2015年5月21日木曜日

2015.05.15 滝田誠一郎 『「消せるボールペン」30年の開発物語』

書名 「消せるボールペン」30年の開発物語
著者 滝田誠一郎
発行所 小学館新書
発行年月日 2015.04.06
価格(税別) 720円

● 世界を席巻しているフリクションボールの開発者を取材したもの。ぼくはフリクションは使ったことはないけれども,どういう人たちがどんな経緯をたどって作りだしたのか,そこには興味がある。

● 以下にいくつか転載。
 「メタモカラー」の研究・開発を長く続けられたのは,そのときどきの技術レベルに応じた商品化に取り組み,利益をあげ続けてきたからである。(p5)
 商品化に関してはもうひとつ注目すべき点がある。それは研究・開発のゴールがそもそも決まっていなかったということだ。じつは最初から消せるボールペンの開発を目指していたわけではないのである。もし,最初から消せるボールペンの商品化を目指していたのならば,この研究・開発は失敗に終わっただろう。5年経っても,10年経っても筆記具への応用の目処が立たなかったのだから。(p7)
 研究室にはいろいろな材料が山のようにあって,それをいろいろと組み合わせて実験していくなかで,ドライヤーの熱で変色する組成や,冷蔵庫内で変色する組成を発見した。これは理屈じゃないですから。ひたすら実験を繰り返して観察して,それでたまたま発見したのであって,ですから,やっぱり偶然の巡り合わせですよ。運です。(p32)
 消せるボールペンというコンセプト自体は目新しいものではない。『フリクションボール』以前にも商品化されたものがいくつも存在する。しかし,いずれも“しっかり書けてきれいに消せる”という肝心の機能が不十分だったため,消費者に受け入れられず,市場に根付くことがなかった。(p104)
 ある雑誌のインタビューに答えて,千賀は次のように答えている。 「新しい発見は,教科書を捨てるところから始まるということを実感しました。常識にとらわれずに,むしろ常識を捨てる勇気を持てば局面は打開できることを知りました」(p147)
 難産だった『フリクションボールノック』の誕生は,フリクションのシリーズ化戦略のなかでもエポック・メイキングな出来事であり,大きなターニング・ポイントだったと関係者は口を揃える。販売数が飛躍的に増え,フリクションシリーズが市場に定着するきっかけとなった。(p147)
 キャップ式の商品を出していたときは,使い勝手はあまり良くないけれども消せるのが便利だからということでお客さんが買ってくれていた。消せるボールペンが本当に必要な人だけが買っていた感じでした。しかし,ノック式が出てからは普通のペンとして普通に買って,普通に使っているお客さんが増えた。特殊なボールペンだったものが,一気に一般化した。(p148)
 最初に『フリクションボール』に飛びついたのは,女子中高生を別にすれば,考える道具を欲していた職業人であり,趣味人たちだった。 たとえば出版社の編集者や校正の担当者たち。(中略)漫画家やデザイナーをはじめとするクリエイターのなかにも『フリクションボール』の愛用者が少なくない。(中略)『フリクションボール』を使って下書きをしておけば,仕上がった原稿にヘアドライヤーの熱風をあてるだけで原稿を傷めることなくきれいにサッと消すことができる。(p152)
 すぐにビジネスに結びつかないテーマを,ちょっと言葉は悪いですが,われわれは“遊び”と呼んでいます。自分の好きなテーマで真剣に遊べるというのはパイロットの文化だと思っている。研究に熱中するあまり,若手のなかには夜遅くまで仕事に没頭している人もいます。技術者や開発者にはそういう時間が必要だと思います。(p172)

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