2015年4月12日日曜日

2015.04.11 立川談志・田島謹之助 『談志絶倒 昭和落語家伝』

書名 談志絶倒 昭和落語家伝
著者 立川談志
    田島謹之助(写真)
発行所 大和書房
発行年月日 2007.09.30
価格(税別) 2,600円

● 登場するのは次の26人。
 六代目三遊亭円生
 三代目春風亭柳好
 三代目桂三木助
 八代目桂文楽
 六代目春風亭柳橋

 桂小文治
 五代目古今亭今輔
 八代目三遊亭可楽
 四代目三遊亭円馬
 四代目三遊亭円遊

 二代目桂枝太郎
 七代目春風亭小柳枝
 昔々亭桃太郎
 林家三平
 十代目金原亭馬生

 三代目柳家小せん
 七代目橘家円蔵
 九代目翁家さん馬
 三遊亭百生
 二代目桂右女助

 八代目春風亭柳枝
 八代目林家正蔵
 二代目三遊亭円歌
 八代目桂文治
 五代目古今亭志ん生

 五代目柳家小さん

● 「これが東京の噺家の全て」,つまり,昔は噺家は今よりずっと少なかった。
 その中でも,家元(著者)の好き嫌いは当然あるようで,十代目金原亭馬生(五代目古今亭志ん生の長男)と三遊亭百生に,哀惜の念を強く持っていたようだ。
 たぶん,最も心酔していたのは古今亭志ん生に対してかと思われる。

● 田島謹之助さんによる写真も貴重なものだろう。高座での写真,自宅でくつろいでいるときの写真。楽屋で火鉢にあたっているときの写真。
 噺家の写真から受ける印象は,文士のそれと似ているなというものだ。同時代の作家,たとえば井上靖とか,そういった人たちと共通するものを感じた。

● 以下にいくつか転載。
 その頃の落語界では,東京出身以外の噺家は認められなかった。今輔師匠は群馬県の出身であり,それがどれほど劣等感になっていたことか。(p85)
 現代もそうだが,噺家には,そこにある噺を唯演っている奴がゴマンといる。いや,ほとんどがそうだ。(中略)と同様で,その昔もそういう噺家はいた。いや,ほとんどがそうか。(p117)
 この種の,“新しいものを取り入れているつもりがアナクロニズム”というのは,何も枝太郎師匠ばかりに非ズで,下手ァすると,ありとあらゆる師匠に見られた。よほど古典一筋でない限り,当時はそうなってしまったのか。(p120)
 ある批評家が文治を評して,「あるところまで行くと止まる芸」と書いたが,現実にそうなった。上手いが故に,できてしまったがために次の段階に進めなかったのだろう。(p226)
 文治師匠には人望はなかったようだ。けど,“じゃあ人望があったのは誰だ”ということになると,志ん生師匠にもない,円生師匠にも,三木助師匠にも,ほとんどの噺家にないのではないか。(p234)
 私もそうだが,志ん生は落語がなかったら家族も持てなかったろうし,社会からドロップアウトしてたろう。 楽屋の志ん生師匠はあまり喋らなかったし,受け噺もしない。“こんなことがあった”という,よくあるお喋りもなかった。人の話題にも参加しなかったように見えた。(p250)

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