2015年10月5日月曜日

2015.10.02 宮田珠己 『晴れた日は巨大仏を見に』

書名 晴れた日は巨大仏を見に
著者 宮田珠己
発行所 白水社
発行年月日 2004.06.15
価格(税別) 1,600円

● 巨大仏はとにかく周囲と調和しない。仏像なのにありがたみもない。「マヌ景」(マヌケな風景)の典型だ。でも,気になる。
 というわけで,全国の巨大仏を巡りながら,なぜ気になるのかを探ってみよう。

● 以下にいくつか転載。
 私にとって巨大仏が気になるのは,“ぬっ”とした感じのさらにその奥に,何か殺伐として手触りが隠れている気がするからではないかと思うのである。 突然不穏なことを言うようでなんだが,世界平和大観音にも牛久の大仏にも,ぬっとした巨大仏にはすべて,何か妖怪的な,見ようによっては,人間のことなどまったく知ったことではないというような,非常な手触りがないだろうか。(p48)
 思えば何もこれは巨大仏に限ったことではなく,むしろ深い山の中で一夜を明かすときや,宇宙の果てを想像するとき,あるいは自分が死んだ後の世の中について思うときなどに,強く心の中に沸き上がる人間の力ではどうしようもない圧倒的な孤独のようなものであり,言い換えれば,この世界があること自体の怖さ,理由もわからないままにこの世界が厳然と存在し,そこにどかから来たのかもわからない自分がいる,という怖さ,それを人口的に少しだけ感じさせるのが巨大仏なのではないか。(p50)
 巨大仏が“ぬっ”とした印象を持つのは,それが仏さまであるという意味を失って,そこにそんな巨大なオブジェが唐突にあるだけの風景として見えたときだった。廃墟も,その機能や意味を失ってただのオブジェになったとき,そこにあるモノの存在の不気味さが,“ぬっ”とこちらの心に迫ってくる。(p211)
● 本書に登場する編集者(男女各1名)が面白く描かれている。編集者が著者をインスパイアすることがあるんだね。だいぶ著者を助けているようだ。

● タイトルの由縁は,白い巨大仏は空の青さとの対比で映える。だから,見に行くなら晴れの日がよいということ。

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