2015年3月25日水曜日

2015.03.20 田坂広志 『知性を磨く 「スーパージェネラリスト」の時代』

書名 知性を磨く 「スーパージェネラリスト」の時代
著者 田坂広志
発行所 光文社新書
発行年月日 2014.05.20
価格(税別) 760円

● 著者のいう「知性」とは,本を読んだり,机に向かって勉強することによって磨かれるものではない。経験によってしか獲得できないものだという。
 「知識」とは,「言葉で表せるもの」であり,「書物」から学べるものである。「知恵」とは,「言葉で表せないもの」であり,「経験」からしか学べないものである。(p54)
● 「頭は良いが,思考に深みがない」と評すべき人物がいる。「高学歴」であるにもかかわらず,深い「知性」を感じさせない人物(p12)が。それはなぜなのか。
 知能と知性は異なるからだ。 「知能」とは,「答えの有る問い」に対して,早く正しい答えを見出す能力。「知性」とは,「答えのない問い」に対して,問い続ける能力。(p15)
 この「知能」が,「答えのない問い」に直面したとき,何が起こるか? 端的に言おう。 「割り切り」 「知能」はそれを行う。(p25)
 そうであるならば,「精神の弱さに流されない迅速な意思決定」とは,何か? それが,昔から語られる,もう一つの言葉である。「腹決め」(p31)
 前者の「割り切り」の心の姿勢は,心が楽になっている。しかし,後者の「腹決め」の心の姿勢は,心がらくになっていない。(p33)
● では,著者のいう知性の基礎にあるものは何か。精神のエネルギーだという。
 臨床心理学者の河合隼雄が,かつて「愛情とは,関係を断たぬことである」との言葉を残しているが,まさに,その通り。(中略)それができるほどの「精神のエネルギー」を心に宿しているからだ。(p33)
 その精神のエネルギーこそが,「知性」というものの根底にある力。「知性」を磨き続けるために求められる力。(p34)
● その精神エネルギーは加齢によって衰えるものではない。
 我々が意識と無意識の境界で抱いている「人間の精神は,歳を重ねると,エネルギーが衰えていく」という強固な「固定観念」によって,実際に,我々の精神は,歳を重ねるに従って,エネルギーが衰えていく。(p46)
 人間の能力というものは,「一〇〇」の能力を持った人間が,「九〇」の能力で仕事に取り組んでいると,その仕事をたとえ「一〇〇〇時間」行ったとしても,確実に力は衰えていく。 もし,「一〇〇」の能力を持った人間が,自身の能力を高めていきたいと思うならば,「一一〇」や「一二〇」の能力が求められる仕事に集中して取り組む時間を,たとえ「毎週数時間」でよいから持たなければならない。(p48)
● ところが,知識偏重は現在でも止んでいない。そのことに警鐘を鳴らす。
 現代の日本においては,初等教育から大学教育に至るまで,「知識」というものを,大量に,速く,正確に記憶し,必要なとき,それを速やかに取り出せる人間が「優秀」とされてきたからである。そのため,実社会に出ても,まだ,その「知識偏重」の意識から抜け出せず,本来,「経験」を通じて「知恵」として掴むべきものを,ただ「知識」として学んだだけで,「価値ある何かを掴んだ」と思い込んでしまうのである。(p63)
 そもそも,世に溢れる「プロフェッショナル論」の本は,それが真っ当な本であるならば,「いかに楽をしてプロフェッショナルになることができるか」を語ることはない。それが真っ当な本であれば,「プロフェッショナルになるためには,どのような苦労を積むべきか」を語っている。(p66)
 こうした「安直な精神」が生まれてくる背景にも,長年続いた「知識偏重教育」と「受験教育」の弊害がある。なぜか? 「知識の学習」には,「うまい秘訣」があるからだ。(p67)
● ぼくらはそうならないように用心しなければならない。といって,手っ取り早い方法論があるわけではない。
 我々は,無意識に,自分の思考を,自分が得意だと思っている「思考のレベル」に限定してしまう。そして,その「自己限定」のために,自分の中に眠る「可能性」を開花させることができないで終わってしまう。(p92)
 知識社会とは,実は,「知識が価値を失っていく社会」。彼が考えるべきは,本を読み,「知識」を身につけ,資格を取るという方針で,若い世代と同じレベルで競争することではなく,過去の経験から掴んだ「知恵」の「棚卸し」である。(p119)
● 戦略について,独自の見解を披瀝する。
 「戦略」とは,「戦い」を「略く」こと。すなわち,「戦略」とは,「いかに戦うか」の思考ではなく,「いかに戦わないか」の思考に他ならない。(中略)真の知性は,「戦って相手を打倒し勝つ」ことに価値をおくのではなく,「無用の戦いをせずに目的を達成する」ことに価値を置く。(p137)
● 最後にまとめ。
 「自分の心」「相手の心」「集団の心」の動きを感じ取る修行を積むことは,「人間力」のレベルの知性を磨くためには,最も基本的な修行である。 なぜなら,「相手の心」の動きを感じ取ることができるからこそ,その相手に対して,最も適切な言葉を選んで語りかけることができ,最も適切な行為をしてあげることができるからである。(p173)

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