2015年6月29日月曜日

2015.06.27 長谷川慶太郎 『中国大減速の末路』

書名 中国大減速の末路
著者 長谷川慶太郎
発行所 東洋経済新報社
発行年月日 2015.07.02
価格(税別) 1,500円

● あった,買った,読んだ。一気通貫で読了。

● 中国の現状については,これまでも何冊もの著書で,その末期的な症状を訴えてきた。
 これまで中国経済は,大規模な都市開発や高速道路,高速鉄道建設といった膨大なインフラ整備による投資主導での経済成長を果たしてきた。いわば,国家主導の「国土開発バブル」で高度成長を実現させてきた。 しかし,いまや,この「国土開発バブル」による成長モデルが完全に崩壊してしまったのだ。(p21)
 「窮余の一策」として出てきたのが,アジア・インフラ投資銀行なのだ。国内で行き詰まってしまった従来のモデルを,そのまま他国に持ち込み,国内で過剰となった自国企業の延命を図ろうという狙いなのである。このような自分勝手な理屈が,はたして国際社会で通用するのか。結果は言うまでもあるまい。(p54)
● 公害もよくよくの状態になっている。それを防げるかどうか。もう手遅れなのではないか。しかも,公害対策を徹底すれば,経済はさらに減速する。
 日本でよく報道される人権問題や民族問題などは,特定の階層や集団だけが,反政府で団結するにすぎないが,公害問題では,普段,デモなどには参加しない女性や家庭の主婦までもが「版政府」で団結してしまう。(p46)
 かつて,日本も深刻な公害に悩まされたが,日本は国を挙げてこの問題に取り組んだ結果,いまでは深刻な環境汚染は見られなくなった。これは自由で民主主義的規制,すなわち自由な告発,批判があり,マスコミの監視,公平な司法があったからこそ実現できたのである。(中略) 企業は基本的には,公害対策などの費用がかかることはやりたがらない。(中略)放っておけば排煙は出しっぱなし,汚水は垂れ流しっぱなしとなる。これはかつての日本でも同様であった。(p47)
● 習近平が元幹部の大物を汚職の疑いで投獄している。個人独裁を目指しているのではないかと,長谷川さんは見ている。ソ連のスターリンを引き合いにだして論じる。
 習近平が個人独裁を狙うということは,具体的には何を意味するのか。著者には,旧ソ連で絶大な権力を保持し,次々と政敵を粛清していったスターリンを目指しているように思えてならない。(p69)
 ドイツの場合,最小限度の犠牲で最大の戦果を挙げることが指揮官の任務であり,その方針を徹底的に教え込むかたちで士官の養成を行った。最後まで懸命に闘ったうえで命を落としそうな場合には,手を上げるというのが西側の常識である。 ところがソ連はそれを認めなかった。ソ連軍では大戦中,五〇〇万人が捕虜となったが,戦後,ソ連に帰ったその全員は,強制収容所へ送られた。(p76)
 粛清は粛清を呼ぶ。これが歴史の教訓である。 粛清を行った指導者が,何より恐れるのは自身への報復である。疑心暗鬼に陥り,些細なことでも自分に対する反逆なのではないかと疑ってしまう。自分以外の誰もが信用できなくなってしまうのだ。 習近平にもその兆候は見え始めている。習近平は突如,国家主席の護衛責任者である曹清・中国共産党中央護衛局長(人民解放軍中将)を解任し,その後任に自身の派閥に近い王少軍・副局長(人民解放軍小将)をあてる異例の人事を行った。(p81)
● 共産党幹部の汚職,資産の海外逃避は,習近平自身も例外ではない。
 これら共産党幹部によるやりたい放題の悪行が許されたのは,経済の高成長によって,国民に「豊かさ」を与えることができていたからである。国民は共産党政権のもとで,自分たちの日々の生活が豊かになっているからこそ,多少の不正には目をつむってきたのである。したがって,経済が行き詰まり,「豊かさ」を享受できなくなれば,民衆の怒りによって政権はどう転ぶかわからない。(p91)
● 東側が倒れるに至った,大きな環境変化があった。IT革命だ。共産主義の基礎は情報統制だからである。
 東西の技術格差が急速に広がり始めたのは一九八〇年代である。これは世界中でIT革命が進展した時代でもあったが,東側は技術の導入ができなかった。ITを導入すれば情報統制が崩壊し政権の維持が難しくなるため,共産党の一党独裁体制が消滅してしまうからである。 ITどころか,当時世界で普及していたコピー機でさえ,東側では自由に設置・使用することができず,厳重な監視下に置かれていた。情報の拡散を極度に恐れていたのである。(p104)
● 今後,中国が自前の改革でこの危機を脱することができるか。できないというのが著者の見方。これもソ連を例を引いて,諄々と説いていく。
 ソ連における共産党の自発的改革は,長年の計画経済の硬直性に慣れた国民には通じなかった。党の指導層にも経済ないしは市場経済への認識不足があった。自由競争という経済の本質への理解は進まず,国内で産業を振興しようとしても,市場経済とは何かがわかっている人間がいなかった。技術,知識はあっても,システムとして機能させることができない。その結果,現在に至るまで惨めな経済状態に置かれている。(p105)
 中国の場合には,自由経済がある程度機能しているので,ロシアの場合と違って,企業の人材が育っているように見えるかもしれないが,実はほとんどの経営者が,自由経済のルールをまるっきりわかっていない。 その端的な例が,企業が潰れても,平気で金を持ち逃げしてしまう経営者が続出していることに表れている。(p111)
 中国が今後,適切な経済システムをつくる上げることは,自発的にはあり得ない。崩壊して生まれ変わるしかないのである。(p112)
● では,そういう中国に対して,日本側はどう対応していけばいいのか。
 中国はまだ国際社会の一員であるという自覚が乏しい。一番重要なことは国際公約を守ることである。国際法を尊重することである。ところが,中国はこれを平気で破る。中国外務省の言い分は,一九九七年と今とでは違うというのである。九七年に決めたことは今とは関係がないと言うのである。国際的には通るわけがないが,このような利己的な主張を通すことは,昔からの中国の特性である。(p124)
 日本がとるべき選択は,安易に妥協しないということだ。日本人は手を差し伸べられると弱い。友好という言葉に弱い国民である。しかし,相手は戦略的に,「窮余の一策」として手を差し出してきているのである。 仮に,首尾よく現状を脱することができれば,すぐさま手のひらを返してくることは目に見えている。(p108)
● その他,いくつか転載。
 パナソニックはみなが知る世界企業である。日本の中小企業に対するようないじわるなことをしたら,どんな騒ぎになるか,十分に理解している。当局は「強きに弱く,弱きに強い」のだ。(p56)
 サムスンはスマホの後が何もない。スマホは中国の安売り機種にやられているが,そうなるのは決まっているのだ。スマホとはパーツさえ買って組み立てれば,誰でも簡単につくれてしまうからである。そこに高度な技術力は必要としない。(中略) 逆に日本は部品で儲かっている。(中略)中国とビジネスモデルがぶつかる家電産業は苦境に立たされることになったが,中国にはできない技術がある会社は存在感を増しているのである。(p151)
 韓国は東芝のスマホ用の技術を盗もうとして,最近もトラブルになった。盗むとしてもバックグランドまでは盗めないので,一回だけである。最初はそれで成功しても,更新されるとまた盗まなくてはならない。そのようなことは何度もできない。(p152)
 市場経済であるかぎり,地域によって景気に差異が生じることは避けられない。また,所属する企業や業種によって業績の差が生じることも避けられない。かつての高度成長期のように,誰もがみな給料が上がっていくよう時代を望むのは,もはや現実的ではない。 問題はフリクション(摩擦)をできるだけ緩和するように,政治が努力できるかである。先進国を中心に広がる格差問題を引き起こす最大の要因は,経済のグローバリゼーションにある。しかし,「平和の時代」において,グローバリゼーションを抜きにした経済システムはもはや成り立たない。その流れに逆らえば,多くの場合,企業経営は行き詰まることになるだろう。(p191)
 農業技術については,海外のほうが進んでいると思われがちだが,これは事実ではない。日本は農業分野においても世界のトップクラスの技術を有しているのである。 今後,日本の農業でもっとも期待されているのがLED技術を活かした農業である。具体的にはLEDライトを太陽光代わりとして,穀物を量産できる可能性である。(p199)

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