2015年12月12日土曜日

2015.12.09 桐山 勝 『万年筆国産化一〇〇年 セーラー万年筆とその仲間たち』

書名 万年筆国産化一〇〇年 セーラー万年筆とその仲間たち
著者 桐山 勝
発行所 三五館
発行年月日 2011.03.03
価格(税別) 1,600円

● 長原宣義,川口明弘,石丸治といった,セーラーゆかりの社員というより職人,を最初に登場させる。
 実際のところ,万年筆のヘビーユーザーは,会社の社長の名前は知らなくても,こうした職人たちのことはくまなく知っているものだろう。

● 会社としてのセーラーが他に秀でて賢かったとは思えない。会社あるいは組織というのは,常に必ず近視眼的で,目の前にあるもの以外は見えないものだ。組織は馬鹿者である。
 が,組織内の個人を見ると,先が見える優秀な人がいる。そういう個人が組織を救う。組織あるいは経営が,組織内の個人を救うことはない。
 セーラーもまた,そういう企業であったようだ。

● 筆記具,特に万年筆は,文化の体現者と見なされやすい。万年筆の使用者もまたしかり。文字を書くというのは文化の根幹だから。
 このあたりが,万年筆ユーザーの優越感をくすぐるところかもしれない。

● デジタル化のこの時代に,紙の手帳の売上げはかえって増えている。万年筆もひと頃の不振期を脱して久しい。
 インターネットが普及して,誰もがネットに投稿するようになり,人の投稿を読むようになった。たしかに本は売れなくなっているのかもしれないけれども,読まれる文字量(?)はネット以前より大きく増えているはずだ。
 それを経た人たちが,再び,紙と万年筆の世界に戻ってきているのだとすれば,この国の筆記文化,読書文化の懐は,巷間言われているよりも相当に深いところに達しているのかもしれない。

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