2015年3月31日火曜日

2015.03.30 見城 徹 『たった一人の熱狂』

書名 たった一人の熱狂
著者 見城 徹
発行所 双葉社
発行年月日 2015.03.22
価格(税別) 1,300円

● 本書のオビに村上龍の推薦文。見城は濃い男だ,と。まさしく,濃い。どうしたらこうなれるのか。

● これから世に出る若い人に向けての人生指南とでもいうべき内容。結論は,「あとがき」にある。
 僕はいつも「苦しくなければ努力じゃない」「憂鬱でなければ仕事じゃない」と口を酸っぱくして言っている。往く道は苦しい。仕事は憂鬱なことだらけだ。苦しさと憂鬱に耐えて耐えて耐え抜き,精進を重ねて仕事をまっとうする。暗闇の怖さにおののかず,思い切ってジャンプする。こうして生が終わり,死を迎えれば悔いは少なくて済む。(p234)
● 著者は子どもの頃から「死」を怖れる気質だったらしい。怖れるというか,敏感だった。
 死を宿命づけられた生の虚しさを紛らわせるために,僕は子どもの頃から常に何かに入れ込んで来た。そうでもしなければ,死への虚しさに押しつぶされそうになって,居ても立ってもいられなかった。(p22)
 こうしてこの本の原稿を書いている僕も,僕の原稿を読んでいる君も,死というゴール地点へ向かって今も刻々と時間を過ごしている。どうせ生きるならば,仕事に熱狂し,人生に熱狂しながら死を迎えたいと僕は思うのだ。(p39)
 人は必ず死ぬ。今この瞬間は,死から一番遠い。今から1分経てば,僕も君も1分だけ死に近づく。死があって生があり,生があって死がある。生と死は不可分だ。「自分には死が訪れる」と認識した時,生が輝き始める。生きているうちにやるべきことが見えて来る。(p139)
● 著者の造語の代表作が「圧倒的努力」。
 自分で言うのもおこがましいが,「ベストセラーの裏に見城あり」「角川書店に見城あり」と言われる仕事ぶりだったと思う。「月刊カドカワ」編集長になってからは,少部数だった雑誌を30倍にまで発展させた。無論,これだけの結果を出すからには,人知れず圧倒的努力を積み重ねていたことは言うまでもない。 また当時の上司であった角川春樹さんと僕は,一心同体となって昼夜を分かたず熱狂の時代を過ごした。なにしろ春樹さんが女性と二人の時間を過ごしている時でさえ,僕は女性の家のリビングに待機して,勝手にレコードをかけていたくらいだ。(p25)
 朝から晩まで仕事について考え抜き,骨の髄まで仕事にのめり込む。そして上司や同僚ができない仕事を進んで引き受け,結果を出す。そうすれば,自然と仕事は面白くてたまらなくなるはずだ。(p27)
 圧倒的努力とは何か。人が寝ているときに寝ないで働く。人が休んでいるときに休まずに動く。どこから手をつけていいのか解らない膨大なものに,手をつけてやり切る。「無理だ」「不可能だ」と人があきらめる仕事を敢えて選び,その仕事をねじ伏せる。人があきらめたとしても,自分だけはあきらめない。(p29)
 「もうダメだ」からが本当の努力である。(p31)
 他人には想像もつかないような圧倒的努力を積み重ねて初めて,結果は後から付いてくる。薄っぺらな野心や野望如きで這い上がれるほど,現実は甘くはない。「頑張れば夢はかなう」などと言っている時点で,すでにその人は戦わずして戦いに敗れている。(p153)
● しかし,その圧倒的努力も,それが好きであればこそだ。何に対しても,圧倒的努力を注げるわけではない。
 好きだからこそ圧倒的な努力ができるのであって,出版物のデジタル化に向け僕が圧倒的努力をするのは無理だ。そういうのは部下に任せる。(p113)
● 一方で,著者は小さなことにクヨクヨする人間でありたいとも言う。義理人情を大事にしない人間はダメだとも。
 仕事ができない人間には決まって共通点がある。小さなことや,片隅の人を大事にしないことだ。(p91)
 つまらなく地味な雑用でも自分の心がけ一つで黄金の仕事に変わる。僕は常に小さなことに後ろ髪を引かれ,小石につまずき,小さなことにクヨクヨする人間でありたいと思っている。(p93)
 GNO(「義理」「人情」「恩返し」)こそが,仕事においても人生においても最も大事だと思っている。 相手の心をつかみ,いざという時に力になってもらうにはどうすればいいか。「あの時良くしてもらった」「お世話になった」と相手に思ってもらうことが大切なのだ。(p95)
 僕はこれまで何人もの政治家と会って語り合い,食事をして来た。政治家の中でも,安倍晋三さんは傑出している。 安倍総理はGNOの人だ。(中略)人の信用と信頼を損ねることがないし,約束は必ず守る。驕らない。無私無欲に生きる。人間として超一級の総理大臣だ。お会いするたびに,リーダーとは斯くあるべきだと感嘆する。(p97)
● もうひとつ。ビジネスはまず儲けてなんぼだということ。利益をあげなければ次に進めない。
 視聴率にこだわるテレビマンを批判する人がいるが,きれい事だけでテレビは成り立たない。面白く,なおかつ視聴率を取れる番組を量産してこそ,低視聴率だが骨太のドキュメンタリーにまで予算を回せるのだ。(p46)
 僕は部数がいくら出たか,利益がいくら上がったかという数字にこだわり続けたい。売れる本は良い本である。視聴率を取るテレビ番組は優れている。大衆は愚かではない。大衆の支持によって数字を弾き出すコンテンツは,おしなべて優れているのだ。愚かなのは,数字を曖昧にして自分の敗北を認めない表現者や出版社の方なのである。(p47)
 ビジネスの成功を証明する解答はたった一つしかない。自分は圧倒的な努力によって,圧倒的結果を出した。そう断言できる根拠はただ一つ,数字だ。数字にごまかしはきかない。逆に言えば,数字を曖昧にする人間はビジネスの成否をごまかしている。(p133)
 儲かることは善である。ビジネスという戦場で金を儲けて結果をだした段階で,始めて理念を訥々と口にすればいいのだ。 「理念のために起業する」といきなり宣言するような生半可な起業家は,まず成功しないと考えて間違いない。(p134)
 極論を言えば,起業家に理念なんて必要ない。「この仕事なら自分は無我夢中で働ける」という仕事に懸命に取り組む。圧倒的努力を費やし,結果を出す。結果が出た時に初めて「実はあの時,僕はこういう理念を持っていたんですよ」と言うくらいでちょうどいい。さらに言えば,理念なんてあと付けで作ったって構わないのだ。(p134)
 今の日本では,「金儲けは善である」と言えばバッシングされる。成功者はたちまち攻撃され,足を引っ張られて階段から引きずり下ろされてしまう。利益を上げることが一番の善だと信じない限り,ビジネスなんてできはしない。 「自分は金のためだけに仕事をしているわけではない」と言う人は,何をエクスキューズしたいのだろう。仕事が成功して金が儲かる。おおいに結構ではないか。(p157)
● その他,転載。
 どこまで自分に厳しくなれるか。相手への想像力を発揮できるか。仕事の出来はこうした要素で決まるのであって,学歴で決まるわけではない。(p17)
 身体がだらしなくたるんでいる状態では仕事という戦場で闘えないから,僕は今日も身体を鍛える。(p34)
 家に戻ると,「報道ステーション」「NEWS ZERO」などその日のニュースを一通りチェックする。テレビを消してからは,今日の自分の言動はどうだったか,経営者としての判断はどうだったか省察する。自分が発した言葉によって誰かを傷付けていないか,やり残したことはないか,その日起きた出来事を振り返って思いを巡らせる。(p50)
 僕は1日に10回は手帳を広げる。そこには(中略)todoリストが書いてあり,用事が済んだ時には赤いボールペンで線を引いて消す。相手が言ったことのうち,感動したセリフや心に引っかかった言葉も手帳にメモする。改善すべき点,部下に確認し忘れたことがあれば,すぐさま手帳に書く。翌日の用事を確認し,前夜のうちにやっておいた方がいい準備があれば進める。(中略)不眠症は何十年も続いており,これからものんびり眠りにつける日は当分訪れないだろう。(p51)
 会議に要する延べ時間を計算してみるといい。1時間の会議に10人が出席していれば延べ10時間。その会議を3回繰り返せば延べ30時間だ。これだけの時間を集中して仕事をすれば,どれだけの成果を上げられることか。(中略) 僕が担当者一人ひとりと企画について話し合い,心を切り結んで行けばそれでいい。(p64)
 定型にとらわれた会議でしか企画が生まれないとすれば,それらの企画は平均点のつまらない内容になりがちだ。脳みそを洗濯機にかけるように,頭の中で考えていることをシャッフルする。直感とヒラメキに耳を澄ます。イノベーションとは,会議室から荒野へ飛び出した瞬間から生まれるものだ。(p65)
 僕は常々「10万部のヒットを1回出せた編集者は,それから何度でも10万部の本を作れる。30万部のヒットを1回出せた編集者は,それから何度でも30万部の本を作れる」と言っている。 ひとたび成功体験を得れば,壁を突破するための方程式が見える。それが肉体化する。(p68)
 傲慢な人間からは仲間は離れ,謙虚な人の周りには協力者が集まる。ビジネスの世界を勝ち抜く本当のしたたかかを持っていれば謙虚に振舞うのは当然だろう。おごれる者は久しからず。謙虚であることは,成功を続けるために必須の条件なのである。(p69)
 おそらく出版界で,僕ほど作家の原稿に朱を入れた編集社は少ないと思う。相手がどんな大物作家であっても,僕は僕の価値観で朱を入れてきた。濡れ場を描くシーンであれば「こんな性格の人はこんなセックスをしません」と,ズバズバ思ったことを指摘する。作品に正解なんてないのだから,それは完全に僕の勝手な価値観だ。 しかし,編集者として向き合っている以上,僕は僕の想いを全身全霊でぶつけるしかない。(p72)
 銀色夏生と僕の価値観は全く違う。あくまでも価値観が相違しているだけであって,不愉快とか嫌いと感じるのは筋違いだ。銀色夏生という異物と妥協するのではなく,異物を丸ごと呑み込んでしまえばいい。そう思った瞬間,一度は腹を立てた彼女にまた会いに行けると思ったのだ。 この異物感こそが,この世にあらざる価値を生み出すに違いない。(p84)
 極端な例で言えば近親憎悪や親殺しまで含め,物語の筋書きにしても人間の感情の揺れにしても,せいぜい30パターンくらいしかないものだ。(p87)
 正面突破で仕事をすることによってギアがピッタリ合う作家もいれば,波長が相容れず縁がないまま終わる作家もいる。後者のパターンになることを怖れ,作家と可もなく不可もないやりとりなんてしたくない。相手の顔色をうかがい,お世辞に終始する仕事などやりたくないのだ。(p89)
 『麻雀放浪記』を書いた阿佐田哲也さんか,麻雀とは何ぞや,人生とは何ぞやという哲学を僕は何度も教えてもらった。ある時,阿佐田さんが僕に語ってくれた言葉が,今でも忘れられない。 「見城,君は10万円を手に競馬に出かけ7万円も負けた時点でもう勝負に負けたと思うだろう。それは違うよ。9万9900円負けても,負けが決まったわけじゃないんだ」(p104)
 なぜ僕がいつも「ゼロに戻す」と自分に言い聞かせているのか。ひりついていたいからだ。ゼロに戻せば持ち物はなくなる。(p108)
 そんな僕も,50代半ばになってからは億劫になることもある。以前は1週間に2回は映画や舞台を観ていたが,「雨だからな」とか「今日は腰が痛くて嫌だなと足が遠のく。 しかし「まぁいいか」と思った瞬間,崖の下へ転げ落ちる。(p109)
 世界で活躍するアスリートは,次から次へと現れるライバルにいつ消されてもおかしくない。経営者も同じだ。(中略) 幻冬舎を立ち上げてから,僕は鉄板の上で火あぶりにされるようなジリジリした緊張感にさらされて来た。この重圧は,角川書店時代にはまったく味わったことがないものだった。(p122)
 今の日本で,普通に大学を卒業した人なら,少し努力すれば就職先なんて見つかるに決まっている。 厳しい言い方だが,何も仕事が見つからない人は背筋が曲がっているのではなかろうか。すべては生き方の集積だ。現状に甘んじ,当たり前の努力すらできない生き方をまず変えるべきなのである。就職が決まらないのは誰のせいでもない。君のせいだ。君がまったく方向違いの生き方をして来たせいで,どこの企業にも採用してもらえない。(p126)
 終身雇用に守られて一つの職場で働き続けるにせよ,転職や起業をするにせよ,一番駄目なのは現状維持だ。現状維持していれば波風も立たないし,面倒くさいこともない。苦労もしなくていい。悪く言えば,今まで通りに流されていればいいわけだ。 人は易きに流れるものだから,現状維持の心地よさにどうしても甘んじてしまう。だから今いる職場で,生まれ変わったように仕事に打ち込むことができない。(p138)
 「彼女に愛を告白しようと思います。自分は高収入ではないのですが,どうしたらいいでしょうか」と質問して来る人もいる。答はこうだ。「彼女はあなたのことを何とも思っていないでしょう。『自分は高収入ではない』なんて卑屈なことを言っているようでは話になりません。他にあなたの魅力はないのですか? 諦めるべきです!」。(p195)
 大事なのは自分がコントロールできる範囲の負けを自ら作ることだ。勝っている時に敢えて負ける局面を作り,勝ち負けのアップダウンを制御できれば「運を支配した」と言える。海外のカジノは,勝ちの記憶にしがみついているせいで勝ち逃げできない人だらけだ。(p207)
 絵には不思議な引力があり,気に入った絵は1億円だろうが2億円だろうがどうしても欲しくなる。ギャラリー巡りをしていると,しばしば一目惚れする絵に出会ってしまうから恐ろしい。(p211)
 大富豪のくせに金払いが悪い残念な人を見ると,僕はげんなりしてしまう。何百尾君と持っているのに使おうとせず,30~40万円をケチる人が結構いるのだ。(p215)
 時計や服にしても,絵画にしても車にしても,中途半端な気持ちで欲しいと思うものを5個も6個も買ったところで,そのうち飽きて要らなくなってしまう。 安い買い物をしてあとで後悔するくらいならば,本当に欲しいものだけを一点買いした方がいい。(p219)

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