2015年9月11日金曜日

2015.09.07 PHP研究所編 『やなせたかし 明日をひらく言葉』

書名 やなせたかし 明日をひらく言葉
編者 PHP研究所
発行所 PHP文庫
発行年月日 2012.07.18
価格(税別) 571円

● こうしたアフォリズム,格言を集めた本は星の数ほどあって,そのうちの何冊かは(二桁になるかもしれないが)ぼくも読んでいる。
 で,そういうものはたいてい身にならない。そもそも読書は身になるのかという問題にまで拡散するかもしれないけれど,少なくとも格言集といったものは,読んでいる間は気持ちが高揚したり,なるほどと肯いたり,少々賢くなったような錯覚は味わえるものの,読んだらそれっきりになる。
 読む前と何も変わらない自分がいる。

● 読書はほぼすべてそうだと思う。長い間に,自分では自覚できない影響を受けて,何らかの変容を被っているのかもしれないけれども。

● たぶん,本書もそうなんだと思う。が,一人の著作から編んだものなので,何というのか血が通っているという印象を持った。

● 以下にいくつか転載。
 大変に遅まきながら六十歳を過ぎたあたりから,あまり欲がなくなった。「漫画は芸術である」なんてえらそうなことは言わなくなった。(p5)
 人生のサイダのよろこびは何か? それはつまるところ,人をよろこばせることだと思った。「人生はよろこばせごっこ」だと気づいたとき,とても気が楽になった。(p5)
 とかく,叙情詩は少女趣味だとか,甘ったるいなどと軽蔑されやすいけれど,そういう人に限って,自分の胸深くにある叙情性に気がつかないか,叙情性を照れくさがっているのではないだろうか。(p31)
 めぐり合った仕事を誠実にやる。たとえばアメをつくるなら,おいしいアメをつくることだけを考える。そうしていれば,道は自然に開けていくものだ。(p51)
 教訓的なことはあまり好きではない。話はできるだけおもしろいほうがいい。 だが,いくらおもしろくするためでも,「毒」は入れない。本や音楽は精神の栄養であり,体に流れる血になると思うからだ。(p63)
 「良質な作品では読者がつかない」と言う人がいるが,間違いだ。読者がつかない原因は,ただおもしろくないからである。(p63)
 幸福は本当はすぐそばにあって,気づいてくれるのを待っているものなのだ。(p71)
 病気がわかったのは一九八八年の秋だった。カミさんがやせ始め,顔色もおかしいと気になっていたのに,仕事に追われ,「すぐ病院に行ったほうがいい」と言っただけで,一緒に病院に行こうとしなかった。(p77)
 最後の入院となったある日,カミさんの体を拭いてあげた。「ああ,天国にいるみたい」とぼくを見て,かすかに笑ったカミさんの顔は今も脳裏から離れない。(p77)
 人生,何があっても,これで終わりなんてことはないのだ。(p79)
 人間にとって一番つらいのは飢えである。正義を示すもっとも端的な行為は,飢えた人間に一片の食べものをさし出すことにほかならない。(p103)
 悲しいときやつらいとき,涙がこぼれてきても,手のひらで拭くのでは,弱い心を追い出せない。しっかり手を握り,拳で涙を拭かなければダメだ。(p123)
 一世を風靡した作品は,絵のスタイルがユニークだとか,ストーリーにオリジナリティがあるとか,それぞれ独自の世界を持っていることに気づく。ヒットするとすぐに亜流が出てくるのだが,亜流では絶対に成功しない。(p145)
 「今日も笑顔で行こう!」と心に号令をかけながら,鏡に向かって笑いかける。これが,毎朝の習慣になっている。 笑顔を大事にしている人は,自然に笑顔になる筋肉が鍛えられていく。反対に,いつもしかめっ面をしていると,苦虫をかみつぶしたような表情しかできなくなってしまう。(p149)
 もし,沈んでいる人がいたら,笑顔を向けてみよう。少しでも慰めることができ,その人が笑顔を取り戻せたら,「ああ,人の役に立つことができた」と,こっちまでうれしくなる。それが,自分にとっても新しい生きる力になっていく。(p149)
 老境は人生の秘境なのだ。毎日,未知の世界への冒険旅行をしているようで,ますます生きるのがおもしろくなってくる。(p161)
 「老人は老人らしく」しなくてもいいのだ。人間は人それぞれなんだから,「らしく」というひとつの価値観でくくる必要なんかない。「いい年」だからこそ,やりたいことはどんどんやっていこう。(p161)
 人間,七転八倒していくのはしょうがない。だが,そのどれひとつとして無駄はない。失恋や離婚さえ役に立つのだ。 この年齢になると,そのことが実によくわかるのだ。(p177)

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