2015年7月31日金曜日

2015.07.29 日垣 隆 『つながる読書術』

書名 つながる読書術
著者 日垣 隆
発行所 講談社現代新書
発行年月日 2011.11.20
価格(税別) 760円

● 日垣隆さんが読書術について語ったもの。
 まず,現状はどうなっているか。それだと何が問題なのか。著者の認識は次のとおり。
 全体として読書量が急降下していることは,私のまわりの編集者を見ていてもよくわかります。彼らの大多数は,子どもの頃から本が好きで,本を仕事に選んだ人たちのはずですが,「ちょっとした空き時間には,ついiPhoneを出してしまう」という声が圧倒的です。(p31)
 毎月数冊の本を読む人は,世界でも有数の読書大国である日本の働き手ですら,いろいろな統計を見ても,一パーセントもいません。(p232)
 三〇歳から四九歳までの社会人が読書(自主的な学習や研究)に使っている時間は七分半ほどでしかありません。 現代は,何が起きても不思議ではない激動の時代です。ものを知らないこと,あるいは自分で熟慮しない習慣は,失業や生命の危険に直結せざるをえません。(p234)
● 読書はまず,批判を抜きにして,素直に書き手のいうことに付いていくことから始めることが大切だと説く。
 本を読むという行為の基本は,著者がどのように述べているかを,まず正確に読み取るということです。著者の思考回路に入り,その主張にいったん飲み込まれてこそ,素直な読み方ができます。(p65)
● しかし,いつまでもその段階にとどまっていていいわけではない。というか,自ずと次の段階に移行する。
 何冊か同じ手法で読んでいるうちに,「疑問が生じ,そのために簡単な本を読んでもみたが,まだわからない」という事態も生じます。それは読み手の理解力に問題があるわけではなく,その分野のいいポイントを突いている可能性が大です。(p68)
 ほとんど彼(佐高信)の頭になりきって読んでいくうちに,本能的であれ自覚的であれ,彼の隠したい部分や逃げたい部分,触れられたくない部分までわかってきます。 「こう言うときには,こう言い返すだろう」「ここで詰むな」という仮説をもとに実際の佐高さんの言動を見ていると,ぴたりと当たる。(p69)
● “書く”ことについても。
 一人で考えず,本を読んで多面的に考えることが,問題の海で溺れない方法ではないかと。そして,思考の海で溺れない方法が,文章を書くことです。同僚との議論は,それからです。(p132)
 具体的には三~六語の単語だけ抜き出して,手早く書き留めるようにしましょう。映像的思考回路の持ち主であれば,図式化したものを,さっと記してもいいと思います。 「メモは詳しく書かなければならない」と思っている人がいるかもしれません。しかし,それは思い込みです。そういう人に限って,長い文章を書けないのです。(p146)
 メモを細かく書くというのは,自分の考えが一つのメモににじみ出ていない,ほとばしっていない状態。つまり,そのテーマは自分の中でまだ成熟していないということです。(p146)
● ほかに,いくつか転載。
 「ベストセラーなんか絶対に読まない」という人もいますが,私の勝手な調査によると,その多くは硬派なインテリというより,モテそうになり頑迷な人です。(p46)
 知的好奇心は学問によって満たされるというのは,明治までの話でしょう。今は「学校を捨てよ,本を読みに出よう」です。(p92)
 「どう書くか」を最初に考えてしまうのは,仕方がないことではあります。しかし,最優先して考えなければならないことは,どう読まれるかということのほうです。(p163)
 私は図書館で本を読む人に好意的ではありません。敵とも思いませんが,勝手にやってくださいというスタンスです。 図書館で丁寧に私の本を読んでくれるひとを大切にしたいとも思いませんが,購入したうえで私の本を乱暴に読む人は大切なお客さんだと思っています。(p213)
 ブックオフの愛好者は,著者には何の利益ももたらさないとは言え,何かの妨害者ではないでしょう。ただ,客層が貧乏臭いだけです。失礼。ただし,ブックオフにしょっちゅう「お宝」を探しにいっていながら,ブックオフを敵と見なす偽善的な古本屋は,早く消えてほしいと思います。(p219)

2015年7月29日水曜日

2015.07.28 阿部 昭・橋本澄朗・千田孝明・大嶽浩良 『栃木県の歴史』

書名 栃木県の歴史
著者 阿部 昭
    橋本澄朗
    千田孝明
    大嶽浩良
発行所 山川出版社
発行年月日 1998.02.25
価格(税別) 2,400円

● 地方史を書く場合,都道府県を単位にして切りだすこと自体に,無理というか難しさがあるのじゃないかと思う。
 が,では他にどういう切りだし方があるのか。ともあれ,本書はコンパクトな下野史。

● 古代からパッと武士の時代に跳ぶ。日本史の時代区分でいえば,飛鳥時代,奈良時代,平安時代の記述はほとんどない。せいぜい下野薬師寺がちょっと登場する程度だ。
 この時代の日本はエリアが狭い。近畿地方がすなわち日本の歴史舞台であって,栃木県など化外の地であった。日本に入っていない。

● ぼくなんか,坂上田村麻呂は侵略者だと思っているからね。もっとも,東北ではその田村麻呂の人気が意外に高いらしい。
 実際には,東西の混血がどんどん進んで,“日本人”ができあがってきたわけだし,人の移動も広範囲に発生しているわけで,あまり歴史本に影響されるのもいかがなものかということだけどさ。

● 現在の日本人にとって,昔の日本は異国であって,内藤湖南に倣って応仁の乱以前は視野に入れなくてよいと思っている(内藤湖南が視野に入れなくていいと言っているわけではない)。
 やはり近現代史ということになる。戦後の占領政策をメインに据えて,その前後を渉猟すればいいのではないか。それ以外は専門家の領域。歴史はしょせん過ぎたことだしね。

● 近いうちに自転車で栃木県を一周しようと思っている。そのとき,ずっと自転車で走っているだけではもったいないので,史跡なり名所のいくつかには立ち寄りたいと思う。
 どこに立ち寄るか。それをピックアップするために本書を読んだ。その目的は達成された。

2015年7月28日火曜日

2015.07.26 立花岳志 『ノマドワーカーという生き方』

書名 ノマドワーカーという生き方
著者 立花岳志
発行所 東洋経済新報社
発行年月日 2012.06.14
価格(税別) 1,500円

● 副題は「場所を選ばず 雇われないで働く人の 戦略と習慣」となっているけれど,内容は読まれるブログの作り方。

● まず,著者の自己分析。 
 子供の頃から対人コミュニケーションが得意で,学生時代にはずっとバーテンダーやウェイターの仕事をしていたこともあり,営業としてバリバリ仕事をして会社に貢献しました。(p26)
 僕は独立志向が強く一匹狼的な生きかたを好む傾向にあるので,「面倒見の良い上司」がうまく務まりませんでした。部下の気持ちがわからないのです。 そして文章を書いたり自己表現することが好きな人間は自己承認欲求が強いですから,部下から陰口を言われたりすると深く傷つきます。(p28)
 僕は体重が190㎝あり,日本人としては非常に背が高い方ですが,学生時代70㎏前後だった体重が,37~38歳では105㎏まで激増してしまいました。学生時代は長身を活かしてモデルのアルバイトをしたりもしていて,自分の見た目に自信があったのですが,あっという間にその体型と,それに伴って自信も失ってしまいました。(p32)
● 「子供の頃から対人コミュニケーションが得意」だったというあたりに,秘訣がありそうな気がする。
 バリバリ仕事もするタイプで,小企業ではあっても,次期社長を打診されていたらしい。当事者意識をキチッと持って事にあたれる人なのだろう。
 読まれるブログを作るための要件というと,まずこのあたりではあるまいか。つまり,リアルでもきちんとやれる人であること。

● 以下にいくつか転載。
 ブログを始めるにあたり,一番最初に決めるべきなのは,「ブログのミッション」だと思っています。(中略) 僕の場合は「人生を劇的に変化させるためのきっかけにする」というミッションを与えました。(p37)
 「何か重要なことを始める時は,『何をやめるか』とセットで決める」ことが大切です。僕の場合,ブログをスタートする時に「これをやめる」と決めたのは,テレビでした。(p38)
 一つ言えることは,やはり「ブログのために投入した時間にアクセス数は比例する」という事実です。(p39)
 僕の場合はブログのミッションが「人生を劇的に変化させるためのサポートツール」なわけですから,大前提として自分を高めてくれる必要がありました。 でも独りよがりでは無意味で,自分を高めてくれた結果を,いかに簡単かつ有効な方法で読者の方達にシェアできるか,また逆に,自分の失敗体験をいかにうまく分析して説明することによって,読者の方が同じ失敗を経験せずに済むようにできるか。そういったスタンスが大切だと感じていました。(p40)
 ブログのアクセス数は少しずつ伸びていましたが,それでも2009年春の時点でも一日100程度で,とても運命が変わるようには思えませんでした。 ところが2009年春に大きな変化が訪れます。それがTwitterとの出会いでした。(中略) 今までのブログが「待ち」のメディアであったなら,ブログとTwitterの組み合わせにより,相手に向けて「攻める」ことが可能になったわけです。(p47)
 「一日100程度」のPVがあれば,だいぶ読まれているブログじゃないかと思うんですけどねぇ。それはパンピーの受け取り方なんでしょうね。
 自営業でお店を経営している方やフリーランスで活動をしている方,それに企業を経営している方などは,むしろネットでも積極的に本名を出し,顔写真も公開する傾向が強く,会社員の方や公務員の方といった,組織の中で雇用されて働く方達は,本名と写真を隠すことが多いようです。(p79)
 ネットで本気で活動をしていこうと考えた時,やはり漢字のフルネームと顔写真の公開はするべきだ,と考えるようになりました。 一番大きな違いはやはり責任の所在を明確にすることなのだと思います。(p80)
 ぼくも匿名でやっている。お見込みのとおりサラリーマンだ。ちきりんさんは,実名を出す意味がわからないということを書いておられたけれども,うーん,どっちの方がいいのだろうなぁ,これは。
 僕は自分のブログには自分というフィルターを通過して,読者の方と共有したい内容しか書かないことをポリシーとしています。これこそが僕の生命線なわけですから,お金が欲しいからといって自分が好きではない商品の紹介を書いたり宣伝したりすることは絶対にしたくないわけです。(p87)
 ブロガーとしてプロになるとはどういうことだろう。僕は考えました。 そしてたどり着いた拙論は極めてシンプルでした。 「人の役に立つことを書く」「嘘は書かない」「宣伝をしない」「魅力的な文章を書きたくさんの人に読んでもらえるようになる」ということです。(p88)
 せっかく定期的に読みにきてくれるようになった常連読者の方々を,いかに手放さずに捕まえておくことができるか。それが一番大切なことだと考えています。 そしてもう一つ大切にしていることが,読者の方とリアルにお会いすることです。「ブログのアクセス増のための方策としては意外と思われるかもしれませんが,これは実に重要なポイントです。(p121)
 ところが実際に24時間が自分のものとなると,そこには妙に平べったくて無機質な時間が横たわっており,そしてぼんやりしている間に一日は光の速さで過ぎ去ってしまうのです。 気づけばサラリーマン時代には仕事の合間に書けていたブログの一日3回更新もままならず,何をしているのかも良く分からないまま一日が終わってしまうようになりました。(p128)
 どうせブログをはじめたからにはたくさんの人にアクセスして欲しい。多くの読者に読んで欲しいと思うでしょう。そのためにとても大切な鉄則があります。 それは,軸を「自分」ではなく「情報」に置くということです。(p226)
 日々生きる上では辛いことや悲しいこともあるのですが,せっかくの情報発信の場を愚痴で埋めてしまうのはてとももったいないです。(p234)

2015年7月27日月曜日

2015.07.26 吉野朔実 『吉野朔実劇場 お母さんは「赤毛のアン」が大好き』

書名 吉野朔実劇場 お母さんは「赤毛のアン」が大好き
著者 吉野朔実
発行所 本の雑誌社
発行年月日 2000.01.20
価格(税別) 1,300円

● 吉野朔実劇場を読むのはこれが4冊目。マンガ仕立ての,書評というより,お勧め本の紹介。ミステリが多いように思うけど,それに限られるわけではない。

● 何を語っても,つまりは自分を語ることになるのかもしれない。この本ではあえて,自分の父親や母親,友人を引っぱりだして,彼らを語りながら自分をも語っているところがある。

2015年7月24日金曜日

2014.07.24 越智幸生 『小心者のアメリカ大陸一人旅』

書名 小心者のアメリカ大陸一人旅
著者 越智幸生
発行所 PHP
発行年月日 1999.10.28
価格(税別) 1,000円

● タイトルに惹かれて読んでみた。ぼくも自分を小心者だと思っているので。思っているというか,小心者に違いないので。
 特に,人に声をかけることができない。ホテルでもレストランでも,スタッフに声をかけるくらいなら,些少の我慢ですむなら,我慢してしまえばいいと考えるほうだ。
 いや,些少でなくても,我慢しちゃったほうが楽だ。スタッフに声をかけるくらいなら。そのくらい,人へのアクションを起こすのが嫌というか怖いというか。対人恐怖の気味があるのかもしれない。

● で,本書を読んだところ,著者はべつに小心者じゃなく,ごく普通じゃないかと思った。おそらく,小心を強調するように書いているところもあると思うんだけど,気をつけるべきところにきちんを気を配っているという印象だね。

● ただし,積極的に現地の人たちとの交流を求めるタイプじゃない。ハプニングを引き寄せるタイプでもないようだ。
 普通に動いて,自分に降りかかってきたあれやこれやを書いている。

● それが面白い読みものに仕上がっている理由は,現地を好きになっているからだ。アメリカ大陸といっても,本書のメインはメキシコ。
 著者はメキシコが気に入った。たまたま気に入るような人たちや暮らしぶりや風景があったってことなんだけど,ともかくメキシコと著者の波長が合った。著者の良きものがメキシコによって引きだされた。そういうことではないかと思う。

● 著者自身によるイラストもふんだんに登場する。わざわざ本文に書くほどのものではないと著者が判断したものの一部がイラストに回される。脚注的な感じ。そのイラストにも面白いものがあった。

2015年7月23日木曜日

2015.07.22 成毛 眞 『実践! 多読術』

書名 実践! 多読術
著者 成毛 眞
発行所 角川ONEテーマ21
発行年月日 2010.07.10
価格(税別) 724円

● 副題は“本は「組み合わせ」で読みこなせ”。語られているのは,でも,「組み合わせ」の勧めというよりも,読書や本に関する四方山話的なものだ。これが面白いわけだが。

● 以下にいくつか転載。
 限られた時間の中で良い本をたくさん読むためには,まず多くの本を手に取ってみなければならない。読む覚悟を決めるためにも,お金を惜しまず,自腹で買わなければいけない。せっかく買ったからと言って,あるいは読み始めたからと言って,無理に最後まで読むべきではない。途中で失敗したと思ったら最後まで読むことを諦めるか,必要なところだけを選んで読むべきだ。そうした読書スタイルを身につけることが大切だと思うのだ。(p3)
 中には,最近の本より昔の本のほうがおもしろいと言い続けている人もいるが,そういう人は最近の本をあまり読んでいないのではないか,といつも思うのだ。(p31)
 今の子どもたちは決して活字を読まないわけではない。第一に販売部数では雑誌ほどに書籍は影響を受けていないように思う。一点あたりの平均部数は減ったのかもしれないが,出版点数はむしろ増えているのではないか。第二にケータイ小説の影響で,女子高校生などは歴史上もっとも活字を読んでいる可能性がある。(p32)
 そもそも翻訳ものの古典に問題があると思う。まず昔の人の訳が下手なのだ。しかも,原典の文章も上手くないことが多い。それを組み合わせて考えればわかるように,何を書いてあるのか皆目わからないことがある。皆がなぜそういう感想を持たないのか,不思議でならない。 多くの昔の人は,じつは文章が下手だったのではないかと疑っているのだ。(p39)
 常識と言われているものは,すべて疑ってかからなければいけない。いわゆる経営書や入門書を読んでいる人たちは,常識の虜である場合が多い。(中略)それではいけない。(中略)疑う余地がないような論に対してこそ,疑うことをせずして,平均から逸脱できるはずはない。(p87)
 白洲次郎も微妙なところだ。庶民感覚から完全に逸脱した価値観があったからこそ,大きなことを成しえた。(p91)
 予定調和は,むしろ成長機会をなくした大人の好むものだ。(中略)子どもが汚いものや下品なもの,怖い話や悪人が活躍するストーリーが嫌いである場合は注意したほうがよい。(p92)
 私はお勧めしたい本しか紹介しない。五冊読んで一冊紹介するかどうかである。時間がかかる道楽のようなものだ。(中略) バカになりきらなければこんなことはできない。金銭的に合わないのだ。いつの時代でも文化は余剰から生まれてくるものだ。世の中に金と時間の余剰があるからこそ,王朝文学も歌舞伎も狩野派も生まれてきたのだ。(p107)
 書評も速報性が命だという点を忘れないことだ。発売から一年後に書評を書いても遅い。(p110)
 有名な『ご冗談でしょう,ファイマンさん』が良い例だ。書かれていることすべてを素直に信じ込んでいる人も少なくない。それはいくら何でも真面目すぎる。私は面白い逸話こそ,ファイマンの作り話が入っていると疑っているのだ。逆に真実を追究するはずの物理学者が,あそこまでストーリーを練り上げていると想像することこそが楽しいのだ。(p117)

2015.07.21 高橋源一郎 『還暦からの電脳事始』

書名 還暦からの電脳事始
著者 高橋源一郎
発行所 毎日新聞社
発行年月日 2014.07.25
価格(税別) 1,300円

● 著者はワープロやゲームパソコンにはいち早く乗ったらしい。にもかかわらず,本流には乗り遅れたと語る。その理由は次のごとし。
 いや,ほんと,その頃は電脳戦線の最先端にいたのではないかと思う。手違いが生じたのは,ぼくが使っていたのが,富士通の親指シフトキーボードのワープロだったからだ。(中略) ぼくのような,取り残された「親指シフター」たちは,もはやガラパゴスゾウガメのような絶滅危惧種となった愛機と共に生きてゆくしかなかったのである。(p8)
● ぼくもワープロは親指シフトで始めた。たしかに,親指シフトは優れた日本語入力法だったと思う。当時,ぼくは親指と人差し指(ときどき,薬指も)の2本指入力(左右で4本指)でやっていた。今はローマ字入力でほぼタッチタイプができるんだけど,今よりも当時の4本指親指シフトのほうが速かったし,タイプミスも少なかったのではないかと思うことがある。
 だから,それなりに親指シフトにこだわった。自分で買った最初のパソコンは富士通のFM-TOWNSⅡFreshだったけど,これは親指シフトで使っていた。そもそもが,親指シフトキーボードが使えるからTOWNSにしたのだった。

● が,著者と比べれば,諦めが早かった。ワープロも職場に導入されたのが使い始めたキッカケだったからだ。その職場が,何食わぬ顔で,パソコンはNECにしてくれた。
 親指シフトは捨てるしかなかった。ローマ字入力に切り替えるのに,それなりにストレスと闘うことにはなったけれども,まだ若かったんだろうな,さほど苦労せずに切り替えられた。

● が,著者も親指シフトのパソコンを特注して使っていたらしい。『還暦からの電脳事始』というのは,看板に偽りがあるかもしれない。

 iPadを使いだして,たとえば次のような変化があったという。
 CDを買うことが明らかに減ってしまった。(中略)じゃあ,音楽を聴かなくなったかというと,「自分史上最高」の頻度で聴いているのである。電車の中でも,仕事中でも,iPadにイヤフォンを突っ込んで(家にいる時は,ヘッドフォンを繋いで)聴いているのである。そりゃあ,せっかく組み上げたオーディオ装置+CDの方が音はいいのはわかっている。わかっているけど,面倒くさい・・・・・・。(p54)
● これもひじょうによくわかる。ぼくはスマホだけれども,スマホを買ってから,音楽を聴く時間が格段に増えたから。聴き方も同じだ。
 違うのは,「せっかく組み上げたオーディオ装置」なんてのを,ぼくは所有したことがないことだ。スマホ以前は,ノートパソコン+外付けスピーカがぼくの唯一のオーディオ装置だった。

● ほかに,ひとつだけ転載。
 ぶ厚い取扱説明書のないこのマシンは,子どもだって一人で,直感的に動かし方を学ぶことができる。竹刀を持った教師が,子どもたちを恫喝しながら,iPadの操作法を教えている・・・・・・なんて想像できない。日本の家電製品のあのぶ厚い取扱説明書には,なんだかイジメや受験勉強のにおいがするんだよね。(p169)

2015.07.20 松浦弥太郎 『40歳のためのこれから術』

書名 40歳のためのこれから術
著者 松浦弥太郎
発行所 PHP
発行年月日 2012.11.29
価格(税別) 1,200円

● 中高年を元気にしてくれる。あるいは,来し方行く末を考えるキッカケを作ってくれる。
 「七〇歳を自分の人生のピークにする」と言われれば,まだ時間はあると思えるという慰安効果もあるかもしれないんだけど。

● 以下に多すぎるかもしれない転載。
 僕は四〇歳になったときに,一つの目標を立てました。「七〇歳を自分の人生のピークにする」というものです。(中略) 貯金を切り崩して暮らしていくよりも,新しいことをして新しいお金が巡ってくる生活のほうが楽しいように,新しいことをして新しいものをとりいれる生活のほうが豊かです。なにより毎日が初々しく,新鮮だと感じます。(p18)
 「今さら成長なんてない」とあきらめている人は,脱皮するようなイメージをもってもいいでしょう。これまで身につけた皮を脱ぎ捨てて大きくなっていく。何度も脱皮し,「もう脱皮するわけがない」と思っても,まだ固い鎧みないな皮が残っていて,さらに一皮剥ける。さなぎが蝶になるように,そこから新しい自分が生まれます。(p24)
 いつでも余裕しゃくしゃくで,「なにが起きてもだいたい解決できますよ」なんてどっしり構えて凝りかたまるのは,あまりにも視野が狭くて悲しいことです。(p30)
 「四〇歳なんだから,落ち着いて見えなきゃいけない」「上司なんだから,なんでもわかっていなければいけない」「親なんだから,いちいち戸惑ってはいけない」 こんな枠は,すっと外してしまいましょう。(p31)
 さんざん吟味し,新潮に選び抜いた「いいもの」は自分の定番となりますが,選ばなくてもすでに持っている宝物があります。それは自分自身です。 自分自身を宝物として扱うには,手入れが肝心です。いつもさわり,清潔にし,かわいがることです。(p74)
 身だしなみとは,かなりのモチベーションになるものです。「きれいに整えば,人と会いたくなる」というのは,男性でも女性でも同じではないでしょうか。(p75)
 自分の隣の人,近所の人,住んでいる町内会の人たちに対してなにができるか? バスの運転手さん,駅員さん,買い物で行くスーパーで働く人など,毎日会う人たちに対してなにができるのか?(中略) 彼の毎日は,朝五時の掃除から始まります。家の前から掃き始めて,両隣,お向かいとエリアを広げて近所中をきよめていきます。 彼はまた,誰と会っても気持ちの良い挨拶をします。家の前を掃きながら,通学する子どもたちに「おはようございます」。ゴミを回収する人はたいてい数人で来るものですが,一人一人に「ありがとう,ありがとう」。(中略) 個人としての年収だけで億単位という人ですが,少しも偉ぶることがありません。 「今日はこんなことを人に与えて,喜んでもらおうと思うんだ」 にこにこし,目をきらきらさせて語る彼を見ていると,「なんてすできな七〇代だろう」と思うし,「僕もいつかこうなりたい」と憧れます。(p95)
 彼に教えてもらった「望みをかなえる方法」は実にシンプルです。「なにか望みがあるなら,いいことだね。それならまずは,それを誰かにしてあげなさい。そうすれば,簡単に手に入るよ」(p97)
 遠慮は相手の顔を潰すことにもなるので,ありがたくいただくに限ります。おごられ上手になるとは,相手の顔を立てることです。(p103)
 わずかなことしかできないのであれば,ひとつかふたつでも人の役に立つことがしたい。人が求めてくれるのであれば,それに応えることに人生を捧げたい。なりたいものになろうとし,自分を喜ばせることで一生を終えるのは淋しいし,楽しくない生き方だと思います。(p112)
 「人のためになにかしよう」 心に決めたときに大事なのは,「大きいことをしよう」と思わないこと。(p114)
 仕事を通して人に与えることができれば最上の喜びです。自分という歯車を,社会という大きな機械に合わせない限り,仕事は成功しません。人生そのものも空回りしていく気がします。(p117)
 実力があるゆえのマニアックさやプライドが,彼の邪魔をしているのではないかと僕は感じました。「お客様に喜ばれたい」という気持ちより,「自分が納得のいく料理を出したい」という気持ちが優先しているから人に喜んでもらえず,売上げにも結びつかないのではないかと率直に話しました。(p118)
 人が求めるものを与えるとは,単に極上のレベルが高いものを提供すればいいということではありません。相手を緊張させず,肩肘はらせず,それでも素晴らしいものを与える気づかいができたとき,本当の満足を提供することができるのだと思います。(p119)
 僕の友人である料理人が,頑張っているのに報われない原因はもう一つあります。それは,たくさんの人を喜ばせていないこと。食通といわれる人が大喜びするような料理を出す店ですが,そうしたお客様は大勢というわけにはいきません。(中略) 仕事を通じて自分ができることと,世の中の人が求めているものを噛み合わせていく。これも「与える人生」の練習になります。だからくれぐれも空回りしないように,よりたくさんの人と噛み合うように工夫しなければなりません。(p121)
 「自分の道を行きたいけれど,お金も社会的信用もほしい」というのは無理な話です。(p123)
 「長年のあいだ,これが正しいやり方だと言われてきた方法こそ,疑ってかかる」 これは一流の和食店のあるじに教えていただいた言葉です。(p163)
 上質な世界を目指し,成熟した大人にふさわしいライフスタイルに切り換えるとは,単にお金をたくさん使うことではありません。「感動にお金を払う」というルールが,すべての鍵を握っています。 たとえば,食べるものに気を使う。毎日使う野菜や調味料は,ほんのちょっと高いだけで,安全で感動できるようなものが見つかります。(p170)
 使ったお金が感動によって循環していれば,一生お金に困らない。僕はそんな気がしているのです。(p172) 僕は,どんなことがあろうと弱者にはなるまいと決めています。(中略)自分の弱さを振りかざし,すべてを人のせい,社会のせいにするのが弱者です。年齢を重ねると,しっかりしていたはずの人さえずるずると弱者の側に流れてしまうので,より注意したいと思っています。(p176)
 全勝で人生を終える人など,一人もいません。みんな負けを経験し,七転び八起きの言葉のごとく,勝者と敗者の役を交互に演じて生きています。勝者と敗者には実はそんなに違いはなくて,スタートラインに立っている時点で同じではないか。僕はそんなふうにも考えています。(p177)

2015年7月21日火曜日

2015.07.20 番外:別冊宝島 最強の文房具

編者 宇城卓秀
発行所 宝島社
発行年月日 2011.08.11
価格(税別) 838円

● 394の文具を紹介。モレスキンとトラベラーズノートについては,わざわざ数ページを割いて,特集的に扱っている。
 トラベラーズノートはとんがったというか,独特のヒキを持ったノートだとぼくも思うけれども,これを旅行記録だけに使っている人はまさかいないだろう。使うんだったら常用すべきだと思う。

● とはいえ,実際のユーザーの使いっぷりが紹介されており,これはたいてい面白い。面白いものを選んで載せているんだから,当然っちゃ当然。
 ぼくは絵心がまったくないので,きれいな絵やイラストを描いているのを見ると,すごいなぁと思う。

● 「学生のノートは覚えるためにありますが,社会人のノートは忘れるためにあります」(p55)とか,「学生時代の勉強と社会人の仕事の一番の違いは,コミュニケーションがあるかないかです。勉強は一人でできますが,仕事は一人ではできません」(p76)といった名句も登場する。
 が,コミュケーションを図るための文具として紹介されているものは,ビジネスに使うには遊びが過ぎるものだ。脱力系というか。コミュニケーション力があるできるビジネスマンが使っているとは思えない。

● 文具はストイックに使うものじゃない。楽しんで使えればそれに越したことはないわけだ。
 ぼくとしては,安価なものをジャブジャブ使うのがいいと思っている。究極のメモ用紙は(コピー済みの)コピー用紙の裏側利用だと思う。

2015.07.19 番外:旅する自転車の本 vol.4 ルネ・エルス解体新書

編者 鈴木喜生
発行所 枻出版社
発行年月日 2012.07.30
価格(税別) 1,500円

● かつて一世を風靡したというか,後生に大きな影響を与えたルネ・エルスの特集。と,わかったふうに書いているけれども,ぼくには不知の分野。

● 実際,この本の性格からして決してマニアックな内容ではないんだと思うんだけど,まぁ,ぼくには付いていけない。そんなものがあったんですか,という以上にはならないですね。

● 「エルス体験を語る」という座談記事だけは読んだ。語り手は,沼勉,渡部裕雄,上野修一の3人。ここからいくつか転載。
 エルスは,明らかに人を見て作ってる感じがするんだよね(沼)
 こういったことは,ずっと思いこんでいるとさ,仕事に悪い影響を与える。僕らは売れるもの作らなきゃいけないしね。自分の個人的な思い入れが,仕事のなかに変にチョロっと出てくるとまずいわけです。呪縛から切り離されないと,なに作ってもエルスモデル作っちゃう。(渡部)
 世界で最高レベルのオーダーメイドの,とくにツーリング車を作るのは日本しかないですよ,いま。(沼)
 本来の乗り物っていうのは,基本的に遊びがあって,その遊びのために道具がある。日本の輪行車も遊びがあって生まれたもの。エルスが来ても困ったのは,日本の使い方に合わない。結局,持ってる人は,道具に遊びを合わしちゃってる。逆なんだよね。(渡部)

2015.07.19 番外:旅する自転車の本 vol.2 スポルティーフが欲しい!

編者 鈴木喜生
発行所 枻出版社
発行年月日 2010.10.10
価格(税別) 1,600円

● 「メーカー開発者たちが語るマスプロランドナーとその時代」という座談記事がある。メンバーは,渡部裕雄,松井清隆,今井裕之,森田茂,荒井正の5人。
 その座談からいくつか転載。
 日本はオーダーメイドと言いながらも,パターン化した高級既製品が多いんですよ。本来マスプロの中に求めているものがないからオーダーに行くわけですけど,オーダーがあまり成熟していない。マスプロで十分の範囲内なのに作っちゃう。(渡部)
 道がよくなったせいか,昔のツーリング車の必要性をあまり感じなくなりましたね。(森田)
 スポーツサイクルのメインになるものをロードバイクが支えてくれているなら,そこを核として用途に合わせてアレンジしたものが枝葉のように出てくるという,そういう進化が自然なんじゃないかと思います。(荒井)
● 長距離をツーリングする自転車となれば,ランドナーやスポルティーフってことになるんだろうけど,上の座談会で荒井氏が語っているように,ツーリングもロードバイクでやろうと思えばできなくはない。
 泥よけやカゴだって付けられるんだろうから。

● ランドナーやスポルティーフの端正なたたずまいはたしかに美しいと思うけれども,ロードバイクだって美しい。
 目下のところ,ランドナーやスポルティーフは本書のようなムックでもって,眺めるだけで気がすんでいる。

2015.07.19 番外:折りたたみ自転車&スモールバイクLife活用術

編者 横木純子
発行所 辰巳出版
発行年月日 2013.08.05
価格(税別) 980円

● 特集は「夢の輪行,今こそ実行!」。といっても,通り一遍の紹介記事という感じ。実用性もないし,目新しさもないわけで,写真だけサラッと眺めて同じ。

● 結局のところは,カタログとしてながめて楽しんだ。

2015.07.18 宮田珠己 『日本全国もっと津々うりゃうりゃ』

書名 日本全国もっと津々うりゃうりゃ
著者 宮田珠己
発行所 廣済堂出版
発行年月日 2013.08.25
価格(税別) 1,500円

● 本書ではいくつかのキーワードが登場する。箱庭,異界感,迷路といった言葉だ。こういうものに著者は惹かれるのだ,と。

● 前著に比べるとスラスラと読めた。理由はわからない。

● 以下にふたつほど転載。
 旅行者によくある問題として,有名な刊行スポットに行くと,あらかじめざっくりした中身を知っているがために,現地ではその事前知識を確認しにいくだけの旅になってしまうジレンマがある。だが,そういう場所も,見るべきポイントを押さえようと思って見物するから面白くないので,見るべきものにはこだわらず,自分の見たいものを素直に見れば,面白いはずである。(p13)
 それはつまりこういうことだ。神社仏閣への参道のような,信仰に関する階段は上ってみたいが,単に物理的に高いところへたどりつくためだけの階段は却下だと。 なぜ宗教的な階段はオッケーかというと,そのような階段は高いところにたどりつくだけでなく,異界への道でもあるからである。(p148)

2015.07.18 カベルナリア吉田 『日本の島で驚いた』

書名 日本の島で驚いた
著者 カベルナリア吉田
発行所 交通新聞社
発行年月日 2010.07.31
価格(税別) 1,500円

● 『絶海の孤島』と同様に,日本の孤島(有人島)を訪ねる。本書はややジャーナリスティックに傾いている。その島の歴史についても解説する。
 が,この解説というのは以外に難しいものだと思う。場合によってはないほうがいいと感じさせることがある。

● 孤島ものというのは,紀行文のひとつのジャンルとして存在しているようだけれども,著者はそのパイオニアなんだろうか。
 とにかく,ぼくは初めて読むジャンルなので,へぇぇと思うだけなんだけど。

● 宿で晩飯を食べてから飲みに出かけるっていうパターンが,しばしば出てくるんだけど,晩飯を喰ってからでも飲めるのか。
 ぼくにはできない。体力の違いかもしれないけれども。
 てか,喰ってから飲むなんて,酒に失礼ではないか。

2015.07.16 宮田珠己 『日本全国津々うりゃうりゃ』

書名 日本全国津々うりゃうりゃ
著者 宮田珠己
発行所 廣済堂出版
発行年月日 2012.04.10
価格(税別) 1,500円

● ネットでの連載をまとめたもの。必ずしも軽い読みものを目指しているわけではないようだ。おちゃらけようと計算しているわけでもないようだ。
 いや,計算しているのかもしれない。宮田さんは生真面目な人なのだろう。その生真面目さでおちゃらけを目指そうとして,自分でも折り合いがつかなくて困っているという風情もある(と感じた)。

● ひとつだけ転載。
 ガイドブックを見ると,東照宮では,陽明門,《三猿》,《眠り猫》,《鳴龍》などが「見逃せません」ということになっている。しかし,「見逃せません」には気をつけないといけない。なぜなら,「見逃せません」以外のものを見逃すからだ。(中略)しかも「見逃せません」は多くの場合退屈だったりする。(p103)

2015.07.14 長谷川慶太郎 『日経平均2万5000円超え時代の日本経済』

書名 日経平均2万5000円超え時代の日本経済
著者 長谷川慶太郎
発行所 ビジネス社
発行年月日 2015.07.10
価格(税別) 1,500円

● 「経営トップが代われば株価はもっと良くなる」と副題が付いている。いいほうの例としてIHIが,悪いほうの例として東芝があげられている。
 平成27年3月期の決算が終わって,日本経済はかつてない増収・増益を記録した。それを反映した株式市場で,きわめてはっきりした兆候がある。 そのひとつは経営者の腕前次第で,株価がいかようにでも上下するということ。すなわち腕前のいい経営者が率いる企業は,たとえ目先の業績が悪くても,さらに時期を重ねるにつれて業績が大きく回復すると判断される限り、市場では高く評価されて「買い」が集まる。 その典型的な実例としてIHIが挙げられるだろう。(p40)
 3大充電器メーカーのなかでも,もっとも株価水準の低い東芝としては,(粉飾問題は)きわめて大きなダメージだった。その結果,瞬間ではあったが一時300円台に落ち込むほど「失望売り」が集中したのである。(中略) こうした経営戦略の誤り,あるいはまた社内管理体制の不備を追求された場合,経営陣が率直にその批判に応える姿勢を示すということが,いかにも重要なその企業に対する「評価」を左右する要素として大きくクローズアップされるのが現在の日本経済であり,その反映としての株式市場なのである。(p42)
 筆者はこの問題は一過性のものではなく東芝の経営体質から生じた構造的なものだと判断している。したがって問題解決のためには東芝を変えなければならないし,経営陣を一新しなければならない。 6月の株主総会で経営陣の交代を宣言しなければならない。人事に手をつけないのであれば,また同じことが起こる可能性がある企業と思われてしまう。(p79)
● 著者の日本経済に対する見方は,これまでも別の著書で何度も説かれている。まさしく,これからは日本の時代。技術力の高さと現政権に対する信頼がその基礎にあるように思われる。

● 現政権に対する信頼といえば,安全保障関連法案の強行採決は世上の評判がすこぶる悪い。けれども,岸内閣の60年安保が典型的にそうだったと思うのだが,ときの政権が世評に逆らって,強行採決に訴えてでも大きな曲がり角を曲がったとき,あとから考えてあれは間違いだったというのはほぼないとぼくは思っている。
 大衆は情緒的であり,感情的であり,目先しか見えず,冷静に利害を計算して戦略を立てる能力はないものだ。それを先導する野党やマスコミは,そうすることが自己の利益に叶うからそうしている(のだろう)。
 ぼく一個は,安倍政権の決定を支持するけれども,与党議員の間からも批判の声が出ているという報道がある。支持率が下がって次の選挙が心配だということか。
 与党にいれば,今回の法案が焦眉の急であることくらいわかっているはずだ(そうでもないのか)。

● 以下に,いくつか転載。
 一般の消費者は次々に新製品が市場に登場することを期待している。そのなかから,自分の気に入ったものだけを買おうとする。またそれができるのである。(中略) この買い手のニーズに対応するためには売り手である企業経営者は必死の努力と研究開発投資を次々と拡大していくだけではない。それを今度は画期的な性能を備えた新製品というかたちで市場に提供する義務を負っているのである。この義務を怠った経営者は必然的に企業経営に失敗せざるをえないというきわめてはっきりした,同時にきわめて強固な影響力をもつ原則の支配下に置かれていることを認識しなければならない。(p55)
 株主は努力を怠らない経営者を選別する。また選別するだけではない。それは株式の売買という行動に結びつける。それはまた同時に株式市場にきわめて強い活力をもたらす。(p57)
 いま中国から日本に年々倍増というテンポで「観光客」が殺到している。 その観光客のなかで,日本に何度も観光旅行しているいわゆるリピーターの人たちの比率が高まっている。 2014年までリピーターはほとんど存在しなかった。それが2015年に入って,とくに3月以降,リピーターが急増している。3月の実績では7対3の割合でリピーターのほうが多数を占めている。 この「日本観光旅行」とは,じつは「担ぎ屋」の集団移動なのである。(p59)
 日本は技術水準の高さを誇る国というだけではない。端的に言うならば,日本人はすでに21世紀の初頭において「知恵で生活する」先進国に発展したのである。(p62)
 いまでは日本は特許を売って経済活動,社会活動に必要欠くべからざるエネルギーと原材料,食料を輸入することができる国に変化したと言ってもいいかもしれない。(p66)
 上場企業の経常利益の総額は29兆円で,そのうち3分の1弱の9兆円が配当になると見られている。にもかかわらずこの配当を受け取った株主はほとんど消費には使わない。なぜなら株を買っているのは個人であっても基本的には経済的に余裕があるから,配当を株への再投資へと向けているのだ。つまり9兆円の再投資の資金が自動的に生まれてくるのだから株価にプラスにならないはずがない。(p74)
 パナソニック,ソニーを含めて日本の軽電,とくにテレビメーカーはその分野での製品選択がみんなダメである。だから中国,韓国のメーカーにやられているわけだ。見ていると,商品を選ぶ力がないというよりは,惰性で決めている。だからどんなふうに状況が変わっているという経済分析ができていない。(p81)
 筆者がいままで会ってきた経営者のなかには何人もの大物がいる。その筆頭が松下幸之助氏であることは間違いない。彼のすごかったところは,自分で身銭を切って経営を考えていたことだ。経営といっても「松下」という私企業だけを考えて経営したのではない。すなわち日本国の「経営」をも我が事として行動したことだ。そのいちばんの典型が松下政経塾であろう。聞くところによると,億単位の自分の金銭を政経塾に投資したという。(p102)
 筆者は忘れられない現場に立ち会ったことがある。それは企業が倒産する瞬間だ。(中略)すなわち昭和40年に倒産した山陽特殊鋼の倒産現場に筆者は立ち会ったのだ。 (中略)そして午前2時。荻野社長が話している声がふすま越しに聞こえてきた。「とうとうダメです。朝8時に会社更生法の申請を東京地裁に出します。長い間,ありがとうございました。ご苦労様でございます」 これで同社はご臨終。だがこの後,筆者が控えている部屋にやってきて,姫路にあった自宅に電話をかけ始めた。相手は奥さんだと思われる。 「身ひとつで家を出なさい。タンスのなかのものは一切持ちだすな。全部,債権者に渡す」と言うではないか。筆者はその光景を目の当たりにして感動を覚えた。そしてご夫人も社長の言う通りに,着物一枚持ち出さなかったと後に聞いた。 荻野社長は元警察官僚。規律に厳しい一面もあったが,人間性は素晴らしい人だった。しかし経営者としては会社をつぶしてはならない。ご自身の家族もそうだが,社員が1万人いたら,その4倍以上の4万人の人間が不幸になる。取引先の会社のことも考えたらその数は膨大なものになる。すなわち会社をつぶす経営者は人格とは別に,人間失格であることは間違いない。(p118)
 日本もアメリカ並みに5年ぐらいでダメになる会社が増えた。またひと昔前は名経営者と謳われていた人物が時代の趨勢とともに,落ちぶれることも多くなると予想される。 カルロス・ゴーン氏も同様だ。あれだけ日産をV字回復に導いた救世主と言われた人物がいまや日産の弊害となっている。お荷物扱いだ。彼の首に鈴をつけ,ルノーとの提携を解消することが日産成長の鍵になるだろう。(p121)
 経営者は淘汰される時代である。しかし逆にそれは能力のある経営者はとことんのし上がる可能性を秘めているとも言える時代なのだ。(p123)
 この新浪(剛史)効果はすごいものがある。新浪モデルと称してもいいかもしれない。日本のサラリーマンに独立の機運を与えてくれたのは間違いない。経済の活性化としては,優良な選択であるように思えてならない。(p125)
 日本の製造企業は経営者が先頭に立って,もっと積極的に自社製品を売り込むという努力をしなければならない。日本人の製造業者の悪い癖に「誰かそのうち目をつけて買ってくれるに違いない」という楽観論がある。いいものをつくっていればそれだけでいけると思っているわけだ。市場へ売り込んで,開拓せねば道は拓けない。まだまだ工夫の余地はあるはずだ。いまや,ひとつの仕事をじっとすわってコツコツやるだけの時代は終わったのである。(p173)
 いつの場合でも株式投資に成功する秘訣は,圧倒的多数の投資家の意向あるいは判断と正反対の結論を導き出して行動するということが肝要である。つまり,徹底して「少数派」の立場に立てる投資家だけが,株式投資に成功することができると言って過言ではない。(p185)
 誰もがさらに「一段安」になると判断して,市場に売り気配が漂っている時に,逆に,「買い」を入れる。これには強い「決断力」を要するとともに,もしその「買い」を入れた銘柄が自分の思惑と裏腹に値下がりした場合,いち早く「損切り」するだけの勇気が求められる。(p189)
 日経新聞を読むにあたっては,必ず「下から読む」,つまり広告から読むことが大切である。初めに広告,そして雑報という順に下から読んでいくべきである。なぜならば,そうした記事は新聞社の手が入っていない生の情報であるからだ。(p205)

2015年7月15日水曜日

2015.07.14 宮田珠己 『旅はときどき奇妙な匂いがする』

書名 旅はときどき奇妙な匂いがする
著者 宮田珠己
発行所 筑摩書房
発行年月日 2014.12.10
価格(税別) 1,500円

● なんか,抽象画を文章化したものを読んでいるような気になることがあった。「おわりに」で宮田さんが次のように書いている。
 旅についての本,つまり,旅先ではなく,旅そのものについて書かれた本は、あまりないように思う。
 自分としてはこういう実験をやってみたかったのだ。
 要するに,具体的な旅の紀行ではなく,旅それ自体に
いきおい,抽象的にならぬざるを得ないということか。いや,そういうことよりも,文章で遊んでいるところがあって,そこから抽象画という印象につながっているような気がした。

● 以下にいくつか転載。
 旅行中はなるべく,しがらみのない世界に心遊ばせたい。そうなると,日本とはかけ離れた土地に行きさえすればそれでよし,という簡単な話にはならず,むしろそんな非日常的な土地で日常的な光景を見せつけられると,逆にどこまで行っても脱出できない,お釈迦様の手のひらのなかで飛び回る孫悟空のような幻滅を覚えるのである。(中略) かつては,そんな逃げ腰ではダメだと自分を戒めていた。旅とは,日本の日常から,外国の日常へと身を移し,日本の日常を相対化することだと思っていた。 そのためにはなるべく多くの人と知り合い,話をし,その価値観を知り,自分にひきつけて考えなければならない。 それなのに,現地で知り合った人にうちに泊まりにおいでと言われると,多少の好奇心が働く一方で,やっぱり,面倒くさい,と思ってしまう自分の正直な気持ちは,長い間,劣等感の源だった。(p52)
 私が旅を書くのは,その旅をパッケージにして目に見える形で所有するためだったような気がする。 日本の日常から外国の日常へと身を移し,日本の日常を相対化する,(中略)それが旅の正攻法であるなら,私の旅はまったく逆で,自分にとって心地よいパッケージを次々と生み出すためにあったと言えるかもしれない。 世に役立つ旅,新しい知見をもたらす旅。そんな立派な旅は私にはもともと向いていなかったのだ。(p191)
 観光地でもない場所が,面白い旅を約束してくれることは稀である。というかほとんどない。 観光地を一歩出てみれば,さきほどまで自分がいた場所がどんなに見どころに満ちていたか思い知ることになる。(p65)
 気合いとは心身に力をいっぱいに込めることだと考えていたが,そうではない。気合いとは,そんなふうに病気に真っ向から対峙することではなく,お前のことなどまるで知ったことではない,との心構えで,言ってみればふわりと宙に浮くことだった。そうやって敵の攻撃を無力化するのだ。(p77)
 海に入ると,普段大地が覆い隠している非常な現実,つまり生と死は隣り合わせであるという現実が,世界のベースに横たわっていることが理解され,死が突然身近なものに感じられる。本来,大自然とはそういうものだが,深入りしなければそれを感じさせない山と違って,海は波打ち際の一歩先から不気味である。(p97)
 もし私が,ビーチチェアで寝そべるときがくるとしたら,それは,慌しく観光地をハシゴしていく旅行などは無粋の極みだ,という世間の圧力に屈したときだ。 本当は,やっぱり観光地をめぐりたい。持てる時間のすべてを使って,見られるものは見たい。 そうして歩き回って疲れたとき,そのとき初めてどこかに横たわればいい。疲れてもいないのに,最初から横になってどうするか。(p111)
 なによりいいのは,移動中は,自分はじっと座っているだけなのに,風景のほうで次々と移り変わり,常に何がしかの感慨を提供してくれることだ。(中略) つまり旅にまつわる面倒くさい様々な雑事がすべて棚上げにされ,自分はただ座っていられて,景色は面白く,荷物は肩に重くなく,それでいて時間を無駄にしていないという,旅のいいところだけを抽出したものが,移動なのである。(p120)
 インターネットの登場で,海外旅行が不自由になってきたのである。(中略) 当然予約を入れておいたほうが,安心かつ効率的であって無駄がない。 だが,効率的であって無駄がないことは,旅の自由さとは矛盾する。むしろそうなると,予約した通りに行動しなければならなくなって不自由なのである。(p140)
 以前ラオスを旅していたとき,三〇〇ミリ近い望遠レンズを持った西洋人女性を見かけた。鳥でも撮影するのかと思ったら,人ばかり撮っていた。望遠レンズがあれば,本人に悟られないで撮れるのだった。嫌な感じであった。(p157)
 聖なる山須弥山は,理念ではなく,地理感覚として存在する。 しかも須弥山は,上に行けば行くほど広がる逆四角錐になっている。頂上に至るまでには,オーバーハングの斜面を延々登り続けなければならない。このオーバーハングも,ラダック下流の大峡谷を彷彿させる。(p162)
 私は胸のなかに,どこにいても地形から逃れられないという妙な気持ちが高まってくるのを感じた。 その後もパンゴン・ツォにたどり着くまで,ずっと私は地形のなかを旅した。人間がここに道を作らなくても,この風景はずっとこの姿で存在していたのだ。それは想像を超えた事態だ,ものすごいことだという認識が,私を打った。自分の小ささが怖いようだった。(p174)
 たしかに私は親切だった。なぜか外国人旅行者を見ると,世話を焼きたくなるのだ。 私が日本を旅行するのは何の苦労もないが,外国人にとってはそうではない。だからつい口を出したくなる。それと同時に,彼らといると,見慣れた日本が違って見えてくるんじゃないかという期待もあるのだった。(p180)
 人間の住むところ,どんな場所にも生活はあり,生活のあるところ,どんな場所も本人にとって桃源郷ではないとするなら,桃源郷はよそ者が夢見心地で語る,楽観的な錯覚に過ぎないということになりそうである。 そのとき,無理矢理にでもこう考えることは出来ないものだろうか。桃源郷が錯覚であるのと同じように,現実もまた錯覚のひとつではないかと。 当事者にとって痛みさえ伴う現実が,他者からは桃源郷に見えるとするなら,当事者である自分自身を他者の目で眺めることによって,現実を桃源郷に変えることはできないものか。(p212)
 旅行中には旅行中なりのストレスがある。しかし,それは普段とは何か別の種類のものらしく,現実を少し浮き上がらせるような形で神経に作用し,どんな現実主義者をも,わずかに夢見心地にさせる。(p214)
 おそらく,われわれが現実と思っている日常は,自意識のせいで現実の絶対値よりもわずかに陰に籠もった側に偏っている。現実の絶対値は,われわれが現実と思っている感じよりもあっけらかんとしていて,意外性や異様さが含まれており,理路整然としておらず,わずかに幻想よりである。つまり現実はわれわれが認識しているよりもファンタジーなのであり,多少夢見心地なぐらいのほうが,現実に覚醒していると言ってもいいのではあるまいか。(p217)

2015.07.12 小山薫堂編 『小山薫堂が90歳のおばあちゃんに学んだ大切なこと』

書名 小山薫堂が90歳のおばあちゃんに学んだ大切なこと
編者 小山薫堂
発行所 PHP
発行年月日 2014.01.06
価格(税別) 1,100円

● 京都の清滝に暮らす秋山夙子さんが若い人に語って聞かせる,人生訓というか生活の戒めというか。語り口を活かして文章化している。

● 語られていることはしごくあたりまえのことで,何だよ,言われなくても知ってるよ,っていうことになる。
 が,同じことでも誰が語るか,どう語るか,どんな状況で語るか,によって説得力が違ってくる。

2015.07.12 カベルナリア吉田 『絶海の孤島』

書名 絶海の孤島
著者 カベルナリア吉田
発行所 イカロス出版
発行年月日 2012.04.30
価格(税別) 1,600円

● 青ヶ島(東京都),飛島(酒田市),舳倉島(輪島市),鵜来島(宿毛市),見島(萩市),悪石島(鹿児島県),硫黄島(鹿児島県),南大東島,北大東島(沖縄県),父島・母島(東京都)の10章。

● 病気や出産,高校進学。何にしても,島では完結できないから,本島や本土に出向くことになる。その移動費・宿泊費たるや,相当な額になる。金額だけの問題ではない。天気が悪ければ,船は欠航する。
 そういったことをあえて忍んでまで,なにゆえ「孤島」に住むことを選ぶのか。日本国憲法は居住の自由を基本的人権として保障しているんだぞ,と思うわけだけど,そういう荒っぽい理由で割り切れれば世話はないわけだ。

● 本書はそうした孤島を巡って,その印象を記していく。
 写真も著者が撮っている。この写真が本書のウリの大きな部分。旅行好きはカメラ上手が多い。旅に出れば撮りたくなるスポットが続出するわけだから,自ずとカメラを覚えるという仕組みがあるんだろうけど,カメラ好きな人が旅行好きになるってのもありそうだ。

● こうして孤島巡りも本になってしまった。この分野のニッチもどんどんなくなっているなぁ。あとから続く人は,何を書いたらいいのか少し以上に悩むことになるんじゃないか。

2015年7月11日土曜日

2015.07.11 下川裕治 『南の島の甲子園 八重山商工の夏』

書名 南の島の甲子園 八重山商工の夏
著者 下川裕治
発行所 双葉社
発行年月日 2006.12.20
価格(税別) 1,400円

● 沖縄の離島から初めて甲子園に出場した八重山商工。その八重山商工を追ったルポルタージュ。
 だけれども,本書は八重山商工を話材にした沖縄文化論といったほうがいいだろう。下川さんは本書によって自身の沖縄観を集大成したいと思ったのではあるまいか。

● 沖縄人の気質,沖縄が置かれた経済状況,沖縄の風土,本土との関係。そういったものが次々に展開される。

● それらを以下に転載。
 南の離島の子どもたちは意識を持続する力に欠ける。負けたときは,沖縄本島や本土の子どもたちと同じように唇を噛む。その後の練習にも熱が入るのだが,一カ月,二カ月とつづくうちに悔しさを忘れていってしまう。本土の人間のように根にもつようなしつこさがない。それは島の人たちのおおらかさでもあるのだが,裏を返せば甘さでもある。(p50)
 二〇〇五年の九月五日,沖縄県の秋季大会の組み合わせ抽選があった。それを眺めた仲里拓臣は少し顔をしかめた。組み合わせを辿っていくと,準々決勝で浦添商業と対戦することになる。その表情をみた伊志嶺は仲里に語りかけた。 「拓臣,そういうマイナス思考だからおまえはだめなんだよ。もう負けるような気分でいるんじゃないか。絶対に勝つ,気持ちで負けたらだめなんだよ」(p53)
 横浜高校の渡辺元智監督と小倉清一郎部長が野球の指導をしながら教員免許をとったのは有名な話だ。生徒と長く接することやふたりでベンチに入るための方策でもあったのだが,おそらく学校にしても,生徒に授業を教え,職員会にも出席する野球部の指導者のほうが教育者としての意識を共有できるのだろう。ただ単に野球だけの指導では優秀な選手は育たない。高校の授業とまったく違うところに野球部があるわけではないのだ。 千葉経済大付属の松本吉啓監督も,埼玉栄時代に大学に通って教員免許をとっている。 「野球の練習はきついです。どうしても授業中眠くなる。それを我慢して頑張る強さ。そういう生徒がいい選手になっていく。ふだんの生活がすごく大切なんですよ」 これがいまの野球部の多くの監督の考え方なのだろう。(p133)
 八重山ポニーズから十一人が入部するとき,伊志嶺は銀行から二百万円を借りている。甲子園融資などと本人は笑うが,八重山商工の監督を引き受けたとき,それは覚悟していたことだった。 野球は金のかかるスポーツである。(中略)その金も一年間でほぼなくなってしまったという。(中略)甲子園という夢。それはなかなか金がかかる夢でもあるのだ。(p147)
 本土のある私立高校は,甲子園に出場すると,在校生の家庭から一律二十万円の寄付を集めるという話を聞いたことがある。それを東舟道に話すと,嘘でしょ,といった顔をした。島ではそれより二桁低い資金集めに父母会は奔走していたのだ。(p159)
 八重山から甲子園。それはどうしても野球のレベルの話になりがちだ。しかしかつての八重山の野球が,そのレベルで甲子園に遠く及ばなかったように,島の経済力もそれを支えることができなかったのだ。(p160)
 元々,「男が働かず,女がしっかりしている」という南の国の構図が流れている。沖縄には「男逸女労」という言葉が生きているし,「男のひとりも養えないでなんで女か」という諺までいい伝えられている。つまり男が頼りない社会なのだ。 そんな沖縄社会は,家族を背負い,社会的な責任も果たさなければならない本土の男たちにしたら,心の芯がとろけてしまいそうな世界に映る。それを世間では癒しなどというのかもしれない。(p161)
 強いチームとあたっても接戦だが,弱いチームとあたっても僅差のゲームなのである。決して二十対〇といった大勝ちはしない・・・・・・。(中略) 八重山商工のOBたちともその話をした。(中略) 「そうだよな。なんとなくわかるな。八重山っぽい。相手をこてんぱんになるまでやらないんだよ。刺さないっていうかね。本土の人に比べて,沖縄の人はいろんなことを根にもたない気がするな。こう,このへんでいいよって思っちゃう。甘いっていわれれば甘いんだけど」(中略) その傾向は,沖縄本島より,離島に行けば行くほど強くなる。(p179)
 沖縄に限らず,南の国の人々は意味もなく頑張ることを嫌う。(p186)
 楽をして勝ちたい。だがこの言葉は禁句に近い。常に全力疾走が高校野球のイメージである。「勝てそうだから手を抜く」などといったら冷たい視線に晒されるだろう。(中略)しかし八重山商工野球部の戦いぶりを見ていると,どうしてもそんな発想が潜んでいるような気がしてしかたないのだ。(p187)
 沖縄,なかでも離島という土地はやはり本土とは違う。会社というものがしっかりしていないためか,終身雇用が定着しなかった。職を転々とし,ときにアルバイトをしながら働かないと生きていけないのだ。(中略) その分といってはなんだが,沖縄では仕事というものへのプロ意識も希薄である。ひとつの職種のプロになったところで生きていけないということなのだろう。なんでもこなさないと生きていけない土地だが,その分,要求される能力も高くない。職を転々とすることがあたり前になってくる。(p199)
 島の子はもっと本質的な島気質も備えもってしまっていた。それはタテ社会というものへの未熟さのような気がする。それは封建制というものへの不適応といい変えてもいいのかもしれない。もっとも沖縄の魅力もそのあたりにあるのだが,野球で強くなっていくには,それは決定的な島の弱さに伊志嶺には映っていた。(p224)
 夏の甲子園出場校のなかで,八重山商工の部員数は二番目に少なかった。それがまた好感を呼んだ。島の子どもばかりで,その人数も少なければ,どうしても応援したくなる。しかしそれは本土の感覚にすぎない。もし,八重山商工野球部の部員数が百人を超えていたら,チームがなりたたなかったのではないかという気がするのだ。本土のようにタテ社会が育ちにくいから,練習も上下の関係のなかで行えない。上級生が下級生を教える構造がないから,いつも伊志嶺が指示を出すことになる。伊志嶺の指導にも限界がある。島の野球部は,いつも少ない人数でなければ強くなることはできないのではないか。(p232)
 まだ若い高校生が,野球に秀でたというだけで人生を決めていく姿は残酷ですらある。ましてや彼らは石垣島で生まれ育ってきた。仕事というものへのプロ意識が薄い社会なのである。そこに本土から高額の契約金だの,年俸などといった世知辛い話が大手を振って舞い降りてくる。島の空気に触れながら,そんな話を聞くと,本土とはなんといぎたない世界なのか・・・・・・と思えてしまうのだ。(p246)

2015.07.09 高野 登 『リッツ・カールトン 至高のホスピタリティ』

書名 リッツ・カールトン 至高のホスピタリティ
著者 高野 登
発行所 角川ONEテーマ21
発行年月日 2013.05.10
価格(税別) 781円

● 本書はリッツ・カールトンのサービスの特長を紹介するのではなく,リッツ・カールトンを離れて,ホスピタリティの構成要素について語っている。

● 本書に登場するいくつかのエピソードの中で,最も印象に残るのは,“ハガキを送る美容師”だろう。次のような話。
 すると,帰り際に「よかったら高野さん,次回はお写真をもってきていただけませんか」と言われたのです。 「写真を何に使うの?」と,不思議に思って聞いてみたところ,「それは秘密です」とにっこり。(中略) ある日のことです。彼女からハガキが届いたのです。裏面を見た瞬間,私の中のものさしは,宇宙の果てまで吹っ飛んでいきました。(中略)そのハガキには,私がプリントされていたのです。寅さんが着るような衣装を身に着け,オレンジ色のかつらをかぶり,とても楽しい真ん丸のサングラスをかけ,口ひげをたくわえています。そして,その下に「そろそろですね?」と,一言だけサラリと書かれてあったのです。(中略) 会話の中で,私がホテルの仕事をやっているということを知り,「じゃ,高野さんは一生こういう恰好はできないな」と思ったのでしょう。つまり,彼女はそうやって遊んでくれたわけです。 それからは,毎回毎回「お見事!」とヒザを打ちたくなるようなハガキ,というより作品が届きました。(中略) そこに行かなくなったのは,彼女が辞めてしまったからです。じつは彼女には,保育士になるという夢がありました。(中略)そして、ついに彼女の夢がかなうときがやってきました。(中略) 一言,お礼とお祝いを言おうと,彼女が辞める最後の週に花束を持って美容室に行ったのです。すると,店内は,お花屋さんかと見間違う程,たくさんの花でうめつくされていました。(中略)美容師が一人辞めるというときに,こんなにお花が届くというのは,通常では考えられないことです。まさに圧巻でした。 人は,こういう仕事の仕方をすることもできるのです。単に髪を切るというサービスで終わるのではなく,まったく違うレベルの仕事です。(p142~)
● 以下に多すぎる転載。
 仕事の意味とは何か,組織が存在する目的とは何か。(中略)私自身,いまだに明快な答えを出せずにいるのですが,それでも,見えてきたことがあります。 人は誰でも,本当に人様のお役に立てたときは輝いているということです。(中略) さらに大事なことは,世の中のお役に立てたと実感できたとき,じつはその本人が成長しているということです。(p3)
 「相手の立場に立って考える」にはどうしたらいいのかということになるのですが,それには「自分のものさしを捨てる」ということが必要です。相手のものさしで見るという覚悟を決めることが,とても大事なポイントになります。(p19)
 リッツ・カールトンのホテルマンもやっているのですが,まずは丹田にグッと力を入れます。そして,ニッコリ笑って「自分は,すべてOK」と言います。 それがクレームであろうが,リクエストであろうが,自分の中にはすべてを受け入れる力がある,何があっても「OK!」という力を,一瞬で入れるわけです。(中略)逆に何もせず「何がくるんだろう」と,常に不安を抱えながら行動していると,お客様に向き合うことも,寄り添うこともできません。(p28)
 トップが「世界一になる」という夢をかかげ,その夢に自分が「巻き込んでもらっている」という意識だけでは,成長はありません。 成長というのは,トルネードの中で,グルグル回らされている立場から,自ら一緒になってトルネードを巻き起こす立場になっていくことです。(p36)
 人というのは,「本気になってこの人は自分たちのことを信用している,信頼しきっている」という思いが伝わってきたときには,その相手を裏切ることなどできません。(p43)
 誰か他の人にこの話を教えたときに,自分の中の感性の目盛りがいっきに上がるのです。事実を知ったときよりも人に話したときにアップするのです。(中略)要は,自分の中の「感性の筋肉を使ってアウトプットする」というのが重要なのです。(p49)
 おもてなしを形にするときの3要素とうものをご存じの方も多いと思いますが,それは,「装い・ふるまい・しつらえ」をいいます。この3つがちゃんとそろっていないとおもてなしになりません。(中略)おもてなしの本質というのも,やはり細部に宿るのです。細部は,日常という連続の中にあります。そのため,日常における自分の過ごし方が,おもてなしの感性のレベルを決めていきます。(p55)
 生きている限り,いつ何が起きるかはわかりません。それが,交通事故で両足を失い,気が付いたら病院のベッドの上にいた,という状況だとしたら・・・・・・。(中略) 私にはまるで想像できない世界です。しかし,そういうところから彼(島袋勉さん)は立ち直っていって,マラソンを走り,ツールド沖縄で314キロもの距離を自転車で走破し,ついには富士山にも登ってしまいました。 このエネルギーの源ってなんだろう? それが知りたくてしょうがなかったわけです。 これについて島袋さんは,非常に簡単な言葉でサラッとおっしゃいました。「高野さん,僕はね,できない理由を探さないことにしたんです」と。(p63)
 企業の改革も同じです。本来,会社の悪化した部分は手術やリハビリで治さなければならないはずです。しかし,企業のトップ,幹部としては,「研修をやったら痛みを感じなくて済むのでは?」などと,痛みをさける方法を考えてしまうわけです。 このとき,その痛みを受け入れて,それを次につなげて強みにしていく,という覚悟を決めると,企業再生は意外に容易にできるのかもしれません。(p67)
 堪忍袋が真ん中から切れそうになっているのが見えたら,大急ぎで針と糸を用意して,それを縫ってみる。そういうイメージを自分の中で作っていくのです。これは我慢力を鍛えるイメージトレーニングです。(p77)
 繊細な気配り,気遣いが女性的なホスピタリティであるなら,気働きは骨太な男性的なホスピタリティの形です。(中略)そしてこれこそが,トップが身につけるべきホスピタリティではないかと強く感じたのです。(p85)
 自分の部下が,大事なクライアントさんと話をしているときに,「上司たる自分がお茶を淹れる? コーヒーを淹れる? 冗談じゃない!」と捉えるのか。それとも,「部下にもお客様にも,日頃の感謝を示すことができる」と,楽しみながら捉えるのか。(p88)
 シュルツィ(リッツ・カールトンのトップ)は,どんなにカンカンになって叱っても,次の日にはケロリとしています。昨日のことなどまるでなかったかのように,笑顔で接してきます。これもまた,叱ることの中の大切な要素ではないかと思います。(p92)
 不思議なことに,コンサルタントの先生たちは失業しません。コンサルタントの会社がつぶれたという話は,ほとんど聞いたことがありません。 何故でしょう? それは,人は聞いた話を忘れるからです。(中略) 現に,あるコンサルタントの方は,「みんな忘れてくれるからありがたいもんだ」とおっしゃっていました。(p98)
 大げさなことをやる必要はまったくありません。自分自身がちょっと変わるだけでいいのです。その場にいた20人の方々が,1日に使う言葉を10個変えたとしたら,それだけで200の新しい言葉が生まれます。200の言葉が生まれれば,200の新しい行動パターンが生まれます。 そして,200の新しい行動を毎日続けたのなら,それが新しい習慣になり企業風土になります。組織を改革するとはそういうことなのです。(p99)
 本気のおせっかいはホスピタリティになるのです。本気にならないと中途半端になってしまい,結局それは余計なお世話で終わってしまいます。(p119)
 圧倒的にリッツ・カールトンらしさを追求していくことにより,競合他社が降りてしまうレースを考えるということ。ガチンコ勝負をしないわけです。(中略)しかし,それを形にしていくためには,社員たちの中に,それを楽しむ価値観が必要です。それなしには,いいアイデアは浮かんではきません。(p151)
 あの組織でなければダメだ。あの会社でなければダメだ。そのホテルでなければダメだ。あの人でなければダメだ。そう強烈に思わせるものがないと,人は動かないし買おうとはしません。今はそういう時代なのです。(中略) 自分は人から,「あの」が付く人だと思われているのだろうか。(中略) では「あの」が付く人になるためにはどうするか? それには,受け手が渇望しているメッセージに気が付いて,それを届けることができる必要があります。(p153)
 おもてなしの心を素直に表現できるホテルマンと,どうもうまく表現できないホテルマン。その違いがどこからくるのか? ということです。 そしてそれは,ほんの小さな習慣の違いから生まれる違いであることがわかりました。それを解くカギは,リッツ・カールトンのスタッフに対する,こんな問いかけにあります。 「あなたはこの2,3週間に,身近な人を喜ばせるためにどんなことを何回しましたか?」(p164)

2015.07.09 菊地武洋 『ロード乗りこなすならもっと業界一の自転車バカに訊け!』

書名 ロード乗りこなすならもっと業界一の自転車バカに訊け!
著者 菊地武洋
発行所 小学館
発行年月日 2011.04.30
価格(税別) 1,300円

● この本を読んだ人の何パーセントが,このレベルでロードバイクに向かっているのか。たぶん,1割には達しないのではないかねぇ。

● ぼくはロードに乗ってないしね。こういう読者もいる。
 図鑑を見るような感じで読んだ。本の読み方は読む側の勝手ってことで。でも,面白かった。

● 安さだけに眼がいってネット通販で買うことを著者も戒めている。といってもリアルのショップでもいい加減なところがだいぶ多そうに書かれていて,だったらネットでもさほどの違いはないんじゃないかと思ったり。

● 以下に,いくつか転載。
 先日知人から,オーダーしたフレームの設計図を見てアドバイスをしてほしいとお願いされた。自分で寸法や角度を考えたようで,設計自体は破綻していた。いくつか修正したほうがいい点を指摘したが,話をしているうちに「自分の好きなようにやっていいですか?」と言われてしまった。彼がボクに求めていたのは背中を押してもらうことであって,間違い探しをしてほしかったのではない。いかに自分が余計なことをしていたのか気づいて,大いに反省した。(p4)
 メンテナンスの要求頻度とパフォーマンスは比例している。高い金を出して,高い性能を求めると,メンテナンス不足に陥りやすく,問題を抱えている可能性も高くなるわけです。我々一般人にとっては高級車である必要性なんかないんだから,覚悟がないなら,普及モデルのほうがオススメです。(p12)
 サイクリストの中にも,メカにまったく興味のない人がいるでしょ。好き嫌いじゃなくて,興味がないって人。そういう人って自転車のことが好きだと勘違いしているだけで,好きじゃないし,迷惑。(p36)
 サイクルライフの充実はいいショップなくして成立しない。すぐに新車を買わせるような店は信用ならないし,説明が分かりにくいのは,店側がキチンと理解していないから難解な言葉を使うに過ぎない。(p87)
 みんな剛性って言うとフレームばっかり目が行くけど,自転車が走らない感じがするのは,ほとんどホイール関係なんだよね。(p108)

2015.07.07 森 裕治 『山の上ホテルの流儀』

書名 山の上ホテルの流儀
著者 森 裕治
発行所 河出書房新社
発行年月日 2011.02.28
価格(税別) 1,800円

● 著者は創業者の孫。本書にも詳しく紹介されているけれども,「山の上ホテル」といえば作家御用達の宿というイメージがある。
 つまり,ぼくなんぞは近づいてはいけないところ,と思っている。泊まってみれば,すこぶるカンファタブルなんだろうけど。

● このホテルに上手に年を取らせることが自分の仕事,と何度か語っている。創業者夫妻が手塩にかけたホテルだし,そのかけられた手塩がこのホテルの魅力の源になっているのだから,このホテルはあくまで創業者のもの。
 といって,時代は動く。そこのところの噛み合わせ方。言葉にすればそれだけのことだけれども,各論を埋めていくのは,胃が痛くなるような思いではないかと想像する。たぶん,創業するほうが楽なのではないか。

● ひとつだけ転載。
 世の中には今でも多くの古き良きものが存在します。なぜ,この古き良きものが時代を超えて残っていくのでしょうか。それは,人の心に染み入るからであり,そのような良いものは,いつの時代でも少ししかないからなのです。(p185)

2015.07.06 永江 朗 『書いて稼ぐ技術』

書名 書いて稼ぐ技術
著者 永江 朗
発行所 平凡社新書
発行年月日 2009.11.13
価格(税別) 740円

● 研究室で学術論文をまとめるのと,野にあって雑誌原稿を書くのとで,方法論に違いがあるのかどうか,ぼくにはわからない。
 象牙の塔という言葉はすでに死語になっているのだろうし,学術論文といっても,昔と今とではその内実はだいぶ変わっているのかもしれないし。

● 学術面での手引書には,もはや古典となった梅棹忠夫『知的生産の技術』がある。この本が刊行された頃は,当然,パソコンもインターネットもなかったけれども,そんなことはさしたる問題ではないように思う。
 基本的には,そのほとんどが現在でもそのまま通用するのではないか。

● さらに,『知的生産の技術』の著者は学術面の大家だけれども,ここに説かれていることは学術にしか使えないというものではない。
 だからこそ,ずっと読まれ続けているのだろうしね。

● その後,この分野の書籍がどんどん出ている。本書もその系譜につらなるものだと思うが,「知的生産」の範囲を超えて,人生をクリエイティブに生きるにはどういうことに気をつけたらよいか,といった内容になっている。
 という意味では,本書は人生論だと思う。

● 以下に,多すぎる転載。
 ひところ「やりたいことをやりなさい」とよくいわれました。あれはウソです。ウソはいいすぎにしても,本当にやりたいことをやれる人間なんてめったにいません。そもそも,やりたいことがわからない。(p27)
 大切なのは,「やりたいこと」より「やれること」,「できること」です。いまできることをやればいい。手持ちの札だkで勝負する。いちばん堅実で間違えないやりかたです。やれることをやりながら,少しずつやれることを増やしていけばいい。(p29)
 それまでまったく関心のなかったテーマでも,編集者から依頼(というかその前の段階の相談を)されると,関心がむくむくとわいてくるのです。新書をパラパラめくったり,図書館で関連書を眺めていると,おもしろそうに思えてくる。ものごとはたいてい,調べれば調べるほどおもしろくなります。「やりたいこと」でなくても,おもしろいことはたくさんあります。(p33)
 なかなか内定を取れない就活中の学生から相談を受けたことがありますが,彼らは「オレ/ワタシはこんなに優秀なのに,なんで不合格なんだ」と思っている。でも,採用試験は優秀な学生を決めるものではなく,部下にしたい・同僚にしたい人を決めるものですからね。(p46)
 私の経験では,ライターがラクしようと思っているような企画だと,編集者はがっかりしますね。書評を書きたいとか,映画評を書きたいとか。「なーんだ,汗はかきたくないのか」と思うことでしょう。(p53)
 企画というのは,あれこれ寄ってたかって揉んでいくのがおもしろいのであって,パワポ出力なんて,ただのプレゼン上手なやつ,としか印象に残りません。つきあってても,隙のない人はつまらないでしょう。(p55)
 あと,企画書はおもしろくないと。世の中,正しい,正しくない,は関係ありません。おもしろかつまらないかです。正しくてもつまらないものは,意味がありません。くだらないけどおもしろい,というのが最高です。(p55)
 専門分野とまではいわないけれども,得意分野をつくっておくことです。その分野の仕事を重点的にするうちに,ある時点からは意識しなくても自然と情報が集まってくるようになり,人脈なども広がっていきます。(p66)
 ただし,得意分野ができても,それ専門にはならないほうがいいと私は考えています。専門家,そのジャンルの評論家になってしまうと,今度はそれ以外の仕事が来なくなってしまうからです。(p71)
 忘れてしまうのは,それが重要なことでないからだ,という人もいます。(中略)しかし,本当に私たちはどうでもいいことだけを忘れているのか,重要なことは忘れないのか,とあらためて考えると自信がありません。(p81)
 ここしばらく私が使っているのはロディアのブロックメモ11番と革のケースです。(中略)このメモ帳さえ取り出しやすいところ,ジャケットの内ポケットであるとかジーンズの尻ポケットであるとかに入れておけば,いつでもどこでも忘れずにメモすることができます。 革ケースのポケットに入れたメモは,たまったら空き缶に入れておきます。企画を考えるときは,このメモを机の上に並べます。並べ方をあれこれ考えるうちに,企画が生まれてきます。(p85)
 いつもメモ用紙を手放さず,何か思いついたらすぐに書くようにするのもトレーニングのひとつです。この場合,「書く」という行為が大事です。ただ頭の中で考えているだけではアイデアにならない。(中略)字にしてみることで,さらにそこからアイデアが広がっていくこともあります。「書く」ことは同時に読むことであり,「考える」ことだからです。(p87)
 話をするとき,小声でモゴモゴいってたんじゃだめです。聞き取りにくいですから。小声でモゴモゴいうということは,相手のことを考えていないということです。相手に聞いてもらおうという気持ちがなく,自分のいいたいことだけいえばいいと思っているから,小声でモゴモゴになってしまうわけです。(p99)
 同じテーマの似たような本を何冊も買うのはもったいない気がするけれども,こうした素人だったらやらないようなバカなことをするのがプロというものです。(p111)
 読んだ本はできるだけ手元に置き,読んでない本を処分する,というのが原則です。読んだ本はまた使う可能性があります。(中略) 本棚を眺めて,十年以上開いたことのない本は,もう処分してしまってもいいでしょう。(中略)読まない本に埋もれて,読むべき本が見つからないのはばかげています。(p116)
 私たちは隙あらば自分をアピールしようという浅ましい本能があります。取材のために下調べをたっぷりした,それを認めてもらいたい。(中略)こういう自己顕示欲ともいえそうな気持ちが取材をしているときに頭をもたげます。その結果,相手にイエスかノーの二者択一を迫るような質問になってしまう。 しかし,「イエス」「ノー」で答えられる質問ほどつまらないものはありません。意外性もなにもない。(p118)
 フリーライターにとって「あたりまえ」や「当然」は禁句です。「あたりまえ」「当然」「自然なこと」といった瞬間,思考停止に陥ってしまいます。(p122)
 誰もが知っているところを探訪しても,商品価値は低い。商品価値とは情報としての希少性です。珍しいものに価値がある。ありふれたものには価値がない。(p127)
 珍しい場所とはどこか。それを探すには「いま,人が行きたくないところはどこか」を考えればいいでしょう。(p128)
 フリーライターの仕事は読者に代わって何かをする,いわば代行業みたいなものです。(p131)
 ルポルタージュの書き手は幸福になってはいけません。少なくとも読者よりは。私たちは他人の不幸が大好きです。(p132)
 ルポルタージュに名文は必要ありません。事実が正確に書かれていればいい。ライターの主観も個性もいりません。そんなのは邪魔なだけです。読者はライターのことが知りたいのではなく,ライターが体験したことを知りたいだけなのですから。(p133)
 二〇〇九年の夏,私は簡単な実験をしてみました。iPod Touchで森鴎外を読んでみる,という実験です。(中略)青空文庫で無料公開されている『渋江抽斎』をダウンロードしてiPodで読みました。違和感があったのは最初だけです。(p212)
 出版産業の将来について私は楽観的に考えています。というのも,人は「知りたい」動物だからです。「知りたい」に応える仕事は常にあります。(p215)

2015年7月6日月曜日

2015.07.06 番外:大好き! 折りたたみ自転車&スモールバイク

編者 安齋 聡
発行所 辰巳出版
発行年月日 2010.05.10
価格(税別) 900円

● これもミニベロのカタログですね。お印程度にユーザー紹介がある。

● ただし,自転車に関してはカタログを見るのは楽しい。とても買えないなと思うのが大半なんだけど(つまり,価格面で),そうだからこそ,見ていると幸せな気分になる。買えっこないとわかっているので,気楽にいろんな妄想を楽しめるわけだ。

2015.07.06 番外:ミニベロ街乗りバイブル

編者 小林豊孝
発行所 枻出版社
発行年月日 2008.07.10
価格(税別) 933円

● このムックでの主役は鈴木潤さん(グリーンサイクル代表)。たくさんの自転車に試乗して印象をまとめ,海外に取材にも行っている。実際には随行者のほうが大変だったのではないかと思うんだけどさ。

● その海外取材のレポートが面白かった。
 r&m社(ドイツ)のハイコ・ミューラーとマーカス・リーズ,ダホン(中国の深せん)のデビット・ホン,パシフィック(台湾)のジョージ・リンといった錚々たる経営者から話を聞いている。
 特に,ハイコ・ミューラーとマーカス・リーズの仕事部屋の写真が興味深かった。マーカスは電話をしているところ(実際に電話しているわけではないと思われる)が写っているんだけど,2008年のこの時期にスマホを使っていたようだ。

● パシフィックは,BD-1,ルイガノのジェダイ,タルタルーガも製造(OEM)していたんですね。こういう初歩的なことも本書で初めて知ることができた。
 それと,台湾の自転車メーカーはジャイアントだけではないということも。メリダやKHSといった大手も台湾の会社だったんですなぁ。

● 国内ではタイレルの廣瀬将人さんにもインタビューしている。それとミズタニ自転車の水谷利之にも。水谷氏の発言からいくつか転載。
 ミニベロ自体は別に新しいジャンルではないのです。なぜBD-1が新しかったかというと「スポーツ・ポジション」だったからなのです。(p114)
 僕は真横から見て美しい自転車は,いい自転車だと判断します。(p116)
 ヨーロッパやアメリカのユーザーは,自転車選びに対して,思ったより保守的なところがあるけれど,日本のユーザーは,自分の好むものに対しては非常にきちんとした評価と眼を持っていると感じます。(p117)
● 紹介されている自転車の中で,ぼくにも買えそうだと思ったのは,GIANTのMR4F(89,250円)とCLIP(90,000円)くらい。

2015.07.05 嶋ひろゆき 『仕事はすべてポスト・イットで片づく!』

書名 仕事はすべてポスト・イットで片づく!
著者 嶋ひろゆき
発行所 かんき出版
発行年月日 2011.03.14
価格(税別) 1,400円

● ポスト・イットの活用については,西村晃さんが何冊か本を書いている。手帳術とも絡めた本もあった。基本的にはそれでほぼ言い尽くされているんじゃないかと思うんだけど,今回,本書を見かけたので読んでみた。

● 本書に書いてあることは,ほぼ次の数行で尽きている。
 「1枚にひとつ」「おもいついたらすぐに」ポスト・イットに書き出した情報は,手帳の上で3つのグループに分けます。そのグループとは次の3つです。 1 TODO(短期的にやるべきこと) 2 スケジュール(行動の予定,イベント) 3 アイデア(思いつきや,情報) (中略)「この3つのグループ分け」をするだけで,(中略)仕事の優先順位づけや,プロジェクトの計画や,実行日の計画などが,いとも簡単に「仕組み化されて」,「自動的に」できるようになるのです。(p38)
● たしかに,便利に使えるツールだと思う。ポスト・イット使いの達人は,著者以外にもいるんだと思う。が,思いついたらすぐにポスト・イットに書く(メモする)という単純なことがなかなかできないんだよねって言う人が多数派なんだろうな。

2015.07.05 番外:ミニベロ・コレクション

編者 鈴木喜生
発行所 枻出版社
発行年月日 2010.07.10
価格(税別) 933円

● 小径車,フォールディングバイクのカタログ。

● フォールディングバイクが欲しい。ロードも欲しいけれども,優先順位が高いのはフォールディングバイク。
 で,買うとすれば台湾のメーカーにしようかな,と(その理由は前に書いた)。

● なので,GIANTのHALFWAYに注目。台湾製であることのほかに,78,750円という価格が魅力。
 っていうか,このムックに紹介されている自転車のなかでぼくが買えそうなものって,これくらいしかない感じ。

2015.07.05 カベルナリア吉田 『沖縄自転車!』

書名 沖縄自転車!
著者 カベルナリア吉田
発行所 東京書籍
発行年月日 2006.07.15
価格(税別) 1,600円

● 沖縄を自転車で走る。本島だけじゃなく離島も。
 走行距離は1日に30㎞程度。かつて,高橋尚子は2時間20分で42㎞を駆け抜けた。自転車で1日に30㎞しか走らないのでは,止まっているようなものではないか。

● が,当然,意図的にそうしている。東京から那覇までも,飛行機ではなくてフェリーを使っている。ゆっくり時間をかけて,をアピールポイントにするという戦略。
 が,当時はLCCはなかったけれども,今はフェリーの2等船室より飛行機のほうが安かったりするのではないか。それでもフェリーを使うかね。お金を払ってのんびりを買う?

● 内容の過半は現地の人たちとの交流。石田ゆうすけ型だ。写真も自身が撮っている。紙の本だけれども,そのままネットにあげるにも適していそうだ。

● ともかく,沖縄自転車紀行として本書がある以上は,次に同じことをやって文章に書く人は,よほど上手く工夫しないと二番煎じになってしまうだろう。

2015.07.02 長谷川慶太郎 『株価上昇はまだまだ続く!』

書名 株価上昇はまだまだ続く!
著者 長谷川慶太郎
発行所 李白社
発行年月日 2015.06.30
価格(税別) 1,000円

● 長谷川さんが定期的に開いている勉強会(会員制)でした話をまとめたものかと思う。話のあとに,会員からの質問を受けて,それに答える。
 本書はその最近のものを文字にしたもの。

● 結論は日本の株は買いであるということ。重厚長大株(三菱重工など)と三大メガバンクを推奨している。
 バブル期のように土地神話があれば,余っている資金も土地に行くでしょうが,もはや土地に投資する時代は完全に終わりましたから,資金が向かうところは株しかないといえるでしょう。(中略) では今後,日経平均はどうなるか。おそらく夏前には2万2000~3000円を付けるでしょう。さらに年末には2万5000円の水準に達するのではないかと思います。しかも日本の株価は来年も常用が続いていくはずです。もちろんこれは株バブルなどではなく,企業の実際の利益の反映だといえます。(p62)
 今後,順調に株価が上昇していくなかで,ではどういう銘柄を選べばいいのか。まずはいつもお奨めしている(中略)重厚長大株。次に(中略)メガバンクです。どこも儲かっています。特に狙い目なのが株価が割安のみずほでしょう。(p73)
● 長谷川さんは中国はもたないと言っている。では,中国が崩壊したあとの暴落期が絶好の買い場になるのではないか。と,ぼくは思っていて,そのための準備をしておこうかなどと考えていたんですけど。
 中国崩壊は日本にとっての金融危機ではありません。中国崩壊によって日本の株価が下がったとしても,そんなのは瞬間的なことです。(p114)
 中国が崩壊すると世界的な株の大暴落が起きるという人もいますが,そうはなりません。なぜなら世界の経済界の人々はすでに中国が潰れるという前提で物事を考えているからです。(p146)
● その他,ふたつだけ転載。
 日本の個人投資家はこのムーディーズのような格付け会社を相手にしてはいけません。なぜなら2008年9月のリーマン・ショックによってアメリカの格付け会社は完全に権威を失ってしまったからです。(p120)
 安倍首相にとって今回(2014年12月)の総選挙はまさに乾坤一擲の大勝負なのですが,裏を返すと,このようなことができる政治家でなければ政権を握ってはいけません。今回の総選挙の先には与党の勝利と野党の崩壊が待っているのです。(p127)

2015年7月2日木曜日

2015.07.01 番外:折りたたみ自転車&スモールバイクLife vol.5

発行所 辰巳出版
発行年月日 2012.02.01
価格(税別) 980円

● やはり「拝見! 十人十色のスモールバイクライフ」と題して,ユーザーを写真入りで紹介。
 折りたたみ自転車でもモールトンをはじめ,高価なヨーロッパ車がある。ちょっと手が出ないねぇ。

● 広告連動記事もある。というか,かなり多い。記事と広告の境が曖昧。この種のムックの特徴というか宿命なんだろうけど。

● 今乗ってるミニベロのギアチェンジがうまくいかなくなってしまった。操作レバーとワイヤーの固定がほどけてしまっている。
 もう,とっくに減価償却は終わっていると思うので,買い換えたいと思うんだけどね。ロードと折りたたみの2種が欲しい。どちらかといえば,折りたたみが優先かな。

● 今度はネットではなくて,リアルのショップで買おうと思う。何かあったときに安心だから。問題は近くにショップがあるのかどうか。
 宇都宮のヨドバシにも自転車売場はあるんだけどね。

2015.07.01 番外:折りたたみ自転車&スモールバイクLife 2013

発行所 辰巳出版
発行年月日 2013.01.25
価格(税別) 980円

● 読むというより,ザッと眺めていったという感じ。

● 特集は輪行と「折りたたみ自転車のある生活レポート」。後者はユーザーを写真入りで紹介。読んでも最も楽しいのはこの部分。
 こういう人が折りたたみで自転車でこういう楽しみ方をしているのか,と。

2015.07.01 三浦 展 『「情報創造」の技術』

書名 「情報創造」の技術
著者 三浦 展
発行所 光文社新書
発行年月日 2010.05.20
価格(税別) 740円

● これは読んでおいて損はない。というか,特に若い人たちはぜひとも読んでおくべきではないかと思う。
 以前から薄々感じていたことが,そういうことだったのかとウロコが落ちる快感を味わえた。

● たとえば,次のようなことだ。
 しかし問題は30歳くらいを過ぎてからです。30歳を過ぎてもずっとまねをしているのはいかがなものでしょう。20代までに人をまねして,知識を吸収して築いた基礎の上に自分なりの独創性,個性,つまり,「まねない力」を加えていかなければならないはずです。そうしないと生き残れない時代が来ていると思うのです。(p13)
 そういう提案をするために大切なのは,「相手を説得しよう」「自分がやりたい方向に進めよう」という気持ちです。そういう気持ちがあれば,集めた情報から何が言えるかを真剣に考えようとするはずです。(p14)
 企画を2,3本出せと言われると,たくさんのアイディアの中から選んでしまう。結果として,いちばん完成度の高い企画とか,いちばんすぐにもできそうな企画ばかりが出てくる。でも,そういう企画って編集長である私から見ると面白くないことが多いんです。もう私が昔考えたことがあるとか,すでに記事にしたことがあるような企画だからです。 しかし10本出せと言われると,スタッフ本人はつまらないと思っているもの,こんな企画を出したら馬鹿にされそうだと思うようなもの,この雑誌にはこんな企画は合わないかなと思うものでも出さざるを得ない。そうやって12人のスタッフが出した120本の企画はまさに玉石混淆ですが,しかし「玉」があるわけです。(p42)
 私はアンテナよりも情報を可視化する装置の方が大切だと思っています。(中略)私の家のテレビはまだ地デジではありませんが,地上波でもクラシックのコンサートを聴くと,ものすごくいい音です。そのことがわからないのは,普通のテレビのスピーカーで聴いているからです。ちゃんとしたステレオにつないで再生すると,「なぜこれをデジタルに変えなきゃいけないんだ」と思うくらい,ものすごくいい音です。つまり,すでに情報は来ているんです。(p49)
 街歩きをすると,企業の人の中には,どこに仕事のネタがあるだろうかと探し回る人がいますが,そんな都合のよいネタがいつも転がっているわけがありません。どうのような街であれ,自分が楽しみながら,街の空気を吸う,時代の空気を吸うことが重要なのだと思います。(p63)
 重要なのは,アンテナを張り巡らすことではなくて,アンテナに引っかかった情報をもとに実際に行動をするかどうかじゃないでしょうか。(中略) 今の時代は情報がたくさん手軽に手にはいるので,情報を見るだけで時間がつぶせるから,かえって主体的に情報を調べたり,実際に行動しなくなっている危険性があります。(p64)
 人間は知らないものは見えない,感知できないという傾向がある。だから,情報を映し出すためには,知識をたくさん持つことが重要なのです。知識なしにまっさらな気持ちで情報に触れるべきだという考え方もありますが,それはちょっと文学的な考え方ですね。(p75)
 実は中立的で客観的なだけでは情報は見えてこない。これは好き,これは嫌い,これは疑問だ,これは問題だといった個人の価値判断があったほうが見えやすいのです。 言い換えれば,いろいろなことに興味を持つべきだということです。(p83)
 市民大学などで話をすると,元大学教授みないは人が座っていて,「定義をしてください」と言うわけです。 でも,これは根本的に態度が間違っていると思います。それはフクロウの態度なんです。(中略)定義をしてから考えるという態度は,確定した過去を研究するときの態度です。現代社会論には不向きです。だって,社会はつねに動き続けているわけですから。(p94)
 私の仕事は感覚の論理化です。普通の人は,好き嫌いを感じても,そのままにしています。感覚的な問題だから,論じてもしょうがないと考えている。「だって好きなんだもん」と言われたら,理屈で反論できないとおもっているわけです。 でも私は,感情的,感覚的なことを,論理的な言葉にするように心がけている。(p97)
 予測は,客観的で科学的な行為ではなく,主観的で主体的で,個人の価値観の入り込んだ創造的な行為なのです。(中略)だからこそ,社会現象を予測するには,その人の主観や価値観が大切なんです。普通の人と同じように時代に巻き込まれる必要があるんです。(p119)
 さらに重要なのは,情報から一つのストーリーをつくることです。情報創造力の重要な本質はストーリー力だと言ってもよい。無味乾燥なばらばらのデータや資料から,何かのストーリーを紡ぎ出す。これも情報創造です。(p161)
● さらに,いくつか転載。
 パワポづくりで3時間以上残業していたら,もう創造力が破壊されている可能性があるんじゃないかな。(p34)
 かくいう私も,自分が好きで出す本だから,印税がなくてもいいから出してほしいと言って出してもらった本や,デザイナーへのギャラも自分が払うからと言ってつくった本もあります。でも,やはりそういう自分らしい本はほんとにあまり売れないんですよ。(p48)
 情報を創造し,アウトプットすると,友だちが増えます。(中略)私には人をよろこばせたい,面白がらせたいという気持ちが強いんだと思います。(p58)
 ナンシー関とか小倉千代子くらいの才能があると,毒舌でも笑えますが,とても笑えない批判ってのは本当につまらないなと思います。(p59)
 時代の空気を吸うのは大事だが,吸うだけでは窒息します。吸った空気は吐き出さないといけない。(p66)
 10の知識がある人と100の知識がある人の情報創造力(の差)は10倍ではありません。10の知識の順列組み合わせと100の知識の順列組み合わせは何万倍も違う。(p78)
 情報は,料理と一緒で,素材を加工して食べるのが普通。最初からすごく面白い情報というのはない。それを加工して面白くするのが情報創造なんです。(p81)
 先日ある有名な居酒屋に行ったんです。そのあと,その店について書かれたブログを見てみたら,なんとみんな同じものを食べて,同じ写真を掲載しているんです! 「噂の○○○を食べてきました」って。 みんな,収集した情報を確認しに行っただけなんですね。(中略)でも,大衆というのはそんなもんです。大衆には情報創造はできない。情報を収集して消費するだけです。(p82)
 情報の受信も,なんでもかんでも中立的に受信していてはきりがないのです。好きな情報を受信する,気になる情報を受信するという態度でないと,情報は無限にあるから,にっちもさっちもいかなくなる。(p84)
 情報創造をするために必要なことは何かと聞かれて,絶対に間違いない真理だと言えるのは,「考え続ける」ことだということです。考えたこともないことが突然ひらめくはずはないんです。(p88)
 経営は,予測なしにはあり得ません。なぜなら5年後,10年後を予測しないと,どの分野に投資するかも決められないからです。(中略) そういう予測をするには,実証主義だけでは無理です。どこかに情報創造が必要になります。(p116)
 重要なのは,情報を整理しながら同時に仮説を考える,仮説が出たらすぐに情報収集の基準を変えるという作業を毎日することです。ところが彼は,情報の整理とは情報を日付順やアイウエオ順に並べることだと思っている。それは間違いです。情報の整理とはそれ自体が創造なのです。それ自体が分析であり,それ自体が仮説出しの作業であると考えるべきです。(p138)
 情報収集というと最も古典的な手段は読書ですが,私は,いわゆる読書はあまりしません。資料として本を見るだけです。必要な部分だけを読んで,1冊を通して読むことはほとんどありません。(中略) 私は,個人的な暇つぶしや趣味で本を読むこともあまりありません。本を読むのは99.9%仕事のためです。(p143)
 世の中には,読書家だが,その人の考えはつまらないとうのがいます。「活字中毒」だが何も理解していない人もいる。(中略)それなら,斜め読みでも自分のオリジナルをつくれる人の方が重要だというのが私の考えです。(p145)
 カード派の人は研究室で仕事をすることが多い人なんじゃないでしょうか? いろいろな仕事をいろいろな場所でしている私のような人間には不向きです。(p154)
 他人に負けないようにがんばる人は,どんな車に乗るでしょう? 「人より速い車」ですよね。スポーツカーです。 では,のんびりと自分の人生を楽しみたい人は,どんな車に乗りたいでしょうか? ポルシェじゃないですよね。日産キューブでいいわけです。(p194)
 将来の予測は過去から現在までのトレンドの延長線上にあります。まっすぐ線を延ばせばいいだけではないですが,延長戦とはまったく違うトレンドが出てくることはあまりない。だから,将来を予測するためには昔のことを知っている必要があります。(p195)

2015.07.01 佐久間英彰 『速攻で仕事をする人の手帳のワザ』

書名 速攻で仕事をする人の手帳のワザ
著者 佐久間英彰
発行所 明日香出版社
発行年月日 2014.11.29
価格(税別) 1,400円

● 著者は「ジブン手帳」の考案者。本書の肝は「はじめに」で述べられている。
 手帳の悩みは尽きません。その根本が何か,考えてみました。それは手帳を,予定を書いて終わりにしていることだと気づきました。手帳は,あとで活用されてなんぼです。予定だけでなく,結果まで書き,ときどき見返し,またそれを次に活かす。そこまでできて初めて手帳になります。なので活用されない情報は「ない」も同然です。(p2)
 手帳とはひとつの部屋のありかたです。何もない部屋の床に無造作に物を置いていいわけがありません。(中略)置き場所のルールを意識することで,手帳の多くの悩みは解決できます。(p3)
● 次の指摘は,手書き派の背中を大いに押してくれる。
 手帳をただ「情報を管理する手段」ととらえるとメリットを感じないでしょうが,手帳を「自分を振り返る手段」ととらえると,過去の感情までもが伝わる手書きはとても重要です。時間が経つほどに貴重になってくるのです。(p30)
● その他,いくつか転載。
 その溜め込んでいる情報,普段見返していますか? 探したいものを瞬時に検索できるのは便利ですが「探したいものすら忘れている情報」に関しては,検索されることなく一生日の目をみないままでしょう。保存されている99%はジャンクデータです。その中に,いつも自分が目にしたい情報も同列に入れるのはナンセンスです。出力して手帳に貼り,開いたらいつでも目に入るようにしておいたほうが,断然速いし便利です。(p32)
 メモを活かすために,私が重要だと思っていることがあります。それはメモ情報の置き場所をスケジュール帳とは別にするということです。 というのも,手帳のスケジュールのエリアに書くと,そのメモ情報は次の週には見なくなります。(p100)
 手帳評論家の館神龍彦さんが,有名人の名前を冠する手帳を「神社系」と定義しました。ありがたがって拝む姿から神社系とはうまく名づけたものです。しかしその手の手帳は,有名人の知名度に拠って買わせるビジネスモデルだと,早く気づいたほうがいいでしょう。(p144)