2015年10月22日木曜日

2015.10.19 成毛 眞 『大人げない大人になれ!』

書名 大人げない大人になれ!
著者 成毛 眞
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2009.11.19
価格(税別) 1,429円

● タイトルが内容を現している。人と同じになるな,訳知り組の一員になるな,「空気」に飲まれるな,ということ。
 非常に説得力があると感じる。が,著者の提言が成立するためにはひとつの前提が必要になる。大多数の人が大人げのある大人であることだ。
 もし,大多数が大人げのない大人になったら,大人は分別を持てというテーゼが自ずと幅をきかせることになる。

● しかし,世の中がどう変化しようと大人げない大人は少数であり続けるだろう。寄らば大樹の陰というのとはちょっと違うけれども,多数派でいるほうが消費するエネルギーが少なくてすむからだ。つまり,楽だからだ。

● 著者のような人は,極道の道に入ってもひとかどの人物になったのかもしれない。生命力が旺盛だ。人を怖がらない。人に飲まれない。ある意味,図々しい。押しが強い。場合によっては人を人とも思わない。

● だから,大人げない大人になれと言われても,なれない人がやはり大多数なのだと思う。そうなったほうがいいとわかっていても,それでもなれない。その資質を欠いているわけだから。
 したがって,先に書いたように,大人げない大人は少数であり続けるわけだ。希少価値を保持し続ける。

● という諦めを含んだうえで,それでも本書は読む価値のあるビジネス書(あるいは人生論)だと思う。
 折々に励ましになるかもしれない。ウジウジイジイジしている自分を笑い飛ばせる瞬間を与えてくれるかもしれない。

● 以下に多すぎるかもしれない転載。
 私がこれまで出会った,凄まじい結果を残した人,人生を楽しみ尽くしている人たちには,必ずどこか大人げなく,子供じみたところがあった。 たとえば,かつてマイクロソフトで一緒に仕事をしたビル・ゲイツ。彼は,まさしく大人げないという言葉がぴったりの人物だ。(p15)
 どういうわけか日本では,我慢を美徳として考える傾向がある。そして,強い自制心を持つことが大人の証明になるとされる。しかし,私の周囲の成功者とされる人に,我慢強い人物は見当たらない。逆に,やりたいことがまったく我慢できない,子供のような人ばかりだ。そういう人は,好きでやっているのだから,時間を忘れていくらでもがんばるし,新しいアイデアも出てくる。我慢をして嫌々ながらやっている人が,こういう人達に勝てるはずがないではないか。(p16)
 これから生まれる格差は,階級や学歴は関係ない。創造性の差から生まれる格差になるだろう。(p17)
 優れた企業家の持つ要素とは,行動力や強い意思といったものではないと私は思う。やりたくもないことをする行動力などたかが知れているし,自分本来の欲求から逸れた意思の力は継続もしないのである。(p23)
 飛び抜けた企業家には,思慮深いことや,節操を貫くことは必ずしも必要ではない。むしろ,やりたいことは我慢できないという,ほとんど小学生並みの行動原理で動くことができる人こそ最も強力なのである。(p23)
 望まれる大人げなさとはどういうものだろうか。まず挙げられるのは,物事に夢中になる,ということだ。夢中になることを意識的にコントロールすることは不可能である。だから,夢中になれることに出会えたならば,その幸運に感謝しなければならない。(p64)
 多くの大人は,たとえ興味を引かれる物事を見つけても,自分で言い訳を並べ立てて手を出さないものだ。(中略) ここに大人げない人と普通の大人の違いがある。なにも会社を辞めろとは言わないが,少しぐらいの時間とお金であれば,捻出することは必ずできるはずだ。そうして始めの一歩が踏み出せるか踏み出せないかで,人生はまったく違ったものになっていく。(p70)
 私のスタイルの説明は単純である。自分より偉い人や強い人の意見をいったんはすべて否定していくのだ。もし,こうした人たちが自分と同じ考えを持っていたとしても,おとなしくしているのは気に入らないから,自分の考えを真逆に変えてしまう。偉い人が言うことは全部冗談だ,そんなことがあるわけがない,と自らを思い込ませ,反対意見に回っていく。 なぜこのようにするかといえば,権力をもった人の考えは,完璧な独裁者でもない限り、民主主義の論理に沿って部分最適に向かうからである。(p72)
 こういった考えは,多くの人に嫌がられるかもしれないが,1割ぐらいの人は必ず面白がってくれるものなのだ。こうした変わった人たちを味方につけるのが,私の戦略なのである。確実にこうした1割の方が,より自分にとって付き合って楽しい集団だと断言できる。(p75)
 知らないことは楽しいことでもある。(中略)なぜそれを楽しめないのだろうか。(p78)
 誰だって本来持っている感覚が,人とまったく同じだということはない。しかし,多くの人はなんとなく周囲が良いとするものに流されてしまって,その感覚をないがしろにしてしまうからいけないのである。(p82)
 自分のことを売り込みたいのであれば,やはり自己中心的でなければいけないと思う。相手を褒めて媚びるのではなく,相手に自分を褒めさせることを目指さなければならないのだ。(p85)
 私がマイクロソフト日本法人の社長を務めていた時期には,毎年全体の5%に当たる社員を最低レベルの人間からクビにしていた。ここで言う最低レベルとは,保守的であることを指している。よく組織改革などと声高に叫ぶことがあるが,保守的な社員を切らないことには,組織の活性化などできるはずもないと思う。(p91)
 年をとっても保守的にならないようにするためにはどうすればよいか。処方箋があるとすれば,それは思い切って一貫性を犠牲にしてしまうことである。最新のデジタル機器をいじりながら,江戸時代がどれだけ素晴らしい時代だったかを語るおじさんは,少し魅力的にうつらないだろうか。(p94)
 かつての支配者に相当するものは,ほかでもない日本の企業である。これらは年功序列というシステムの中で,若者に苦労を押し付けることで成り立ってきた。(中略)どんなに単純でつまらない作業でも,それは経験としていつか自分を助けてくれるから意味があるのだというのである。果たしてこれは本当なのだろうか。(p105)
 一つだけやめてほしいことがある。それが「目標を持つこと」である。目標を設定することは無意味であるどころか,自らの可能性を捨ててしまうことに等しい。目標に縛られた人生は物悲しいのだ。(p108)
 自分が持つ可能性を大事にしたいのであれば,目の前のことだけに没入し,何かしらの変化を察知するにつけ,次のベストを探すというスタンスを保持することが重要である。(p110)
 今の若い人たちが,日本の社会に閉塞感を感じるとすれば,社会の重しがあまりにも過大だからだ。若者にとってのこの重しとは,多すぎるおじさんたちである。老害は決して今にはじまったことではないが,いくらなんでもバランスが悪すぎるのだ。(p119)
 感覚が鋭い人は,小さな失敗にもいちいち落ち込んでしまう。その一方で,成功にも敏感だから小さな成功に酔ってしまうのである。これでは大きく成功する前に満足してしまうから,大成しないのだと思う。 その逆に鈍感な人は,失敗を失敗とも思わないから挫折せずに前向きでいられるし,小さな成功では満足しない。(p124)
 世間には,どうしても期限ぎりぎりまで仕事に手がつけられないことで自分を恥じている人も多いようだが,大いに結構だ。無理に計画的な人間に変わろうと努力することはない。このままギリギリ体質を維持していこう。ここにこそ「創造的な仕事」を為し得るためのヒントがあるのだ。(p126)
 何かの仕事の期限を抱えていたとしても,まだ気乗りがしないようであれば機は熟していないのだと考えよう。おそらく惰性的に仕事に取り掛かったところで,その質に期待はできないだろう。思い切って遊ぶなり,いっそ仕事などできない状況に身を投じてしまった方が,よっぽど生産的な時間の使い方である。期限を気にしながら,遊びとしても仕事としても中途半端な時間を過ごすのは,貴重な時間を捨てているようなものなのだ。(p128)
 「空気」に支配された状況においては,たとえ重大な間違いを犯したところで,「あの場の空気では仕方がなかった」とでもいうような責任転嫁が平気で行われてしまう。人々は,物事の最終決定者を「人ではなく空気」であったとさえ考え始めるのだ。歴史を振り返れば,こうした「空気」という存在の絶対化こそが,日本人が犯した致命的な判断ミスを生んだ元凶だったのではないだろうか。(p134)
 成功者の要素ばかり追いかける人の目の前には,次々と新たな要素が持ち込まれ,これらを手に入れようとする努力だけで一生が終わる。(中略)「不屈の精神」を持っている人には持っている人なりの,持っていない人にはそれなりのやり方がある,と考えるべきだ。(p138)
 自分は変えられないのだから,他人の正攻法を模倣したところで結果は出ない。たとえ真似できたとしても,皆が同じやり方をすれば,自分が抜け出すということはないのだ。(p139)
 趣味などは老後の楽しみにとっておけばいいなどと考える人もいるかもしれない。しかしそれは危険な考え方だと思う。何事も本当に楽しめるようになるまでには,思いのほか時間がかかるものだ。(p142)
 平日は好きになれない仕事に忙殺され,あとは休息をとるだけ,という人生にはまったく共感はできない。好きなことに夢中になっている時間こそが,人生を豊かなものにし,創造性の土壌を肥やしてくれるのだ。(p144)
 新しいことを始めるということは,既成の秩序を覆すことに他ならない。だから,そこには怒りだす人が必ずいる。逆に,怒る人がいないようなことは新しくもないし,取るに足らないことである。(p146)
 日本人は不思議なもので,英語以外の言語に関しては,ちょっとしたフレーズを覚えただけで,すぐに試してみたくてウズウズする。(中略)しかし,ことさら英語になると誰もが突然口ごもってしまうのだ。(中略)これは,むしろ充実した英語教育が仇となって,話せないことは恥ずかしいことだという意識があるからだ。(p158)
 「こんな資格を持っている」ということばかりアピールする人間は,同時に「僕は同じ資格を持っている人間となら,いつでも交換可能です」と言っているようなものである。(p161)
 どんなに沢山の知識を覚え資格を取得したところで,大勢と同じことを突き詰めているだけでは,どこまでも消耗戦が続くだけなのだ。(p162)
 自分が好きで,本当にその価値がわかるものにはいくらでもお金を注ぎ込むべきだし,わからないものは,一番安いもので済ますくらいの極端さが必要である。(中略) テレビや雑誌に煽られるがままお金を費やすようでは,それはすべて死に金だ。こうして購入したものはすぐに陳腐化して,自宅にゴミの山を築くことになる(p164)
 そもそも時間をどう使うか考えてしまう人は,その時点で時間の使い方が下手な人だと思う。(中略)スケジュールどおちに一日を終えると,どんないいことが待っているのか教えてほしいものだ。私にとってそんな日々は,ただの作業のように感じられてしまうのである。(p167)
 個人でも会社でも,最も効果的なマーケティングの方法は,神話をつくることである。神話というと少し仰々しいかもしれないが,人が人に話したくなるような面白い話だと理解してくれればいい。自分が言っては,ただの自慢話にしかならないようなことも,他人に語ってもらえば神話になるのである。(p170)
 読書において重要なことは,本の内容を頭の中に入れることではない。大事なことは記憶することではなく,本を読むことで衝撃を受け,自分の内部に精神的な組み換えを発生させることだ。(p175)
 そもそも意識的に記憶ができるようなことなどたかが知れているのだ。(中略) だから,本は最後まで読むことを目指すよりも,より多くの種類の本を面白いところだけ読んだ方がよい。(p176)
 成功や幸福を,人生を楽しく生きることと考えるならば,名声や金とは本質的に無関係である。面白い人生とは,好奇心を満たす時間や,刺激的な体験の積み重ねに他ならない。(中略)人生は楽しむが勝ちである。仕事も人生もナメてなんぼ。いかに面白い人生を送るかを常に考えなければならない。(p206)

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