2015年6月10日水曜日

2015.06.08 下川裕治・中田浩資 『鈍行列車のアジア旅』

書名 鈍行列車のアジア旅
著者 下川裕治
   中田浩資(写真)
発行所 双葉文庫
発行年月日 2011.02.13
価格(税別) 686円

● 朝の5時から読み始めたら,面白くて止まらなくなってしまった。出勤しないといけない時刻が刻々と迫ってくる。でも,やめることができない。
 ええぃ,面倒だ,今日は休んでしまえ。つまり,ズル休みを決めてしまった。

● 鈍行列車でアジアを巡って,その見聞を文章にすれば,誰が書いても面白くなるかといえば,当然,そんなことはない。
 ぼくが同じコースを廻ってみても,こういう文章は書けるはずがない。

● 視点の角度が著者ならでは。視点だの角度だのと書いてしまうとそれまでなんだけれども,これは真似しようとして真似できるものではない。
 下川さんは文学を書いているつもりはないと思う。が,できあがった文章は紀行文学というレッテルを貼りたくなるようなもの。おそらく,この分野では当代随一というか,当代唯一の人なのではないか。

● 次のように書いている。
 日本の鉄道ファンは、どちらかというと乗り換えなしで釜山とソウルを結ぶ列車に興味をひかれるようだった。その感覚が僕にはわからなかった。そんな列車に乗ってしまったら,途中の街に止まることができないではないか・・・・・・。短い区間でも,鈍行列車を乗り継ぎ,気に入った街で泊まっていくような旅をしたかった。(p202)
 僕は海外に出ても観光地にはあまり足を運ばない。名物料理に食指が動かないわけではないが,あえて行くほどの熱意はない。(p220)
● ぼくもずいぶん昔にJR全線完乗に走ったことがる。このときに最優先したのは,時刻表と首っ引きで,うまい乗り継ぎを見つけることだった。短時間で効率的に乗る。
 途中下車なんてあり得ない。乗って乗って乗り続けること。それはそれで,面白いといえば面白かったけど,今となってはだいぶ記憶からこぼれている。
 人との触れあいといった要素は皆無に近かったからね。見えない檻に入って,電車に乗ったり,ビジネスホテルに泊まっていたようなものだから。

● それでも(つまり,ことさら人との触れあいなんていうものを求めなくても)紀行文学にしてしまえたのが宮脇俊三さんだと思う。

● 観光地に興味がないのは,ぼくも同じ。名物とされる料理にさほど興味がないのも。
 昔は「名物に旨いものなし」とよく言われた。半ばは負け惜しみだったのかもしれないけれども,子どもながらそうだよなぁと思っていた。それが今に至るもぼくを縛っている。
 長じると例外があることも知った。が,讃岐うどんと高知の鰹のたたきがたった二つの例外だと思っている。

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