2015年8月27日木曜日

2015.08.21 天外伺朗 『「悩み」 溶かすか,戦うか!?』

書名 「悩み」 溶かすか,戦うか!?
著者 天外伺朗
発行所 KKロングセラーズ
発行年月日 2010.02.01
価格(税別) 905円

● 1年前に八重洲ブックセンター宇都宮店のアウトレットコーナー(今はなくなっている)にあったのを購入。
 読むのは今になってしまった。

● 本書のキーワードは「意識レベル」と「セパレーション感覚」か。
 もともと自分は宇宙は一体なのだけれども,自分は他から切り離された存在だと思っている。そこから諸々の悩みが生じてくる。意識レベルに応じて,自分を取り巻く環境は変わっていくとしても,悩みが消え去ることはない。だから,それを丸ごと引き受けるしかないのだ。

● いくつか転載。
 プラス思考を単純に崇拝することは,百害あって一利なしです。 悲観的になっている自分に気づいたら,無理やりプラス思考をしようとするのはやめた方がいいでしょう。大切なのは,「いま自分はマイナス思考をしているな」ということに気づいて,自分をあたたかく見守ってあげることなのです。 マイナス思考は,理性ではコントロールできません。そして,そんな自分でも受け入れるいうことが必要なのです。(p37)
 アメリカンドリームの結末がメンタルクリニックに大金をつぎ込んで終わるように,日本の大企業の役員も,決して幸せとはいいきれません。私は四十六歳でソニーの取締役になって以来,過去の自慢話と現執行陣の悪口にうつつを抜かす退役した役員をずいぶん見てきました。彼らの精神的な飢餓感を考えると,いま愚痴をこぼしながら働いているふつうの会社員の方が,はるかに幸せだと思います。(p119)
 そういわれると,ぼくらペーペーは救われるというか,あぁそうなのかと安心するね。実際,そうなんだと思うんですよ。ぼくに大企業の役員をやっている知り合いはいないけどさ。
 私たちの多くは「個」の確立さえおぼつかない状態ですが,「個」を確立してこそ「個」と「宇宙」が一体であるという境地に達することができるのです。「個」が未熟なうちは,そもそも宇宙と一体になるべきものをもちませんから,本当の意味で一体感を味わえるわけがありません。(p138)
 ひとつの情感を抑えると,他のすべての情感も抑えられてしまうということです。つまり,日常的に怒りを抑えていると,喜びや楽しさといったポジティブな感情も抑えられてしまうことになるのです。 いま成功している人たちは,みなそのメカニズムにはまっていて,基本的な心の底からの生命の喜びが感じられない体になっています。(p173)
 これは痛感するところ。少なくとも,まともにサラリーマンを務めている男性の多くは,そうなっているんじゃなかろうか。特定の感情を抑制することは,自らの生命力をも抑制することになる。
 しかも,それが低年齢化しているのじゃないかとも思われる。子どもが子どもでいることを許さない社会風潮がこの国にはあるように思える。
 成熟した自我に達しても悩みから解放されるということはありません。単に悩みの性質が変化するだけです。(中略)成熟した自我は,心が自由になった分,社会の枠におさまらなくなっています。かといって,社会の束縛から逃れることはできないため,そこに様々な葛藤が生じます。 会社の価値観のままに生きることに疑問を感じ,自らの価値観に忠実に生きようとするのですが,そうすると出世街道から外れてしまい,それを悔やむ,といったたぐいのアンビバレントな悩みが典型です。(p177)
 あ,オレ,ここに該当するわ,と思う人は多いのじゃないか。そうか,オレ,成熟した自我に達しているのか,って。少し考えてみるといいね。たぶん,違うと思うよ。
 ひとつ御理解いただきたいことは,成熟した自我が,決して究極の意識レベルではなく,それよりはるか手前の中間点にしか過ぎないこと。したがって,そこに達しても,まだまだ悩みは尽きないこと。 一生かかっても,成熟した自我まで到達できる人はきわめて僅かなので,いつかは悩みのない状態に到ることができる,と考えるのはまったくの幻想であること,などです。 むしろ,そういう幻想を夢見ることが,現実からの逃避になってしまい,意識の成長,進化を遅らせています。(p179)
 私は,来るべき社会でそういった新しいリーダーシップを発揮していくような人は,いまの社会のドロップアウト組の中にいるのではないかと思うのです。 定職に就かない若者や引きこもりの若者の中には,人類の進化を先取りして,戦う社会にうんざりし,新しい生き方を模索している人がたくさんいるはずです。(p183)
 生活のために,がむしゃらに戦っている人生も,それなりに価値ある人生です。しかし,本当に豊かで幸せな人生を望むなら,成功することだけを目標にするのではなく,その先の林住期を視野に入れておくべきなのです。逆に林住期を中心に考えるなら,その前に成功していようが,貧乏だろうが同じであり,社会的な成功が何の意味を持たないことになります。(p187)
 古代インドでは人生を4つの時期に区切って考えた。学生期,家住期,林住期,遊行期。そのこと自体は若い頃に聞いたことがある。が,現代では維持できない考え方だなと思っていた。が,山の中に庵を結ぶかどうかは別にして,この区分にはかなり惹かれる。最後はその庵をも捨てて,遊行のうちに死んでいく。
 一般には,仕事を進めるには努力したり頭で計算したりすることが大切だと考えられているので,「わくわくする」などという,つかみどころのない状況のときほど仕事がはかどるというのは,意外な感じがするかもしれません。 けれど,それは当然といえば当然のことです。 わくわくしながら仕事をしているとき,私たちは競争相手や利益計算に頭を悩ませることはありませんし,自分と他人,売り手と買い手という区別が心に浮かぶこともありません。つまり,それだけセパレーション感覚が少ない状況なのです。(p210)
 ワクワクすることをしなさいというのは,成功哲学なんかでも言われているんですかね。けっこう,しばしば聞くことだ。
 が,なぜワクワクするといいのか。そりゃいいに決まってるわけだけども,こういう説明をされるとなるほどと納得できる。
 自分と他人を比べ,競争していくというのは,セパレーション感覚を増大させる方向に働きます。本来,私たちは宇宙と一体でありすべてがひとつであるというのに,「自分は違うんだ」と,あえてエゴを肥大する方向に教育されてきたのです。 しかも,「少年よ,大志を抱け」とばかりに,人生の目標をもってそれを達成することを奨励する風潮は,目的意識も強化することになります。 そして皮肉にも,目的意識をもつことで私たちの視野は狭まり,見えない流れをつかむことが苦手になってしまったのです。(p222)
 「運命を変えられるか」という疑問は,本質的に「いあまの自分に予想される未来よりも,もっといい未来を引き寄せたい」という願望の現れでもあるのです。 ここに,「運命を変える」という発想に潜む落とし穴があります。つまり,「運命を変えよう」と思ったとたん,私たちはいまの現実と自分を否定することになります。 それは,自分は宇宙から切り離されているという,強烈なセパレーション感覚の現れでもあります。そのため,そういう発想をしていると,かえって運を逃してしまいかねないのです。(p225)

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