2015年9月17日木曜日

2015.09.14 田坂広志 『人生で起こること すべて良きこと』

書名 人生で起こること すべて良きこと
著者 田坂広志
発行所 PHP
発行年月日 2015.08.06
価格(税別) 1,300円

● 医者からもう長くないと言われたほどの大病を経験したことは,本書で初めて語られることか。真摯に人生に向き合って来た人が到達できる地点が語られる。
 自分のそうした体験を踏まえているのだから,説得力もある。

● なんだけど,二度読むことはないように思う。著者の作品はいくつか読んでいるんだけど,再読したものはない。
 これは文体によるものだろうか。一度読むと,文体に飽きてしまうんだろうか。

● 以下にいくつか転載。
 我々が逆境を超えられないのは,我々の心が,その逆境に「正対」できていないからなのです。その逆境に「正対」する,すなわち,「正面」から向き合わなければならないにもかかわらず,心が,別な方向を向いてしまっているからなのです。(p15)
 「人生で起こること,すべて良きこと」と思うことができるようになれば,目の前の逆境に正対する力が湧いてくるのですね。(p17)
 その「厄介なエゴ」の動きに処する「こころの技法」は,ただ一つです。(中略)心の中の「エゴ」の動きを,否定も肯定もせず,ただ静かに見つめる。それだけです。(p76)
 (本当の強さとは)「引き受け」ができるということです。「引き受け」とは,本来,他人に直接の責任があることでも,自分の責任として引き受け,それを自分の成長にむすびつけようとする心の姿勢のことです。(p83)
 まず最初に,自分の生々しい感情や思いを,決して抑圧せず,ありのままに,文章にして書くのです。 その上で,一度冷静になり,心を整えた静かな環境で,それを読み直すと,自然に,それを書いた自分とは違う「もう一人の自分」,すなわち「静かで賢明な自分」が現れてくるのです。そして,その「静かで賢明な自分」が,いま書いたばかりの文章を,冷静に,そして客観的に読み,その感情や思いを語った自分との「対話」を始めるのです。(p94)
 このとき,避けるべきは,表面的に飾った「綺麗ごと」を書くことです。例えば、心の中では,「彼とは,もう口も利きたくない!」という生々しい感情が渦巻いているにもかかわらず,「今後,彼との交流は控えたい」といった形で,表面的に飾った表現をしてしまうことです。それをすると,心の中で,無意識に「感情の抑圧」が起こってしまい,その感情と向き合うことができなくなります。(p99)
 「自己嫌悪」の極みにおいて生まれてくる,この意味での「自己肯定感」は,とても大切なのですね。(中略)「未熟さや欠点も含めて自分を愛する」ということができなければ,「未熟さや欠点も含めて他人を愛する」ことができないからです。(p108)
 その人が好きになれない理由を,次々と書き出してみることです。(中略)そうした書き出しをしていると,ときおり,ある真実に気がつくことがあります。(中略)その人が,自分に似ている・・・・・・。そのことに,気がつくときがあります。(p118)
 我々は,自分の中にある「嫌な面」を抑圧して外に出さないようにしていると,その抑圧した「嫌な面」を他人の中に見るとき,その人に対する嫌悪感が,増幅されてしまうのです。(p120)
 「人を好きになる」ということには即効的な技法は無いのですが,嫌いな人,苦手な人に対して,自分の感情をコントロールする技法は,あります。(中略)心の中で,ただ,「有り難うございます」と祈る技法です。 すなわち,好きになれない人に対して,心の中で,その人の顔や姿を思い浮かべ,ただ,「有り難うございます」と唱える。それだけの技法です。(p124)
 起こった「不運な出来事」を,「なぜ,この最悪のタイミングで・・・・・・」「なぜ,よりによって,自分が・・・・・・」といった後向きな姿勢で見つめるのではなく,前向きな姿勢で「正対」することです。(中略) 「正対」するとは,一つのことを,心に定めることです。人生で起こること,すべてに深い意味がある。そのことを,心に定めることです。(p140)
 我々人間は,誰もが,人間としての未熟さを抱え,エゴという厄介なものを背負い,怒り,嘆き,苦しみ,悲しみながら,思うままにならない人生を,そして,限りある人生を生きているのですね。誰もが,精一杯に生きている。それが,人間の真実の姿であり,それは自分だけでなく,相手もそうなのですね。 そのことを理解し,相手を見つめるということが,相手を「一人の人間」として見つめるということです。(p150)
 たとえ百年生きても,宇宙や地球の悠久の時の流れから見るならば,我々は,誰もが,「一瞬」と呼ぶべき短い人生を駆け抜けているのです。 そうであるならば,この地上での人間同士の出会いは,その「一瞬」と「一瞬」が巡り会う,「奇跡の一瞬」。 もし,我々が,そのことを理解するならば,人間の出会いを見つめるまなざしが,大きく変わるでしょう。(p150)
 我々が,「人間,いつ死ぬか,分からない」「誰にも,明日は,約束されていない」という「人生の真実」を直視するならば,そして,その「死生観」を定めるならば,我々の中の,何かが開花し始めます。(p189)
 かつてスウェーデンの海洋学者,オットー・ペテルソンが,九三歳で亡くなる直前,やはり海洋学者であった息子に残した言葉があります。 死に臨んだとき 私の最期の瞬間を支えてくれるものは この先になにがあるのかという 限りない好奇心だろう(p222)

0 件のコメント:

コメントを投稿