることについて「やってみろよ」と励まし続けるのは,もっとむごい仕打ちだと僕は思う。(p84)
 僕は編集長という立場にあるが,責任者ではあっても,自分が管理者だと思ったことは一度もない。 幸いにしてそんなことはないけれど,仮に「やるべきことを指示し,やってはいけないことを教えてください」などと発言する部下がいたら,すぐに辞めてほしい。「管理されないと仕事ができない人」とは一緒に仕事をしたくないし,できないだろう。(p93)
 実際は,自由に恰好よく闊歩などしていない。アメリカ時代,それは僕の暗黒時代だった。 わざわざ外国に行って,安ホテルの部屋にひきこもっていた。外に出ればなにかしら話さなければならないが,通じないのがわかっているから,話したくない。だったら外に出たくない。唯一,英語を話さずに時間がつぶせる場所が本屋だったから,今日はあの本屋,明日はあの本屋と,出勤するように通っていた。(p109)
 僕はずいぶん長い間,自由を探していた。迷いながら,歩いていた。いくら考えても,答えは見つからなかった、 そうして,ただ一つ手に入ったのは,「自由を探していても自由にはなれない」という真実。(p110)
 ぼんやり映画館の前に立っていたら,目の前にぬっと,一切れのピザが突き出されたことがある。 「おなかが空いているんだろう。これを食べなよ」 相手の顔を見ると,明らかにホームレスと思われるヨレヨレのおじさんだった。ついにホームレスからピザをもらうような人間になったんだと思うと,ショックだった。(p113)
 そんなある日,雑談をしているとき,本当に仲のよかった友だちに言われた。 「弥太郎,おまえの話がすべて嘘だってことくらい,まわりのみんなが知ってるよ」 このときの衝撃は忘れられない。(中略) 人の一生分ところか,二生分くらい嘘をついた自分を正当化するつもりはないけれど,この経験があったからこそ,僕は「正直・親切」の大切さが理解できた。(p116)
 単純労働で雇われているにせよ,関係のない使い走りを頼まれることもある。それも僕は骨惜しみせずにやった。 「缶コーヒーを買ってこい」と言われれば,大きな声で「はい!」と返事をして,走った。冷たい缶を渡すときも「どうぞ,買ってきました!」と一言添えて渡していた。すると「自分のぶんは買わなかったのか? これやるよ」と言う人が出てきた。それがとても嬉しかった僕は,ますます使い走りに磨きをかけた。(p121)
 「初々しさを忘れたらおしまいだ」と,僕は思っている。決して手放してはならないものは初々しさだと,自分にときどき念を押す。 きちんとあいさつする。きちんと返事をする。 初めての気持ちを思い出して,ていねいに取り組む。 小さかろうと大きかろうと,目の前のことを一生懸命にやる。 新しいことに出会えば喜び,がんばりたいという気持ちを素直に表す。 そうすれば,毎日の繰り返しで埃をかぶっていた初々しさが,もう一度輝き出す。そうすれば,しめたもの(p122)
 「まるで映画みたいに面白い話じゃない」 みんなが大笑いして楽しんでくれるのは,アメリカ暗黒時代の話だった。(中略) 僕はただ,地べたを這うような,みじめで無駄な時間を過ごしていると思っていたけれど,それらすべては知らないうちに,心の引き出しに詰め込まれていた。 しばらくの間,それは自分のみじめさとして封印されていたのだが,数年ののちに開いてみたら,いつのまにか宝物に変換されていた。(p124)
 四〇年という時間が共通であれば,誰だってたいした差はないというのが,僕が立てた仮説だ。人の資産は,苦労や努力の量で決まるのではない。ある程度の時間を過ごせば,誰だってなにかしら得ているはずだ。それに気づいていないだけだ。(p132)
 これからの人生で自分の資産を増やしたいなら,自分の強み,つまり長けていることを伸ばし,運用するほうがいいということ。逆に,弱みをフォーカスし,苦手なことを克服すべく努力しても,利益は生まれないのではないか。(p133)
 この本を書き始めた春,僕は軽いうつ病になった。(中略) 夜になると,日記のようなものを必死で書いた。読み返せるような整ったものではない。自分の気持ちをうまく吐き出せないから,苦しくておかしくなりそうになり,かわりに一生懸命,文字を吐き出す。(中略) 病院に行くと,うつ病の薬が処方される。僕は処方箋を眺めながら,「心の病気は,ケミカルな薬で治るものか?」と疑わしく思っていた。(中略) 心が病気になってしまったのは,誰かのふるまいが自分を傷つけたからだろうか? 「いや違う,自分に問題がある」と,もう一人の僕が,そう打ち消した。 それまで,常に意識を「外」に向けていた自分が,「内側」を見つめ始めた瞬間だった。(p141)
 そんなとき,相手を恨んだり,世の中を憂いたりしても解決しない。 「ちょっと待てよ,もしかして自分に問題があるんじゃないのかな?」 こう考えたときにだけトラブルは解決するし,前進できる。前に進めば,今いる場所とは違う景色が見える。トラブルは一歩進むきっかけ,人生におけるラッキーだ。(p142)

2015.08.26 柴村恵美子 『天も応援する お金を引き寄せる法則』

書名 天も応援する お金を引き寄せる法則
著者 柴村恵美子
発行所 PHP
発行年月日 2015.09.07
価格(税別) 1,000円

● お金って,お金そのものが動くわけではありません。人の気持ちや行動に伴ってお金も動きます。そう考えると,「お金に愛される」ということは,「人にも愛されている」ことだとわかります。(p37)

● 私は,お金が落ちていたら1円や10円でも必ず拾います。なぜなら,拾ったお金は「ツキ金」だからです。(p41)

● お金からは豊かな波動が出ているので,その匂いを嗅ぐだけで「もっと稼ぐぞ!」という気になり,さらに働きたくなる効果があります。(中略)
 だから持ち歩くときでも,できるだけ多くのお金をもっていれば,それだけ「豊かな波動」を出すことができます。(p46)

● サッカー選手はサッカーのことが大好きで,サッカーのことをとことん調べて理解しようとします。
 それと同じで商人は人を相手にするので,人のことをとことん理解する必要があるんです。(p63)

● 相手を変えようとする行為は,相手の開けてほしくない「引き出し」を開けるようなものなのです。(p77)

● 自分のことをほめているといいところが引きだされて,自分の機嫌もよくなり,“気”も上がります。(中略)人が不機嫌なときっって,自分のイヤな面を引き出しているようなものです。(p88)

● 仕事や人間関係,そしてお金を稼ぐ場合にも感性が鈍いとうまくいきません。この感性のなかでも特に共感する力,つまり「共感力が最も大事だと私は思います。(p101)

● まずは「自分には価値があるんだ」という“心の豊かさ”がないと,相手の心に共感できないばかりか,物質的な豊かさを引き寄せることもできません。(p107)

● 「がんばらないといけない,がんばらない自分には価値がない」と思い込む,「がん価値症候群」の人が非常に増えているのです。(p110)

● なにより重要なのは,自分が言った悪口を一番聞いているのは自分自身だということです。そうすると,自分のことが好きになれなくなってしまいます。(p126)

● もらった恩を自分のところで止めてしまう人がいますが,一見そのほうが“得”に見えても,これは一番“徳”を失うことになるのです。(p137)

● お金をもてない人っているでしょ。お金に愛されない人。
 簡単に言うとね,そういう人は「お金に対する偏見を持ってる」んです。
 これを聞くとみんな,「自分はお金に偏見がない」って思ってるけど,あるんだよ。それが。
 そのお金の偏見っていうのが,「人の偏見」に出るんです。たとえば,「うちの上役は私より働いていないのに,私より高い給料をもらってる」とか,だれかがちょっとしか働かなくて,うんとお金を儲けているとするよね。それに対して,腹を立ててるんです。(p148)

● そういう人は「お金が余分に入ってくるようなことを許せません」っていう波動を天に向かって出していることになるんだよ。(p149)

● ほとんどの人は,「労働以外でお金が入ってくること」はいけないことだと思ってるんだよね。そうすると,「労働だけ」になっちゃうんだよ。(p159)

● 「不労所得がある」とか「臨時収入があった」っていっても,その金額が100円の人もいれば,100万円の人もいるんです。それぞれ桁が違うんだよ。
 なんで桁が違うかっていうと,「自分に対する価値観」によって,その大きさが決まるんです。(p162)

● 信ちゃんは「いい人」をやりすぎなんです。みんなから好かれようとしちゃダメなの。
 それでね,そういう人って反抗期がなかったんだよ。ちゃんとした反抗期を経験してないから,イヤなことでもなんでも,自分の中にしまい込んでしまうクセがついちゃったんだよね。
 だからこういう人は,「このクソババア!」って心の中で何回も唱えると,親の価値観から抜けられるようになるんです。(p169)

● 自分の価値観が低い人って,親の期待に応えられなかったの。それと「いい子」をやりすぎちゃったの。だからそれをやめればいいんだよ。(p170)

● 「お金は(一定の量しか)ない」と思っていると,その人の脳は,ないんだから集める気にはならないんだよ。
 人間の脳は怠け者なんです。新しい考えを嫌うんだよ。今まで通りにしているのが一番楽なんです。(中略)
 だから「お金はいくらでもあるんだ」。「そのあるものを稼げばいいんだ」
 これを覚えないと,ダメなんだよ。(p174)

● 最初はわからなくてただ勝つことだけ一生懸命にやってても,上になったときに嫌われるようなことをすると,「他力」が入らないんだよ。
 それから,社長とか立場が上の人になったら,自分ができることでもできないふりをしなきゃいけないときもあるんだよ。相手に「花を持たせる」ことって大事なの。(p179)

● 心にゆとりがないとダメだね、心にゆとりがないときって楽しいことを考えないんだよな。疲れているときほど,真面目なことを考えてるんです。面白くないときは,必ずくたびれてる。(p180)

2015.08.26 美崎栄一郎 『iPhoneバカ』

書名 iPhoneバカ
著者 美崎栄一郎
発行所 アスコム
発行年月日 2011.11.24
価格(税別) 1,300円

● 「1800アプリためした男のすごい活用術」が副題。著者の『超iPadバカ』『Facebookバカ』はすでに読んでいる。順序は前後したけれども,最後に本書を。

● 4年前の話で,本書のiPhoneは4S。今はさらに進歩し,使い勝手も改善されているはずだ。
 が,本書のキーワードである「連携」はそのまま通用するんだろう。

● ぼくも5Cを少しの間使ったことがある。だけど,Androidに戻ってしまった。Googleとの相性はさすがにAndroidのほうが良さげだったので。
 実際のところ,iPhoneとAndroidの違いって,気にするほどではない(と思う)。

● とはいえ,ここまでのめり込ませる人を輩出するのは,AndroidよりiPhoneのほうが多いと思われる。そこがApple製品の魅力なのだろう。
 売れる製品が正義だ。Appleは正義を体現している企業だといっていいと思う。

● 以下にいくつか転載。
 iPhoneで重要なテクニックに,アプリ間の連携があります。iPhoneはいろいろなことができますが,一つのアプリにはできることが限られているので,そこはうまく連携させて目的を達成しようというわけです。(p33)
 メールで来た仕事は,メールだけでタスク処理を片付けるのが楽です。余程のことがなければ紙にリストアップしたりしません。(p72)
 今や,スケジュールの8割方はメールで決まります。私は最近,紙のスケジュール帳を持ち歩かなくなりましたが,これはiPhoneですぐにグーグルのカレンダーを確認できるためです。(p86)
 iPhoneのスケジュール管理では,紙の手帳のようにそれだけで完結する必要はありません。 ここでのキーワードも「連携」です。PCやiPadなどと連携すれば,まるで本当の秘書のように,より速くよりスムーズに,あなた自身の予定や行動計画をサポートしてくれるツールになってくれるのです。(p87)
 実はこの原稿を書いているのは,(厳密に言うと)Macのキーボードではありません。具体的には,iPod Touchの音声認識メールで文章を声で入力していきます。しゃべり終えたらボタンを押すと,iPod Touchのクリップボードに私が話した原稿がテキストになって入力されます。このテキストをもう一つ別のアプリを使うことでMacに自動的に転送されます。(p209)

2015.08.26 石田ゆうすけ 『大事なことは自転車が教えてくれた』

書名 大事なことは自転車が教えてくれた
著者 石田ゆうすけ
発行所 小学館
発行年月日 2014.03.05
価格(税別) 1,400円

● 文庫になったら読もうなどとセコいことを考えていたんだけど,思い直して購入した。読んでみたらやっぱり面白い。

● この面白さはどこから来るのか。
 著者自身によると,著者は次のような人である。
 だが何にも増してイヤなのは,そういうことをいつまでも気にする,自分の拘泥っぷりだった。己の理想とする男からはかけ離れている。(p15)
 大学にはハナから行く気がなかった。そこでやりたいことがとくになかったからだ。それに子供のころから無駄にひねくれていた僕は,みんなと同じ流れに乗ることに,妙な抵抗感があった。(p18)
 僕は(日本一周の自転車旅から)復学して以来,何もできなくなった。燃え尽き症候群のようになって,内にこもり,ただ本ばかり読んでいた。(p20)
 一食一食,ちゃんとしたものを食べたい,という思いが,どうも僕は強いようだ。 高いものでなくてもいいのだ。店を背負っている料理人が,ちゃんと手をかけて作っていてくれれば。(p181)
 書くことが好きで,昔から戯れに小説などを書いてきたのだ。(p235)
 自転車で世界一周するほどの人だから体育会系かと思いきや,読むことや書くことに耽溺したことのある人なのだった。

● これまでに出してきた著書については,次のように語っている。
 これまでは一貫して,ひとつのコンセプトに沿って本を書いてきたから。すなわち,自転車にも旅にも,まったく関心がない人が読んでもおもしろいものを--と。(中略)おもはゆい話になるけれど,「人」および「生きる」というテーマに重点を置いてプロットを組み立て,それに沿って書いてきた。(p6)
 そこで今回は,そこからちょっと離れて,自転車や旅のトラブルについて書いてみたい,と。が,できあがった本書はやはり,「自転車にも旅にも,まったく関心がない人が読んでもおもしろいもの」になっていると思う。

● 自転車旅の醍醐味は奈辺にありや。
 己の細胞の一つひとつが活性化するようなみずみずしさ,風を感じ,海のにおいを嗅ぎ,ペダルを回して世界を動かしていくこの感覚。これだ。思いっきりこれに向かっていいのだ。(p21)
 そもそも自転車という手段自体が,解放のためのものかもしれないなと思う。時刻表からの解放に,エンジン音からの解放。自分の足という最もシンプルな動力だけで,どこにでも思うがままに行ける,というしなやかな自由。(中略) 逆に宿を予約してしまうと,ツーリングの質そのものが変わってしまう。その町に行くのが,かすかにではあっても義務になる。メーターを見ては,あと何キロ,と計算している自分がいる。(p175)
● 旅について石田さんが考えるところのものを転載。
 僕自身がノウハウ本を読んだり,人の情報をせっせと集めて旅したりすることに「なんだかなあ」と思ってるふしがある。情報は旅を手堅く,効率的にするかもしれない。でも旅には“余白”がないと,なんだか味気ないものになってしまう気がする。(p6)
 旅は,楽すぎるのだ。社会に属さないから,責任を負うことがない。人間関係にも悩まなくていい。具合の悪いことが起こったら,次の町に行けばいいのだ。(p22)
 その結果として,もしかしたら何かが変わったり,何かを見つけたりするかもしれない。でもそれらは最初から求めるものじゃない。期待すればするほど,旅によりかかればよりかかるほど,旅はスルスルと逃げていく・・・・・・(p22)
 旅は,勘に頼れば頼るほど,より自由に広がっていく。逆に,設定したルートに沿って律儀に走ったところは,“ただ走っただけ”という印象になり,何も記憶に残らなかったりする。(p60)
 僕は旅では予定を作らない。力を抜いて,気ままに走り,日が暮れたところで泊まる。このスタイルを徹底すれば,自転車旅行というのはさほどハードなものではなくなってくる。(p76)
 旅行者をカモにしている連中が手ぐすね引いて待っているわけだが,でもだからといって身構えてばかりいては旅は楽しめない。むしろ,人に対しては疑心暗鬼にならないように,と僕はつねに自分に言い聞かせていた。人に用心するより,人を信用するほうが,旅は絶対おもしろくなる,と思えるからだ。(p117)
 「いったい誰を信用すればいいんだ!」と叫びたくなるが,日本式にまじめに受け取るからそうなるのであって,インド式に,ジョークだと捉えるとたいして気にならなくなる。このころは旅も6年目に入って,現地とのシンクロ率はますます高まっており,彼らの“ジョーク”に,ときに感心し,ときに笑っていた。(p125)
 アフリカで会ったルーマニア人チャリダーも,体調が悪くなると,休むのではなく,むしろ走るようにしていると言っていた。僕も同様だった。(p130)
 僕は英語が得意というわけでは全然なかったが,出発の2年くらい前からラジオ英会話を聴いていたので,話せる気になっていた。ところが現地に行ってみると,まったく話にならなかった。(中略) だが,もともとおしゃべり好きなこともあって,めちゃくちゃなことを言っているな,と思いながらも英語をどんどんしゃべった。(p168)
 「笑顔とジェスチャーですべてなんとかなるさ」と,現地の言葉を覚えようとしない旅人はわりといる。たしかになんとかなってしまう。でも単純に,ヘタでもめちゃくちゃでも,現地の言葉で会話したほうがおもしろいし,また,その国にお邪魔させてもらっているのだから,現地のやり方に従うほうが何かといい。こちらのルールは捨てて,その土地のものを吸収させてもらう。(中略) 旅行中,僕が「うおお~,旅っておもしれえ!」と興奮したのは,食堂や酒場で,現地の人たちと現地の言葉で語り合い,みんなでゲラゲラ笑っているときだった。(p169)
 たとえ実際の味は「bad」でも,ここで言うべき言葉は「good」だ。これだけは間違いない。(中略)この「good」という言葉を知っているか否かは,つまり,あなたが地元の人々の興味に応えられるかどうか,ということだ。大げさではなく,そのひと言が出るかどうかで旅が変わる。(p172)
 実際のところ,「しゃべれるか?」の問いには迷わず「No!」と答える会話レベルだが,Noは人を拒絶する言葉だ。言ったとたん,あなたと村人とのあいだに再び結界が張られてしまう。だから「a little」でいい。「No」ならそこでやりとりは終わりだが,「少し」なら会話はとまらず回転し続ける。(p173)
 プライバシーの確保を優先するならビジネスホテルのほうがいいだろうが,僕はその逆で,出会いを求め,人と関わることを楽しんでいるのだから,これまた旅館のほうが都合がいいのだ。実際,古い駅前旅館の女将さんは個性的な人が多く,話しているとおもしろい。旅情を求めるなら,断然この手の駅前旅館だ。(p176)
 世界一周のときはとくに,食べものこそ,その土地の水,土,空気,風土,歴史が結集した,文化そのものという気がした。その文化を体に取り入れることで,その世界に同化していく自分を感じた。(p182)
 90年代に爆発的に増えたライダーハウスも,いまは閉鎖が相次いでいる。原因は施設の老朽化や管理人の高齢化などだが,看過できないのは旅人の減少だ。どのオーナーに聞いても,客数は90年代の10分の1ぐらいになったという。(p195)
 べつに旅じゃなくてもいい。なんでもいいのだ。ただ,誰もがそれぞれ何か「火種」は持っているんじゃないか。だったら,その火が強くなるような風を送り込みたい。なんでも懸命にやれば,その時間は必ず,とっておきのものになる。(p214)
 僕が旅で得たものがあるとすれば,やはり経験である。旅はしょせん,各地の上っ面をなぞるだけのものだが,それでも経験を通して,いろんな立ち位置に立てるようになった気がするのだ。(p230)
 完全にハメを外せず,自由になりきれない自分がいる。放縦放埒を気取っても,無頼に生きる勇気はない。デカダンにもなれない。そんな僕と比べて,あの茶髪や顎ヒゲや,そのほかこれまで会ってきた,日本を捨てた人たちの,自由奔放な生きざま・・・・・・。 でも・・・・・・。(中略)だからといって,彼らの生き方にも惹かれないのだ。(中略)なぜ彼らは,輝いて見えないのだろう・・・・・・?(p233)
● 分野を問わず,面白い作品を残す人は,陽性で感激屋で感情豊かな人だろうと思っている。たとえば,涙もろいとか。斜に構えたような冷静さは有害だ。
 上に転載したところにも,「おしゃべり好き」「めちゃくちゃなことを言っているな,と思いながらも英語をどんどんしゃべった」「出会いを求め,人と関わることを楽しんでいる」「現地の人たちと現地の言葉で語り合い,みんなでゲラゲラ笑っている」といったあたりが,石田作品の面白さを生んでいるのだろうと思う。

● こういうのは持って生まれた性格だろうか。ぼくはビジネスホテルが気楽だと思ってしまうほうであり,喋ることじたいが億劫だと思うことが多々あるタイプなのだ。人間嫌いといっていいかもしれない。あるいは,人が怖いと思っている。
 営業なんて仕事は絶対にできないと思う。初めて韓国に行ったときは,腹が減って仕方がないのに,食堂の扉をなかなか開けることができなかった。
 ここを直す方法はあるんだろうか。人と柔やかに談笑し,自ら進んでそういう場に飛び込めるようになるには,何をしたらいいんだろう。

● ひとつ思いあたるのは,損をしたくないっていう思いが強いことだ。得を取りたいと思っているわけではないんだけど,損はイヤだ。
 で,何が得で何が損かという目先の区分けをしてしまっている。それが意外に自分の世界を狭くしているようにも思われる。
 人付き合いに時間を費やすのは,時間のムダ(時間の損)だと思ってしまっているのだ。

● ここから石田さんの岸に渡るのは,どうやっても無理のようであり,ほんのちょっとしたキッカケがあれば渡れそうでもあり。

2015.08.24 長谷川慶太郎 『ロシア転覆,中国破綻,隆盛日本』

書名 ロシア転覆,中国破綻,隆盛日本
著者 長谷川慶太郎
発行所 実業之日本社
発行年月日 2015.08.10
価格(税別) 1,500円

● 最近の著書でも触れられている内容。本書はロシアについて詳述。これまでの著書では,プーチン大統領が路線を転換する期待を滲ませていたように思うのだが,本書ではプーチンの辞任を予想。
 問題は,ロシアをまとめていける次のリーダーがいるのかということだが。

● 石油と天然ガスしか売るものがないロシアにとって,現状は逆境。ルーブルの下落は止まらないし,外貨準備がいつまでもつか。
 結局,ロシアはクリミアを維持できない,と予想する。

● 中国はお先真っ暗。日本にすり寄る姿勢を見せているが,日本は高見の見物を決めこむのが吉。
 韓国もどうにもならない状況。ひょっとして,朴槿恵大統領はいざとなれば日本が救ってくれると思っているのではないか,と。

● 以下に転載。
 先般,二階自民党総務会長が中国に行きました。その随行団体の中に日本のメーカーは1社も入っていなかったのです。全部,観光業者でした。日本のメーカーは中国を相手にしたくないというのが本音です。なぜか。中国を相手に商売したら損するばかりだと思っているからです。(p6)
 中国は明らかに日本寄りになってきました。これから間違いなく日中関係は緩和ムードです。中国経済が想定以上に落ち込み,中国政府は日本に救いの手を求めているのです。それに対して日本はどうすべきか。何もしなければいい,黙っていればいいのです。すり寄ってきた中国に日本が乗せられたら,また酷い目にあうのは目にみえています。(p6)
 一時期,上海ガニが日本にあふれました。その最大の理由は日本にある高い生鮮食料品の検査技術活用にあります。どういうことか。日本で上海ガニを検査して,その検査結果に基づいて汚染された上海ガニは売りにださないことにしたのです。上海ガニの検査を日本側にやってもらうために,日本に出荷するのです。そして,検査が通った上海ガニをまた中国に戻します。中国国内の検査は信用されていないのです。(p27)
 来日した中国人が「爆買い」する中身ですが,最近では日用品も買うそうです。一番,良く売れている日用品はチューブ入りの歯磨きです。(中略) 中国にも当然,歯磨きチューブはあります。歯磨き粉は口に入れるものだけに中国製品は怖くて買えないといいます。中国製品は信頼がありません。中国人が中国製品を信用していないという状態は深刻です。(p33)
 それほど国際秩序を無視した国は高い代償を支払わされるのです。国際秩序というのは,目に見えないからこそ,大切なのです。そして「力」があるといえます。(p73)
 ルーブルがドンドン値下がりをしていることから,海外旅行はロシア国民にとっては夢になってしまいました。多くのロシアの旅行会社は倒産しました。一番,ロシア国民が困っているのは,映画が観られないことです。国内映画はルーブルですが,外国映画はドルで払わないといけないのです。ロシア人は映画好きです。娯楽がなくなりました。細かいことかもしれませんが,こうしたことも微妙に国民に不満がたまっていく要因なのです。(p76)
 東側陣営の指導者や経営者たち,労働者たちも経済原則を知らないのです。効率を求めてはいけないと思っているのです。「変わらないことはいいことだ」と信じています。このような価値観で技術革新が起こるわけがないのです。(p78)
 なぜ,日本の中古車の評価が高いのか。そのポイントはクルマの組み立てに何パーセントのロボットを使っているか,なのです。日本は組み立て作業に使っているロボットの溶接箇所率は92%です。米国はようやく20%になったかどうかという水準です。(p116)
 日本の技術力の高さは国民気質とは関係がありません。あることがキッカケとなり技術導入するシステムを作り上げたことが,技術力向上に大きく役立ったのです。 日本で本格的に技術導入をして,技術水準が高くなったのは,第一次オイルショック以後のことです。(p125)
 健全な大国はアジアにおいては日本だけです。その証拠に日本には徴兵制がありません。中国,韓国では徴兵制があります。健全かどうかの分かれ目となるのが徴兵制です。徴兵制は青年を軍隊に押し込め,自由を奪うのです。そんなことを許してしまえば国民全体の自由は確保できません。(p174)
 第二次世界大戦後,ドイツはフランス,イギリスなどと関係は良好です。それに対して日本は,隣国の中国や韓国と関係はドイツとフランスのように良好とはいえません。(中略)日本とドイツの違いはどこにあるのでしょうか。 その大きな違いは,周りの国家が近代国家であるか否かです。ドイツの周りの国家は明らかに近代国家です。近代国家というのは,国際条約をキチンと守る国家を指します。フランスもイギリスも一度,結んだ国際条約はどんなに状況が変化しようとも守り抜くのです。(中略) しかし,中国も韓国も一方的に国際条約を無視するのです。(p200)

2015.08.24 斎藤一人 『大丈夫だよ,すべてはうまくいっているからね。』

書名 大丈夫だよ,すべてはうまくいっているからね。
著者 斎藤一人
発行所 サンマーク出版
発行年月日 2015.07.25
価格(税別) 1,400円

● 天に向かって「大丈夫じゃない」って言ってると,「大丈夫じゃないこと」を引き寄せるんです。だから,まずは自分が「大丈夫なんだ」ということを知ること。(p13)

● 私は人を啓発しようと思ったことがありません。
 基本的に誰に対しても「そのままでいいんだよ」と思っているから,啓発しなくてもいいと思っているんです。(p29)

● 多くの人は「好きなことをするめには,なにかを犠牲にしないといけない」って思い込んでいるけど,私にしてみれば「それって欲が足りないよね」って言いたいの。(p36)

● 努力家で才能のある人は,同じように努力家で才能のある人を好みます。そして,才能もなくて努力もしない人を見ると腹を立てるんです。(p40)

● 働くのって,結局は自分の欲望を満足させるための手段なんだよね。「月に1万円のお小遣いの中で,毎日1杯飲むのが楽しみなんだ」っていう人は,その楽しみのために仕事をがんばれます。
 これが逆に「仕事をがんばるために,1杯飲んで気晴らしをしている」って言うと,まったく話は違ってくるよね。(p47)

● 実際に起きていないことをあれこれ悩んだり,心配したりする人がいるんだけど,これってすごく良くないんだよ。
 どんな車でも,「空ぶかし」をしすぎると壊れてしまいます。アクセルというのは負荷がかかった状態ならいいんだけど,負荷がない状態でアクセルを踏み続けるとエンジンが壊れるんです。(p53)

● それらすべての出来事に対して「これは100%,自分の責任なんだ」と思えたとき,自分の人生を100%コントロールすることができるようになるんです。(中略)
 これがもし,50%は自分も悪いけど,相手も50%悪いんだとしたら,あなたの人生は相手に50%支配されていることになります。(p62)

● 「100%しあわせだって言ってると悪いことが起こらない」
 けっしてそういうことじゃないの。いろんなことが起こるけど,なにが起きようとも,それらをひっくるめて「100%しあわせだ」と思えるかどうかが大切なんだよ。(p65)

● 人って誰でも,ものすごい可能性を秘めています。それを“ちっちゃく”まとめようとするからダメなんです。
 「ここがダメ」とか,「あそこがダメ」とか言ってると,どんどんちっちゃくなっちゃうんだよ。(p69)

● しあわせを見つけるのがヘタな人は,商売の成功の仕方を見つけるのもヘタです。うまくいってない人って,しあわせも成功も,「見つけるもの」だと思っていないの。「与えられる」か「偶然入ってくる」ものだと思っているんです。(p70)

● 人間関係でイヤなことが続くんだとしたら,それは自分の中にそうさせるものがあるんです。「上司が私にいじわるをするんです」って言う人も,そのいじわるをされた人が上司になったときに,同じようなことをやりかねない性格だから,そういうことが起こるんです。これを「鏡の法則」といいます。
 「自分が好意的に接すれば,相手も好意的に接してくれる」とか,「相手に対して苦手意識や敵対心を持っていると,相手もその人に対して同じような感情を持つ」というのは表面的な話で,「鏡の法則」はもっと内面的に深いところまで映しだすことがあるんです。(p81)

● 臆病だから成功できないんじゃないの。臆病は臆病を活かせばいいんです。(p88)

● たとえばこの本でも,「読んでみよう」と思ってくれる人は救えるかもしれないけれど,「読みたくない」という人は,この本では救えません。
 じゃあ,そういう人のことは仕方がないとか,放っておくかというと,そうではないんです。その人は別の学びがあるから,そこで必ず学ぶんです。(p93)

● 自分のことを「ありふれた人間だ」と思うから,ありふれた生き方をするんだよね。「自分は価値があってすばらしい人間だ」と思うと,価値があること,すばらしことをしようとします。(p95)

● 人間だけが振動数を変えられるんだよ。だからワクワクしたり,楽しかったりすると振動数が上がるんです。この振動数の高い人間は,なにをやっても成功するんです。
 それから振動数を下げちゃうと変な知り合いができるだとか,よくないことが起こります。(p104)

● 性格は悪いのに,なぜかうまくいってる人っているんです。そういう人を見ていると,振動数が高いのがわかります。声がデカいとか,やたら派手な服を着てるとか。成功するためには,性格より振動数のほうが大事なんだよ。(p105)

● (振動数を)上げる方法は,ちょっと速い乗りものに乗るとか,自分の行動を速くするの。(中略)それから,カラ元気でいいから,嘘でもいいから強気なことを言うんです。(p106)

● 振動数が下がると行動ができなくなっちゃうんだよ。だから,家から出られなくなっちゃうとか,部屋から出られないとかってなるんです。(p106)

● 身内が重い病気にかかってつらい気持ちはわかるけど,だからといって自分の振動数を下げちゃダメなの。
 これからお金もかかるし,看病もしなきゃなんないし。それに,あなたが振動数を下げたからといって,その人の病気が治るわけじゃないんだよね。人につられて振動数を下げちゃダメなの。(p109)

● 人ってね,振動数を上げて「ステキな自分」になればいいの。ステキな人になるんだよ。ステキな人って価値があるんです。価値ある人間になったら,絶対にうまくいくんだよ。(p112)

● 「自分の価値を高めないで高く売ろう」っていうのは,詐欺に等しいんだよ。(p113)

● 日本ってね,ほめる人が少ない国なの。ほめられたい人のほうが多い国なんだよ。それで,どっちが稀少価値が高いかというと,ほめる人のほうが希少価値が高いんだよな。(p116)

● でも,「ありがとうございます」って声が出ないのは,他の人が言わないからなんだよな。成功者ってね,つねに少ないんだよ。人と同じことをしながら成功者になろうってできません。なにか“違い”がないとダメなんだよ。(p117)

● 自分がステキになるのに1円もかからないんだよ。飲み屋さんなら,今よりステキなママさん,マスターになれば,お客さんって会いに来るんだよ。(中略)人間って,魅力のあるところに来るんだよ。(p118)

● ダメな人って,ダメって言い方はいけないんだけど,すごい人と比較したりするんです。それで,また自分が劣っているようなこと言うんだよな。それってステキじゃないんだよ。(p120)

● 「働いたほうがいい」とかっていうのは,まわりから言われてるんだよ。ずっと。親から言われ,兄弟からも言われてる。自分だって気がついてるけど,働けないなにか怖さがあるんだよ。
 その人がやっと心の中に火をともしてこういう夢を語っているのに,それをバケツで水をかけて消して,「それでなにかおもしろいですか?」っていうことなの。
 正しいことを言うのは裁判官の仕事なんだよ。(p123)

● うまくいってた人がいかなくなっちゃうのは,途中から真面目なことを言いだすからなんだよ。「真面目ジメジメ」と言ってね,振動数が下がるんです。本当だよ。(p128)

● 「私,健康です」「絶好調です」って言ってると,心が変わってくるんだよ。心が変われば,身体っていうのは後からついてくるんです。これが「心から治す」っていう治し方なんです。
 病気の人は考え方が病気なの。病気のことを考え,病気の話をするんだよ。それでいったい,どうやって健康になろうっていうの?(p130)

● 人って変わらないの。だから,人を変えるんじゃなくて,私たちがもっと気楽に受け止めるんです。(p134)

● 魅力のない人は相手の“アラ”を探したり,振動数を下げるようなことをするんだけど,そうじゃなくて,相手の振動数を上げてあげようとして生きるの。(p135)

2015.08.24 斎藤一人 『世界一ものスゴい成功法則』

書名 世界一ものスゴい成功法則
著者 斎藤一人
発行所 マキノ出版
発行年月日 2015.07.21
価格(税別) 1,500円

● 神様が与えてくれたものを100%生かして,自分のこの人生を楽しく生きようと思わない人の心の中は,闇なんです。(p33)

● 神様がつけてくれた性格って,直せないようになっているんです。あなたは,自分のこういうところが「ダメなんです」「嫌なんですと,おっしゃるけれど,その性格をつけてくれた神様は,完璧なんです。神様に間違いはない,というよりも,間違えることができないの。(p34)

● “使い道”がわかっているか,いないかの問題なのです。
 多くの人が言う「欠点」は“使い道”のわからない才能なんです。欠点なんて,ほんとうはないんです。(p35)

● 人は,「自己重要感」を満たされると幸せになります。誰かの役に立つことで,満たされて幸せになるんです。
 「自分にはできないことがいっぱいあって」-,それは,人にお願いをする場面です。「ありがとう」を言える場面がいっぱいあるんですよ。(p43)

● 起きた現象で,その人の価値が決まるのでは,絶対にない。
 神様の創造物の価値をおとしめるようなことを,天の神様はゆるした覚えはない。(p50)

● 実は,うまくいく人と,いかない人とで,そんなに大きく違うわけではないんです。ほんとうです。わずかな違いがあるだけです。その違いはね。「自分はスゴい!」を思っているかどうか。
 そうです,原因は考え方。あなたの思いから出ている波動です。人が心に思ったことにはパワーがあります。思ったとおりの現実を引き寄せるというパワーがあるんです。(p60)

● “スゴい人”がいばらないことを「謙虚」というんです。(中略)自分はスゴくないと思っている“スゴくない人”がへりくだっているのは,ただの「卑屈」です。(p65)

● 相手に「スゴくない人」と見なされてしまったら,どんなに正しいことを言っても,相手の人は聞く耳を持ってくれないんです。(中略)これが波動のなせる技です。あなたが出していた波動が,今,あなたの目の前で起きていることを引き寄せたのです。人生は自分が出す波動どおりになります。(p68)

● 人には自信というものがたいせつなんです。持って生まれた生命力をじゅうぶんに発揮できるかどうかは,そこにかかっているんです。(p72)

● ほとんどの人は,「自分にはスゴい価値があるんだ」と感じたいし,その価値観を得るためになにかをしようとするんです。
 でもそんなことをしても「自分に価値がある」感は得られないんです。なぜなら「自分はスゴくない」と思っているから,スゴくなろうとして,いろいろやるんですよね。
 すると,「自分はスゴくない」と思っているあなたの脳と心は,それを証明しようとするんです。(p74)

● いいですか。いいことがあったから,幸せになるんじゃないんです。「幸せだなあ」って言っているから,いいことが起きるんです。
 だまっていてもいいことが次々に起きるなんてことは,まずないんです。だから,言霊の力を借りていいことを引き寄せるんです。
 1日100回,声に出して「自分はスゴいんだ」と言ってください。(p77)

● できないことは,できないんです。できなくていいんです。無理してやらなくていいんです。自分にできないものは,自分に「いらないもの」なんです。(p85)

● “勤め人がきない”おかげで,社長になりました。社長にしかなれないんです。
 私のような「社長しかできない」人間が事業をやると,絶対にうまくいくんです。なぜかというと,他に“つぶし”が利かないから。背水の陣だからです。
 なまじ,会社員が勤まるような人が商売をやろうとしても,決心が鈍るんです。(p86)

● 人は自分にしかなれないんです。
 だからと言って,人が困ることは,ひとつもありません。
 なぜなら,あなたは,あなたのままで成功できるように,人生はなっているからなんです。(p89)

● 仕事をがんばってやっている人たちの中に,遊ぶがごとく、ワクワクしながら楽しんで仕事をする人間が出てきたら,その人は間違いなく,他の人たちをごぼう抜きです。(p90)

● 好きなことをして稼ぐ,という“遊び”を始めると,仕事とプライベートの区別がなくなってきます。(中略)
 ただし,私が笑ってこういうことをしていられるのは,私が固定給のサラリーマンではないからです。お勤めの人がこんなことをしていると,体も心も壊れてしまいますよ。(p90)

● 私は誰がなんと言っても,今まで一度たりとも自信が揺らいだことがない。運勢だとか,そんなことは関係なく,ずっと“ものスゴい人”として生きてきたんです。(p113)

● 「これは自分の力では行けないよ」というときに,私を応援してくれている人たちのことを思い出します。「この人たちのために」と思っただけで,まさかと思うぐらい“ものスゴいパワー”が出てくるんです。
 これが本物の“神がかり”なんです。(p120)

● 同じ商品を取り扱っていて,月の売上げが5万円の人もいれが,1000万円の人もいるよね。不思議だと思いませんが。
 違いはなにかと言うと,他力の集まる数の差なんです。他力がたくさん集まることが“ものスゴい”のです。
 仕事やなんかで行き詰まっちゃう人というのは,自分の実力,実力って言い過ぎてしまうんです。そういう人は自力でやることだけを正しいとしているんです。(p121)

● この世の中とうのは,自力以外に,他力の応援を仰がなきゃならないんです。
 自力でいくらがんばったって,得られる成果は,せいぜい人の倍ぐらいなんです。(中略)
 ところが,他力を集めて,みんなの力が結集すれば10万倍でも,100万倍でも,際限なく行けるんです。(p126)

● “スゴい人”として生きるとは,まず“スキ”を作ることです。(中略)「他力が集まってくる人が“スゴい人”なのに,自分には他力が集まらないんです」って言ってる人に多いのが,他力が入る“スキ”がないんです。
 では,“スキ”はそうやって作るんですかと言うと,好きなことをすればいいのです。(p129)

● ともかく“スゴいタイプ”で,仕事でもなんでもうまくいっている人は,よく遊ぶんです。(p130)

● 自分の好きなこと,やりたいこと。自分の心,体が喜ぶことをちょっとずつ増やしてください。
 1つ,自分の好きなことをやれるようになったら,1つ,やりたくないことを減らすんです。
 これをやっていると,あなたは豊かで幸せになれるんです。(p133)

● よく「世の中,そんなに甘くないぞ」って言うけど,そんなことはありません。甘いんです,この世の中は。
 この世の中には,“悪い人”より“いい人”のほうが多いんです。優しい人がいっぱいいるんです。(p135)

● 他人にお願いをするのは,迷惑なことではありません。むしろ,あなたに頼まれることによって,助かる人が大勢いるんです。(p136)

● 「自分はふつうの人だ」と思っている人が,この粘度を使って器を作るとすると,趣味で作った器,自分が楽しむための器ができるんです。
 同じ粘度でも“スゴい人”が器を作ると,値段がつくんです。(中略)
 そで,“ものスゴい人”がその粘度を器にすると,1000万円とか,1億円に変わっちゃうんです。その人が出している波動が作品に表れるんです。
 (中略)自分のことを「ふつうの人だ」と思っているうちは,どんなにがんばってもふつうのものになっちゃうんです。(p142)

● どんなに出来がいい器でも,名もない人が大事にしているものに,人は価値を見出そうとは,なかなかしないのです。
 作品の出来,不出来ではないのです。まず人間。(p145)

● 教育で作り上げたものは長続きしないの。年数が経つと,しだいに消えてしまうんです。(p149)

● ヘタな努力はしちゃダメ。そんなもの,いらないよ。(p152)

● うまくやっている人を否定すると,自分にうまいことが絶対に起きてこなくなっちゃうよ。「うまくやってる人が許せない」」という波動を出していると,相手と同じ「うまいこと」「ラッキーなこと」が,自分に起きなくなっちゃうんです。(中略)
 身近な誰かに“ツイてること”が起きたとき,あなたがその人に「よかったですね」と言うと,あなたの“スゴさ”がひときわ輝きます。(p154)

● 簡単に言うと,自分の持てる力が100だとすると,100のうち78%力を出したら全力なんです。78%で最高なんです。(中略)
 会社に勤めている人の場合,78%の力を出すのは,新人さんおときだけでいいんです。新しい職場に慣れるまでは,全力で取り組まなきゃならないんです。
 慣れてきたら22%の力で働いて,78%は自分の楽しみに使うんです。そうすると,なぜか,仕事でもなんでもうまくいきます。
 もっと仕事に慣れて要領をつかんだら,12%の力で働くんです。(p158)

● お勤めしている人の中にも,「でも,私はじゃんじゃんバリバリ働きたいんです」って言う人がいるんです。
 でも,そうは言っても実際,会社には,78%の全力でがんばらなきゃいけないほど,仕事ってそんなにないの。本当なんです。
 大企業ほどそうなんです。(p159)

● あなたのお役目は,“職場の潤滑油”なんです。
 いいですか。毎日,笑顔で楽しく働いて,職場の雰囲気をちょっとでも明るくするんです。
 あなたが“職場の潤滑油”としての役割をまっとうするためには,22%,もしくは12%の力で働けば,それでじゅうぶんなんです。
 笑顔が出なくなるほど,働いてはいけないのです。(p161)

● たくだん他力を集めようと思ったら笑顔が欠かせないんです。運のいい人とか,ツイてる人とかっていう人は,他力を集めるのが上手なんです。だから,例外なく笑顔で,いつもニコニコしている。
 しかめっ面で,ツイてる人って見たことないんです。(p162)

● クリスマスのときに家のベランダやお庭,外壁をイルミネーションで飾りつけることがあるでしょ。あれがきれいで目立つのは,周りが暗いからなんです。わかるかい。あなたが光る場所が,あなたに与えられるのです。だから,周りが暗いことすらチャンスなんです。あなたが輝くチャンスです。(p166)

2015年8月29日土曜日

2015.08.23 ゲッツ板谷 『ズタボロ』

書名 ズタボロ
著者 ゲッツ板谷
発行所 幻冬舎文庫
発行年月日 2015.03.20(単行本:2012.10)
価格(税別) 800円

● 3月に文庫になった。それを知らずにいて,買ったのは5月。にもかかわらず,今日まで読まずにいた。
 が,読み始めると途中でやめることなんてできなかった。一気通貫で読了。

● 『ワルボロ』では「ヤッコ」,『メタボロ』では「鬼」というスーパーヒーローが登場したが,この『ズタボロ』では「竹脇のおっさん」が登場する。
 彼の存在がストーリーに彩と安定感,安心感を与えている。重要な役回りだ。

● この作品は青春小説というレッテルでいいのだろう。純正の青春小説。
 クライマックスでは復活した「ヤッコ」が主人公の応援に駆けつけ,主人公を奮い立たせる。読者もここで奮い立つという仕組みだ。
 戦いすんで日が暮れて。主人公はパーキンソン病で植物化したかに思われる山田規久子が入院している病院を訪ね,彼女に静かに語りかける。
 「山田,お前も錦組だからな・・・・・・。錦組は一生解散しねえんだからな」
 このクライマックスの部分は何度も読んだ。

● 中学→高校→大学→社会人,という段差を通過していくときに,高校に入ると中学時代の友人をリセットし,社会人になると大学時代の友人をリセットする。
 就職してからもサラリーマンなら異動がある。その都度,前職のつきあいをリセットして,今のセクションに適応しようとする。
 たいていの人はそうなんじゃなかろうか。ぼくなんか典型的にそうしてきた。去る者は日々に疎し,というわけだ。リセットの連続だった。

● それをしないのが主人公を初めとするこの作品の登場人物たちで,それがあるから青春小説になる。
 リセットと言ったけれども,リセットなんてするまでもない交友関係しか作れていなかったのだろうな。それを後悔しているわけではないけれども。
 
● 「竹脇のおっさん」と「鬼」に名言を吐かせる。
 この世の中で自分に邪魔が入ったり,裏切りを受けたりするのは,言ってみれば当たり前のことすらよ。世の中っつーのは,ソレの連続ずら。だから,ソレにいつまでも悩むなんてことはバカらしいことで,逆にソレを楽しむぐらいじゃないと,男としてのブッ太い充実感はいつまで経ってもやってこないんでねえの。(p94)
 人を殺しちゃうっていうのは,それだけの度胸や覚悟があるからっていうより,むしろバランスの悪い奴らが何かの拍子でウッカリ犯しちゃうことの方が圧倒的に多いんだよ。(p282)
 命賭けてるか・・・・・・。でも,ケンカとか戦争っていうのは,そんなものを賭ける前に終わっちゃうことが殆どなんだぎゃな。(p329)
 ケンカなんてもんは,そういう細かい計算なんかより,大切なのは出たとこ勝負の気合いなんだよ。相手より気合いが入ってればコッチのチョーパンやパンチも当たるし,鉄火場に流れる独特な運だってコッチに転がり込んでくるんだ。大体,ケンカをする前にいかに相手にやられない方法はないのか,なんて考えてる時点で,もうそのケンカは負けだ(p452)
● 前作の『メタボロ』の執筆中に,作者は脳出血で2ヶ月間の意識不明。そこから復活したというわけなのだが,以後,それがどう執筆に影響しているか。作中で,三度にわたって述べている。
 オレは文章をリズムで書く方なので,ポンポンと色々なフレーズが飛び出してきて,それを文章に組み立てているうちにドンドン筆が止まらなくなり,また,自分でも笑ってしまうようなギャグが所々でボコン,ボコン!っと出てくる。が,こうも色々な名前が思い出せないと,そのターボが全然かからないのだ。(中略) そう,オレの脳は85%ぐらいは回復しているのだが,文章を書く作業というのは,その残りの15%を主に使うのである。(p6)
 ここまで必死に書いてきたが,まだダメだ。特に比喩表現が全然ダメだ゙・・・・・・。 10代の頃の,まだ何の駆け引きも知らないオレを囲んでいた超アクの強い面々たち。奴らの感じが,こんな幼稚な比喩じゃ殆ど表現されていない。(中略) まいった・・・・・・。この比喩表現こそが,オレが書く文章の命なのに。 あと,もう1つ言わせてもらえば,匂いとか,色とか,味とか,雰囲気とか,季節感とか,とにかくそういったモノを伝える言葉が全然欠けていない。よって,文章に深みが全くでていないのだ。(p170)

2015年8月28日金曜日

2015.08.23 内山雅人 『天才のノート術』

書名 天才のノート術
著者 内山雅人
発行所 講談社+α新書
発行年月日 2015.07.22
価格(税別) 880円

● 副題は「連想が連想を呼ぶマインドマップ 〈内山式〉超思考法」。つまり,マインドマップの書き方と効用を説いたものだ。

● 以下にいくつか転載。
 人生は「思考」の連続です。思考の仕方によって,幸せにも不幸せにもなります。ノートとは,その縦横無尽な思考を見えるようにするものです。そして,書かれたものを見て,さらに次の思考をする。さらにまた,何かを書く。さらに何かを思考する・・・・・・これを繰り返します。(p5)
 「ものの考え方,とらえ方」のことを「マインドセット」と呼びます。ひらたくいえば,その人に刷り込まれている「考え方の癖」といってもいいかもしれません。(中略)その人のマインドセットによって,その人自身の「思考の働き方」が決まってしまうといっても,けっして過言ではありません。(p7)
 よく「過去と人は変えられない」ということばを耳にします。私は,その意見には肯首できません。だって,あなたにとっての「過去(自分も人も環境も)」は,客観的な真実を表しているとは限らないからです。その過去を形作っているのは,「あなたの記憶」です。 極論すれば,「真実」などこの世には存在しません。すべてが人の記憶であり,それらが再現されたものにすぎません。(中略)だとするならば,自分の記憶が変われば,「過去」も「人」も変わることは可能です。(p33)
 思考力をアップさせるために不可欠なノートなのに,そこに何かを記録するようなことしか書いていなければ,それは,あまり脳の助けにはなりません。しかも,あとで「見返したい」と思えるノートにもなりません。見たくもないノートは,十分に活用できているとはいえないのです。(p50)
 ノートは脳の中で起きている思考を「見える化」するものですから,つまらないノートは脳の使い方をもつまらなくしてしまいます。(p60)
 学生時代,周囲に,そんなにガリガリ暗記をしているようにも見えないし,勉強時間がとり立てて多いようにも見えないのになぜか成績のいい人はいませんでしたでしょうか。私は,そういった人たちは,黒板を丸移ししていたのではなくて,「自分なりに理解がしやすく記憶もしやすいノートをリアルタイムでとることができていた」のではないかと思っています。(p116)
 問題解決にはコツがあります。文字通り,「問題」を「解決」しようとすると,問題点をすべて書き出して,それを消していくという手順になりがちですが,それだとチームの雰囲気を悪くするばかりか,新たな問題を誘発することも多いので,あまりおすすめできません。 「ダメなことを消してもよくならない」ので,そうではなく,「解決したあとのあるべき姿をイメージ」するとよいのです。(中略)実際に囚われている問題から精神的にも一度開放され,純粋に「あるべき姿」を楽しくイメージすることがコツです。(p154)
 「とにかくできることから始める」ことです。そうしないと自分でハードルを作ってしまうことになります。ハードルが見えたら,そのハードルを下げて,そにかく楽しみながら頻繁に書くようにすること。(p188)
● はるかな昔にはKJ法というのがあった。梅棹忠夫さんの『知的生産の技術』の中にもこざね法というのが紹介されていたと思う。
 こうした発想法,アイディアの拡散,収束を図る技法と,マインドマップを同一視してしまうのは間違いなのかもしれないけれども,こういうものはどうも一定限度を超えて広がることはないらしい。
 マインドマップも取り入れる人はすでに取り入れているのではないか。

2015.08.22 下川裕治・阿部稔哉 『週末ソウルでちょっとほっこり』

書名 週末ソウルでちょっとほっこり
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2015.08.30
価格(税別) 700円

● ぼくは今のところ韓国に旅行に行きたいとは思わない。目下の日韓関係からして,韓国に嫌気がさしている。ウォン高もあるけどさ。
 自分は日本人なんだなぁと思うんだけども,国と国の関係がどうかってところに影響を受けてしまうのは,少し以上に寂しいというか情けないというか。

● その点,下川さんはそういうふうにならず,相手がタイ人だろうと韓国人だろうと,国籍に関係なく,個対個の関係を最優先にする人なんだろうなと思う。
 個対個の関係を持っていれば,ぼくでもそうなるのかもしれない。そうした人間関係を一切持っていないので,国対国の関係を自分とその国との関係を同一視してしまうわけだ。

● 本書の話題は食と酒,Kポップ,安宿。以下にいくつか転載。
 滞在日数の短い日本人は,ソウルの食堂で,食べたい韓国料理を網羅しようとする。たとえば,サムギョプサルという豚の三枚肉の焼肉を食べたあとに,冷麺を注文したりする。(中略)これは韓国人にしてみたら「?」がつくオーダーである。サムギョプサルを食べたあとは,テンジャンチゲという韓国風味噌汁と決まっている。(中略) 日本人の節操のない注文を質すつもりがあったわけではないが,やはり韓国にこだわれば,韓国の食べ方に倣うのが筋というものだ。食べてみればわかることだが,そのほうがはるかに,胃へのおさまりはいい。(p10)
 この料理(クルポッサム)はもともとポッサムという料理だった。茹で豚を包んで食べていた。そこに,「生ガキを加えてみたら・・・・・・」と発想した韓国人がいたのだ。僕のような平凡な舌をもつ者にはなかなか思いつかない大胆さである。いや,無謀にも映る。そころが,一緒に食べてみると・・・・・・いけてしまうのである。人間には一定の割合で,食べ合わせの天才がいるらしい。(p37)
 韓国人のなかには,ひとつの経験則があるのかもしれない。においがきついものやくせのあるものは,茹でたり蒸したりした豚肉と一緒に食べればいい。韓国料理が少しわかったような気がした。(p41)
 韓国には解けない謎が山のようにあるが,そのひとつが酒である。なぜ,あんなにも飲むのだろうか。(p50)
 十代の頃からジャニーズ系のグループのコンサートは欠かさないという女性に会ったことがある。彼女はすでに三十代の後半に差しかかっていた。「二十代との違い? コンサートの最中,泣かなくなったことかな。ちょっと寂しい思いはあるけど」 そんな話を聞くと,やはり同じようにコンサートの会場に入っても,湧きあがる興奮のエネルギー総量のようなものが落ちているのかもしれないと思う。それでもチケットを買いに走ってしまうのだ。(p88)
 国と国との間には,深刻さのレベルはあるにせよ,常にこの種の問題が横たわっているものだ。陸の国境のある国々の人は,それないrの自己防衛のロジックをもっている。しかし,日本人は島国に育ったためなのか,こういったプレッシャーに弱い気がする。小規模な騒乱でも報道されると過剰に反応し「あの国は治安が悪いから訪ねるのをやめよう」と考えてしまう。日本人観光客が多い国は,この種のナーバスさに,しばしば戸惑うことになる。(p101)
 人は麺を啜るとき,視線が器に向かうはずである。(中略) オタクと追っかけ・・・・・・。共通した因子をもっているという話を読んだことがある。男はオタクに走り,女は追っかけになる。そしてこの同じタイプの男と女は,心を食事に移さずに食べることができる。(p110)
 皆,若い頃,誰かの追っかけをやってたんです。ジャニーズ系が多いかな。Kポップのアイドルと出会って,突然,ファンになるわけじゃない。そういう因子をもった女の子だって気はしますね。(p110)
 ファンが口をそろえるのは,Kポップアイドルの踊りや歌のうまさだった。(前略)デビューするときは,かなりの完成度に達しているのだという。 このあたりが日本のアイドルと違う。ジャニーズ系やAKB48にしても,デビューしたあとに育っていくという感覚がある。ファンにしてみたら育てていく感覚だ。(p111)
 かつて日本で『たまごっち』という電子ゲームが大流行したことがあった。「たまごっち」と呼ばれるキャラクターを画面のなかで育てていくゲームである。しかしこのゲームは,韓国ではあまり流行らなかった。韓国の人は,育てていくということに興味を示さないのだろうか。(p112)
 日本ではビジネスホテル,ラブホテル,ゲストハウス,ホテルといった性格分けがはっきりし,その外観からもわかるのだが,韓国はその境界が曖昧なのだ。(p238)
 温泉マーク宿が妙に落ち着くのは,鼻腔に届く部屋のにおいが理由かもしれなかった。あの頃,なにをしたらいいのかもわからず,狭い部屋でひとり悩んでばかりいた。年をとっても,戸惑ってばかりの人生に変わりはないが,いま,心を占めている苦痛はより現実的な悩みだった。若い頃は幸せだったというのはそういうことなのかもしれない。(p263)
 週末のソウルで,ほっこりとした気分に浸ることができるのは,重い歴史のなかでの決断を後悔しない彼らの優しさのためではないかと思うのだ。(p297)

2015年8月27日木曜日

2015.08.22 中西大輔 『放浪哲学』

書名 放浪哲学
著者 中西大輔
発行所 SBクリエイティブ
発行年月日 2014.07.14
価格(税別) 1,500円

● この本は再読(一度目の感想はこちら)。

● 自転車での世界一周も,いまではだいぶハードルが下がってきたようで,けっこうな数の日本人が只今現在も実行中であるらしい。
 しかし,中西さんは西サハラを通過し,赤道ギニアも走っている。ヨーロッパではアイスランドも走った。この旅で植村直己冒険賞を受賞した。

● 人との出会いが多い。頻繁にいろんな人と会っており(11年間の記録の中から1冊を編みあげているのだから,決して頻繁ではないんだろうけど),その様子が本書の肝のひとつになっている。
 だいたい,出発するところから台湾の友人が同行したいと付いてくるわけで。このネットワークの細かさはどこから来るものなんだろうか。

● これだけの旅をやり遂げるその源はどこにあるんだろうか。たしかにペダルをこいでいれば前に進む。ずっとこいでいればいつかは世界も一周できるだろう。
 が,ずっとはこいでいられらない出来事やトラブルが発生しないはずがない。そこをうっちゃってさらに前に行かせる源。

● それを探したいと思ったのが,再読した理由。以下にいくつか転載。
 貧乏旅行も慣れてしまうと楽しいのだが,やはり快適な生活を味わうとその心地よさから抜け出すのに勇気がいる。(p61)
 私は警官としばらく押し問答を繰り返した。私もこんな類の場数を幾度か踏んできた。一歩たりとも引かない私の姿を見て,別の警官が仲裁に入る。(p63)
 ヨーロッパにきて初めて親切にされ,心が熱くなった。なにもお返しできないので,私は彼に旅の話をした。言葉は通じないのだが,再び身振り手振りを交えて一生懸命に説明すると,彼はとても楽しそうに聞き入ってくれた。(p89)
 折り紙で鶴を折ってあげ,新聞紙で株との折り方を教えると,子どもたちはうれしそうにはしゃいでいた。(p172)
 地元(赤道ギニア)の人々は悪徳官憲たちとは対照的に明るく親切な人が多い。(p177)
 機体下のコンゴや中央アフリカを前進していたら,おそらく官憲との対決に疲弊し,悪路にへたばり,さらに暑さで熱帯病にかかり,動物や盗賊の恐怖にもおびえていただろう。一方で,そういう危険な環境下を乗り越えることに自転車旅のロマンがある。(p181)
 自転車旅は楽しい。頑張って自転車をこいえで進めば,景色が次々と変わっていく。ひとこぎひとこぎの努力で,確実に先へと進んでいける。暑さや寒さを肌で感じ,苦しい峠に一人涙し,未知の世界へと踏み込んでいくのにワクワクする。今晩はどこに泊ろうか,明日はどこを目指そうか,危険をいかに乗り越えるか,すべては自分の判断次第だ。(p382)

2015.08.21 天外伺朗 『「悩み」 溶かすか,戦うか!?』

書名 「悩み」 溶かすか,戦うか!?
著者 天外伺朗
発行所 KKロングセラーズ
発行年月日 2010.02.01
価格(税別) 905円

● 1年前に八重洲ブックセンター宇都宮店のアウトレットコーナー(今はなくなっている)にあったのを購入。
 読むのは今になってしまった。

● 本書のキーワードは「意識レベル」と「セパレーション感覚」か。
 もともと自分は宇宙は一体なのだけれども,自分は他から切り離された存在だと思っている。そこから諸々の悩みが生じてくる。意識レベルに応じて,自分を取り巻く環境は変わっていくとしても,悩みが消え去ることはない。だから,それを丸ごと引き受けるしかないのだ。

● いくつか転載。
 プラス思考を単純に崇拝することは,百害あって一利なしです。 悲観的になっている自分に気づいたら,無理やりプラス思考をしようとするのはやめた方がいいでしょう。大切なのは,「いま自分はマイナス思考をしているな」ということに気づいて,自分をあたたかく見守ってあげることなのです。 マイナス思考は,理性ではコントロールできません。そして,そんな自分でも受け入れるいうことが必要なのです。(p37)
 アメリカンドリームの結末がメンタルクリニックに大金をつぎ込んで終わるように,日本の大企業の役員も,決して幸せとはいいきれません。私は四十六歳でソニーの取締役になって以来,過去の自慢話と現執行陣の悪口にうつつを抜かす退役した役員をずいぶん見てきました。彼らの精神的な飢餓感を考えると,いま愚痴をこぼしながら働いているふつうの会社員の方が,はるかに幸せだと思います。(p119)
 そういわれると,ぼくらペーペーは救われるというか,あぁそうなのかと安心するね。実際,そうなんだと思うんですよ。ぼくに大企業の役員をやっている知り合いはいないけどさ。
 私たちの多くは「個」の確立さえおぼつかない状態ですが,「個」を確立してこそ「個」と「宇宙」が一体であるという境地に達することができるのです。「個」が未熟なうちは,そもそも宇宙と一体になるべきものをもちませんから,本当の意味で一体感を味わえるわけがありません。(p138)
 ひとつの情感を抑えると,他のすべての情感も抑えられてしまうということです。つまり,日常的に怒りを抑えていると,喜びや楽しさといったポジティブな感情も抑えられてしまうことになるのです。 いま成功している人たちは,みなそのメカニズムにはまっていて,基本的な心の底からの生命の喜びが感じられない体になっています。(p173)
 これは痛感するところ。少なくとも,まともにサラリーマンを務めている男性の多くは,そうなっているんじゃなかろうか。特定の感情を抑制することは,自らの生命力をも抑制することになる。
 しかも,それが低年齢化しているのじゃないかとも思われる。子どもが子どもでいることを許さない社会風潮がこの国にはあるように思える。
 成熟した自我に達しても悩みから解放されるということはありません。単に悩みの性質が変化するだけです。(中略)成熟した自我は,心が自由になった分,社会の枠におさまらなくなっています。かといって,社会の束縛から逃れることはできないため,そこに様々な葛藤が生じます。 会社の価値観のままに生きることに疑問を感じ,自らの価値観に忠実に生きようとするのですが,そうすると出世街道から外れてしまい,それを悔やむ,といったたぐいのアンビバレントな悩みが典型です。(p177)
 あ,オレ,ここに該当するわ,と思う人は多いのじゃないか。そうか,オレ,成熟した自我に達しているのか,って。少し考えてみるといいね。たぶん,違うと思うよ。
 ひとつ御理解いただきたいことは,成熟した自我が,決して究極の意識レベルではなく,それよりはるか手前の中間点にしか過ぎないこと。したがって,そこに達しても,まだまだ悩みは尽きないこと。 一生かかっても,成熟した自我まで到達できる人はきわめて僅かなので,いつかは悩みのない状態に到ることができる,と考えるのはまったくの幻想であること,などです。 むしろ,そういう幻想を夢見ることが,現実からの逃避になってしまい,意識の成長,進化を遅らせています。(p179)
 私は,来るべき社会でそういった新しいリーダーシップを発揮していくような人は,いまの社会のドロップアウト組の中にいるのではないかと思うのです。 定職に就かない若者や引きこもりの若者の中には,人類の進化を先取りして,戦う社会にうんざりし,新しい生き方を模索している人がたくさんいるはずです。(p183)
 生活のために,がむしゃらに戦っている人生も,それなりに価値ある人生です。しかし,本当に豊かで幸せな人生を望むなら,成功することだけを目標にするのではなく,その先の林住期を視野に入れておくべきなのです。逆に林住期を中心に考えるなら,その前に成功していようが,貧乏だろうが同じであり,社会的な成功が何の意味を持たないことになります。(p187)
 古代インドでは人生を4つの時期に区切って考えた。学生期,家住期,林住期,遊行期。そのこと自体は若い頃に聞いたことがある。が,現代では維持できない考え方だなと思っていた。が,山の中に庵を結ぶかどうかは別にして,この区分にはかなり惹かれる。最後はその庵をも捨てて,遊行のうちに死んでいく。
 一般には,仕事を進めるには努力したり頭で計算したりすることが大切だと考えられているので,「わくわくする」などという,つかみどころのない状況のときほど仕事がはかどるというのは,意外な感じがするかもしれません。 けれど,それは当然といえば当然のことです。 わくわくしながら仕事をしているとき,私たちは競争相手や利益計算に頭を悩ませることはありませんし,自分と他人,売り手と買い手という区別が心に浮かぶこともありません。つまり,それだけセパレーション感覚が少ない状況なのです。(p210)
 ワクワクすることをしなさいというのは,成功哲学なんかでも言われているんですかね。けっこう,しばしば聞くことだ。
 が,なぜワクワクするといいのか。そりゃいいに決まってるわけだけども,こういう説明をされるとなるほどと納得できる。
 自分と他人を比べ,競争していくというのは,セパレーション感覚を増大させる方向に働きます。本来,私たちは宇宙と一体でありすべてがひとつであるというのに,「自分は違うんだ」と,あえてエゴを肥大する方向に教育されてきたのです。 しかも,「少年よ,大志を抱け」とばかりに,人生の目標をもってそれを達成することを奨励する風潮は,目的意識も強化することになります。 そして皮肉にも,目的意識をもつことで私たちの視野は狭まり,見えない流れをつかむことが苦手になってしまったのです。(p222)
 「運命を変えられるか」という疑問は,本質的に「いあまの自分に予想される未来よりも,もっといい未来を引き寄せたい」という願望の現れでもあるのです。 ここに,「運命を変える」という発想に潜む落とし穴があります。つまり,「運命を変えよう」と思ったとたん,私たちはいまの現実と自分を否定することになります。 それは,自分は宇宙から切り離されているという,強烈なセパレーション感覚の現れでもあります。そのため,そういう発想をしていると,かえって運を逃してしまいかねないのです。(p225)

2015年8月25日火曜日

2015.08.20 内田 樹・中沢新一 『日本の文脈』

書名 日本の文脈
著者 内田 樹
    中沢新一
発行所 角川書店
発行年月日 2012.01.30
価格(税別) 1,600円

● けっこう分厚い本なんだけど,読み始めたらグイグイ引き込まれた。心身の関連のこと,日本文化の特徴,ユダヤ的思考など,次から次へとそうだったのかと思わせる内容が展開される。

● 最も印象に残ったのはユダヤ的思考についての部分。こういうのってまとまった話をこれまで聞いたことがなかったから。
 それは「ブレイクスルー」っていうことだと思うんです。与えられた枠組みを乗り越えていくことが,ある民族集団のフルメンバーの条件であるという。(中略)「ユダヤ人の枠組みを絶えず超えていくことができる人間をユダヤ人として認定する」というひじょうに不思議な条件を課した。そういう不思議なことを考えついた集団が,何千年か前に中東の荒野にいたんです。(内田 p145)
 ノーベル賞が受賞の対象としている学問は,そもそもユダヤ人が得意とする学問なんですよね。ユダヤ人が能力を発揮しやすい学問が,学問の王道になっている(中沢 p147)
 ユダヤ人が学術的なブレイクスルーを担うのは当たり前なんです。ユダヤ人は知的なパラダイムの変換以外のことを知的営為とは認めないんですから。(中略)他の人は,パラダイムを変えることが学術の第一目的だとは思っていない。むしろ緻密化するとか,体系化するとか,教条化するとか,格付けに使うとか,その格付けに基づいて資源の傾斜配分したりすることが学問だと思っている。(内田 p147)
 僕らから見ると「それってすごくユダヤ人的ですね」ということも,レヴィナスにしてみたら,たぶん「それ以外に,どういう思考法があるの?」ということなんだと思うんです。ユダヤ的に思考する人にとって,ユダヤ的以外の仕方で思考するということがよくわからないんじゃないかな。(内田 p150)
 レヴィ=ストロースの場合,(中略)外に出て行くんですね。自分の手持ちの理論や学説で説明できるものには興味がない。自分の理論で説明できないことに惹きつけられる。そこに自分の理論を適用するためじゃなくて,自分の理論を書き換えるために外部に向かう。(内田 p151)
 ユダヤ人は都市型文化の中で無から有をつくりだすことに関しては天才ですけど,自然から贈与されて,それを潤沢に享受するということに関しては歴史的経験がないんじゃないかな。(内田 p167)
 レヴィナスを読んだときに,直感的に,この人の頭の中で動いているのは,日本人の頭の中ではぜんぜん動いていない部分だっていうのは感じたんですね。いまになって思うと,それがたぶん「一神教的」な思考回路だったんでしょうね。 一言で言うと「被造物」感覚です。自分は神によって創造された被造物であって,世界の創造に対して「遅れている」という意識。もうすでに世界は始まっていて,自分の知らないルールでゲームは進行している。(中略) そのような不能感,不全感がないと人間の思考は限界を超えられない。(中略)神が自分に何を命じているのかさっぱり意味がわからない。(中略)にもかかわらず,いまここでただちにおのれの責任において神の言葉を解釈して,それを実践しなければならない。ユダヤ人はこの霊的な緊張感のうちに追い込まれるわけです。(内田 p312)
 古代ユダヤ人が考えたのは,身も蓋もない言い方をすれば,「どうやったらもっと頭がよくなるか」ということだったと思うんです。そして,それは「正解のない問い」とか「人知を超えた超越的存在」とか「理解も共感も絶した他者」とか「一度も現実になったことのない過去」とか,そういう手のつけようのない難問を「いま,私に切迫したもの」として引き受けることでしか達成できない,と。答えられない問いにまっすぐ向かうことで,脳のパフォーマンスは爆発的に向上する。そのことを古代ユダヤ人は経験的に知っていたのだと思います。(内田 p314)
● その他,以下に転載。
 チベットの学問というのは,本を読んで頭の中にいろんなことを詰め込むのではなくて,まず呼吸法をやるんです。からだの中には自分でコントロールできる部分とコントロールできない部分があって,呼吸法によってそれをつなぐことができるようにならないと学問を始めちゃいけないと言われるくらいです。(中沢 p27)
 中心と周縁というこの図式だと,からだは主体の外側,いわば主体が乗っている「ヴィークル」というか,自己拡張のための道具のようなものとしてとらえている。だから,身体訓練というのをヴィークルの性能を上げることだと理解している。(中略) でも,呼吸法をやるとそうじゃないことがわかる。内側に入り込んでゆくと,人間のからだはソリッドなものじゃないし,だいたい主体という中心なんか存在しないんです。あるのは精密な関係の網の目だけで。(内田 p28)
 最初のうちはドライバーとヴィークルの関係で,意思が身体を統御するというふうに心身二元論的にからだをとらえていたのが,次第に「人馬一体」,「車馬一体」になる。心が命じてからだが動くんじゃなくて,からだがあることをしたことによって心のありようが変わる。からだが動くと心が変わる。からだがそれまでできなかったある動作ができるようになると,それまで存在しなかった心の状態が出現する。(内田 p29)
 武道をやっていちばん変わったことは,「自分の内側には未知のものがある」という,自分自身に対する畏怖の念なんです。それはいわゆる自尊心とは違うんです。自分自身の中に,わけのわからない,底知れないものがいる。だから,もっとていねいに自分自身とかかわらないといけない。そういう自分を大事にするという感覚が,武道を通じて出てきたんですね。(内田 p29)
 僕が着目していたのは,「惰性」ということです。社会制度のある部分は,歴史的状況が変わってもあまり変わらない。まったく変わらないものもある。たとえば貨幣,親族,言語といった社会制度の根本をなすものは惰性が強く効いているから,歴史的な条件の影響を受けない。(中略) そういうものは時代が変わっても,あまり変わらない。ということは,われわれが理解できる以上の意味がそういう仕掛けの中には組み込まれているんじゃないか。(中略)そこには何か集団の存立にかかわる人間についての知がある。それを見通す努力が必要なんじゃないか。(内田 p34)
 もし,相手にその価値がわかるものを贈与したら,相手が等価物を贈り返す。それで「チャラ」になったら,交換は終わってしまう。交換は始められた以上,停止されてはならない。そして,「贈られた相手にはその価値や有用性がわからないもの」だけが,等価物による相殺が不可能であるがゆえに,交換をエンドレスに継続させる力を持っている。(内田 p37)
 努力に対する報酬が予測可能であるほうが人間は一所懸命に労働するという考え方って,人間理解として,あまりに底が浅いと思うんです。人間の労働パフォーマンスが高まるのは,努力と報酬のあいだに,どういう法則があるのかが予見できないときですよね。これは,必ずそうなるんです。(中略)労働と報酬が正確に数値的に相関したら,人間は働きませんよ。何の驚きも何の喜びもないですもん。(内田 p44)
 「ワクワクする」という感覚が関係してるんじゃないでしょうか。「正しいかどうかわからないけどワクワクする」と「正しいけどワクワクしない」ってあるじゃないですか。なんとなくテンションが上がる。生命力の針が一目盛り分だけ高くなるような方向に向かう。学問的なテーマにしても,日々の仕事にしても,「ワクワク」を選択し続けていると,なんとなくいいことが続いて起こる。身体の中に,自分自身を正しい方向に導くセンサーがある。このセンサーの構造法則をなんとか解明したいと思ってるんです。(内田 p116)
 人間が自分の限界を超えるような働きをするのは,夢中になっているときだけです。そして夢中になるのは,自分がしていることがどういう結果をもたらすことになるのか,あらかじめわかっているからではなく,何が起きるか予測がつかないからなんです。何が起きるか予測がつかないけれど,何かとてつもなくおもしろそうなことが起こりそうだというワクワク感にドライブされて,人間は限界を超えて能力を発揮する。(内田 p119)
 いまある生産様式や生産手段の内側に踏みとどまって,労働した分だけきっちり報酬を受け取ることを最優先する人間はいかなるイノベーションとも無縁です。イノベーションを担うのは,「もっと楽にしごとしたい」「単位時間内にもっとたくさんの仕事をしたい」と思う人間なんですから。横着な人間だけがイノベーターになるんです。横着であるためにはいかなる努力も惜しまないというタイプの人間が学術や技術の壁を突破する。(内田 p46)
 よく科学と宗教を対立させて,科学者は科学的で,宗教家は非科学的だというような愚かなこをを言う人がいますけど,それは「科学主義的」な,イデオロギー的な態度であって,少しも科学的ではないと僕は思う。すべての科学者はランダムに見えるさまざまな現象の背後には,すべてを統率している不可視の秩序がひそんでいることを先駆的には確信している。それと宗教者の「摂理が存在する」という先駆的確信とどこが違うのか。(内田 p50)
 子どもの遊びで「かくれんぼ」ってあるじゃないですか。「鬼」には視覚情報としては何も与えられない。聴覚情報もほとんどない。だけど,勘のいい子どもは「何かがあそこの後ろに隠れている」ということがわかるようになる。そのための訓練ですよね。(中略)そういう情報は,感覚入力としては徴候化していない。でも,わかる。感覚入力の閾値以下の情報を感知できれば,わかる。 そういう精密な,通常の感覚ではとらえられない入力を受信する訓練を,人類はその黎明期からずっとやってきた。(内田 p59)
 ほんとうに危機的なのは,いまある資源だけで,タイムリミットが迫る中で,とにかく何とかしなければいけないという状況に置かれることですよね。船が難破するとか,致死性のウィルスが飛散してくるとか,ゴジラが上陸するとか,金なんかいくらあってもどうにもならないというのが死活的な危機であるわけです。そういう状況をどう生き延びるかということをいつも考えていると,つねに自分のまわりにいるすべての人の,それぞれの潜在的可能性のもっとも良質な部分に焦点を合わせるようになるんです。(内田 p67)
 外来の漢字を「真名」といい,これが正統的な言語で,土着語は「仮名」で一段低く,暫定的な地位しか与えられていない。この「外来が上で,土着が下」というのは日本の文化構造の全体を貫く基本的スキームじゃないかと僕は思っているんです。(内田 p82)
 できるだけ多くの人に届けて,日本人全体の知的パフォーマンスを高めたいと思ったら,アカデミックな言語で記述された命題を,土着語,生活言語に置き換えなきゃいけない。翻訳しなきゃいけない。この「真名」を「仮名」に開くっていう仕事はたぶん日本に特有のものなんだと思うんです。(内田 p84)
 日本語というのは,取り扱いのむずかしいもので,自分の身体実感にしっくりなじむような命題を書こうとすると,どうしても言葉を使うための力業が必要になる。(中略)水を含んだスポンジを重ねて城を築くようなものなんですよね。(内田 p89)
 どんな言語を使って,どんなふうに思考するのが正統的日本人であるかって考えると,実は「野蛮人」こそ日本人なのではないか。僕はそう思うんですよ。日本人が恰好つけて気取ったことをやると,全部欧米の物真似になってしまうでしょう。「出来の悪い欧米人」になってしまう。欧米文明を過剰に内面化した日本人て,必ず「ヨーロッパではこうである。アメリカではこうである。だから日本はダメなんだ」っていう言い方になりますよね。でも,そういう人たちの言葉が日本人に対して強い指南力を発揮することは絶対ない。(中略)「うるせえな,そんなこと知るか馬鹿野郎」と思っている。 この「知るか馬鹿野郎」という土着のサイドからの反感を言語化する仕事のほうが実は日本の知識人としては正統的な仕事じゃないかと思うんですよ。(内田 p100)
 合気道の稽古をやってきたんですけれど,だんだん動きが乗ってくるとどうなるかというと,ゆらゆらふらふらしてくるんですね。(中略)ピシッと前後に足を開いて,腰が決まっている状態よりも,少しゆるんでふらふらしているときのほうがなんだか調子がいいんです。(内田 p101)
 芸能とか儀礼だと,身体技法について「どうしてこういう型をしなければならないか」についての合理的な説明を自制するでしょう。「昔からこうです」というふうに有無を言わせずに叩き込む。うっかり説明しちゃうと,「だったら,こうした方がいい」とか「こっちの方が楽だ」っていうことになって,伝来の型が崩れてしまう。身体技法についてはできるだけ合理的説明は避けたほうがいいんです。(内田 p102)
 型がある種の身体運用を要請するときに,どうしてその動きができなければいけないのか,その理由は自分で考えないといけない。(中略)そのつど,ある身体技法の必要性について,包括的な仮説を立てないと稽古にならない。もちろんその仮説は稽古が進めば,必ず破綻するんです。でも,仮説抜きの稽古というのは無意味なんです。(内田 p111)
 大切なことは,自分の修行の現時点でも目的が暫定的なものにすぎないという自覚だと思うんです。最終目的地までの旅程が全部からかじめ開示されていて,それを「すごろく」を上がるように俯瞰的に点検しながら進んでゆくというのは,日本的な修行のあり方じゃない。(内田 p111)
 アメリカから来た学者が,今西さんと弟子の伊谷純一郎さんに「あなたたちはどうしてこんなにすごい研究(サル学)ができたんですか?」と訊いたら,「日本人はサルとのあいだに距離がない。だいたい同じ目線でものを見てるから,相手のことがよくわかる」と。(中略) 日本人がつくりだした科学の中でも創造的なものは,だいたいそういう特徴を持っています。つまり目線が低いんです。(中沢 p114)
 ニーズもマーケットもない。でも,「教えたい」と思う人たちがいた。そして学校をつくった。「そういう先生に就いて学びたい」と言い出す少女たちがぽつりぽつりと出てきた。そういう順番だと思うんですよ。これこれの知識や技術を教えてほしいというニーズがあったから学校をつくったわけじゃない。(中略) でも,僕は教育ってそれでいいと思うんですよ。「あの学校に行って,何を勉強するつもりなの?」って訊かれたときに,「よくわかんないけど,行きたい」っていうので。(内田 p121)
 僕が武道を始めてわりと早い段階で先生から言われたのが「伝書を読むな」ということでした。「極意にかぶれる」と言って武道では嫌うんです。本に書いてあるものを読んで「わかった」と思うのはひじょうに危険なことだ,と。(内田 p161)
 日本文化がどういうふうにつくられているかというと,中心の価値を打ち立てるってことをしない。(中沢 p173)
 日本は自然が豊かだから,自然の豊穣性が日本の王権の権威を下支えしている。砂漠とか,飢饉が頻繁に起こるような土地だったら,天皇制は無理でしょうね。(内田 p176)
 戦闘の跡ってあんまりないでしょう。日本神話を見るともっぱら結婚ですよね。(中略)「結婚とは,戦争の弱化した形態である」というわけですね。(中沢 p180)
 中沢 からだが柔らかいのって大事なんですね。銀座のホステスから聞いたんだけど,「相撲取りほどいいものはない」って。(中略)「相撲取りと一度したらやめられない」って言いますよ。癒されるんだって。 内田 日本人の基本なのね。対人関係の攻略の基本は「ふにゃふにゃ」にあり。 中沢 そういう人々に中心的価値の構築ができるわけないし,する必要もない。(p181)
 地場の女の子は見たこともない男の子にセックスアピールを感じる。(中略)フラッとやってきたよそ者に対してエロスを感じるのは世界共通ですね。(中略)そういうふうに混交することで,生物学的多様性を担保しつつ,同時に戦争を回避した。(p183)
 おじさんにはプリンシプルがある。世界理論がある。「俺らの相手は世界だ」っていう。あれ,邪魔なんですよね。おばさんは世界なんか相手にしない。相手にするのは町内会。ローカルから始めるのがおばさん。(中略) 日本人は,結局それしかないと思うんですよ。おのれのローカリティを徹底して,はい,こんなにローカルなんですって言い切って,さらにおのれのローカリティを相対化できる言語を持っていれば,それこそ世界性でしょ。(内田 p198)
 システムはでき上がったものだけを見るんじゃなくて,どういう歴史的文脈で出てきたのかを見ないといけない。ある静態的なシステムができる前に,どのような過激な暴力があったのか。それをちゃんとわかった上で,民主主義の世の中はこうだっていう話になっていかないと。(内田 p220)
 民主主義というシステムは,たえず誰かが身銭を切って下支えしないと保たないんです。(中略)生身の肉体が分泌する情念とか名誉心とか理想とか,そういう生き生きとしたものが民主主義のシステムを下支えしている。(内田 p221)
 なによりすばらしいのは,この国には「宗教」というものがないことじゃないですか。「信心」はあるんです。美しいもの,真実のもの,何か価値があるものに出会ったら深い信心を持つ。でも,それが宗教のシステムの中にとらえられることを好まなかった。(中沢 p232)
 あるとき,橋本治さんのことを「あの人は頭が丈夫だ」って養老先生がおっしゃったことがあった。どういうことですかってお訊きしたら,ふつうの人の頭には入らないものが入るんだそうです。ふつうの人は「これはこれ,あれはあれ」と分けて処理するけど,そういうものを同時に入れて,一つの文脈を生成することによって関係づけられる。この能力を「頭が丈夫」と呼んでいる。(内田 p251)
 「からだを介して」「からだを使って」ということは,言い方を換えると「時間をかけて」ということだと思うんです。なんだかんだ言って,欧米の学問の根本は無時間モデルでしょう。真理が一望される観照モデルを理想とする。問いと答えのあいだにタイムラグがない。ところが,東洋の学びの場合には,禅の公案にしても典坐料理にしても,すぐに答えが出ない状況に置かれますね。(中略) 父性原理と母性原理というのは,無時間モデルと有時間モデルの違いだと思います。(中略)東洋的な学びがめざしているのは,「正解」じゃなくて,「成熟」なんだと思います。(内田 p257)
 東京人は,出会い頭にガツンとかまして上下関係をつくるというところがありますよね。人を批判するのも平気だし。(中略)それは結局「人間関係は使い捨て」だからですよね。地方からどんどん人が集まってくるから,いくらでも替えがきく。(中略)都市の開放性が,逆にじっくりと人間関係を熟成させていくことを妨げている。(内田 p271)
 中沢 その東北の人がぼそっと「有機農法とか言ってる連中は嘘つきが多いんだ」って。複雑な思いを抱えているんですね。 内田 このあいだ,秋田の白神山地のマタギの方と対談したんですけど,エコの人たちのことを嫌がってましたね。穏やかな方でしたけど,エコロジーとか自然環境保護の人たちには困っているって。(中略)自然に対していいことだけしようという発想は無理なんだって。(p273)
 日本では原発問題になると,推進派も反対派もたちまちこわばってしまう。推進派は「経済成長」という錦の御旗を掲げ,反対派は「被爆者の苦しみ」という錦の御旗を掲げて,その裾に隠れて居丈高な物言いをする。(中略)この「虎の威を借る狐」たちを笑いのめす文化的伝統を持っていないというのが,日本人の宗教的な弱さだと思う。(内田 p285)
 日本人は,上からの指示には従順だし,きちんと設計して精巧にものをつくることにおいては能力が高いんだけど,従来の手順では対応できない危機的状況で自己判断で動ける人材を育てるという気がぜんぜんない。(内田 p291)
 森の中から何か邪悪なものがやってくるっていうのがヨーロッパ人の自然観の基本なんですよね。人間の生活領域の向こう側に「闇の世界」が広がっている。 エコロジーというのは,それが逆転して,今度は「保護すべき宝物」になってしまったわけでしょう。でも,この「邪悪なもの」から「守るべきもの」への転換がなんとなく記号的な操作のような気が僕はするんですよね。(内田 p293)
 今度の震災以降に見えてきたことは,日本の地方の首長にはとても立派な人たちが多いということ。東北の首長たちの立派な立ち居振る舞いに対して,中央政府の連中がぜんぜんダメだとうのがくっきりと見えた。(中沢 p299)
 今度の震災で,市町村合併して自治体単位を大きくしたところが対応に苦しんだ。(中略)自治体のサイズを均一化し,制度を規格化したほうが経費が削減できていいっていうのは統治するほうの都合であって,される側にしたら大変迷惑なわけです。(内田 p299)
 いまのグローバル資本主義市場での消費行動って,要するに「クオリティが同一であれば,もっとも安い価格のものを買う」ということでしょう。でも,「うちの県内でできたものだから」とか「隣の村でつくっているから」というような非経済的な条件で消費行動をとる人が一定数いたほうが市場って安定すると思う。(内田 p301)
 橋口(いくよ)さんは震災直後からずっと原発に向かって「安らかに眠ってください」って祈っているそうです。福島の一号機って十年前にリタイアしていいはずなのに,耐用年数を過ぎてまでこき使った末に事故を起こした。これは酷使した人間が悪いんであって,原発さんには罪がない,と。むしろ「四十年間も働いてくれてありがとう」という「感謝」と「いたわり」の言葉がまずあって,「だからどうぞ鎮まってください」と祈るのが順番だろうって。僕はこの橋口さんの考え方,とても正しいと思うんです。これが日本の文脈ですよ。(内田 p304)
 「逆風」のとき,長期にわたる膠着戦や先行きのおぼつかない後退戦のときに,浮き足立たず,不機嫌にならず,絶望せず,仲間を決して置き去りにせず,静かな笑顔をたたえて自分の果たすべき日々の仕事をきちんと果たすことは,才能や学識だけではできません。例外的に禁欲的であるとか倫理的であるというだけでは務まりません。生命力の強さが必要です。「生物として強い」という条件が要ります。(内田 p333)

2015.08.19 三浦 展 『昭和「娯楽の殿堂」の時代』

書名 昭和「娯楽の殿堂」の時代
著者 三浦 展
発行所 柏書房
発行年月日 2015.05.10
価格(税別) 1,900円

● 船橋ヘルスセンター,江東楽天地,池袋ロサ会館,ボーリング場,東京オリンピック,競馬場,寄席。
 それぞれに1章をあてた7章で構成されている。

● 昭和の都市はこうだったという都市断面の解説であり,都市の歴史的変遷のある時点を切りとった都市現代史でもある。

● 船橋ヘルスセンターはテレビCMをかなり打っていて,そのおぼろな記憶はある。もちろん,行ったことはない。
 庶民に健全な娯楽を提供する施設ということなんだけれども,あの頃って,同じ庶民でも都市と田舎の庶民では生活がぜんぜん違ったはずだ。つまり,都市と地方の二重構造が歴然とあったような気がする。
 船橋ヘルスセンターって,当時のぼくには遠い憧れだったから。

2015年8月19日水曜日

2015.08.16 番外:文房具風水

監修 谷口 令
発行所 ブティック社
発行年月日 2013.08.20
価格(税別) 943円

● ここでいう風水とは,たとえば次のようなもの。
 お気に入りのペンを見つけて大切に扱うようになれば,自然と運気が上昇します。(p4)
 皮や高級感のあるカバーでノートを保護しましょう。物を大切にする優しい気持ちを高級な使用感が,良い運気を呼び込みます。(p27)
 スケジュールを書き込むための手帳とはいえ,隙間がないほど書いては逆効果。読みづらいし,良い運気の入り込むスペースがありません。(p35)
 切れ味の悪い刃物や,乱雑に綴じられた資料,キレイに修正されていない書類は,悪い気を呼び込みます。(p42)
 いい商品は金運を招きます。人目につきやすい万年筆,名刺入れや,パスケースを高級でハイセンスなものに変えましょう。(p49)
● これって風水ですかってなものだけれども,拡販のための手段ということなんだから,それでいいのだろう。
 このムックは,女子向けの文具のカタログだ。好きなものを選べばいいのだ。

2015.08.16 株式会社マークス 『MARK'S DIARY BOOK』

書名 MARK'S DIARY BOOK
著者 株式会社マークス
発行所 エディシォン・ドゥ・パリ
発行年月日 2009.09.11
価格(税別) 1,500円

● ジョイフル本田宇都宮店2階の文具店「JOYFUL-2」で購入。

● 「マークスがダイアリーの開発に取り組んだのは,当時,ビジネスマン向けの手帳は種類豊富にある一方,働く女性を意識して開発されたダイアリーはほとんど存在せず,働くオシャレな女性のためのデザインや意匠をまとったダイアリーの開発が求められていると判断したから」(p13)らしい。今から15年前のこと。

● マークスって外国のメーカーだと思っていた。そうじゃないと後から知ったときには,日本にもこういう製品を作れるところがあったのかと思った。
 まさしく「デザインダイアリーのトップブランド」なのだろう。「マークスの母体は雑誌やPR誌などのコンテンツ制作を手がける編集プロダクション」(p19)であることは,今回,初めて知った。

● マークスの製品では1日1ページの“EDiT”がよく知られている(と思う)。その“EDiT”も含めて,ぼくはマークス製品を使ったことはない。
 手帳はずっと能率手帳を愛用していて,たぶん,これからもそうだと思う。手帳に関しては多くの人が保守的なものだとぼくは思っているんだけど,若い人や女性はそうでもないのかもしれない。

● 「現在の手帳とほぼ同じものが登場したのは19世紀初頭,わずか200年ほど前のこと」(p38)らしい。それ以前は手帳なんて必要としない時代だったのだろう。
 人はないものねだりをするものだから,そういう時代が羨ましいと思ったりする。その分,生活水準は低かったはずだけど。200年前と今とでは,平均寿命がまるで違うのだから。
 ぼくらはいい時代に生まれたに違いないんだけれども,それは誰もが手帳を持って予定を確認し,備忘録をとって仕事の漏れを防ぐことを余儀なくされるという代償と引き替えになっているのだろう。

2015.08.15 森 博嗣 『孤独の価値』

書名 孤独の価値
著者 森 博嗣
発行所 幻冬舎新書
発行年月日 2014.11.30
価格(税別) 760円

● 宇都宮に出かける用事があった。が,カバンに本を入れるのを忘れてしまった。ので,駅ビルの書店で慌てて買ったのがこれ。

● 読み始めたら一気通貫。言われてみればもっとも至極。もっとも至極というのは,筋をつなげていけばこうなるしかないのだなと納得させられるってことなんだけれども,ある主の覚悟も背後にある。精神的怠惰は許されないし,自らにも許さない,といった。

● 以下にいくつか転載。
 人生には金もさほどいらないし,またそれほど仲間というものも必要ない。一人で暮らしていける。しかし,もし自分の人生を有意義にしたいのならば,それには唯一必要なものがある。それが自分の思想なのである。(p10)
 なかには,「寂しいといろいろ考えてしまって余計に憂鬱になる」と言う人もいる。この言葉が示しているのは,「賑やかなところではなにも考えなくても良い」という点である。もしかして,人は思考停止を本能的に望んでいるのだろうか,と思えるほどである。(p59)
 孤独とは楽しさを失う感覚だと述べたのは,結局は,失うというその変化が,寂しいと感じさせる根源となっている,ということであり,逆に言えば,楽しさは,苦しさや寂しさを失ったときに感じるもの,となる。(中略) 寂しさがもしマイナスだとすれば,それはプラスあってのマイナスだと捉えることができる。 しかも,こういった変化は当然ながら,生きているうちは繰り返される。まさに「波動」なのだ。ということは必然的に,「寂しい」「孤独だ」と感じることが,そののちに訪れる「楽しさ」のための準備段階なのである。(p66)
 そもそも,他人のことを「なんか,あの人,寂しいよね」と評することが間違っている。勝手な思い込みで,一人でいるのは寂しいこと,寂しいことは悪いこと,という処理を,考えもしないでしているだけなのだ。同じ価値観で返せば,そういう「考えなし」こそが,人間として最も寂しいのではないか。(p78)
 個別の恨みを無差別な対象へ向けるのは,本当の対象がわからないか,それとも,攻撃がしにくいから,それよりも手法的に簡単な対象を選んだにすぎない。そして,無関係であっても,騒ぎが大きくなれば,結果的には自分が恨んでいる本当の対象に自分の怒りが伝わる,という計算がある。これは明らかに,自分を認めてほしいという欲求から発するものであり,つまりは「甘え」である。こんな「甘え」による犯罪は,孤独を愛する派ではなく,孤独を恐れる派の犯行であり,つまりは大勢の人が属する常識的な価値観に基づいていることに気づいてほしい。(p100)
 物事を発想する行為は,個人の頭脳によるものであって,力を合わせることはできない。(中略) それどころか,考えるときには,ただ一人になった方が良い。静かな場所で,自分の頭だけを使って集中する。そんな孤独の中から,最初の発想が生まれる。(p108)
 芸術というのは,人間の最も醜いもの,最も虚しいもの,最も悲しいもの,そういったマイナスのものをプラスに変換する行為だといえる。これは,覚えておいて損はない。(p126)
 現代人は,あまりにも他者とつながりたがっている。人とつながることに必死だ。これは,つながることを売り物にする商売にのせられている結果である。金を払ってつながるのは,金を払って食べ続けるのと同じ。空腹は異常であって,食べ続けなければならない,と思い込まされているようなものだ。だから,現代人は「絆の肥満」になっているといっても良いだろう。(p128)
 失業者が増えても,生産はされているので,社会としては豊かになる。すべてを機会に任せて,人間は遊んでいても良い,という状況に近づいている,と極論しても,さほど間違っていない。(中略) しかし,人間は遊んでばかりでは,なかなか充実感を持って生きられない。社会のために自分が役に立っているという,という実感が欲しい。そこで台頭するのが,人間が人間に対してサービスをするような職種である。(p133)
 トータルとして俯瞰すれば,人間の肉体の活動が不要になり,頭脳の処理的作業も不要になり,今や人間の仕事の領域は,頭脳による「発想」へとシフトしている。「創作」的な活動が,人間の仕事に占める割合は,これからもどんどん増え続けるはずだ。(p135)
 年寄りが,風景に美を見るのは,おそらくは自分の死を身近に感じているからだろう。「この景色をあと何度見ることができるか」というセンチメンタルな感情が加味されるからこそ,美しく見える。なんでもないところに美を見つける目は,人の儚さから生まれるのである。(p140)
 手間暇をかけて飾り立てた美は,いわば人間の「労働」が作り上げた造形である。金をかけるのも同じだ。(中略)一方,洗練の美は,手を動かすことで作られる飾りではない。(中略)生み出すことに必要な労働時間の多さではなく,そこに込められた精神の深さに価値を見出そうとした結果なのである。(p143)
 誰も調べたことがないものに着目し,そこに自分の道理を見つけるのである。大事なことは,他者のやっているものを真似しないこと。本を読むのは良いけれど,学ぶことは研究ではない。学んでいるうち,つまり情報を吸収しているうちは,まだ発想していない。(p158)
 創作も研究も,今すぐ食べることには無縁である。つまり,生きること,生活からはほど遠い。(中略)しかし,無駄なものに価値を見出すことが,その本質であり,そこにこそ人間だけが到達できる精神がある。孤独が教えてくれるものとは,この価値なのだ。(p161)
 少なくとも心は自由でありたい。友達や家族の支えはあるし,感謝はしなければならないが,それでも,それが生きる希望である必要は全然ない。(p164)
 田舎から都会に出てきて,核家族になり,あるいは独り身で暮らす,というライフスタイルが許されるようになった。許されるようになったのは,それを望む人が多かったからだ。(中略9核家族だから子育てに不便だ,というのではなく,子育てを犠牲にしてでも,核家族の自由さが望まれた,というだけのことである。(p167)
 田舎では,まだまだ多少人づき合いを強制されることがあるし,従わなければならない古い風習が残っている。でも,これらが消えていくのは時間の問題だろう。そういう不自由さをなくさないと,田舎から人間はどんどん流出してしまうからだ。もしその過疎化の問題を解決したいなら,田舎も都会の価値観を受け入れるしかない。(p167)
 自分がやりたいように,というのは,やりたいことをじっくりと考えるということである。だらだらとさぼっていたい,今日はやる気がないから寝ていたい,では,やりたいことにならない。それは,やりたいことがない状態であって,人間としては死の次に悪い状態,生きているうちでは最悪の状態である。たぶん,孤独を拒絶し,それを怖れてばかりいる人生だったから,そんな仮死状態になってしまったのだと思う。(p170)

2015.08.14 塩田泰久 『呼吸力で人生に勝つ』

書名 呼吸力で人生に勝つ
著者 塩田泰久
発行所 講談社
発行年月日 1996.09.09
価格(税別) 1,553円

● 副題は「合気道の達人塩田剛三の健康と成功の極意」。塩田剛三とは合気道の達人らしい。著者はその息子。
 呼吸の仕方が解説されているわけではない。何秒で吐いて,何秒止めて,何秒で吸う,なんていう解説はない。
 いわゆる気についても何も出てこない。塩田剛三氏は生前から,気について語ることはほとんどなかったらしい。

● では,本書はどういう本かといえば,人生論ということになる。正調人生論。

● 以下にいくつか転載。
 人に好かれる好かれないなど気にする必要はないのだ。とにかく自分を磨いて,日々,完成に向かって研鑽する。人間は修養によっていくらでも変わるものだぞ。変われば,その器に応じた人たちが自然と寄ってくるものだ。(p79)
 カッときたり,恐れが生じたら,何はともあれ深呼吸。(中略)この呼吸力の根本にあるのが「中心力」です。それは身体の中心線-つまり,頭,膝,腰,足の爪先を結ぶ軸-を,どんな姿勢のときでもまっすぐに保つ力のことです。(p86)
 「小能く大を制す」が可能な理由としては,剃刀と錆びた出刃包丁を考えてもらえばいいでしょう。(中略)理由は切れ味の違いにありますが,もう少し突き詰めていえば,刃の面積の差です。(中略)同じ力でも道具の接触部分の面積が広いか狭いかで,威力には格段の差が出るのです。(p87)
 人間を動かすのは,金でもなければ,政治でもありません。その人間の魅力です。魅力とは人格,その人の仕事・行動など,すべてを含めたものと考えていいでしょう。人間はその人に感動してはじめて動くのです。(p90)
 漢方医学では「喜」の感情が増せば,全身の「気」の巡りが促進され健康になるとしています。(p128)
 人間,心次第です。私も経験がありますが,“駄目だ”と思ってしまうと,本当に駄目になるのです。(p132)
 敵だらけになるか,それとも味方を増やすか。ひとえに自分を捨てられるかどうかです。自分を捨てられる人に,敵は出ません。戦わずして勝つことになるのです。(p138)
 どんな人でも,なんらかの美点は必ず持っています。折に触れて,その美点を誉めていれば,美点がやがて全身に広がり,素晴らしい人になるでしょう。(p139)
 他人の短所をいつも非難している人がいますが,よほど暇な人だと思います。私も過去に何度か他人を非難したことがありましたが,そのたびに父にいわれたものです。「そんな暇があるならば,もっと自分を磨け。他人の悪口をいうのは,自分を見失い,自身を失っている証拠だ」(p140)
 オランダの画家レンブラントは,画家志望の若者に「絵を上手に描くには,どのようにすればよいか」という質問を受けたとき,「絵筆をとってはじめなさい」と答えたといいます。とにかく書いてみるのです。 方法を考えることは大切ですが,「下手な考え休むに似たり」。動いていく過程でよい方法も見つかるものです。(p143)
 実力だけでは小成に甘んじるのが関の山でしょう。(中略)大成に人を導くチャンスは必ずやってきます。肝心なことは,チャンスが来たとき,十分に飛躍できるだけの実力を養うことにふだんから専心することではないでしょうか。つまりは,「待つ」ことの重要さでしょう。(中略)むろん,自分からチャンスを作り出すことも不可能ではないでしょう。しかし,自身で作ったチャンスは,私の経験からすれば跳ねる程度には導いてくれても,飛躍までには到らないようです。(p153)
 私は「こんな単純なことを繰り返して,いったい何になうrのか」と心の中で呟いていましたが,今になって考えてみれば,単純な技を心を空っぽにしてやることが,技を体得する上でどれだけ大切なことか,身にしみてわかります。 素直になるとは,器を空にすることに似ています。新たな水を受け入れるためにも,一度満たした水を捨てるのです。(p165)

2015年8月17日月曜日

2015.08.12 リチャード・L・ブラント 『グーグルが描く未来』

書名 グーグルが描く未来
著者 リチャード・L・ブラント
訳者 土方奈美
発行所 武田ランダムハウスジャパン
発行年月日 2010.07.14
価格(税別) 1,700円

● グーグルを素描した本はいくつも出ていて,ぼくも何冊か読んでいるけれども,本書もその中の1冊。相手は巨大かつ複雑なIT企業の代名詞。それを取材しながらまとめていくのは,膨大な手間暇を強いられる作業になるだろう。よくまとめたものだと思う。
 が,類書に比べると,比較的おとなしい内容のように思えた。それでいいのかもしれないのだが。

● 以下にいくつか転載。
 ペイジランクだけがグーグルが優位に立った原因ではない。成功するベンチャーには,常に幸運という要素がからんでいる。ラリーとサーゲイもそうだった。たとえば,二人は市場の大きな空白に足を踏み入れ,思い上がりや,いちずな思い込みによって勢いを得た。(p99)
 ラリーとサーゲイは,ネット利用者が何を嫌うか,よく知っていた。検索結果を装った広告,目ざわりなポップアップ広告,ごちゃごちゃしてうるさいウェブサイトなどだ。そういったものを表示することは,ユーザーの利益にはならない。(p104)
 本当のところ,ネットユーザーの多くは驚くほどプライバシーには無頓着で,自らを守る努力などほとんどしない。それでもサービスを提供する会社には保護を求め,プライバシー保護論者には自分たちの代わりに闘ってほしいと求める。(p191)

2015.08.12 知的生産の技術研究会編 『達人に学ぶ「知的生産の技術」』

書名 達人に学ぶ「知的生産の技術」
編者 知的生産の技術研究会
発行所 NTT出版
発行年月日 2010.04.19
価格(税別) 1,400円

● 各界の著名人に知的生産の肝についてインタビューしたもの。

● 以下に転載。
 関口和一
 記者は取材して記事にしたらおしまいで,その情報を蓄積するということをなかなかしません。同じ会社の記者でも,別の記者の取材記事をそのまま鵜呑みにすることはありません。そのため引き継ぎの際には,資料も残っていなかったりします。記者は自分でゼロから取材するため,取材される側はいつも同じことを話さなくてはなりません。(p6)
 私は人に会って取材することが好きです。自分の知らない話が聞けて自分の知見が広がる。これほど楽しいことはありません。(p14)
● 茂木健一郎
 我々がやっている脳科学の論文もインターネット上に公開されるようになり,最先端のものをPDFで無料で入手できます。直接自分でいろいろな学術情報を得られる時代では,「独学」という姿勢ができていないとお話にならないのです。大学が教えようとする「カリキュラム」自体がナンセンスになってきているのです。(p23)
 中学や高校の英語の授業では,先生の話は聞いていたものの,手元ではずっと英語の辞書を読んでいました。とにかく通常の刺激だけでは眠くなるのですね。大学の講義でもノートは書いていたのですが,授業内容を記録していたわけではなく,自分の思いついたことを書き留めていたのです。(p24)
 「昔はドイツ語を学ぶ時,アー・ベー・ツェーを初日にやって,翌日にはもうニーチェの『ショーペンハウエル論』を読まされていました。野蛮な時代でした」。これは音楽評論家の吉田秀和さんの言葉ですが,本来,知的生産の現場はそういうものだったと思います。(p26)
 ある組織の中だけで完結している人は,もはや本当に輝いていくことはできないと思います。(p27)
 創造性は,脳の前頭連合野に入ってくる様々な要素の組み合わせや結びつきで出てくるものです。要素が一〇と一〇〇と一〇〇〇あるのとでは組み合わせの数が大違いですから,自分の中にいろいろな要素を持たせないと駄目なのです。そして,何が創造性に役立つかは,ずっと後にならないとわからない。(p28)
 僕は現代の日本人に欠けているのは,偶有性に対する感覚だと思うのです。今のお母さんたちと話していると一つしかないのです。「どうやったらブランド大学に子どもを入れられますか」と。それは偶有性から逃げているのです。(p32)
 自分に余裕のない人は自分のことばかり考えるのです。けれども,プロフェッショナルといわれる人たちには皆,他の人のためにやるという意識がある。(p32)
● 軽部征夫
 世界で自分一人しかやっていないことを探せ,それが独創的な仕事であり,オリジナリティのある仕事なのだ(p39)
 そういう「人がやれないことをやれ」というのです。「やらないことではなくて,やれないことをやれ」と。これがチャンスを生みます。(p40)
 盛んに「Follower(追従者)になるな」とおっしゃっていました。「人の真似をするな,文献を読むな」というのです。それで,私が「文献を読まないで研究できるのですか」と尋ねると,「文献を読むからFollowerになるのだ。文献を読むということは人の真似をすることだ」とおっしゃるのです。(p45)
● 久米信行
 倒産する企業を見分けるのはなかなか難しい。感じのいい人は信用したくなるけれども,そういう人が会社をつぶしたりします。(p55)
 東京は,世界でいちばんクラシックコンサートが多い都市ですし,おいしいものもたくさんあります。ミシュランガイドを作ったフランス人の調査員が驚いたそうです。「東京はすごい。なんでこんなに美味しい店ばかりなのだ。世界の有名な都市でも星が付かない店まで紹介してやっと一冊の本になるというのに,東京は都心六区の星一つ以上の店だけで一冊の本ができてしまう。無名の店でさえウンチクがあるから驚きだ」と。(p58)
 国立博物館の年間パスポートは四〇〇〇円で見放題です。図書館で本はタダで借り放題です。一言でいえば,昔の王様と似たような贅沢を誰でも味わえるのです。 ただ,世界的にこんなに恵まれた素材があるにもかかわらず,自分で活用してどんどん創造する意欲のある人は案外,少ない。もったいないことです。(p59)
 多くの人はインプットを優先し,それが醸成されなければアウトプットなどできないといった錯覚にとらわれていると思います。しかし,よいネタがあれば,それが旬のうちにすぐに出すべきです。それによって頭のメモリが開放され,新たなインプットがしやすくなるのです。(p62)
 心が凝り固まらず,伸びやかになるには工夫が要ります。私は今ならツイッターをお勧めします。今ここで味わった感動を日々蓄積していく。(中略)それはいつしかストックとなって価値を増します。(中略)瞬間の感動を書き続ける行為は,「自分メディア」を育む知的生産そのものです。(p63)
● 勝間和代
 私は都内の移動や通勤には自転車を使っています。また,出張する時も,車の中や新幹線に折りたたみ自転車を積んで移動し,できるだけ自転車に乗る機会を増やしています。自転車に乗って街の中を走っていると,街の様子や人々の表情を絶えず観察できますから。そういうものを観察している時に,いろいろなことを偶然的に思いついたりすることが多いのです。(p76)
● 佐々木俊尚
 トヨタ自動車のレクサスのCMはテレビであまりやっていません。マーケットリサーチをしてみると,レクサスを買うような人はテレビを見ていないという結果が出ているからです。(p91)
● 土井英司
 小学生や中学生になると,僕は,職員室に遊びにいくのが日課のようになっていました。休み時間になっても同世代の仲間とは遊ばず,職員室に行くのです。各教科の先生を訪ねていって,何か面白い話がないかと聞くのが僕の趣味でした。(p98)
 この時僕は,エンターテインメントによって人の心を救えるのではないかと漠然と思っていたのです。 しかし,そんな思いはすぐに砕かれてしまいました。僕が最初に配属されたのはゲームセンターだったのですが,そこはいわばいろいろな人たちの感情のゴミ溜め場みたいな場所だったのです。成熟社会になって人の心が病んでいるからエンターテインメントが流行るのであって,エンターテインメントが人の心を救うわけではない(p100)
 グーグルやアマゾンが得意としている領域には絶対に手を出しません。あえて効率が悪いところをフィールドとします。効率が悪いことにこそ人間の活動の意味の本質があると思うのです。(p103)
 ほとんどの人が金に負けるのですが,ごく一部に金に負けない人がいる。僕はそれが純粋な人間ではないかと思うのです。各業界で一流といわれている人は皆そうだと思います。なぜかというと,損得で考えたらできないはずのことをするからです。(中略)多くの人も努力はしますが,損だと思ったらやめてしまうのです。(p103)
 これまでの仕事の中で僕が会って一流だと思った人は,エネルギー量が違うのです。巻き込まなければいけないと思う人の数が違う。自分が飯を食えて,まわりにいる一〇人くらいの人に満足を与えればいいという程度では気がすまないのです。(p104)
 僕は才能というのは興味があるかないかの違いだと思うのです。興味があるからそれだけの仕事量をこなすことができる。興味があることに投じた時間が,他の人と違うからすごいのです。(p104)
 本は情報を売っているわけではないのです。その本を書いた著者が持っている世界の見方を売っているのです。読者がその著者のフィルターを面白いと思い,それを手に入れたいと望んでいるからこそ,その人が書いた本がベストセラーになるのです。 我々が,なぜ,フィルターを手に入れようとするのかというと,生存的に有利になるからです。(p104)
 インターネットから得た情報など,しょせん二次情報にすぎません。人は,本当の「本当」はそんな媒体には書きませんし,本にすら書かないことが多々あるのです。(p107)
● 蟹瀬誠一
 今,英語の上達術とは何かと聞かれたら,私はこう答えるでしょう。書けば書くほど英語はうまくなる。これにつきます。手が第二の脳といわれているのもわかります。事実,書いているうちにみるみる上達し,話す力も上達しました。(p114)
 個人が活用できる情報の最適な量とはどのくらいか。その目安が一冊の手帳に記載できる分量ではないかと思います。(p117)
 人は,情報が多いほど最適な判断が下せる,あるいは幸福になれるというわけではないようです。極論かもしれませんが,情報が多すぎると人は往々にして道を誤るのかもしれません。(p118)
 インターネットによる情報収集は一日一五分もあれば十分です。見るサイトも限定して,そこしか見ないようにするのがよい。(中略)油断しているとその中に埋もれてしまい,何もクリエイティブなものを生み出せなくなります。(p119)
 多くの人は本の内容を全部覚えようとし,講師の話も残さず聞いてすべてメモを取ったりしますが,そういう必要は全くありません。情報を「キーワード」化することで,手帳の限られたスペースに密度の濃い情報を詰め込むようにするのです。限られたスペースというのが重要なポイントで,ノートであればそうはいきません。(p119)
 頭の中で九割以上原稿を書いてしまい,それをパソコンで転写していくといったことでしょうか。(中略)執筆に要する時間は長いものでも一時間で,コラムなどは一五分程度で仕上げてしまいます。(中略)それで始終,頭の中で文章を作っています。(p121)
● 久恒啓一
 それまで会議でいつも散々にやり込められていたのが,図解化したとたんによく通るようになったのです。その時,「秀才は図に弱い」ということがわかりました。(p131)
 例えば部長は七合目にいる人で,会社全体に近い景色を見ています。平社員は三合目にいる人で自分の現場しか知りません。ならば平社員も七合目の視点で見ることができるようにしてやればいい。情報を使って視点を上げてやればいいのです。同じ景色を見て違う判断をする人はほとんどいないはずです。(p136)
 住民は自分たちが参加する部分があれば納得します。自分たちの意見が少しでも通れば納得します。ですから完璧な仕事をしてはいけないということになります。むしろ少々穴の空いた,いい加減な仕事をした方がいい。そうすると相手は,そんなことも知らないのか,と教えてくれます。ありがとうございました,気がつきませんでした,といっておけばいいのです。(p137)
 勉強だけをして何かを成し遂げ,第一人者となった人はいません。自分の足元の問題を掘って掘って掘り抜いた人が名を残しているのです。(p137)

2015.08.11 番外:BRUTAS 2015年8月15日号-わざわざいきたくなるホテル。

編者 西田善太
発行所 マガジンハウス
発行年月日 2015.08.01
価格(税別) 602円

● といっても,そこはBRUTAS流で,帝国やリッツ・カールトンのようなエスタブリッシュメントは登場しない。大半のホテルをぼくは知らなかった。

● 「蕎麦を啜りフレンチに酔う」といわれても,そんなものにオレは酔いたくないよ,とか思ってしまう。ま,見るだけでいいかなぁと思う。実際に行ってみたいとは思わなかった。

● ラグジュアリーホテルに関しては,ハードも接客などのソフトも食事やアミューズメントもどんどん良くなって,そういうところで差別化するのは難しくなっているのかもしれない。
 そうしたハードやサービスではなく,ホテルが立地しているその場の格とでもいうべきものが決め手になってきているのかね。人工的なものは行くところまで行ってしまっていて。

● たとえば,栃木県でいうと,高級ホテルとか高級旅館といえば二期倶楽部だったり山楽だったりするんだけど,いずれも那須御用邸の近くにある。
 その場の格が高級を生んでいるのかな,と。たとえ同じ環境であったとしても,他の場所に移築したら高級を維持することはかなり難しくなるのじゃないかなぁ,と。

2015年8月15日土曜日

2015.08.11 トム・アンブローズ 『50の名車とアイテムで知る 図説 自転車の歴史』

書名 50の名車とアイテムで知る 図説 自転車の歴史
著者 トム・アンブローズ
訳者 甲斐理恵子
発行所 原書房
発行年月日 2014.09.20
価格(税別) 2,800円

● 蒙を啓かれたところがいくつもあった。
 ひとつは,マクミラン型ペダル自転車(p22)。世界初のペダル式自転車は後輪駆動だったってこと。でも,その後は前輪にペダルを付けた自転車が主流になる。っていうか,それしかなくなる。

● グーズリー・ペダーヤン。折りたたみではないけれども,デザイン的にモールトンを連想させる。モールトンもゼロからかの形を発想したわけではないのだなと思った。

● そのモールトンは「小さなホイールの高圧タイヤのほうが転がり抵抗が少なくなり,速度は増すと確信していた」(p143)と紹介されている。
 実際,レースで実績も出しているようだ。今は,大きくて細いホイールの高圧タイヤに軍配があがっているわけだけど。

2015.08.08 番外:monmiya 8月号

編者 田島悠太
発行所 新朝プレス
発行年月日 2015.07.25
価格(税別) 352円

● 特集は“夏の麺”。そば,うどん,ラーメン,パスタ。要するに,栃木県のその種のお店を紹介。

● こうした店のランクを10段階で評価するとすると,1や2や3の店はこうした雑誌が取りあげることはないだろう。
 逆に,10や9の店の中には,こうした雑誌に取りあげられることを潔しとしないところがあるのではないかと思う。

● この雑誌の対象読者は30代くらいまでの若めの一般人ということになるわけで,店側が想定している顧客層と違う場合もありそうだし,雑誌を見て来るような人には来てもらいたくないと考える店主もいるかもしれない。

● というわけで,ここに乗っているお店は可もなく不可もないというところが多いのかなぁ,と意地悪く思っている。
 ぼくもここに載っていない,かなりうまい麺を出すところを2つ知っている。

2015.08.08 番外:日経トレンディ 2015年9月号

編者 伊藤 健
発行所 日経BP社
発行年月日 2015.08.04
価格(税別) 546円

● 特集は“常識が変わる日用品・文房具136”。

● この中で気になったのは,ソニーのデジタルペーパー(DPT-S1)。専用のペン(複数ある)で手書きすると,それをそのまま保存してくれる。それだけなら今までにもあった。シャープやキングジムが出している。
 このソニー製品はマーカー機能もある。筆記可能面積がA4。フル充電すると数週間は使えるという。重さは358グラム。PDFで保存される。
 マイクロSDも使えるので,パソコンに移すのも楽そうだ。ただし,価格は約10万円。

● 一覧性はどうなのだろう。紙のようにパラパラとめくれる感じは再現できるんだろうか。
 現状では惹かれるけれども買わない方向。価格がこなれてきても,うぅん,どうだろうか。紙に執着しそうな気がする。
 こうした製品があるってことは情報としては知っておきたいけれど,情報として知っておけばいいかな。

● デジタルペーパーが紙のノートを駆逐して普及するとは今のところ,ぼくには考えにくい。紙は紙として残るんでしょうね。

2015.08.07 八神史郎 『世界の自転車ミュージアム』

書名 世界の自転車ミュージアム
著者 八神史郎
発行所 彩流社
発行年月日 2013.12.30
価格(税別) 3,500円

● 著者のコレクションを紹介したもの。ごく初期の自転車から揃っている。もちろん,レプリカも多いんだろうけど,それにしてもこれだけ集めるのは執念というか狂気に近いというか。
 コレクターになるのは普通じゃできないね。初一念を貫けないと。著者もこのためにかなり多くのものを犠牲にしてきたのではないだろうか。

● ポスターやカタログも。現物を捨てないで取っておくことって,10や20なら簡単だけども,これだけになると意志の力がないと無理だ。
 っていうか,普通は意志の力があっても挫折するものだろう。自身の興味の対象が他に移ってしまったり,引っ越しのときに奥さんに処分されてしまったり。

2015.08.07 ランデヴー・アレックス・サンジェ編 『パリの手作り自転車 アレックス・サンジェ』

書名 パリの手作り自転車 アレックス・サンジェ
編者 ランデヴー・アレックス・サンジェ
発行所 飛鳥新社
発行年月日 2011.01.15
価格(税別) 5,619円

● 美術書のような造り。読み方も同じでいいのだろう。アレックス・サンジェ手造りの工芸品のような自転車を鑑賞すれば。
 絵画も細かいところをおろそかにしないで観ることが大切だと思うけれども,自転車はいっそうそうだろう。細部の造りこみがどうなっているか。

● しかし,そうなると読み手の水準が問われることになる。正直,ぼくにはわからない。パッと見た感じで,いいとかこれはちょっとというふうにしか受けとめられない。

● 車が普及する前,自転車は上流層の馬代わりだったらしい。当時は道路事情も今とは全然違う。ロードバイクは舗装された道路を速く走ることに特化した自転車だけれども,当時はオフロードにも対応する必要があった。
 ツーリングには荷物も積む必要があった。ランドナーと呼ばれるジャンルの自転車は,そうした当時の時代を反映したものなのだろう。

● そうして,お金持ちたちは,自転車旅行を楽しんだわけだろう。自転車って,世が世であれば,ぼくなんぞが気軽に乗れるものじゃなかったわけだ。
 それが今や,チャリンコなんぞと呼ばれるまでに大衆化した。価格が下がったからだ。パソコンもそうだけど,黎明期には考えられないほど安くなる。

2015年8月13日木曜日

2015.08.06 下川裕治・中田浩資 『一両列車のゆるり旅』

書名 一両列車のゆるり旅
著者 下川裕治
   中田浩資(写真)
発行所 双葉文庫
発行年月日 2015.06.14
価格(税別) 694円

● 著者初めての日本旅の紀行文集。本書のキーワードは特定地方交通線と駅前旅館。赤字線に乗って,駅前旅館に泊まる。

● 日本における安宿っていくつかあって,代表的なのはカプセルホテル。が,これは都市部にしかない。
 もうひとつは駅前旅館。駅前旅館はしかし,絶滅危惧種であって,だいぶ少なくなってしまったし,これからもどんどん減っていくのではないか,ということ。泊まるなら今のうちに。

● 以下にいくつか転載。
 川を堰き止め,斜面に水路をつくり,電気をつくりだしているエリアを走る列車は電化されず,下界の列車がその電気を使っていく。(p118)
 特急は速く,快適なのだが,無人駅を無視するかのように通りすぎていくことを繰り返していくと,人のいない駅に流れる風のにおいがふと思いだされ,なにか損をしたような気にもなってしまうのだ。(p134)
 こういうときは,できるだけ早く行動する。これまで何回となく出合ってきたトラブルからの経験である。ほとんどが日本ではなく,海外で遭遇していた。僕のようなバックパッカー風の旅を続けていると,列車やバス,飛行機の故障や自己にはしばしば出合う。飛行機の機材トラブルのときは,別の航空会社に振り替えられることが多いが,その飛行機の席にも限りがある。そこを支配するのは,早い者勝ちの論理である。(p272)

2015.08.04 西田文郎 『エジソン脳をつくる「活脳」読書術』

書名 エジソン脳をつくる「活脳」読書術
著者 西田文郎
発行所 エンターブレイン
発行年月日 2010.12.08
価格(税別) 1,400円

● 「成功なんて自転車をこぐより簡単!」がキャッチコピー。

● 以下にいくつか転載。
 仕事は厳しいものですから,現実は面白くないことばかりです。それでも苦しんで,失敗して,また苦しんで,やっと正解に辿りつけた時点で,はじめて面白くなってくるものなのです。 脳は,突き詰めれば突き詰めるほど興味を持つようにできています。これを私は,「小さな成功体験の積み重ね」と呼んでいます。(p42)
 「仕事が楽しくて,楽しくてしょうがない状態」というのはとても重要です。(中略)仕事に対し,この状態に入れるかどうかが,成功できるか,そのままで終わるかの大きな分かれ道になります。(p170)
 仕事に全力で取り組んでいると,先に進むには他人の知識を借りてくるしかない-本を読まないと先に進めないという事態に必ず遭遇します。(p44)
 本を読むという行為は,脳への情報入力=問いかけです。それを行動に移さなければ=出力しなければ,ただ情報を得ただけで終わってしまいます。入力したものを,プラスの出力,プラスの行動や言動で表現することで,それが再入力され,脳が強化されていきます。(p49)
 成功者はある段階までくると,「正しく,美しく」なければ,それ以上前に進めなくなるようになります。(p58)
 思考は,イメージと感情,さらに感情のもとになる記憶のネットワークに左右されて起こっています。つまり,思考というものは,イメージと感情の後からついてくるものなのです。(中略) そのため,いくらマイナス思考の人が,「思考を変えよう,思考を変えよう」と考えながら(=思考しながら)本を読んでも,いつまでたっても思考は変わらないのです。(p69)
 人間のひらめきとは実は,とても驚異的なことなのです。なぜなら人間の脳は,ひらめいた瞬間に,最後の答えまで出しているからです。(中略) そして,ここで問題になってくるのは,人間のひらめきは,意味記憶をする部分ではない部分で起こっているということです。そのため人間は,なかなかひらめきの内容を覚えておくことができないのです。(p100)
 成功する人は、みんなメモ魔という特徴があります。エジソンもメモ魔でした。(中略)メモをして実践すると,何らかの結果が出ます。結果が出ると,脳は自動的に,何がよかったのか,分析・評価して,問題点を把握します。それが記憶データに上書きされ,新たなひらめきの源泉になるのです。(p102)
 ここで重要なのは,「思う」ことと「思い込む」ことは違うということです。優秀な人間は,「イメージ」して,さらに「思い込む」ことができる人間です。(p111)
 ほとんどの人は,何かを判断する時,潜在意識が過去の記憶のデータを辿り,自動的に「無理だ」と判断しています。そのため,「思い込む」ことができません。(p122)
 成功できないソフトを持っている人にとって,有効な方法が,「かもの法則」です。「できるかも」という問いかけは,将来起こりえる“かも”しれない未来のプラスのイメージからくる,新しいデータです。 そのため脳は,過去の記憶からデータを引っ張って来て,可能か不可能かを判断するということができません。(中略) 「おれは天才かも」」と「おれは天才だ」は違うのです。ですから,「かも」の問いかけは,脳の究極理論なのです。(p129)
 「かもの法則」かぁ。多くの場合は,脳が「過去の記憶からデータを引っ張って来て」,類比するんだろうな。結果,「できるかも」とは思わせないことになりそうだ。
 凡人はそのように消極的に考えてしまうんですけどね。
 人間の脳は,何も意識していないと,不安や恐怖に対して「回避」をするようにできています。(中略)そうて得てして,人間の不安や恐怖というものは,泳ぐことや自転車をこぐことと同じく,一度乗り越えてしまえば,「なんだ大したことじゃなかったな」と,チョロく感じるものばかりなのです。(p144)
 ここで覚えておいていただきたいことは,「他人を変えることはできない」ということです。(中略)そして,「上司は,死んでも変わらない」のです。(中略) では,こういった場合,あなたは,どのように対応すればいいのでしょうか? その答えは,「他人に対する不満は,考えないようにする」ということです。(p150)
 人間にとって,何も考えずに,文句を言うとうのはとても楽なことです。上司は,何も考えずに,部下に文句を言うことができます。しかし,その裏で,部下の仕事の生産性が,大きく落ちていることを深く認識してください。(p156)