2015年3月10日火曜日

2015.03.09 松尾 豊・塩野 誠 『東大准教授に教わる「人工知能って,そんなことまでできるんですか?」』

書名 東大准教授に教わる「人工知能って,そんなことまでできるんですか?」
著者 松尾 豊
    塩野 誠
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2014.10.14
価格(税別) 1,400円

● 人工知能ってまだ生きていたのか,っていう程度の認識しか持っていなかった。人間の脳とコンピュータはまったくの別物であることがハッキリした結果,人工知能の研究は頓挫し,棄てられた領域だと思っていた。
 いや,バカですな。これは石器時代の認識なんでした。でも,企業の中にもそうしたところがあるらしい。
 企業によっては,人工知能が嫌いなところもある。上層部が古い世代ですと,人工知能は昔やってダメだったという印象が残っている。いまさらAIをやっても無駄と考える企業も存在します。(p267)
● 面白かった。わかるかわからないかは別として,一気通貫で読了できる。面白い世に中になっているんじゃないか。何が面白いかって,次の一文に要約される。
 「知能」という人類にとって最大の競争力がもはや競争力でなくなったときに,世界はどう変わるのか。それに対して,日本はどうすべきか。自分はどうすべきか。わくわくします。(p277)
 あと,頭がいい人はほんとに頭がいいんだなってこと。教える側の松尾さんも,質問する側の塩野さんも,おそろしく頭がいい。だから面白い本になるんだな。バカが書いているのは,読んでてイヤになるもんな。バカは俺一人でいいよ,ってなもんだ。

● まずは,データが爆発的に増えていることが決定的だという話。
 いままではデータがなかったので,(中略)ルールをたくさん描いていました。「エキスパートシステム」や「プロダクションシステム」と呼ばれるもので,これでもかなりのことはできますが,十分なデータがないところで作っていたため,いろいろ問題も起きてきました。(中略) しかし現在はデータが非常に増えてきていますから,データに基づいてルールを作っていくのが賢い方法,いま風のやり方なのだと思います。(p52)
 「もし~~なら,~~と判断せよ」 後段で「~~と判断せよ」などと命令しますが,この部分は診断結果を示すでも,適切な広告を出すでも何でもいい。ポイントは「もし~~なら」の前段部分で,ここをより多くのデータから(コンピューターが)自分で学習するようになっています。(p72)
 いままでデータがなかったため,自分の判断や多くの人の議論で構築してきた部分があります。データがある状況では,本当にいままでのやり方が正しかったのかどうかを問い直すことが大事だと思います。ほとんどの場合,データを見てから何をすべきかを考えたほうがいいので,データ活用の余地は,少なくとも日本国内においては相当あると思っています。(p262)
 私はかなり昔から,常識的なことって何だろう,なぜあるのだろうみたいな疑問を持っていましたので,そこがデータによって疑われていることは非常に興味深いわけです。(p269)
● データによっていろんなことが白日の下にさらされることになる。となると,今ある制度について,その根本にまで遡って,なぜこの制度があるのか,何のためにあるのか,そこを見直す必要が出てくる。
 いまある社会制度や法律などは,非常に上手くできていて,理念とそれを運用する方法のセットになっている。運用する方法が既存の科学技術とか実行可能な範囲で考えられていますから,運用上の柔軟性の余地や関わる人の行動の余地がいろいろある中で,そうした余地をうまく吸収できるように設計されています。そのため,すべてデータで見えるようになっていく状況では,設計のし直しを考える必要があり,そのときに社会制度の根本に立ち返らなければならないと思います。(p177)
 本当のところは,確率的に言うと絶対自動運転のほうがいいに決まっています。問題は何かあったときに謝ってくれる人がいないこと。いまの社会制度において,最後に謝ってくれるのが誰かというところが合意できなければ,自動運転は先へ進まないと思います。(p186)
● その他,いくつか転載しておく。
 私が本当に怖いと思っているのは,社会を変えるような人工知能は,人間のような形をしていないし,ふるまいもしないことです。それはただただ単純に予測精度が高いものです。(p41)
 人間の場合,とくに人の顔に関しては,非常にたくさんの情報を読み取ります。(中略)例えば、唇の両端は上がっているか下がっているか,目尻の動きはどうか・・・・・・。(中略)こうした「特徴量」を人が手で作るのは難しいのですが,コンピューターが自動的に作れるようになりつつあって,顔画像の認識精度もどんどん上がってくると思います。(p59)
 人間は少ないデータから,いかに人より早くパターンを見つけるかという競争をやっています。なぜなら,他の生物や個体に勝って生き残るには,「異変にいかに早く気づくか」が決定的に重要だからです。(中略)少ない例からパターンを見つけるには,少ない事例の中でも,グルーピングしなければなりません。(p64)
 研究で論文を通すことを考えても,半歩先が実はかなり重要です。科学技術のように真理があると思われている分野でも,やはり飛びすぎると理解されないものです。(p149)
 機械学習的には,下のレイヤーからだんだん積み上げて作っていくことによって学習速度を上げていきます。そうするといったん上のレイヤーまで作ってから,下のレイヤーを作り直すのは非常にやりにくい。ですから上のレイヤーまで作ったら,全部壊して下からもう一回作ったほうが早いわけです。 これは個対を入れ替えるということで,違う個対として,また赤ちゃんからやり直したほうが,結局は変化に対応しやすいということだと思います。ここはおそらくロボットがやっても同じで,どこかで初期化したほうがいいという話ですね。(p207)
 いま非常に伸びてきている大学がいくつもあって,その卒業生と比べても東大を出る人は優秀だと思いますが,それは入る学生が優れているからという状況に留まっていると感じています。 今後,グローバルな大学間の競争が非常に激しくなってきますので,入った後の増分で勝負するしかないと思います。(p231)
 昔の人は本を読む機会が少なかったために本に対して強い飢えがあって,たくさん本を読むようになったとか,そうした飢餓の教育効果があるでしょう。いまは何でも与えられているがゆえに自発的に勉強しようとしないのであれば,欠乏の効果をもう少し科学的に実証し,それをうまく使っていくことですね。(p239)
 自分で計算する重要性は本当に大きいと思います。思ったとおりの結果は絶対に出てこない。そうすると,見過ごしていた前提とか過程とかがはっきり理解できるので,分析する意義はとてつもなく大きいのです。(p271)

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