2015年8月31日月曜日

2015.08.26 石田ゆうすけ 『大事なことは自転車が教えてくれた』

書名 大事なことは自転車が教えてくれた
著者 石田ゆうすけ
発行所 小学館
発行年月日 2014.03.05
価格(税別) 1,400円

● 文庫になったら読もうなどとセコいことを考えていたんだけど,思い直して購入した。読んでみたらやっぱり面白い。

● この面白さはどこから来るのか。
 著者自身によると,著者は次のような人である。
 だが何にも増してイヤなのは,そういうことをいつまでも気にする,自分の拘泥っぷりだった。己の理想とする男からはかけ離れている。(p15)
 大学にはハナから行く気がなかった。そこでやりたいことがとくになかったからだ。それに子供のころから無駄にひねくれていた僕は,みんなと同じ流れに乗ることに,妙な抵抗感があった。(p18)
 僕は(日本一周の自転車旅から)復学して以来,何もできなくなった。燃え尽き症候群のようになって,内にこもり,ただ本ばかり読んでいた。(p20)
 一食一食,ちゃんとしたものを食べたい,という思いが,どうも僕は強いようだ。 高いものでなくてもいいのだ。店を背負っている料理人が,ちゃんと手をかけて作っていてくれれば。(p181)
 書くことが好きで,昔から戯れに小説などを書いてきたのだ。(p235)
 自転車で世界一周するほどの人だから体育会系かと思いきや,読むことや書くことに耽溺したことのある人なのだった。

● これまでに出してきた著書については,次のように語っている。
 これまでは一貫して,ひとつのコンセプトに沿って本を書いてきたから。すなわち,自転車にも旅にも,まったく関心がない人が読んでもおもしろいものを--と。(中略)おもはゆい話になるけれど,「人」および「生きる」というテーマに重点を置いてプロットを組み立て,それに沿って書いてきた。(p6)
 そこで今回は,そこからちょっと離れて,自転車や旅のトラブルについて書いてみたい,と。が,できあがった本書はやはり,「自転車にも旅にも,まったく関心がない人が読んでもおもしろいもの」になっていると思う。

● 自転車旅の醍醐味は奈辺にありや。
 己の細胞の一つひとつが活性化するようなみずみずしさ,風を感じ,海のにおいを嗅ぎ,ペダルを回して世界を動かしていくこの感覚。これだ。思いっきりこれに向かっていいのだ。(p21)
 そもそも自転車という手段自体が,解放のためのものかもしれないなと思う。時刻表からの解放に,エンジン音からの解放。自分の足という最もシンプルな動力だけで,どこにでも思うがままに行ける,というしなやかな自由。(中略) 逆に宿を予約してしまうと,ツーリングの質そのものが変わってしまう。その町に行くのが,かすかにではあっても義務になる。メーターを見ては,あと何キロ,と計算している自分がいる。(p175)
● 旅について石田さんが考えるところのものを転載。
 僕自身がノウハウ本を読んだり,人の情報をせっせと集めて旅したりすることに「なんだかなあ」と思ってるふしがある。情報は旅を手堅く,効率的にするかもしれない。でも旅には“余白”がないと,なんだか味気ないものになってしまう気がする。(p6)
 旅は,楽すぎるのだ。社会に属さないから,責任を負うことがない。人間関係にも悩まなくていい。具合の悪いことが起こったら,次の町に行けばいいのだ。(p22)
 その結果として,もしかしたら何かが変わったり,何かを見つけたりするかもしれない。でもそれらは最初から求めるものじゃない。期待すればするほど,旅によりかかればよりかかるほど,旅はスルスルと逃げていく・・・・・・(p22)
 旅は,勘に頼れば頼るほど,より自由に広がっていく。逆に,設定したルートに沿って律儀に走ったところは,“ただ走っただけ”という印象になり,何も記憶に残らなかったりする。(p60)
 僕は旅では予定を作らない。力を抜いて,気ままに走り,日が暮れたところで泊まる。このスタイルを徹底すれば,自転車旅行というのはさほどハードなものではなくなってくる。(p76)
 旅行者をカモにしている連中が手ぐすね引いて待っているわけだが,でもだからといって身構えてばかりいては旅は楽しめない。むしろ,人に対しては疑心暗鬼にならないように,と僕はつねに自分に言い聞かせていた。人に用心するより,人を信用するほうが,旅は絶対おもしろくなる,と思えるからだ。(p117)
 「いったい誰を信用すればいいんだ!」と叫びたくなるが,日本式にまじめに受け取るからそうなるのであって,インド式に,ジョークだと捉えるとたいして気にならなくなる。このころは旅も6年目に入って,現地とのシンクロ率はますます高まっており,彼らの“ジョーク”に,ときに感心し,ときに笑っていた。(p125)
 アフリカで会ったルーマニア人チャリダーも,体調が悪くなると,休むのではなく,むしろ走るようにしていると言っていた。僕も同様だった。(p130)
 僕は英語が得意というわけでは全然なかったが,出発の2年くらい前からラジオ英会話を聴いていたので,話せる気になっていた。ところが現地に行ってみると,まったく話にならなかった。(中略) だが,もともとおしゃべり好きなこともあって,めちゃくちゃなことを言っているな,と思いながらも英語をどんどんしゃべった。(p168)
 「笑顔とジェスチャーですべてなんとかなるさ」と,現地の言葉を覚えようとしない旅人はわりといる。たしかになんとかなってしまう。でも単純に,ヘタでもめちゃくちゃでも,現地の言葉で会話したほうがおもしろいし,また,その国にお邪魔させてもらっているのだから,現地のやり方に従うほうが何かといい。こちらのルールは捨てて,その土地のものを吸収させてもらう。(中略) 旅行中,僕が「うおお~,旅っておもしれえ!」と興奮したのは,食堂や酒場で,現地の人たちと現地の言葉で語り合い,みんなでゲラゲラ笑っているときだった。(p169)
 たとえ実際の味は「bad」でも,ここで言うべき言葉は「good」だ。これだけは間違いない。(中略)この「good」という言葉を知っているか否かは,つまり,あなたが地元の人々の興味に応えられるかどうか,ということだ。大げさではなく,そのひと言が出るかどうかで旅が変わる。(p172)
 実際のところ,「しゃべれるか?」の問いには迷わず「No!」と答える会話レベルだが,Noは人を拒絶する言葉だ。言ったとたん,あなたと村人とのあいだに再び結界が張られてしまう。だから「a little」でいい。「No」ならそこでやりとりは終わりだが,「少し」なら会話はとまらず回転し続ける。(p173)
 プライバシーの確保を優先するならビジネスホテルのほうがいいだろうが,僕はその逆で,出会いを求め,人と関わることを楽しんでいるのだから,これまた旅館のほうが都合がいいのだ。実際,古い駅前旅館の女将さんは個性的な人が多く,話しているとおもしろい。旅情を求めるなら,断然この手の駅前旅館だ。(p176)
 世界一周のときはとくに,食べものこそ,その土地の水,土,空気,風土,歴史が結集した,文化そのものという気がした。その文化を体に取り入れることで,その世界に同化していく自分を感じた。(p182)
 90年代に爆発的に増えたライダーハウスも,いまは閉鎖が相次いでいる。原因は施設の老朽化や管理人の高齢化などだが,看過できないのは旅人の減少だ。どのオーナーに聞いても,客数は90年代の10分の1ぐらいになったという。(p195)
 べつに旅じゃなくてもいい。なんでもいいのだ。ただ,誰もがそれぞれ何か「火種」は持っているんじゃないか。だったら,その火が強くなるような風を送り込みたい。なんでも懸命にやれば,その時間は必ず,とっておきのものになる。(p214)
 僕が旅で得たものがあるとすれば,やはり経験である。旅はしょせん,各地の上っ面をなぞるだけのものだが,それでも経験を通して,いろんな立ち位置に立てるようになった気がするのだ。(p230)
 完全にハメを外せず,自由になりきれない自分がいる。放縦放埒を気取っても,無頼に生きる勇気はない。デカダンにもなれない。そんな僕と比べて,あの茶髪や顎ヒゲや,そのほかこれまで会ってきた,日本を捨てた人たちの,自由奔放な生きざま・・・・・・。 でも・・・・・・。(中略)だからといって,彼らの生き方にも惹かれないのだ。(中略)なぜ彼らは,輝いて見えないのだろう・・・・・・?(p233)
● 分野を問わず,面白い作品を残す人は,陽性で感激屋で感情豊かな人だろうと思っている。たとえば,涙もろいとか。斜に構えたような冷静さは有害だ。
 上に転載したところにも,「おしゃべり好き」「めちゃくちゃなことを言っているな,と思いながらも英語をどんどんしゃべった」「出会いを求め,人と関わることを楽しんでいる」「現地の人たちと現地の言葉で語り合い,みんなでゲラゲラ笑っている」といったあたりが,石田作品の面白さを生んでいるのだろうと思う。

● こういうのは持って生まれた性格だろうか。ぼくはビジネスホテルが気楽だと思ってしまうほうであり,喋ることじたいが億劫だと思うことが多々あるタイプなのだ。人間嫌いといっていいかもしれない。あるいは,人が怖いと思っている。
 営業なんて仕事は絶対にできないと思う。初めて韓国に行ったときは,腹が減って仕方がないのに,食堂の扉をなかなか開けることができなかった。
 ここを直す方法はあるんだろうか。人と柔やかに談笑し,自ら進んでそういう場に飛び込めるようになるには,何をしたらいいんだろう。

● ひとつ思いあたるのは,損をしたくないっていう思いが強いことだ。得を取りたいと思っているわけではないんだけど,損はイヤだ。
 で,何が得で何が損かという目先の区分けをしてしまっている。それが意外に自分の世界を狭くしているようにも思われる。
 人付き合いに時間を費やすのは,時間のムダ(時間の損)だと思ってしまっているのだ。

● ここから石田さんの岸に渡るのは,どうやっても無理のようであり,ほんのちょっとしたキッカケがあれば渡れそうでもあり。

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