2015年10月18日日曜日

2015.10.11 外山滋比古 『老いの整理学』

書名 老いの整理学
著者 外山滋比古
発行所 扶桑社新書
発行年月日 2014.11.01
価格(税別) 760円

● 『50代から始める知的生活術』『知的生活習慣』と重複するところがあるけれども,言っていることは,知識・勉強・読書よりも生活が大切だということ。生活が貧弱な人がいくら本を読んでもダメだよ,と。
 男よりも女のほうが,たいてい生活は豊かだ。ここから一歩進めると,男は女を見習えということになる。

● クヨクヨするな,楽天的であれ,知らぬが仏ということもある,怒りを抑制するな,といったところが説かれている。
 つまり,目新しいことは特にないといっていい。が,実際に90歳になった著者が説いているというそのこと自体が,説得に力を与えている。読み手のほとんどは90歳になったことがないわけだから。

● 以下に転載。
 わたくしは,未来にいいことがあるという希望というより勘のようなものをいだきつづけた。つまずき,病気になり,仕事をとりかえたり,おもしろくないこともいろいろだったが,気にしない,すぐ忘れてしまうことで,ノンキに生きて来たように思う。(p6)
 日本人はほかの国の人に比べて元気がないらしい。さきごろ内閣府の行った国際調査は,それを示している。 「自分に満足している」と答えた若者は45%で,米,英,独,仏,韓,スウェーデンと日本の七ヵ国中,最低である。(中略) なぜだろうか。ちょっと考えて答の出ることではなさそうだが,思い当たることがないではない。 端的に言えば,日本人はひとをホメないからであるように思われる。たえず他人の欠点を問題にし,批判,攻撃する。叱ることは少なくないが,ホメることを知らない。(p26)
 お茶を飲んで,とりとめのない話をしているだけで,どれだけ元気が出るかしれない。ハラをかかえて笑うようなことがあれば最高である。(p39)
 エラーより,それをくよくよ気にするほうがいっそういけない。(p52)
 ストレスは新陳代謝しているのが望ましい。溜まったら,発散,放出して,ストレス・フリーの状態にする。そこで,新しいこと,別の活動をして新しいストレスを溜める。減らして,溜めて,という交代を繰り返していて,心身の生活のリズムが生まれ,それにともなって,元気,活気のエネルギーも生まれる。(p60)
 昔の人は“泣く子は育つ”といってみどり子(乳児)の泣くのにむしろ好意を示し,うるさいのを我慢していたのであろう。近年では泣き声がうるさい,不快であるという大人の気持ちが強くなって,赤ん坊が泣かないようにしつけられているのか。もしそうだとすると,こどもの将来の健康が心配になる。(p69)
 老人は赤ん坊に似ている。(中略)年寄りは,赤ん坊にはなり切れないが,なるべく,赤子の心を取り戻したい。(p73)
 高齢者の読書は,泣くか笑うかのものがいい。変に理屈っぽいのは敬遠するのが賢い。いまさら,ためになる本を読んでもなんにもならない。(p75)
 ケンカといってもやり合うのではない。絶交するのである。しかし,それによって得る気力,元気,活力はバカにならない。気の小さい人間は,こういうケンカによって,気を大きくすることができる。(p81)
 本を読まなくてはならない,多く読むほどよいといった不自然な考えが一般に広まっているために,どれくらい損をしたかわからない。 本を読むことは立派なことである。だからと言って,本ばかり読んでいては,人間がおかしくなる。バカになる恐れも大きい。 年を取って,することがないから,本を読もうというのもよろしくない。することがなかったら,すること,仕事をつくるのである。本はいくら読んでも仕事ではない。仕事がなくては人間らしくなれない。(p99)
 いつしか,“風のように読む”のがいいと考えるようになった。さらっと上辺をなでるように読む。それでけっこうおもしろい。それどころか,そういう読み方でなくては目に入らないことが飛び込んでくる。(p101)
 ヨーロッパに「名著を読んだら著者に会うな」ということばがある。会ってロクなことはないということを前提にしていて,残念ながら,当たっていることが多いと思う。(p113)
 細々と書いているのでは,二千枚の原稿用紙は多すぎる。使い切るのにひどく長いことかかった。しかし使い切るころには,いくらかものが書けるようになっていた。二千枚の原稿用紙はムダではなかった。それどころか,仕事を呼びこむ,大きなはたらきをしてくれたのである。仕事のタネまき,として,まず,道具をこしらえるというのは,案外,現実的なのかもしれない。(p124)
 彫刻の大家平櫛田中は九十歳を超える高齢でありながら,十年分の材料を仕入れたというのである。長生きのための,すばらしい知恵である。たいへん感銘を受けた。(p125)
 勉強ばかりしていてひと息入れることを忘れると,いくら努力してもよい大成は望めない。(p134)
 眠りのほうが横臥よりも大事であるとするのは疑問である。眠りも横になるのもともに大切だが,眠りだけを気にするのは不当である。睡眠時間も大事だが,横臥時間はそれ以上に大切である。(p137)
 かつて中国文学の学者から,“料理”というのは“理(ことわり)を料する(考える)”ということです,と教わった。中国では深いところで料理を考えたことを示していて,たいへんおもしろく思った。 手をはたらかせ,頭もつかって作る料理は食べるよりむしろ作るのに意味がある。(p157)
 作ったものが,“おいしい”と言われたときの快感は特別である。原稿を書いていても,そういう思いをすることはまずない。(p160)
 ある元公立高等学校長は,絵画の趣味があって,勤めを辞めたあとは,せっせと絵を画いて,ときどき展覧会をひらいた。(中略)あるとき先輩から,手だけでなく,脚を動かさないと運動不足になるといって散歩をすすめられた。 元校長は,こどもを教えることには馴れているが,ひとから教えられることが下手である。先輩の忠告に反発した。 「目的のないことをするのは厭です」と言った。自分のしている絵画には目的があるつもりなのであろうが,無用の用ということを解しないのは知性の欠如である。(p171)
 体を動かすには,ときどき,思い出したようにしたのでは,話にならない。年中無休。毎日するのである。 それを自分にもはっきりさせるために,毎日の予定表をつくるとよい。(p177)
 流れる水は腐らない。動きまわるものには老いがゆっくりでいつまでも年より若い,と言われる。(p177)
 われわれの心を元気づけ,活力を高めるためには,先々に喜びをもつことが必要らしい。楽しみ,喜びを心待ちするとき,人間はもっとも元気を出すらしい。楽しいという気持ちは,それにつけた名前である。(p182)
 人間にとっても心配,悩みはたいへん怖いものであるはずだが,ふだんは忘れているのは,幸いであるかもしれない。心配ごと,悩みを気にするのは,「気」の「毒」で,気の毒な結末になる恐れがある。(p186)
 平穏無事の一生ということは考えられない。病気になった,災難に遭ったとしても,すぐ,これでおしまいと考えない。楽天的であるのがいい。なんとかなるさ,とタカをっくくっていると,案外,そうなる。人間のおもしろいところである。(p197)
 いやなことは“知らぬがホトケ”。運悪く知ってしまったら,“忘れるがカチ”。(p199)

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