2015年4月25日土曜日

2015.04.21 松浦弥太郎 『正直』

書名 正直
著者 松浦弥太郎
発行所 河出書房新社
発行年月日 2015.04.30
価格(税別) 1,300円

● 松浦さん,9年間務めてきた『暮しの手帖』編集長を退くことにしたらしい。それを機に,自分のベクトルの向きや長さを確認し,併せて今のベクトルができあがった経緯を総括しておこうというのが,本書執筆の動機のようだ。

● 要点は「はじめに」で述べられている。
 学びの根底にひとつのこんな考えがある。それは,この世界で起きていること,または存在することで,自分に関係ないことはひとつもない,ということだ。 みんなよくこう言うだろう。それは自分に関係ない。しかし,いついかなる時でも,それを言ってしまったら,人生投げ捨ててしまうようなことになるだろう。(p5)
 今の時代を生きる上で,注意しようと思っていることがもうひとつある。それは仕事においても暮らしにおいても,自己完結しがちになってしまうことだ。たとえば,今日もていねいに。ひとつひとつに心を込める。これはとても素晴らしい意識であるけれど(中略),それで自分はしあわせ,これで正しい,と納得してしまうのは,注意すべき落とし穴のようなものだ。できれば,もう一歩先まで心を働かせること。すなわち,なぜていねいにしたいのか。なぜ心を込めたいのか,と考える。なぜという疑問の先に,広い社会なり,たくさんの人の姿を思い浮かべ,そこに届くように想像し,行うということが大事だと僕は思っている。(p5)
● あとは各論。役に立つ(役に立ちそうに思える)のは各論のほうだ。具体的だから。
 当然だけれども,すぐに真似ができることは少ない(というか,皆無だ)。松浦さんが50年をかけて磨いてきたものだ。おいそれと真似できるはずもない。
 が,自分のこれからを考えるときの羅針盤としては恰好のものだと思う。ぼくの場合は,さてどれくらいの「これから」があるのかどうかってことになっちゃうんだけど。
 誰かと向き合うには,まず自分と向き合わねばならないし,自分という人間に興味をもち,面白がらなければ,人に興味をもつこともできない気がする。(p18)
 知らない街に行き,まず,最初に話しかける誰かを探す。目印は“ひとりの人”。一対二もだめだし,二対二もだめだし,一対三もだめ。だけど,一対一ならどんな人とでも人間関係がつくれる。(p23)
 いつも数人で動くプロジェクトというのはいかんせん歩みが遅い。責任の所在が分散されるのも気持ちの入り方に違いがでる。(中略) 共有というのはある時,足かせにもなる。信頼,理解,約束,共感。これらはすべて,一対一で向き合った時にしか,生まれないものではないだろうか。(p24)
 ひとりであることは無敵であるとさえ僕は思う。(p26)
 普通であることは,前例があるということ。馴染みのあること。普通でないことには答えは無い。僕はそこに無限の可能性と魅力を感じている。(p29)
 みんなと一緒という輪の中から抜け出し,自分の道を歩き出す。年齢にかかわらず,これが自立であり,自分らしさを見つける旅の始まりなのではないだろうか。(p32)
 人間は最高と同時に最低の部分をもっているものだと(高村)光太郎は言う。それが美しいとさえ言う。 自分の中の最高と最低を認め,受け入れ,向き合うことが生きるということだと,初めて知った気がした。最低にして最高。これぞ,ほんとうのこと。(p38)
 みんなそれぞれ持って生まれた違いはあるけれど,「正直親切」というのは,誰にでも自分次第でできることではないか。(p42)
 そして,「笑顔」である。言葉の通じない外国にいても,今そこで自分が何もできなくても,「笑顔」だけは人に与えることができるだろう。少し乱暴な言い方だけど,何があっても大抵のことは「笑顔」で解決できると僕は思っている。病気だって治してしまうだろうと思っている。(p45)
 ボール球に手を出して無様な三振という経験をせずに,一足飛びにスイートスポットを探そうというのは無理な話だ。 「自分には何が向いているのか,どんな才能があるのか」 机に向かってそう考えているのは,思慮深いのではなく時間の無駄だ。(p50)
 経験して確かめて得たものは,自分だけの正しい情報になる。自分の財産としてずっと残っていく価値がある。これは乱暴な言い方だけれど,自分を成長させたいのであれば,とにかく「歩く,見る,聞く」ことだ。(中略) なんでも検索すればわかってしまう時代だけれど,「歩く,見る,聞く」にまさる情報収集はない(p59)
 「あきらめて生きる」という深い沼に足を取られると,浮上するのは難しい。(p61)
 人とかかわれば,社会につながる。それができれば,体験したことがないしあわせが手に入れられる気がする。僕は今も,それを目指している。(p68)
 その取引によって相手に得をしてもらうことで,商売ははじめて継続できる。商売の基本は継続である。継続させるために何が必要なのか。(p78)
 ものを売る前に,自分を売る。まず自分を好きになってもらい,自分を買ってもらう。僕を知ってもらい,興味や好意を持ってもらえれば,本に限らず,なんでも売れるという自信ができたのだ。(p82)
 もしかすると,伸びしろがなくなったほうが,楽なのかもしれない。これまでの人生で学び,苦労し,必死で積み上げてきたかたちのまま固まって,満足するほうが,大人なのかもしれない。「私はこういう人間で,こういう価値観で,こういうスタイルで生きる」と。 だけど僕は,そんなものはまっぴらだ。いつでもこれまでの自分を壊したい。新しくありたい。(p108)
 僕は自分の物語より人の物語が聞きたいし,好奇心がある。人の物語に興味をもてるかどうか,人の物語を素直に受け入れるかどうかは,たとえば本を読むか読まないかで分かれる気がしている。(中略)大学生の四割は一ヵ月に一冊も読まないという話を聞き,自分のこと以外に興味がない若い人が多いという証拠を突きつけられたようで,さびしくなった。(p139)
 無防備になり,ばかになり,頭を使うのをやめれば,自然と心を使うようになる。心を使わなければ,人は動いてくれない。(中略)利口に見せることなんて誰でもできる。だが,それがなんになる? 構えて,準備して,正解を探す身構えは,人との間に距離をつくってしまうだろう。(p146)
 暮らしの中や,会社や仕事で付き合う人の中には,自分と合わない人がいるのが普通のことだと思う。だからこそ僕は,人間関係においては,自分の感情にコントロールされまいと決めている。その人が自分にとって大切かどうかは,自分の好き嫌いとはまったく関係のないことだからだ。(p163)
 価値観というと抽象的で,きれいごとになりやすい。だからこそできるだけ具体的に,明確に話しておくといいと思う。 その際は,「自分より何を優先するか」と考えることがひとつの目安になる。 たとえば,「女性を尊重し,子どもを大切にする」という価値観を否定する人は誰もいない。だが,自分の会社で産休を取るという部下がいるとき,心から祝い,自分の仕事より相手を優先できるかと言えば,話は違ってくる。 言葉では「おめでとう」と言いながら,内心「この忙しい時に,かんべんしてくれよ」と思っている人は,女性を尊重する価値観をもっていないのだ。(p166)
 大人になればなるほど,人はやわらかさをなくすから,自分と違う意見にふれて,ぼこぼこに叩かれたり,存分に揉まれたほうがいい。 それなのに大人になればなるほど,人はなぜか自分と違う意見を排除したくなってしまう。(p171)
● 以上の中で,一番ズシンと来たのは, 「『あきらめて生きる』という深い沼に足を取られると,浮上するのは難しい」という一文。
 そうだと実感できるので。自分の半生はそうだったかもなと思ってね。

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