2015年6月22日月曜日

2015.06.21 日垣 隆 『情報の「目利き」になる!』

書名 情報の「目利き」になる!
著者 日垣 隆
発行所 ちくま新書
発行年月日 2002.09.20
価格(税別) 700円

● この著者から伝わってくるのは,覚悟のようなものだ。この本にもそれが全編に満ちている。
 ぼくからすると,わざわざハードな途を選んでいるように見える。そうしたいからそうしているというより,そうしないではいられないのだろうと思う。その心はといえば,廉直ということになろうか。

● 以下にいくつかを転載。
 物書きになりますと,もっとたくさん読んでいる人の存在を知ります。こりゃすげえや,と諦めかけましたが,せっかく死の淵から何度も立ち直ったのだから,一つくらい“トップ”を狙いたい。目をこらして上方を眺めると,どうやらプロでも「1ヵ月で100冊」がトップ集団であることがわかってきました。(p29)
 人生には,ある種の極端さはあったほうがいい,と私は考えているだけです。(p31)
 教科書を「なんとなく読む」「1日50ページと決めて読む」というような勉強をする方もおられると思います。そういう人は,早く寝たほうがいいでしょう。そうではなく,試験勉強では,幾多の出題と解答を先に見て,それを(仮説のように)踏まえながら教科書を読んでいく,というふうにすれば非常に効果的になってゆくはずです。(p41)
 脳は出力依存型なので,教科書や参考書を中心に勉強するより,ある程度の知識を入れたあとは,問題集を参考書代わりに使ったほうがよいでしょう。(p42)
 私はメディア・リテラシーを鍛えるうえで,自分に対してなされた質問に相手が満足する程度の長い文章で答える,というのが最も近道だと思います。(p64)
 習慣あるいは伝統を踏まえたうえで,敢えて冒した逸脱が一定の支持を得られたら,それが創造になります。(p81)
 辞書は原理的に言葉の守旧派です。市民や作家は,言葉を創造してゆきます。ある個人,あるいは小さな場(メディア)で支持されたものがカスタム化したとき,辞書編纂者はおもむろにそれを掲載して悦に入るわけです。(p84)
 エステと勘違いさせられて大腸洗浄を何度もやったりしたら,体内自然洗浄力ともいうべき,大腸内新陳代謝による便通能力が落ちるのみです。 医療行為の反作用というのは,基本的にそういうものです。解熱剤や頭痛薬や睡眠薬の多用は,本来もっている解熱や鎮痛や睡眠の力を落としてしまう。そのリスクをあえて負ってでも,現在の不健康を避ける価値がある場合にのみ,投薬をうけるべきなのと理屈はまったく同じです。(p112)
 別に,同情してもらおうと思って(原稿料を)公開したのではなく,ただ単に,私たちマスコミの住人は,他者に向かっては情報公開を当然のごとく求めてしまいがちな立場にいるわけですから,自分の住む世界の上方に関してのみ非公開をあたりまえにすべきではない,と思ったからにすぎません。(p147)
 出会い系サイトについて専門家(って何だ)に意見を求めると,否定的な意見ばかりが返ってきます。大昔,テレビが登場・普及し始めたときにも,最近では携帯電話がらみでも,同じような条件反射的拒絶は繰り返されてきましたから驚くには当たりませんが,無責任な恫喝だと思います。(p166)
 私が常に念頭に置いている先達は,ヘミングウェイのほかには,日本人では司馬遼太郎,現役ではD・ハルバースタム氏です。(中略) このような人々に,もとより対抗しようなどとは思っておりません(少しは思っている)。せめて資料収集の量で追いつこう,と努めているだけです。能力で格段に劣っているにもかかわらず,インプットでもまったくかなわなければ,いったいどうすればいいのよ。(p195)
 凡人には強引さと極端さが必要です。そうでなければトップランナーとの差は開くばかりだからです。いい仕事をした先達は,それだけの出費をしています。それだからこそ恥ずかしながら,私は出張費と資料代に,可能な限りの支出を惜しまないできました。(p196)
 旅先では,いろいろなことを,いやでも考えます。預金残高に余裕があるわけでは全然ないから,いつも崖っぷちで考えるわけです。そして日々,何かと出遭う。毎日毎晩,幾つものテーマが立ち上がり,行く先々で資料も集まってくる。遊んでいても,必ず何かを思いつく。自宅の風呂やトイレで思いつくことはないけれど,自分が動いているときには,もう勘弁してくださいというほど無数の「考え」が降ってきます。こういうことを言っていいのかどうか,しばしば完成された文章で降ってくるわけです。(p198)
 極端さはノウハウの母であるとは言えるので,自分より20倍とか50倍ほどの量をこなしている人のノウハウは,それなりに役立つはずです。(p202)
 ダイオキシンが史上最悪の猛毒というのは他の有害化学物質を見過ごさせる錯覚なのではないか,精子激減説は意図して捏造されたものではないか,刑法39条を削除して,本物の心神喪失者は「過失犯」として裁けば凶悪犯罪者を無罪放免にする愚は避けられるのでは,などというふうに,相当に取材と勉強を進めたある段階で,私の頭上から忽然と仮説が降ってくるのです。 そのような中途からの仮説(変更)を私は何よりも大事にします。そうしたおおきな仮説を“通らばリーチ”とするために,その仮説が降りてきた直後から短期間で集中豪雨的に,専門書や学術論文を浴びるほど読みます。(p210)

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