2015年6月24日水曜日

2015.06.23 今 陽子 『60歳からのフェイスブック』

書名 60歳からのフェイスブック
著者 今 陽子
発行所 マイナビ新書
発行年月日 2012.08.31
価格(税別) 830円

● この本で説かれているのは,Facebookは楽しいよということよりも,プライドを捨てて自分を解放すると楽になりますよ,ということ。
 プライドというのは人生の自信ですから,簡単に捨てられるものではありません。でも,実はそこが捨てられるようになったら,人生がものすごく楽になるんです。(p83)
 私も,初めて地元の学校の同窓会に出席したときは,「私は芸能人で,こんな普通のおばさんたちといっしょに食事をしたりお酒を飲んだりしたくない」という,今思えばまったくつまらなくてくだらないプライドを持っていました。でも,そういうのが少しでも見えてしまうと,もうだめなんですね。誰も近寄ってきてくれない。(p84)
 私は,今はもう,屋台でコップ酒なんて全然平気です。むしろ,そういうほうが楽しかったりします。でも,20代のころはそんなことできませんでした。「私のようなスターがそんな下世話なところで」というプライドがあったのです。 でも,それは言い換えれば,自分を解放できていなかったからなのです。私の場合は,「ピンキーとキラーズ」「恋の季節」から,私自身を解放するのに長い時間がかかりました。(p190)
 こういうところは,海外の方に学ぶべきだと思います。(中略)普通の人も,リュックをしょって電車やバスで安上がりの旅行を楽しまれています。すばらしいのは,貧乏旅行だからってみじめったらしくしていないこと。(p191)
 仕事でがんばってこられた方,家を守るのにがんばってこられた方が,いつまでもそこにとらわれて,自分を解放できないでいたら,あまりにも哀しいと思います。長い間がんばってこられたんだから,もういいじゃないですか? 自分を解放してあげましょう。ほんのちょっと考え方を変えればいいだけなんです。「おれなんて,ただのおじさんだ」「あたしなんて,ただのおばさんだ」と,そう言えればいいだけなんです。(p192)
● スマホについて次のように。
 スマホはアレもできる,これもできる。だから,なんでもスマホでやろうとするのではなく,自分がテレビのほうが楽しめるのならテレビで見る,使いやすいのであればラジオを使う。そういう使い分けをするのが大人の使い方だと思います。(p168)
 そのとおりだと思う。なんでもスマホでやろうとするのは,スマホを使っているのではなく,スマホに使われていると言っていいだろう。
 ところが。ぼくはスマホでできることは多少の我慢をしてでもスマホでやりたいと考えてしまうタイプ。幼児性を残しているのだと思う。
 スマホを使い倒しているという快感が味わえる。それとサイバー感。昔,こんな器械があればなぁと夢みていた以上のガジェットだもの。これ1台ですませたいなと考えてしまう。

● ブログには関心がないようだ。
 ずいぶん前から「ブログを書きませんか」というお誘いもいただいていましたが,気乗りしなかったのです。ブログはどうしても一方通行になってしまって,こちらが話をするだけ。読者との交流がないわけではありませんが,やっぱりフェイスブックのほうがハートとハートのお付き合いがしやすい。(p186)
 じつは,ぼくは,まさにその理由でブログしかやっていない。個対個のコミュニケーション,ハートとハートのお付き合いというのを避けたいと考えているようだ。ようだって自分のことなんだけどね。避けてるわけですよ。たまにもらうコメントに対しても,きちんと答えようと思えないことがあるくらいだ。
 当然,リアルでも同じ。ここが自分の最大の短所であり弱点だと思っているんだけどねぇ。

● ともあれ,ブログは書きっぱなしですむからいいけれど,SNSはコミュニケーションをしなければいけない。そういうの,面倒だなと思ってしまう。
 自分で言うのもなんですが,私にはハートがあるから,これだけたくさんの友人ができるのだと思っています。(中略) 友だちを作るというのは,社交的だとか明るい性格だとか,そういうことではなく,ハートでぶつかっていけるかどうかの人間性だと思うんです。(p120)
 本当にそうだなと思うんだけどね。

● もう一点。中川淳一郎さんの『ウェブはバカと暇人のもの』を読んで,妙に納得するところがあったのも影響している。
 これはFacebookに限らず,ネット掲示板とかも含めての話なんだけど。Facebookだったら友だち申請を承認しないこともできるわけだから,話はぜんぜん違ってくるのかもしれない。
 でもなぁ。ここを免れるのは難しいんじゃないかなぁと思っていてね。自分のバカを棚にあげて言ってるわけだけどね。

● Facebookの楽しさと注意点についても,もちろん言及されている。
 私の歌なんかで,つらい思いを一瞬でも忘れてくれたら,シンガーとしてこれ以上うれしいことはありませんし,なにより私自身がそのコメントで「シンガーをやっていてよかった」と勇気をもらっているのです。(p92)
 このコメントにはほんとうに励まされました。これからもほんとうにがんばっていかなければと思ったのです。ただ歌を歌ってそれを聴いてもらうということだけじゃなくて,そうやって私のことを人生の支えにしてくれる人がいる。もう,「疲れた」とか「休みたい」なんて言っていられないと思いました。(p96)
 この距離感というのは,現実でもフェイスブックでもまったく同じです。男と女も近くなりすぎれば激しいことになる。フェイスブックでも近くなりすぎれば論争になったりケンカが始まったりする。(p196)
● シンガーとして歌うときも,大きなホールやディナーショーよりライブハウスのほうが楽しいという。
 この臨場感,一体感というのは,ライブハウスにしかありません。(中略)その代わり,かっこいいことを言わせていただければ,ライブハウスはほんとうに実力のあるシンガーにしか務まりません。(p183)
 臨場感,一体感というのはFacebookと重なるんだろうか。Facebookでもそういうのが味わえる?

0 件のコメント:

コメントを投稿