2015年6月9日火曜日

2015.06.06 疋田 智 『疋田智のロードバイクで歴史旅』

書名 疋田智のロードバイクで歴史旅
著者 疋田 智
発行所 枻出版社
発行年月日 2008.05.30
価格(税別) 1,400円

● 「はじめに」で自転車歴史旅の優位性を説いている。
 あらゆる「旅」のカテゴリーの中で,ロードバイク・ツーリングこそがもっともスペシャル&エキサイティングな旅だと思う。なにがすばらしいといって「旅」というものに支払う代償(たとえば金銭的,精神的,または肉体的な)に比較して,受ける喜び,愉しみの比重が,著しく大きい。つまり,安くて,精神的なストレスが皆無で,誰でも気軽に利用できる。それでいて大変楽しく,すばらしく爽快。こんなエクセレントな旅の手段はない。
 日本の道路インフラの唯一とも言っていい美点は,ひとえにアスファルトの優秀性にあって,この国ほど道路がツルツルな国は世界中どこにもない。ということは,ロードバイクの身上のひとつである「超高圧のタイヤ」が生きる,ということなのだ。
● 読みものとして面白い。自転車に興味がない人でも,歴史好きなら楽しめる。文章も独特。真似したくなる言い回しがいくつも出てくるけれども,うかつに真似てはいけない。
 疋田さんが,悪戦苦闘の末(?),生みだしたものだろうからね。たんに真似だけしても,全体の収まりがぎごちなくなるだけだろうね。

● 以下にいくつか転載。
 鬼があらわれる恐ろしい場所とは,大まかなところ「辻」であり「門」であり「河原」であった。それぞれに共通しているのは,浮浪者が屯しやすい場所であることではないか。 思うに平安時代ほど「庶民の生活」が蔑ろにされていた時代というのはない。(中略) その「塀の外の人々」が,食い詰めて門の内外に集まった。一般庶民の中にも,目端の利く人間はもちろんいた。黙って餓死したくない,と思う輩も当然いただろう。その彼らが多少の武装をし,塀の中の食料や物資を狙った。(中略)それこそが「鬼」だ。(p37)
 怨霊を祀ることで祟りを封じ込め,現世の貴族たちが安寧を得た。そもそも「オカルト」と「精神的な癒し」とは,ほぼ同義である。私は,オカルトとは「後ろめたさ」があるところに発するものだと思っている。(p39)
 武士は武士でなければ政権を維持できない。貴族になった武士は必ず滅びる。これは日本史の隠れた法則のひとつだ。(p147)
 北関東の各都市は他の地方都市と比較すると,存在感が低く見られがちだ。(中略)なぜなのか。私には確信に近い仮説がある。 問題なのはテレビ局の配置なのだ。普通の県,地方都市にはあるはずの民放ネットワーク局が,茨城,栃木,群馬の3県にはない。その地域は東京の電波がそのまま入るからだ。だが,これはつまり地元に強力なテレビ局が存在しないという事実に繋がってくる。(p159)
 ここが渋沢の卓越したところで,この時代,日本の指導者の多く(特に高級武士たち)は,天下国家を論じたがるが,商業や工業は軽んじた。軍艦は重く見たが商船は軽く見た。ところが渋沢だけが違ったのだ。(p176)
 私は思う。日本の歴史教科書というものは,そもそも「政治史」に偏りすぎている。本当に歴史に大書特筆されるべき人は,このような人(渋沢)ではないだろうか。(p180)
 (元寇のとき,壱岐では)日本軍は誰一人逃げず,全員が死んだ。もしかして日本軍が対外的に喫した最初の「玉砕」なのではなかろうか。だが,それはとりもなおさず本土に「どのような敗北を喫したか」「元軍はそのような軍だったか」を伝える人間がいなくなったということであり,結局,日本軍は九州でも同じことをやってしまった。日本人は色々な意味で「情報戦」に弱い。これは今も昔も変わらず,だ。(p279)
 せいぜい聖武天皇程度の『かわいい暴君』がいるくらいで,彼は,確かに大仏や国分寺を作らせましたけど,それ以上はしなかった。道をきれいにして平らにして,車を動けるようにするなって大工事には手を出さない。こういう大事業って暴君が大号令をかけてやるしかないんですよ。それがこの国にはなかった。(夢枕獏 p296)
 日本の文化として『別の呼び方』をして誤魔化す,ということはありますから。たとえばウサギを『これは獣ではなく鳥だ』といって食べてしまうような。だから今でもウサギを数えるのに一羽二羽って言いますね。(中略)これが古代の中国だとぜんぜん比較にならない。もろに人間の肉を売り買いしてましたから。自分の奥さんを殺して肉屋に売りにいくんです。場合によっては,生きたまま肉屋に連れて行って,肉屋で肉にされて・・・・・・(夢枕獏 p298)
● 重箱の隅を突っつくような指摘。
 「滅ぼされた最後の執権,北条高時」(p140)とあるんだけど,北条高時はこのとき執権ではなかった。執権職はすでに形骸化されていて,すったもんだの末に北条一門の赤橋守時が就いた。高時は北条氏得宗家の当主で,実質的な権力を握ってはいたろうけど。
 北条氏の中でも様々な確執があったろうね。藤原氏しかり,平氏しかり,徳川氏しかりで,そんな家に生まれてしまうのは不運以外の何ものでもない。ヨーロッパだとハプスブルグ家なんて,典型的にそうだよね。哀れな末路を辿った人が多いんじゃないか。
 吹けば飛ぶような平民に生まれたことを言祝ぐべきだと思うね。

0 件のコメント:

コメントを投稿