2015年2月28日土曜日

2015.02.27 番外:東京アート&カルチャーさんぽ

書名 東京アート&カルチャーさんぽ
編者 小山 智
発行所 ぴあMOOK
発行年月日 2010.04.20
価格(税別) 743円

● 普通の美術館に行きたいと思ったことはない。敷居が高すぎるし,正直なところ,さほどの興味もない。
 が,企業や個人が運営している美術館や博物館の中には惹かれるものがある。たとえば,パイロットの「ペン・ステーションミュージアム」やシマノの「自転車博物館」。

● そうした変わり種の美術館や博物館をまとめて紹介しているガイドブックがあればいい。いや,あったかもしれない,と思って,数年前に買っておいたこの本を見返してみた。多くの美術館,博物館,建築物,庭園を紹介しているけれども,基本的には正統派が多い。
 もうちょっととんがったというか,非正統,芸術云々をあまり標榜していない,けれども見応えのある内容のところ,を紹介しているガイドブックはないものですかね。

● とはいえ,このムックも相当な情報を提供してくれている。すでに行ったところもいくつかあるけど,ぜひ行ってみたいと思ったのは次の3箇所。
 旧岩崎邸庭園(池之端)
 清澄庭園(清澄)
 鳩山会館(音羽)

2015年2月27日金曜日

2015.02.27 鈴木朋子・鈴木智子 『Google+ Hacks!』

書名 Google+ Hacks!
著者 鈴木朋子
    鈴木智子
発行所 ソーテック社
発行年月日 2011.12.31
価格(税別) 1,480円

● FacebookやTwitterの取説はいくつか目を通したことがあるんだけど,最初から自分が始めることはないという前提で読んでいたせいか,あまりこちらに響いてくるものがなかった(こちらがブロックしていた)。
 今回のGoogle+はひょっとすると手を染めるかもしれないと思っているので,けっこう入ってきた。Googleのサービスはいくつか使っているので,用語になじみがあったってのも理由かもしれない。

● しかし。Google+を始めるとして,いったい何を書けばいいものやら。現時点で毎日更新しているブログが2本あるので,それ以外に何か書くことがあるかといえば,どうもなさそうだ。
 逆に,その2本のブログをGoogle+に取りこんでしまうことはできるかもしれない。

● 写真や動画を付けたほうが読んでもらいやすいとは,本書でも説かれている。同じことがブログについても言えますよね。
 ぼくは文章だけで勝負したいと思っている(たいした文章を書いているわけじゃないだろ,っていうツッコミはご勘弁),石器時代の人間だ。態度を改めたほうがいいかもしれない。

● それに,写真を撮るってことをほとんどしていない。iPhoneでパシャパシャやればいいだけなんだけど,あまりそっちに気が行ったことがない。
 こういうものは,Google+を始めてみれば簡単に変わるものなんでしょうけどね。

● 写真も動画もまとめてひとつの投稿にできるわけだから,誰にも公開しない(Google+の用語では)サークルを作っておいて,そこに毎日アップしていけば,デジタル日記的な情報量の多いログを残せるだろう。
 写真の容量制限はないわけだからね。これは大いなるメリットだ。

● うまく使えば,生活が賑やかになって楽しそうだ。反面,ネットにへばりついている時間が長くなりそうで,そこがちょっと怖い。
 実際にへばりつきっ放しになったのでは,投稿するネタもなくなるだろうから,自ずと限度はできるはずだけれど,ネット依存度が今以上になるのは間違いない。

● 自分でブログを書くようになってから,人さまのブログは読まなくなった。読んでる時間もない。今のブログ人口をみれば,書く専門の人が増えているのではないかとも思う。
 Google+のようなSNSでも同じ現象があるんだろうか。たくさん発信する人は他人の発信を見ない,っていう。

● でも,それではそもそもSNSの意味がない。結局,どこまでの交流を維持できるかは,その人の器量によるのだろう。
 結婚披露宴にはかなり大規模なものがあって,どうしたって新郎新婦がこれだけの人数とのつき合いを維持できるはずがないし,その必要もないだろうと思うことがある(新郎新婦とは関係のない招待客も多いんだろうけど)。

● SNSもしかりであって,世界の誰とでもつながれるといっても,趣味嗜好や交流に対する熱意によって,その範囲は変わってくる。当然のことだ。
 たぶん,世の中にはバンバン発信して,バンバン読んで,しかもパソコンの前に座っている時間はそんなに長くないっていう,とんでもない人もいるんだろう。活動量が人の3倍も4倍もあるんじゃないかと思える人が。
 そういう人にとっては,SNSは翼のようなものではなかろうか。

● 今はブロードバンドでネットにつながっていれば,動画でもパパッと立ちあがって,なめらかに再生できる。が,以前はそうではなかった。
 そうではなかった時代の経験が今の行動に影響していて,そのことが只今現在のネット事情に最適適応するのを妨げることがある。

● 代表的なのが,“端末に保存しておくほうが安心”シンドローム。楽曲でも動画でもストリーミング再生ではなく,端末にデータを置いてスタンドアローン的に使うのが吉,っていう。
 スマホはバッテリーがまだそんなにもたないから,ストリーミングでは不安あり。なんだけど,それを続けているとCDやDVDに頼ることになって,ネットに無数に転がっている音源を活用できないことになる。

● あるいは,“データを共有するとデータが荒れるからダメだ”シンドローム。安直に共有すると,現実にそうしたことも起こるけど,メリットの方が大きいものでしょうね。

● ブログのPVを増やしたいなら,Google+は効果的に働くようだ。単純にブログをアップして,読みたい人は読んでねというより,SNSで知りあいを増やしたほうが読んでもらいやすくなる。
 自明の理でしょうね。でも,SNSで知りあいを増やすことじたい,大変そうだな。
 リアルと同じでしょうね。まず,こちらから声をかけること。そこから交流が生まれて,それなりの投稿をしていることが前提だけれども,読んでくれる人が増えるかもしれない。

● できるだけ多くの人に自分のブログを読んでもらいたいのであれば,SNSとの合わせ技がいいだろう。
 読まれようと読まれなかろうと,自分の意見なり出来事なりを発表する場があればそれでいいというのなら,SNSなどに精力を割くより,ブログに集中したほうがいいかもしれない。

● 話がだいぶずれてきたけれど,Google+にはじつは登録はしている。ただし,登録しただけで何もしていない。
 おそるおそる手をつけていこうか。どうしようか。悩んでいるならやっちゃいな,ってか。


(2015.12.08 追記)

 再読した。Google+を始めてみようかという前提で。
 で,再読してやはりまだ始めないでおこうかと思うに至った。

 ネットでの情報発信(自己顕示欲の満足)はこのブログで行っているけれど,こういうものは本名で行うべきではないか。やる以上は読んでもらわなければ無意味ではないか。Google+に移行することで今より読んでもらえるようになる可能性があるのであれば,移行を検討すべきではないか。

 というようなことを考えたわけだけれど,ブログ以外に何かを発信するというのがどうもピンと来なくて。

2015年2月26日木曜日

2015.02.25 ジェフ・ジャービス 『グーグル的思考』

書名 グーグル的思考
著者 ジェフ・ジャービス
訳者 早野依子
発行所 PHP
発行年月日 2009.06.01
価格(税別) 1,500円

● 『How Google Works 私たちの働き方とマネジメント』が面白かったので,Googleものを続けて読んでみることにした。
 本書の原題は「What Would Google Do?」。主には企業に向けて,経営の今後を説く。

● アメリカ人の書く本は,どうしてこんなに分厚いのか。もっと刈りこめないのか。
 英語で書くと,饒舌になるのかね。そういう傾向を言語性として持っているのか,英語。

● じつは,この本を読むのは今回が二度目だ。幸いなことに,一度読んでも内容は完全に忘れていた。以下,いくつかを転載。
 要は,企業をみずからを公開して,製品開発のプロセスから消費者を巻きこみ,むしろ,消費者に主導権を渡したほうがいい,と言っている。
 ユーザーたちはすでに,自分が何を知りたいのかを明確にしている。ウェブサイトを制作しているスタッフには,ユーザーたちがグーグルで何を検索した結果,あなたのサイトにたどり着いているかを教えよう。それらの問いかけに応えることが,最初の一歩である。(p59)
 グーグルジュースとは,グーグル,ひいては世間に高く評価されることで飲める魔法の液体である。より多くリンクされ,クリックされ,記事の中で触れられれば,グーグルの検索結果での順位は上がり,さらなるクリックの増加が見込めるという仕組みだ。富める者はますます富んでいくという好循環である。(p61)
 グーグルに妙な義憤を感じて,情報を隠すことで巨悪に立ち向かっているつもりの一部のメディア企業も,恩恵を受けることはできない。彼らは,グーグルへの面当てをしているつもりで,墓穴を掘っているのだ。(p62)
 オープン性の中で生きるということは,今や利益を高めるためには必須の条件である。消費者から見つけてもらうには,自分を公開しなくてはいけない。(p67)
 ウィキペディアを作っているのは,全使用者のおよそ一パーセントの人たちだ。これが,ウィキペディアの一パーセントのルールである。実際のところ,もしこの数が二倍になれば,ウィキペディアには混乱が生じるだろう。(p87)
 贈与経済を機能させるには,消費者の声にただ真摯に耳を傾けるだけでは駄目だ。消費者が意見を言い,主導権を握りたがっていることを理解するのだ。それこそが,正しいビジネスのやり方だ。(p90)
 グーグルに倣って,プロットフォームを構築して他者の繁栄を助けることで,成長していかなくてはいけないのだ。実際のところ,資産を社内にため込んでいては,成長は遅れるばかりだ。(p101)
 インターネット上では,非効率なものは嫌悪される。グーグルやアマゾンやイーベイやクレイグスリストが売り手を買い手に,要求を充足に,疑問を答えに,独身女性を独身男性にと導くたびに,非効率はは排除されていく。(p108)
 信頼とは,ほとんどの人(特に権力を持った人々)が考えている以上に,相互のやり取りを基盤にしたものである。(p120)
 選択肢と主導権を与えられれば,人々は質の高いものを選ぶのだ(p123)
 ユーザーの意向を探るのにデータに頼るというやり方はグーグルの体質に深く浸透しており,社内の政治をも凌駕している。「データに頼る傾向が強いせいで,上司に気に入られているから意見が採用されるといったことがないのです。データと政治は無縁です」とメイヤーは言う。(p129)
 真実というのは本能に反する場合が多い。過ちを訂正するのは,決して信頼性を損なうことではない。それどころか,信頼性を高めるのだ。(p133)
 参加者は輪になって座らされた。我々は自分が一番好きなテクノロジーを紙に書かされ,それを隣の人と比較し,そのマッシュアップから何か新しいものを考え出すよう指示された。いくつか悪くないアイデアが出たところで,ありがたいことに一人の科学者がこれにストップをかけた。そして,革新的なものはこんなプロセスからは生まれないと言い放った。科学者というのは,まず問題に直面し,そこから解決策を探るものだ。(中略)グーグルの創設者たちもそうだった。まず問題を見つけ,それから解決策を生み出したのだ。(p163)
 デザインは,シンプルで明確であればあるほどよい。シンプルであるちおうことは率直であるということだ。率直であるということは,正直であるということだ。正直であるということは,人間味があるということだ。人間味があるということは,対話するということだ。対話するということは,協力し合うということだ。協力し合うということは,主導権を譲るということだ。(p167)
 グーグルは,自分たちの価値は人に制限を課すことではなく,その人しか思いつけない何かを実現するための手助けをすることにあると承知している。それがグーグルの世界観の神髄だ。(p171)
 才能や観客と同様,名声ももはや希少なものではないのだ。(p195)

2015年2月23日月曜日

2015.02.22 番外:立松和平写真展

● 宇都宮市立南図書館のエントランスロビーで開催中。
 じつは,ぼくは彼の作品はひとつも読んだことがない。だけど,直接会話を交わしたことが1回だけある。
 ぼくの勤務先で彼の講演会を企てたんですね。それでぼくは宇都宮駅まで迎えにいくという役柄を仰せつかった。ので,車の中で話をすることができたんでした。

● 何を話したのかはあまり憶えていない。最近の宇都宮はどうなっているかっていうような世間話だったのかなぁ。景気とか街並みとか。
 饒舌な人ではなかったような印象がある。こちらからベラベラ話しかけてはいけないかなとも思った。

● 講演も立て板に水という感じではなかった。訥々と語る。途中で寝ちゃう人もいたかも。
 講演会には迷惑なお客も来る。自分の思いつきや作品を売り込みに来るヤツとか。たぶん慣れっこになっているんだろうね。ウンザリした様子をチラッとは見せながらも,対応はされていた。

● 展示されている写真はアジア各国で撮ったものと,仏教関係(お寺の写真が多い)。
 中国,ミャンマー,ベトナムなど。少年や少女を被写体にしているのが多い印象。お寺は法隆寺と永平寺。道元や聖徳太子を扱った作品があるもんね。

● 妊娠した奥さんを残して,ひとりでインド放浪の旅に出た,という紹介文があった。よく奥さんが許したものだなと思うんだけど,許さなくても行くとわかっていたんでしょうね。
 あるいは,反対したのかもしれない。でも,オレは行くよ,と。
 要はわがままというか自分本位というか。周りはけっこう大変だよね。といって,常識的な人じゃ作品なんてできないんだろうし。

● 本名は横松和夫。横を立にして,夫を平にしたわけですね。わりとイージーなペンネームだね。
 でも,横松和夫よりはずっと作家って感じがするから,名前の字面と音の響きはおろそかに扱ってはいけないな。

2015.02.22 舛田光洋 『実践する「そうじ力」トイレ・水回り編』

書名 実践する「そうじ力」トイレ・水回り編
著者名 舛田光洋
発行所 高橋書店
発行年月日 2007.12.10
価格(税別) 1,300円

● トイレには神さまがいるというのは,昔から各地で伝承されているらしい。けど,植村花菜さんの「トイレの神様」の影響はやっぱり大きいでしょうねぇ。
 そのトイレを中心に掃除の仕方を解説したもの。

● 汚れをそのままにしておくと,マイナスの磁場ができるとか,プラスのエネルギーを吹きこむとか,好きな人は好きそうな文章が出てくる。っていうか,それがメインかもしれない。
 が,単純にトイレ掃除の取説として参考にすればいいのでは。

2015.02.21 『TOKYO BOOK SCENE』

書名 TOKYO BOOK SCENE
発行所 玄光社MOOK
発行年月日 2012.12.13
価格(税別) 1,200円

● 「読書体験をシェアする。新しい本の楽しみ方ガイド」が副題。「東京近郊の本を介したコミュニケーションの場を紹介するブックカルチャーガイド」ということ。

● 紹介されているのは次のとおり。
 1 本屋
  B&B
  SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERS
  BOOK246
  青山ブックセンター本店
  紀伊國屋書店新宿南店
  東京堂書店神保町店
  百年
  Flying Books

 2 ブックカフェ
  ビブリオテック
  BUBDAN COFFEE&BEER
  Rainy Day Bookstore&Cafe
  6次元
  古本酒場コクテイル
  SUNDAY ISSUE

 3 読書会
  猫町倶楽部
  マンガナイト
  ヨモウカフェ
  東京読書会

 4 ブックフェスティバル
  豆本フェスタ
  かまくらブックフェスタ
  不忍ブックストリートの一箱古本市
  THE TOKYO ART BOOK FAIR

● 読書会は同じ本を読んで感想を語りあうもので,ブックフェスは読んだ本を融通しあうもの。これはわかりやすい。
 書店やブックカフェでやっているのは,著者とか編集者とかを読んでのトークショーが多いらしい。

● こういうのって,東京にしかないというものではないけれども,東京では盛んに行われているようだ。人口集中の効用だ。

● 以下にいくつか転載。
 セレクト系書店の役割は,街の小さな本屋として,お店がある街を元気にすることだと思います。例えばB&Bも,「この本屋があるから下北沢に住みたい!」と言ってもらえるような,存在になりたい。(中略)「小さな街の本屋」でも,経営を成り立たせられることを証明することも,セレクト系書店に課せられた役割の一つかもしれません。(内沼晋太郎 p40)
 小さな本屋は物理的に置ける量が限られているので,お客さんの「この本が欲しい」っていうピンポイントな要望には当然応えられない。だから,ほかのところで付加価値がないといけない。それは「何か面白い本が欲しい」に応えることなんです。(内沼晋太郎 p41)
 大型書店の価値は「どれだけ得体のしれないものがたくさんあるか」ですね。(伊藤稔 p41)
 本を通じた体験って,「読書」だけだとみんな思いがちなんですけど,実は手に取るところから本の体験は始まっているんですよ。だからあえて雑に置いてあったりした方が,より広い流れの中で本を楽しめるんですよね。(川上洋平 p117)
 誰かが強烈な愛をもって何か始めることで,他の人の愛も感じることができるんですよね。昔の雑誌とか,愛だけで突っ走ってるものも多くて,それが面白かったんです。でもだんだんと,つくりのクオリティーばかりを追うようになってしまった結果,愛とか思い入れが見えにくくなってきていた。(川上洋平 p121)

2015年2月20日金曜日

2015.02.20 吉田友和 『週末夏旅!』

書名 週末夏旅!
著者 吉田友和
発行所 平凡社
発行年月日 2014.07.25
価格(税別) 1,600円

● 「暑い日本が好きになる55の休暇術」が副題。実際,日本の夏は暑い。最近とみに暑くなったとは,誰もが感じていることかもしれない。
 ぼくは涼しいところ(つまり,冷房の効いた屋内)に行きたいと思ってしまうが,その暑さを楽しもうというのが本書の提言。

● まずは,キャンプの話。離島や韓国までキャンプに出かける。戸外での食事はそれだけで旨いと曰う。
 これ,ぼくには苦手な分野。酒にしたって,戸外で飲むなんてイヤだ。ビアガーデンも好きじゃない。
 だから,花見なんて何十年もしたことがない。あんなもの,どこが楽しいのかね。

● 「青春18きっぷ」を活用しての鉄道旅。「青春18」はぼくもしばしば使う。っていうか,春,夏,冬と,シーズン毎に必ず買っている。
 昔,夜行バスで京都に行き,京都から「青春18」で西日本の鉄道に乗りまくったことがあった。JR線の全線完乗なんてのを狙っていた頃。
 栃木からだと,青森までは行ける(今は途中,JRじゃなくなっている区間があるから,1日で青森まで行けるかどうかわからない)。まもなく消滅することが決まっていた青函連絡船にも「青春18」で乗った。
 水郡線なんか何度乗ったことか。只見線,北上線,花輪線,今は廃線になってしまった岩泉線にも,「青春18」のおかげで乗ることができた。東北方面が多いな。

● ところが。今や,「青春18」は東京往復用になっている。東京のどこに行くかにもよるけれども,だいたい通常運賃の半額になる。
 ぼくの旅先は主に東京だ。春も夏も冬も。

● 夏祭り。仙台の七夕と郡上八幡の盆踊り。仙台の七夕はチラッと横目で見たことはある。どうも,祭りにも関心がない。
 本書でも説かれているけれども,祭りの多くは地元の人たちのためのものであって,観光客は見ることしかできない。でも,それが理由ではなくて,地元の小さな夏祭りにもぼくは冷淡だ。

● 車でのロングライド。これもぼくはダメだな。北海道まで車で行くなんてのは,まったく考えられない。
 栃木に住んでいるんだから,車がないと相当不便だ。ので,運転じたいはするけれども,車は日常の用をたすものであって,旅行に使うものではないと決めてかかっている。
 運転があまり好きじゃないんだな。狩猟本能(?)がないのかもしれないな。

● それに,車は基本的に不便なものだ。だいたい,図体がデカすぎる。
 運転に飽きたからといって乗り捨てるわけにはいかない。駐車場も確保しなければならない。維持費もとんでもなくかかる(おそらく,すべてタクシーに置き換えたほうが,トータルコストは安くなる)。事故を起こせば相当に後味の悪い結果を招く。
 なにより,自分で運転してたんじゃ,酒を飲みながら移動できない。
 
● “楽しむ能力”の問題なのだろうと,とりあえず結論づけている。自分には“楽しむ能力”が欠如しているか,あってもかなり浅いのだろう。
 もっというと,生命力の問題になる。楽しめないというのは生命力が弱い(小さい)のだ。ゴォゴォと燃えさかっている火と,チョロチョロと揺らめいている篝火の違いだ。
 何とかせねばとは思うものの,具体的な方法があるのかどうかはわからない。

● 僅差なのかもしれないとも思うんですよ。学校の勉強でも仕事でも,できない人ができる人を見ると,隔絶した差があると思ってしまうものでしょ。下から上を見ると,どうしてもそう見えがちだ。
 実際には下から見えるほどの差はないものだよね。“楽しむ能力”についても同じかなぁとも思うんだよね。
 でも,僅差が大差っていう言い方もあるからね。

2015年2月19日木曜日

2015.02.19 みうらじゅん 『ムカエマの世界』

書名 ムカエマの世界
著者 みうらじゅん
発行所 ちくま文庫
発行年月日 2011.02.10
価格(税別) 720円

● ムカエマとは「ムカムカする絵馬」。なにゆえ,ムカムカするのか。別にいいではないか。自分がお願いされるわけじゃないんだから。
 勝手すぎるお願い,けっこうじゃないか。神さまはそのために存在するんじゃないか。

● と考えてはあたりまえすぎて面白くない。本書のように気合いを入れて面白がることもできるわけだ。
 ただ,たしかに気合いが必要だ。自分でこうしたムカエマ探しをする気になるかといわれれば,そこまでの気合いはないと答えるしかない。

● 真面目な内容だけど,ひとつだけ転載。
 似顔絵という世界がある。その大家である針すなお先生や,和田誠先生などを見れば分かるが,その優れた才能とは出来る限り少ない線で,その人物の特徴を的確に描くところである。(p88)

2015.02.19 みうらじゅん 『カスハガの世界』

書名 カスハガの世界
著者 みうらじゅん
発行所 ちくま文庫
発行年月日 2006.01.10(単行本:1998.03.23)
価格(税別) 880円

● カスハガとは何かといえば,各地の「カスのような絵はがき」。なんでこんな絵はがきを作ったのだと思えるような。
 それらを集めて,絵柄から連想するものをマンガにした。

● こういう遊び方もあるのだ。といって,本にするのは大変だろう。こちらは気楽にワハハと笑えばいいが。

2015年2月18日水曜日

2015.02.18 みうらじゅん 『いやげ物』

書名 いやげ物
著者 みうらじゅん
発行所 ちくま文庫
発行年月日 2005.07.10(単行本:1988.04.22)
価格(税別) 900円

● 「誰がこんなもん買うわけ?って常識を疑っちゃう」ような土産物を「いやげ物」と名づけて,それを写真で紹介。その写真につけたキャンプションを読んでもらおうという趣向。

● その中身をいちいち紹介するのは,愚でありましょうね。が,これだけ集めると迫力がある。
 世にコレクション癖のある人は多いと思う(特に男性)。ひょっとしたら,1冊の本にしてプロデュースできるかもしれない。

● 無価値なものでも,圧倒的に集めると,エンタテインメントとして提供できるという好例。

2015.02.17 柴田英寿 『クラウド化とビッグデータ活用はなぜ進まないのか?』

書名 クラウド化とビッグデータ活用はなぜ進まないのか?
著者 柴田英寿
発行所 東洋経済新報社
発行年月日 2012.12.20
価格(税別) 1,600円

● 「個人,あるいは,企業がもっている個のデータを囲い込まないことがクラウドをおもしろくする決め手」(p30)というのが本書の提言だ。

● いくつか転載。
 みんなで同じことをしていてはおもしろいことは生まれない。それぞれが違うアイディアと違うやり方で競うから学びがあり進歩が起こる。多様性があって競争があるほうが断然おもしろいことが起こる。(p145)
 インターネットの隆盛の中,パーソナライゼーションという手法がとられることになった。これは本来的には,自分が欲しいものを教えてくれるということにつながるはずのものだ。しかし,現実には,自分がインターネットで見る情報は自分の好みに合ったものに絞られ,興味のないものは目にしなくなるという,視野を狭める結果を引き起こしている。我々はコンピュータに使われているのではないか。(p152)
 情報を個人に迷惑がかからない状態で共有し,世界中の英知を集めて分析する方式が一番社会を進歩させる。(p162)
 アレキサンドリアの図書館への蔵書の蓄積は,WWW上で行われていることに近いものがある。強制的に蔵書を供出させていたのだ。(中略)我々はWWW上で我々が何かを買ったり,何かを調べたりすると,その記録を全部吸い上げられ利用される。(中略)アレキサンドリア図書館の時代は,武力に抗しがたく蔵書を提供した。現在は,利便に抗しがたく履歴を提供している。(p168)
 武力と利便を同列に置くのはどうかと思う。Googleを便利に使わせてもらっているけれども,履歴を提供することにまったく抵抗はない。その理由は複数あるけれども,その第一はぼくが何者でもないことだ。 ぼくの履歴でよければいくらでも使ってくれと思っている。
 Googleがぼく一個に注目して,何かを仕掛けてくるなどいうことは,100%の確率であり得ない。
 ギリシャ神話の神々の世界は,きわめて猥雑だ。横暴,嫉妬,裏切り,奸計,淫行のるつぼできわめて創造的だ。(p176)
 どうせやるならありえないくらいのものがいいと思ってやっている。(p177)
 今現在は,個人情報を売買することには多くの人が抵抗を感じる。自分の個人情報は絶対公開したくないという人がいてもまったく問題ない。経済として考えると,抵抗を感じる人が多い中に,個人情報を活用する選択肢を導入することに価値がある。新しい価値の源泉を掘り当てることだからだ。(p220)
● 教育のオープン化(MITのオープンコースウエア,iTunes Uなど)を紹介する中で,「世界はますますパッド化社会に向かっている」(p102)と書いているんだけど,ここだけちょっと違ってきているようだ。
 いや,違ってないか。大型化するスマホもタブレットの一種だと見れば,基本,この方向だろうか。

2015年2月17日火曜日

2015.02.17 美崎 薫 『記憶する道具』

書名 記憶する道具
著者 美崎 薫
発行所 NTT出版
発行年月日 2011.04.19
価格(税別) 2,200円

● 副題は「生活/人生ナビゲータとしてのライフログ・マシンの誕生」。ライフログといっても,自分が書いた日記や日報,メールやメモ,撮った写真などを,どんどんEvernoteに保存していくというレベルの話ではない。
 「人格をコピーし,不老不死になろうする」(p273)という,とんでもないシステム構築を目論んでいるわけだ。

● その中心は「ハイパーテキスト日記とカレンダー型写真情報提示システム」(p155)。
 何やら途方もなさそうだとは感じるものの,本書を読んでもぼくには確たるイメージは湧いてこなかった。そんなこと,ほんとにできるのかよ,みたいな。

● 「過書字」という言葉を知った。読んで字のごとく,過剰に字を書くというわけだけど,その度合いが著者はハンパない。
 わたしはかれこれ著書を三〇冊もつほか,毎週の連載,隔週の連載などのほかに,毎日日誌を一〇〇行も書くほど,ただ書いているのが幸せな人間である。(p38)
 わたしは,これまで生涯で自分で購入したほとんどすべての商品のレシートをもっている。わずかな金額の,ほとんど印刷の色も消えたようなものでさえ,後生大事にもっている。(p38)
 QV-10以降,たまっていたフラストレーションを解消して,反動のようにわたしは写真を撮り始めた。一日に一〇〇枚単位で写真を撮るのである。ほとんど見たものすべてを記録する勢いで,文章だけでは記録できないなにものかに向かってわたしはシャッターを切り続けた。(p43)
 二〇一一年一月三日現在では一九〇万枚を超える画像を所有しているのである。(p46)
● 「最近では,ブログを中心に過書字傾向の人間の活躍が比較的多く見られるようになっている。頼まれもせずなにか報酬があるわけでもなく,ただ好きだから文章を書きつづけている人はブログにはそれなりに存在するようだ」(p40)という。
 実際,ぼくなんかも「過書字傾向の人間」かもしれないと思う。のだけれども,レベルが違いすぎる。
 大変失礼ながら,ひょっとして○○障害といった範疇に入るんじゃないかと思うほど。しかし,それがこの本で説かれているような壮大なシステムに結実するとすれば,やはり常識的な人間じゃダメなんだろうな。偏っていないと。それも,大きく偏っていないと。

● いくつか転載。
 時間感覚の拡大も体験した。記憶が薄れないとその時間をリアルに感じるようになる。去年や十年前を「昨日」のように感じると,いまがいつなのか曖昧に感じ,「いま」を瞬間ではなく,一年~三十年の幅をもって感じるようになったのだ。(p112)
 ひとはどんなことにも飽きるのであり,執着する自分にも飽きる。執着する自分に飽きるためには,徹底的に執着してみるしかない。(p116)
 飛行機や電車で移動中などには,他人の人生をストーリー化した映画を娯楽として楽しむことがあるが,どんなことであれ他人の人生などよりも自分の人生のほうが臨場感においては優っているはずであり,自分の人生をコンパクトにストーリー化して楽しめるとしたら,そのほうが娯楽としては楽しい可能性がある。(p198)
 感じているのは,過去をくり返し体験すると,過去と現在,あるいは未来との区別を感じなくなってしまうことである。(p215)
 未来や現在が変化しつづけているように,過去も変化しているのである。過去に起きたこともあらためて認識することによって変わり,現在における過去の位置づけが変わり,意味が変わる。それは過去に起きたのか現在起きているのか,それとも未来に起きるのかわからなくなり,ただリアルに感じるようになる。(p216)
 「検索」は活用のひとつの切り口にすぎない。それもごく小さなものであるとわたしは考えている。検索は検索に先だって,検索語を考える必要があり,目標を明確にする必要がある。受動的な活用にはほど遠いためである。(p227)
 自分とは解釈のことであるとして,解釈が記録やログによって変わるとすると,自分は記録やログによって変わることになる。自分という固定したものはないのだ。(中略)自分を固定した存在であると考えるよりも,自分とは,さまざまな要素によって複合的にできている存在である,と考えるほうが,うまく自分を解釈できるようである。(p267)
● という次第で,過書字に大きく偏ると,脳科学や哲学にも貢献できるのではないかと思わせる知見に到達できるようなのだ。
 昔から,著者の本はいくつか読んでいたんだけど(もっとも,著者と違って,ぼくは保存しておかなかった。ドサッとまとめて捨てた。今は読んだら捨てるを原則にしている),『TiPO・PLUS究極活用術』(工作舎)が妙に記憶に残っている。
 「TiPO・PLUS」はOSにBTRONを採用したPDA。実身,仮身という用語だったと思うんだけど,要はリンクをはれる機能があった。
 その「TiPO・PLUS」を熱っぽく語っていた。それも本書に至る一里塚だったのだな。

2015年2月15日日曜日

2015.02.14 長谷川慶太郎 『大波乱』

書名 大波乱
著者 長谷川慶太郎
発行所 李白社
発行年月日 2015.02.28
価格(税別) 1,400円

● “長谷川慶太郎の大局を読む緊急版”としての出版。今回は逆オイルショックがメインの話題。それと,ギリシャの政権交替に伴うユーロ危機の再燃。
 話の基調はこれまでと変わらず。アメリカが活気を呈しており,日本も伸びる。ヨーロッパではドイツの一人勝ち。
 石油と天然ガスしか売るものがないロシアは厳しい局面を迎えた。クリミアはウクライナに返上し,OPECに加入するしかないだろうと予想している。

● まず,逆オイルショックの大きな影響についての指摘。
 石油の供給不足の時代が終わって,今や石油の供給過剰の時代に入った。これもシェール革命によってアメリカという巨大な産油国がもう一つ出現したからである。(p22)
 サウジが生産枠を維持したのがシェール潰しではないとすると,その真意は何なのか。私の結論ははっきりしている。OPECに加盟していない産油国に大打撃を与えることで,具体的なターゲットはロシアである。(p25)
 イスラム教原理主義に基づく武装テロ集団であるイスラム国は占拠したイラクやシリアの油田から原油を汲み上げて密売し,それを主な資金源にしてきた。密売での収益は一日に約三億円に上ったといわれる。ところが,逆オイルショックによって原油価格が急落したため,密売の原油よりも正規の原油のほうが安くなってしまい,イスラム国の資金源が急速に細ってしまった。(p43)
 中国は二〇二〇年には現在のアメリカに代わって世界最大の石油消費国になると予想されている。だから,そのときに備えるという建前で中国の石油閥も世界各地の油田権益を買いあさってじつは自らの利権を拡大してきたのだが,今回の逆オイルショックは石油閥の建前も利権も吹き飛ばしてしまった。(p45)
● ロシアのプーチン大統領には次のように言う。
 どの国でも政治指導者がナショナリスト的に振る舞えば人気が出る。しかし民主国家においては政治指導者がナショナリスト的な振る舞いを引っ込めたとしても,それが国民のプラスになるなら政権が崩壊するほど国民の支持率が低下することはない。ロシアもすでに民主国家である。民主国家の政治指導者にまず求められるのは国民を食べさせるということだ。(p39)
● 逆オイルショックは日本には追い風。日本は安倍政権下で順調に伸びていく。が,問題点がないわけではない。
 「円安によって輸出に強い大企業だけが儲かっているのはおかしい」と批判する向きもあるが,現状の日本経済のシステムがそうなっている以上,円安で儲かる企業が儲かればいいのだ。その恩恵はいずれ国民全体にももたらされるはずである。(p76)
 これまで政治や行政も経営状態の悪い中小企業に対して資金の手当ても含めた救いの手を伸ばす傾向があった。それで経営が持ち直すならまだしも大半は経営状態の悪いままでどうにか生き延びるということになるだけだ。これをゾンビ企業ともいうが,ゾンビ企業はいずれ必ず潰れる。とすれば,潰れる企業をゾンビ企業として温存するのではなく,すぐに潰してしまったほうがいい。(p77)
 デフレ下の税制で間接税が中心となるのはインフレ下とは違って名目所得を急速に伸ばすことができないからである。(中略)デフレ下の日本でも今後,間接税中心に転換していかざるをえないわけで,その意味では,消費税を何%にするとか,消費税率によって景気がどう動くかなどということは些末な話なのである。(p99)
 国際的に日本の農産物価格は高いのだが,その最大の理由は日本の農家の体質および農法が古いからだ。農業の技術革新を邪魔しているのは何といっても農協である。その妨害をはね除けてLEDによる新技術を導入して農業改革を行うことができれば,日本の農業の将来は無限に広がっていくだろう。(p133)
● その他,いくつか転載。
 日本の個人投資家はこのムーディーズのような格付け会社を相手にしてはいけない。(中略)要するに格付け会社とはいっても金融商品に対する深い分析など何もないのに以前は深い分析ができるかのように振る舞って高い手数料をとっていたわけで,それがリーマン・ショックによって暴露されてしまったといえるだろう。(p102)
 日本企業にはこれからどんな人材が求められるかについて付言すれば,まずトリリンガル(三言語話者)である。すなわり日本語,英語,中国語の三ヵ国語を自由自在に操ることができなければならない。おもはバイリンガル(二言語話者)では物足りない時代になったのだ。そのほか,微分積分をきちんと理解したうえでコンピューターの操作ができる人材が必要である。しがたって学生も大学在学中に半端な勉強をしていたのでは間に合わなくなる。学生にとっても厳しい時代だが,そのような厳しさを前提にしないと日本企業もグローバルな競争で勝ち抜けなくなった時代が来たのである。(p119)
 平和な時代における内部の権力闘争は崩壊の第一歩であって中国共産党独裁体制ももはや長期間継続することはできない。(p198)

2015.02.13 エリック・シュミット ジョナサン・ローゼンバーグ 『How Google Works 私たちの働き方とマネジメント』

書名 How Google Works 私たちの働き方とマネジメント
著者 エリック・シュミット
    ジョナサン・ローゼンバーグ
    アラン・イーグル
訳者 土方奈美
発行所 日本経済新聞出版社
発行年月日 2014.10.08
価格(税別) 1,800円

● 読みごたえがあった。働き方といいマネジメントといっても,まずは傑出した人材を確保することから始まる。Googleの言葉で「スマート・クリエイティブ」という。
 スマート・クリエイティブとは,次のような人である。
 納得できないことがあれば,黙ってはいない。退屈しやすく,しょっちゅう職務を変える。多才で,専門性とビジネススキルと創造力を併せ持っている。(p35)
 その共通点は努力をいとわず,これまでの常識的方法に疑問を持ち,新しいやり方を試すことに積極的であることだ。(p38)
 単に親切で信頼感があるというだけでなく,多才で,世界と深くかかわっている人間,つまり「おもしろい」人間だ。(p150)
 私たちが知っているなかでもとびきり優秀で,しかもとびきり忙しい人は,たいていメールへの反応が速い。私たちなどごく一部の相手に限らず,誰に対してもそうなのだ。(p259)
● Googleの「採用のおきて」が紹介されている(p186)。ここで「採用せよ」とされているのがスマート・クリエイティブなのだろうけれども,途方もない人ってことだ。
・自分より優秀で博識な人物を採用せよ。学ぶもののない,あるいは手強いと感じない人物は採用してはならない。
・プロダクトと企業文化に付加価値をもたらしそうな人物を採用せよ。両方に貢献が見込めない人物は採用してはならない。
・仕事を成し遂げる人物を採用せよ。問題について考えるだけの人物は採用してはならない。
・熱意があり,自発的で,情熱的な人物を採用せよ。仕事が欲しいだけの人物は採用してはならない。
・周囲に刺激を与え,協力できる人物を採用せよ。ひとりで仕事をしたがる人物は採用してはならない。
・チームや会社とともに成長しそうな人物を採用せよ。スキルセットや興味の幅が狭い人物は採用してはならない。
・多才で,ユニークな興味や才能を持っている人物を採用せよ。仕事しか能がない人物は採用してはならない。
・倫理観があり,率直に意思を伝える人物を採用せよ。駆け引きをしたり,他人を操ろうとする人物を採用してはならない。
・最高の候補者を見つけた場合のみ採用せよ。一切の妥協は許されない。
● 採用プロセスに関しては,上記の最後が黄金律とされているらしい。
 採用には絶対に侵してはならない黄金律がある。「採用の質を犠牲にしてまで埋めるべきポストはない」だ。(p177)
 じっかり胸に刻んでおこう。ダメ社員を解雇するような不愉快な事態を避けるには,最初から彼を採用しないのが一番だ,と。だからグーグルでは,採用プロセスを厳格にすることで偽陰性(本当は採用すべきだったのに,採用しなかったケース)が出るほうが,偽陽性(本当は採用すべきではなかったのに,採用したケース)が出るより好ましいと考えている。(p186)
 最高の従業員は群れのようなものだ。お互いについていこうとする。最高の人材を何人か確保できれば,その後まとまった数を確保できるのは間違いない。(中略)スマート・クリエイティブが集まってくるのは(中略)最高のスマート・クリエイティブと一緒に働きたいからだ。(p143)
● イノベーションが大事とはいうものの,当然ながらこうすればイノベーションを起こせるというノウハウはない。
 イノベーションが生まれるには,イノベーションにふさわしい環境が必要だ。イノベーションにふさわしい環境とは,たいてい急速に成長しており,たくさんの競合企業がひしめく市場だ。からっぽの市場にひとりぼっち,というのは避けよう。(p283)
 まったく新しい,ライバルのいない“未開の地”を夢見る起業家は多い。だが,からっぽな市場にはたいていそれなりの理由がある。企業の成長を維持するだけの規模がないのだ。(p283)
 イノベーションは自然発生的なのだ。原始スープから生まれる突然変異のように,生まれ落ちたアイデアが長く危険な旅路の末に,ようやくたどり着く目的地がイノベーションだ。(p286)
● 優れたプロダクトを生みだすために必要なもの。スピード,大きく考えること。
 劇的に優れたプロダクトを生み出すのに必要なのは巨大な組織ではなく,数えきれないほどの試行錯誤を繰り返すことだ。つまり成功やプロダクトの優位性を支えるのは,スピードなのだ。(p32)
 「世に出してから手直しする」。勝つのはこのプロセスを最も速く繰り返すことのできる企業だ。(p320)
 大切なのは顧客の要望に応えることより,顧客が思いつかないような,あるいは解決できないと思っていた問題へのソリューションを提供することだ。(p107)
 インターネットの世紀には,誰もが無限の情報,リーチ,コンピューティング・パワー,グローバルなスケールを手に入れることができる。だが,私たちは従来型の小さな発想にとらわれがちだ。「発想が小さすぎる」という指示は,そうした姿勢を正すのに役立つ。(p296)
 携帯電話がミシンほどの大きさで,目玉の飛び出るような値段で売られていた一九九〇年には,それがトランプの箱よりも小さくなり,映画のチケットより安く買えるようになるとは想像できなかった。一九九五年には,インターネット・ユーザが三〇億人を超え,固有アドレスが六〇兆を超えるようになるとは想像できなかった。マイクロプロセッサ,携帯電話,インターネットはいまでこそどこにでもあるが,それぞれの草創期にこうした事態を予測した者はいなかった。それにもかかわらず,私たちはいまだに同じ失敗を繰り返している。(p344)
● クリエイティビティの扱い。
 クリエイティビティは制約を好むのだ。絵画に額縁があり,ソネットは一四行と決まっているのはこのためだ。(p306)
 グーグルでは傑出した人材が傑出した成功を収めたときには破格の報酬で報いるべきだと考えているが,二〇%プロジェクトが成功しても報酬を出すことはない。(中略)二〇%プロジェクトに対して金銭的報酬を払わないのは,単にその必要がないからだ。陳腐な言い方かもしれないが,仕事自体が報酬になる。外部からの報酬は,本質的にやりがいのある挑戦をカネを稼ぐ手段に変えてしまうため,クリエイティビティを助長するどころか阻害する要因となる(p330)
● 引用ばかりだけれども,他にもいくつか。
 顧客が自由にシステムから退出できるようにしよう。グーグルには,ユーザができるだけ簡単にグーグルのプロダクトから退出できるようにすることを任務とするチームがある。公平な競争環境で戦い,プロダクトの優位性によってユーザの支持を勝ちとりたいと考えているからだ。(p128)
 “コンセンサス・ベース”の意思決定を目指すリーダーは多いが,コンセンサスの意味を根本的に誤解している。(中略)「満場一致」という意味はないのである。コンセンサスとは全員にイエスと言わせることではなく,会社にとって最適解を共に考え,その下に結集することなのだ。(p213)
 技術者や科学者が犯しがちな過ちがある。データと優れた分析にもとづいて,賢明かつ思慮に富んだ主張をすれば,相手を説得できるはずだ,と考えるのだ。これは誤りだ。相手の行動を変えたいなら,説得力のある主張をするだけでなく,相手のハートに触れなければならない。(p224)
 iPhoneがこれだけの人気を集めているのは,それがアップルの製造する唯一のスマートフォンだからだ。次世代機の開発で問題が生じたら,その対応策が決まるまで担当チームは誰ひとりとして家に帰らない。アップルのプロダクト群がごくわずかに絞られているのは,決して偶然ではない。その一つとして,失敗は許されない。(p298)
 新しいアイデアに投資をしすぎるのは,投資が足りないのと同じぐらい問題である。あとで失敗を認めるのが難しくなるからだ。(p305)
 大企業の社員はリスクをとっても評価されず,失敗すると制裁を受ける。個人にとっての見返りが非対称なので,合理的な人間なら安全な道を選ぶ。(p338)
 私たちは大きな問題というのは,たいてい情報の問題であると見ている。つまり十分なデータとそれを処理する能力さえあれば,こんにち人類が直面するたいていの難題の解決策は見つかると考えているのだ。(p350)
 情報を生み出すのはコストがかかるが,それを再利用するコストはきわめて低い。だから,あなたが問題の解決に役立つ情報を生み出し,それを共有するためにプラットフォームに載せれば,他の多くの人々がその貴重な情報を低コスト,あるいはコストゼロで利用できるようになる。(p352)
● 巻末の「謝辞」に次のような文章が出てくる。
 パトリック・ピシェットの仕事に対する厳しさ,グーグラーらしい感受性,オレンジ色のバックパック,そして雨が降ろうが槍が降ろうが自転車通勤をやめない姿勢は,私たちに刺激を与えてくれた。(p363)
 パトリック・ピシェット氏の厳しさや感受性は,ぼくには望むべくもないが,せめて雨の日でも冬の寒い時期でも自転車通勤を継続して刺激を与える程度のことは,頑張ればできるかもしれないな。

2015年2月10日火曜日

2015.02.09 茂木健一郎 『加賀屋さんに教わったおもてなし脳』

書名 加賀屋さんに教わったおもてなし脳
著者 茂木健一郎
発行所 PHP
発行年月日 2014.11.19
価格(税別) 1,400円

● 加賀屋という温泉旅館があることは,もちろん知っていた。ただし,言うも愚かながら,行ったことはない。

● 加賀屋では社員(特に,新入社員)にものを教えるときは,行動主義をとる。そりゃそうだね。座学の研修なんてやっている場合じゃないだろう。
 行動主義は言葉を換えれば,形から入るということだ。 行動主義による「真似をして,この通りにできるようになりなさい」という指導法は明快だ。これが座学でコンセプトや本質論が中心になると,「察しろ」「あうんの呼吸」といった側面が強くなってしまう。これは海外では通用しない。(p128)
 正しく「形」を身につけて,それが高度化していくと「本質」が見えてくる。(p134)
● しかし,たぶん,誰でもうまく行くというものではないのだと思う。大本の性質がものをいうと思われる。
 疲れている人や困っている人に手を差し伸べる,そんな当たり前の行為ができる人が,つまり「お母さん力」の高い人が,これからますます求められるはずである。言い換えると「他人に関わることを厭わない人」でもある。(p143)
● 集中しつつリラックスしている“フロー”状態について。
 このフローの状態になると,集中と同時にリラックスする。さらに時間の経過を忘れてしまう。「あれ,もう五時間経った」「もう八時間経った」という感覚,これがフローである。 このとき,脳では先述した報酬系と呼ばれる回路が働いて,ドーパミンが出ている。自分の行動自体がうれしい,快感であるという状態だ。脳にとって報酬になっているのである。(p72)
 小学校の短距離走がパワーアップして,必死さがマックスに達したときに世界新記録が出るわけではないのである。(中略)彼(清水宏保)はこんなことを言っていた。「茂木さん,世界新記録っていうのは,流しているような感覚のときに出るんですよ」(中略) この「流しているような感覚」という表現は,まさにフローそのものだ。(p78)
● 今までの著書でもしばしば説かれていたことのひとつが,脳はオープンエンドであること。
 はっきりしていることは,脳はオープンエンドであるということだ。要するに終わりがない。脳はたくさん学習していったからといって,ハードディスクのように満杯になることはない。(p178)
 だから,途中で学習を止めてはいけない。それは脳の自然に反することだから。 頭の柔らかさは,かなりの部分で「自分の至らなさがわかる」ということに尽きるのだ。つまり「柔らかい頭」とは,どんなステージになっても,まだ学ぶことがあると気づいているというのが重要なポイントである。(p177)
 「自分はわかっている」という客観性の欠如が思い込みをもたらす。「わかっているつもり」ゆえの「かくあるべし」という思い込みは,脳に抑制をかけるので,ガチガチにしばられて変われなくなってしまうのだ。(p180)
● 他に,いくつか転載。
 少し前まで,「文化はメシにならない」と言われていましたが,今は,文化が背筋にシャンと通っていると,「これは奥行きがあるな」と人気のある地域になります(小田禎彦 p30)
 学びは人間の脳にとってはいちばんの喜びだ。(中略) 安ければ消費者は喜ぶだろうという考え方が,今の日本を覆っている。だがその一方で,人ときちんと向き合うことでお客に喜んでもらおう,その土地の文化に触れてもらおうという加賀屋のような方向性は,学びの意欲も教養もあるお客を惹きつける。(p30)
 女将の言葉を借りると,「十把ひと絡げで『さあこうしましょう,こうしなさい』ではダメ」ということだ。「お客さまがお一人ずつ違うように,客室係の子たちもみんな違います。だから客室係にも,それぞれ接し方を変えています。そして,こちらの言うことをきちんと理解してくれて,うまく対応ができたときには,必ず褒めます」(p66)
 ストレスをなくす方法は,はっきりしている。まず自分の努力によって結果が変わることと,そうでないことを峻別する。前者に対しては全力で努力する。つまり自分がコントロールできることについてはベストを尽くす。できないことは諦める。できることについてベストを尽くした結果,うまくいかなかったら諦める。この整理ができれば,ストレスがなくなるのである。(p182)

2015年2月9日月曜日

2015.02.08 榎本勝仁 『図解 奇跡の文具術』

書名 図解 奇跡の文具術
著者 榎本勝仁
発行所 青春出版社
発行年月日 2012.09.05
価格(税別) 476円

● 「効率200%アップの最強ツール」が副題。「使いやすい文房具には人をやる気にさせる目には見えない力がある」(p3)。そのノウハウを公開しますよ,という本。

● 裏ワザ紹介本には,使えねーだろ,そんなの,と思わせるのがあったりする。無理やり捻りだしたなっていう。
 本書はそういうものじゃなく,ほほぅ,なるほど,と頷きながら読んでいける。

● そんな中からいくつかご紹介。
 コピー用紙を4分の1にカットし,目玉クリップで挟む手製のメモ帳。ヒモで小さなペンを付けておく。
 これ,やっている人,多いと思う。コピーの裏側を有効利用するのにも手頃な方法だし。
 市販品の中にはもっと見栄えのいいメモ帳もたくさんあるが,たとえば一からアイデアを出さなければならないようなときなどは,かえってはばかられることがある。体裁が整いすぎていると変に気後れして何も浮かばなかったりするものだ。(p12)
 消しゴムのケースの4つの角を切り取る。消しゴムが折れるのを防いでくれる。
 じつは,これすでに取り入れているメーカーがありますね。トンボのmonoは最初から四隅を切っている。

 USBメモリにソフトもインストールできること。
 ソフトまで持ち運べば,どんなパソコンでも普段どおりに使える。そのこと自体は知っていたけれども,MSのOfficeもUSBにインストールできることは知らなかった。
 「ポータブル版」とあるけれども,そんなものがあったんですね。でも,使わないな。

2015.02.07 番外:iPhoneアプリ超事典1000〔2014年版〕

書名 iPhoneアプリ超事典1000〔2014年版〕
著者 リブロワークス
発行所 インプレス
発行年月日 2013.09.21
価格(税別) 1,380円

● iPhoneユーザーになった。役に立たせたいし,楽しく便利に使いたいものだ。そのためにはまず,どんなアプリがあるのか知らなければならない。
 有名なアプリはどこからともなく情報が入ってくるものだけど,一度,まとめてサラッと見ておこうか,と。

● いや,いろんなアプリがあるものだな。こんなものもあるのかという,こんなもののオンパレード。かなり偏った(?)使い方もできるんだね。その偏り方の方向と幅が,その人の持ち味となる。
 こういうものに最大公約数とか共通項とかを考えてみても仕方がないな。

● ぼく的にこれいいかもと思ったアプリは次のとおり。
 美人天気
 「指定した地域の天気情報を美女が紹介してくれる」アプリ。「美人時計」というのもあったね。今もあるのかもしれないけど。面白がって使い始めてもすぐに飽きそうではある。

 駅すぱあと
 乗り継ぎナビのひとつ。定番は「乗継案内」ってことになるんだろうけど,昔,パソコンでこのソフトを使ったことがあるもので。今は無料でスマホで使えるんだねぇ。

 Runtastic Road Bike GPSサイクルコンピュータ
 Androidの「MyTracks」に相当するiPhoneアプリを探しているんだけど,これになるかねぇ。ZweiteGPSがいいかな。

 7note mini(J) for iPhone
 手書き文字をテキストに変換するアプリ。実際にiPhoneでメモをとることがあるかどうか。あんまりないと思うんだけど,手書きをテキストファイルにしてくれるっていうのは,かなり助かりそうではある。

 SpeedMemo
 メモをGoogleドライブに保存できる(のだと思う)。AndroidのGoogleKeepにあたるアプリがあればと思ってたんだけど(iPhoneでもブラウザから使えるんだけど,それじゃあな),これならその代わりになるか。
 しかし,そもそもiPhoneでメモなんかとるのかっていう問題。

 日本のラジオ
 録音までできるらしい。

 語学プレーヤー
 NHK謹製のアプリ。コンテンツは有料で購入する。ここでも,本当にNHKの語学番組で語学の勉強をするのかどうか。問題はそこだけ。

2015.02.07 番外:monmiya2015-2月号 うどん・そば

発行所 新朝プレス
発行年月日 2015.01.25
価格(税別) 352円

● 栃木県内のうどん屋とそば屋の紹介。
 うどんに関しては,ぼくもいい店を知っている。それがどこかは書くわけにいかない。というのは,その店のご主人がそういうことをあまり好まない性格かもしれないので。実際,その店はこの雑誌にも載っていない。

● でね,紹介されているうどん屋の中で行ってみようと思ったところはないね。何でうどんが800円も900円もするんだよ,って思っちゃってね。
 最近(といっても,けっこう前からだ),丸亀製麺がそちこちに店を出しているけれども,ここだってちょっと高いんじゃないかと思うからね。かけだと280円。大盛が380円。これ,大盛で280円にしないとな。

● ちなみに,丸亀製麺は讃岐うどんと謳っているけど,本場の讃岐とはちょっと違うような気がする。これ,大阪うどんとか関西うどんっていうのが正解じゃない?
 繁盛しているようで,けっこうなことだけど。

● うどんは乾麺を買ってきて,家で茹でて食べてるのでいい。稲庭なんかは乾麺じゃないと手に入らないわけだし。
 が,そばは乾麺じゃどうにもならない。自分で打つのはさすがに面倒だ。そば打ちが趣味っていう人はけっこういるけどさ。
 だから,外で食べるしかない。だけど,外で食べると高いから,そばもやっぱり乾麺ですませているのが,ぼくの実情だ。問題はつゆをどうするかってことだねぇ。

● そば屋で酒を飲むっていうのに昔から憧れがある。ワビサビの世界っていうイメージがあってね。うまく枯れたなぁ,オレ,っていう。
 が,いまだやったことがない。今後の課題。

2015年2月8日日曜日

2015.02.07 番外:twin 2014.11月号-温泉に行こう 東へ西へ

発行所 ツインズ
発行年月日 2014.10.25
価格(税別) 286円

● 「東」は馬頭温泉。いさみ館,観音湯,那珂川苑,元湯東家,美玉の湯,ゆりがねの湯,の6つが紹介されている。ゆりがねの湯は公営の日帰り温泉施設。
 那珂川苑以外は行ったことがある。観音湯とゆりがねの湯を除いては,泊まっている。が,ずいぶんと昔のことだ。

● わが家で日帰り温泉がマイブームになっていた時期があった。馬頭に限らず,近場の日帰り温泉施設にはけっこう行ったものだけど,そのわが家ブームも今は昔の話。

● 馬頭の名物料理のひとつに馬刺しがあることは知っていた。現地で食べたこともある。これは昔からだから。温泉トラフグというのもあるけれど,これはまだ体験していない。
 ところが,最近(だと思うのだが),「八溝ししまる」というのが加わったらしい。このあたりでとれた野生のイノシシの肉のこと。
 昔は,イノシシなんてめったに捕れなくなったと聞いていたんだけど,最近は民家の近くにまで出没するようだからね。

● 「西」は塩原温泉。佐か茂登,元泉館,松屋,渓雲館,奥塩原高原ホテル,梅川荘,まじま荘,の7つを紹介。こちらは,行ったことがあるのはひとつもない。さすがに塩原はちょっと遠いので。
 行くとなれば泊まりになるだろうな。っていうか,泊まってみたいよね。

● 昔はねぇ,って昔のことばかり言っているけど,職場の忘年会を温泉場でやるなんてことがあって,団体で泊まりに行ったりしたものだ。楽しかったかと言えば,ぜんぜんまったく楽しくなかったけど。
 でも,そういうことがなくなると,塩原も鬼怒川もめっきり行かなくなった。

● 温泉宿に泊まるのは,昔も今も,かなり良質なリラックス手段というか,身体も気持ちも緩めるにはこれ以上のものはないんじゃないかと思う。
 県内にあるんだから,行けないことはないはずだ。が,もっと近くに日帰り温泉施設があったりしてね,それで間に合っちゃったり。

2015.02.06 成毛 眞 『成毛眞の超訳・君主論』

書名 成毛眞の超訳・君主論
著者 成毛 眞
発行所 メディアファクトリー新書
発行年月日 2011.12.31
価格(税別) 740円

● いい人は君主(リーダー)に向かない。
 よく「誰からも好かれる人になれ」といった本を見かけるが,これは君主になるのを説いている本ではない。従者の論理を説いているのだ。誰からも好かれる人は八方美人である。人によって意見を変えないと好かれるはずなどないのだから,自分の意見など持っていないに等しい。(p21)
 実際には嫌われておいたほうが楽である。嫌われ者になれば,自分のやりやすいように仕事を進められる。「ワンマンだ」と叩かれても,「ワンマンだけど,何か?」と開き直っていれば,やがて周りの人は諦める。(中略) 周りの顔色をうかがい,機嫌をとっていたら,いつまでたっても本物のリーダーになどなれない。それは御用聞きだ。(p23)
 味方が多いタイプより,敵が多いタイプのほうが大成しやすい。(中略) 99人から嫌われてもいい人は,敵には冷淡であっても,たった1人の味方に対しては徹底して愛情を注ぐ。その1人がいつか10人になれば,1千人とゆるいつながりを持つより,強力な味方となる。(p98)
 裏表のない人間など,君主には向かないだろう。腹の中は真っ黒でも,誠実さを装えるような人でなければ,外交では渡り合えない。(p170)
 部下にとってわかりやすい上司であったら,部下に操縦されるだけである。(p186)
 そもそも空気を読める人間が成功した例などほとんど聞かない。(中略)空気は読まないほうがいいどころの話ではない。外交では空気を読むのは命取りなのだ。(中略)世界は今も昔も弱肉強食でなりたっているのだから,空気を読む側に回ったらおしまいである。(p186)
● 上司の心得。
 リーダーは人の差配が仕事なのだから,人に働かせて自分は忙しいふりをしていればいいのである。上司が仕事をサボっているのを不満に思う部下も多い。それは,上司のサボり方がへたなのである。(p33)
 制度を持ち込むときに重要なのは,一度決めた戦略は,結果がでるまで徹底させるという点である。(中略)部分的に微調整するのは構わないが,ちょっとやってみてダメだったらやめるのは最悪である。(p120)
● ビジネスで大切なのは貪欲さとケチであること。
 ビジネスの世界では貪欲なほうが間違いなく勝つ。(中略) 民主党の蓮舫議員が「2位じゃダメなんですか」と発言して,マスコミからバッシングを受けていたが,ビジネスの世界では2位ではダメである。1位を狙った結果,2位になるのならいいが,2位を狙ったらせいぜい5位ぐらいにしかならないだろう。(p28)
 多くの場合win-winとは,どちらか一方にとってお得なwinであり,もう一方はちょっとだけ利益を得るぐらいの話だろう。(p16)
 ビル・ゲイツがけちだというのは有名な話だが,もちろん,彼がそんなことを気にかける様子はまったくない。(中略) 年間売上が2兆円といわれていた時期なのに,3千円をカットするのに躍起となる。この話から,「金持ちはやっぱりケチだな」と結論づける人もいるかもしれないが,経営とはそういうものなのである。企業の経営で利益を追求するには,ムダを省いて節約するのは基本中の基本だ。経営者にとっては,3千円だろうが3千万円だろうが同じことである。(p63)
● では,何が一番大事なのか。著者は「気概」だという。
 いちばんダメなのは,目の前にチャンスが巡ってきているのに,躊躇してしまうこと。まさに,気概がないせいでチャンスをムダにする典型である。そういう人は運と縁がないのだ。(p84)
 多くの人は争いを避けるし,トラブルも避けようとする。だが,それでは人生を楽しむ機会を逃している。簡単に攻略できるゲームなど面白くない。(p148)
 そもそも,実社会で平等はあり得ない。人よりいい暮らしをしたい,人よりいい思いをしたい。そのような思いがエネルギーとなって,みな成功を目指すのである。逆説的だが,不平等や格差の存在こそ,資本主義社会のエネルギー源なのだ。(p175)
● さらに,いくつか転載。
 ガンジーの秘書を長年務めていた女性が,ガンジーの死後述懐したところによると,「あのガンジーに貧しい暮らしをさせるために,周囲がどれくらいお金を使ったかしれやしない」そうだ。(中略) ガンジーがあえてそのような恰好をしていたのは,極貧生活を送っているのだというイメージ戦略のためだろう。(p27)
 多くの経営者や政治家,スポーツ選手や芸能人は,占い師やスピリチュアル系の教祖に傾倒している。実力勝負の世界に生きている人たちが,なぜ運に頼るのか。それは,自分ではどうにもできない運命の力を痛感しているからだろう。(p48)
 私の経験則で言うと,人は貸しをつくった相手を覚えているが,借りをつくった相手はあまり覚えていない。(中略)だから,借りをつくっておいたほうが,相手に覚えてもらえるのだ。(p105)
 バブルが崩壊してから入社した若い世代は,上の世代が頼りにならないことを知っている。そして,自分より下の世代が自分と同様,簡単には言うことを聞かないのもわかっている。やる気を引き出すといわれているコーチングなど,あまり役に立たないのも経験則として知っているだろう。もし私が何かにつけ上司から「君はどうしたいの?」「どう思う?」と尋ねられたら,「何をするのか決めるのがあんたの仕事だろ!」と言いたくなってしまうだろう。(p173)
 人生は短い。成功しても失敗しても短いのだ。(中略)たとえ事業に失敗してホームレスになったとしても,人生の尺度で考えればたいしたことはない。(p183)

2015年2月6日金曜日

2015.02.05 渡邊健太郎 『アイデア鉛筆』

書名 アイデア鉛筆
著者 渡邊健太郎
発行所 日本能率協会マネジメントセンター
発行年月日 2010.08.10
価格(税別) 1,400円

● 鉛筆を転がしてアイデアを攪拌する方法というわけだけれども,メインは鉛筆にあるのではない。だから,鉛筆を転がしているだけではどうにもならない。あたりまえのことだけど。

● 面白かったのは「イエスマン」になれ,というところ。「妻からのお願い,子供からのお願い,取引先からのお願い,友人からのお願い,すべてYESで応えてください。何も考えてはいけません,すべてのことのYESを出します」(p128)というもの。
 すべてYESで応える。判断しない,迷わないと決めてしまうことでもある。
 もちろん,壺を買ってくださいとか,宗教の勧誘とか,あなたのお子さんが逮捕されそうなので至急100万円を振りこんでくださいとか,そういう「お願い」にはNOと言ってもいいんだろうけどね。

● これを試みる価値(実益)はどこにあるのかといえば,次のようなこと。
 自分の判断が一番正しいとがんばってきたとしても,自分の理想とかけはなれていれば,それはあなたの判断能力がなかったということ。実は,「正しい判断をする」ということは,とても大変で,難しいことなのです。(p130)
 これは,「損なことはやりたくない人・可能性に対して消極的な人・やらなければならないことしかやらない人・余計な負荷を避けてきた人(シングルタスクの人)・つまらないことにくよくよしてしまう人が,自主的に,人生に多くの課題を与え,負荷をかける」ことを目的としています。(p132)
 大事なのは「なんでものっかる精神」。が,著者のセミナーを受講した人でも,実行する人は3%しかいないらしい。
 そりゃそうだ。シンドイもんね。97%は根っからの凡人だというのも,経験則に合致する。

● ほかにも,いくつか転載。
 明日からやろうと思っていることを今日からやろう,今日やろうと思っていることを明日まで延ばせ(p7)
 新しいものを生み出す力。すべてはあなたの中にあります。それをどうやって組み合わせて,どうやって形にして世の中に出していくか,これがあなたの成功のカギになります。 ここで大事なのが,THINKではなくFEELです。考えるよりも,まず感じてください。(p46)
 お金持ちでも盛大に結婚式をあげるわけではない。お金がなくてもホテルで披露宴をする人だっている。吉野家やユニクロだからといって誰でも行くわけではない。自分にはお金を使わないのに,好きなアイドルにはお金を費やす。家賃はケチるのに,キャバクラでは数万円も払う。 これらの不可解な現象が個人の所得差によるものではないことは明白です。アイデア預金をするには,この「両面価値」に納得できる感性(センス)がBtoCでもBtoBでも,どの商売でも,必要な条件になります。(p55)
 私の小さいころの,喫茶店やカフェというイメージは,不良のたまり場で,子どもが行ってはいけないところというイメージでしたが,すっかりとイメージが変わり,コーヒーの味を楽しむところに変わりました。日本に初めて喫茶店という文化が入ってきたときも今と同じように,コーヒーの上品に楽しむところだったようです。 時代は,らせん状に変化していくのです。(p56)
 新聞には,重要なことが小さく書かれています。これを見逃さないようにしましょう。逆に,小さく書かれていてみんなが読まないからこそ,価値ある情報になっているともいえるでしょう。(p70)
● いずれも,はるか昔から言われていたことがらだ。が,新聞は小さい記事に注目するという単純なことでも,やっている人は少ないのだろう(ぼくは,そもそも新聞を読まない)。だから,何度でも同じことが説かれる。
 行動パターンと所得(の多寡)の関係の薄さについても同様だ。

2015年2月3日火曜日

2015.02.03 番外:文房具大賞 私のベスト文房具

書名 文房具大賞 私のベスト文房具
発行所 宝島社
発行年月日 2015.02.20
価格(税別) 780円

● 「目利き120人のMY BEST文房具」というわけで,実際に気に入っている文房具を紹介して,なぜ気に入っているのかを語ってもらうという企画。
 ただし,その目利きというのは,デザイナーとかイラストレーターとか書道家とか,アート系の人ばかり。それはそうじゃないと本にならないのかもしれない。普通のサラリーマンに語ってもらっても,バラエティは(たぶん)出ない。だいたい,会社の支給品を使っているんだろうから。

● で,いろんな文房具が紹介されている。そういうのを見ていくのは楽しいっちゃ楽しい。だから,こういう本を買うわけでね。
 でも,ぼく自身は文房具はまず百均でと考えてしまうタイプ。百均にないものだけ,文具店を利用する。いきおい,安物に取りかこまれることになる。
 安物だからダメだとはまったく思わない。機能的には百均製品で不満がない。10本入りボールペンとかはどうだか知らないけれども,百均のペンで書き味が悪くて使えないとか,いまどきあるのかと思っている。

● 文房具に遊びや洗練は要らない。ものじたいに個性の主張があるものは敬遠したい。文房具は徹底的に実用品であって,問題はその実用品を使って何をするかだ。
 使っていると楽しいとか,テンションがあがるとか,そういうものも機能に含めていいだろう。洗練とかデザインとかがテンションを刺激するのであれば,それはその人にとっては機能のひとつといっていいものだと思う。

● 文房具は徹底的に実用品だと書いたあとで,こう言うのも申しわけないんだけど,玩具としての要素もあることを認める。個々の製品にというより,文房具そのものに。
 その要素を重視する人もいるはずだ。それはそれで,どうぞご自由に,だ。
 使い勝手や書き味,切れ味を求めて文房具放浪を続けるのは,楽しいものだろう。それも,どうぞご自由に,だ。

● 「お客様と対面する際に失礼のない1本を,と思い購入しました」とか,「人前で使っても恥ずかしくない」,とか「デキる男を演出」とか,そういう発想が自分にはまったく欠けている。
 それはどうなんだろうと,ちょっと反省した。世の中には「仕事柄,色んな人と会うんですが,そういう人たちの持ち物とか服装なんかをすごくよく見てます。そういう所に人柄とか,性格とかって出てる気がするし」という人がたくさんいるに違いない。むしろ,それが普通の大人というものかも。
 ここは心しておかないといけないと思った。もう遅いかもしれないんだけど。

● 「他メーカーが推す! MyBest」も面白い。文房具メーカーの社員が,自分が使っている他社製品を紹介する。
 といっても,プラチナの社員がパイロットの万年筆をお勧めするというのは,当然,あり得ない。自社とは競合しない他社製品ということになる。
 だけど,トンボ鉛筆の社員が三菱鉛筆のクルトガを推薦していたりする。

2015年2月2日月曜日

2015.02.01 長谷川慶太郎 『アジアの覇権国家「日本」の誕生』

書名 アジアの覇権国家「日本」の誕生
著者 長谷川慶太郎
発行所 実業之日本社
発行年月日 2015.02.06
価格(税別) 1,500円

● これまで矢継ぎ早に北朝鮮と中国の崩壊に警鐘を鳴らしてきた著者の新刊。中国で不動産バブルがはじけて,いよいよその現実味が増してきたというのが,本書の内容のメイン。
 北朝鮮については,今後数か月後には崩壊が現実のものとなると予想する。したがって,拉致被害者問題は解決を急がなければならない。北朝鮮が崩壊してしまった後ではどうにもならない。
 中国バブル崩壊がついに,現実のものになったと肝に銘じるべき時がやってきたのです。そのことを多くの日本人経営者は自覚しないといけないと思います。(p86)
 中国の危機的な状況に対して,救いの手を差し伸べてきたのは,日本でした。円借款は日本国民の血税です。これに対して中国国民はまったく感謝しておりません。(中略) なぜ,中国は日本に対してこのような態度を取るのでしょうか。それは,第二次世界大戦の時,日本は「敗戦国」であり,われわれ中国は「戦勝国」であるという意識が今でも強く残っていることが背景にあります。(p104)
 2015年は終戦70周年ということで,中国は「抗日」姿勢を強めてくるでしょう。しかし,2014年に日本へ訪れた中国人観光客は222万人と一昨年に比べて1.8倍も増えました。尖閣諸島で問題が起きる以前より多い訪日人数となったのです。これは,抗日では中国国民を統合することができなくなったことを意味します。(p222)
● 韓国もまた沈むしかない。サムスンの落日がいよいよ明白になってきた。「現代」もアメリカでの燃費性能の詐称が効いて,どうにもならない。
 しかも,サムスンと「現代」が韓国のGDPに占める割合が異常に大きい。韓国全体が企業城下町のようなものだ。その企業がこけたら,一緒に沈むしかない。
 韓国という国家は上に立つ者の責任感がまったく育っていないのです。例えば日本人と韓国人経営者の責任感は全然,違います。そのことが,韓国と日本の企業力の差に表れています。だから,旅客船沈没事故で真っ先に船長が逃げ出し,多くの高校生が犠牲になったのです。(p147)
 人間というのは,平等ならやる気が出るわけです。日本のサラリーマンがやる気があるのは,平等だからだと断言できます。(p153)
 中国や韓国にはその平等がないから,現場の士気はすこぶる低いということ。
 ある工場で,技術者を雇って,日本ならその技術者は定年まで勤めると思います。ところが,韓国だとひとわたり社員教育が終わると独立してしまうのです。その分野で,自分の力で儲けたいと思っているからです。独立した瞬間にその人は技術者ではなくなってしまう。単なる経営者になるわけです。中国も同様です。(p155)
● 韓国は困ると日本を頼ってきて,日本はその都度,救いの手を差し伸べてきた。次のようなエピソードも紹介される。
 2002年に日韓でサッカーのワールドカップが行われた時に,韓国ではスタジアムを建設する資金がありませんでした。そこで,日本から約300億円の支援を受けて韓国でワールドカップスタジアムが建設されたのです。しかし,その資金は未だに,1円も返済されていないと聞いております。(p169)
● ほかにも,いくつか転載しておく。
 今回の衆議院解散の理由は消費税引き上げを延期することの信任を得るとしていましたが,本当は明らかに憲法改正が目的です。そして2016年度夏,参議院選挙がありますが,再び衆議院を解散して衆参同時に選挙をします。もう一回,安倍首相は解散をやるつもりです。そして,今の安倍政権がこの選挙でも負けることはあり得ません。なぜなら負ける要因がないからです。(p8)
 戦争が終わって平和条約が締結されたら,戦争の当事国は勝ち負け関係なく対等の立場になるというのが国際ルールなのです。この原則を中国も韓国も無視しています。それに対して日本側は対等の立場だと主張しているわけで,それは国際ルールの常識から判断して当然な主張です。(p13)
 「国家の命運」はどのような要因で決まるのかということです。一つは「技術力」であり,「情報力」だと私は考えています。その二つの「力」はいずれも「自由」という前提がなければ,成りたちませんし,発展しません。自由があって情報力や技術力は高まるのですが,中国にはそれがないのです。(p128)
 これまで,効率性を追求するために分業作業でした。しかし,先端装置の製造はそれではダメなのです。一人で組み立てないと,機械が生きません。(p165)
● 一気通貫で読了。というか,読み始めたら途中でやめることができなかった。下手なミステリを読むより,リアルの世界の方がよっぽど面白いんだね。
 面白いというには,かなりシリアスなんだけど,シリアスでも面白いものは面白い。力のある書き手が書いてくれれば。

2015.02.01 夏野 剛 『iPhone vs.アンドロイド』

書名 iPhone vs.アンドロイド
著者 夏野 剛
発行所 アスキー新書
発行年月日 2011.03.10
価格(税別) 743円

● 「iPhone vs. アンドロイド」というタイトルながら,iPhoneとアンドロイドは競合しないというのが著者の考え。
 アップルは1社でこの垂直統合を成し遂げ,ユーザーを囲い込んでいる。アップルが囲い込んでいるユーザーはアップル製品に対するロイヤリティ(忠誠心)が非常に高く,逆に言えば,少々競合製品より価格が高くても,長くアップルの製品とサービスを使い続けてくれる優良顧客だ。つまり,アップル1社と,(中略)多数のアンドロイド陣営で競争しているわけではない。市場の一角を占めるこの優良顧客層を囲い込んでおくことで,アップルは他社とのシェア争いとは距離を置くポジションをとることに成功しているのである。(p29)
 インターネットへの接触時間を増やすことで,グーグルのサービスを使う時間も増えていく,そして広告が表示される機会も増えていくという仮説に基づいて,グーグルはビジネスモデルを組み上げている(p41)
 グーグルにしてもアップルにしても,どこで儲けるか,そのためにどの部分を呼び水として割り切るか,という戦略が非常に明確だ。(p42)
 ユーザーからすれば,ネットの情報をフルに使い倒せて,しかもフリーというモデル。広告以外の他のプレイヤーから見ても競合するところが全くない存在,それがグーグルの本質だ。(p45)
● 本書の力点は,日本(のキャリア)にもまだチャンスはあるということ。
 わたしはまだチャンスは残されていると考えている。スマートフォンよりもいわゆるガラケーの方が,出荷台数でもずっと多いのだ。現状まだすべてのキャリアを合わせてもスマートフォンの出荷はわずか数百万台、ドコモ単体でも5%にも達していない。残り95%をスマートフォンにこのまま移行させてよいのか,という当然の疑問を持つべきだ。 ここにこそ,アンドロイドを採用し,ガラケーで培われたキャリア独自のサービスを投入するべきなのだ。(p116)
● が,本書の刊行から4年を経た現在,そのチャンスは潰えたと言っていいだろう。キャリアはむしろスマートフォンへのシフトを加速させようとしてきた。その方が通信料で儲かると考えたのだろう。
 「土管」への道をひた走ってきた。キャリアははっきり土管になったと見ていい。
 いま,アンドロイド登載スマートフォンを買ってきたユーザーが真っ先に行うことはなんだろうか? 言わずもがな,グーグルアカウントの登録である。(中略)この瞬間,ユーザーはキャリアのサービス圏内から離れ、グーグルの「お客さん」となるのである。もうその後は,キャリアがどこであろうが関係のない世界が待っている。(p115)
 そういうことなのだよね。たとえばdocomoでスマホを買うと,docomo独自のアプリがいくつか登載されているけれども,使うことはまずない。だから削除したいんだけど,削除できない仕様になっていて腹を立てるというのが,大方のユーザーのありようではないか。

● 日本の企業,特に経営層に向けての厳しい意見を転載。 
 資本主義の社会にあって,「株式会社が独裁だと悪い」という考え方がわたしには理解できない。会社は民主主義で運営されるものではないのは,社員や株主の投票を経て意志決定をするわけではないことからも自明だ。(中略) 企業の経営者の評価は結果で問われることが重要であり,強烈なリーダーシップ=独裁といった見方を早く捨てていかないと,(中略)日本企業の再生はできないと断言できる。(p34)
 最終責任が曖昧な組織で得てして起こりがちなのは,意志決定をマーケティング調査に頼り,それに責任を負わせるということだ。(中略)マーケティング調査というものは,聞き方と仮説に対する信念があればいくらでも「作り出せる」ものだ。逆に経営層に自信がないと漫然と現状を追認するだけの作業になってしまい,やはりイノベーションを生み出すことは期待できないのだ。(p146)
 いろいろな国の職場を見てきたが,新入社員が「指示を待たずに仕事を探そうとする」雰囲気があるのは日本だけだ。(p158)
 英語は極めてシンプルな外国語だ。何歳になってからでも身につけられると断言できる。(中略) そもそも日本の会社は「今いる」人に優しく,「新しい人」には厳しい。本気で世界に出て行くためには,経営者や管理職に英語の試験を免除しているのは論外である。(p162)
 近親交配をくり返した種族は生き残れない。なぜか日本企業においては,「同じ釜の飯」という言葉のように,同じ会社で同じようなキャリアを積んできた人たちだけの経営を正当化しているが,これは経営上たいへん重大な問題である。(p165)
 政治においても経営においても,トップがまるで自分の責任ではないかのように日本の弱さを語り,会社の社風を嘆く。それに手を打つのが自分たちの役割であることを忘れているかのように。(p166)