2015年5月31日日曜日

2015.05.31 下川裕治 『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』

書名 「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦
著者 下川裕治
    阿部稔哉:写真
発行所 新潮文庫
発行年月日 2015.04.01
価格(税別) 630円

● 海外を旅するっていったって,今どきは航空券もホテルもネットで予約できるんだし,スマホという便利至極なものがあって,それを持っていって現地でも使えるんだから,あとは身体を動かせばいいだけじゃないか。
 間に合うように成田か羽田の空港に着けば,あとは何もしなくても飛行機が現地まで運んでくれる。着けば着いたで,入国手続きと両替をすませれば,バスか電車で街中に入るだけでしょ。

● ところが,もちろん,そんなものじゃないですよね。旅のリテラシーは厳然としてあると思う。リテラシーを要しない旅の仕方ももちろんあって,多くの人は(当然,ぼくも)そういう旅行しかしていないだけのことで。
 バックパッカーになっての旅だって,リテラシーなしでやろうと思えばできるんだろうと思う。そういうやり方もあるんでしょ。バックパッカーの多くはそのやり方を採用している(と思う)。

● その点,下川さんは『12万円で世界を行く』から,旅のトラブル処理の専門家的な役割を,出版界から求められてきたようなところがある。そうした現場での嗅覚やリテラシーは相当な水準になっているんだろう。
 が,還暦を迎える年齢になっても,その役割を果たさなくちゃいけないってのもなぁ。

● 当の下川さんは,身体の衰えを嘆きながらも,わりと嬉々としてその任務を果たしているように思われる。
 とは言いながら,ミャンマーではバスが横転して肋骨を3本折るというめにも遇っている。平穏とはほど遠い。

● 「裏国境」とは旅行者がまず通過することのないゲートの意味で使われている。ただし,国際情勢の基本方向は“安定”のように思われる。「裏国境」の裏性も薄らいでくるのではないか。
 そうなると,下川さんの活躍の場もなくなってくるのではないかと余計な心配をしたくなるんだけれども,まぁ,そんなことはない。「裏」だけが彼のフィールドでもないし。

● 以下にいくつか転載。 
 戦乱に明け暮れた国は産業が停滞する。豊かな自然は,流れる血や土に還る死体を養分にするかのように育まれていく。そんな話を傭兵として雇われて戦地に向かう日本人から聞いたこともあった。彼はその眺めを懐かしむかのように,「戦場の自然は,うっとりするほどきれいなんだよ」などというのだった。(p13)
 長距離バスを使うのは,高度成長に乗ることができなかった人や若者たちである。ターミナルに飛び交う言葉はつっけんどんで,流れる空気は寒々しい。(中略) 数年前まで,北バスターミナルを埋めるタイ人たちの瞳は,もう少し輝いていた気がする。久しぶりに故郷に帰る若者の顔には無邪気さがあった。(中略)いまは瞳の底に,都会の澱のようなものがべったりとくっつき,精彩が薄れてきた。(p22)
 中国人観光客は,アジアの主だった観光地でできれば一緒になりたくない人々だった。(中略)多くの国の団体客は,個人旅行者に気遣いの態度をみせてくれる。しかし中国人団体客にはそれがない。(p48)
 救済など人が暮らす土地にはないと悟るにはやはり彼らは若かったのだろう。ドラッグが誘う一時的な快楽とないまぜになったイメージがネパールやインドを中心にできあがっていった。日本の若者もその後を追いかけることになる。(p64)
 ベトナムは若い国だ。皆,元気にご飯を食べている。 日本のテーブルとは,そこに漂うエネルギーが違った。全員の食べ方が太いのだ。高齢化が進む日本はさまざまな階層で食が細くなっている。老人の食は細く,シニア層はメタボを気にして食を細め,ダイエットに支配された若者の食も細い。先細りとは,つまりこういうことなのかもしれなかった。(p135)
 しかしこの寒さと雨である。(中略)僕の前に座った男の子はTシャツ一枚と短パン姿にビーチサンダルだった。雨のなかで船を待っていたのだろう。体は冷え切っているらしく歯の根が合わないほど震えていた。唇の色も変わっていた。それでも子供である。年長の子が口にした冗談に無邪気に笑った。震えながら笑う顔をいうものをはじめてみた。(p169)
 ベトナムからラオスに入り,急に旅のストレスが減った。宿や食堂では英語が通じ,どこもぼることをしなかった。旅というものは,それだけで心が軽くなる。(p179)
 それはおそらく密度の問題なのだろう。ラオス人が図抜けて正直なわけではない。何万人もの人が暮らす街と数百人が集った町との違いなのだろう。(p179)
 こういう経験をすると,中国人には悪いが,ラオス人の宿に泊まりたくなる。ラオス人が経営する宿は,質素だが清潔だった。そして泊まり客と宿の関係が普通だった。(p200)
 国境を通過できるか,どうか。それは一国の問題ではなかった。ひとつの国の公式ホームページに掲載できる性格の情報ではないのだ。(p312)

0 件のコメント:

コメントを投稿