2015年6月15日月曜日

2015.06.12 下川裕治・阿部稔哉 『週末バンコクでちょっと脱力』

書名 週末バンコクでちょっと脱力
著者 下川裕治
   阿部稔哉(写真)
発行所 朝日文庫
発行年月日 2013.03.30
価格(税別) 640円

● 「はじめに」に次のように書いている。
 旅はいつか終わる。怖い日本社会に戻らなければならなかった。そんな繰り返しのなかで,バンコクという街に出合った。この街で救われた。 しかしバンコクという街が,高度経済成長の波に乗ってしまった。僕を救ってくれたバンコクは,次々に姿を変えていった。僕が愛したバンコクは,しだいに色を失い,若いタイ人から「時代遅れの日本人」と冷ややかな視線を浴びるようになっていた。若い日本人がバンコクを描くようになっていく。内容は,元気なバンコクにアップデートされていく。そんな書籍を書店で眺めながら,忸怩たる思いに包まれていた。(中略) それから十年---。 バンコクが変わりはじめた。誰しも十年も走れば疲れがでる。ましてやタイ人である。彼らの波長と再び合ってきた感覚がある。そういう十年だった気もするのだ。(p8) 
● 下川さんはタイについてはたくさんの本を書いている。タイは彼のホームグラウンドのようなもの。ただし,ホームだからといって,たくさんの人たちがそこで生活している以上,それは竜宮城にはなり得ない。

● 日本に帰国したときに下川さんが感じること。だけれども,外国から戻ってくると,誰しもそう思うのじゃないか。
 気分を暗くさせるのは,空港からの電車である。飛行機の時間帯によっては,朝のラッシュとかち合ってしまう。ただでさえテンションは低く,体は寝不足で重く,電車は脇に置いた荷物への視線がきついほど混み合っている。しかしそれ以上につらいのは,車内を支配する思い静けさである。会話ひとつなく,人々はスマホや新聞に目を落とす。いつから日本人は,こんなにものっぺりとした顔をした民族になってしまったのだろうか。(p200)
 日本人は車内では静かにするものだと思っている。車内放送でも静かにするよう言うことがある。うるさい人がいると,眉をひそめるのが一般的ではないか。ぼくもその例にもれないんだけど。
 それが行き過ぎちゃってるんだろうか。

● 「いまのバンコクは,ぼんやりしていると,毎食,チェーン店で食事をすることになってしまう」(p212)という状況のようだ。日本と同じ。
 で,ぼくはチェーン店で食事をすることにほとんど抵抗がない。飲むときも,和民とか海蔵とか,けっこう使っている。が,ものには限度があって,日本国内どこに行っても飲むのは和民というのでは味気がなさすぎる。
 下川さんは貧乏旅行を出版社(ひいては読者)に強いられているのかもしれないけれども,彼が書くものを読むと,アジアは安くて旨いものにあふれている。これなら,レストランやホテルで食事をするのはお金を捨てるようなものだと思えてくる。

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