2015年8月31日月曜日

2015.08.28 松浦弥太郎 『軽くなる生き方』

書名 軽くなる生き方
著者 松浦弥太郎
発行所 サンマーク出版
発行年月日 2008.10.20
価格(税別) 1,300円

● 松浦さんは高校を中退して,単身,アメリカに渡った。彼の著作の多くは人生論,生き方論だけれども,アメリカでの見聞を綴ったと思われる,たとえば『場所はいつも旅先だった』などの輝きに最も惹かれる。彼の真骨頂はここにあるのではないか,と。
 本人は若書きだったと思っているのかもしれないけれども,青春のきらめきとでもいうものが固定されている。

● 青春のきらめきといっては黴がはえたような言葉になるけれど,多くの人が記憶の中できらめきと思っているものは,どこにでも転がっているようなありふれた出来事の断片に過ぎない。
 が,『場所はいつも旅先だった』で描写されているものは,たしかにきらめきを内蔵しているように思われる。
 本書の後半では,そのアメリカ時代のことが語られる。

● 以下に多すぎる転載。
 気持ちよく高いところまで歩いていきたいなら,身軽なほうがいい。そこに行かなければ見られない景色をとっぷり堪能したいなら,大荷物など邪魔なだけではないか。 もっといえば,死ぬときは手ぶらがいい。(p4)
 いるか・いならいか,微妙なものは,断固として潔く手放す。本当にたいせつなものだけを,厳選して持つ。そしてかわいがる。(p4)
 たとえ大切なモノであっても,必ずしももっている必要はない。頭の中や胸の中にしまっておけば,いつだって取り出せる(p18)
 本当の意味で「持ち味を生かすには,とてつもない努力がいる。 野菜なら,その野菜の持ち味はわかりやすい。(中略)古書となると,もう少しレベルが上がる。(中略)そして,人を生かすとなると,これはかなり難しい。(p21)
 全部わかったつもりで,すべて自分のセンスと判断で決めてきたつもりでいたが,それは実に子どもっぽい,大いなる勘違いだった。(p23)
 「ねえ,いつも高速の料金所で,いちいちあいさつしているの?」 一度,助手席にいた友だちに驚かれたことがある。(中略) 自分を守ってくれる「人生のお守り」だというのが,僕の考えだ。なぜなら基本的にあいさつとは,元気よくポジティブにするものだ。(中略)いいあいさつをするには,気持ちも体も健康でいなければならない。健康は一生懸命に生きていくために絶対に必要なことだから,あいさつは自分のコンディションを測るバロメーターになってくれるというわけだ。 あいさつはまた,人づきあいの武器にもなる。あいさつ一つで,知らない相手に対して,いい人になることもできる。笑顔できちんとあいさつできる人間になれば,対人関係は「怖いものなし」だ。(p39)
 百瀬(博教)さんの言葉は人を酔わせたが,百瀬さんの笑顔には,人をうっとりさせる力があった。うっとりさせる笑顔をもっていれば,単なる仕事仲間とも,朝,新聞を買うだけのスタンドの人とも,人間対人間の関係を築くことができる。(p43)
 おそらく失敗するアイデアでも,自分が考えたものはすべて自分で試してみて,自分自身でとことん失敗を味わいたい。(中略)この姿勢は,たとえ思いつきであっても,「アイデアに愛情をもつ」ということ。(p59)
 「ノー」と言われると,僕はうれしい。ピシャリと拒絶されると「今,ここから始まる」と思う。本当のコミュニケーションをとるには,最初に「ノー」があったほうがいい。(p67)
 「一対一」以外のコミュニケーションなんて,存在しないと思っている。おたがいがもつ価値観,根底にある思いを共有するには,一対一でなければ不可能だ。だから僕は,会議はほとんどしない。(p75)
 僕が編集長になった当初,『暮しの手帖』の編集部は,アルバイトを含めて一八人だったが,今は八人だ。(中略)人数は半分以下になったわけだが,雑誌の力自体が減ったわけではない。(p83)
 どうしても逆上がりができない人に,「いくら好きでも,いくら努力しても,できないことはできない」と言うと,なんと残酷な人だと誹られるかもしれない。 だが,できないとわかっていることについて「やってみろよ」と励まし続けるのは,もっとむごい仕打ちだと僕は思う。(p84)
 僕は編集長という立場にあるが,責任者ではあっても,自分が管理者だと思ったことは一度もない。 幸いにしてそんなことはないけれど,仮に「やるべきことを指示し,やってはいけないことを教えてください」などと発言する部下がいたら,すぐに辞めてほしい。「管理されないと仕事ができない人」とは一緒に仕事をしたくないし,できないだろう。(p93)
 実際は,自由に恰好よく闊歩などしていない。アメリカ時代,それは僕の暗黒時代だった。 わざわざ外国に行って,安ホテルの部屋にひきこもっていた。外に出ればなにかしら話さなければならないが,通じないのがわかっているから,話したくない。だったら外に出たくない。唯一,英語を話さずに時間がつぶせる場所が本屋だったから,今日はあの本屋,明日はあの本屋と,出勤するように通っていた。(p109)
 僕はずいぶん長い間,自由を探していた。迷いながら,歩いていた。いくら考えても,答えは見つからなかった、 そうして,ただ一つ手に入ったのは,「自由を探していても自由にはなれない」という真実。(p110)
 ぼんやり映画館の前に立っていたら,目の前にぬっと,一切れのピザが突き出されたことがある。 「おなかが空いているんだろう。これを食べなよ」 相手の顔を見ると,明らかにホームレスと思われるヨレヨレのおじさんだった。ついにホームレスからピザをもらうような人間になったんだと思うと,ショックだった。(p113)
 そんなある日,雑談をしているとき,本当に仲のよかった友だちに言われた。 「弥太郎,おまえの話がすべて嘘だってことくらい,まわりのみんなが知ってるよ」 このときの衝撃は忘れられない。(中略) 人の一生分ところか,二生分くらい嘘をついた自分を正当化するつもりはないけれど,この経験があったからこそ,僕は「正直・親切」の大切さが理解できた。(p116)
 単純労働で雇われているにせよ,関係のない使い走りを頼まれることもある。それも僕は骨惜しみせずにやった。 「缶コーヒーを買ってこい」と言われれば,大きな声で「はい!」と返事をして,走った。冷たい缶を渡すときも「どうぞ,買ってきました!」と一言添えて渡していた。すると「自分のぶんは買わなかったのか? これやるよ」と言う人が出てきた。それがとても嬉しかった僕は,ますます使い走りに磨きをかけた。(p121)
 「初々しさを忘れたらおしまいだ」と,僕は思っている。決して手放してはならないものは初々しさだと,自分にときどき念を押す。 きちんとあいさつする。きちんと返事をする。 初めての気持ちを思い出して,ていねいに取り組む。 小さかろうと大きかろうと,目の前のことを一生懸命にやる。 新しいことに出会えば喜び,がんばりたいという気持ちを素直に表す。 そうすれば,毎日の繰り返しで埃をかぶっていた初々しさが,もう一度輝き出す。そうすれば,しめたもの(p122)
 「まるで映画みたいに面白い話じゃない」 みんなが大笑いして楽しんでくれるのは,アメリカ暗黒時代の話だった。(中略) 僕はただ,地べたを這うような,みじめで無駄な時間を過ごしていると思っていたけれど,それらすべては知らないうちに,心の引き出しに詰め込まれていた。 しばらくの間,それは自分のみじめさとして封印されていたのだが,数年ののちに開いてみたら,いつのまにか宝物に変換されていた。(p124)
 四〇年という時間が共通であれば,誰だってたいした差はないというのが,僕が立てた仮説だ。人の資産は,苦労や努力の量で決まるのではない。ある程度の時間を過ごせば,誰だってなにかしら得ているはずだ。それに気づいていないだけだ。(p132)
 これからの人生で自分の資産を増やしたいなら,自分の強み,つまり長けていることを伸ばし,運用するほうがいいということ。逆に,弱みをフォーカスし,苦手なことを克服すべく努力しても,利益は生まれないのではないか。(p133)
 この本を書き始めた春,僕は軽いうつ病になった。(中略) 夜になると,日記のようなものを必死で書いた。読み返せるような整ったものではない。自分の気持ちをうまく吐き出せないから,苦しくておかしくなりそうになり,かわりに一生懸命,文字を吐き出す。(中略) 病院に行くと,うつ病の薬が処方される。僕は処方箋を眺めながら,「心の病気は,ケミカルな薬で治るものか?」と疑わしく思っていた。(中略) 心が病気になってしまったのは,誰かのふるまいが自分を傷つけたからだろうか? 「いや違う,自分に問題がある」と,もう一人の僕が,そう打ち消した。 それまで,常に意識を「外」に向けていた自分が,「内側」を見つめ始めた瞬間だった。(p141)
 そんなとき,相手を恨んだり,世の中を憂いたりしても解決しない。 「ちょっと待てよ,もしかして自分に問題があるんじゃないのかな?」 こう考えたときにだけトラブルは解決するし,前進できる。前に進めば,今いる場所とは違う景色が見える。トラブルは一歩進むきっかけ,人生におけるラッキーだ。(p142)

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