2015年3月31日火曜日

2015.03.30 柴村恵美子 『天とつながる 思考が現実になる法則』

書名 天とつながる 思考が現実になる法則
著者 柴村恵美子
発行所 PHP
発行年月日 2015.04.01
価格(税別) 1,000円

● 本書の内容は巻頭にまとめられている。
 ポイントは次の3つ。
  1 言葉(口ぐせ)を変える
  2 イメージを変える
  3 自分の感情とつまくつきあう
 で,そのためにはどうすればいいか。毎日を上機嫌で暮らすこと。
 では毎日を上機嫌で暮らすにはどうすればいいか。それは本書をお読みください,と。

● いくつか転載。
 たとえばテレビでNHKの番組を観たいのであれば,テレビのチャンネルをNHKに合わせますが,このときテレビのアンテナはNHKの電波と同じ周波数の微弱な電波を出します。 そうすることで,たくさんの電波の中から間違えずにNHKの電波を受信することができるのです。 言葉はときに,このアンテナの役割を果たします。たとえば,「うれしいなぁ」とか「ありがたいなぁ」という言葉を発していると,また「うれしいなぁ」とか「ありがたいなぁ」と言いたくなるような出来事が起きます。(p45)
 なるべく具体的な人のことを想いながら,さらにその先の読者の方にイメージを広げて,書く内容を決めるようにしています。 これがただ,「どんな話ならウケるだろうか」とか「売れる本を作るにはどんなことを書けばいいのか」と考えるだけではイメージは広がりません。(p91)
 忍耐力は嫌いなことをイヤイヤやるときよりも,好きなことをやり続けているときのほうが身につきます。(p106)
 自分が知っていることを教えてあげたり,できる範囲のことをしてあげて,それでもその人が変わらないのだとしたら,それはその人の“都合”なのです。 それがいくら親子や兄弟,夫婦といった身近な関係であっても,相手を変えようとしてはいけないのです。(中略)無理やり直そうとするのは,相手の修行を邪魔しているのと同じです。相手の修行を邪魔すると,邪魔したほうも苦しくなります。(p127)
● つまるところは,ウソでもいいから笑って暮らせ,ということか。いや,これができる人は相当な人だと思う。放っておいてできることではない。意思が必要になる。

2015.03.30 見城 徹 『たった一人の熱狂』

書名 たった一人の熱狂
著者 見城 徹
発行所 双葉社
発行年月日 2015.03.22
価格(税別) 1,300円

● 本書のオビに村上龍の推薦文。見城は濃い男だ,と。まさしく,濃い。どうしたらこうなれるのか。

● これから世に出る若い人に向けての人生指南とでもいうべき内容。結論は,「あとがき」にある。
 僕はいつも「苦しくなければ努力じゃない」「憂鬱でなければ仕事じゃない」と口を酸っぱくして言っている。往く道は苦しい。仕事は憂鬱なことだらけだ。苦しさと憂鬱に耐えて耐えて耐え抜き,精進を重ねて仕事をまっとうする。暗闇の怖さにおののかず,思い切ってジャンプする。こうして生が終わり,死を迎えれば悔いは少なくて済む。(p234)
● 著者は子どもの頃から「死」を怖れる気質だったらしい。怖れるというか,敏感だった。
 死を宿命づけられた生の虚しさを紛らわせるために,僕は子どもの頃から常に何かに入れ込んで来た。そうでもしなければ,死への虚しさに押しつぶされそうになって,居ても立ってもいられなかった。(p22)
 こうしてこの本の原稿を書いている僕も,僕の原稿を読んでいる君も,死というゴール地点へ向かって今も刻々と時間を過ごしている。どうせ生きるならば,仕事に熱狂し,人生に熱狂しながら死を迎えたいと僕は思うのだ。(p39)
 人は必ず死ぬ。今この瞬間は,死から一番遠い。今から1分経てば,僕も君も1分だけ死に近づく。死があって生があり,生があって死がある。生と死は不可分だ。「自分には死が訪れる」と認識した時,生が輝き始める。生きているうちにやるべきことが見えて来る。(p139)
● 著者の造語の代表作が「圧倒的努力」。
 自分で言うのもおこがましいが,「ベストセラーの裏に見城あり」「角川書店に見城あり」と言われる仕事ぶりだったと思う。「月刊カドカワ」編集長になってからは,少部数だった雑誌を30倍にまで発展させた。無論,これだけの結果を出すからには,人知れず圧倒的努力を積み重ねていたことは言うまでもない。 また当時の上司であった角川春樹さんと僕は,一心同体となって昼夜を分かたず熱狂の時代を過ごした。なにしろ春樹さんが女性と二人の時間を過ごしている時でさえ,僕は女性の家のリビングに待機して,勝手にレコードをかけていたくらいだ。(p25)
 朝から晩まで仕事について考え抜き,骨の髄まで仕事にのめり込む。そして上司や同僚ができない仕事を進んで引き受け,結果を出す。そうすれば,自然と仕事は面白くてたまらなくなるはずだ。(p27)
 圧倒的努力とは何か。人が寝ているときに寝ないで働く。人が休んでいるときに休まずに動く。どこから手をつけていいのか解らない膨大なものに,手をつけてやり切る。「無理だ」「不可能だ」と人があきらめる仕事を敢えて選び,その仕事をねじ伏せる。人があきらめたとしても,自分だけはあきらめない。(p29)
 「もうダメだ」からが本当の努力である。(p31)
 他人には想像もつかないような圧倒的努力を積み重ねて初めて,結果は後から付いてくる。薄っぺらな野心や野望如きで這い上がれるほど,現実は甘くはない。「頑張れば夢はかなう」などと言っている時点で,すでにその人は戦わずして戦いに敗れている。(p153)
● しかし,その圧倒的努力も,それが好きであればこそだ。何に対しても,圧倒的努力を注げるわけではない。
 好きだからこそ圧倒的な努力ができるのであって,出版物のデジタル化に向け僕が圧倒的努力をするのは無理だ。そういうのは部下に任せる。(p113)
● 一方で,著者は小さなことにクヨクヨする人間でありたいとも言う。義理人情を大事にしない人間はダメだとも。
 仕事ができない人間には決まって共通点がある。小さなことや,片隅の人を大事にしないことだ。(p91)
 つまらなく地味な雑用でも自分の心がけ一つで黄金の仕事に変わる。僕は常に小さなことに後ろ髪を引かれ,小石につまずき,小さなことにクヨクヨする人間でありたいと思っている。(p93)
 GNO(「義理」「人情」「恩返し」)こそが,仕事においても人生においても最も大事だと思っている。 相手の心をつかみ,いざという時に力になってもらうにはどうすればいいか。「あの時良くしてもらった」「お世話になった」と相手に思ってもらうことが大切なのだ。(p95)
 僕はこれまで何人もの政治家と会って語り合い,食事をして来た。政治家の中でも,安倍晋三さんは傑出している。 安倍総理はGNOの人だ。(中略)人の信用と信頼を損ねることがないし,約束は必ず守る。驕らない。無私無欲に生きる。人間として超一級の総理大臣だ。お会いするたびに,リーダーとは斯くあるべきだと感嘆する。(p97)
● もうひとつ。ビジネスはまず儲けてなんぼだということ。利益をあげなければ次に進めない。
 視聴率にこだわるテレビマンを批判する人がいるが,きれい事だけでテレビは成り立たない。面白く,なおかつ視聴率を取れる番組を量産してこそ,低視聴率だが骨太のドキュメンタリーにまで予算を回せるのだ。(p46)
 僕は部数がいくら出たか,利益がいくら上がったかという数字にこだわり続けたい。売れる本は良い本である。視聴率を取るテレビ番組は優れている。大衆は愚かではない。大衆の支持によって数字を弾き出すコンテンツは,おしなべて優れているのだ。愚かなのは,数字を曖昧にして自分の敗北を認めない表現者や出版社の方なのである。(p47)
 ビジネスの成功を証明する解答はたった一つしかない。自分は圧倒的な努力によって,圧倒的結果を出した。そう断言できる根拠はただ一つ,数字だ。数字にごまかしはきかない。逆に言えば,数字を曖昧にする人間はビジネスの成否をごまかしている。(p133)
 儲かることは善である。ビジネスという戦場で金を儲けて結果をだした段階で,始めて理念を訥々と口にすればいいのだ。 「理念のために起業する」といきなり宣言するような生半可な起業家は,まず成功しないと考えて間違いない。(p134)
 極論を言えば,起業家に理念なんて必要ない。「この仕事なら自分は無我夢中で働ける」という仕事に懸命に取り組む。圧倒的努力を費やし,結果を出す。結果が出た時に初めて「実はあの時,僕はこういう理念を持っていたんですよ」と言うくらいでちょうどいい。さらに言えば,理念なんてあと付けで作ったって構わないのだ。(p134)
 今の日本では,「金儲けは善である」と言えばバッシングされる。成功者はたちまち攻撃され,足を引っ張られて階段から引きずり下ろされてしまう。利益を上げることが一番の善だと信じない限り,ビジネスなんてできはしない。 「自分は金のためだけに仕事をしているわけではない」と言う人は,何をエクスキューズしたいのだろう。仕事が成功して金が儲かる。おおいに結構ではないか。(p157)
● その他,転載。
 どこまで自分に厳しくなれるか。相手への想像力を発揮できるか。仕事の出来はこうした要素で決まるのであって,学歴で決まるわけではない。(p17)
 身体がだらしなくたるんでいる状態では仕事という戦場で闘えないから,僕は今日も身体を鍛える。(p34)
 家に戻ると,「報道ステーション」「NEWS ZERO」などその日のニュースを一通りチェックする。テレビを消してからは,今日の自分の言動はどうだったか,経営者としての判断はどうだったか省察する。自分が発した言葉によって誰かを傷付けていないか,やり残したことはないか,その日起きた出来事を振り返って思いを巡らせる。(p50)
 僕は1日に10回は手帳を広げる。そこには(中略)todoリストが書いてあり,用事が済んだ時には赤いボールペンで線を引いて消す。相手が言ったことのうち,感動したセリフや心に引っかかった言葉も手帳にメモする。改善すべき点,部下に確認し忘れたことがあれば,すぐさま手帳に書く。翌日の用事を確認し,前夜のうちにやっておいた方がいい準備があれば進める。(中略)不眠症は何十年も続いており,これからものんびり眠りにつける日は当分訪れないだろう。(p51)
 会議に要する延べ時間を計算してみるといい。1時間の会議に10人が出席していれば延べ10時間。その会議を3回繰り返せば延べ30時間だ。これだけの時間を集中して仕事をすれば,どれだけの成果を上げられることか。(中略) 僕が担当者一人ひとりと企画について話し合い,心を切り結んで行けばそれでいい。(p64)
 定型にとらわれた会議でしか企画が生まれないとすれば,それらの企画は平均点のつまらない内容になりがちだ。脳みそを洗濯機にかけるように,頭の中で考えていることをシャッフルする。直感とヒラメキに耳を澄ます。イノベーションとは,会議室から荒野へ飛び出した瞬間から生まれるものだ。(p65)
 僕は常々「10万部のヒットを1回出せた編集者は,それから何度でも10万部の本を作れる。30万部のヒットを1回出せた編集者は,それから何度でも30万部の本を作れる」と言っている。 ひとたび成功体験を得れば,壁を突破するための方程式が見える。それが肉体化する。(p68)
 傲慢な人間からは仲間は離れ,謙虚な人の周りには協力者が集まる。ビジネスの世界を勝ち抜く本当のしたたかかを持っていれば謙虚に振舞うのは当然だろう。おごれる者は久しからず。謙虚であることは,成功を続けるために必須の条件なのである。(p69)
 おそらく出版界で,僕ほど作家の原稿に朱を入れた編集社は少ないと思う。相手がどんな大物作家であっても,僕は僕の価値観で朱を入れてきた。濡れ場を描くシーンであれば「こんな性格の人はこんなセックスをしません」と,ズバズバ思ったことを指摘する。作品に正解なんてないのだから,それは完全に僕の勝手な価値観だ。 しかし,編集者として向き合っている以上,僕は僕の想いを全身全霊でぶつけるしかない。(p72)
 銀色夏生と僕の価値観は全く違う。あくまでも価値観が相違しているだけであって,不愉快とか嫌いと感じるのは筋違いだ。銀色夏生という異物と妥協するのではなく,異物を丸ごと呑み込んでしまえばいい。そう思った瞬間,一度は腹を立てた彼女にまた会いに行けると思ったのだ。 この異物感こそが,この世にあらざる価値を生み出すに違いない。(p84)
 極端な例で言えば近親憎悪や親殺しまで含め,物語の筋書きにしても人間の感情の揺れにしても,せいぜい30パターンくらいしかないものだ。(p87)
 正面突破で仕事をすることによってギアがピッタリ合う作家もいれば,波長が相容れず縁がないまま終わる作家もいる。後者のパターンになることを怖れ,作家と可もなく不可もないやりとりなんてしたくない。相手の顔色をうかがい,お世辞に終始する仕事などやりたくないのだ。(p89)
 『麻雀放浪記』を書いた阿佐田哲也さんか,麻雀とは何ぞや,人生とは何ぞやという哲学を僕は何度も教えてもらった。ある時,阿佐田さんが僕に語ってくれた言葉が,今でも忘れられない。 「見城,君は10万円を手に競馬に出かけ7万円も負けた時点でもう勝負に負けたと思うだろう。それは違うよ。9万9900円負けても,負けが決まったわけじゃないんだ」(p104)
 なぜ僕がいつも「ゼロに戻す」と自分に言い聞かせているのか。ひりついていたいからだ。ゼロに戻せば持ち物はなくなる。(p108)
 そんな僕も,50代半ばになってからは億劫になることもある。以前は1週間に2回は映画や舞台を観ていたが,「雨だからな」とか「今日は腰が痛くて嫌だなと足が遠のく。 しかし「まぁいいか」と思った瞬間,崖の下へ転げ落ちる。(p109)
 世界で活躍するアスリートは,次から次へと現れるライバルにいつ消されてもおかしくない。経営者も同じだ。(中略) 幻冬舎を立ち上げてから,僕は鉄板の上で火あぶりにされるようなジリジリした緊張感にさらされて来た。この重圧は,角川書店時代にはまったく味わったことがないものだった。(p122)
 今の日本で,普通に大学を卒業した人なら,少し努力すれば就職先なんて見つかるに決まっている。 厳しい言い方だが,何も仕事が見つからない人は背筋が曲がっているのではなかろうか。すべては生き方の集積だ。現状に甘んじ,当たり前の努力すらできない生き方をまず変えるべきなのである。就職が決まらないのは誰のせいでもない。君のせいだ。君がまったく方向違いの生き方をして来たせいで,どこの企業にも採用してもらえない。(p126)
 終身雇用に守られて一つの職場で働き続けるにせよ,転職や起業をするにせよ,一番駄目なのは現状維持だ。現状維持していれば波風も立たないし,面倒くさいこともない。苦労もしなくていい。悪く言えば,今まで通りに流されていればいいわけだ。 人は易きに流れるものだから,現状維持の心地よさにどうしても甘んじてしまう。だから今いる職場で,生まれ変わったように仕事に打ち込むことができない。(p138)
 「彼女に愛を告白しようと思います。自分は高収入ではないのですが,どうしたらいいでしょうか」と質問して来る人もいる。答はこうだ。「彼女はあなたのことを何とも思っていないでしょう。『自分は高収入ではない』なんて卑屈なことを言っているようでは話になりません。他にあなたの魅力はないのですか? 諦めるべきです!」。(p195)
 大事なのは自分がコントロールできる範囲の負けを自ら作ることだ。勝っている時に敢えて負ける局面を作り,勝ち負けのアップダウンを制御できれば「運を支配した」と言える。海外のカジノは,勝ちの記憶にしがみついているせいで勝ち逃げできない人だらけだ。(p207)
 絵には不思議な引力があり,気に入った絵は1億円だろうが2億円だろうがどうしても欲しくなる。ギャラリー巡りをしていると,しばしば一目惚れする絵に出会ってしまうから恐ろしい。(p211)
 大富豪のくせに金払いが悪い残念な人を見ると,僕はげんなりしてしまう。何百尾君と持っているのに使おうとせず,30~40万円をケチる人が結構いるのだ。(p215)
 時計や服にしても,絵画にしても車にしても,中途半端な気持ちで欲しいと思うものを5個も6個も買ったところで,そのうち飽きて要らなくなってしまう。 安い買い物をしてあとで後悔するくらいならば,本当に欲しいものだけを一点買いした方がいい。(p219)

2015年3月30日月曜日

2015.03.29 山口健太 『スマホでアップルに負けてるマイクロソフトの業績が絶好調な件』

書名 スマホでアップルに負けてるマイクロソフトの業績が絶好調な件
著者 山口健太
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2015.03.13
価格(税別) 1,400円

● 今や,パソコンはスマホやタブレットの陰に隠れ,デバイスはアップルが大人気,ソフトはグーグルが無料で提供してくれる。
 マイクロソフトはそのソフトが収益源だった。ということは,マイクロソフトってもう終わっちゃった?

● Windows8は評判悪いし,Windows Phoneなんて国内で実機を見かけることはないし,マイクロソフトは倒れる寸前の巨象じゃないの。
 っていうのが,野次馬の見方なんじゃないかと思う。少なくとも,ぼくはそう思っていたからね。

● ところが,「マイクロソフトの業績が絶好調」だと言われると,えっ何で,と思う。それで本書を読んでみましたよ,と。

● 著者はこういう本を書くくらいだから,マイクロソフトには全般的に好意を持っているようだ。じつはぼくも同じ。
 かつて,マイクロソフトは悪の帝国的に語られていたけれども,そのときからぼくはマクロソフトってわりと好きだった。ソフトの上位互換を維持することに心血を注いでいたという印象があってね。
 アップルはわりと規格を平気で変えて,ユーザーにそのツケを払わせる的なことをしていたんじゃないか。アップルよりマイクロソフトのほうが,ユーザーフレンドリーだと思っていた。

● MSオフィスはオフィス2007で大きくインターフェイスを変え,これがけっこう不評だったと思う(ぼくもそこは変わらない)。が,MSがやったことは正しかったのだと著者は言う。
 ウィンドウズやMSオフィスは,現代社会に普及したインフラだと考える人もいるかもしれない。それは一面の事実だが,世界人口はいまだに高いペースで増え続けており,新興国には次々とIT器機が広まっている。つまり,これからMSオフィスを学ぶ人はどんどん増えているのだ。ITエンジニアの世界では“高速道路をつくる”という表現がある。後からやってくる人々に,先人と同じ苦労を味わわせないようにする,という意味だ。これはすでに普及したソフトウェアの使い勝手を改善するうえで,重要なヒントとなる考え方ではないだろうか。(p47)
● 最近のMSの大きな戦略変更は,OSを無償にしたこと。全面的にではないけれども,“ウィンドウズ8.1 with Bing”がそうで,Androidに対抗できる価格のWindowsタブレットが生産できるようになった。
 Office365の普及にも期待できると著者は言う。
 日本で出荷されるほとんどのPCにOffice Premiumがバンドルされていると仮定すると,それらすべてのPCにおいて,1TBのOneDriveを無償で使えることになる。これは国内で展開する他のクラウドサービスにとって,脅威以外の何物でもないだろう。(p142)。
 ウィンドウズ10では,MSにとって聖域ともいえる販売面においても画期的な施策を導入した。すでに7や8を使っている個人ユーザーは,10の登場から1年間,無償でバージョンアップすることができるというものだ。(中略)ここで注目すべきは,無償アップデートの対象にウィンドウズ7を含んでいる点だろう。(p222)
● Surfaceも(ぼくは使っていないんだけど)改良を加えて,かなり良くなったようだ。
 なぜ他のPCメーカーは,Surface Pro3のような製品をつくることができなかったのだろうか。実はデザイナーのスケッチやプロトタイプのレベルでは,それに優るとも劣らないアイデアを持っているメーカーは少なくない。しかし実際に発売される製品は,さまざまなステークホルダーの要求を受け入れ,“丸くなった”ものがほとんど。(p144)
● Windows Phoneについていえば,当然,現状で問題はある。
 ノキアによるLumiaシリーズを振り返ってみれば,優れたデザインによってWindows Phoneの存在を世に知らしめた功績は計り知れない。その一方で,Windows Phoneの仕様がグローバル市場からの多様な要求に耐えられるものでないことも露呈した。ハイエンドからローエンドまで,ノキアはあらゆる価格帯でアンドロイドに対抗する必要があったにもかかわらず,Windows Phoneの仕様制限が足かせとなり,Lumiaシリーズのバリエーションは限定的なものとなっていた。(p158)
 ウィンドウズストアが低迷していればいるほど,良質なアプリをつくれば注目されやすい。そうやって名を上げようと目論む開発者がいてもおかしくないはずだ。だが,残念ながらそうした動きも最低限になっている。意識の高い開発者は,おもにMacを使っているからだ。マルチに活躍するアプリ開発者は,iOSとアンドロイドアプリの両方のめんどうをみていることも少なくない。実際に手がけるのはどちらか片方だとしても,マルチプラットフォーム開発の要求にいつでも対応できるようにするためには,iOSアプリの開発に不可欠なMacを使っている必要がある。(p187)
● その他,いくつか転載。
 素人目には,これだけ挑戦しても勝てないのだから,モバイル市場をあきらめてPC市場に経営資源を集中したほうが合理的ではないか,とも映ってしまう。 なぜMSはあきらめないのか。その背景には,スマホやタブレット市場の急速な拡大がある。(中略)モバイルが重要な理由はそれだけではないと筆者は考えている。それはモバイルデバイスを,肌身離さず持ち歩くという点だ。(中略)すでにウェアラブルな存在となっているスマートフォンは,何か新しい情報が届いていないか,暇さえあれば確認したくなるデバイスだ。(中略)PC以上に,スマートフォンには重要な個人情報が満載されているはずだ。つまりスマートフォンは,自分と家族,友人や同僚といったネットワークをつなぐ最重要のデバイスといえる。 これでは,スマートフォンに愛着が湧かないほうがおかしいというものだ。(中略)デバイスへの愛着が湧いてくれば,そのブランドを受け入れていくことにもつながる。(p175)
 ほとんどの人にとって,メールの読み書きやウェブブラウザでのショッピング,ちょっとしたオフィスアプリでの編集機能が使えれば,十分だったのだ。これは,本来PCを必要としていない人々が,高価なPCを買わされてきたことを意味する。だからといって筆者は,それが馬鹿げたことだと否定するつもりはまったくない。他人とは違う,他人にはできない経験を得るために最新のデバイスを購入することは,どんな時代でも最高にエキサイティングな体験だろう。(p181)
 かつては日本MSでも,MSはウィンドウズとMSオフィスの会社から抜け出せないだろうとの達観した意見を漏らす社員が少なくなかった。しかし最近は日本でも急速に意識改革が進みつつある。使い慣れた自社製品ではなく,iPadやアンドロイドを使って顧客にデモを見せるトレーニングを重ねているという。(p203)

2015.03.27 東 富彦 『データ×アイデアで勝負する人々』

書名 データ×アイデアで勝負する人々
著者 東 富彦
発行所 日経BP社
発行年月日 2014.10.22
価格(税別) 1,800円

● オープンデータというのが本書のキーワードですか。そのデータをこんなふうに使って,ビジネスや地域振興につなげているよという事例紹介の本ですかね。
 “かね”というのは4分の3は読まなかったからなんですけど。最後の4分の1だけザッと読んだだけなんで。

● “データドリブンソサエティ戦略”とか,イギリスの「“誰が近隣の土地を所有しているのか”を知ることを地域課題解決の出発点としている」(p166)事例であるとか,読む人が読めば宝が埋まっているのかもしれないけれど,ぼくにはよく理解できなかった。

2015.03.26 日垣 隆 『ダダ漏れ民主主義』

書名 ダダ漏れ民主主義
著者 日垣 隆
発行所 講談社
発行年月日 2010.05.27
価格(税別) 1,000円

● 全3章で構成。「メディア強者になる!」という副題がついているんだけど,これは第3章のタイトル。
 3分の2は読書について論じている。電子書籍は紙の本を駆逐するか。しないよ,両者並立だよ,というのが著者の意見。っていうか,これ以外の見方ってたぶんないと思うんだけどね。

● 街から書店が消え,書籍が売れなくなっているのはたしか。しかし,今ほど人が文字を読んでいる時代は過去になかった。
 著作権が切れた小説はネットからダウンロードして読むことができる。ブログやツイッターも含めれば,膨大な量の文章を今の人は読んでいる。

● ところで。本書の元になったのは,『週刊現代』の連載。
 週刊誌も部数減少に見舞われているに違いないけれども,こういうものが連載される日本の週刊誌の水準の高さ。たいしたものだよなぁと思う。

● 以下にいくつか転載。
 肝心なことは,エディターシップなしに本や雑誌を作ったらロクなことがない,という点だ。私は生涯,尊敬する編集者と仕事をしたいし,絶妙な変化球を投げてくれるのは彼ら彼女らである。プロを甘く見ないほうがいい。(p50)
 キンドルの『老人と海』と,新潮文庫の『老人と海』も,同時期に読み進めてみた。後者の解説は実に秀逸であった。当然キンドル版にはない。だが,どうしても引っかかるフレーズを原文ではどうなっているかをキンドルで調べるのは三秒とかからず,ヘミングウェイの天才的文体に直接触れるまたとない至福の時間に恵まれた。(p52)
 私も,四日間だけ無人島で過ごしたことがある。(中略)小さな船で大きな島に戻り,空港から日本に向かう飛行機のなかで,普段は読まない新聞(日本語)を,隅から隅までむさぼり読んだ。 嗚呼なんと新聞は楽しいのだろう。飢えていると,その吸収力たるやすごいものがある。(p63)
 声を大にして言っておきたいのだが,電子ブック版になった『日本大百科全書』全二六巻と,小さな電子辞書に入っている自称百科事典とでは,ボリュームや編集者の努力や年季という点で,まったく別物と言わざるをえない。(p73)
 今でもウィキ(ペディア)は信用できない」と言い張る人々も少なからずいるのだが,その人たちよりウィキは信用できる。(p74)
 何者かになる,ということは,多くの何かを捨てる,または諦めるということでもある。得ることだけを考えるのは愚かすぎる。(p126)
 一〇分でこんなにきちんとやってくれるなら(千円カットは)一万円でも良いくらいだ。プロにはカットに専念してもらったほうが,技術的にも信頼感が高まる。「時間がかからない」ことに価値を見出す人々が少なからずいることを発見した新業態は,非難されるべき存在では断じてない。(p132)
 私の持論の一つに,「極端さこそノウハウの母」という確信がある。極端なことをやりきることによって,多くの人が普遍的に摂取しうるノウハウやアイデアが浮き彫りになる。(p149)
 一〇〇個くらいあらかじめ質問を考えておき,たとえ一分しか時間が与えられなかったとしても「これだけは何があっても質問させてほしい」という,心の底から湧き出る感情がなければ,その質問はクソだ。この自覚はプロには必須だろう。(p180)
 「制限なし」というのは自由を醸成する反面,制限がないと自由な表現は成り立ちがたい,という悩ましい逆説も成り立つ。一枚のキャンバスに描く絵を念頭においてみればわかりやすいかもしれない。(中略)人生もしょせん,限られているから,いくばくかの努力やら我慢やらトキメキやらが続くのだと思う。(p192)
 何も知らない私が自分なりに理解したのは,「取材とは謎解きのこと」というものである。何も知らない,というのは謙遜で言ったのではない。何も知らない,ということさえ自覚すれば,事件や事故や恋愛や家族やら職場やら宗教やら,実は謎だらけであることに気づく。(p194)

2015年3月26日木曜日

2015.03.25 ケン・オーレッタ 『グーグル秘録 完全なる破壊』

書名 グーグル秘録 完全なる破壊
著者 ケン・オーレッタ
訳者 土方奈美
発行所 文藝春秋
発行年月日 2010.05.15
価格(税別) 1,900円

● グーグル内部の人間や,グーグルとは対立的な位置にいる企業の人間などに取材を重ねて,グーグルの生い立ちや役割,諸々の問題点などをまとめたもの。
 まとめたといっても,B6変形版で500ページを超える分厚い本だ。アルファベット圏の人間が書くと,どうしてこうも分厚くなるのか。
 問題が問題だからだって。それもあるだろうけど,それにしたって,内容の重複もそれなりにあるぞ。後半はもっと刈りこめたのじゃないか。

● とはいえ,面白かった。グーグルの影響力が大きいからであり,自分も現にグーグルの恩恵を受けているからであり,グーグルに自分の「個人情報を少しずつ渡している」からだ。
 それ以上に,著者の丹念な取材が功を奏しているかだ。

● その著者にして,グーグルの功罪を現時点では判定しにくいということのようだ。そりゃそうだな。それ,判定できる人がいるとは思えないよ。未来がどうなっているかを言いあてられる人がいるとは思えないから。
 いわば両論併記の結論で終わっている。が,どうやら,グーグルという企業が嫌いではないらしい。

● ビル・キャンベルという名を初めて知った。彼なくして今日のグーグルはなかったほどのキーマンだ。
 グーグルの歴史を振り返ると,キャンベルが心理カウンセラー兼コーチとして話し合いを取り持ったことの意味はきわめて大きい。彼がいなければ,グーグルは内部から崩壊していたかもしれない。(p125)
● グーグルの体質は以下のようなものであるらしい。
 グーグルの創業初期,話し合いの席でペイジがPDAから目を上げなかったことを不愉快に感じたバリー・ディラーは最近,あることに気づいた。あのとき非礼さに映ったものは,実は焦点の明確さだったのかもしれない,と。 「彼らには独自のコミュニケーションや情報処理の流儀がある。普通の人間と違ってビジネス・マナーなどどうでもいいと思っている。この点は本当に徹底していて,驚くべき強さを感じる。周囲の影響で軸がぶれることが絶対にないんだ」(p344)
 エンジニアたちは,ペイジやブリンと同じように,“王道”とされているものは,時代遅れになっているという前提からスタートする。(p433)
● 先を読み違えた経営者のひとりに,ソニーの出井さんも登場してしまっている。
 私は当時CEOだった出井伸之に尋ねたことがある。 「アイポッドに脅威を感じるか?」 出井はまるでジャケットについた糸くずでも払うかのように否定した。 ソニーやデルはものづくりを知っている。アップルは知らない。一~二年のうちに,アップルは音楽産業から出を引くはずだ,と。(p348)
● その他,いくつか転載。
 シュレージは私にこう言った。技術的イノベーションを起こす才能というのは,得てしてEQとは矛盾するものなんだ。技術的イノベーションにおける成功とは破壊そのもので,反対にEQとは強調そのものだ。(p212)
 マイクロソフトの技術偏重の企業文化は,自らの行為が政府という敵を呼び覚ましてしまったことに気づくのを遅らせた。グーグルも同じだ。そしてマイクロソフトも,自らが公益を推進していると信じて疑わなかった。実際,マイクロソフトはインターネット・エクスプローラーを無料で配っていたのだから。マイクロソフトから見れば,単一のOSが支配的な地位を占めることは,パソコン間のコミュニケーションをスムーズにするはずだった。(p342)
 一九四〇年当時のドイツは,だれもが強大な国家と考えるような存在ではなかった。財政は破綻寸前で,軍隊の規模は小さく,戦車の性能はフランスより劣っていた。ではなぜ,ドイツの電撃作戦は成功したのか? それはドイツの戦車に,無線というフランス軍が備えていなかった新たなテクノロジーが配備されていたからだ。(p445)
 トレンドを読むことに長けているベゾスは,本の将来を楽観していると言う。(中略)「それでも将来的には,本の大半は電子書籍の形で読まれるようになる」と語った。 後に私がその根拠を尋ねたところ,便利だから,と答えた。「人間は易きに流れるものさ。楽なことほど,もっとやりたいと思うんだ」(p474)

2015年3月25日水曜日

2015.03.22 宮脇俊三 『平安鎌倉史紀行』

書名 平安鎌倉史紀行
著者 宮脇俊三
発行所 講談社
発行年月日 1994.12.19
価格(税別) 1,700円

● 発刊されてすぐに買って,途中まで読んだところで,中断していた。ついこの間のことのように思えるのに,20年も経ってしまっていた。
 この間,いたずらに馬齢を重ねただけなのは言うまでもない。賢愚に年齢は関係ないとぼくは断言できるけれども,それはぼく自身が老いた愚人であるからだ。

● 鉄道紀行の大家が書いた歴史紀行ということになるのだが,歴史に対する蘊蓄は披瀝しない。意識してそれはとめている。
 鉄道の話は出てくる。それが出てこないんじゃ,読者も納得しないだろう。とはいえ,鉄道紀行でもないので,鉄道の話も簡潔にとどめている。

● それでは何を書いているのか。次のようなことが書かれている。
 時刻は,まだ一〇時半。せっかく四国まで来たのだから,ゆっくりしたい気もするけれど,四国をあとにして高野山へ行く予定である。こういうあわただしさ,私は好きである。四国だろうとパリだろうと,心残りがあれば,また来ればよいのだ。(p58)
 その着岸,離岸の手際の良さには眼を見張らされる。グイと船首を返したと思うや見事に浮き桟橋や岸壁にピタリと横づけになり,艫綱を結び,そして解き,すぐ発進。私は腕時計の秒針を見ながら観察していたのだが,その間わずか一分前後であった。(p97)
 淋しい一本道を歩いていて人に出遭うのは無気味なものだ。(中略)人間さえいなければ旅は安全なのだと思うことがある。(p102)
 『池亮記』は短い作品ながら平安前期の京都の変貌ぶりを鋭く的確に描いている。(中略) 「予行年漸くに五旬(五〇歳)に垂して,適に小宅を有てり。蝸は其の舎に安むじ,虱は其の縫に楽しぶ。(中略)朝に在りては身暫く王事に随い,家に在りては心永く仏那に帰る」 この程度の引用では保胤の気持は伝えられないが,とにかく「史跡めぐりよりは読むことが大切」と痛いほど知らされる作品である。(p114)
 宇治川の水量豊かな清流,藤原氏の栄華の象徴たる鳳凰堂も昔のままである。(中略)なのに,私は齢をとってしまった。相手が変わらないのに,こちらだけ老いるのは悲しいことである。旅をしていて何十年ぶりかに同じところへ来ると,いつもそう思う。(p115)
 金色堂解体修理にともなうミイラの調査によると,清衡は背が高く,鼻すじがとおり,手は小さく,華奢であったという。背の高さを別にすれば,あの戦乱をくぐりぬけてきた逞しさとはイメージがちがう。しかし,伊達政宗の遺骸も調査によると意外に優男だったという。その復元像を私は仙台で見たことがあるが,本当の英雄というものは容姿より頭脳なのだろう。(p159)
 秀衡は朝な夕なに阿弥陀さまに詣で,供をしたがえてこの堤の道を柳の御所へと出向いていたにちがいない。 私は秀衡の気分で「優雅な」堤の上にいる。八〇〇年まえならば,狼藉者め! と斬り捨てられるだろう。史跡めぐりの楽しさは,こんな他愛のない妄想にあるのじゃないかと,いつも思う。(p161)
 雨が多くて水量豊かな熊野川の河原に神殿を建立したのは解せない。だが,そう考えるのは浅はかで,明治二二年までの千年のあいだ,本宮神殿が安泰だった事実に注目すべきだ。江戸末期から明治のはじめ,つまり近代化の段階で自然破壊の乱伐をしたために洪水に見舞われたのではないか。(p188)
 清盛の行動は木曽義仲など東国武士のように単純で直線的ではない。将棋の手順を踏むような老獪さがある。(p190)
 吹き降りでズボンの裾が濡れて裾にはりつくのは閉口だが,これが六月下旬の音戸ノ瀬戸探訪にふさわしいのだろう。晴れていれば天気がよいと思うのは浅はかなのであって,行く先き先きには,それにふさわしい気象があるのだ。私は運がいいのだと痩せ我慢をする。(p198)
 現在の社殿は毛利元就が修復したというが,この聖域を手中にした元就の得意もさることながら,海に浮かぶ寝殿造りの優雅な建物が荒廃するのを見るにしのびなかったのではないか。戦国時代の傑出した武将の美意識と美術品への執着は,太平の世に生きる者より切実だった。(p202)
 梅雨の雨上がり! 日本の風景が,もっとも美しくなるときである。(p203)
 歴史上の人物に「さん」をつけるのは奇妙だが,郷土の誇りは呼びつけを許さない。敬称を略したために叱られた経験は一度もないけれど,この地にしても「義仲」と呼びつけにした立札や石柱はない。すべて「義仲公」または「義仲殿」である。(p214)
 かように夜を徹して急いだのは,「平氏は軍勢を浦々島々に分散配備したので,屋島にいるのは千騎ぐらい」の情報が入ったからである。よし,いまのうちにと義経は屋島へと急いだのだが,その勢力は降伏してきた三〇騎を加えてもわずか八〇騎であった。義経は「八〇対一〇〇〇」に勝機を感じとったのである。(p227)
 頼朝という人は西のほうへは行かない。京や西国は弟の範頼や義経,義父の北条時政をやって対処してきた。が,東国となると電光石火,たちまち平泉まで行ってしまう。東国の地固めが頼朝や御家人たちにとって何より大切だったのだろう。(p241)
 まだ三ヵ所だが,館めぐりをし,土塁や空濠を見ていると,関東の武士たちは大変だったのだなあ,と思う。いつどこから敵が襲ってくるかわからない。竹藪のなかに刺客が潜んでいるかもしれない。年中無休・二十四時間,警戒しなければならぬ。(p248)
 私は武蔵嵐山駅前からタクシーに乗った。五千円ぐらいかかるかな,と思う。東京の巷で飲食するときは,その何倍を費やしても動じないのに,旅に出ると本業のはずなのにケチくさくなるのが不思議だ。(p249)
 「道」の研究は非常に重要なはずなのだが,制度などのほうが重視され,交通史は軽んじられているように思われる。発掘調査をしても墳墓や住居跡のような面白いものが出土しないし。(p253)
 途中の駅名を列挙してみると,東福寺,稲荷,桃山,六地蔵,木幡,黄檗。関東人の私は,これらの駅名に劣等感をおぼえる。東京近郊の駅名ときたら,ひばりヶ丘とか百合ヶ丘とか,恥ずかしくなるようなのが多い。この文化的劣等感は鎌倉時代も今も,あまり変わっていないのではないか。(p299)
 鎌倉時代の歴史の面白さは,力で敵わぬ朝廷側と,伝統や文化に敵わぬ新興武士側との相互の劣等感のからみ合いにあると私は思う。(p322)
 飲食価格の上下動が激しいが,私は長年にわたって旅行をしているうちに,一つの悟りに達している。それは,上は可,下も可,中間は不可,ということである。旅館に泊まるなら一泊二食一万数千円級の中途半端な宿は不可。五〇〇〇円程度の民宿か三万円,四万円級の高級旅館のどちらかだ。食べものについても同様。(p340)
 後醍醐天皇は諸芸に秀でた傑出した人物だったようで,こういう人が紆余曲折をへて天皇の地位につけば権力志向が強くなる。中世の帝王の心境をおしはかるのは無理だが,私の社会経験からすると,そう見える。(p356)

2015.03.20 田坂広志 『知性を磨く 「スーパージェネラリスト」の時代』

書名 知性を磨く 「スーパージェネラリスト」の時代
著者 田坂広志
発行所 光文社新書
発行年月日 2014.05.20
価格(税別) 760円

● 著者のいう「知性」とは,本を読んだり,机に向かって勉強することによって磨かれるものではない。経験によってしか獲得できないものだという。
 「知識」とは,「言葉で表せるもの」であり,「書物」から学べるものである。「知恵」とは,「言葉で表せないもの」であり,「経験」からしか学べないものである。(p54)
● 「頭は良いが,思考に深みがない」と評すべき人物がいる。「高学歴」であるにもかかわらず,深い「知性」を感じさせない人物(p12)が。それはなぜなのか。
 知能と知性は異なるからだ。 「知能」とは,「答えの有る問い」に対して,早く正しい答えを見出す能力。「知性」とは,「答えのない問い」に対して,問い続ける能力。(p15)
 この「知能」が,「答えのない問い」に直面したとき,何が起こるか? 端的に言おう。 「割り切り」 「知能」はそれを行う。(p25)
 そうであるならば,「精神の弱さに流されない迅速な意思決定」とは,何か? それが,昔から語られる,もう一つの言葉である。「腹決め」(p31)
 前者の「割り切り」の心の姿勢は,心が楽になっている。しかし,後者の「腹決め」の心の姿勢は,心がらくになっていない。(p33)
● では,著者のいう知性の基礎にあるものは何か。精神のエネルギーだという。
 臨床心理学者の河合隼雄が,かつて「愛情とは,関係を断たぬことである」との言葉を残しているが,まさに,その通り。(中略)それができるほどの「精神のエネルギー」を心に宿しているからだ。(p33)
 その精神のエネルギーこそが,「知性」というものの根底にある力。「知性」を磨き続けるために求められる力。(p34)
● その精神エネルギーは加齢によって衰えるものではない。
 我々が意識と無意識の境界で抱いている「人間の精神は,歳を重ねると,エネルギーが衰えていく」という強固な「固定観念」によって,実際に,我々の精神は,歳を重ねるに従って,エネルギーが衰えていく。(p46)
 人間の能力というものは,「一〇〇」の能力を持った人間が,「九〇」の能力で仕事に取り組んでいると,その仕事をたとえ「一〇〇〇時間」行ったとしても,確実に力は衰えていく。 もし,「一〇〇」の能力を持った人間が,自身の能力を高めていきたいと思うならば,「一一〇」や「一二〇」の能力が求められる仕事に集中して取り組む時間を,たとえ「毎週数時間」でよいから持たなければならない。(p48)
● ところが,知識偏重は現在でも止んでいない。そのことに警鐘を鳴らす。
 現代の日本においては,初等教育から大学教育に至るまで,「知識」というものを,大量に,速く,正確に記憶し,必要なとき,それを速やかに取り出せる人間が「優秀」とされてきたからである。そのため,実社会に出ても,まだ,その「知識偏重」の意識から抜け出せず,本来,「経験」を通じて「知恵」として掴むべきものを,ただ「知識」として学んだだけで,「価値ある何かを掴んだ」と思い込んでしまうのである。(p63)
 そもそも,世に溢れる「プロフェッショナル論」の本は,それが真っ当な本であるならば,「いかに楽をしてプロフェッショナルになることができるか」を語ることはない。それが真っ当な本であれば,「プロフェッショナルになるためには,どのような苦労を積むべきか」を語っている。(p66)
 こうした「安直な精神」が生まれてくる背景にも,長年続いた「知識偏重教育」と「受験教育」の弊害がある。なぜか? 「知識の学習」には,「うまい秘訣」があるからだ。(p67)
● ぼくらはそうならないように用心しなければならない。といって,手っ取り早い方法論があるわけではない。
 我々は,無意識に,自分の思考を,自分が得意だと思っている「思考のレベル」に限定してしまう。そして,その「自己限定」のために,自分の中に眠る「可能性」を開花させることができないで終わってしまう。(p92)
 知識社会とは,実は,「知識が価値を失っていく社会」。彼が考えるべきは,本を読み,「知識」を身につけ,資格を取るという方針で,若い世代と同じレベルで競争することではなく,過去の経験から掴んだ「知恵」の「棚卸し」である。(p119)
● 戦略について,独自の見解を披瀝する。
 「戦略」とは,「戦い」を「略く」こと。すなわち,「戦略」とは,「いかに戦うか」の思考ではなく,「いかに戦わないか」の思考に他ならない。(中略)真の知性は,「戦って相手を打倒し勝つ」ことに価値をおくのではなく,「無用の戦いをせずに目的を達成する」ことに価値を置く。(p137)
● 最後にまとめ。
 「自分の心」「相手の心」「集団の心」の動きを感じ取る修行を積むことは,「人間力」のレベルの知性を磨くためには,最も基本的な修行である。 なぜなら,「相手の心」の動きを感じ取ることができるからこそ,その相手に対して,最も適切な言葉を選んで語りかけることができ,最も適切な行為をしてあげることができるからである。(p173)

2015年3月19日木曜日

2015.03.18 番外:twin 2015.3月号-おいしいパン屋さん

発行所 ツインズ
発行年月日 2015.02.25
価格(税別) 286円

● 開店して1年以内の「おいしいパン屋さん」をご紹介。多いのは那須地方と益子町。これはなんとなくわかるというか,那須や益子はそういうのが似合うエリアっていう思いこみがこちらにある。

● かつてはぼくの地元にも「おいしいパン屋さん」があった。けっこう評判が良かったんだけれども,いつの間にかなくなってしまった。
 始めるのより継続するのが難しい。人はパンのみにて生くるにあらず。ご飯も喰えばラーメンも喰う。パンはお菓子の一種だと思っている年寄りもいるのじゃないか。

● とはいえ,パンに限らないけれども,食は豊かな時間を提供してくれるもの。
 エサにしないで食にする。その工夫は必要だ。ここはぼくのダメなところだけど。

● 栃木県産小麦「ゆめかおり」を原料にしています,っていうのをウリにしているお店がいくつかあった。そういうブランドの小麦が栃木にあったことも初めて知った。

2015.03.18 番外:歩く地図 東京散歩 2016

編者 あるっく社
発行所 成美堂出版
発行年月日 2015.03.25
価格(税別) 900円

● あ,こういうガイドブックが欲しかったかも。便利に使えそうだ。東京散歩ってやってみたいことのひとつだから。

● 51のモデルコースを設定して,地図と見所を写真メインで解説。役に立ちそう。
 が,モデルコースを忠実になぞるのではなく,これを参考に自分でコースをアレンジするのが吉でしょうね。
 そのアレンジをするにも役立ちそうだ。

● ぼくなんぞが都内を動くときは,JRか地下鉄。その路線を通じて位置関係を把握している。ずいぶん遠いと思っていたところが,じつは地図上ではかなり近いことを発見することがある。これなら徒歩でいけるじゃん,的な。
 そういう発見がこの本でもいくつかあった。

2015年3月18日水曜日

2015.03.16 番外:万年筆の教科書

書名 万年筆の教科書
発行所 玄光社MOOK
発行年月日 2014.11.03
価格(税別) 1,600円

● 「万年筆は毎日使うのが最良のメンテナンス」(p95)というのが,このムックに教えてもらった最重要事項。

● これは万年筆ユーザーには常識になっていることだと思う。もったいなくて使えないような万年筆を買って,中途半端に使うのが最もよろしくない。
 もったいなくて使えないのならば,まったく使わないままで飾っておくのがいい。

● 内外の製品が紹介される。ぼくは自身のわずかな経験から,万年筆は国産がいいと思っている。プラチナの#3776センチュリーか,パイロットのキャップレスから選ぶと思う。両方あってもいいけど。
 どちらもびっくりするような価格ではない。もったいなくて使えないと思うことがない。もっとも,今は200円のプラチナPreppyを使っているんだけど。

2015.03.15 長谷川慶太郎・渡邉哲也 『世界の未来は日本次第』

書名 世界の未来は日本次第
著者 長谷川慶太郎
    渡邉哲也
発行所 PHP
発行年月日 2015.03.10
価格(税別) 1,500円

● 本書の内容は,長谷川さんの最近の著書と重なるところが多い。当然だ。が,渡邉さんとの対談になったことで,内容は同じでも切り口が違っているところがある。
 読んでいていちいち腑に落ちるのは,具体的な根拠が挙げられるからだ。そうか,そうなのか,と。

● 第1章は「アベノミクス信任で大復活する日本」。民主党の失政について,ひとつだけ転載。
 渡邉 私は,日本経済の「失われた二十年」における最大の失敗は,デフレでありながら公共事業を大きくカットしてしまったことだと思います。 長谷川 同感です。さらに大きいのは,公共事業の削減が深刻な人手不足を招いたことです。 渡邉 いわば「コンクリートから人へ(民主党の方針)」を掲げた結果が,いまの建設業界における人手不足です。 長谷川 離職者が増加して,生活保護の受給者も増えました。(p35)
● 第2章は「いよいよヤバイ韓国経済」。
 はっきり申し上げますが,この動向が続けば,サムスンは間違いなくソニーと同じ運命をたどります。 たしかにサムスンは研究開発も一生懸命やるのですが,その開発がまったくシステム化されていない。韓国企業から見て,日本における大学と企業の研究所がツーカーの関係を維持している状態は脅威です。(長谷川 p62)
 私がいろいろ観察していて痛感する点があるのですが,日本人の強いところは第一に,非常に真面目な民族であること。もう一つは,変化に対する能力が高く,きちんと機能しているところ。これも日本人の特性でしょうね。(長谷川 p64)
● 第3章は「中国崩壊はカウントダウンに入った?」。
 北京市の城門から三〇㎞,中心部から七〇㎞まで砂漠が迫っています。じつは日本には砂の移動を止めるための技術があるのです。日本も昔から砂には苦労していて,砂防のための学校がありました。それがいまの鳥取大学です。(中略) ある植物を植えることで砂の移動を止めることに成功しました。それが,らっきょうです。(長谷川 p77)
 長谷川 そもそも中国の紙幣は非常に偽造が多いんです。紙質が悪く印刷も悪い。もう,偽造してくれと言わんばかりです。 渡邉 ATMから偽札が出てくるだけではなく,中国銀行が発行している本物の紙幣とされているものでも,中国の役人が勝手に刷ったものかどうかわからない状態です。 長谷川 役人はどんどんやってますよ。本当のところを言うと,人民解放軍がつくっている造幣施設もありますから。(p94)
 そもそも香港の民主化デモで,学生たちが抗議の声を上げた最大の理由は,中国政府と香港政府がイギリスとの合意を守るだろうという暗黙の了解があったからです。ところが,合意を反故にして学生たちを強制排除したことで,イギリスから詰め寄られるのは至極当然です。(中略)中国は取り返しのつかないことをしたと言えるでしょう。(長谷川 p98)
 イギリスは香港の問題に対して,一歩も引く気はありません。引かないことで「イギリスは信頼できる」という国際的信用を得られる。これはイギリスにとっては何にも代え難い財産です。(長谷川 p100)
● 第4章は「二〇一五年の世界経済と日本経済はこうなる」。
 今度は中国側が,(香港の)返還協定そのものを認めないと言い出しました。そもそも中国,そして韓国はご都合主義の国なのです。(中略) いろいろ話をしているうちに,この人たちは国際条約というものを知らないというより,国際条約を平気で無視するのだと理解しました。国際条約はその時々の都合で決まるものであり,こちらの都合が変われば変えるのが当然だと彼らは思い込んでいる。時効という考え方もない。(長谷川 p125)
 格付け会社のいい加減さは,すでにリーマン・ショックのときに明らかになっています。当時,格付け会社がデリバティブの格付けにことごとく失敗したことが,世界的な金融危機の引き金になりました。(長谷川 p143)
● 第5章は「日本なしでは動かないグローバル経済」。
 渡邉 ODA(政府開発援助)によるファイナンスと一体でインフラ輸出を進めることになるでしょう。 アフリカや中東向けのODAなしの案件では,元請の大手ゼネコンをはじめ関係業者が皆,苦労しています。 長谷川 その通りです。その構造から外れたら大変なことになりますし,その構造から外れないようにしようとすれば,政治指導者の資格が厳しく問われます。その条件に合っているのは,いまのところ安倍総理しかいない。だから今年もおそらくインフラ輸出では,かなり良い成績が出るのではないですか。(p156)
 日本という国は本当に隠れた部分が強いのです。その隠れた部分の強さがいったん表に出ると,不動の威力を発揮します。(長谷川 p162)
 今後おそらく日本の鉄鋼業は変わると私は思います。銑鋼一貫方式の製鉄所と電炉工場で同じ鋼材を一tつくるのに必要な電力消費量を比較すると,電炉工場は銑鋼一貫方式の五分の一ですむからです。(中略)それからもう一つは,日本全体に存在する鉄鋼の膨大な在庫です。(長谷川 p184)
 じつは,戦前の日本にも一万五〇〇〇tの大型水圧プレス機があったのです。呉の海軍工廠と日本製鋼所の室蘭製作所にありました。(中略)戦争が終わってからアメリカ軍は,呉工廠のプレス機を戦利品と称して持ち帰った。ところが彼らは装置の使い方を知らなかったため,そのプレス機はスクラップになってしまったのです。(中略) 外から持ってきたものは駄目なんです。自ら苦労して汗水をたらし,貯めたお金を使ってつくらなければ,設備というものは活きないのです。(長谷川 p195)
 知財を盗んで製品を安くつくれば,一時的にはいいように見えます。でも,技術に根がないから,結局,伸びない。単品では成功しても,一貫した長い流れを持つ技術の蓄積ができません。技術伝承がなされないのが途上国の悲しいところです。(長谷川 p210)
● ここで,オンリーワンの技術を持つ企業として名前が出てくるのは,以下の企業。
  本田金属技術(本田技研傘下)
  ファナック
  東洋炭素
  東海高熱工業
  エンシュウ
  コマツ
  富山化学工業(富士フィルム傘下)

2015年3月16日月曜日

2015.03.14 ビクター・マイヤー=ショーンベルガー ケネス・クキエ 『ビッグデータの正体』

書名 ビッグデータの正体
著者 ビクター・マイヤー=ショーンベルガー
    ケネス・クキエ
訳者 斎藤栄一郎
発行所 講談社
発行年月日 2013.05.20
価格(税別) 1,800円

● ビッグデータの世界の特徴は次の3つだという。 
   すべてのデータを扱う
   精度は重要ではない
   因果から相関へ

● まず,すべてのデータを扱うということ。
 分子レベルにまで小さくなれば,物理特性が変わるというのが,ナノテクノロジーの基本だ。この特性がわかれば,かつて不可能だったことを可能にする素材も開発できる。(中略)同様に,扱うデータの規模が大きくなれば,少量のデータでは不可能だったことが可能になる。(p24)
 従来は,数が膨大になる場合は,そこから抜き出した標本に頼るほかなかった。19世紀以来の常識だ。標本抽出は情報化社会の産物であり,アナログ時代の情報を扱ううえでの当然の制約だった。 ところが高性能なデジタル技術が普及したおかげで,実はそれが人為的な制約だったことが判明する。(p26)
 これまでの経験や制度設計は「情報が限られている」という前提に立っている。(中略) できるだけ少ないデータで済むように,手の込んだ手法を編み出しもした。極端に言えば,統計の目的は最小限のデータで最大の知見を得ることでもある。(p36)
● データの精度にこだわらないということ。
 ビッグデータの世界では,もはや厳格な制度は現実的ではないし,好ましいことでもない。絶えず変化するデータが大量にある場合,何をおいても完璧な正確さをめざす必要はなくなるのだ。(p27)
 「唯一の真実」という考え方自体,怪しさがある。唯一の真実などあるはずがないという見方もあるし,それを追い求めること自体,混乱の元だ。現実世界のデータを利用する以上,乱雑さは前提条件であって,排除しようと躍起になるようなものではない。(p73)
● 因果の桎梏から自由になること。
 世の中,因果関係で説明できないことは山ほどあるが,悲しいかな,人間というものは,原因がわからないとすっきりしない。しかし因果関係に執着しないのが,ビッグデータの世界だ。重要なのは「理由」ではなく「結論」である。(p28)
 原因を特定する作業は,本当に唯一の理想なのか。それは,いわば現代の一神論のようなもので,これを根底からひっくり返すのがビッグデータだ。我々は今,再び歴史的な閉塞状態のまっただ中で,“神”の死をつきつけられている。これまで信じてきた確かなる存在が,またもや崩れようとしているのだ。(p33)
 仮説を立てては試行錯誤の繰り返しで人類の知は進化を遂げてきた。煩わしいことこのうえないプロセスだが,スモールデータの世界ではこれで通用していたのだ。 ビッグデータの時代になれば,「もしや」というひらめきから出発し,特定の変数同士をピックアップして検証するといった手順はもはや不可能だ。データ集合があまりに大きすぎるし,検討対象となる分野も恐らくずっと複雑になる。(p89)
 ビッグデータを相関分析にかければ,データが答を語り出すのである。見込み違いが起こりやすい仮説主導型と違い,ビッグデータによる相関分析は,データ主導型だ。(p90)
 日常生活では因果関係で物事を捉えることが多いため,因果関係は簡単に見つかると考えがちだが,現実はそんなに甘くない。数学的に浮かび上がる単純明快な相関関係と違い,因果関係は「証拠」を数学的にはっきり示す方法がない。(p104)
● ビッグデータ界の具体例。
 データ化は,多くのソーシャルメディア系企業の根幹とも言える。こうしたSNSは,単に友人・知人を探して連絡を取る方法を提供しているわけではない。日常生活の漠然とした要素をうまく取り込み,データに変えて新たな展開に生かしている。 例えばフェイスブックは人間関係をデータ化する。(p141)
 2012年時点で,フェイスブックには約10億人のユーザーがいる。それが1000億以上と言われる交友関係でつながっている。その結果,フェイスブックのソーシャルグラフは,世界の人口全体の10%以上に達している。それだけお数の交友関係がデータ化された状態で,たった1社の手中にあるのである。(p142)
 身の回りのあらゆる製品にチップやセンサー,通信モジュールを埋め込むことで,「モノをつなぐインターネット」が広がっている。これはモノのネットワーク化であるとともに,データ化でもあるのだ。(p148)
● では,ビッグデータが席巻する未来はバラ色か。手放しで礼讃するわけにもいかない。ひとつは個人情報の問題。もうひとつは,人間の自由意思に絡む問題。
 しかし,この話題に入ると,著者の舌鋒に変化が見られる。ベクトルの向きが変わるので,舌鋒が変化するのは当然なのだが,この問題については,著者も自身の考えを詰めているわけでもないように感じられた。
 ビッグデータの前では匿名化が簡単にやぶられかねない(中略) 取り込むデータ自体が増えているうえに,データ同士の結合も増えているからだ。(p233)
 データ分析の迷走と言えば,ベトナム戦争当時,分析の失敗で戦況の泥沼化を招き,米国国防長官の座を追われたロバート・マクナマラの名を挙げないわけにはいかない。(p244) 頭脳明晰ではあったが,賢人ではなかった。(p252)
 人間は意外に“データの独裁”に支配されやすい。明らかに何か変だなと疑うべき状況でも,よく考えずに分析結果を鵜呑みにしてしまう。(p248)
 2009年,グーグルのトップデザイナーだったダグラス・ボウマンは,こうした何でも数値化する会社の体質に嫌気がさして辞表を叩きつける。「最近も線幅は3ピクセルがいいのか,4ピクセルかで議論したばかりだよ。意見があるなら,それが正しいことを証明しろと必ず迫られる。そういう環境ではやっていけない」(p250)
 優れた才能がいつもデータに頼るとは限らない。ジョブズは,現場からの報告を基に,長年,ノート型のマックを改良し続けた。しかし,iPod,iPhone,iPadの開発では,データではなく,自らの直感を駆使した。(中略)「何が欲しいのかを消費者に言わせるようではダメだ」という名言も残している。(p251)
 人間の素晴らしいところをアルゴリズムやコンピュータチップに聞いても無駄だ。絶対に答えられない。なぜならそれはデータとして取り込めないものだからだ。それは「そこにあるもの」ではなく,「そこにないもの」なのだ。空白だったり,歩道の亀裂だったり,暗黙だったり,まだ考えてもいないことだったりする。(p289)
● 他にも,2つほど転載しておく。
 自然界を数字で把握したいという情熱が19世紀の科学のあり方を決めたと言ってもいい。(p127)
 従来,世の中は自然現象や社会現象といった出来事の連続と説明されてきたが,ビッグデータ的に見れば,情報があふれる空間そのものなのだ。(p149)

2015.03.12 舛岡はなゑ・ひらいみも 『みるみる運を引き寄せる「そうじ力」』

書名 みるみる運を引き寄せる「そうじ力」
著者 舛岡はなゑ
    ひらいみも(絵)
発行所 PHP
発行年月日 2015.03.10
価格(税別) 1,200円

● 掃除というより,捨てることの勧め。使わないモノは捨てる,迷ったら捨てる。
 ただし,まなじりを決してではなく,気楽に楽しくやればいいよ,ということ。
 使わないモノを処分できない,モノに執着する人は,なぜか,過去にも執着してしまう。そういう傾向があるの。ところが,おもしろいんだけど,使わないモノを処分して,部屋をキレイにそうじすると,なぜか,心にたまっていた“嫌なもの”も,スッと,捨てられるんだよね。(p116)
 だからと言って,親の仇でもとるかのような怖い顔をして,わが家を完ぺきにそうじしよう,なんて思わないでくださいね。(中略)要らないモノを捨てるときも,そうじのときも,楽しく,楽しく。(p117)
● 他にもいくつか転載。
 一つ注意していただきたい“落とし穴”があります。それは,他人の部屋に置いてあるモノが気になりだすことです。(中略) あなたは,あなたがいる場所をキレイにすればいいのです。それを「楽しくて楽しくてしようがない」という感じでやっていると,次第に周りがあなたに同調するようになります。(p83)
 みなさんに,一つだけ,お伝えしておきたいなと思っていることがあるんです。「トイレがヨゴれているとお金が入ってこないから」と言って,トイレそうじばかりしている人がいると聞きました。(中略) けれど、トイレそうじさえすれば,どこからともなくお金が入ってくるワケではないのです。お店にきているお客さんが喜んで,世間も喜んで,店をやっている人も儲かって楽しくて,それを上から見ている神さまがマルをくれるような,そんな仕事をやり続けることが大事なんですよ。 当たり前な話って,つまんないね。でも,この世の中は道理通りに動いているのです。(p90)
 あなたの目の前に出てくる人は,あなたを映す鏡なんだよね。たとえば,この人,こういうところが嫌だな,と思ったら,その,嫌なものが,自分のなかにもあるの。(中略) ということは,「あの人のせいで,こんなことになって」「あの人,ゆるせない!」と誰かを責めているときは,自分のこともゆるしていないのです。(p111)

2015.03.11 中谷彰宏 『服を変えると,人生が変わる』

書名 服を変えると,人生が変わる
著者 中谷彰宏
発行所 秀和システム
発行年月日 2015.02.10
価格(税別) 1,300円

● 副題は「一流の男のみだしなみ」。本書で披瀝されているところのものは,知識としては特に目新しいものではないと思う。そんなことは知っているという人が多いのではないか。
 たとえば,次のようなことがらだ。
 いい服は,甘やかせてはくれません。いい服は,気合いを入れてくれるのです。気合いを入れてくれる服は,楽は服ではないのです。(p47)
 ドレスコードは,男性で決まります。(中略)女性のファッションのバリエーションには,たとえばデニム素材のオシャレな服もあります。男性にデニムのスーツはありません。女性が着ているデニムは,男性がきちんとしたスーツを着ていると,オシャレな服になります。(p56)
 前からの出会いよりも背中からの出会いのほうが圧倒的に多いのです。背中がどれだけオシャレかということです。洋服のシワや汚れをチェックする時は,常に背中を意識することが大切なのです。高いスーツと安いスーツは,うしろから見ればわかるのです。(p101)
 オシャレでない人は,オシャレさよりも値段を優先します。(中略)流通センターで並んでいる靴を,自分で勝手に選んでレジへ持って行くという買い方をしているのです。これでは永遠にオシャレにはなりません。(p117)
 オシャレでない人は,服の色で勝負しようとします。服は絵画だと勘違いしているのです。服は彫刻です。大切なのはシルエットです。いかに立体でとらえるかです。ハンガーに下がっている状態ではわかりません。必ず自分で着てみます。(p126)
 ショルダーバッグはスーツを壊します。ショルダーバッグでは,オシャレになりません。(p143)
 まわりから見た時に一番目につくのは,ズボンに折り目がついているかどうかです。二番目に目立つのは,膝のうしろのシワです。「服はいくらぐらいのものを買えばいいんですか」という質問はナンセンスです。一番大切なのは,購入価格ではなくメンテナンスにかける費用なのです。(p145)
 服装で大切なのは,年齢よりいかに大人に見えるかということです。若く見せようとする必要はないのです。(p150)
 「ベルトはどうした?」「忘れました」「もう夜なのに,今日1日どうしてたんだ?」「家にはあるので」 こういう人は,その日のチャンスをなくしてしまうのです。(p153)
 カバンで大切なのは,置いた時に立つことです。カバンを寝かせたり,足にもたれかけさせたりすると,その人自身が自立していない印象になります。(p180)
 脱ぐたびにシューキーパーを入れ,履く時にシューキーパーを外すのはめんどくさい作業です。時には指を挟みます。そのめんどくさいことをすることで,靴に愛着が湧くのです。めんどくささと交換に,カッコよさを手に入れるのです。(p199)
 スプリングコートが着られる時期は1ヵ月です。その1ヵ月のために,なかなかお金をかけられないのです。(中略)オシャレな人は,1ヵ月しか着られないスプリングコートを着ているのです。(p212)
● ぼくも知ってはいた。が,知っているからといって,やっているかというと,これが全然。服装についていえば,徹底的に楽に流れてしまっている。
 ときどき,これではいかんと思って,軌道修正を試みるんだけれども,ほどなく元に戻ってしまう。仕事にもチノパンで出かけているし,ネクタイは職場の机に入れておいて,職場に着いてから締めるありさまだ。
 バッグにしたって,公私を通じてナイロン製のトートバッグを使っている。立つはずもない。

● 本音はアンビバレントですね。そうしなきゃなぁとも思うけれども,それっていつの時代の話なんだよと思いもする。

● ほかにもいくつか転載。
 オシャレをすることは,仕事の一部です。オシャレをすると,プレゼンが通ったり,お客様の信頼が得られます。(p29)
 仕事をする大人にとってオフの日などありません。オフに出会った人がビジネスにつながることもあります。(中略)服装は信頼をつくります。いつチャンスに出会うかわかりません。(p44)
 赤系のネクタイをしていると,ナポリタンのソースが飛んでもわからないだろうと思いがちです。ところが,「相手が今ネクタイを見たな」という瞬間に自分の心がくじけます。これが,自己肯定感が下がるということです。(p49)
 今,自分のクローゼットのワードローブの中に,「今日はこれでいいか」「まだこれ着れるし」というスーツが入っています。そんなスーツが自分に希望をくれるかということです。(中略)これはスーツに限りません。靴にしても,すべての持ち物に関して,自分に希望をくれるものになっているかどうかです。スーツが高いか安いかは,希望代として高いか安いかということです。(p97)

2015年3月10日火曜日

2015.03.09 松尾 豊・塩野 誠 『東大准教授に教わる「人工知能って,そんなことまでできるんですか?」』

書名 東大准教授に教わる「人工知能って,そんなことまでできるんですか?」
著者 松尾 豊
    塩野 誠
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2014.10.14
価格(税別) 1,400円

● 人工知能ってまだ生きていたのか,っていう程度の認識しか持っていなかった。人間の脳とコンピュータはまったくの別物であることがハッキリした結果,人工知能の研究は頓挫し,棄てられた領域だと思っていた。
 いや,バカですな。これは石器時代の認識なんでした。でも,企業の中にもそうしたところがあるらしい。
 企業によっては,人工知能が嫌いなところもある。上層部が古い世代ですと,人工知能は昔やってダメだったという印象が残っている。いまさらAIをやっても無駄と考える企業も存在します。(p267)
● 面白かった。わかるかわからないかは別として,一気通貫で読了できる。面白い世に中になっているんじゃないか。何が面白いかって,次の一文に要約される。
 「知能」という人類にとって最大の競争力がもはや競争力でなくなったときに,世界はどう変わるのか。それに対して,日本はどうすべきか。自分はどうすべきか。わくわくします。(p277)
 あと,頭がいい人はほんとに頭がいいんだなってこと。教える側の松尾さんも,質問する側の塩野さんも,おそろしく頭がいい。だから面白い本になるんだな。バカが書いているのは,読んでてイヤになるもんな。バカは俺一人でいいよ,ってなもんだ。

● まずは,データが爆発的に増えていることが決定的だという話。
 いままではデータがなかったので,(中略)ルールをたくさん描いていました。「エキスパートシステム」や「プロダクションシステム」と呼ばれるもので,これでもかなりのことはできますが,十分なデータがないところで作っていたため,いろいろ問題も起きてきました。(中略) しかし現在はデータが非常に増えてきていますから,データに基づいてルールを作っていくのが賢い方法,いま風のやり方なのだと思います。(p52)
 「もし~~なら,~~と判断せよ」 後段で「~~と判断せよ」などと命令しますが,この部分は診断結果を示すでも,適切な広告を出すでも何でもいい。ポイントは「もし~~なら」の前段部分で,ここをより多くのデータから(コンピューターが)自分で学習するようになっています。(p72)
 いままでデータがなかったため,自分の判断や多くの人の議論で構築してきた部分があります。データがある状況では,本当にいままでのやり方が正しかったのかどうかを問い直すことが大事だと思います。ほとんどの場合,データを見てから何をすべきかを考えたほうがいいので,データ活用の余地は,少なくとも日本国内においては相当あると思っています。(p262)
 私はかなり昔から,常識的なことって何だろう,なぜあるのだろうみたいな疑問を持っていましたので,そこがデータによって疑われていることは非常に興味深いわけです。(p269)
● データによっていろんなことが白日の下にさらされることになる。となると,今ある制度について,その根本にまで遡って,なぜこの制度があるのか,何のためにあるのか,そこを見直す必要が出てくる。
 いまある社会制度や法律などは,非常に上手くできていて,理念とそれを運用する方法のセットになっている。運用する方法が既存の科学技術とか実行可能な範囲で考えられていますから,運用上の柔軟性の余地や関わる人の行動の余地がいろいろある中で,そうした余地をうまく吸収できるように設計されています。そのため,すべてデータで見えるようになっていく状況では,設計のし直しを考える必要があり,そのときに社会制度の根本に立ち返らなければならないと思います。(p177)
 本当のところは,確率的に言うと絶対自動運転のほうがいいに決まっています。問題は何かあったときに謝ってくれる人がいないこと。いまの社会制度において,最後に謝ってくれるのが誰かというところが合意できなければ,自動運転は先へ進まないと思います。(p186)
● その他,いくつか転載しておく。
 私が本当に怖いと思っているのは,社会を変えるような人工知能は,人間のような形をしていないし,ふるまいもしないことです。それはただただ単純に予測精度が高いものです。(p41)
 人間の場合,とくに人の顔に関しては,非常にたくさんの情報を読み取ります。(中略)例えば、唇の両端は上がっているか下がっているか,目尻の動きはどうか・・・・・・。(中略)こうした「特徴量」を人が手で作るのは難しいのですが,コンピューターが自動的に作れるようになりつつあって,顔画像の認識精度もどんどん上がってくると思います。(p59)
 人間は少ないデータから,いかに人より早くパターンを見つけるかという競争をやっています。なぜなら,他の生物や個体に勝って生き残るには,「異変にいかに早く気づくか」が決定的に重要だからです。(中略)少ない例からパターンを見つけるには,少ない事例の中でも,グルーピングしなければなりません。(p64)
 研究で論文を通すことを考えても,半歩先が実はかなり重要です。科学技術のように真理があると思われている分野でも,やはり飛びすぎると理解されないものです。(p149)
 機械学習的には,下のレイヤーからだんだん積み上げて作っていくことによって学習速度を上げていきます。そうするといったん上のレイヤーまで作ってから,下のレイヤーを作り直すのは非常にやりにくい。ですから上のレイヤーまで作ったら,全部壊して下からもう一回作ったほうが早いわけです。 これは個対を入れ替えるということで,違う個対として,また赤ちゃんからやり直したほうが,結局は変化に対応しやすいということだと思います。ここはおそらくロボットがやっても同じで,どこかで初期化したほうがいいという話ですね。(p207)
 いま非常に伸びてきている大学がいくつもあって,その卒業生と比べても東大を出る人は優秀だと思いますが,それは入る学生が優れているからという状況に留まっていると感じています。 今後,グローバルな大学間の競争が非常に激しくなってきますので,入った後の増分で勝負するしかないと思います。(p231)
 昔の人は本を読む機会が少なかったために本に対して強い飢えがあって,たくさん本を読むようになったとか,そうした飢餓の教育効果があるでしょう。いまは何でも与えられているがゆえに自発的に勉強しようとしないのであれば,欠乏の効果をもう少し科学的に実証し,それをうまく使っていくことですね。(p239)
 自分で計算する重要性は本当に大きいと思います。思ったとおりの結果は絶対に出てこない。そうすると,見過ごしていた前提とか過程とかがはっきり理解できるので,分析する意義はとてつもなく大きいのです。(p271)

2015.03.08 和田秀樹 『自分は自分 人は人』

書名 自分は自分 人は人
著者 和田秀樹
発行所 新講社
発行年月日 2012.08.27
価格(税別) 800円

● 副題は「争わない生き方」。要諦は「まえがき」に述べられている。
 わたしたちが日ごろ感じるストレスの多くは,人間関係を,勝つか負けるかという次元でとらえてしまうことから生じています。(p4)
 (争うのが嫌いな人は)たった一つの価値観にとらわれて,人生を勝った負けたと騒ぐことがありません。結果から見ると「『争わない』生き方をする人」はいつも勝つ人といえます。(p5)
● 負けず嫌いや競争が好きな人は,いかにもアクティブに見えるものだ。活動的に生きているなと思わせる。のだけれども。
 負けず嫌いな人は,争うことが自分を奮い立たせると思うかもしれませんが,仕事でも勉強でも,自分がやるべきことをきちんとできるかどうかが大事なのですから,マイペースがいちばん気持ちを楽にさせてくれます。(中略)いっときの闘争心だけでは長続きしません。(p20)
 当たり前のことを当たり前に実行できる人であればいいのです。むしろ競争に負けまいとしてオーバーワークになってしまい,自分のペースを守れなくなった人のほうが脱落していきます。(p23)
 わたしは,世の中が競争社会だというなら,「争いは争い好きに任せておけ」という考え方のほうが,はるかに健全で,現実的だと思っています。(p24)
● いくつか具体的なアドバイスをしているんだけど,一番目はスタートを早くすること。ギリギリまでやらないで火事場の馬鹿力を期待するより,できるだけ早く始めること。
 「もう始めるのか」とか,「ずいぶんやる気だな」といった冷やかしや皮肉のことばは気にしなくていいです。というより,自分が真っ先にスタートしてみればわかることですが,そういった周囲の反応はかえって気分がいいのです。「イチ抜けた」と思えるからです。(p32)
 じっとしていればいるだけ,いろいろな不安や想像がまとわりついてきます。スタートさえ切ればすべて消えます。早いスタートは早くマイペースをつかんで楽になるための技術なのです。(p37)
 「面倒だなあ」と思ってためらっているうちは,その作業量が膨大に見えるだけのことです。したがって,ここでも一つの有効な考え方を提示しますと,すべての作業や課題は着手するまでが大きく見えるということです。(p38)
● 気さくな人間になれと提言。難しいことではない。
 「敵対」さえしなければいいのですから,「争いの嫌いな人」がめざすのはまず,「広く浅く」でいいと思います。 そのコツとしてわたしが真っ先に提案したいのは,気さくな人間になろうということです。(p44)
 ではふるまえばいいのでしょうか? だれに対しても,きちんと受け答えするだけでいいのです。(p45)
 人間関係はそれで十分なのです。挨拶には挨拶を返し,笑顔には笑顔を返し,尋ねられたことには答え,無視する人は気にしないで放っておく。たったこれだけです。こちらからサービスすることは何もありません。(p50)
● その他,役に立ちそうなところを転載。
 自分を売り込むってどういうことでしょうか? 自分の能力やセンスを見せびらかしたり,受け狙いのパフォーマンスを演じることですね。自分が主役になろうとすることです。これが礼儀を忘れた態度です。(p77)
 聞く作業に時間を割けば割くほど,トップが下した判断は部下を納得させることができます。ろくに話も聞かないで自分の判断を押しつければ部下は不満をもちますが,十分に自分たちの話を聞いてもらえれば,たとえ望む結論が出なくても自分たちの意見がわかってもらえたことで満足できるからです。(p79)
 日常生活の大部分は「こっちがダメなら別の方法を考えよう」というものばかりです。(中略)仕事だって同じで,やってみてダメならプランを変更するだけのことです。時間のムダや経費のムダといったところで,見極めが早ければそれほどの被害は生まれません。それよりむしろ,一度決めたことにこだわってどこまでも突き進むほうが傷口を広げてしまうのです。(p86)
 めざす目標を「これしかない」と決めるのはいいのですが,それが閉ざされたり,実現できないとわかったときに,「次善の策」を選べない人ほど,たった一度の負けで大きな敗北感を味わってしまうのです。(p90)
 自分の思うようにものごとが運ばないと不機嫌になる人間はしばしばいます。(中略)ひとことでいえば,「幼児性」が強いのです。勝ち負けにこだわる人には,幼児性がたしかにあります。思うようにいかないことがあっても,気を取り直してふたたび目標に向かって歩き出せる人のほうが,はるかに大人なのです。(p92)
 わたしが受験生のころ,本もよく読んでいて映画や美術にも詳しく,おまけにゲームセンターで遊んでいるくせに成績はトップクラスという友人がいました。最初のことは,「世の中にはほんとうに頭のいいやつがいるんだな」とただ感心していたのですが,その友人が下宿している部屋に遊びにいって,ものすごく納得したことがあります。 彼はほどんどの科目でたった1冊の参考書しかもっていなかったのです。「だって何冊読んでも覚えることはおなじじゃないか。だったら1冊だけ読み込んだほうが頭に入るよ」(p138)
 会社というのは不思議なもので,仕事内容の見えない他人の部署が気楽そうに見えてしまいます。(p148)
 他人とうまくやっていく最大のコツは,その人の取り柄となる部分とつき合うことです。人にはだれでも長所と短所がありますが,人間関係につまずきやすい人にかぎって,相手の短所にばかり目をやってしまうことが多いのです。(p151)
 自分で自分の生き方を窮屈にする人には,他人を色分けするクセがあります。(p176)

2015.03.07 長谷川慶太郎 『経済国防』

書名 経済国防
著者 長谷川慶太郎
発行所 ヴィレッジブックス
発行年月日 2015.01.20
価格(税別) 1,400円

● 第1章は「世界的なインフラ再整備の時代がやってきた」。パナマ運河が拡充されるし,アメリカの鉄道が改修期(80キロレール化)に入っている。各国の地下鉄も拡充される。
 これらは日本抜きでは進捗しない。80㎞レールを生産できるのは,世界に2箇所しかない。新日鐵住金君津製作所とJFEスチール東日本製鉄所だけだ。
 日本は「新幹線」が非常に好きでこだわりが強く「世界一の技術を持つ新幹線を海外に売りたい」という夢を捨てきれずにいるが,ここに拘泥するよりは,海外向けにはシステムやメンテナンス,鉄道に投資ならば新幹線より地下鉄。国内においては,LCCの積極的な導入を行うほうが正しいと私は考えている。(p36)
 リニア鉄道は一日も早く計画を中止したほうがよい。葛西敬之氏(現名誉会長)が憑かれたように推進したリニアだが,「いつ開通するか」より「いつ撤退するか」が問題になる案件であろう。(p38)
 日本は世界で一番,長期資金が余っている。したがって,どの国でも日本の資金を借りて,設備投資やインフラ投資に向かう。
 「金」と「情報」は,どちらもあるところにさらに集まり,ないところには集まらない。金のあるところには,さらに金が集まり,同時に情報も集まる。これが古今東西の経済の鉄則である。(p48)
● 第2章は「エネルギー安全保障が世界経済を決める」。中心はアメリカのシェールガス開発。
 (再生可能エネルギーの)固定価格買取制度は一時的な太陽光発電の増加にはつながったものの,結果的に普及を妨げたと言わざるを得ない。(p53)
● 第3章は「北朝鮮,中国崩壊が世界経済に与えるインパクト」。日本にとっては,北朝鮮が崩壊する前に拉致被害者や日本人妻を帰還させなければならない。残された時間はあまりない。
 中国の崩壊は,北朝鮮の崩壊をきっかけにして起こる可能性が非常に高い。これは,私だけが言っているわけではなく,世界中の専門家の常識である。とくにヨーロッパの人間はそれを肌身で感じている。というのも,彼らは1989年11月のベルリンの壁崩壊,そしてわずか2年後の91年にソ連が崩壊したのを目の前で見ているからである。(p94)
● 第4章は「2015年以降の投資を展望する」。日本の強みは重厚長大にあることや,LEDの産業(特に農業)に与える効果が説かれる。
 ついでに,アメリカの大統領に対して,次のように批判。
 彼(オバマ大統領)が掲げたオバマケアは,格差解消を目指す目玉政策のひとつでもあったが,結局低所得者へのバラマキ政策にすぎず,むしろアメリカ経済の足を引っ張る形になった。(中略)すでにオバマ流の「リベラル」は時代遅れのものになっているということだ。(p116)
 私は,機軸通貨を持つ国家のトップが,オバマケアを正論として世界経済を危機に追い込むようなことがあってはならないと思っている。アメリカ経済が世界経済に与える影響を自覚できない人物がトップに座るできではない。(p117)
● 第5章は「投資家脳を鍛えて未来を自ら読む方法」。
 世界経済を知ろうとするとき,大変役に立ち,しかも面白いのが地図を見ることである。私は常に手元に大きな世界地図帳を置いている主要都市については詳細なものが掲載されたものだ。鉄道路線図も入っている。地図を見ながら勉強すると,たとえ現地に行ったことがなくても,勉強が生きたものになり非常に面白い。たとえばロンドンの詳細地図を眺めていれば,「ずいぶん乱雑な街だなあ」ということが一目でわかる。(p142)
 国際情勢を見極め,将来を見通すために,私がその大きな材料しているのは,自分自身で目にしたものである。なかでも世界各地の工場を見て回った経験は大きな財産になっている。(p143)
 実はジャーナリストを名乗る人でも,現場をくまなく見て歩いている人は少ない。広報担当者の話だけしか聞いていなかったり,多くの情報をネットばかりに頼っているようにさえ見える。企業トップにインタビューする機会があっても,相手を喜ばせるようなことだけしか聞き出せない,という人も多い。(p151)
 初対面の経営者にいいインタビュー,真に面白いインタビューをするためには,相手をどこかでビックリさせる必要があるが,そのためには私自身の勉強,知識が必須である。(p154)
 業績にかかわらず5年も6年もトップが替わらない企業は人事が梗塞しており,だいたいこうした企業は先行きが暗い。一族経営を長年続けるうち業績がずるずると悪化する企業がその典型である。(p185)
 余剰資金でどんな投資をしようが個人の自由だが,私は「投資」は,投資家の個人を明るくするものであってほしいし,またそれによって企業が支えられるものであってほしいと思っている。投資のための勉強も楽しんでほしいのだ。もちろんそれで利益が出るのが一番だが,きちんと勉強してから行ってほしい。(p190)

2015年3月7日土曜日

2015.03.06 藤巻幸夫 『ビジネスパーソンの街歩き学入門』

書名 ビジネスパーソンの街歩き学入門
著者 藤巻幸夫
発行所 ヴィレッジブックス
発行年月日 2010.12.10
価格(税別) 1,200円

● 街を歩くといっても,ただ道路を歩けばいいというわけではない。気になるお店があったら入ってみるのだし,美術館があったら立ち寄ってみるのだ。
 レストランや食堂やホテルも同様だ。街にあるものをそっくり自分のフィールドにせよと説いている。

● となると,文字どおりに街を歩くのでなければならない。田舎じゃダメだ。極端な田舎ならまた別かもしれないけれども,普通の田舎をいくら歩いても仕方がない。
 そこには,セレクトショップも駅ビルも美術館もレストランもホテルもないだろうから。
 極端にいうと(極端に言わなくてもか),東京じゃないとダメだ。

● 以下にいくつか転載。
 僕が美術館を訪れる一番の目的は,感性を磨くためだ。文化や芸術を鑑賞することは,確実に感性を刺激してくれる。重要なのは「ふらっと行く」こと。もちろん,興味がある展覧会に行くのもいいが,それでは,「自分の興味のあるもの」の範囲でしか発見はない。(p27)
 街を歩いていて感じるのは,“いいもの・売れるもの”とは,「デザイン+品質=100%」を満たしているものだということだ。(中略)値段をリーズナブルにするために品質を下げる場合,例えば品質を30%程度にするのであれば,デザインが50%のままでは100%に満たない。(中略)デザインを70%にまで引き上げないと,「安かろう,悪かろう」な商品に見えてしまう。(p48)
 定番であるモノ,年齢に関わらずお洒落な人ほど,実は少しずつマイナーチェンジをしていると思う。だからこそ,いつの時代も,素敵に見える。(p55)
 服装や持ち物など,その人が身につけているものには必ず理由がある。こだわっている人にはこだわる理由が,こだわらない人にはこだわらない理由があるのだ。だから僕はその人が着ている服,持っているモノ,話し方,考え方から,その人の特徴を「発見」して,そこからさらに相手に対して自分なりに仮説を立てる。そして仮説を立てたら,それを相手に伝える。(p125)
 例えば,まずは美術館に行ってみる。展覧会で絵画や写真を見て,そこで自分が何を感じているのかを感じてみる。作者の意図なんて後から知ればいい。頭で考える以上に,感じること。それを続けることだ。続けていないと,審美眼は養われない。(p143)

2015年3月5日木曜日

2015.03.05 藤巻幸夫 『自分ブランドの教科書』

書名 自分ブランドの教科書
著者 藤巻幸夫
発行所 インデックス・コミュニケーションズ
発行年月日 2007.12.31
価格(税別) 1,500円

● 『藤巻幸夫のポジティブ語録』が面白かったので,次いで本書を読んでみた。

● 以下にいくつか転載。
 まずはくだらないプライドを捨てること! 自分はくだらないプライドを捨てていること,信頼できる相手と本音をぶつけ合いたいのだと思っていることを,あなたのほうから態度で示していくのだ。(p30)
 武器にする分野は,やはり深掘りすることが大切なのだ。(p40)
 まずは聞き上手,しゃべらせ上手になることをめざそう。より深く,より濃密に人の話をインプットしていくために。そのために心がけることは,まず一つに,会話のなかで自分をさらけ出すことだ。わからないことは見栄をはらずにどんどん聞く。自分に起きたことは恰好悪いことでも可能なかぎり隠さない。(p72)
 私がお勧めしたいのは,とりあえず,「いい加減に」情報を追いかけてみることだ。いや本当に。(中略)いい加減さが,人間としての「好い加減」につながると信じているからだ。(p76)
 一流の人やモノにふれられる講演や催し物があれば,思い切って出向いてみる。とくに私は(中略)「一流の世界を自分の目で確かめにいく」ことがその後のすべてを決定づけると思っている。(p78)
 努力しているときも心が弾んでいる人であってこそ,新しい波を起こすようなエネルギーを貯めていけるものだ。(p86)
 あなたがどんなに武器やセンスを鍛えてきても,これからのことを100%見通すのはむずかしい。よって,かたくなに正直であろうとすれば,自分の思いを述べるときは常にあいまいな表現におちいりがちになる。だが,察してもらえるだろう。そのように保険をかけた弱々しい口調では,人の心はつかめない。(中略)だからこそ確信犯的にペテン師になって,自分の思いを断言していく「勇気」をもとう。(p96)
 あなたが即断即決をすれば,相手との間には熱気が生まれる。(p108)

2015.03.03 株式会社アップルワールド 『海外出張 成功の鍵はホテルにあり!』

書名 海外出張 成功の鍵はホテルにあり!
著者 株式会社アップルワールド
発行所 ダイヤモンド・ビジネス企画
発行年月日 2015.01.16
価格(税別) 1,500円

● タイトルは仕事で海外に出張するときのホテル選びというわけだけれども,ビジネスに限らず,観光で出かけるときのホテル選びにも参考になる。

● 外国に行くとなったとき,もっとも面倒なのはチップだ。日本のようにサービス料を一律に上乗せしてもらった方がよほどありがたい。
 面倒だと感じる第一の理由は相場がわからないことだ。そこに住んでいれば自ずとわかるんだろうけど,短時日の旅行者には情報の絶対量が決定的に足りない。
 本書によれば,チップは「心付け」ではない。渡しても渡さなくてもいいものではなく,渡さなければならないものだ,ってことなんだけど。
 たまに余った小銭をピローチップにあてる人がいるようですが,これはとても失礼な行為ですので注意しましょう。(p129)
 さてこの場合は,渡すべきか,渡さなくてもよいものか・・・・・・。悩ましいですね。 そんなときの解決策は,「悩んだら渡す」こと。シンプルではありますが,ただでさえ海外出張では仕事が山積みなのに,たかだか数ドル(数百円)のチップのことであれこれ思い悩むのは,時間も精神的な負担も無駄なこと。「悩んだら渡す」と割り切ってしまえば,いちいち考え込まなくて済みます。(p136)
 サービスに不満を感じたとき,日本人が犯しがちな重大なマナー違反があります。それはホテルやレストランで,抗議の意思表示としてチップを払わないこと。(中略)これは,特にチップの支払いが「当然」と見なされているアメリカでは完全なタブーです。(p138)
● ほかにもいくつか転載。
 あなた自身も高級ホテルに滞在しているという自信が知らず知らずのうちに態度に表れ,初対面の相手でも気後れすることなく向き合えるようになることでしょう。高級ホテルは,あなたを精神的にも支えてくれる頼もしきセクレタリーでもあるのです。(p14)
 海外出張のホテル選びには「お金で安全を買う」という意識が欠かせないのです。(p18)
 旅に高級ブランドのバゲージを選ぶのは,たとえ本当のエグゼクティブやVIPでなくとも,ホテルでスタッフの注意を喚起する非常に有効な手段といえるのです。(p82)
 そこには,荷物を運び,それを任務にしている専任スタッフがいます。彼らから仕事を奪ってはいけません。笑顔で荷物を渡し,しかるべくチップを渡すこと。それが高級ホテルを利用するゲストの「ルール」というものです。(p83)
 中にはその場できちんと確認せず,帰国後にクレームする人がいますが,これはかなり非常識な行為。そしてこういう人が私たち日本人に特に多いのも,また,残念ながら事実なのです。(p90)
 部屋でハンバーガーが食べたくなったら? いいでしょう。でも自分で買って持ち込んではいけません。食べたければバトラーに買いに行かせるのが,このクラスのホテルゲストのあり方です。(p113)
 欧米では社会的地位が高くなればなるほど,心に余裕があればあるほど,他人とフレンドリーに接します。(p154)

2015年3月2日月曜日

2015.03.02 藤巻幸夫 『藤巻幸夫のポジティブ語録』

書名 藤巻幸夫のポジティブ語録
著者 藤巻幸夫
発行所 PHP
発行年月日 2005.05.06
価格(税別) 1,200円

● 元気になれる読みもの。サッと読めるのも吉。

● 特に引っかかってきたところを以下に転載。
 若者が冷めているのは絶対,大人が冷めているせいだ。「今の若者は」なんて他人事のように言うのではなく,体当たりで若い奴に教えたり指導しなきゃダメだ。(p119)
 いくら出世したって,サラリーマンの年収なんて大差ない。だったら話題を作って世の中をワッと驚かせるようなことをした方が楽しいではないか。(p167)
 熱い思いをしっかりと周りに伝えたいなら,「言葉」だけでなく「行動」でも示していくことを忘れてはならない。 だからフジマキは「感じたら動く」,つまり「感動」というスタイルを徹底させている。(p195)
 やっぱり志は高く,姿勢は低く。(p205)
 単純な笑いによる演出を真剣に考えるのも,立派なファッション。(p211)
 愛される人には「品」がある。ブランドを着なくても,上品に見える人もいる。「品」のない人がブランドを着ても,ボロ雑巾にしか見えない。(p215)

2015.03.01 『徹底解剖 東京駅100年』

書名 徹底解剖 東京駅100年
編者 入江一也
発行所 JTBパブリッシング
発行年月日 2014.12.01
価格(税別) 1,600円

● 復元工事が終了して,新たにお目見えした世界に冠たる東京駅。ぼくのような北関東に住んでる人間にとっては(全員がそうではないと思うけど),東京駅ってわりと遠い存在。やっぱり上野だよね,ってことになる。
 東京駅より南に行くことってそんなにない。アメ横や秋葉原など,北側ですむことが多い。新宿や渋谷ってことになれば,湘南新宿ラインがあるから,東京駅は無関係。

● ディズニーランドに行くときくらいですね。東京駅をウロウロするのって。
 まもなく上野東京ラインが開業するんだけど,ぼく一個は今までどおり上野で降りることが多いだろうと思う。

● ではあるんだけれども,重要文化財になっているんだもんね,東京駅。それ自体が相当な集客力を持つ観光資源だ。
 目的地になり得る存在。わざわざ東京駅を観るために東京駅に行く。近いうちにぼくもそうしようと思っている。だから,こういうガイドブックにも目をとおすわけで。

● その昔,内田百閒が一日名誉駅長を務めたことがあり,そのときの百閒さんのエピソードは有名ですね。
 特に,幹部職員に発した「訓示」。この本にも掲載されている。引用しないではいられない面白さ。
 命ニ依リ。本職。本日着任ス。(中略) 規律ノ為ニハ。千噸ノ貨物ヲ雨ザラシニシ。百人ノ旅客ヲ轢殺スルモ差閊ヘナイ。 本驛ニ於ケル貨物トハ厄介荷物ノ集積デアリ。旅客ハ一所ニ落チツイテヰラレナイ馬鹿ノ群衆デアル。(中略) 驛長ノ指示ニ背ク者ハ。八十年ノ功績アリトモ明日馘首スル。
 面白い。面白いけれども,こういう人の近くにいた人は,大変なんてもんじゃなかったろうな。