2015年4月14日火曜日

2015.04.11 舛岡はなゑ 『福の神がついている人 貧乏神がついている人』

書名 福の神がついている人 貧乏神がついている人
著者 舛岡はなゑ
発行所 PHP
発行年月日 2012.07.04
価格(税別) 1,500円

● ここのところ,この種のものを読みすぎかも。少々,気持ちが萎えることが続いているせいもあるか。一過性であっても,鎮痛剤がほしい。

● いくつか転載。
 最大の人助けというのは,いつも機嫌よくしていることなんだよ。何があっても,不機嫌な顔を人に見せたりしないのが,最大の修行なの。(p34)
 しあわせってね,現状が変わって,こうなったらしあわせ,ああなったらしあわせ,じゃないんだよ。自分を取り巻く,この現状を変えないで,自分がどうやって機嫌よくしてられるか。そこにかかってる。(p35)
 「こうなったらしあわせ」っていってる人は,「今,不幸だ不幸だ」っていってるのと同じことなんだよな。不幸の波動を出しながら歩いていても,寄ってくるのは不幸なことばかり。(p35)
 もし,思い通りにならないとしたら,その思いがおかしい。「働きもしないでお金が欲しい」とか,「自分を魅力的にすることをしないで,モテたい」とか,おかしなことを思ってる。(p39)
 ゆるせない人のことがどうでもよくなっちゃうぐらい,自分がしあわせになんな(p142)
 神が,みんなに奇跡を見せたがっているんだよ。(p200)
 人間ってね,魂は死なないの。生まれ変わりがある(中略)。だとしたら,人殺しだとかってバカバカしいの。だって,相手は死なないんだもん。(中略)それなのに,この世で殺人罪を犯した自分は,何十年と刑務所に入って,一生一回のこの人生を棒にふっちゃってさ。(p207)
 自分の身近に「わっ,この人,ヤだな・・・・・・」って思うような人がいたら,自分から先に逃げな,って。(中略)正しい人ってね,ゼッタイ逃げないんだよ。(中略)いつまでも逃げないでがんばっていると,戦いが始まるんだよ。(中略)正しい人が集まるとけんかが絶えない,っていうけど,それは「自分が悪い」って,マイッタする人がいない。全員,自分が正しい,っていうんだよ。(p208)
 自己犠牲は,神様が全然喜ばないんだよ。あなたも,わたしも,ともに神の子なんだから,神は,両者ともしあわせになってもらいたい。(p224)
● 以上は,いつもの斎藤節。だけれども,本書のテーマは“白光の浄霊”というもの。浮遊霊に憑かれた人を浄霊して,浮遊霊を成仏させる。
 それで病気が治ったり,ウツが溶けたりしたという事例集でもある。

● ということならば,浄霊してほしい人物がごく身近にいる。いや,ぼく自身も浄霊してもらいたい。

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