2015年6月24日水曜日

2015.06.22 美崎 薫 『ライフログ入門』

書名 ライフログ入門
著者 美崎 薫
発行所 東洋経済新報社
発行年月日 2011.01.01
価格(税別) 1,500円

● ほぼ同じ時期に出版された『記憶する道具』(NTT出版)もライフログに関するものだけれども,そちらは著者が構築を続けてきたライフログのためのシステムに関する記述がメイン。
 本書はライフログそのものについての解説書。とはいっても,重複する部分はどうしたって出る。

● 以下にいくつか転載。
 ライフログの場合には,この汎用技術,オープン技術によるマッシュアップには,もっと別の観点からの意味もある。それは,どんな技術にも寿命があり,どんな技術を作る会社にも寿命があり,その寿命は,しばしば人生(ライフ)よりも短いということである。(p36)
 ライフログの大部分の記録は,この単調で日常的な情報である。そこでキーになってくるのは,その単調なデータのなかから,どれだけより濃密な情報を再構築できるか,である。濃密で有益な情報を構築できないライフログシステムは,使われないものになってくだろう。(p41)
 重要なことは,このライフログ,行動履歴が,近未来の自分の行動を予測するのに,きわめて重要だという点である。 ライフログは,予兆のようなものを含んでいるのである。(p97)
 ライフログには,ログ期,注釈期(物語期),発見期,統合期がある。ログが役にたつかどうかは,発見したり統合する時期になって初めてわかることであって,それまでは,役に立つかもしれないという予感あるいは啓示あるいは直感はあるとしても,ともかくまずはログ化する時期やログ自体がないと話にならないのである。(p101)
 純粋客観とか,より価値のある考え方とかいうのは,ない。「我々の『客観的』行為ではなく,我々の思考や感情が生活に意味を与えている」と,『楽しみの社会学』でM・チクセントミハイもいっている。パーソナルであることは,自分らしい価値を見いだすことなのだ。(p111)
 ライフログといって,どんなことを集めていても,客観性などにこだわらずに,おおらかな態度で見ていれば,だいたい全部の立ち位置は,それなりの場所に収まるはずである。 ぜんぐ集めたからといって,それが既存の枠に収まらないことを恐れて,過剰に見えるものを捨てたりするのはやめたほうがいい。(p115)
 目的のないライフログ記録は,いざ活用しようとしても実用にならない,ということにある。 ライフログ記録がなにを記録するのかは,まだ自明ではないと,くり返し書いてきたのだが,重要なことは,最終的にそれをどう使うか,というところまで視野に入れてライフログするかをデザインすることなのだ。(p136)
 ライフログで蓄積した過去に,強くのめり込んでいくと,しだいに,いまが現在なのか,それともライフログで体験している過去なのか,わからなくなってくることがある。(中略) ふつうなら,引っ越しや大掃除のときに,懐かしいアルバムにひととき見入ってしまうくらいのことかもしれないが,ライフログで体験すると,たいていのライフログのシステムは押し入れの奥の段ボール箱のアルバムよりも,ずっとアクセス性が高いから,ひんぱんにくり返し体験できる。その結果,すべての体験は「いま」になる。(p189)
● 著者のいうライフログは,毎日日記を書いてブログにアップするとか,家計簿をつけるとか,アルバムをデジタル化するとか,食べるものの写真を撮ってTwitterに流すとか,そういう個々的なものではなく,フルタイムを記録するというものらしい。
 そんなことができるのかと思うんだけど,著者はそれをやってきたし,やりつつあるということ。

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