2015年7月11日土曜日

2015.07.06 永江 朗 『書いて稼ぐ技術』

書名 書いて稼ぐ技術
著者 永江 朗
発行所 平凡社新書
発行年月日 2009.11.13
価格(税別) 740円

● 研究室で学術論文をまとめるのと,野にあって雑誌原稿を書くのとで,方法論に違いがあるのかどうか,ぼくにはわからない。
 象牙の塔という言葉はすでに死語になっているのだろうし,学術論文といっても,昔と今とではその内実はだいぶ変わっているのかもしれないし。

● 学術面での手引書には,もはや古典となった梅棹忠夫『知的生産の技術』がある。この本が刊行された頃は,当然,パソコンもインターネットもなかったけれども,そんなことはさしたる問題ではないように思う。
 基本的には,そのほとんどが現在でもそのまま通用するのではないか。

● さらに,『知的生産の技術』の著者は学術面の大家だけれども,ここに説かれていることは学術にしか使えないというものではない。
 だからこそ,ずっと読まれ続けているのだろうしね。

● その後,この分野の書籍がどんどん出ている。本書もその系譜につらなるものだと思うが,「知的生産」の範囲を超えて,人生をクリエイティブに生きるにはどういうことに気をつけたらよいか,といった内容になっている。
 という意味では,本書は人生論だと思う。

● 以下に,多すぎる転載。
 ひところ「やりたいことをやりなさい」とよくいわれました。あれはウソです。ウソはいいすぎにしても,本当にやりたいことをやれる人間なんてめったにいません。そもそも,やりたいことがわからない。(p27)
 大切なのは,「やりたいこと」より「やれること」,「できること」です。いまできることをやればいい。手持ちの札だkで勝負する。いちばん堅実で間違えないやりかたです。やれることをやりながら,少しずつやれることを増やしていけばいい。(p29)
 それまでまったく関心のなかったテーマでも,編集者から依頼(というかその前の段階の相談を)されると,関心がむくむくとわいてくるのです。新書をパラパラめくったり,図書館で関連書を眺めていると,おもしろそうに思えてくる。ものごとはたいてい,調べれば調べるほどおもしろくなります。「やりたいこと」でなくても,おもしろいことはたくさんあります。(p33)
 なかなか内定を取れない就活中の学生から相談を受けたことがありますが,彼らは「オレ/ワタシはこんなに優秀なのに,なんで不合格なんだ」と思っている。でも,採用試験は優秀な学生を決めるものではなく,部下にしたい・同僚にしたい人を決めるものですからね。(p46)
 私の経験では,ライターがラクしようと思っているような企画だと,編集者はがっかりしますね。書評を書きたいとか,映画評を書きたいとか。「なーんだ,汗はかきたくないのか」と思うことでしょう。(p53)
 企画というのは,あれこれ寄ってたかって揉んでいくのがおもしろいのであって,パワポ出力なんて,ただのプレゼン上手なやつ,としか印象に残りません。つきあってても,隙のない人はつまらないでしょう。(p55)
 あと,企画書はおもしろくないと。世の中,正しい,正しくない,は関係ありません。おもしろかつまらないかです。正しくてもつまらないものは,意味がありません。くだらないけどおもしろい,というのが最高です。(p55)
 専門分野とまではいわないけれども,得意分野をつくっておくことです。その分野の仕事を重点的にするうちに,ある時点からは意識しなくても自然と情報が集まってくるようになり,人脈なども広がっていきます。(p66)
 ただし,得意分野ができても,それ専門にはならないほうがいいと私は考えています。専門家,そのジャンルの評論家になってしまうと,今度はそれ以外の仕事が来なくなってしまうからです。(p71)
 忘れてしまうのは,それが重要なことでないからだ,という人もいます。(中略)しかし,本当に私たちはどうでもいいことだけを忘れているのか,重要なことは忘れないのか,とあらためて考えると自信がありません。(p81)
 ここしばらく私が使っているのはロディアのブロックメモ11番と革のケースです。(中略)このメモ帳さえ取り出しやすいところ,ジャケットの内ポケットであるとかジーンズの尻ポケットであるとかに入れておけば,いつでもどこでも忘れずにメモすることができます。 革ケースのポケットに入れたメモは,たまったら空き缶に入れておきます。企画を考えるときは,このメモを机の上に並べます。並べ方をあれこれ考えるうちに,企画が生まれてきます。(p85)
 いつもメモ用紙を手放さず,何か思いついたらすぐに書くようにするのもトレーニングのひとつです。この場合,「書く」という行為が大事です。ただ頭の中で考えているだけではアイデアにならない。(中略)字にしてみることで,さらにそこからアイデアが広がっていくこともあります。「書く」ことは同時に読むことであり,「考える」ことだからです。(p87)
 話をするとき,小声でモゴモゴいってたんじゃだめです。聞き取りにくいですから。小声でモゴモゴいうということは,相手のことを考えていないということです。相手に聞いてもらおうという気持ちがなく,自分のいいたいことだけいえばいいと思っているから,小声でモゴモゴになってしまうわけです。(p99)
 同じテーマの似たような本を何冊も買うのはもったいない気がするけれども,こうした素人だったらやらないようなバカなことをするのがプロというものです。(p111)
 読んだ本はできるだけ手元に置き,読んでない本を処分する,というのが原則です。読んだ本はまた使う可能性があります。(中略) 本棚を眺めて,十年以上開いたことのない本は,もう処分してしまってもいいでしょう。(中略)読まない本に埋もれて,読むべき本が見つからないのはばかげています。(p116)
 私たちは隙あらば自分をアピールしようという浅ましい本能があります。取材のために下調べをたっぷりした,それを認めてもらいたい。(中略)こういう自己顕示欲ともいえそうな気持ちが取材をしているときに頭をもたげます。その結果,相手にイエスかノーの二者択一を迫るような質問になってしまう。 しかし,「イエス」「ノー」で答えられる質問ほどつまらないものはありません。意外性もなにもない。(p118)
 フリーライターにとって「あたりまえ」や「当然」は禁句です。「あたりまえ」「当然」「自然なこと」といった瞬間,思考停止に陥ってしまいます。(p122)
 誰もが知っているところを探訪しても,商品価値は低い。商品価値とは情報としての希少性です。珍しいものに価値がある。ありふれたものには価値がない。(p127)
 珍しい場所とはどこか。それを探すには「いま,人が行きたくないところはどこか」を考えればいいでしょう。(p128)
 フリーライターの仕事は読者に代わって何かをする,いわば代行業みたいなものです。(p131)
 ルポルタージュの書き手は幸福になってはいけません。少なくとも読者よりは。私たちは他人の不幸が大好きです。(p132)
 ルポルタージュに名文は必要ありません。事実が正確に書かれていればいい。ライターの主観も個性もいりません。そんなのは邪魔なだけです。読者はライターのことが知りたいのではなく,ライターが体験したことを知りたいだけなのですから。(p133)
 二〇〇九年の夏,私は簡単な実験をしてみました。iPod Touchで森鴎外を読んでみる,という実験です。(中略)青空文庫で無料公開されている『渋江抽斎』をダウンロードしてiPodで読みました。違和感があったのは最初だけです。(p212)
 出版産業の将来について私は楽観的に考えています。というのも,人は「知りたい」動物だからです。「知りたい」に応える仕事は常にあります。(p215)

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