2014年3月31日月曜日

2014.03.31 アフロ編 『1950-2011 STYLE BOOK』

書名 1950-2011 STYLE BOOK
編者 アフロ
発行所 新人物往来社
発行年月日 2011.09.29
価格(税別) 1,400円

● ハリウッド女優やスーパーモデルの写真集のようなもの。登場頻度が高いのは,マリリン・モンロー,グレース・ケリー,オードリー・ヘプバーン,ツィッギー。
 ほかに,ジャクリーヌ・ケネディ,マリア・カラス,ココ・シャネルの肖像も。

● 当然,眼福度は高い。あたりまえだ。美人を選りすぐっているんだからね。

● ただ,本書は女優やモデルではなく,ファッションを見させるために編まれたものだろう。そのファッション,たとえば着こなしの難易度とか,そういうものはぼくにはわからないねぇ。
 そもそも,ファッションとそれを着ている人は一体だろうから。ファッションを云々するには,まず身体を作らなきゃだよね。

2014.03.31 長谷川慶太郎 『破綻する中国,繁栄する日本』

書名 破綻する中国,繁栄する日本
著者 長谷川慶太郎
発行所 実業之日本社
発行年月日 2014.02.10
価格(税別) 1,500円

● 中国の崩壊が間近に迫ってきたという危機感が著者にあるようだ。シャドーバンキングの問題,その背後の共産党と人民解放軍の確執,汚職という言葉では表現しきれないほどの政治腐敗,恫喝外交,貧弱な軍備,使い捨てにされる国民の不満。
 シャドーバンキングから融資を受けた中小の民間企業の社数は300万社,その企業に勤めている従業員数は2億人にものぼります。それが,2013年12月から2014年1月にかけて全部,整理された可能性があるのです。(p36)
 中国が崩壊して在留邦人12万8000人が危険な目に合えば,本当に日本人の目は覚めます。“これは大変なことになった,今まで日本の企業経営者たちは何をしてきた”ということにきっとなります。日本企業は従業員の生命や財産を守るという安全保障面で判断する観点がこれまでなかったのです。(p46)
 汚職を取り締まる中国共産党中央規律委員会が,このほどCNPCと,同社の子会社である中国石油天然気の元幹部4人を摘発しました。(中略)この汚職事件を調査すれば江沢民を中心とした石油閥首脳部の摘発にたどり着けるはずです。(p98)
 日本では考えられないでしょうが,「記者の家族が公安の監視下にある」のです。また,ある一般紙の中国特派員が告白していましたが,「いつ自分の娘が誘拐されるか,また,自分が知らないうちに,白い粉(麻薬)が背広に入れられるか分からない」といっていました。記者たちは公安当局からいつも監視されており,住居やオフィスも盗聴されているのです。非常に緊張感のある現場で報道しています。こうした状況ですから,これまではなかなか,真実を報道するのは中国では難しかったのです。(p120)
● 韓国に対する著者の見方も,だいぶ厳しくなっている。愚鈍な大統領,正直さを欠いた国民,サムスンの失速。
 この2つ(中国,韓国)の国民は近代国家の国民ではないのです。どうして,そのようなことがいえるのか。両国は約束を守らないし,受けた恩義を尊重しないからです。 こういう人たちが近代社会で生きていくことが出来ますか。近代社会の根底にあるのは,約束社会です。約束したことを勝手に破ったら,その人は近代社会の人ではないのです。それが,中国や韓国なのです。実はそれが両国のいうところの「歴史認識」です。(p152)
 国際関係で一番大事なのは,一度,結んだ条約というのは,締結相手国の合意がない限り修正はできないということです。韓国にはその国際常識がない。自分たちの勝手な都合で変えてしまう。(p154)
 韓国の裁判所は世論になびきやすいといえます。本来,裁判官は法秩序を守る番人であるはずですが,韓国の裁判所は社会的な流れを重視しがちです。憲法より,国民感情が優先され,法の支配が揺らいでしまう国柄なのです。だから韓国は一流国家になれないのです。(p157)
 韓国では誣告罪,詐欺罪など「ウソ」による犯罪が日本に比べ物にならないくらい多いのです。(中略)つまり,日本人は正直なのです。韓国人はウソをつくことを何でもないと思っている人が多いのです。だが,一時は騙せても,長い目で見れば決していいことではない。韓国人は信用出来ないというレッテルが貼られてしまうのです。(p168)
 日本が韓国を併合してから韓国は経済発展し,治安も改善したのです。1910年から45年までの35年間に韓国の人口がどうなったか。実に2倍になりました。経済力の裏付けがなかったら,どうして人口が増えますか。そして文化・教育面でも随分,日本は貢献してきました。一番,大きいのは識字率のアップです。日本が併合した時,識字率は30%を切っていましたが,それを100%にしたのです。日本の教育政策の恩恵です。(p170)
 これはたしかにそのとおりなんだと思うけど,問題は韓国民に望まれてそうしたわけではないってことでしょうね。日本はロシアから自国を守るために,朝鮮半島を支配下に置く必要があった。
 その判断は間違ってはいなかったと思えるけれども,韓国民に感謝してもらうのは難しいでしょうね。
 中国人や韓国人はイノベーションに対する取り組みは甘い,というより嫌なのです。手で物を作ることに,物凄く拒否反応がある国民なのです。金儲けというのは算盤と契約書で儲けるものと考えています。安く買って,高く売るという儲け方が一番,いいと思っています。(中略)両国の国民性から判断すると,国際的な信用に裏付けされた発展を期待するのは難しいかも,知れません。(p231)

2014.03.30 番外:ビジネスで勝つためのiPhone仕事術

編者 齊藤敏夫
発行所 マイナビ
発行年月日 2014.03.29
価格(税別) 780円

● わかってるんですよ。すでに読んだものとそんなに違ったことが書かれているわけがないんですよ。
 アプリの紹介がメインで,それらの大半はすでに知っているものなんですよ。読むとたしかに便利に思えるんだけど,実際に使ってみると,アプリを使うために使うっていう,何だか使われてる感が漂いだすんだろうなぁと思うんですよ。

● 30分程度でサッと目を通したんだけど,案の定ですよ。でも,書店に平積みされているのを見ると,買ってしまうんですよねぇ。

● 6人の活用例が紹介されているんだけど,皆さん,バリバリと仕事をされている方で。なるほど,ビジネスで文字どおり戦っている人には,これらのアプリは役になってくれるのかなぁ,オレはあんまり戦ってないから要らないと思うだけなのかなぁ,と。
 でも,編集が入ってるんでしょうね。実際に本人に話を聞けば,この記事から受ける印象とはまた違った感想を持つに違いないんでしょう。

● iPhoneやAndroidを仕事に使っている人って,どのくらいいるんだろう。せいぜい手帳代わりだと思うんだけど。
 ぼくのGALAXY S Ⅲにもオフィスアプリが最初から搭載されているけれど,使ったことは1回もない。皆さん,同じようなものなんじゃないかなと思ってんですけどね。この画面で,しかもフリック入力でどうしろっていうんだ?

2014.03.29 西川 治 『死ぬまでに絶対行きたい世界一周 食の旅』

書名 死ぬまでに絶対行きたい世界一周 食の旅
著者 西川 治
発行所 PHP
発行年月日 2014.03.04
価格(税別) 1,300円

● 写真と文章で世界の食を紹介。調理法も材料も彩りもじつに多彩。世界は広いと感じさせる。

● 次の文章が出てくる。
 ベトナム人の金銭的な収入はお世辞にも豊かではない。だが,ここに並んでいる料理屋天秤棒を担いで売りにくる食べ物の豊穣さは,うらやましくもある。それに比べ今の東京の若者たちの単純な食生活を見ていると,暗澹たる気持ちになる。(p30)
 自分もそうだと思う。ぼくの食生活はファストフードで満たされているから。

● 昔,貧しさがそこここに溢れていた日本の農村では,今からではあり得ないような贅沢なものを食べていたことも記憶している。天然のワラビ,ゼンマイ,山菜。純度百パーセントのヨモギ餅。たけのこ。手作りの味噌,納豆。
 ただし,その昔と今のファストフードのどちらがいいかと問われれば,圧倒的に今の方がいいと答える。ぼく一個はそう思っている。

● 日本人が世界に冠たる少食民俗であることも関係しているかもしれない。食が細いから,そんなには食べられない。
 韓国人と比べても日本人は少食だ。だいたい,日本人は口で食べるが,韓国人は全身で喰う。韓国の料理は旨いから,それはそれでわかる気もするんだけど,アメリカ人ときたら,不味いものを大量に喰う。あれは訳がわからない。どうなっているんだ?

● 経済と食の多彩さは比例しない。これは当然な話で,人は食だけで生きているのではない。
 昔,高橋義孝さんが,錠剤を一粒飲めばすむようになればいいのに,と書いているのを読んだことがあって,それが妙に記憶に残っている。高橋義孝さんは食通でもあると思うんだけど,食にも飽きる人がいる。
 そういうのもありなのが豊かということだと思う。

2014.03.29 斎藤一人・柴村恵美子 『すべての悩みに答えます』

書名 すべての悩みに答えます
著者 斎藤一人
    柴村恵美子
発行所 KKロングセラーズ
発行年月日 2014.04.01
価格(税別) 1,300円

● サラッと読めてためになる。とんでもない生き方のノウハウが詰まっている。人に介入しようとしないこと,口ではなく巧まざる態度で示すこと,難しく考えないこと,笑顔でいること,など。
 何となく,子どもの頃には知っていたことですよ。それが思春期をへて青年期になる頃から,どこかに忘れてきてしまった。一度忘れたものを取り戻すのは,なかなか容易なことじゃない。

● 以下にいくつか転載。
 なんで仲良くしおうとするの。なんで? だって合わないんでしょ。で,嫌なやつなんでしょ。なんで仲良くするの。そんなことしてたら,人生がおかしくなっちゃうよって言いたいの。(p28)
 人のことをあんまりかまっちゃだめだよ。人には人の苦労があるの。で,その人にはその人の喜びがあるの。だから目が行くんだったら,その人のしあわせな部分に目が行くようにしな。困っている部分が目が行っちゃだけだよ。困っているなっていう目で見ると,相手がその波動まで背負って,余計に困るからね。(p44)
 女の社員っていうのはな,社長に惚れてりゃいいんだよ。掘れた人のためには一生懸命やるんだから,魅力的な社長になったほうがいいよな。(p54)
 かっこいい人は何を着ててもかっこいいの。それを,男ぶりっていうの。で女は女ぶりなの。だからもてる人は,縁台でステテコで,ビール飲んでたって,もてるの。かっこいい人は何してもかっこいいの。(p85)
 俺はしあわせで,元気なの。俺が向こうに近付いちゃだめなの。向こうが一歩でも半歩でも俺に近付くの。(p112)

2014年3月28日金曜日

2014.03.27 宮沢章夫 『アップルの人』

書名 アップルの人
著者 宮沢章夫
発行所 新潮文庫
発行年月日 2009.01.01(単行本:2006.01)
価格(税別) 514円

● アップル製品を中心としたIT関連の話題を絡ませたエッセイ集。面白かった。一気通貫で読了。買ったのは2年前。なんでこんなに寝かせておいたんだろ。

● 文句を言いながらもMacが好きなんですな。ただし,Mac一辺倒ではなく,Windowsも使っている。書く内容によって使い分ける。
 わかる気もするんだけど,ぼくはWindows一辺倒なので,気がするというにとどまる。

● 昔はね,Macに替えようかなと思ったこともあったんだけどね。そう思う理由が,Macを使っている自分ってなんかいいかな,というあたりだったからね,それはちょっと違うんじゃないか,と。
 昔はパソコンに夢を持てたんですよね。Macに替えれば,自分の何かが変わるんじゃないかっていうような。今はそれはない。パソコンは道具。
 ぼくなどが思いもつかない使い方をしている人もいるんだと思うんだけど,道具としては今使っているWindowsマシンに不満がない。

● だからとつなぐのがいいかどうかわからないけれど,パソコンとかインターネットからこの本に登場するような様々なシーンを紡ぎだすことは,ぼくにはできないんですね。

2014.03.27 舛岡はなゑ 『一生しあわせ論』

書名 一生しあわせ論
著者 舛岡はなゑ
発行所 KKロングセラーズ
発行年月日 2014.02.10
価格(税別) 1,400円

● 幸せになるのは権利じゃなくて義務。斎藤一人語録の代表的なもの。そのための方法論もたくさん出版しているし,その付録に付いてくるCDもぜんぶ集めるとかなりの量になる。
 アメリカ発の「成功哲学」などよりずっと面白い。正しいかどうかは知らないけど,面白い。

● 本書でそうかと思ったことがひとつ。次のようなことはよく言われる。
 ゆるせない人がいる間は,決してしあわせにはなれません。なぜなら,「ゆるせない!!」って言うときって,たいがいは自分のどこかが,ゆるせない。自分を嫌っていることが多いんですよ。(p105)
 で,そうなのかぁと思う。思うけど,じゃあぜんぶ水に流しましょ,ってできるかというと,聖人君子じゃあるまいし,そうはいくかい,と思う。

● でも,許すってそういうことじゃないようなんだね。
 「(嫌いな人はいないけど)どうでもいい人はいます」って言ったのね。なんていうかな,別に,眼中にない人っていうか。(中略)だから,「ヤだな」と思う人は別にいないんです。視界に入ってこないので。(p202)
 許すんじゃなくて,どうでもいいヤツにしちゃえばいいのか。ああ,そうなのか,っていう。
 これさぁ,最初に言ってくれないと,許す=自分が我慢する,的な捉え方を普通はしちゃうよね。で,やろうとするんだけどできない。できない自分=ダメ人間,ってことにたやすくなる。

● 以下にいくつか転載。わが家もシャレにならない問題を抱えているんで,何だかすごく心に染みてきましたよ。
 しあわせな人を見ているうちに,(引きこもっている)不幸せな人は家にいるのがバカバカしくなって,しあわせのほうに引っ張られないといけない,と言いたいのです。 ところが,たいがいの人って,「わたしだけ,しあわせになれない」って,不幸せな人といっしょになって,つらい思いをしたりして,不幸に引っ張られちゃうんですよ。 そうじゃないんです。逆なんです。(p80)
 この人の心のなかの奥の奥に,キレイな真の魂がある(p90)
 他人のしあわせを祈る,豊かな波動になっちゃうと,その波動通りの人生がくるから,実は自分がいちばん豊かになる,というワケ。(p97)
 自分に自信がない男性に「この人に声をかけたら大丈夫そうだな」って思われるよりね,自信満々の男性に「あぁ,素敵だな」と思われたほうがよくない? そのほうが,女冥利につきると思いますよ。(p129)
 なんか問題が起きるでしょ。そしたら,「絶対,大丈夫」って,まず言ってください。「自分にとっていいことに決まっている」って。とても思えなくても,かまいません。(中略)なんだかわかんないけど,いいに決まってるんです,あなたに起きることは。(p188)

2014.03.27 美月あきこ 『ファーストクラスに乗る人のシンプルな習慣』

書名 ファーストクラスに乗る人のシンプルな習慣
著者 美月あきこ
発行所 祥伝社
発行年月日 2009.12.10
価格(税別) 1,400円

● 「ファーストクラスに乗る人」というタイトルは,いくつかのパクリを産んだと思う(本書が最初に使ったのかどうか,わからないけど)。吸引力がある。いつかはファーストクラスに乗ってみたいっていう人,多いだろうからなぁ。ぼくも一度は乗ってみたいけどね。
 で,ファーストクラスに乗れる人の「シンプルな習慣」を教えてくれるっていうんだから。

● 社会人としてのマナーを説いている。えっ,知らなかったよ,っていうのはあんまりない。たいていは誰でも知っていることだと思う。
 ただし,ほとんどできてないわ,オレ,っていうね。

● 最も印象に残った文章。
 ある搭乗の際に私がサービス担当となった某社の社長さんは,別のフライトで再会した途端,「美月さん,その後はどうなったの?」と声をかけてくださいました。前回,私が話した内容を覚えていてくださったのです。その方の記憶力に驚き,やはり身体がふるえるような感動を覚えました。自分を個として接してくださった証だからです。(p180)
 サービスを提供する側にしてみれば,これは本当に嬉しかったに違いない。自分が個として扱ってもらえたっていうことが。逆に,個として接してもらえることが,いかに少ないかということだね。
 CAに限らない。ホテルマンも書店員もコンサートホールの案内スタッフも吉野家のアルバイト店員も,個として接してもらうことなんかほとんどないだろうな。彼や彼女の役割しか,お客は見ていない。
 しかも,それは自分に対するサーバント的なものだと思っている。自分を優位に立たせている。お客が話しかけてくるときは,要求かクレームだろう。モチベーションを維持するのも難しいのではないかと思う。

● この文章を読めただけで,収穫としては充分かな。こちらも名前を憶えるとか,個として興味を持つとか,心がけなければならないことが色々あることに気づかせてもらえたからね。
 っていうかね,これも知ってはいたよね。今までしてこなかっただけで。では,これからできるのかってことなんだけど,正直,自信はないかな。ファーストクラスには乗れないね。

● 顔相の話も出てくる。ぼくの印象ではね,異形がいいですね。伸していく人って,異形ですよ。言い換えると,幼児が見たら泣きだすような怖い顔。
 いわゆる福相というのがあるけれども(耳が大きいとか),福相じゃないとダメかっていうとさ,そんなことはないと思うんですよ。
 ただね,この部分,うちの豚児に読ませてやりたい。目を切れ長にとか,鼻を高くとか,整形させろと騒いでいるバカ者なんで。そんなことをしたらせっかくお金持ちになれる相なのにもったいないだろ,って。

● ファーストクラスに乗る人は「じつにこまめにメモを取る」そうだ。「手のひらに載るような小さなメモ帳やカード,あるいは手帳をいつも持って」いる。ビジネスやエコノミーでは,「ペンを貸して」と頼まれることが多いんだけども,ファーストではそれはない。
 手帳もシンプルなものが多いらしい。「分厚い多機能タイプ」(システム手帳のことだろう)はあまり見ないという。ぼく,分厚くはないけれどもシステム手帳派。

● メモでいうと,著者のおすすめは,今泉浩晃氏考案のマンダラート。先日読んだ藤原敬之さんもこれをA4で使っているらしいから,企画とか発想とかにわりと使われているんでしょうかねぇ。

● その他,いくつか転載。
 ファーストクラスを利用する人たちの多くは,平素は時間に追われ、分刻みで仕事をしています。しかし,ファーストクラスであくせくと働く方を,私は見たことがありません。(p33)
 ファーストクラスのお客様は,とにかく姿勢がいいのです。そして目線の角度が高いのが特徴です。(p145)
 人の気持ちにお金を使う(p196)
 ファーストクラスのお客様は,お好きなものをお好きなタイミングで,いくらでも召し上がれます。それでも,たとえ機内で提供されるお料理が高級割烹とのコラボレーションであっても,それほど召し上がりません。ワインのリクエストもあまりありません。 本当に,手間のかからないお客様です。(p206)
● 事実を見ているんじゃなくて,自分が見たいものを見ているっていうところはあるかもね。
 ただし,ファーストクラスにも「困ったちゃん」はいるのであって,それは章末の「コラム」で紹介されている。

2014年3月26日水曜日

2014.03.26 尾木直樹・茂木健一郎 『おぎ・もぎ対談 「個」育て論』

書名 おぎ・もぎ対談 「個」育て論
著者 尾木直樹
    茂木健一郎
発行所 青灯社
発行年月日 2013.09.25
価格(税別) 1,400円

● 現代の教育の現状を痛烈に批判。これ,教育だけじゃない。大人の世界もあらかた,ここで憂えられているのと同じ様相を呈している。
 ではどうするか。ひとりひとりが従順な羊であることをやめて,声を出すこと,行動すること。

● 一世を風靡した百ます計算にも疑問が呈される。幼稚園でやらせているフラッシュカードに対しても同様。
 テレビでも取りあげられた鹿児島の某幼稚園などが採用している○○式にも疑問を発する。聞く人が聞けば,あ,あれかとわかるものですね。某経営コンサルタントが紹介したものは,ロクなもんじゃないっていうか。

● 以下に,ちょっと多すぎるかもしれない転載。
 僕,その早稲田の授業の1年目に,すごく厚めの専門書なんだけれども,この本,面白いから読むと良いよ,と学生に紹介したんです。そうしたら,次の週までに読んできた女の子がいて,びっくりしてしまった。日本人の,普通の,女の子なんですよ。それで,「おまえ,あれ読んだの?! すげえな,おまえ! どこの高校から来たの?」って聞いたんです。そうしたらね,スイスの寄宿舎学校だっていうの。日本の高校だと,いわゆる偏差値が高いといわれている所でも,そういう感覚で学問に向き合える学生は,いないですね。(茂木 p44)
 学校に行かないと,社会性がつかない,なんていうのは嘘です。(茂木 p52)
 自然体であいさつできることが,重要だと思うんですが,「運動」化してしまうと,間違ってくると思うんです。教育に「運動」はいらない,と僕は思います。「活動」は必要かもしれませんが,「運動」ほど,不気味で,強制的でイヤな実践スタイルはありません。(尾木 p74)
 本来は,百人いたら,百人が市川海老蔵と,仕事は同じ領域ではないけれども,同じ能力を持っているんです。(尾木 p106)
 今を輝いたら,明日が輝くし,10年後が輝いているはずです。今を充実させて,輝くということが大事なんであって,10年後の就職のために,3年先の大学に入るために,今を我慢する,なんてね,そうしたら,ずっと我慢でしょう? それはね,適応主義そのものなんです。(尾木 p120)
 日本の場合は,なんでも「絆」とかいって,一つに,一つにまとめたがる。集団主義的なスタイルをやるのが大好きなんですよね。(尾木 p144)
 茂木 現代における独創性,創造性って,いかに,ネットと切り離された時間を確保するか,ということが一番大事なのかもしれません。 尾木 でも,茂木さんの場合,すごくツイッターなんかやっておられるじゃないですか。僕もブログを毎日どんどん発信するんですが。だから,ケータイやスマホは上手く使えばものすごく使えますよね。 茂木 そうですね。でも,そこで出しているものって,昔の孤独の時代に貯めたもののような気がします。(p199)

2014.03.26 里中李生 『男はお金が9割』

書名 男はお金が9割
著者 里中李生
発行所 総合法令
発行年月日 2014.02.04
価格(税別) 1,200円

● けっこう売れているのじゃないかと思う。タイトルの勝利。
 本書が指摘するのは,貧乏人はバカでマナーを守らないということ。
 貧乏な庶民はマナーとかルールを無視する。「一部の」と言いたいが,「大半の」貧乏な庶民が,と断言してもいくらいマナーを無視する。(p212)
 あなたたちが出向く場所は,お金が安い所だから,どうしても他の暴君たちと同化してしまう。(p212)
 お金がない世界。格安の世界。有料にしなければいけないのに,なぜか無料の場所。それらには,本当に人間のクズが集まってくる。(p221)
 断っておくが,貧乏人のすべての人がバカなわけではない。だが,貧乏人になればなるほど,その確率は格段にアップしてしまうと言っているのだ。お金が極端にない人間は,(中略)仕事ができない人間がほとんどだ。 そんな,仕事がまともにできない人間が集まる場所が,ファストフード店だ。安いからだ。そして,同じバカと空間を同じくすることに抵抗がないからである。(p55)
 お金持ちは集団を嫌う。なるべく,集団と関わらない。世俗を嫌うとも言える。集団は愚かだからである。(p56)
● 以上の指摘は正しいか,間違っているか。正しいと思う。
 ぼくはファストフード店にしばしば行くし(ファストフード店にしか行かないといってもいいくらい),百円ショップをよく利用するけれども,著者の指摘は正しい。自分を顧みてそう思う。
 バカとかルール無視の輩は,年齢,性別,収入の多寡を問わず,必ず一定数いるものだと思っている。バカの占有割合は貧乏人とお金持ちとでさほど変わるまいとも思っている。

● 「パークハイアットのスイートルーム」の宿泊客の中にも,たぶんいるはずだ。かつ,その割合は吉野家やマックと同じはずだと思っているんだけど,違うだろうか。
 じつは,お金持ちというのがよくわからない。筋金いりのお金持ちが,「パークハイアットのスイートルーム」にいるだろうか。目立たない恰好で市中に紛れているんじゃないだろうか。
 
● しかし,次の指摘は重要でしょ。
 そもそも,この世で一番大切なのはお金ではない。命だ。しかし,その命を守っているのはお金である。お金がない国では,多くの子どもたちの命が失われていく。子どもを売ってしまう親もいる。その幼い少女を買うお金が「悪」なのだろう。それはそうだが,売る親はお金があったらそんなことはしない。では,お金がない状態が悪とも言える。(p209)

2014年3月25日火曜日

2014.03.25 藤原敬之 『カネ学入門』

書名 カネ学入門
著者 藤原敬之
発行所 講談社
発行年月日 2013.11.11
価格(税別) 925円

● 「週刊現代」に連載されたもの。軽い読みもの。サラッと読めばいい。実際に,サラッと読める。
 ただし,著者は離婚を二度経験し,(ぼくの感覚からすると)カネを親の仇のように遣い,ファンドマネージャーとして1日で3億円の損失を出したときには,血が引いていく音が聞こえるという,すさまじい目にも遭っている。
 そういう人が書いたものだ。メインは相場の話。

● 株の経験はぼくにもある。著者に比べれば,素人の手慰みかご隠居の手すさびに過ぎないけど,今住んでいる家は株で建てた。住宅ローンは必要なかった。
 持っていたのはタイのバンコクバンク。売って数ヶ月後にアジア通貨危機がタイや韓国を襲った。いいときに売ったと思ったけど,そんなのは一過性だったから,あと数年持ち続けていれば,あるいは億を超えたかもしれない(それはないか)。

● ぼくが株を始めたのはバブル期だった。あの頃は,どんな株でも買いさえすれば儲かったという人がいるんだけれども,たぶん,そんなことはないな。
 バブルは過ぎてみてバブルだったとわかるもので,渦中にいるときは,今は持ってさえいれば上がるんだなどと思えるわけもない。明日どうなるかなんてわからない。
 実際,売買が成立しているということは,売り方と買い方が揃っているということだからね。バブルだろうと何だろうと,株はゼロサムゲームだ。損した人も多かったと思いますよ。

● その後,バブルがはじけたときに,ぼくも500万円近いカネを紙くずにしたけどね。北海道拓殖銀行の倒産見て,底を打ったと思って出動したら,その後に山一証券の破綻を始め,いろいろあって,株価もどんどん下げた。
 それで手仕舞い(弾が尽きたからね)。以後,株には手を出していない。

● 1年間の利益が本業の年収を超えたこともあった。ひと晩寝て起きたら,財産が数十万円増えているですよ(数十万円減ってることもあったわけだけど)。薄給のサラリーマンにしてみたら,気も大きくなろうというものだ。
 ただね,この片手間の株で儲けたことが,トータルでプラスだったかマイナスだったかというと,少し以上に微妙だね。マイナスだったかもしれないと今では思う。

● 要するに,本業に向かう姿勢がガタガタになるんですよ。まるで身が入らない。気が行かない。どうしてもそうなる。株をやめても,改まることはなかったしね。それでなくても浅学非才なわけだからさ。
 で,職業人としてはだいぶ後方にとどまっている自分を発見することになる。出世とか昇進もそうだけど,それだけにとどまらない。姿勢とか心構えの次元で,ファイティングポーズをとれなくなっていた(もっとも,株をやらなくても,同じようになっていたかもしれないんだけど)。

● で,困ったことに,今でも,カネに困ったら株式市場で摘んでくればいいとどこかで思ってるんですよ。摘めるかどうかなんてわかりませんよ。おそらく,摘まむことも掬うこともできないでしょうね。
 でも,少ない成功体験から自由になれていないんですね。ここまでくると,トータルでは明らかにマイナスってことですかね。

● 以下,いくつか転載。
 米国人の場合,どんなに優秀でも教養のある人間は金融の世界にほとんどいません。(p47)
 景気は人間の『気』でできています。(p72)
 株価は将来利益の先食いに他なりません。『将来』に期待が持てなければ,今の利益が高くても株価は下がっていく(p72)
 日本の株式市場は1989年12月29日の日経平均株価3万8915円の史上最高値から既に23年が経っています。バブル経済の象徴であった株式市場が大天井を打ってから23年も経ったということです。 実は近代経済史では何らかの商品の価格がバブル化し,それが崩壊しても約25年経つとピークを更新するという特性が存在します。(p75)
 「感じ」が先に来ます。相場をやる人間はこれがないと駄目です。それから兆候を探し,次に理屈を整理し,それが「本物」かどうかを検証していきます。(p78)
 今の日本の株式市場は「超円高」と「過小評価された株」の『局面修正』であるというのが私の相場観である。相場の勢いは“修正”が起こった時が一番強いというのが持論です。(p101)

2014.03.24 茂木健一郎 『「赤毛のアン」が教えてくれた大切なこと』

書名 「赤毛のアン」が教えてくれた大切なこと
著者 茂木健一郎
発行所 PHP
発行年月日 2013.03.22
価格(税別) 1,100円

● 想定されている読者は中学生。口述筆記で作ったのだろうか。
 もし,自分が中学生のときに,この本があって読んでいたら,少しはその後が変わっただろうか。たぶん,否だな。受けとめなかったと思う。年月を重ねた今だから,うんうんと思うわけで。

● いくつか転載。
 夢だけでは生きていけないかもしれない。 だけど,現実だけでも生きていくことは難しい。(p30)
 どんな物事にもプラスとマイナスの要素があって,プラスにだけ光を当てれば人生はどんどん楽しくなるのに,マイナスのことばかりを拾い上げるために,どんどん暗く落ち込んでいってしまっている人も少なくない。(p42)
 子どもならではの心の力を保つためにできることは,あまり真人間になろうとしないこと。周りの期待に応えようとよい子を演じたり,周りに合わせようとして自分の個性をなくしたりしないことが大切だ。(p86)
 いいことが起こっても,あるいは起こらなくても,あきらめないで毎日をちゃんと生きていると,幸せはいつか自分の元に巡ってくる。これは誇張でも何でもない,人生を生きるうえでの真実だ。(p89)

2014年3月24日月曜日

2014.03.23 伊藤まさこ 『家事のニホヘト』

書名 家事のニホヘト
著者 伊藤まさこ
発行所 新潮社
発行年月日 2012.12.20
価格(税別) 1,500円

● 初出は「芸術新潮」。「生活はアートである」というフランスの俚諺が紹介されているんだけど,アートであるためには手間暇を惜しまないことが大切なようだ。骨惜しみをしないこと。
 というのは,伊藤さんの本を読むたびに思わされることだけど。

● 彼女の言葉でいうと「もやり」。「ふだん目が行き届かなかったり,じつは分かっているんだけど見て見ぬふりをして,やりすごしている場所,そこに澱んだ空気」(p11)のこと。
 これを解消するには,掃除しかない。「もやり」というのはとてもよくわかるし,対策は掃除しかないというのもわかるんだけど,やってないなぁ,オレ。

● 仕事を持ちながら,娘の洋服を手縫いしてたんだもんなぁ。思いが深いんだろうなぁ。暮らしの達人というのはいるものだ。

2014.03.22 嵐山光三郎 『現代語訳 徒然草』

書名 現代語訳 徒然草
著者 嵐山光三郎
発行所 岩波現代文庫
発行年月日 2013.11.15
価格(税別) 740円

● はるかなはるかな昔,高校の「古文」の教科書で一部は読んだ。以来,それっきりになっていた。現代語訳でも何でも,とにかく全部を読んでおこうと思った。

● で,はなはだ不遜なことを書くんだけど,あんまり大したことないんじゃない? そんなに深いこと,書いてありますか。
 人生訓としては陳腐だし(いや,当時は斬新だったのかもしれないけど),少々厭味っぽいところもあるし。

● 原文で読んでこそですかねぇ。現代語になおすと,香気のようなものが落ちてしまうんですかねぇ。でも,それで落ちてしまう香気ってのもなぁ。
 こちらのアンテナ感度の問題も,もちろんあるんだろうと思うんですけどね。

2014.03.22 高千穂 遙 『ロードバイクQ&A』

書名 ロードバイクQ&A
著者 高千穂 遙
発行所 小学館
発行年月日 2012.02.28
価格(税別) 1,300円

● 片道約30キロを自転車通勤したことがある。増加がやまない体重を何とか抑制するための最後の手段として採用した。
 2年前の転勤で電車通勤になったために,短い期間で終わった。通勤で乗らなくなると,自転車に触ることは休日にもまったくなくなった。億劫さが先に立ってしまってね。

● 本書は,ロードバイクについての初歩的な疑問に答えるという体裁のものだけれども,そこは高千穂さんが書いているんだから,読むだけでも面白く読める。

● ロードバイクの場合,ポジションが大切になる。骨盤を立てて背中を丸め,いうところの「ラクダのこぶ」を作るのがいいと言われることが多い。エンゾ早川さんなんかが力説してやまないところだ。
 が,著者は骨盤を倒して背中をまっすぐにする「やまめ」式を採用。要するに,これでなきゃダメというものではないらしい。

● 初心者がネットや通販で自転車を買うのは戒められる。必ず故障する。そのとき,ヨソで買った自転車を丁寧に直してくれるところはないんだよ,ってこと。
 実際,高価なロードバイクを通販で買うのは勇気がいるだろう。リアルの販売店で買いたいと,言われなくたって思うだろう。

● でも,ぼくはいきなりネットで買った。パンクは自分で直せるようになるし,ブレーキシューの交換も誰でもできる。あとは直さないでそのまま乗りつぶす。そういう方針。
 ただし,買ったのは極安品。放置したところで盗むやつはいないだろうと思えるようなもの。

2014.03.21 茂木健一郎 『考える脳』

書名 考える脳
著者 茂木健一郎
発行所 PHP
発行年月日 2013.08.23
価格(税別) 1,600円

● 著者の「連続ツイート」を1冊に編んだのが本書。「毎回基本的に九つ連続でつぶやくから,合わせて原稿用紙三枚程度。毎朝,短いエッセイを書いている感覚になる」そうだ。
 その「連続ツイートには,一つ大切なルールがある。文章を即興で書くこと。あらかじめ書いておいてツイッターに流すのでは,意味がない。その場で書いてこそ,自分の無意識と向き合える。何よりも,臨場感のようなものが生まれる」(p2)という。腑に落ちる。

● ツイッターにこんな使い方があったのかと思った。同じことはブログでもできるんだろうけど,そこはそれツイッターの方が反応が速いということがあるのかもしれない。
 ちなみに著者のブログ「クオリア日記」も継続しているが,更新は間遠くなっているようだ。そりゃそうだな。

● 面白くて一気通貫で読了。B6で334ページというけっこう厚い本だけれども,まさしく「臨場感」があって,ライヴ感覚(?)で読めた。
 「偶然を幸福に変えるヒント150」が副題。生きるうえでのヒントが満載という感じ。

● 全文暗記したいくらいだけれども,以下にいくつか転載。
 ある人が,こんなことを言っていた。生きるということは,その本来において過剰なものであると。 人生に,無駄なことなどない。むしろ,エネルギーをあふれさせているくらいが,ちょうどいい。(p1)
 すべての美意識は,地上からほんの少し浮上している。(p22)
 効率を追求することは,単なる経済性の問題ではない。必要なことを少ない労力で行うことで,他のことをする時間を確保し,エネルギーを得ることができる。効率の追求こそが,創造性にもつながる。幸福の基礎となる。(p36)
 生命エネルギーは無理やりひねり出すものではない。抑制を解いてあげれば,無尽蔵にわき出てくるものなのだ。(p60)
 書くことで,脳からの生成が促され,脳へのフィードバックも完成する。書いた結果よりも,「書く」という運動が大切なのである。他人のために書くのではない。自分の脳がある高みに達するために,猛烈に書字運動をするのである。(p67)

2014年3月20日木曜日

2014.03.20 飯田史彦 『これでいいのだ わが道を幸せに生きる方法』

書名 これでいいのだ わが道を幸せに生きる方法
著者 飯田史彦
発行所 PHP
発行年月日 2013.12.09
価格(税別) 1,700円

● ここに書かれていることが本当なのかそうではないのか。それはわからない。しかし,自分が逆境にあるとき,これを読むと楽になれるのは,たぶん間違いない。
 それだけで読む価値はあると思う。

● 「あなたから見て,失敗や挫折や不運のように思える出来事も,宇宙の大きな仕組みの中では,すべて順調このうえない,学びの過程にあるのです」(p118)というのが,本書の要諦。
 これは信じる者は救われるという世界だ。救われるなら,信じてみるのも一興だ。

● 「一寸先は,光なんです。未来には,どんな良いことが待っているのか,現時点ではわからないだけなんです」(p223)というのも,本当に助かる言葉だ。一寸先は光なんだと思うと,あと一寸は生きてみるかと思える。

● 他に,いくつか転載。
 会社内での肩書きなんかに依存しない,そして出世コースなんかに影響を受けない,ほかの基準や観点に基づいた確固たる幸せを,あなたの中に確立すればいのです。それは,ご家族を大切にすることかもしれないし,あなたの趣味を充実させることかもしれないし,・・・・・・(p126)
 この世で生じるすべての出来事には,それを体験する大きな価値が,必ず存在するんですよ。この世で体験することに,価値のない体験はありません。(p282)
 僕は決して,治療を放棄するわけではありませんよ。僕の心身にとって,本当に効果的な,ある治療法だけは,どんどん積極的に行います。(中略) 飯田式・「豪快笑い飛ばし療法」です。(中略) 元気に笑うと,自分の心も体もますます元気になるし,まわりの人たちにも,元気や安心を与えますからね。(p296)

2014年3月19日水曜日

2014.03.19 渡辺順司 『万年筆ミュージアム 歴史と文化に触れるモノ造り』

書名 万年筆ミュージアム 歴史と文化に触れるモノ造り
著者 渡辺順司
発行所 丸善プラネット
発行年月日 2006.12.28
価格(税別) 3,800円

● 「まえがき」によると,「万年筆という商品をマーケティング的視点から捉え,商品開発というものに言及しようと試みた」とあるが,それに成功しているかどうか。
 牽強付会とか独りよがりとかがありはしないか。メーカーに対する提言として成立しているか。

● 「光が存在するがゆえに影が形成される。影が存在するがゆえに光の素晴らしさというものを認識できる」(p56)といった言わずもがなの文章が出てきたり,「そのように上質なサービスやプロダクトに感銘を覚えるには,享受する側にもノーブレスな求められることだろう」(p60)のようなあまり情報を含まない文章も多いような気がした。
 加えて,上から目線。それが悪いとはいえないけれども,「価値観論とは,本当の意味での価値判断に劣り,かつ高額なものを所有し得ないクラスターが多く展開したがるもの」であり,「目利き論とは購入する財力は備えたものの,本当の見識を持つには至らないクラスターが多く展開したがるもの」(p118)なのだとすれば,それを自分にも向けてはどうかと言いたくなることもあった。

● なので,文章は途中で読むのを放棄。写真だけを見ていった。
 取りあげられているのは,いわゆる限定品の万年筆。本物を見る機会はまずあるまいから,それを細密な写真で見られるのは眼福というものだ。

● 本書には検印が押してある。「現在では風化してしまったともいえる出版文化の「権威」と,書籍の「趣」というものを復活させる可能性を秘めた画期的なことだと確信している」(あとがき)のだという。
 単純に後ろ向きなことに価値を見いだす輩はどこの世界にもいるものだと思った。

2014年3月18日火曜日

2014.03.17 ヘンリエッタ・トンプソン 『PHONE BOOK 世界のケータイ』

書名 PHONE BOOK 世界のケータイ
著者 ヘンリエッタ・トンプソン
訳者 古谷真佐子
発行所 トランスワールドジャパン
発行年月日 2006.07.29
価格(税別) 3,000円

● 原著の出版は2005年。iPhoneもAndroidも登場していない。ただ,スマートフォンという言葉はあったし,BlackBerryはすでにあった。Windows Phoneの前身であるWindows Mobileを搭載したケータイは日本でも売られていた。
 が,メインはガラケー。i-modeの時代。

● 本書は当時,それまでに販売されたケータイの代表的なものを収録した,誌上博物館のようなもの。
 本書における両横綱はモトローラとノキア。モトローラはGoogleに買収され,ノキアにも昔日の面影はない。この分野の栄枯盛衰はめまぐるしい。
 Windows Phoneは風前の灯火かと思われるし,アップルやサムスンもはたしていつまで健在でいられるか。というふうに,ユーザー側はお気楽にながめている。

● ノキア傘下のVertuもこの本に載っている。どんな人が買ったのだろう。お金持ちが身についている人が,ああいうものに手を出すとは考えづらいんだけど,中にはいるのか。
 成りあがったばかりの人か,1Kのアパート住まいで車はベンツに乗るタイプの人か。今の若者にはこの感覚は想定外だと思うので,それなりの年齢の人たちだろう。
 日本からはすでに撤退しているが,Vertuそのものはノキアから離れて,現在も存続している。

● しかし,ケータイじたいは,それなしでの生活は考えられないほどだ。ぼく一個は通話用のケータイはなくても痛痒を感じない。だいたい,プライベートで電話をかけるということがまずない。電話を受けるのもいやだ。
 が,ケータイ(スマートフォン)は絶対に必要。メール,ネット,GPS,ゲーム機,テレビ,カメラ,ビデオ,音楽プレーヤーを兼ねる機械が掌に乗るのだ。
 極端な話,ケータイがあれば,カメラやテレビなんぞを所有しなくてもすむのだ。持ちものを減らせることが快感でなくて,この世にどんな快感があるというのか。

● ぼくはOCNのSIMをさしている。ありがたいことに,データ通信料も安くてすむようになった。
 大手キャリアも,今の料金水準でずっと行けるとは思っていないだろう。供給側に安息はない。
 形ばかりのSIMロック解除でお茶を濁していられるのも,そう長くは続くまい。日本でもSIMロックフリーがあたりまえになるだろう。
 iPhoneだけじゃなく,Android,特に日本仕様の機能を持ったAndroid,も早くロックフリーになってほしい。海外にしばしば出かける人にとっては,SIMロックなんて化石時代の桎梏でしかないはずだ。

● というようなことを思いながら,大昔のケータイの写真を見ていった。

2014.03.15 吉本隆明・茂木健一郎 『「すべてを引き受ける」という思想』

書名 「すべてを引き受ける」という思想
著者 吉本隆明
    茂木健一郎
発行所 光文社
発行年月日 2012.06.20
価格(税別) 1,500円

● 吉本さんと茂木さんの対談。ではなく,茂木さんが吉本さんにインタビューしている。そのインタビューは2006年に行われた。
 吉本さんからこれだけの話を引きだすんだから,インタビュアーが誰かは大事だ。

● 親鸞の「往相」と「還相」の話が26ページに出てくる。この話が一番印象的。「救済の問題というのは(中略),ある地点まで行ってそこから還ってきた,そういう目で見ることだ」ということ。
 充分には理解できない。わからない。だけども,この視点はとんでもなく重要なのだというのはストンと腑に落ちた。

● 二人の話に登場する人物たちを列記してみる。
 夏目漱石
 親鸞
 三木茂夫(比較解剖学者)
 安藤昌益
 多田富雄(免疫学者)
 荒川修作
 正宗白鳥
 小林秀雄
 源信
 宮沢賢治
 谷川雁(詩人)
 永井均(哲学者)
 白川静
 丸山眞男
 千石イエス
 鮎川信夫(詩人)
 三浦つとむ(マルクス主義者)
 蓮實重彦
 折口信夫
 中沢新一
 今西錦司
 鈴木光司(作家)
 栗本慎一郎
 澁澤龍彦
 江藤淳
 デズモンド・モリス
 ドストエフスキー
 トルストイ
 マルクス
 レイコフ
 チョムスキー
 ラスキン
 リチャード・ドーキンス
 ニーチェ
 シモーヌ・ヴェイユ
 レーニン
 レヴィ=ストロース
 アダム・スミス
 カフカ
 ミシェル・フーコー
 サルトル
 ラマルク
 ベルクソン

● 以下に,吉本発言をいくつか転載。
 ホスピス医は二重に悪いことになります。第一に死を前提にした医療なんて認めがたいし,そのうえ,自分たちはいいことをしているんだと考えているとしたら,これはもうどうしようもないわけです。(p52)
 人間というか人類には,根拠のないタブーをつくらないと済まないようなところがあります。そういうところだけは動物の習慣性と同じで,その点ではまず動物性を脱していないといえます。 日本でいえば,被差別部落のようなものがありますが,部落差別に何か根拠があるのかといえば,何もない。(p56)
 事物というのはまず自己を満たすことが大事なのではないか。ぼくは自己を満たすことを「自己慰安」と呼んでいますけれども,自己が慰安されるところがないようなことは考えないほうがいいと思っています。(p84)
 そのとき感じたのは,宮本顕治という人はあるところで年齢が止まってしまったなということでした。それからもうひとつ,いってることが旧制の高等学校の学生とまったくいっしょで,なんだ,こいつはまるで学生じゃないか,と思いました。 戦争中,宮本顕治は刑務所に入っていたわけですが,刑務所のなかで何もしていなかったんだなということがすぐわかりました。「何もしていなかった」というのはつまり,自分は共産党の幹部で政治運動家だというなら,刑務所に入っていても時々刻々移り変わる国内の社会情勢や世界情勢に対して,自分なりの判断を持つべきなのに,それをまったくしてこなかったという意味です。ああ,この人は牢屋に入ってただフラフラしていただけだ,何も考えていなかったんだな,ということが瞬時にわかりました。(p117)

2014.03.14 茂木健一郎 『創造する脳』

書名 創造する脳
著者 茂木健一郎
発行所 PHP
発行年月日 2013.10.25
価格(税別) 950円

● 創造は選ばれた人だけのものではなく,万人に開かれている。というより,脳の本質は創造であって,人は創造することなしに生きることはできない。
 著者はまずそのように説く。

● しかし,だから何も考えないでボーッと生きても大丈夫というわけではない。「自分が置かれた状況の中で一生懸命生きる」というのが出発点になる。
 直観,感情,カオス,縁,一回性といったキーワードが出てくるが,のるかそるかという局面を怖れていてはいけないようだ。

● 安定した職業に就いて,安定した収入があって,毎日同じ仕事をして,明日を思い煩う必要がない人より,たとえば福祉の対象に組み入れられる側に立たざるを得ない人の方が,創造的な生き方に近いというか,創造的には豊かに生きていることになるのかもしれない。
 かもしれないじゃなくて,そうに違いない。

● 以下にいくつかを転載。
 傑作を生み出すことよりも,自分が置かれた状況の中で一生懸命生きることの方が第一義的である。傑作を生み出さなければ無に等しいという価値におけるエリート主義ほど,創造性を支える生の現場のダイナミズムから遠いものはない。(p29)
 私たちが人生で直面する殆どの問題は,確実な答えがわからない不確実なものである。そのような場面で確実な答えだけを求めていたら,かえって判断を誤る。たとえ確実なことが判らなくても,自分の直観を信じて行動することで道は開ける。(p90)
 創造者に対する批評家の役割も,安全基地であることを旨とすべきだろう。(中略)良いものをつくれば必ずあの批評家が愛情をもって褒めてくれる,というような安全基地として機能するような批評家が,理想的な存在である。(p111)
 私たちの脳は,そもそも出力を行う環境なしでは情報のループが完成しないような構造をしている。たとえば自分が何を喋りたいのかは,実際に喋ってみないとわからないことが多い。(p155)

2014年3月12日水曜日

2014.03.12 ジョルニ編集部編 『いつまでも愛用したいステーショナリーBOOK』

書名 いつまでも愛用したいステーショナリーBOOK
編者 ジョルニ編集部
発行所 実業之日本社
発行年月日 2012.05.01
価格(税別) 1,500円

● 手堅さで車を選べば日本車。が,ドイツ車やイタリア車には,扱いづらくてもそれを上回る魅力がある,とも言われる。その魅力とは何なのか。乗ってみなければわからないものだろう。
 文具にも同じことが言えるかもしれない。色づかいやデザインで,国産メーカーにはない発想のものがある。その中で,比較的日本人に受け入れられやすいものは輸入されるけれども,日本に入ってきていないものの中にも,面白いものがあるに違いない。
 本書は国内外の文具メーカーを紹介。目の保養に見てみるのもいいでしょうね。

● ぼくは,ごくつまらない性格で,車は当然にして国産。パソコンはWindows。大衆路線を行っている。冒険しない。文具もぜんぶ国産。
 すべからくそうで,そのうえケチと来ている。モレスキンは使ったことがないけど,ダイスキンには飛びつく。
 要するに,絵になりそうなものは何ひとつ使っていない。まぁ,何とつまらないこと。

2014.03.12 小竹貴子 『月給たった5万円!でも,選びました』

書名 月給たった5万円!でも,選びました
著者 小竹貴子
発行所 講談社
発行年月日 2013.12.05
価格(税別) 1,300円

● 「空回りの20代から,30代でクックパッドの役員になれたわけ」というのが副題。「20代のころの私は,一浪して入った大学もなんとなく過ごしてしまい,バブル崩壊後の就職難のなかやっと見つけた仕事も本気になれず,勢いで結婚してみたものの専業主婦としてもうまくいかず離婚。なんだかいつも環境に流され,すべてが中途半端な感じでした」(p5)と言う。
 それがどうして30代でバリバリ仕事するような女性になったのか。

● これね,本書を読んでもよくわからない。っていうか,著者は変化したんだろうか。もともとバリバリの素養がある人だったんじゃない?
 たとえば,次のようなこと。
 中学生時代には,当時好きだったアイドル「光GENJI」の大沢樹生さんが出演するラジオ番組に熱烈レターを投稿。なんと番組で読み上げられて,憧れの大沢さんと電話でお話しすることができました。 こういった体験(?)から,私のなかで,「思いきって行動すれば,憧れの人とつながることができる」という確信が育っていったのだと思います。社会人になってからも「会いたいと思った人には連絡をとってみる」という行動習慣は変わりませんでした。(p143)
● バリバリ仕事をしている人ってさ,何だかんだいってもさ,小さい頃から優秀で,一流大学を卒業している人が多いんだと思うんですよ。勉強頭と社会人頭は違うんだよ,とは言われてもね。
 そうじゃない例の代表は不良あがり。元ヤンキーってやつ。不良とかヤンキーって,生命力が旺盛すぎて,少年に適用されるルールに自分を収めることができない人たちなんだと思うんですよね。そういう人が大人になって場所を得ると,がぜんデキるビジネスマンに変身する。

● 著者は決して不良ではなかったんだけど,エネルギーの定位はかなり高い人なんじゃないでしょうか。もとから。20代では場を得られなかっただけなんじゃないかなぁ。
 20代は雌伏の時代で,その間に何かの能力を身につけたということでもなさそうだ。

● そもそも仕事って多芸多才を求められるわけじゃない。極論すれば(ほんとに極論なんだけど),たいていの仕事は単純作業の集積だ。特殊能力は要らない。

● 結局,生命力の多寡,保有しているエネルギー量で決まると思うなぁ。言葉を換えれば,DNA。
 それともアレかなぁ,生命力とかエネルギー量なんて,誰でも同じようなものだよ,って言われるんですかねぇ。
 だとすれば,あとは運と呼ばれるところの何ものかによるなぁ。

2014年3月11日火曜日

2014.03.11 渡辺和子 『置かれた場所で咲きなさい』

書名 置かれた場所で咲きなさい
著者 渡辺和子
発行所 幻冬舎
発行年月日 2012.04.25
価格(税別) 952円

● 著者はカトリックの修道女。9歳のとき,目の前で父親を殺される経験(二・二六事件)をし,36歳でノートルダム清心女子大学(岡山市)の学長を命ぜられ,50歳でうつ病に見舞われ,さらに膠原病の治療で重度の(と思われる)骨粗鬆症になり,という艱難辛苦を経て,本書の執筆時に85歳。
 「憂きことのなほこの上に積もれかし限りある身の力ためさん」と詠んだ熊沢蕃山を連想させた。

● そうした自身の体験が編んだ言葉たちだから,読む者の頭ではなくて胸を打つ。
 ていねいに日々を生きること,面倒なことを厭わないこと,私が私がという自我を飼い慣らすこと。いちいち反論することが不可能なことばかりだ。いずれも自分はまったくできていないけれども,そんなこと言われたってなぁとは思わせない。

● 次の3つを転載しておくけれども,これはたまたま今の自分が目に入ってきたこと。5年後,10年後に読み返せば,違ったところが響いてくるのだろう。
 不機嫌は立派な環境破壊だということを,忘れないでいましょう。私たちは時に,顔から,口から,態度から,ダイオキシンを出していないでしょうか。これらは大気を汚染し,環境を汚し,人の心をむしばむのです。笑顔で生きるということは,立派なエコなのです。(p62)
 目には見えなくても,そして時には信じがたくても,一人ひとりの中に,その人の成熟に向かって前進する力と傾向性があることを信じることは,教育の根本といえるでしょう。(p81)
 一生の終わりに残るものは,我々が集めたものでなく,我々が与えたものだ(p101)

2014.03.10 中川右介 『クラシック音楽の歴史』

書名 クラシック音楽の歴史
著者 中川右介
発行所 七つ森書館
発行年月日 2013.07.01
価格(税別) 1,500円

● 副題は「88の人と事件と言葉」。88の短篇読みきりで,原始時代から今日までの音楽を俯瞰する。もちろん,メインはバロック以降となる。
 ぼくとしては,まったく疎い20世紀音楽についての解説が新鮮だった。

● 「クラシックジャーナル」の編集長を務めている。職業がらか,文章が読みやすい。わかってもわからなくてもいい,わかる人だけがわかればいい,という書き方は排されている。
 音楽のみならず,その背景となる社会体制や人々の生活の仕方の変化も視野にいれて,解説されている。本書から推測される著者の読書量,渉猟している文献の質量には,目が眩む思いがする。
 当然,読んでるだけじゃなくて,CDも聴き,舞台に足を運んでいるわけだから,その活動量はちょっと想像がつかないくらいだ。

● 書く範囲もクラシック音楽に限らず,歌舞伎や現代のいわゆる芸能界など,多岐にわたる。そのすべてに付き合うには,こちらの器が小さすぎる。

● 以下にいくつか転載。
 バロックの革命とは何を否定したのか。ルネサンス時代に芸術において重要視されていたのは「均衡」と「調和」。それをバロックは否定したのである。当然,バロックの特徴は「不均衡」と「不調和」となる。そうなったとき初めて,それぞれの作曲家の「個性」が生まれた。「均衡」と「調和」を目指せば,結果的に誰もが同じようなものを作ってしまう。そころが,「不均衡」と「不調和」になると,人によって異なってくる。(p30)
 レコードというものが,単に「演奏されたものを記録し,大量に複製する」ものではなく,録音により新たな創造物ができあがることを,ビートルズとグールドは示したのだ。(p236)
 同世代の他の演奏家のCDが売れなくなっても,(カラヤンが)いまだに売れ続けているのは,そこに普遍的な美があるからだ。その美は,「表面的なだけ」「底が浅い」「あざとい」とも批判されたが,これだけ表面的に美しい音楽を造形できた指揮者は他にいない。それとも,美しくない音楽のほうがいい,と言うのか。 「精神性」という,わけの分からないものをありがたがる人には,カラヤンは評判が悪い。カラヤンを批判すれば,自分は音楽がよく分かっていると思い込んでいる人も多い。そういう意味で,カラヤンをどう評価するかでその人の音楽観が分かる。(p241)
● というわけだから,『音楽の友』なんかを愛読している真面目な音楽愛好家には,著者のものはあまり読まれていないかもしれない。

2014年3月10日月曜日

2014.03.09 片岡義男 『私は写真機』

書名 私は写真機
著者 片岡義男
発行所 岩波書店
発行年月日 2014.01.17
価格(税別) 2,000円

● L字型の紙に黒のケント紙を貼って,そこにガムやキャラメルやキャンディーを盛りつけて(?)撮る。あるいは,消しゴムや昔の洋雑誌やミニカーやフィギュアを配置して撮る。
 ところが,ぼくはどうも絵画や写真といったビジュアル系のものは,見てもよくわからない。わかるものじゃなくて感じるものなのかもしれないが,とにかく鈍い。それを今回も知ることになった。

● ワープロのOASYSも被写体になっていて,それがちょっと懐かしかった。OASYSは自分でも使っていたので。
 文書を作るだけなら,今だってOASYSの方がいいんじゃないかと思うことがある。特に罫線の扱いは楽だった。たぶん,昔の記憶にひきずられた間違った認識だと思うんだけど。

2014.03.08 鹿毛康司 『愛されるアイデアのつくり方』

書名 愛されるアイデアのつくり方
著者 鹿毛康司
発行所 WAVE出版
発行年月日 2012.04.30
価格(税別) 1,400円

● 副題は「ヒットCMを生み続けるエステー式『究極の発想法』」。ぼくがテレビを見るのは,原則,週に3時間。でも,エステーのCMはもちろん知っている。

● 著者が言いたいことは,最後のエピローグで語られる。
 だから,僕は思う。 優れたアイデアとは,特別な才能のある人の頭のなかにあるのではない,と。 自分の「想い」に正直に,まっすぐにカベにぶつかる。 「だけど,やる」という言葉を胸に精一杯突き進む。 そこにドラマが生まれたとき,アイデアは生まれる。 それは,生き方次第で,誰にでもできることなのだ。(p225)
 著者には,こう語る資格がある。雪印事件のときには渦中で対応に追われた。そうした事態に逃げることなく対峙してきたわけだから。そのときのことは本書でも具体的に語られる。が,言うわけにはいかない出来事もあまたあったに違いない。

● 「生き方次第で,誰にでもできること」には違いない。問題はその「生き方」ですよね。これが「誰にでもできる」とは限らない。
 逃げちゃう人もいるだろうし,欝に沈んでしまう人だっているに違いない。

● 東日本大震災が発生したとき,著者は沖縄にいた。そこから本書の叙述は始まる。
 何が起こっているのか,どれほどの被害なのか--。その事実を確認できなければ,「企業として何をすべきか」「企業として震災にどう向き合うか」を決定することはできない。その決定ができない限り,CMを流すことはできない。(p20)
● こうしたCMに対する著者の真摯な思いは,次のような表現をもって何度も登場する。
 そもそも,CMとは暴力的なコミュニケーションである。そのCMを観たいと思っていない人々の目に,突然飛び込んでくるものだからだ。 テレビ番組,映画,本など多くのメディアでは,しばしば暴力的な表現がされる。しかし,それらは,メディアのあり方としては「暴力的」とは言えない。なぜなら,「観たい」「読みたい」という受け手の合意が事前にあるからだ。 しかし,CMは違う。(p22)
 CMには,常に「偽善」が含まれている。 クスッと笑ってもらいたい,ほんの少し心温まる15秒間を届けたい・・・・・・。本気でそう思っていたとしても,結局のところ,商品を買ってもらいたいからCMをつくっているのだ。そこから,逃げることはできない。(中略) その「偽善」を意識せずにCMをつくるのは,僕に言わせれば「酔っている」だけのこと。それは,どうしようもなく気持ちの悪い行為だ。(p40)
 ひとつだけ,はっきりしていた。とにかく「無難なアイデアではダメ」ということだ。たった15秒で人々に記憶してもらうためには,強く惹きつける何かがなければならない。陳腐な言い方ではあるが,「突き抜けたアイデア」がそこになければならない。 ただし,そこに「押し付けがましさ」があってはいけないと思った。 なぜなら,視聴者の皆様にとって,CMとはテレビ番組の間に訪れる“休憩時間”だからだ。(p61)
● 言葉を転がすこと,理屈に絡めとられることを,著者は入念に点検して排除しようとする。
 成功したとされる広告は,すべて「感情」にボールを投げているのだ。言葉で説明するのは難しいのだが,どこか論理では説明しきれないところで他の広告に勝っているのだ。(中略) そう考えると,ブランド論を説明する難しい本を読みあさっても,とにかく難解で,腹の底に落ちなかったのも合点がいった。「説明のつかない恋愛のような感情」を後付で論理的に説明しているから,そう感じられるのだ。当たり前のことだが,人間は感情で生きている。その感情に,論理の力だけでアプローチできるはずがない。(p57)
 なかには,使っている「調査手法」が最新のものであることを自慢するような人もいる。完全にピントがずれている。「現実」はそんなに甘くない。「お客様を理解する」ことは,表面上の手法だけで歯が立つようは生やさしいものではないのだ。 だから,現場に行け。現実に触れろ。そして,五感を研ぎ澄ませて,お客様の声を全身で感じるのだ。(p97)
 論理や理屈はあくまで,ものごとを一般化するためのツールにすぎない。(中略)それだけで「目線あわせ」ができるほど,お客様という存在は甘くない。(p129)
 というわけだから,著者は「基本的に企画コンペはやらない」。「なぜなら,僕の頭のなかにあるアイデアを「言葉」だけで伝えることはできないからだ」。(p37)

● その他,著者の流儀がるる語られる。ビジネス書を超えて,読みものとしても一級品。いい本に出遭えたと思った。
 「やらないですむ理由」はいくらでも理屈で考えられる。しかし,「やる理由」は,最後の最後のところは「理屈」ではないのだ。(p222)

2014年3月7日金曜日

2014.03.07 水野 学 『アイデアの接着剤』

書名 アイデアの接着剤
著者 水野 学
発行所 朝日新聞出版
発行年月日 2010.10.30
価格(税別) 1,400円

● この本はもちろん,売れると見込まれて出版に至ったものだろう。で,実際,売れたのだと思うが,書き手としては,ここで自分の来し方をまとめておきたいと思ったんだろうか。要するに,本書は著者の半自叙伝的なものだ。
 非常に失礼なんだけど,たぶん,少しく飾っているところがあるように思われる。あるいは,わざと書かないでおいたことがあるように思われる。

● タイトルは,すでにある断片を接着することによって,新しいデザインを生みだすのが自分の仕事という,著者の宣言でもある。
 どう接着すればいいのかも語られるわけだが,これは言葉で説明を尽くすことはできないものだろう。

● 「センスが悪い服を着ていたら嫌われる覚悟で「その服はみっともない。デザイナーはセンスがよくなければダメだ」と注意します」(p35)という一文があって,なるほど厳しいものだと思った。
 が,これって,いかにもデザイナーらしい装いをしているデザイナーがいいデザイナーということでは,もちろんないだろう。わりとそういう人が多いような気がしていて(先入観か),そうした人から受ける印象って,あんまりいいものじゃない。
 デザイナーになりたいと思っているアマチュアが,そういう恰好をしているのかもしれないけれど。

● 次の文章にも注目。
 デザインの世界ではMacの導入によって,鉛筆と手と三角定規を使っていた時代から比べれば,五〇倍ほどの速さであらゆる作業がこなせるようになりました。 おそらく企業の事務的な作業も,昔に比べたらはるかに効率化され,何倍ものスピードで処理できるようになっていると思います。 ところが,デザインをして仕上げるまでの所要時間は変わっていません。ビジネスパーソンの勤務時間も,変わっていません。これはどう考えてもおかしなことです。(p64)
 パソコンの前でダラダラしている時間もあるからだというのが著者の分析。さよう,しかり。もうひとつ,要らない情報がたくさん来るようになったのも一因かも。
 意味なく細部にこだわるようになったってのもあるな。見切りが下手になった。パソコンのおかげで。

● ほかに2つほど引用。
 センスがある人はいるが,センスがない人はいない。 これは僕の持論です。もし「自分にはセンスがない」と思っている人がいたら,ないのは知識です。(p132)
 インプットは頭でするものというイメージがあるかもしれませんが,体を動かしてこそ,脳にダイレクトに届くことがあります。(p153)

2014年3月6日木曜日

2014.03.06 美崎栄一郎編 『アイデアは才能では生まれない』

書名 アイデアは才能では生まれない
編著者 美崎栄一郎
発行所 日本経済新聞出版社
発行年月日 2012.07.25
価格(税別) 1,500円

● 著者自身の花王での化粧品開発と,次の7人の事例を紹介しながら,アイデアの出し方を解説。
  柳井秀政:カルビー
  馬場保仁:DNA
  渡邊将志:松井証券
  風間茂明:サントリー
  工藤 元:ワコール
  清水昌浩:アクセンチュア
  藤原 亨:クリナップ

● アイデアを生むのは才能ではない。では何か。懸命に考えること。自分の業務に関する経験と知識を充実させておくこと。仕事に対する熱意と情熱。そういうものだ。
 つまり,才能じゃないから楽しててもアイデアは出るというわけではない。むしろ逆だろう。
 アイデアを出すことは難しいことではありません。考え続ける意思「ねがい」が,一番よいアイデアを出すための私の秘訣です。(p38)
 アイデアを出すために必要なこととして,こういった知識や経験を自分の中に貯めておくことが大事で,これは才能ではありません。日々の努力なのです。(p58)
 ゲームは嗜好品であり,実需品ではないから,極論すれば,それがなくても生きていけるのです。だからこそ,嗜好品としてお客様に“こだわり”をもっていただくことが必要で,それは制作者の“熱意”“思い入れ”が生み出すものです(p75)
 というわけだから,この本を読んだからといって,アイデアが湧きだすようになるわけではない。技法という言葉はこの本にも出てくるんだけど,技法は方便でもあって,その前にしておかなくちゃいけないことが膨大にあるわけだ。

● 本書は,アイデアを出すための指南書としてよりも,「プロジェクトX」的な楽しみ方をするためのもの。スラッと読めるようになってるし。
 読んで,ああ面白かった,と,それで終わっていい。それで終わらせた方がいい。

● 「消費者は,今あるものに対してよい悪いと批評することはできるけれど,ないものを具体的にイメージすることは難しい」(p143)。にもかかわらず,「お客様の要望を聞きまくる」(p161)。
 それはムダではないか。そうではない。なぜなら,それが「ひらめきのアイデアが生まれやすい状況をつくる」(p161)からだ。

● その他,引用。
 途中,どれほど大きな苦労を乗り越えてきたとしても,最終的に導いた結論と直接関係のない内容は思い切って削ってしまうことが,アイデアをより光らせるためには必須なのです。(p132)
 アパレルファッション業界では,トレンドを生み出すシステムというものが確立しているのです。 トレンドを生み出すシステムの中で,まず決められるのが,流行色です。 今年の,あるいは今シーズンの流行色というのは,自然に消費者に選ばれたり流行ったりするのではありません。実際は,国際流行色委員会(インターカラー)という組織が決めています。(p144)

2014年3月5日水曜日

2014.03.05 伊藤まさこ 『ザ・まさこスタイル』

書名 ザ・まさこスタイル
著者 伊藤まさこ
発行所 マガジンハウス
発行年月日 2013.09.30
価格(税別) 1,500円

● 彼女のおしゃれの「神髄をひとことでいえば,乙女心とやせがまん」(p3)ということ。「おしゃれって自分を喜ばせること」(p113)で,「トレンド? 何ですか,それ?」(p107)というくらいじゃないといけない。
 あと,ニットをきてサマになるかどうかは着こなしではなく体の問題,というのも,大いにそう思える。

● おしゃれ哲学は人によって差異があるのかもしれないけれども,伊藤さんの場合は「自分を喜ばすこと」だ。それを徹底しているっていうか,貫いている。自分を喜ばすことに貪欲だ。
 そのこと自体が才能だと思った。

● 幸か不幸か,ぼくは男なので,自分の外見が持つ意味が,自分にとっても小さくてすんでいる。男性のすべてがそうではないんだろうけど。
 その分,楽しみの大きな部分を手放しているのかもしれないね。

● あと,やっぱり手入れしないとね。手入れができない人は,洋服に限らず,いいものを使う資格がないってことになるんだろうな。
 ぼくは手入れができない人に属する。下手すると,靴なんか一度も磨かないで履きつぶしてたり。まぁ,これはちょっとオーバーに言ってるんだけども,自分はいいものを身につける資格のない人間だと思っている。

● よく言われることだけど,コレクターってだいたい男で,女のコレクターってあまり聞かない。
 でもさ,この本を読むと,それ,あたりまえじゃね? と思いますよ。だって,洋服とかバッグをこれだけ集めていれば,ほかに何かをコレクションするなんてあり得ないでしょ。

2014年3月4日火曜日

2014.03.04 アレクサンダー・クラム・ユーイング 『こだわりの万年筆』

書名 こだわりの万年筆
著者 アレクサンダー・クラム・ユーイング
監修 赤堀正俊
訳者 満園真木
発行所 ネコ・パブリッシング
発行年月日 2006.03.30
価格(税別) 2,667円

● 第1部は筆記具の歴史。万年筆の前はどうだったのか,万年筆登場後の技術革新,など。
 インク吸入の方式など,小さいながらも間違いなく技術革新とよんでいいものでしょうね。
 硬質ゴムからセルロイドに移り,その後はエボナイトや金属,プラスチックなど,多様な材質が使えるようになったんですな。

● 第2部は万年筆メーカーの紹介。創業から現在に至るまでをザッと。代表的な製品も写真で紹介。ここが本書のメイン。ぼくの知らないメーカーがたくさんあった。
 DAKSのペンはセーラーが,アクアスキュータムのペンはゼブラが製造している。そんな知識も本書で得られた。

● 第3部は著者のコレクションの紹介ですかね。
 万年筆は実用品であるとともに装飾品でもあって,ヴィンテージものを蒐集している人,けっこう多そうだ。それぞれの好みと財力に応じて楽しんでいるに違いない。

● 中学校の入学祝いに買ってもらったのが,初めての万年筆。パイロットのエリートS。2,000円。当時の中学生には2,000円って大金だったからね,なくさないように使わないでしまっておいた。
 これ,良くないんでしょうね。かえって劣化が早まるのかな。ろくろく使わないでオシャカにしちゃった記憶がある。

● ワープロ以後は,万年筆はおろかボールペンも使うことがなくなった(昨年6月からボールペンは復活)。プライベートではね。
 でも,影響を受けやすいタチなので,本書のような本を読むと,万年筆を使ってみようかなと思ってしまう。何本か持ってることは持ってるんで。もう使えなくなっているかもしれないけど。

● ちなみに,ぼくの財力だと,装飾品としての万年筆は写真で見るだけにしておくしかない。質のいい実用品というのがあるはずで,そうしたものを手荒く使うのがいいと思ってますね。
 筆記具で自己表現したってしょうがないだろうし,高級品を持ちたがる貧乏人っていうのが,メーカーにとっちゃ一番美味しい顧客なんだろうしな。

2014年3月3日月曜日

2014.03.02 ブング・ジャム 『筆箱採集帳』

書名 筆箱採集帳
著者 ブング・ジャム
写真 鈴木省一
発行所 ロコモーションパブリッシング
発行年月日 2009.01.30
価格(税別) 1,500円

● 小学生から多様な社会人まで59人の筆箱の中身を紹介する。人の持ちものを紹介するってのは,たとえば書斎や本棚,手帳なんかは,お馴染みの企画という感じなんだけど,筆箱の紹介本は初めてだった。
 で,面白いんですよね,やはり。あたりまえなんだけど,年齢によって,職業によって,筆箱の中身はぜんぜん違う。高級品を揃えている人もいれば,実用重視の人もいる。
 自ずと人となりが現れているようにも思われる。

● ブング・ジャムとは,文具好きの3人組ユニット。きだてたく,他故壁氏,高畑正幸。高畑さんは文具王として有名で,ぼくも名前だけは知っていたけど,あとの二人はどういう人なのか存じあげない。

● 自分の筆箱はどうなっているか。じつは,筆箱とかペンケースというものを持っていない。モノとしてのペンケースはあるんだけど,使っていない。
 ペンは使っている。当然だ。社会人で文字を書く機会がまったくないって人はいないだろう。だから,ぼくもいくつかのペンは持っているんだけど,筆箱には入れてない。
 システム手帳のペンホルダーにハイテックCコレトをさしている。メモ帳用に別のボールペンを持ち歩いているけど,これはカバンの中に投げ入れている。

2014.03.01 牛島恭範 『クラウド知的仕事術』

書名 クラウド知的仕事術
著者 牛島恭範
発行所 日本能率協会マネジメントセンター
発行年月日 2012.08.30
価格(税別) 1,500円

● 副題は「クラウドで思考を深め,仕事力をアップさせよ!」。また,「スマホ活用のノマドワーク仕事術」。
 巻末に,「ビジネスとは意思決定と行動の連続です。この意思決定と行動において,クラウドを徹底活用することで,より潜在力が引き出され,以前よりもはるかに高いレベルで仕事が実現され,人生がより良い方向へと進むことになると考えます」とある。

● ぼくは,そんなことあるもんか,と思う。あったら嬉しいけど,たぶんないと思う。

● 本書の内容は,主にスマホのアプリ紹介だ。特に,かつてアイデアプロセッサと呼ばれたジャンルのアプリがいくつも紹介されている。
 昔,この種のソフトはMacに多かった。「インスピレーション」というソフトが有名だったですか(Windowsにも移植された)。今は聴かなくなってますね。主流はマインドマップに移っているようだ。

● で,この種のアプリを使うと,良い発想が生まれるかといえば,ぼくはやはり懐疑的。要は四六時中そのことを考えていることが大事で,それをしているならば,パソコンやスマホを使っていてもいなくても,関係ないんじゃないかな。
 逆にそれをしないで,そうしたアプリを弄んでもしょうがないでしょ。

● 集合知ってのも,ぼくはあんまり信用していない。一人が深く考えて出たものを,集合知が超えるなんてことがあるのかね。学術研究とかではあるのかもしれないけどね。

● 「『なぜ』を繰り返すだけのアプリ」というのがあるんだそうですね。72ページで紹介されているんだけど。問題を入力すると,「なぜ?」と表示される。それに答えると,また「なぜ?」と訊いてくる。それだけのシンプルきわまるアプリ。
 これだけ,ちょっと記憶に引っかかった。

● データ保存のクラウドサービスもまとめて紹介している。これらをすべて使えば,100BGは楽勝でクラウドに置いておけますな。クラウドにあるんだから,バックアップも要らない(サービスが停止されたらどうする?)。
 ただし,セキュリティーに万全を期するのであれば,Google以外は使うなともある。