2015年1月27日火曜日

2015.01.26 茂木健一郎 『ピンチに勝てる脳』

書名 ピンチに勝てる脳
著者 茂木健一郎
発行所 集英社文庫
発行年月日 2013.08.25(単行本:2010.09.29)
価格(税別) 500円

● 単行本も読んでいるんだけど,「文庫化するにあたり大幅に加筆・修正しました」ということなので,文庫の方も読んでみることにした。
 その間,東日本大震災があった。「ピンチのときが,最大のチャンスである」の章は,だいぶ書き替えられているようだ。
 本書の構成は,ほかに「挑戦し続けることで脳は変わる」と「人生を全力で踊る。楽しむ」。

● 元気がでる。テキパキと動いて,やるべきことをサッサと片づけようという気になる。たいていのことは笑い飛ばしてやろうと思う。
 もちろん,すぐに元に戻ってしまうのではあるけれども,それでもともかくバーッと動くひと時を持つことができれば,読書の効用としては充分すぎるだろう。

● 以下にいくつか転載。
 まずは,とにかく行動だということ。
 「わからない」といって右往左往した揚句,結局「何も行動しない」ということを選ぶのは一番始末に負えない結果を招きます。 何も決めずに無為に時間が過ぎるよりは,それがたとえ正解だとうかはわからなくても,とにかくある選択肢を決めて,アクションを起こす。それが,たいていのケースにおいてベストな選択です。(p55)
 「こんな試験の準備をしたからって,人生にとって何の意味があるんだろう」 そもそもこのような問いを思いついてしまうことは,受験生にとっては危険極まりないことです。あるいは会社員が,「こんな仕事にいったい何の意味があるんだろう」と疑問を抱き始めてしまったら。 ニーチェの「舞踏」の概念は,つまりは意味を問わないことだと僕は解釈しています。とにかく「意味など問わないで人生を踊れ」ということだと。(p171)
 ただ,そのときにも立ち止まって無言で考え続けるのではなく,動いていることが大切なのであり,ならば悩むよりは行動してしまったほうがよほどてっとり早い。(p195)
 そもそも「間違った方向へ走ってしまったら」という考え方自体が,すでに佇んでいる人の発言です。人生を踊れていない。全力で疾走する覚悟が決まっていない。(p199)
● では,どうしたら行動できるようになるのか。
 新しいことに挑戦できる人と,できない人の違いは,どこにあるのでしょうか。 僕が見ていて思うのは,挑戦できる人は,あまり構えないでリラックスしていて,スーッと始めてしまいます。そして挑戦した結果が,どんなに惨めなものに終わっても全然気にしない。人目を気にしないというのはすごく大事なポイントです。(p116)
 仕事でも勉強でも,「自分が好きでやっている」と思い込むことは重要です。実際にはそうでなくてもいいのですが,大切なのはそう思い込むことです。 逆にいえば,自分が好きでやっていることでも,「ああ,面倒くさいなあ」と思いながらやっているのでは,結果はあまり期待できません。 なぜなら,どのような場合でも,脳に強制することはできないからです。(p210)
 脳の神経細胞は,生きている限りずっと活動しているのです。何の命令がなくとも勝手に。これを神経細胞の自発的発火といいます。この事実はまず,ぜひ皆さんに,大前提として覚えておいていただきたいと思います。(p211)
 脳において,強制的にやらされていると思っていることは何の効果も生み出さず,自発的にやっていることは「プラシーボ効果」を起こしやすい。(中略)「本当に自分はこの道を進んでいいのだろか」「もっと他にやるべきことがあるんじゃないだろうか」 そうやって自分の行動を疑い続けているよりも,「これが今できる最高の選択」「自分の信じる道を行くのみ」と,根拠なき自信でもいいから明るく信じ込むことが大切です。(p213)
 本当は,脳は「走っている状態」,いわばハイテンションになっている状態のほうが,ずっと楽なのです。そのコツさえ,脳のためにつかんでやれば,あとは勝手に脳がやってくれます。僕たちがすべきこと,それはハイテンションで走る脳の邪魔をしないことだけです。 キーワードは「脱抑制」なのです。不調なときというのは,脳に抑制をかけてしまっている状態です。本当は人間の脳はいろいろなことをやれる可能性にあふれているのに,そしてやりたがっているのに,勝手に自分で自分の脳に抑制をかけて,自分の脳に向かってダメだしをしている状態。それが不調のときです。(p215)
● インターネットがもたらした大変化と,それを活用するコツ。
 今何が起こっているのかというと,先ほど述べたようにグローバリズムが進んで,新大陸がたくさん生まれたということです。インターネットの世界は,私たちが生活している物理的な空間のような制約がないぶん,無限の可能性があります。(中略)インターネットの登場によって,ゲームのルールが変わりました。それなのに,日本人はいまだに,物理的な日本の狭い空間の中で肩を寄せ合って,暮らしている。(p120)
 知識がないのに、いたずらにネットサーフィンをしても,余計な情報ばかり入ってきて,それに振り回されてしまうことになりかねないからです。 そこで僕がお勧めするのが,知識や見識のある人のツイッターをフォローする,という方法です。(p184)
 今僕がツイッターでフォローしているのは,文化人を中心として千四百人くらいですが,彼ら全員と一対一のメールの交換をしようとしたら,いったいどれくらいの時間がかかるでしょうか。というよりも,むしろ不可能なことかもしれません。 それが今やいちいち個々に連絡を取り合わなくても,お互いに何を考えているかがわかるのです。(p189)
 「つまらなければ誰も読んでくれない」 その感覚を心地よいものとして感じられる人でないと,これからの時代にはもう輝くことは不可能です。(p193)
● 英語の重要性が説かれる。英語でインターネットに発信できること。しかし,教育も含めて,まだまだ問題が多い。
 言語はオープン・エンドです。学ぶべき内容を制約し,標準化しようとすることは,英語を学ぶ意欲を失わせることになるでしょう。(p140)
● その他,いくつか転載。
 教育にしても結婚にしても,「これさえクリアすれば人生『勝ち組』」という短いスパンでも「部分最適」を,日本人は安易に前提にしすぎています。 そこには,あらゆる意味での不完全情報が,まったく考慮に入っていません。(p70)
 (日本は)実質的に自分たちが判断するのではなく,とにかく権威に弱いという意味で,絵に描いたような権威主義的な国です。 人間というのは,自分がやろうとしていることをいちいち邪魔されていると,「ひょっとしたら俺の考えは間違っているのかな」と弱気になってしまうものです。(p88)
● この本が書かれたときは民主党政権の時代で,日本は沈むしかないのではないかという閉塞感や沈滞感が満ちていた。
 最近は少し以上に日が射してきてると思うけれども,著者は次のような警鐘を鳴らしていた。
 日本がこれまで得意としてきたものづくりの世界でも,今や隣の韓国がどんどんその能力を向上させてきています。そのあとに続く中国のエネルギーだったすごいものです。日本の富の源泉であったものづくりの世界が,もはや危うくなってきている。(p75)
 たぶん,“ものづくり”というときに,家電やIT器機を念頭に置いていたのだろう。iPhoneやiPadを日本のメーカーが生み出せなかったことに危機感を抱いていたのではないか。
 が,日本の“ものづくり”の真骨頂はそんなものにあるのではない。もっと基幹的なところだ。
 日本の“ものづくり”は依然として世界に冠たるもので,韓国や中国など問題にもならない,とぼくは楽観している。考え得る将来においても同様だ。

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